続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
「状況を整理しよう」
ジョアン・エリータスが会議室の前方の黒板前に立ち、貼り付けたドルファン近隣の海図を差し棒で叩いた。
ジョアンに向かい合うように並べられた椅子に座り、それを聞いているのは如月忠正をはじめ、ルシル・ルシラ・ド・ベルヴィラとその配下の船の船長たちの合計八人だけだった。
もちろん招集命令の指令書は各傭兵達に送付されているものの、その殆どが軍の宿舎には寄り付かず自分たちの船で寝泊まりをしているのだからそもそも届くはずがない。
ルシル達〝白鷲〟にも、忠正が船長の一人を街で捕まえて伝令したから招集できたに過ぎない。
状況としてはお粗末この上ないはずだが、それでもジョアンの鼻息は荒かった。
「わが軍の斥候部隊の情報では、ハンガリア沖からドルファン方面へと航行する不穏な艦隊の姿を確認したとの事だ! 今回の任務はこの敵艦隊がドルファン港に近づく前に、可及的速やかに排除する事にある!」
差し棒で黒板をひっきりなしに叩いているが、その差し棒は海図のどこも差していない。
ルシルがため息を吐きながら言う。
「可及的速やかに排除するのはわかったけれどさ。どこで迎え撃つんだよ。オレ達の船は今ドルファン港に停泊しているんだから、どこまで行けばいいわけだ? そもそも敵の艦隊の規模は、位置は、速度はどうなっているんだよ」
ジョアンはぐっと言葉に詰まったが、すぐに忠正の方を見た。
「それについては副官から説明がある!」
忠正はやや緊張の面持ちで立ち上がり、海図の前に立った。
「敵艦隊はフリゲート艦五隻と旗艦となる軍艦一隻を確認している。フリゲート艦は前方に二門、後方にも二門、側面にそれぞれ二十五門の大砲を備えていると推測される。旗艦に関しては前方、後方に強力な大砲を二門ずつ、舷側に三十六門の大砲を備えているとの情報だ」
その説明にルシル達海賊の一段の表情に緊張が走った。
「それほど大きな艦隊規模じゃないが、十分脅威になりえる構成だね。それで、位置は?」
「敵艦隊はハンガリアのカルタヘナ港を出発し、ドルファン最西端の港町パーニヤの沖合二十海里のあたりを航行中と思われる。速度は三ノットから四ノット程度」
「速度的には一般的なガレオン船かキャラック船のようだ。だが、カルタヘナからなら、五日もかからずドルファン港まで辿り着くだろうな。それで、オレたちはどこでそれを迎え撃つ?」
忠正はルシルの冷静な判断に頷きながら、海図の中の一つの島を差した。
「ドルファン港から西北西に百キロほどの位置にあるシチー島という無人島がある。その沖合を敵艦が通過すると思われるので、我々はそこで待ち伏せを行う」
ルシルは眉根を寄せながら反応した。
「シチー島沖だって? あの辺りは風が弱くて、海が凪ぐ事も少なくない場所だぜ」
「そうだ。それはハンガリア艦隊も同じ状況だから、待ち伏せで迎え撃つならこれ以上の場所はないだろう」
「……まあ、いいけれどね」
不服そうなルシルの態度に忠正は僅かに戸惑ったものの、この作戦はスィーズランドで百識のサリシュアンと呼ばれた自分の知識を詰め込んだものだし、ドルファン軍統合本部にも承諾された作戦だ。
いくら海戦に長けたアルビア海軍の助力が無いにしても、これくらいの迎撃戦ならば海戦経験に頼る必要もないはずだ。
忠正が自分の作戦の正しさを説明しようとした時、ジョアンが高々と声を上げた。
「作戦は理解したな! ではすぐに出航だ。 私とキサラギ副官はルシル君の船に乗る事とする」
「はぁ!?」
その言葉にルシルが露骨な嫌悪感も露わに言う。
「なんでオレの船にあんたらを乗せなきゃならないんだ?」
だがジョアンはそんな態度を一向に気にせずに、いけしゃあしゃあと言った。
「我がドルファン海軍の誇る旗艦船はクルーの数が五十人は必要だ。アルビアの支援がない現状では、動かす事もままならん。なので、貴様の船に乗ってやるのだ。ありがたく思いたまえ」
ルシルはその衝撃の内容に口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
──開いた口が塞がらない、とはまさにこの事だな。
そう思って苦笑しつつ、忠正は颯爽と歩き出したジョアンの後に続いた。
ドルファン港を出港した〝白鷲〟の旗艦、『ブルー・セレンディバイト号』を先頭に、五隻の船が白波をかき分けて進んでいく。
そのマストにはドルファンの国旗が風をはらんで大きくはためいている。
〝白鷲〟の船団はブルー・セレンを含めると八隻になるのだが、その内二隻はルシルの判断でドルファン港に残す事となっていた。
ドルファン国旗を掲げた海賊船が出航するのを見て、沖で停泊していた海賊船たちの中から五隻の船が随行して来た。
いずれも中華皇国や中東などの外国から傭兵徴募に応募した船で、招集命令は知らなくとも、褒賞金目当てに鼻を利かせたような連中だった。
そんな急造りの船団をみつめながら、ルシルはブルー・セレンの後方甲板で手すりにもたれながらラム酒の瓶をちびちびと傾けていた。
ジョアンと共用の客室の一つを与えられた忠正だったが、部屋でじっとしている事に堪えられずに甲板にあがった所で、そんなルシルの姿を見つけて近づいていった。
「作戦が不満か?」
忠正が声をかけると、ルシルは若干不機嫌そうな声で答えた。
「……別に。面白味にはかけるが、堅実な作戦だと思うぜ。明日の昼にはシチー沖周辺に着く予定だ。部屋で休んでいればいいだろ」
「キミが不機嫌な理由が気になってね」
「不機嫌な理由だぁ?」
ルシルは大きく酒瓶を呷ると、口元を袖で拭った。
「人に指示をされるのは気に入らないが、オレが不満なのはそこじゃない。仮にも軍隊の一部になっちまったし、この出航がタダマサの指示であれば従おう」
その素直な信頼の言葉は忠正にとって意外なものではあったが、同時に疑問もわいてきた。
「じゃあ、何がそんなに不機嫌になる理由なんだ?」
ルシルは後方からついてくる船達を眺めながら、無感情に言った。
「強いて言うならハンガリアの不気味さ、にだ」
「不気味さ?」
「そうだ」
そう言いながらルシルは酒瓶をもう一度呷った。
「シチー島沖でドルファンが待ち伏せするなんていうのは、王道すぎてハンガリアだって警戒しているはずだろ。ドルファンの斥候部隊がどれだけ優秀か知らないが、あいつらは悠々と姿を見せて規模まで晒して攻め込んできている。……気に入らないね。まるでこっちが誘われているようだ」
「だが、海流を考慮すればシチー島沖を通るのが一番早く、一番理に適っている。侵攻するならそれ以外の海路は考えられないほどに」
「だからこそ、こんな小規模の艦隊っていうのが解せないんだ。シチー島を突破すればドルファン港に強襲出来るかもしれないが、だとしたらあまりにも規模が小さい。これじゃ斥候活動のようなものだ」
「実際に斥候なのかもしれない。この後に本隊が控えているという可能性も否定できない」
「だとしたら、絶対にこの敵部隊を壊滅させなきゃならない。傭兵徴募の結果が、足元の統率も取れないって事を相手に悟られるわけにはいかないだろ」
確かに、ルシルの言う事はもっともだった。
仮に敵艦隊の目的が斥候だというのなら、圧倒的な力でねじ伏せなければならない。
万が一シチー島を抜かれる事があってもズィーガー砲もあるし、ルシルの残した船、ついてこなかった海賊達などがいるドルファン港を破るのは容易ではない。
その反面、事実として海賊達の連携がまったく取れていないという事は、戦闘になればたちどころに相手にも伝わってしまうだろう。
最も避けなければいけないのは、敵艦隊に足元を掬われた上におめおめと逃がしてしまうという事態である。
だが、そうであれば尚更シチー島沖での迎撃は作戦として最善であるとも思える。
海が凪げばこちらの機動力は落ちるがそれは敵も同じだし、壊滅戦であればもともと機動力よりも火力が求められる。
待ち伏せをして迎え撃つ方が圧倒的に優位なはずだ。
どうしてもこれ以上の作戦を思いつかない忠正に、ルシルは酒臭い息を吹きかけながら言った。
「まあ、実際に戦ってみないとわかんねぇか。海戦になったらオレの艦隊はオレが指示するが、そこに異論はないよな?」
本当は戦略的な船の配置から動きの指示まで出すつもりだった忠正だが、どうやって他の船に伝令をするのかも決まっていないのではどうしようもない事に思い至り、仕方なく頷いた。
「わかった。その代わり、頼むぞ」
「誰に言ってんだ」
ルシルは不敵に微笑むと忠正に背を向けて船室の方へと歩いて行ってしまった。
その背中を見送りながら、忠正は消化しきれぬ不安を抱えていた。
二日後の正午。緩やかな風が吹く中、ブルー・セレンのメインマストの上で単眼鏡を片手に哨戒任務にあたっていた船員が声を張り上げた。
「来た! ハンガリアの艦隊だ! 十二時の方向、距離およそ四海里!」
その声にブルー・セレンの甲板にいた船員たちが一斉に船首方向になだれ込み、海原の先を見据えた。
水平線上にはまだ艦隊の影も見えないが、船乗り達は何かを見据えているようだった。
水夫の一人が後部デッキに備え付けられている半鐘をけたましく叩き鳴らすと、〝白鷲〟の他の船もにわかに緊張が漂い始めた。
敵艦発見の意味を持つその半鐘の音に、〝白鷲〟ではない海賊船も敵影を発見したようで、各々の船がマストに帆を上げて敵艦の方へと船を進め始めた。
「迎撃戦だっていうのに、こちらから動くヤツがあるか!」
いきなりの計算違いに忠正が声を上げると、隣に立っていたルシルは冷ややかな声で笑った。
「どこの国でも海賊っていうのは先陣を切りたがるもんだ。ぐずぐずしていたらお宝を奪われちまうからな」
「相手は軍艦だぞ!」
「ふん。あいつらにはそんな事は関係ないんだよ」
吐き捨てるように言うと、ルシルはよく響く声で叫んだ。
「旗上げろ! 青・赤・白・赤・青!」
ルシルの声に間髪置かずにブルー・セレンのミズンマストに斜めにかかっている支策にその色の旗が上げられる。
すると、〝白鷲〟の艦隊はブルー・セレンを中心に横並びの状態から、両端の二隻は船首を翻して一八〇度旋回し敵艦に船尾を向けるように方向転換を始めた。
ブルー・セレンとその間の二隻は帆の向きを巧みに操り、敵艦に舷側を向けるように方向転換を始めた。
各艦同士は一〇〇メートルほどの距離を保ち、アルファベットのHを二つくっつけたような陣形をとった。
その奇妙な陣形に、忠正は戸惑いを隠せなかった。
船と言うのは、舷側に火力が集中している。それは舷側の方が圧倒的に面積が広く、そこに無数の大砲の発射窓を備えているからだ。
軍隊の艦隊戦とはそれすなわち大砲の打ち合いであるし、商船の拿捕などでない限り白兵戦にはならないのだから、基本は舷側を相手に向けて持てる火力を集中させることが鉄則だ。
だが、ルシルの艦隊は舷側を向けているのは二隻のみ。
一番火力に優れるブルー・セレンは正面を向いているし、両端の二隻に至っては敵に尻を向けているようなものだ。
「お、おい。こんな陣形で大丈夫なのか」
実戦経験がほとんど無いとは言えアルビアの船に搭乗経験のあるジョアンですら、疑問の声を上げる。
だがルシルは不敵に笑うだけだ。
「まあ、見てろって。それよりも、先陣を切った奴らはそろそろ互いの射程距離に入るぞ。どちらが先制攻撃をかませるかな!」
先に述べた通り、艦隊戦は舷側に火力が集中する事から、先に敵船を舷側に捕らえる事が出来るかにかかっている。
船は機敏に方向を変えられないので、通常であれば互いの船がすれ違う際に大砲を撃ちまくるのだが、船の機動力を最大限に活用して先に舷側を向けられる小回りの効く船があれば、それはこの上なく有利に働く。
だが軍艦や海賊船というのは並みの船よりも船体が大きい。
機動力には欠けるし、風の弱いこの海域ではどちらも機敏に動くというのは不可能だ。
先陣を切った海賊たちの船はすれ違いに攻撃を仕掛けるべく、巧みに敵を正面に捕らえようと進む。
当然ハンガリア艦隊はすれ違いを許さず、舷側を向けさせないように進路を取るべきなのだが、何の躊躇もなく直進をしてきている。
「……妙だな」
ルシルは単眼鏡を覗き込みながら首を傾げた。
艦隊戦でこんなに船同士が直進するようなことはあり得ない。
よほど船の防御力と大砲の威力に自信でもなければ。
徐々に接近していくドルファンとハンガリアのそれぞれの船。
その中でも先陣を切っていた中華皇国の船が堪えきれずに船首の大砲を撃ち放った。
ハンガリアの船から少し離れた場所に激しい水柱が立つ。
「何をやっているのだ! しっかり当てんか!」
ジョアンの叫びにルシルは嘲笑を浮かべた。
「あれは威嚇射撃だよ。動いている船相手にあの距離で、しかも船首の大砲なんて当たるもんか」
「そ、そうなのか」
「中華皇国の大砲がどんなものか知らないけれど、大体の船の主力の弐拾六ポンド砲の射程距離なんざ一〇〇メートルがせいぜいさ。もう間もなくお互いその距離に入るけれど、すれ違いまで近づかなきゃならない……」
言いかけたルシルは単眼鏡を持つ手に力を込めた。
忠正やジョアンからは遠すぎて見えていなかったが、ルシルにはハッキリと見えた。
お互いの船が射程距離に入ったと同時に、ハンガリアのフリゲート艦の舷側からいくつものオールが飛び出し、船は急速に方向を変えて海賊たちの船に向けて舷側を向けた。
海賊船たちはそれに対応しようと舵を切ったが、風の弱いこの海域でその動作はリクガメの如くのんびりとした動きにしかならない。
そして、海賊船と射程にとらえしっかりと舷側を向けたフリゲート艦の大砲が、一斉に火を噴いた。
「やられた! あれはガレアス船だ!!」
ルシルの言葉に、忠正は即座にその意味を悟った。
ドルファンだけでなく、海戦に強いアルビアやこの戦争に参加した中華皇国や東洋、中東の船はすべて例外なく風を帆に受けて走る、帆船である。
だが、ハンガリアの軍艦は三本マストと帆がある通常のガレオン船のように見えたが、実際のところはガレー船といわれるオールで海を漕いで進む船と、帆船の両方の性能を備えたガレアス船と言われる船だったのだ。
軍艦ほどの重量を持つ船をオールで漕ぐというのは現実的ではないし、海上での遭遇戦では殆ど役に立たないので廃れている船だが、この風のない海域では人力で船を操れる分、圧倒的に有利だった。
忠正は静かだった海に轟々と響く火薬の音に固唾を飲みながらつぶやいた。
「作戦通りってことか。ハンガリアの」
ルシルが黙って頷きながら単眼鏡を放り投げてよこした。
忠正はそれを受け取り、レンズを覗き込んだ。
そこに映ったのは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
フリゲート艦五隻から絶え間なく放たれる大砲の攻撃に、中華皇国の海賊船はおろかその後に続いていた四隻の海賊船たちも甲板はパニックの状態だった。
ハンガリアの放った弐拾六ポンドの音速に近い速さの鉛の塊が船の至る所に食い込み、構造材が木片となって飛び散る。
舷側には次々と大穴が開けられ、巻き添えを食った船員が宙を舞い海面へと叩きつけられる。
大砲の玉というのは火薬が込められているものではない。
ただの鉛の塊を砲身の火薬で撃ち出して、船体の木材にダメージを与えるのが目的なのだ。
そして、時折炭で熱した赤く燃える玉を撃ち、船の火事を誘発させる。
完全に戦略を誤った海賊船達はなす術もなく一方的な破壊に弄ばれて、先頭の中華皇国の船が早くも船体を真っ二つに引き裂かれて轟沈していった。
そのあまりにも衝撃的な光景にジョアンも消え入りそうな声を絞り出して言った。
「なんという事だ……あまりにも、あまりにも一方的ではないか」
「艦隊戦ってのはこういうもんだ。判断を誤れば挽回は難しい」
ルシルは冷静に言い放つと、マントを翻してシュラウド(マストに登る為の縄梯子)に手をかけて叫んだ。
「よーし、敵の出方はわかった! オレ達は勝つぞ!!」
ルシルの声に〝白鷲〟のクルーは拳を掲げて雄叫びを上げる。
忠正もジョアンも、ただ戸惑うばかりであった。