続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【81】混沌の玉座

 プリシラの私室で最後の打ち合わせをした忠正達は、その後来賓用の部屋の一室を与えられ、ヴァルデマール達が王城に到着するまでは待機という事になったのだが、実際にその部屋で待機しているのは忠正一人のみであった。

 

 それと言うのも、ロゼッタとパトリツィアは元々シュバルツデスアプグルント騎士団と王室会議内の裏切り者であるアルダナル・ピクシスとのつなぎ役を担っている事から、まだそれを信じているアルダナルの元へと赴いている。

近衛兵団のコナー団長は通常の業務があるのでここに留まる理由など無いし、メッセニ中将などもってのほかだ。

 

 

 

 一人きりでぽっかりと時間の空いてしまった忠正は、懐から一冊の本を取り出した。

何度読み返したかわからないその本は、それほどの厚みがあるわけではない。

簡素な皮の装丁は経年劣化でそれなりの傷みを見せているが、丹念に手入れをされているのでボロボロになってはいない。

彼がこの本を手にしたのは六歳の時だった。

本を読むことが大好きだった忠正少年は、五歳の時には家中の蔵書を読みつくしてしまうほどの本の虫だった。

 

そんな彼がまだ見ぬ本を探して家の中を隅々まで探している時に、屋根裏に厳重に封印された箱の中にその本を見つけた。

そっとページをめくっていくと、手書きの美しい文字で書かれた内容を目で追っていく。

その内容は、デュノス・ドルファンという五十年以上前のドルファン王国第一王子の専属侍女である、レイス・ローズバンクによる王子の成長をまとめた手記のようになっていた。

 

デュノス王子は子供ながらに聡明で、武芸に秀でて、時に愛らしく、時に頼もしく、将来の国王としての完璧な素質を備えた人物として描かれている。

レイス・ローズバンクはこの幼くして王の品格を持ったデュノスの侍女である事を誇りに思っており、デュノス王子もまたレイスを信頼しているかのように書かれている。

しかし、その内容は中盤あたりから一気に変化していく。

丁寧で美しかった文字は短時間で書きなぐられたような乱暴なものへと変化し、文章も粗々しくなっていく。

その発端となったのは、デュノス王子が双子の弟であるデュラン王子を、不慮の事故から庇った事件だった。

 

 まだ燐光灯が普及する前の城内の灯りとして焚かれていた松明が崩れ落ち、その火から弟を庇ったデュノスは、顔の右半分に至る大火傷を負ってしまう。

その有能さ故に当時の王室会議メンバーから存在自体を疎まれていたデュノスは、この事件をきっかけに王室から排除されてしまう。

顔半分を覆う醜い火傷の痕は国の代表に相応しくないという理由だったが、それは有能すぎるデュノス王子が王位に就いてしまえば、実質的にドルファンの政治を掌握していた王室会議メンバー、特に旧家の両翼として実権を握るピクシス家、エリータス家による陰謀によるものだ、とレイス・ローズバンクは書いている。

 

 

 

 だた、忠正にとってその真偽はともかくとして、その内容自体は理解できるものであった。

幼少時よりも本を読む事が大好きだった忠正は、どの時代であっても権力争いは起こりえるし、その為の薄汚い政治的駆け引き等、幾度も歴史の中で繰り返されている事を知っていたからだ。

 

 だが、手記の内容は後半に差し掛かるにつれて苛烈な内容へと変化していく。

ドルファンを追われたデュノスと側近であるキリング・ミーヒルビス、そしてレイス・ローズバンクの三人は、国境都市ダナンへと逃げ延び、そこでデュノスを亡き者にしようとする旧家の両翼の手による刺客が襲い掛かり命の危機を乗り越えていく中、身の安全を案じたデュノスはレイスをドルファンへと送り返す。

 

 一生涯をデュノスに捧げるつもりだったレイスはその命令を拒んだが、最終的には従わざるを得なかった。

ドルファンに戻った彼女を待っていたのは、旧家の両翼によってすでに故人として扱われていたデュノスの事実であった。

旧家の陰謀によって名誉を汚された事にレイスは激怒したが、王宮の侍女としては閑職に追いやられ、継続的に陰湿な嫌がらせを受け、精神的に追い詰められていく。

 

 そんな経緯もあり、手記の後半は最後までデュノスに仕える事の出来なかった悔しさによる後悔の弁と、本来の王位を継承させなかった旧家の両翼と王家に対する恨み節にページが費やされている。

それでも忠正がこの手記の内容を暗記してしまうほど繰り返し読んでいたのは、この本の筆者であるレイス・ローズバンクが他ならぬ自分の生家、如月家のメイドであるプリム・ローズバンクの祖母であるからだった。

 

 

 

 忠正にとってプリムはただの住み込みのメイドではない。

軍の剣術指南役として忙しい父と、何をしているのかはわからないが家を不在にしがちな母に代わり、自分を育ててくれた大切な人だ。

むしろ忠正にとってプリムはメイドなどではなく、かけがえのない家族そのもの。

そのプリムが事あるごとに大好きだったと話してくれた祖母レイスとの想い出を子守唄がわりに聞いて育った忠正は、いつしかレイスの事も大好きになっていくのは当然の事であった。

 

 そんなレイスを追いやった旧家の両翼、そしてドルファン王室の在り方に対して彼は深い疑問を持つようになっていった。

だが、それでも忠正はそれに影響されずに真っ直ぐに育っていたと言っていい。

ドルファン王室に対する疑念や不審はあっても、スィーズランド生まれの忠正にとってその手記の内容は遠い異国の出来事であり、それを身近なものとして想像する事は出来なかったからだ。

 

 そんな忠正の価値観を決定的に変えたのは、プリムの何気ない言葉だった。

 

「私はドルファンを追われて、逃げ延びたんです」

 

それは冬のある寒い日の話で、軍の式典に参加する為に父母が外出しており、ロゼッタとプリムと留守番をしていた時だった。

暖炉の火を眺めながら何気ない会話をしていた時に、プリムがぽつりと言った言葉だった。

火の暖かさにウトウトとまどろんでいたロゼッタは聞き逃していたが、本を読んでいた忠正はそれを聞き逃さなかった。

 

「どうしてドルファンを追われたの?」

 

子供だった忠正が当然の疑問を投げかけると、プリムは珍しく寂しそうな瞳で揺らめく炎をみつめながら言った。

 

「……おばあちゃんと、あるお方の名誉を守りたくて悪い事をしてしまったんです。結局、処刑される前に逃げる事が出来て助かりましたが」

「悪い事……?」

「あはは、悪い事と言っても、悪戯みたいなものですけれどね。それでも、私は……大好きだったおばあちゃんの言いたかった事を、代わりに言ってあげたかったんです」

「ドルファンに戻って、もう一度言えばいいよ」

 

無邪気に言う忠正の頭をそっと撫でながらプリムは優しく、そして物憂げに目を伏せた。

 

「私はもう、故郷に返っても“人”として扱ってもらえませんからね。でも、いいんです。今はこうやって坊ちゃまやお嬢さまと過ごす時間が一番の幸せだと知っていますから」

 

その手の柔らかさを感じながら、忠正は飲み込めない感情が喉につかえるような感覚を味わっていた。

レイス・ローズバンクの手記を知っているからこそ、プリムが守りたかった名誉というものが理解できる。

そして、それを守ろうとして故郷を追われたプリムの悔しさも手に取るようにわかる。

プリムは忠正にとって初めての“特別な人”なのだから。

 

 

 

 

「キサラギ曹長」

 

不意に声をかけられて顔を上げた忠正に、コナー・ウォレスは心配そうに言った。

 

「大丈夫か?」

「すみません、ちょっと考え事を。大丈夫です。それよりも何かありましたか?」

 

気持ちを切り替えていつもの顔に戻った忠正に、コナーは頷いてみせた。

 

「シュバルツがレッドゲートを越えたそうだ。間もなく王城に到達するだろう」

「市民は混乱していないですか?」

「不気味には思っているだろうが、敵対勢力とは思っていないだろう。何せ陸軍の騎士が先導しているんだからな」

「……胸糞の悪くなる話ですね」

「同感だ」

 

コナーの言葉の通り、シュバルツデスアプグルント騎士団の一団はドルファン陸軍の騎士たちに先導され、なんの問題もなくレッドゲートを通過して城東大通りを悠々と進んでいた。

 

 かつて傭兵集団ヴァルファバラハリアンが嵐に乗じての潜入工作で工作員の命と引き換えに突破したレッドゲートの門を、シュバルツデスアプグルント騎士団は一滴の血も流さずに進んでいく。

その異様な状況に、市民はどこかの国の騎士団が親善訪問にでも来たのだと逆に安心してしまっているのだからこれ以上の皮肉は無いだろう。

コナーは小さくため息を吐きながら忠正の方に手をのせた。

 

「今、プリシラ様が状況の説明を求めてアルダナル・ピクシスを招集している。君も同席してくれ」

「いいのですか?」

「ああ。恐らく、そこにはヴァルデマールも来るはずだからな」

 

忠正は喉を鳴らすと、神妙に頷いた。

 

「では、作戦開始ですね」

 

コナーは無言で頷くと踵を返して歩き出す。

その背中に続きながら、忠正は手にしたローズバンク手記を懐にしまった。

 

 

 

 謁見の間の玉座に座り、凛とした目で正面を見据えるプリシラ。

そのすぐ右隣りにはメッセニ、左隣にはコナーが控える。

玉座へと続いている赤い絨毯に沿うように白い鎧を着た近衛兵達が等間隔に直立しているが、その一番奥のプリシラに一番近い所に海軍の制服姿の忠正は立っていた。

入口の扉がゆっくりと開き、長身の細身に片眼鏡をつけたアルダナル・ピクシスはいつもと同じ白い礼服姿で堂々と入場して来る。

そのすぐ後ろにはシャルシス・エリータスとローナン・ディビチが続いていた。

三人は近衛兵達を一瞥する事もなく歩いていくと、プリシラの前に跪いた。

 

「お呼びでしょうか、プリシラ王女」

 

恭しく頭を下げたアルダナルが薄ら笑いを浮かべながら顔を上げるのを見て、プリシラの細い眉がわずかに反応した。

だが、プリシラは極めて冷静に言う。

 

「急な召集にもかかわらず、速やかにご参集いただき感謝申し上げます。ですが、そちらにおられるエリ―タス卿とディビチ卿は招集しておりませんが」

 

アルダナルは薄ら笑いを顔に張り付けたままで答える。

 

「どうぞお気になさらず。彼らも王室会議メンバーとして、王女との謁見を賜りたいだけですので」

「エリータス卿は屋敷で謹慎中のはずでは」

「正式な手続きを以て、外出許可を取りつけております」

 

明らかな嘘である事はここにいる全員がわかっているが、プリシラはそれ以上言及しなかった。

 

「率直に聞きます。レッドゲートが解放され、謎の騎士団の一行がこの王都首都城塞へ侵入している事が確認されていますが、何事ですか」

「はて、私の下にはそのような報告は上がってきておりませんが」

 

感情を逆なでするようなその物の言い方に、プリシラではなくメッセニが声を荒げた。

 

「知らないでは済まされんぞ、アルダナル!」

 

その言葉にアルダナル・ピクシスはその神経質そうな顔に不愉快そうな表情を浮かべた。

 

「貴公のその言葉遣いは看過できませんな、中将。仮にも私は王室会議の次席、ピクシス家の代表ですよ」

「売国奴が……!」

 

杖を持つ手をわなわなと震わせながら、メッセニは今にも飛び掛かりそうな勢いだがそれを必死にこらえていた。

プリシラは小さくため息を吐くと、冷静だが怒りを含んだ声で言う。

 

「無駄な探り合いは時間の無駄です。シュバルツデスアプグルント騎士団を首都城塞へ誘導したのは貴方ですね、ピクシス卿」

 

冷たさを孕んだ言葉にシャルシスとローナンはわずかに身を固くしたが、アルダナルは肩をすくめた。

 

「シュバルツデスアプグルント騎士団? なんですか、それは」

「知らないと?」

「ええ。初めて聞く言葉ですね」

 

プリシラは先ほどよりも大きくため息を吐く。

 

「では、首都城塞内に不審な騎士団が侵入している事については、どう対応されるのですか」

「先ほども申し上げた通り、私にはそのような報告は上がってきておりません。王女の勘違いか……」

 

アルダナルはにやにやといやらしい笑みを浮かべた。

 

「もしくは、王女本人がそれを誘導しているのではないですか?」

「アルダナルッ!!」

 

たまらずに怒りの声を上げて一歩前へ踏み出したメッセニを、プリシラが目で制する。

 

「どういう事ですか、ピクシス卿」

 

務めて感情を抑えて言うプリシラに、アルダナルはおもむろに立ち上がった。

 

「そのままの意味ですよ、プリシラ王女。あなたはデュラン国王陛下の実の子ではない。本来は王家の人間ですらない。そんなあなたは仮初の王女である事に辟易としていた。なので、王国を乗っ取ろうとする敵国の騎士団と内通し、国を売り払い、自分は自由の身になろうと画策したのではないですか?」

 

得意顔で言うアルダナルに続き、シャルシスとローナンも立ち上がる。

さしものプリシラも膝の上に重ねて置いていた手が怒りに震えていた。

 

「そういう筋書きですか。偽の王女である私が国を裏切った、と」

 

再び肩をすくめるアルダナル。

 

 

 目の前で繰り広げられる言葉の応酬に、忠正は混乱を極めていた。

プリシラが王家の人間ではない?

だが、先ほど彼女は正式に王位を継承したはずだ。

一体何が真実で、誰が裏切っているのか。

眩暈が起きそうな状況の中、再び入口の扉がゆっくりと開いた。

 

「役者は揃っているようだな」

 

そう言いながら堂々と入ってきたのは、漆黒の鎧に身を包み、その異様な存在感を全身から放つ、シュバルツデスアプグルント騎士団団長、ヴァルデマール・ツヴァイクであった。

 

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