続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【72】満月の策略

「船上コンサート、ですか」

 

いつもの会議に使用しているリンダ所有の屋敷のリビングで、優雅にお茶を楽しんでいたリンダ・ザクロイドは思わずカップを持つ手を止めた。

向かいのソファに座って同じように紅茶を飲んでいた如月忠正は深く頷いた。

 

「そうです。シレーナ・ケ・カンタは軍艦でもありますが、この国最大の帆船でもあります。会場としては最適だと思うのですが」

「それは……まあ、そうでしょうけれど」

 

言い淀んだリンダは忠正の隣に座る人物の方をちらりと見た。

思いがけず目が合い、柔らかな微笑みを送られたリンダはさすがに目を逸らすような事はせずににっこりと微笑を返したが、その表情は若干緊張気味であった。

忠正の隣に座る女性、ソフィア・ロベリンゲは微笑を浮かべたまま膝の上へと手を揃えて上品にたたずんでいた。

 

「アイディアとしては面白いと思いますし、妙案だとも思いますわ。ですが、本当に実施するおつもり?」

 

リンダが言うと、ソフィアが静かに頷きながら答える。

 

「外洋観光も兼ねた『小さな冒険ツアー』というコンセプトなら、無理なく港を出られると思うんです」

 

ドルファンを代表する歌姫であるソフィアと話をするのは初めてではないものの。いつ会ってもリンダは若干の緊張をしてしまう。

それは、そこにいるだけで放たれる清冽で透き通るような圧倒的存在感と、物腰は柔らかいものの間違いなく一本筋の通った頑固さを持っていそうな、その力強い瞳の力からだった。

数多くの商売相手や貴族たちと渡り合ってきたリンダを以てしても、ソフィアだけは簡単な相手ではないと感じていた。

 

 リンダは軽く咳払いをすると、いつもの態度で言う。

 

「コンサートの実現自体は可能ですし、そこに異論はありません。ですが……」

 

紅茶のカップを口元に運ぶ忠正の方を見て、わずかに目を伏せた。

 

「シレーナをこのタイミングでドルファン港から引き離すのは危険ではなくて? シレーナがいない間は港の守りがズィーガー砲だけになってしまうわ」

 

忠正は紅茶を啜ると、静かにカップをテーブルに置く。

 

「リンダ様のご心配はごもっともです。ですが、今回はそれが目的でもあるのです」

 

忠正の言葉にリンダはわずかに訝し気な視線を送った。

 

「どういう事ですの?」

「むしろシレーナがドルファン港を留守にする事で、シュバルツやハンガリアの侵攻を誘導したいと思っています」

 

 さしもの辣腕の淑女であるリンダを以てしても、忠正の発言には驚きを隠せなかった。

 

「それはシュバルツのドルファン侵略を看過するという事ですか」

 

にわかに鋭くなるリンダの語調に、忠正はあわてて首を振った。

 

「違います! 敢えて隙を作る事で奴らの侵攻タイミングをこちらの都合に合わせたいと、そういう作戦です」

 

そんな忠正の言葉を肯定するようにソフィアも笑顔で頷く。

リンダは小さくため息を吐くと手にした扇子で顔を扇いだ。

 

「説明、してくださるんですよね?」

 

忠正はソフィアと顔を見合わせると、明るい笑顔で応じた。

 

「もちろんです!」

 

 

 

 この日、忠正がリンダに相談を持ち掛けたのは、今後の作戦についてだった。

それはもちろん来るべきシュバルツデスアプグルント騎士団の侵攻への対策の為だが、忠正の作戦は海軍の力だけでは実行できないものであった。

 

 まず忠正が考えた事。

それは、シュバルツによるドルファン侵略を成功させるという事だった。

成功させるというと語弊があるのだが、忠正としてはドルファン首都城塞への被害を最小限に留めるというという意図があった。

 

 ドルファン王室会議内にも裏切り者がいるという事実があり、それが誰なのかの特定までは出来ていない中、忠正はプリシラとリンダ以外のメンバーはすべて裏切り者として想定した。

そうなった場合ジョアン率いる海軍は別として、メッセニ中将が直接指揮できる近衛騎士団以外の軍、とりわけドルファン軍のほぼすべての戦力を持つ陸軍の指揮権を持つのは王室会議次席アルダナル・ピクシスだ。

アルダナルが裏切り者であればシュバルツの侵攻を防ぐ事など、無手で獅子の群れに戦いを挑むようなものだ。

 

 シュバルツがドルファンの侵攻を本気で実施するならば、陸と海両方からの波状攻撃をしかけると忠正は読んでいた。

海からはもちろんハンガリアとアルビアの連合軍が仕掛けてくるだろう。

忠正達海軍がシレーナ・ケ・カンタとズィーガー砲を駆使して彼らの侵攻を必死に防いだところで、陸路でシュバルツが侵攻してきたならば防ぎようがない。

本来ならば鉄壁を誇るレッドゲートが敵の首都城塞侵入を防ぎ、仮にそこを突破されても陸軍の大隊が応戦すればいいだけの話だが、アルダナルがシュバルツと内通しているのであればそれは期待出来ない。

 

 レッドゲートから敵部隊の侵入を許してしまえば、あとはドルファン王城で近衛騎士団が迎え撃つ以外の方法がない。

そこでもアルダナルや、その腰巾着であるローナン・ディビチ、軟禁中のシャルシス・エリータスが裏で糸を引けば、王城陥落は時間の問題だし、国王デュラン・ドルファンと王女摂政宮プリシラ・ドルファンは亡き者とされるだろう。

 

 

 

 それを阻止するために忠正が考えたのは、あえての無抵抗であった。

ドルファン港もレッドゲートも突破される事を前提とし、抵抗する事による街への被害を最小限にする。

敵は侵攻のあまりの呆気なさに油断するだろうし、その敵の油断を利用してデュラン国王とプリシラ王女を王城から秘密裏に脱出させ、ザクロイドの秘密暗渠から出航させた改修型ブルー・セレンディバイト号でドルファンから逃げ延びるという作戦だ。

 

「ですが、この作戦には問題がありますわ」

 

その作戦内容を聞いていたリンダは、ザクロイド財閥頭首としての冷静な目で声を上げた。

 

「仮にデュラン国王とプリシラ王女を国外へと脱出させられたとして、それでどうするのですか。お二人が逃げ延びたとしてもドルファンが陥落する事には変わりがありませんわ」

 

忠正は神妙に頷きつつ、落ち着いた声で答える。

 

「まさに仰る通りです。ですが、シュバルツデスアプグルント騎士団の首魁、ヴァルデマール・ツヴァイクの本当の狙いは銀月の塔です。この銀月の塔で“王位継承権の儀”を行う事で、彼は大トルキア帝国の王として君臨するつもりです。我々はその儀式に強襲をかけてヴァルデマールを暗殺。儀式を中止させ、ドルファン王城を取り戻します」

「そんなに上手くいきますか? そもそも侵略を許したとして、即時にその“王位継承の儀”とやらをされてしまえば、強襲をかける暇もありませんわ」

「その為に我々が彼らの侵攻タイミングを操る必要があるのです。月神信仰は言葉の通り、月が重要な信仰です。“王位継承の儀”は満月の夜に行う必要がある為、彼らの侵攻を月が欠け始めたタイミングに誘導することで、約一か月の準備期間を作る事ができます」

 

リンダは豪華な椅子の肘置きに体を預けながら、しばらく考えていた。

その間に忠正は紅茶のお代わりをリンダの執事に依頼し、しゃべり続けて乾いた喉を癒す。

 

「仮にその作戦が実施できるとして、どうやってシュバルツの侵攻タイミングをコントロールするのですか。それが先ほどの船上コンサートという事?」

 

リンダのその疑問には、ソフィアが口を開いた。

 

「海から攻め入るハンガリア、アルビアの連合軍にとって一番の脅威は、ズィーガー砲ではなくシレーナ・ケ・カンタです。あの船がドルファン港の守りについている以上は、その攻略は簡単ではありません。もしもあの船がドルファン港を離れる事が前もってわかっているのなら、必ずそのタイミングで侵略をするはずです」

「それは……そうかもしれませんが、シレーナが港を離れるのを、ローナン卿はともかくとして、切れ者のアルダナル卿あたりは怪しむかもしれませんわ」

「その為の船上コンサートです。ザクロイド財閥の賓客をもてなす為の豪華なパーティーという名目でドルファン港からシレーナを出すのであれば彼らの目も欺けると思いますし、大切なシレーナ・ケ・カンタを守る為に海軍の傭兵達の船を護衛につける事も違和感がありません」

 

リンダはその細い指の上に顎を載せると、再び思案を始めた。

故意に海の守りを弱体化させる為の欺瞞としては理想的と言っていい。

それにソフィア・ロベリンゲのコンサートと言えば、アルダナル達の息がかかっていない重要人物をあらかじめシレーナに招待することで、避難させることも出来るだろう。

だが、それは諸刃の剣でもある。

 

 もしも忠正の言うヴァルデマールへの強襲が失敗した場合、彼らの戻る場所はない。

これは成功しても失敗しても、ドルファンという国の行く末を大きく左右する作戦になるのは間違いない。

リンダは大きく深いため息を吐いた。

父から経営危機に陥っていたザクロイド財閥を引き継ぎ、いくつもの重要な決断を下してきたリンダではあったが、今回の事は規模が違い過ぎる。

一つの判断ミスがザクロイド財閥だけでなく、ドルファン王国そのものの未来を潰してしまう。

 

かと言ってヴァルデマールによる大トルキア帝国制定を認めてしまえば、ドルファンは旧家の両翼と王室会議に乗っ取られる事となる。

そうすれば元々野党であるザクロイドの席など一瞬で潰されてしまうだろうし、立て直してここまで拡大してきた財閥も、彼らに吸収されてしまう事は火を見るよりも明らかだ。

リンダは目を閉じてしばらく物思いに耽っていたが、やがて静かに目を見開くと決意に満ちたまなざしで忠正とソフィアの方を見た。

そして、ザクロイド財閥の頭首に相応しい威厳ある声で言った。

 

「わかりました。このリンダ・ザクロイド、あなた方の作戦に協力いたしましょう」

 

 

 

 リンダの理解と協力を勝ち取った忠正とソフィアはマリーゴールド地区の街並みを自然な振る舞いで歩いていた。

どこで裏切り者のスパイが見ているかもわからない為、あくまで友人宅でお茶を楽しんだ中流貴族の帰り道を装っての事だ。

忠正はいつもよりも若干小奇麗な服装で、ソフィアは平凡なドレス姿だったが、顔を隠すためにつばの広いキャペリンハットを被っていた。

 

「良かったですね、リンダさんが理解してくれて」

 

歩きながら優しく言うソフィアに、忠正は深く頷いた。

 

「ソフィアさんのご助力のお陰です。こんな突飛な話にご協力いただけるなんて、正直思ってもみませんでした」

 

率直な忠正の意見にソフィアは帽子の下でくすくすと笑った。

 

「ドルファンの明日に関わる話ですから。他の何を差し置いても協力しますよ。それに」

 

帽子の影から忠正を覗き込んだソフィアは、腰を下げてカーテシーをする。

 

「フィオナの件、ありがとうございました。あんなに明るい笑顔を浮かべるあの娘を見るのは、本当に久しぶりです。あの人……ジョアンも、毎日が本当に満たされているように見えて」

「い、いいえ! あの、オレは大した事はしていないです。あれはエリータス中佐とフィオナさんの絆あっての話ですから……」

「謙遜なさるんですね。二人とも声を揃えてタダマサさんのお陰だと言っていますよ」

「や、やめて下さい」

 

顔を赤らめる忠正を見てソフィアが再び笑い声を上げた時、二人の少し先の角をふらふらと歩く人影が現れた。

体調が悪いのか、覚束ない足元に水色の長い髪が左右に揺れる。

その見覚えのある後姿に忠正は咄嗟に走り出しながら名前を呼んだ。

 

「アンさん!」

 

今にも倒れそうな肩を支えた忠正を、アンは青白い顔で見上げた。

 

「アンさん……」

「あ……タダマサさん……」

 

弱弱しくか細いアンの声に忠正が戸惑っていると、後ろからソフィアが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですか?」

 

声をかけつつアンの顔を見たソフィアは一瞬大きく目を見開いた。

 

「あ、あなたは……」

 

しかし忠正はそんなソフィアの様子には気づかず、よろけるアンを支えながら言う。

 

「ソフィアさん、すみませんが馬車を探してもらえませんか。この人を病院へ……」

「あ……はい!」

 

大通りの方へと急ぐソフィアを見送り、忠正はアンの肩を抱いた。

アンは生気のない顔で忠正を見ると、目を伏せた。

 

「ご、ごめんなさい。少し休めば、大丈夫だから……」

「念のため病院に行きましょう。すぐにソフィアさんが馬車を見つけてくれます」

「……ごめんなさい」

 

アンは忠正に体を預けつつ、力なく謝るばかりだ。

 

「タダマサさん!」

 

ソフィアの声に振り返ると、流しの馬車を捕まえてくれたようだった。

 

「ありがとうございます!」

 

声を返しながらアンを抱き上げた忠正は、そのあまりの軽さに驚いた。

 

「アンさん……」

 

しかし今はそんな事に気を取られている場合ではない。

忠正はアンを抱きながら馬車へと急いだ。

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