続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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先週は休載となってしまい申し訳ありませんでした。
また週次で更新できるように頑張ります。
どれだけの方が毎週読んでくださってるのかわかりませんがw


【77】黒衣の聖女

 真夜中の深い闇の中、わずかに欠けている月の薄明るい光に照らされたその影は明らかに異様だった。

光を吸収するかのような深い闇の色、漆黒に塗られた鎧をまとった騎士が四騎ほど、ドルファン首都城塞の鉄壁の守り、レッドゲートと呼ばれる巨大な鉄の扉の前に取りついていた。

固く閉ざされたその巨大な門扉は幅一〇メートル、高さ二〇メートルという堂々たる大きさの両開きの鉄扉で、その周りを囲う城壁ですらもそびえたつ山脈のようだ。

 

 扉の外側で待機していたドルファン陸軍の鎧を着た衛兵は、小走りに漆黒の騎士へ近づき、先頭の異様な雰囲気を放つ騎士と言葉を交わす。

先頭のその騎士は修道服のような形をした真っ黒なローブの上に、胸当て、肩当て、手甲といった漆黒の鎧を装備し、頭には同じように真っ黒なウィンプルの上に喪服のようなベールを重ね、その上からバイキングの兜のように角が二本生えた、これまた漆黒の兜をかぶっている。

その兜からこぼれ落ちる長い黒髪は豊かに波打ち、腰に届くかと言う長さだった。

騎上でもわかるほど背の高いそのシルエットは線が細く、胸当ての独特の形状で一目で女性とわかる。

 

 しかし、彼女が一際異様さを放っているのはその修道女のような恰好ではなく、肩に担いでいるその凶悪な武器のせいだった。

黒く塗られた棒の先に、短い鎖で繋がれた無数の棘が生えた金棒のようなものがぶら下がっている。

俗に言う、フレイルである。

元々は穀物の脱穀用に作られた農具であるのだが、女騎士が持つ“それ”は人を傷つける為だけに作られた明らかに殺傷能力の高い武器であった。

 

 

 女騎士と言葉を交わした衛兵が手をかざして合図を送ると、低くくぐもった大きな歯車が動く音が聞こえ、ドルファン首都城塞を守るレッドゲートの鉄の扉がほんの少しだけ外側に開いた。

そのぎりぎり騎馬と人が通り抜けられる隙間から首都城塞内部へと入ると、女騎士はすぐそこで馬に跨り自身と同じような漆黒の鎧をまとったロゼッタと、脇に控えるパトリツィアを見て妖しく微笑んだ。

 

「これはこれは、“緋眼のサリシュアン”殿ではありませんか。わざわざお出迎えに来ていただけるとは、大変恐縮です」

 

やけに芝居がかったその物言いがロゼッタはどうしても好きになれないのだが、そんな事はおくびにも出さずに無表情を装って事務的に答える。

 

「先行任務、ご苦労様。無事の到着で何よりね」

 

その女騎士はフレイルを持っていない方の手で兜を脱いだ。

切り揃えられた前髪の下で、何を見ているのかわからない虚ろな目でロゼッタの方を見た女騎士はにんまりと不気味な笑顔を浮かべた。

 

「うふふ。これも全知全能であられる主神セレーネー様のお導きによるものです」

 

ロゼッタの隣で黙って控えていたパトリツィアは心の中で舌打ちをしていた。

この不気味で気持ちの悪い女の名はアンゼリカ・ローゼンベルク。

シュバルツデスアプグルント騎士団の五人いる隊長の一人で、“黒衣の聖女”の二つ名で呼ばれている。

元々ゲルタニアの地方出身の修道女だったそうだが、ある日を境に月神信仰の主神と崇められる女神セレーネーの声が聞こえるようになったと言い出した彼女は、その神のお告げに従って住んでいた村の住人を皆殺しにした経歴を持っている。

 

「それで、今夜はどこで夜を明かせばいいのかしら。ドルファン城の場所もおさえておきたいわ」

 

アンゼリカに続いて部下の騎兵が三騎入ってくると、先ほどと同じように低い音を立ててレッドゲートが閉じられた。

それを見届けたロゼッタは先に立って馬を歩かせる。

 

「いくらピクシス卿が取り計らっているとは言え、この恰好で街中にいるのは悪目立ちし過ぎる。今夜は野宿になるけれど、構わないわよね」

「それがセレーネー神の思し召しなら、異論はありませんわ」

 

頷いたロゼッタは人目を避けるように、暗い通りをカミツレ高原方面へと騎馬を進め始めた。

 

 

 

 フェンネル地区を抜けると夜の闇は一層深くなり、昼間でも薄暗い森林区は木々のざわめきがその不気味さをより引き立てていた。

一行の先頭を行くロゼッタの後にアンゼリカが続き、随伴の騎士が三騎、最後尾にパトリツィアという集団は、伸び放題の木々の所為で月明りも差し込まず、ロゼッタの持つカンテラの灯りだけがゆらゆらと道を照らしていた。

全身黒ずくめの彼らは完全に鬱蒼とした森の木々に溶け込み、カンテラだけが不気味に浮いているようにすら見えた。

 

「ドルファンというのは随分田舎なのね。ゲルタニアの地方都市だって、こんなに暗くないわ」

 

アンゼリカの言葉に、ロゼッタはうんざりしたように答える。

 

「もともと地方国家なんだから、こんなものでしょう。ゲルタニアには街灯の無い道なんてないけれど」

「文化レベルの差ね。でもこんなに自然豊かで闇が深いからこそ、セレーネー神が降臨なさる“銀月の塔”があるのかもしれないわ」

「解釈はご自由に。そこに銀月の塔がある。それだけよ、重要なのは」

「ああ、楽しみだわ。団長がセレーネー様の祝福を受けて、大トルキア帝国の王に君臨する姿を目の当たりにするのが……!」

 

その姿を想像して興奮気味に歓喜の声をあげた時、後ろで何か重いものが地面に落ちるような音がした。

咄嗟に振り向いたアンゼリカだったが闇夜の中では一切何も見えない。

また同じような音が夜の静寂の中に響いた時、アンゼリカは弾かれたように馬を走り出させるとロゼッタを追い越して振り返った。

また一つ同じような音が響き、ロゼッタも振り返ってカンテラを照らすと、そこには随伴の騎士達が地面に転がっていた。

 

 その光景を目にした瞬間、アンゼリカは右肩に担いでいたフレイルをロゼッタに向かって一気に振り抜いた。

ロゼッタは咄嗟に馬から飛び降りていたが、フレイルの一撃は馬の身体を容赦なく痛めつけ、六〇〇キロを超えるその巨体を、優に五メートルは吹き飛ばした。

空中を舞いつつもしっかりと着地をしたロゼッタは声を荒げた。

 

「なんのつもり!? アンゼリカ!」

 

しかしアンゼリカはフレイルを再び肩に担いで例の芝居がかった口調で言う。

 

「それはこちらのセリフですよ、サリシュアン。セレーネー神が馬を走らせろと仰ったので難を逃れましたが、あなたの飼い犬は随分と躾がなっていないじゃないですか」

 

その言葉にロゼッタは小さく舌打ちをした。

ロゼッタの作戦では、自分が先頭に立ちカンテラの光を支配してアンゼリカの注意を引いている間に、パトリツィアが闇に紛れて全員を暗殺するはずだった。

だが“黒衣の聖女”アンゼリカ・ローゼンベルクはその勘の鋭さというか、本能的な危機回避能力でまんまと危機を脱している。

まさか本当に神の声が聞こえているわけではあるまい、とロゼッタは疑念を振り払うように首を振った。

 

「パティは犬なんかじゃないけれど!」

 

言いながら走り出したロゼッタはカンテラを放り投げ、一気に距離を詰めてアンゼリカに向けて腰の刀で抜き打ちを仕掛けた。

カンテラが地面に落ちて砕けるのと同時に、重量のあるフレイルという武器を担いでいるとは思えない程軽やかに、まるでバレリーナのような身軽さでロゼッタの一撃をかわしながら馬から飛び降りたアンゼリカは、ふわりと着地すると同時に片手だけでフレイルを振り抜く。

フレイルの先端は鎖で繋がれている為に独特なワンテンポ遅れるようなタイミングで軌跡を描くが、信じられぬ程の速さでロゼッタに襲い掛かった。

すでに抜き打った刀を手元に引き戻していたロゼッタは刀の側面でそれを防御する。

激しい金属音と火花が散り、そのあまりの衝撃に側面での防御が無理だと悟ったロゼッタは、必死に刀を押し出しフレイルの力を斜めに逸らそうとした。

 

 なんとかその一撃を凌いだロゼッタが体制を立て直すより早く、アンゼリカは次の一撃を横殴りの力任せに放っていた。

ロゼッタは息を飲み込みながら素晴らしい反射神経でしゃがんでそれをかわす。

頭の上をかすめていったフレイルの先端は慣性の力によって虚空に引っ張られるはずだ。

その隙に反撃を試みようとしたロゼッタは信じられない事実を目の当たりにした。

今自分がかわしたはずのフレイルが、間髪を置かずに真上から自分の頭へ振り下ろされていた。

 

――“繋ぎ”が速すぎる!!

 

反撃をあきらめ、後方に飛び退きながらなんとかその一撃をかわすロゼッタに、今度は右から、左からと、フレイルはまるで八又の竜の頭のように四方八方から襲い掛かる。

 

「ロゼッタ様!!」

 

ロゼッタの窮地に、それまで闇の中に潜んでいたパトリツィアは声を上げると同時に手に握っていたナックルダスターを投げつけた。

 

 アンゼリカは視界の隅でそれを捉えると、フレイルを振る方向をロゼッタからナックルダスターへと切り替えた。

その一瞬の間にようやく息をする機会を得たロゼッタは、大きく飛び退いてアンゼリカと距離を取った。

 

 

 地面に落ちて砕けたカンテラから漏れた油が残り火で燃えるわずかな明るさに照らされて、ロゼッタ、パトリツィア、アンゼリカは三すくみの位置関係で微妙な距離を保っていた。

 

「もう一度聞くけれど」

 

あれほどの連続攻撃を繰り出したというのに息一つ乱れていないアンゼリカは、どこか面白そうに言う。

 

「これは何のつもりなのかしら、サリシュアン。ヴァルデマール団長に対する裏切り行為と捉えて良いのかしら。それとも私が神の声を聴ける事に対する嫉妬?」

 

ロゼッタは大きく息を吸って呼吸を整えると、吐き捨てるように言う。

 

「どういう思考回路をしていれば後者のような考えが浮かぶわけ? あんたの言う神だかなんだかに興味はないわ」

「まあ」

 

アンゼリカは大袈裟に驚いた素振りを見せると、狂気的に目を細めた。

何を言っても妖しく微笑むアンゼリカの態度に、ロゼッタは思わず眉をひそめた。

この芝居がかった女の信じる神の事などどうでもいいが、その“黒衣の聖女”という二つ名は伊達ではない事は間違いなかった。

 

 まず、フレイルという本来誰でも使える力任せに振り回すだけの武器を使用しているにも関わらず、その攻撃方法が異常だ。

重量がありなおかつ鎖で繋がれたこの武器は一撃一撃の威力は高いが、その重量と一撃必殺であるが故に連撃はもってのほかであるはずだ。

だがアンゼリカはそれをやってのけた。

しかも、普通では考えられない程の速さでの連撃だった。

一体どれほどの膂力が必要なのか見当もつかないレベルだが、あの細い腕でアンゼリカは事実としてやってのけている。

 

 アンゼリカはもう一度ロゼッタにむけて妖しい微笑を向けた。

 

「神の奇跡を見たことがないから、そんな乱暴な言葉使いになってしまうのね。なんと不憫な事でしょう」

「生憎だけれど、あんたの神様ごっこに付き合ってあげる義理はないわ」

「うふふ、セレーネー神の声が聞こえるわ」

 

ロゼッタは刀を構え直しながら口の中の渇きを誤魔化すように唾を吐いた。

 

「あんたのインチキ神はなんて言っているのかしら」

 

アンゼリカの焦点を伴わない黒い瞳が歪に半円を描く。

 

「この不信仰者に神に代わって鉄槌を下せ、との事ですよ!」

 

嬉々として叫ぶアンゼリカはフレイルを振りかぶった。

 

 

 

 ドルファンの外洋へと繰り出したシレーナ・ケ・カンタの後部デッキで、月明かりを反射して明るく輝く夜中の海を一人静かに眺めていたソフィア・ロベリンゲは遥か海の彼方のドルファン首都城塞の事を考えていた。

明日にはきっとシュバルツデスアプグルント騎士団が王城に奇襲をかけるだろう。

現地の対応を任せてしまったが、あの若い傭兵はうまく立ち回ってくれるだろうか。

デュラン国王とプリシラ王女。

プリシラに子供がいない事を考えれば、この二人が万が一にでも殺されてしまえば王家の血は途絶えてしまう。

 

なんとしてもどちらか一方でも生き延びてもらわなければ、ドルファン王国はヴァルデマールによって亡国にされてしまう。

やむを得ない事だったは言え、まだ二十歳にもならない若者に大きな責任を押し付けてしまった後悔と、それでも彼が東洋からの聖騎士の血と、あのルビー色の瞳を受け継いでいるならきっとやってくれるという希望が入り混じり、自然とため息が漏れてしまう。

 

 もう一度小さくため息を吐いた時、ソフィアの後ろに音もなく一人の影が近づいた。

ソフィアは慌てるでもなく振り返る。

全身黒ずくめの衣装は闇夜に溶け込み、露出した肩上までの緑色の髪がなければそこにいるかどうかも不明確だ。

しかし、その顔には不気味な笑顔が張り付いた仮面を被っており、その異様な雰囲気に拍車をかけていた。

 

「バリアニコフさん」

 

ソフィアが声をかけると仮面の男は小さく首を振った。

 

「その名はすでに捨てています。今はアイゼスケルテと」

「ゲルタニア語ですね」

「……これを」

 

アイゼスケルテは懐から封書を取り出す。

封書の端には一文字“S”と書かれている。

ソフィアは黙って頷くと封を切って中身を取り出した。

中には便箋が一枚入っており、一行だけの文章が記されていた。

 

「セサ……」

 

ソフィアが口に出すとアイゼスケルテは仮面の口元に指を立てた。

 

「あまり声に出さない方がいい。それをリンダ・ザクロイドに伝えてください」

「……わかりました。あなたはどうされるのですか」

 

アイゼスケルテは青く輝く海原へと視線を向けると、低い声で言った。

 

「私はドルファンへ……」

 

その言葉を言い終わるかどうかというタイミングで彼は手すりをまたぐと、夜の海へと身を投げていた。

しかし、水を叩く音もしぶきもあがらない。

きっと隠している小舟へと乗り込んでいるのだろう。

ソフィアはそう結論づけると、それ以上は考えなかった。

彼が音も無く現れ、音も無く消えていくのはいつもの事なのだ。

それよりも手紙の内容をリンダに伝えなくてはならない。

決意を秘めた目で月明かりの海に一瞥を送ると、ソフィアは船室へ向けて歩いて行った。

 

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