続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
家の中へと案内されたライズとその連れの女性はダイニングの椅子を勧められ、新鮮なミルクで煮出した紅茶をもてなされていた。
そのミルクティーに口をつけたライズが驚きの声を上げた。
「美味しいわ。ミルクが新鮮な事もあるけれど、とてもいい茶葉ね」
その言葉に、向かいの席に座ったジーンは肩をすくめた。
「知り合いの貴族の娘が持ってくるんだ。オレは紅茶なんざ滅多に飲まないんだが」
ライズの隣で上品に紅茶を啜っていた連れの女性は、すんすんと鼻を鳴らすと目を閉じながら呟く。
「インディア産のアッサムですね。香りからしてセカンドフラッシュの高級な茶葉ですよ、これ」
ジーンは興味無さそうに「はーん」と生返事を返しながらライズの方を見た。
「それで、こっちの紅茶通はどこの馬の骨だ?」
おざなりな扱いに連れの女性はピクリと眉を上げたが、すぐに取り澄ました態度で答えた。
「私は馬の骨なんかじゃありません。キサラギ家の一員としてお仕えしている、メイドのプリム・ローズバンクと申します。あなたにはだいぶ昔にダナンへと運んでいただいた事があるのですが」
「御者を引退して随分経つし、悪いが覚えていないな」
「別に結構ですよ」
そばかすの頬を膨らませてぷいとそっぽを向くプリムを横目に、ジーンはライズの方を見た。
「ヒューイは元気か?」
ライズは紅茶を一口啜ると、満足そうにカップをテーブルの上のソーサーに置いた。
「彼は相変わらずよ。軍の仕事があるから一緒には来れなかったけれど、あなたに会いたがっていたわ」
「まあ、元気のないヒューイなんて想像も出来ないしな。子供たちは?」
その言葉にライズは小さく頷いて見せた。
「元気……だと思うわ。娘はともかく、息子は家を飛び出したっきり顔も出さないし」
「へえ。前に手紙をもらった時は真面目そうな坊主だと思ったが、思いのほかやんちゃなんだな」
「坊っちゃんは今も昔もずっと真面目です!」
プリムが抗議の声にジーンは目を細めて笑った。
「それで、何の用だ。茶飲み話をしに、わざわざドルファンまで来たわけじゃないんだろ?」
わずかに真剣味を帯びたジーンの言葉に、ライズはもう一口紅茶を飲んでから静かに答えた。
「話が早くて助かるわ。実はお願いがあって来たの」
「お願い……ね」
ジーンは椅子の上で足を組みなおすと、背もたれに手をかけながら紅茶を飲んだ。
「オレに出来る事なんて何もないぜ」
ややぶっきらぼうに言い放つが、ライズは気にする様子もない。
「馬車を用意して欲しいの。信頼が置けて、確かな腕を持ち、口が堅い御者の」
「……オレはもう御者は引退しているんだぜ」
ジーンの鋭い瞳がじろりとライズの赤い瞳を覗き込む。
だがライズは全く怯むことなくジーンの瞳をみつめ返す。
「知っているわ。あなたが馬車を出してくれるなら申し分ないけれど、別にあなたじゃなくてもいい。あなたが信頼が置けると判断した人なら」
ジーンはしばらく黙ってライズを見ていたが、やがて小さくため息を吐くと椅子から立ち上がって言った。
「紅茶のお代わりは?」
その言葉にプリムが嚙みついた。
「ちょっと! 紅茶のお代わりなんて言っている場合ですか!? 真面目に考えて……!」
言いかけるプリムを手で制すると、ライズは紅茶のカップをジーンに差し出しながら言う。
「詳しく話を聞きたい、という事よ。あなたもお代わりをいただいたら?」
主人に注意されて再び頬を膨らませたプリムに、ジーンは低く笑った。
その後、小一時間ほど話し込むと、ライズとプリムはジーンの家の玄関ドアを開けて出てきた。
「それで、この後はどこに行くんだ? 宿がないなら一晩くらいなら泊めてやってもいいぜ」
後ろ姿を見送りながらジーンが言うと、ライズは小さく首を振った。
「残念だけれどすぐに旅立たないといけないの。ドルファンで会いたかった人には、もう会えたから」
「そいつは忙しい事で。それで、どこに行くんだ? スィーズランドに戻るのか?」
ライズはプリムと顔を見合わせると小さく頷いた。
「セサへ」
「セサ……、セサ公国か? あのヴァン=トルキアのおまけみたいな小さな国だろ?」
「ええ、そのセサよ」
ジーンは腕を組みながら首を傾げた。
「なんだってまた、あんな辺鄙なところに……」
ジーンの言葉にライズは口元を手袋で隠すとわずかに微笑んだ。
「どうしても必要な事なの。それよりも馬車の件は頼んだわよ」
「まあ仕事として依頼されちゃあな。しっかりとやるさ」
「期待しているわ」
ライズはそう言うと、大きな旅行鞄を持ったプリムと共に歩きだした。
ジーンはその後ろ姿を見送りながら小さく呟いた。
「まったく、あいつが絡むと退屈はしないぜ」
日が伸びてきているとは言え、二月の夜の帳が下りるのは早い。
まだ夜と言うには早い時間だが、学校の業務を終えて暗くなった校門をくぐり抜けたロゼッタは、少し先の角に立つ忠正の姿を見つけた。
忠正はロゼッタに向けてぎこちなく手を上げて見せると「散歩でもしないか」と声をかけてきた。
ロゼッタは小さくため息を吐くと、同意の印に頷いた。
二人は仕事を終えて帰路につく人々で賑わうサウスドルファンの大通りを抜けてマリーゴールド地区へと歩を進める。
何となく気まずい雰囲気が二人の間にあり、会話らしい会話もなくやがて国立公園の敷地内へと入って行った。
夜の公園は人の気配はほとんどなく、燐光灯の照明が所々で寂し気に道を照らしているだけで、風が吹き抜けて木々を揺らす以外の音が聞こえない。
「それで」
それまで黙っていたロゼッタがようやく口を開く。
「こんなところまで連れてきて何の用? 私、お腹が空いているんだけれど」
軽口半分、本音も半分といったその口調を無視して忠正は真剣な口調で切り返す。
「今日は真面目な話だ」
「じゃあ早めに終わらせてくれる? お腹が空いているのは本当だから」
やや不機嫌そうに言うロゼッタに、忠正は本題を切り出した。
「単刀直入に聞くが、ローゼとオーエンズさんは何の組織に所属しているんだ?」
その言葉は木々のざわめきの中では不釣り合いな気配を持っていたが、ロゼッタはルビーのような瞳で忠正をまっすぐにみつめながら答えた。
「それを知ってどうしようと言うの」
忠正は短く息を吸い込むと、意を決したように言う。
「あと二カ月程度で、このドルファンは敵対勢力の侵攻によって陥落する」
忠正の言葉は襲撃的で普通ならば訳がわからないか取り乱すかしそうなものだが、ロゼッタは顔色一つ変えずにあっけらかんと答える。
「そう。それは残念ね」
その言葉と態度に忠正は確信に近いものを感じていた。
「驚かないんだな。最初から知っていたから、か?」
ロゼッタは肩をすくめてみせた。
忠正は続ける。
「最初はドルファンの秘密警察のような組織にでも所属しているのかと思ったが、どうもそれも違うようだ。ハンガリアかアルビアか、はたまたそれ以外の国か。特定は出来ないがドルファンの敵対勢力なんだろ?」
ロゼッタは答えず、ただじっと忠正を見ていた。
忠正は目を逸らさずにその視線を正面から受け止めながら言う。
「沈黙は肯定と受け取るぞ」
ロゼッタは再び肩をすくめると、ようやく口を開いた。
「どう受け取ってもらっても結構よ。私とパティが何かしらの勢力に属しているのは事実だし、それをあんたが敵対勢力とみなすのならどうぞご自由に」
「敵対勢力に属しているのなら、オレは君たちを逮捕しなければならない」
冷たい風が吹き抜けて枯れ葉が舞い踊る。
ロゼッタはコートのポケットに手を突っ込みながら、くるりと後ろを向いて言う。
「無駄な事よ。あんたが私たちを逮捕したとしても、どうせすぐに釈放される」
その言葉のニュアンスに忠正は眉根を寄せた。
「それはその勢力がドルファンの中枢に食い込んでいるという事か」
「ご想像にお任せするわ」
「ローゼ!」
声を荒げた忠正の方を振り返り、ロゼッタは低い声で言った。
「あんたはあんたの使命を全うすればいい。私は私の使命を全うする。それで問題ないじゃない」
「その使命が同じ方向を向いているのならば協力するべきだ」
「同じ方向を向いていない場合は?」
ロゼッタの質問に忠正は一瞬声に詰まったが、静かに言い切った。
「その時は、排除しなければならない」
二人の間に再び沈黙が訪れる。
どこか遠くで犬が遠吠えを上げている。
忠正はしばらくの間険しい顔をしていたが、視線を足元に落とした。
「いがみ合いたいわけじゃないんだ。お互いの方向性について確認をしておきたい。出来るならばローゼやオーエンズさんに剣を向けたくないと思っているし、フィオナの件も含めて敵対しているわけじゃないとも思っている」
それは忠正の本音だった。
何といってもロゼッタは血を分けた双子の姉であるし、パトリツィアもロゼッタもフィオナを助ける為に命をかけていた事は間違いなかった。
ロゼッタは思案顔で公園の真っ黒な木の影を眺めていたが、小さな声で呟く。
「私もパティも立場が複雑なのよ。表面上は私たちは組織の諜報員。でも、私は組織の目的を阻止したいと思っている。パティはそれに協力してくれているわ」
「……組織の目的とは?」
「ドルファンの侵略、政権の奪取よ」
その言葉の重たい響きに忠正はわずかにうなった。
「だが、ローゼはそれを阻止したいと思っている」
「……そういう事になるかな」
今の政治的状況下でドルファンの政権を奪おうとしている勢力など一つしかない。
その事実が重くのしかかってくるのを感じつつも、忠正はどこか安堵していた。
少なくとも今のロゼッタの言葉に嘘はないと感じているからだった。
「そういうあんたの目的は?」
思索にふけっていた忠正はロゼッタの言葉にはっと我に返った。
「オレの目的は……もちろんドルファンの平和と主権の維持だ」
そう言い切った忠正の口調にロゼッタは若干の違和感を覚えていた。
それは、ロゼッタでなければ気づけなかっただろう。
生まれた時から一緒だった双子だからこそ、気づけたと言ってもいい。
「本当に……それがあんたの目的なの?」
だからこそ率直すぎるその疑問がロゼッタの口をついて出た。
忠正は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの口調で答えた。
「他に望むことなんてない。オレは傭兵とは言えドルファン国軍の兵士だ」
その言葉にロゼッタは不機嫌そうに顔をしかめた。
「それ。その兵士っていうのがそもそも納得いかないのよ。あんたは元々剣を取るよりも本を読む方が好きだったじゃない。私がお父様にせがんで剣術を教わりはじめても、あんたは部屋にこもって本ばかり読んでいた。そんなあんたが突然、家を飛び出してスィーズランド軍に入った時からおかしかった!」
忠正は小さく舌打ちをすると、吐き捨てるような口調で答える。
「知識だけじゃ平和は守れないって気づいたからだ。何もおかしな事はないだろ」
「あんたの言う平和って何? スィーズランド軍だって突然辞めて、ドルファンの傭兵なんかになって、おかしいじゃない」
「ドルファンは父さんと母さんの思い出の国だ。そこが危機に瀕しているなら何とかしたいと思っただけだ」
「嘘。そんな殊勝なヤツじゃないでしょう。あんたの本当の目的は何なの!?」
食い下がるロゼッタに忠正は苦々しい表情を浮かべたが、大きく深呼吸をするとやや落ち着いた口調で言う。
「ドルファンの平和を守りたいという気持ちは本当だ。この国に来て一年ほどたつが、オレにだってここで過ごした時間で大切な物が出来た。それを守りたいという思いに嘘はない」
ロゼッタは訝し気に忠正の顔をみつめていた。
忠正の嘘はすぐにわかる。
今の言葉に嘘がない事は、他の誰でもなく自分が一番理解していた。
ロゼッタは深いため息を吐くと忠正に背を向けた。
「……あんたの今の言葉は信じる。私達の目的は一応同じだって事は確認できたわよね。お互いの使命の為、協力できるところは出来る限り協力する」
顔を合わせないロゼッタの背中をみつめつつ忠正は声を投げる。
「それで構わない。ただ、約束を違えた時はローゼだとしても容赦しない」
その言葉にロゼッタはようやく振り返ると、強い意志と決意を秘めたルビーの瞳で忠正を見た。
「それはこちらも同じよ。あんたが正義に背く行いをするのなら、私があんたを斬り捨てる」
ロゼッタはその言葉を最後に、冷たい冬の風が舞い上げる枯葉の中へと消えていった。
忠正はその後ろ姿をしばらくみつめていたが、やがて踵を返して反対の方向へと歩き出した。
軍宿舎の自室に返った忠正は、ベルトに差したレイピアを壁に立てかけると、ベッドの上に寝転んだ。
小さなランプに照らされた薄暗い天井を眺めながら先ほどの会話を思い出す。
ロゼッタは間違いなくドルファンの敵対勢力、十中八九シュバルツデスアプグルント騎士団の所属しているのだろう。
だが、その目的はシュバルツによるドルファン攻略を阻止する事にありそうだ。
何がどうしてそんな複雑な事になっているのかはわからないが、少なくとも忠正達にとって敵ではない。
「本当の目的……か」
忠正は体を起こすと机の引き出しから一冊の本を取り出した。
簡素だがそれなりに年季の入った革の装丁のその本を手に取ると、表紙をもう片方の手でそっと撫でる。
「……言えるわけ、ないだろ」
そう呟いて本を置くと、ランプを吹き消して再びベッドに飛び込んだ。
その本の表紙に刻まれた文字はかすれているが、わずかに読み取る事が出来る。
そこに刻まれた文字。
――“ローズバンク手記”