続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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先週は休載となりまして申し訳ありませんでした。
そして、あれよあれよという内に紅玉の双騎士も80話となりました!
最後までにもう一山ありますが、もう少しお付き合いください!!


【80】荊棘の王冠

 朝日を受けてまばゆく輝く海原に漂いながら、いつもと違う海の雰囲気を感じ取ったアンが薄く目を開くと、そこには水平線を埋め尽くすような艦隊の影が見えた。

その艦隊が掲げる旗は水色地にイルカと盾と剣のドルファン国旗ではなく、ハンガリアとアルビアのものである事がすぐにわかった。

明らかに只事ではないその光景に、アンは立ち泳ぎをしながらしばらく不安げに見入っていた。

 

――ドルファン海軍はどうしたのか。忠正はどうしているのか。

 

頭に浮かぶそんな不安を必死に振り払いながら、アンは悲し気に目を伏せた。

 

「……いまさら忠正さんの心配なんて、する資格もないのに」

 

自分を責めるように呟くと、彼女は波の間へと消えていった。

 

 

 

 朝日と共に活動を始めたドルファンの人々を避けるように裏道を走る忠正達は、城東大通りの路地裏を抜けてドルファン城を取り巻く城壁の外周へとたどり着いていた。

運河沿いの道の端にある大きな樫の木をみつけると、周りの様子を伺って誰もいない事を確認し、ロゼッタはその木に取りついて後ろの忠正とパトリツィアに声を投げた。

 

「木登り、平気でしょ? ここからなら忍び込めるから」

 

しれっと国家の防衛網の穴を指摘すると、すいすいと上っていくロゼッタに忠正は眉根を寄せた。

 

「なんでローゼがそんな事を知っている?」

 

その質問にロゼッタは振り返りもせずに答える。

 

「内部の協力者からの情報提供」

「内部の協力者?」

「ええ。それよりも早く上って。人目につくと厄介だから」

 

不満顔の忠正ではあったがロゼッタの言う事はもっともで、ちいさく舌打ちをしつつも慎重に木の枝に足をかけていく。

 

 樫の木の枝の一つは城壁の上まで伸びており、そこまで伝い渡った三人は身を屈めながら尖塔の一つへと移動し、城壁との扉に張り付いた。

そこでもロゼッタは懐から取り出した鍵で、その扉を苦も無く開けてしまった。

 

「その鍵も内部の協力者から?」

 

忠正が半ば呆れ気味に言うと、ロゼッタは上品に頷いて微笑んだ。

 

 塔の中は人の気配などまるで無かったが、そこを降りるとクリスマスパーティーの会場となっていた中庭へと繋がっており、流石に城内を警備する近衛兵の姿が見つけられるようになっていた。

 

「ついてきて」

 

ロゼッタはそう言うと、建物の陰や柱の陰、薄暗い区画を熟知しているかのように、近衛兵や王宮のメイド達の視界を巧みに回避しながら進んでいく。

どう考えてもすでに王城に何度も忍び込んでいると思しき迷いの無い行動に、忠正は呆れを通り越して感心すら覚えていた。

 

 そうしてたどり着いたのは、城の中心に近いある部屋のベランダであった。

開け放たれた窓の先は、忠正の軍の宿舎の部屋が二十個以上は入りそうな大きさの優雅ではあるが上品で控えめな装飾の部屋で、目を引く天蓋のついた立派なベッドを中心に人が四、五人は座れそうな革張りのソファなどがいくつも置いてある。

 

 その部屋の中心に近衛兵の証である白い鎧を着た騎士が一人、ロゼッタ達が来ることを知っていたかのように立ち尽くしている。

真面目で実直そうなその顔に、忠正は見覚えがあった。

 

「コナー・ウォレス団長!?」

 

忠正が声を上げると、近衛兵団団長のコナーは静かに頷いた。

 

「待っていたよ、タダマサ・キサラギ曹長。それに……」

 

コナーは幾分冷めた目つきでロゼッタとパトリツィアへと視線を移す。

 

「シュバルツデスアプグルント騎士団、“緋眼のサリシュアン”ことロゼッタ・サリシュアンと、パトリツィア・オーエンズだったかな」

 

その言葉にロゼッタは明らかな愛想笑いを顔に浮かべた。

 

「ご丁寧に二つ名まで呼んでいただき、どうも。直接お会いするのは初めてですね、コナー団長」

 

お互いが歓迎ムードとはいかない緊張感を漂わせるのを横目に、忠正は小さく喉を鳴らした。

ロゼッタとパトリツィアの所属している勢力については、そうであろうという予測はずっとしていたが、実際にしっかりと名前を出されたのはこれが初めてだった。

そして、その事実以上に忠正が驚いたのは、この近衛兵団のトップに立つ男と敵対勢力であるはずのロゼッタが内通しているという事実だった。

 

 忠正はロゼッタとコナー、それぞれを見てやや冷たい口調で言う。

 

「どういう事ですか、コナー団長。近衛兵のあなたが、なぜ敵対勢力であるはずの彼女達を知っているのですか」

 

コナーは忠正の視線を受け止めながら肩をすくめて見せた。

 

「それは直接君の姉上に聞いてもらった方が早いんじゃないかな。今彼女が言った通り、私も会うのは初めてなものでね。この女性陣をどこまで信用していいものか、図りかねているんだ」

 

その言葉に再びロゼッタの方を見ると、視線が合ったロゼッタは大きくため息を吐いた。

 

「さすがに近衛兵団をまとめる方は慎重ですね。ただ、私だって好きでこの漆黒の鎧を着て“緋眼のサリシュアン”なんて二つ名で呼ばれているわけじゃありませんよ」

「ローゼ、どういう事なんだ。そろそろ本当の事を教えてくれ」

 

僅かに怒りを込めた声で忠正が言うと、ロゼッタは観念したようにもう一度大きくため息を吐いた。

 

「わかった。わかったわよ。なんとなく理解していると思うけれど、私はシュバルツデスアプグルント騎士団の一人。でもそれは表向きの話で、実際はシュバルツの実態と裏側を探るために潜入捜査をしていたってわけ。それで、その内部の情報は逐一報告していたのよ。“内部の協力者”さんに」

 

忠正は不審そうに顔をしかめたが、やや不満気に言う。

 

「コナー団長の事か?」

 

しかしロゼッタは静かに首を振った。

 

「いいえ。確かにコナー団長には情報を提供していたけれど、実際の報告は違う人に」

「メッセニ中将か?」

 

自分で言いながら、忠正は眉をひそめた。

以前ハンガリアの大艦隊がドルファン港に攻め込むというガセネタがあった時に初めて会ったメッセニ中将は、シュバルツデスアプグルント騎士団の動向は掴んでいないようであった。

ロゼッタは思案する忠正から視線を逸らしながら答えた。

 

「メッセニ中将ではないわ。協力者さんは……この部屋の主よ」

「この部屋?」

 

改めて忠正は広々とした部屋を見渡す。

それを見ていたコナーは、少しだけバツが悪そうに言った。

 

「この部屋は、プリシラ王女摂政宮の私室だ」

「え!?」

 

その突然の事実に忠正は唖然として凍り付いてしまった。

 

 

 

 その時、鍵が開く音が響き続いて入口のドアが開いた。

全員の視線がそちらを向くと、まず入ってきたのは厳しい表情を浮かべ杖をついたメッセニ中将で、その後に赤いマントを翻してプリシラ・ドルファン視線を落としながら入ってきた。

その目元にわずかだが光るものを見たような気がした忠正だったが、隣のコナーがサッと跪いたのを見てあわてて同じように跪いた。

ロゼッタとパトリツィアも同様に跪く。

それを見たプリシラは目じりを指でそっとなぞると、いつものように明るく朗らかな声で言った。

 

「みなさん、来て下さったのですね。ありがとう。さ、顔を上げて」

 

その声に顔を上げた忠正だったが、そこで見たのは今までに謁見した際と同じように柔らかな笑顔を浮かべたプリシラ王女の姿だった。

 

 

 

 その姿を見るたびに忠正は自分の中で湧き上がる緊張に体が硬くなる。

衝動的に行動したくなる感情を必死に押し殺し、深く呼吸をして冷静さを取り戻す。

そんな忠正の心境を知ってか知らずか、プリシラはマントをメッセニに預けると王女の証たる王冠をテーブルの上に置きながらソファに腰かけた。

一同は跪いたままその様子を見守っていたが、ソファに座ったプリシラは明るく笑った。

 

「はい、この瞬間から私のプライベートな時間だから、みんなもくつろいでくれる?」

 

緋色のマントをハンガーに吊るしながらメッセニがいつもの皮肉な口調で言う。

 

「プリシラ様のその切り替えに即座についてこれる者など、そうそうおりませんよ」

「あら。そういうメッセニは大丈夫じゃない」

 

その言葉にメッセニは唇の端をわずかに上げながら目を閉じた。

 

「私のは“諦め”です」

 

プリシラは不満そうに頬を膨らませたが、それでも跪いたままの忠正達に声を投げる。

 

「年寄りの言う事は置いておいて、みんなもこちらのソファに座って。これからの作戦をちゃんと確認したいし、お互いの命を預けあうんだからもっと理解しあうべきだと思うの」

 

 その分け隔てない寛大な心と優れた指導力。王家の人間である事を感じさせない気さくさ。どれを取っても非の打ちどころのない人物であるが故に、忠正は戸惑う。

彼の本当の目的を達成するべきなのか、と。

そんな事を考えて跪いたままの忠正の隣にいたコナー団長は、静かに立ち上がるとプリシラが座っているソファの脇にあるソファへと腰かけた。

その慣れた動きから、こういったプリシラへの対応が初めてではない事がわかる。

ロゼッタとパトリツィアも立ち上がると、コナーの向かいのソファへと座る。

一人だけ跪いたままというのもおかしいので、忠正はプリシラと対極の位置のソファに腰かけた。

 

 一同が座りようやく満足がいったプリシラは、ロゼッタの顔をまじまじとみつめるとどこか懐かしそうに言う。

 

「ロゼッタ……さんね。ずっと書面でのやり取りばかりだったから、会えて嬉しいわ」

「こちらこそこうしてお会いできて光栄です、プリシラ様」

 

さしものロゼッタも初めて会う王女を前に緊張気味ではあったが、プリシラは目を細めながら思い出を反芻するようにロゼッタのルビー色の瞳をみつめていた。

 

「……こうしていると、この部屋で過ごした時間がまるで昨日の事のように思い出されるわ」

「?」

 

ロゼッタが不思議そうな顔をすると、プリシラは小さく首を振った。

 

「ううん、なんでもないの。そちらの金髪の方はパトリツィアさんね。お揃いの髪色で嬉しい! よろしくね」

「は、はい……!」

 

珍しく戸惑い気味に返事をするパトリツィアに微笑みを投げつつ、プリシラはにわかに真面目な口調に戻った。

 

「それで、この後なんだけれど、シュバルツデスアプグルント騎士団のヴァルデマール・ツヴァイクはこの王城を目指して来る、という事でよかったのよね?」

 

その言葉にロゼッタは神妙に頷いた。

 

「はい。彼の形式を重んじる性格からして、ドルファンの実効支配をするにあたり直接王女に会って占領を宣言するでしょうし、本来ならば国王陛下に謁見しようとするでしょう」

「はぁ。国民のためにも無血開城が一番いいと思うけれど、歴史あるこの城を黙って明け渡すのは気が引けるわ」

「しばしの辛抱です。ヴァルデマールは銀月の塔での“王位継承の儀”を執り行うまでは大トルキア帝国の王を名乗られませんし、ドルファン自体は占領するだけで王位と国としての自治権を奪うつもりはないでしょうから」

「それよ!」

 

プリシラは身を乗り出してロゼッタの方を見た。

 

「実効支配だけが目的だと言うのなら私はこの城に留まるのがいいはずなのに、逃げなきゃいけないわけよね?」

 

側近として、そして王女の一番の理解者としてプリシラの後ろに不動の構えで直立していたメッセニが、その言葉に反応した。

 

「ヴァルデマールはドルファンの実効支配が目的ですが、彼らと内通している裏切り者はそうではありませんから」

 

プリシラは背もたれに体を預けると、大きくため息を吐いた。

 

「……旧家の両翼、ね」

「彼らが何を企み、内通していたのかを突き止めるには、ここしかありません」

「やり方はともかくとして先代のアナベル・ピクシスやマリエル・エリ―タスが王家の存続を命題としてくれていた事を、ありがたいと思う日が来るとは思いもしなかったわよ」

 

メッセニは複雑な表情を浮かべ、視線を落とした。

 

「……そのせいでプリシラ様が背負わされたものも大きかったわけですが」

 

その言葉に忠正は僅かな違和感を覚えてメッセニの方を見たが、メッセニはすぐにいつもの仏頂面に戻ると忠正達に厳しい視線を投げかけた。

 

「ヴァルデマールがプリシラ様と謁見する際、旧家の両翼、とりわけアルダナル・ピクシスは自身が証人となる為にも必ず同席するだろう。そして宣言が終わったと同時に姫の命を奪い、ドルファン王家の地位を奪取しようとするはずだ。貴様らはそれを何としても食い止め、国外への退避を成功させるのだ。いいな」

 

一同は重々しく頷いたものの、忠正は率直な疑問を口にした。

 

「王女をそこから逃がすのは理解していますが、国王陛下はどうされるのですか。王女摂政宮だけをお連れしても、陛下を城に残してしまってはピクシスの思惑通りに王位を奪取されてしまうのでは?」

 

忠正は単純に疑問を呈しただけだったが、一瞬プリシラとメッセニの間で空気が凍り付いたのがわかった。

その一瞬にロゼッタとパトリツィアもお互いの顔を見合わせたが、メッセニが何か言おうとするのをプリシラが手で制し、先ほどまでとは打って変わった暗い声で口を開いた。

 

「タダマサさんのご心配はもっともですが、そこについては大丈夫です」

 

その声の持つ雰囲気の、あまりの重さに忠正は驚いた。

プリシラは威厳を保ちつつもほんの少しだけ震えた声で言う。

 

「国王陛下は先ほど逝去されました」

 

衝撃的な一言に忠正のみならず、ロゼッタもパトリツィアも驚愕の表情を浮かべ、コナーに至っては咄嗟に立ち上がってしまった。

プリシラは目を伏せながらも淡々と続ける。

 

「陛下は私に王位を譲位され、その後……静かに息を引き取られました。ここにいるメッセニが証人となり、私は正式にドルファン王国第十一代目国王に即位しています」

「な……!?」

 

一同が絶句する中、メッセニは低く静かな声で言った。

 

「この方こそ、ドルファン王国の正当な国王に即位なされた、プリシラ・ドルファン女王陛下であられる」

 

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