続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第六章 漆黒の王都
【76】迫る漆黒の影


 その巨体を震わせるようにゆっくりと、シレーナ・ケ・カンタは護衛の為の“白鷲”の船を二艘引き連れて夕日で赤く染まったドルファン港を出発していった。

歌姫ソフィア・ロベリンゲの船上コンサートとして大々的に企画された三泊四日のこの船旅はドルファンの貴族や富裕層を中心に圧倒的な支持を受けたが、その乗船券は抽選によって配布されるものであり、倍率は百倍を超えるともいわれていた。

 

 しかし実態は主催であるザクロイド財閥によって配布先はすべて掌握されており、ドルファンの政治に影響力のある親プリシラ王女派の貴族や、商業の中心人物、ザクロイド財閥の息のかかった者たちが選ばれていた。

その千人ほどの乗客の中にはソフィアの関係者も見つけることが出来た。

まず、娘であるフィオナ・ロベリンゲ。ソフィアの親友であるハンナ・ショースキーは店を空けるわけにはいかないと乗船を固辞していたが、その娘であるサラの姿は見つける事が出来る。

 

いつもならフィオナとサラが集まれば、そこにはパトリツィアが一緒にいるはずなのだが、今回ばかりはパトリツィアは船旅には同行せずにドルファンに残る事になっていた。

ソフィアの学友であったレズリー・ロピカーナや、その妹分のロリィ・コールウェルも乗客名簿に名を連ねている。

ちょうど学校は春休みの時期という事もあり、教師であるロリィや学生であるフィオナやサラも参加できたという事だ。

 

 

 シレーナ・ケ・カンタに乗り込んだ人々はこれから始まる小さな冒険の旅と、世界的歌姫が自分たちの為に歌ってくれるという期待に胸を躍らせ、一様に明るい表情を浮かべていた。

それはフィオナも例外ではなく、久しぶりに一緒に過ごす事の出来る母との時間に、胸が躍っていた。

父親であるジョアン・エリータスも軍務を調整し、この船旅に同行している事もあり、家族水入らずの時間が作れる事が何よりも楽しみであった。

とはいえ、もともと戦艦であるシレーナ・ケ・カンタの客室は簡素な造りで相部屋が基本である為、フィオナはサラを一人にするのを良しとせず、ソフィアの為に特別に用意された豪華な専用の客室ではなく一般の客室を使う事としていた。

 

「楽しみだね! 船旅なんて初めてだよ!」

 

デッキから手を振っていたサラの言葉にフィオナは頷いた。

 

「うん、私も……」

 

そう答えながらもフィオナはどこか浮かない表情で離れていくドルファン港に視線を送っていた。

 

――なんだろう。楽しみなのに、なぜか胸がざわめいている。

 

言い知れない不安にフィオナは固唾を飲んだ。

 

 

 

「行っちまったな」

 

ドルファン港でシレーナ・ケ・カンタの出航を見守っていたルシル・ルシラ・ド・ベルヴィラは隣に立つ忠正とエルザ・ディーリアに向けて言う。

忠正は小さくなっていくシレーナ・ケ・カンタに別れの一瞥を送り振り返ったところで、少し先に立っている二人組に視線を止めた。

西日に赤く染まるそのシルエットは、ロゼッタ・ハイマーとパトリツィア・オーエンズのものだった。

 

「ローゼ」

 

忠正が声をかけるとロゼッタはルシルとエルザを交互に観察しながら近づいて来た。

そして近くまで来ると、やや明るい口調で二人に話しかける。

 

「チャオ。今回の作戦はよろしく頼むわね」

 

訝し気にロゼッタを眺めるエルザを横目に、ルシルは陽気に片手を上げて見せた。

 

「へえ、あんたがタダマサの姉ちゃんか。確かに腕は立ちそうだ」

 

気さくなルシルの態度にロゼッタは親し気な笑顔で答える。

 

「あなたもとっても情け容赦なさそうで頼りになりそうだわ」

 

何かシンパシーを感じるものがあるのか、笑顔を交わす二人に対してそれぞれの脇に立っているエルザとパトリツィアは警戒を緩めない緊張した面持ちを浮かべている。

エルザとパトリツィアはお互いに面識がある。

いつだったかロムロ坂の喫茶店“カフェ・ラ・レテ”で一緒にスイーツを食べる羽目になった事があった。

その時は文官であるエルザをパトリツィアが挑発したものだ。

 

 忠正は揃った一同の顔を見渡すと、周りの人々には聞こえないように声を落としながら言った。

 

「それじゃあ、これより作戦を開始する。この作戦はドルファンの未来に関わる重要な作戦で、失敗は許されない。それぞれ自分の役割をしっかりと把握してくれ」

 

忠正の言葉にそれぞれの反応はバラバラだった。

敬礼を返すエルザに、不敵に微笑むルシル。興味なさそうに欠伸をするロゼッタに、聞いているのかどうかもわからないパトリツィア。

忠正は大きくため息を吐きながらも首を振って気持ちを切り替える。

 

「ルシル、ディーリア伍長はエドワーズ島へ急いでくれ。ブルー・セレンは大丈夫だろうな?」

 

その質問に対しては、エルザがすかさず生真面目な声を返した。

 

「コーミンさんとメネシスさんが最後の調整を行っていますが、間に合わせる、と仰っていました」

「あの二人が言うのなら間に合わせるのだろう。手筈通りに頼む」

「はい!」

 

再び敬礼をするエルザをチラリと眺めながら、ルシルは忠正の方に肘を置いた。

 

「お前の方こそしくじるなよ。迎えに来てやったのにデートの相手がいないんじゃ、興ざめってもんだ」

「それは、この二人の情報がどこまで正しいかによるな」

 

忠正に顎で示されたロゼッタとパトリツィアだったが、ロゼッタは肩をすくめてみせた。

 

「心配しなくても、今夜にはシュバルツデスアプグルント騎士団の本隊がダナンを何事もなく通過するだろうし、シレーナが出航したのを確認したからアルビア、ハンガリアの連合艦隊が沖から動き出したはずよ」

「それだけの戦力が動いているというのに、まったく何の反応も示さないドルファンの諜報部隊は最高だな」

 

ルシルの呆れた口調に忠正は再びため息を吐いた。

それに関してはまったくの同意見だった。

王室会議の中枢と言うか、旧家の両翼のピクシス家とエリータス家、その腰巾着のディビチ家すべてが結託してドルファンを裏切ろうとしているのであれば、こうなるのは必然だ。

 

「エリータス中佐をシレーナ・ケ・カンタに乗せた事で、海軍も迅速な対応が出来ないと王室会議は思うはずだ。ドルファン港周辺に停船している海賊達には、敵船の影が少しでも見えたらドルファン港より離れるように伝えてくれ」

「すでに伝えてあるぜ。せいぜい敵にビビッて、逃げ出すように船を動かせとな」

「助かる。無駄な犠牲は出したくない」

「その点、今のドルファン海軍はほとんどすべてが海賊だからな。信用の無さと逃げ足の速さだけは王室会議も信じてくれるだろうよ」

 

ルシルの皮肉が皮肉にもなっていない現状に忠正は苦笑いを浮かべた。

 

「違いない」

 

 

 

 ルシルとエルザが“白鷲”の船に乗り込みエドワーズ島へと向かうと、忠正はロゼッタ、パトリツィアと共に王城を目指してシーエアー地区から城東大通りへと歩いていった。

すでに空は濃い紫色と鮮やかな朱色のグラデーションが広がっており、小春日和だった気温は徐々に下がってきていた。

城東大通りを歩く人々は仕事が終わり、家路を急ぐ人が大半だ。

何の心配もなく、明日も普段通りの暮らしが待っている事を疑うことすらない人々。

 

 そんな人々を眺めつつ歩くロゼッタは、隣を黙って歩く忠正の横顔が、これから始まる作戦の重要度に反して覇気が足りないような気がして、思わず声をかけた。

 

「忠正」

 

ロゼッタの声音がいつもよりも真面目な雰囲気を持っていたので、忠正は思わず顔を上げた。

 

「なんだ」

 

忠正のルビー色の瞳はただならぬ緊張と重圧を感じているように見えたが、ロゼッタはその奥にわずかにくすぶる寂しさを感じ取っていた。

 

「あんた、何かあった?」

「何かとは、なんだ」

「わからないから聞いているのよ。上手く言えないけれど……何か大切なものでも失くした?」

 

その言葉に忠正の表情は全く変わらなかった。

事実、二人の会話を聞くでもなく聞いているパトリツィアは忠正の態度から内も感じるところはなかったが、ロゼッタは違った。

 

「昔から変わらないわね。図星をつかれるとまばたきが増える癖」

 

忠正は苦々しそうに顔を歪めた。

 

「……双子なんてろくなものじゃないな」

「仕方ないじゃない、双子で生まれてきちゃったんだから。それで、何があったの?」

あっけらかんと言うロゼッタに、忠正は今日何度目かわからないため息を吐いた。

「……大した話じゃない」

「集中力を欠くような状況で作戦に臨まれると迷惑なんだけれど」

「作戦に影響はない」

 

やや早口で言う忠正に、今度はロゼッタがため息を吐いた。

 

「嘘をつく時に早口になる癖も、なかなか直らないわね」

「……だから双子は嫌なんだ」

 

忠正は観念したようにもう一度ため息を吐くと、パトリツィアを気にしたのか声を落として言った。

 

「気持ちが通じたと思っていた人に拒絶されただけだ」

「失恋?」

「そういうんじゃない。彼女の命を救うためには仕方ない事だった」

「あ、やっぱり女の人なんだ」

 

忠正は思わずロゼッタの顔を見て、数回まばたきを繰り返した。

 

「はい、図星ね」

「……」

 

忠正は答えず、少し先に見えてきたドルファン城のシルエットを見上げてロゼッタにと言うよりは、何かを反芻するように呟いた。

 

「彼女の幸せを考えれば最善の選択だった。オレが彼女にしてあげられる事は……何もない」

「ふうん……」

 

ロゼッタはつまらなそうに相槌を打ったが、隣を歩くパトリツィアに視線を送るとやや侮蔑を込めた声で言った。

 

「彼女の幸せを考えれば、だって。優しいふりをして裏切るのは、結局いつだって男の方よね」

 

突然話を振られたパトリツィアが何と答えたらよいのか考えるより先に、忠正は強い口調で反論の声を上げた。

 

「彼女が望んだ事だ!」

 

道行く人達が何事かと一瞬顔を向けたが、すぐにまたそれぞれの目的地に向けて歩き出す。

ロゼッタは相変わらず呆れたような口調で続ける。

 

「あんたとその人にどんな事情があるか知らない。でも、そんな未練たらしい事を言うくらいなんだったら、ちゃんと自分の気持ちをぶつけるべきだと思うけれど」

「……事情も知らないなら、なおさら余計なお世話だ」

 

幾分落ち着きを取り戻した忠正の言葉に、ロゼッタは肩をすくめて見せた。

 

「まあいいけれど、くれぐれも作戦に集中してよね。朴念仁のあんたに、そんな女の人がいるのは意外だったわ」

忠正は答えず、ドルファン城を目指して歩調を速めた。

 

 

 

 その頃、かつてはドルファン王室会議の中でも野党として権力を持っていたゼノス・ベルシスによって統治され、二十三年前の戦争ではヴァルファバラハリアンに肩入れをしてドルファン王室に対し戦線布告までした国境都市のダナンを街中を、シュバルツデスアプグルント騎士団の一行が通り過ぎようとしていた。

今はピクシス家によって統治されているとは言え、プロキア公国、ハンガリア共和国、ゲルタニア共和国、それぞれとの国境線に構えるこの街はドルファン王国陸軍の一個大隊が常駐しており、常に臨戦態勢を取れるような強固な守りの街だ。

 

 そんな街の目抜き通りを全身に漆黒の鎧を纏い、黒いマントをなびかせた騎兵約千騎が堂々と行進していく姿は、誰の目にも異様であり一種独特の不気味さがあった。

住人達は事前に外出禁止令が出されていた事もあり、一様に家に閉じこもりながら窓からその騎士たちの姿を息を殺して見守っていた。

 

 一行の最後方には四頭の馬で曳いたひと際不気味さを持った黒塗りの馬車があり、その馬車の中には騎士団長たるヴァルデマール・ツヴァイクの姿があった。

馬車の中とは言え、他の騎士たちと同じように真っ黒な鎧を身に着け、兜こそ外しているが、その厳めしく深いしわが刻まれた顔に、むっつりと真一文字に口を結んでいる姿は圧倒的な威圧感を放っていた。

そのヴァルデマールの向かいに座っているのは副団長ゴットフリート・ファン・デン・ブルクという巨体の男で、こちらは黒い鎧に同じように真っ黒に塗られたヘルメット形状の兜をかぶっている。

 

「ここまでは順調だな」

 

ヴァルデマールが低い声で言うと、ゴットフリートは幾分兜でこもった声で答える。

 

「はい。アルダナル・ピクシスは上手くやっているようです」

「たかだがドルファンのような小国の統治権だけで、主君を裏切るような男にしてはなかなか手際が良い」

「それだけ思い入れがあるということなのでしょう」

「下らんな。結局は我が大トルキア帝国の配下に落ちるというのに」

「陛下の下で国を治められる事が最上の幸福だとわかっているのです」

 

その言葉にヴァルデマールの口元にわずかだが笑みが浮かんだ。

 

「その為にもデュラン・ドルファンを亡き者とし、銀月の塔での戴冠の儀を行わなければならん」

「先行させている“黒衣の聖女”と、現地に放っている“緋眼のサリシュアン”、どちらからも問題は報告されておりませんので、すべては順調に推移しております」

「“緋眼のサリシュアン”か」

 

ヴァルデマールは再び無表情に近い不機嫌そうな顔をすると、指先で豪勢な椅子のひじ置きを叩いた。

 

「ヴァルファバラハリアンの忘れ形見、“隠密のサリシュアン”の娘だったな。ドルファンに恨みがあるとは言え、どこまで信用できるものか」

「あれには幼少より飼いならした“番犬”を一匹つけております。不審な動きがあればすぐにわかるでしょう」

「ふむ。まあいい。サリシュアンが仮に何かをしたとしても、もはや大勢に影響はない。ドルファン首都城塞まであとどれくらいか」

「明日の夕刻頃には到着いたします」

「そうか」

 

ヴァルデマールは静かに頷くと、目を細めてその野心に溢れた視線でまだ見ぬドルファン首都城塞を、そしてその先の銀月の塔を見据えていた。

 

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