続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【82】虚像の王位

 威圧的な雰囲気をまき散らしながら謁見の間に入って来たヴァルデマール・ツヴァイクが漆黒の兜を脱ぐと、その下からはいかにも厳めしい顔が現れた。

髪の毛は豊かだがすべて白くなっており、油で固めてすべて後ろに流している。

そのヴァルデマールの後に続いて、二メートル近い巨躯から放つ存在感と、黒い鎧と兜の威圧感を放ちながら“帝王の門番”ゴットフリート・ファン・デン・ブルクが番犬のように警戒しながら入ってくる。

そして、ロゼッタとパトリツィアがそれぞれ黒い鎧兜の姿でそれに続いていた。

忠正がちらりとロゼッタを盗み見ると、彼女がまわりには気づかれない程小さく頷くのが見えた。

 

 近衛兵の騎士たちがサッと横一列に壁を作り、槍の穂先をヴァルデマールに向ける。

しかし、その壁の後ろにいたアルダナルが低く、だが鋭く響く声を上げた。

 

「控えろ。こちらの方に害意はない」

 

近衛兵達はその命令に戸惑ってはいたが、槍を下げるような事はしなかった。

 

「貴様ら……!」

 

アルダナルが不機嫌そうに声を荒げた時、近衛団長のコナーが一歩前へと出た。

 

「ピクシス卿、近衛兵団はあなたの配下の陸軍とは違います。私か、メッセニ中将、そしてプリシラ様の命令にしか従いません」

「中尉ごときが偉そうに」

 

アルダナルが侮蔑も露わに呟いた時、プリシラが良く通る凛とした声で言った。

 

「槍を下げてください。賓客をもてなすようなわけには参りませんが、この謁見の間まで来た以上、名乗りくらいは聞きましょう」

 

まっすぐにヴァルデマールをみつめつつ一切臆する様子もないプリシラの態度に、アルダナルは小さく舌打ちをした。

 

 下げられた槍の鋭い穂先に冷たい視線を送りつつ、ヴァルデマールは跪くような事はせず、兜を脇に抱えたままのさりげな様子で語り掛けた。

 

「さすが。噂に違わぬ勇敢なお方のようだ。プリシラ王女摂政宮殿」

 

プリシラは答えず、黙ったままヴァルデマールを見据えている。

 

「余はこのトルキア地方のすべてを統べる大トルキア帝国の正当なる王位継承者、ヴァルデマール・ツヴァイクである。本日は余が統べる帝国の属国へと直々に挨拶に参った次第である」

 

その遥か高みから見下ろすような高圧的な態度に、メッセニをはじめ、コナーや忠正も奇異なものを見るようにヴァルデマールを見たが、プリシラだけは至極冷静に表情一つ変えなかった。

 

「ドルファン王国は主権国家です。大トルキア帝国などという形のないものの属国になった覚えはありません」

 

プリシラの凛とした言葉に、ヴァルデマールは意外な事に頬を緩ませた。

 

「結構。プリシラ殿の言う事は全く正しい。このヴァルデマール、正当な大トルキア帝国の王たる血脈ではあるが、まだ正式に戴冠をしているわけではない。属国と呼ぶのは、いささか気が早かったかもしれん」

 

そう言って不敵に笑うその傲慢さに、プリシラは思わず生理的な嫌悪感を抱いた。

 

「仮にあなたが大トルキア帝国を名乗る国の王に戴冠したとしても、ドルファンはその属国になどなるつもりはありません!」

 

ぴしゃりと言い切ったプリシラに対し、ヴァルデマールは尊大な態度もそのままに頷く。

 

「大変結構。だがそなたは所詮、王女摂政宮。この王国の盟主たる国王ではない。そなたが個人的に拒絶しようと、王が同意すればそれは成される」

「なぜ王が同意すると思われますか」

「知れた事だ。そこにいるアルダナル・ピクシス卿がこの国の王になるからだ」

 

 

 その場にいた全員の視線がアルダナルに集中する。

アルダナルは勿体ぶったようにその神経質そうな細い顎を指でなぞると、プリシラの方を見た。

 

「と、いう事です。大変申し訳ありませんが、プリシラ様におかれましてはこの時点で摂政の権限を剥奪いたします」

 

プリシラは目を閉じて深く息を吸うと、アルダナルへと視線を向けた。

 

「あなたが王位を継承する事を、お父様も私も、認めるはずがありません」

「ええ、そうでしょう。ですが、ここであなたが国を裏切った罪で処刑され、デュラン国王陛下も病で命を落としたとあれば、私は善意ある王室会議の次席として、国王の座を継がざるを得ません」

「貴様っ、正気か!?」

 

メッセニが叫ぶが、アルダナルは飛び回る蠅を追い払うかのように手を振った。

 

「正気も正気。私はいつだって冷静に、そして合理的にこの国の事を第一に考えて行動しております。私ほどの愛国主義者も、そうはいない」

 

その言葉にプリシラが冷たい声で切り返す。

 

「愛国主義が聞いて呆れます。結局は王位欲しさに虚構の王国の、虚像の王に魂を売っただけではないですか。少なくとも真の愛国者であった貴方のお父上、アナベル卿が存命であれば、このような愚行を許しはしなかったでしょう」

 

しかし、アルダナルは静かに笑い出すと、やがて心底おかしそうに声を上げて笑った。

 

「笑わせてくれますね、プリシラ様。父のような愚者を真の愛国者などと呼ぶとは! 王国の形だけの維持を目的に国民を欺き続けた父を愛国者と?」

 

その狂気すら孕んだ笑い声も高らかに、プリシラを睨みつける。

 

「本当の意味で虚像の王族である貴女にだけは言われたくありませんよ、プリシラ王女」

 

 

 プリシラは表情を変えず、玉座の上で身じろぎ一つしなかった。

忠正は“虚像の王族”という言葉の意味をどう解釈していいのかわからずに戸惑っていたが、この緊迫した空気の中でその答えは一度脇に置いておく他ない。

誰もが言葉を発さず、重苦しい沈黙がその場を支配したが、それを打ち破ったのはプリシラだった。

 

「……悲しい事ですが、アルダナル卿が私や父を亡き者とし、この国の王となろうとしている事はよくわかりました。エリータス卿、ディビチ卿もそれを望んでいるという事でよろしいですか?」

 

水を向けられたシャルシス・エリータスとローナン・ディビチはどちらともなく視線を泳がせ、押し黙ったまま沈黙を続けた。

 

 

「そろそろ茶番は終わりでいいかね?」

 

ヴァルデマールが退屈そうに声を投げるが、プリシラは無表情のまま、まるで原稿を読み上げるように淡々と言う。

 

「あなたたちの策略はいくつかの要因から破綻していると言えます」

 

その無感情な物言いが逆にアルダナルの癇に障った。

 

「命乞いならもっと哀れっぽく懇願するべきでしょう、プリシラ王女」

 

だがプリシラはそれを無視して続ける。

 

「まず一つ目の要因ですが、私は王女摂政宮ではなく、現時点ではドルファン王国国王であるという事です」

 

一瞬にしてその場の空気が凍った。

今までにない緊張感が張り詰め、全員がプリシラを見る。

しかしプリシラはそれを感じていないかのように、淡々と続けた。

 

「王女であり摂政である私を殺し、正当な王位継承権を空位にした後、病床の父王を殺害して王位を継承しようという目論みなのでしょうが、父、デュラン陛下は先ほど王位を私に譲位し、その場で自決されました」

「な……なんだと!?」

 

アルダナルだけでなく、シャルシスもローナンも信じられないといった面持ちでプリシラを見る。

 

「譲位に関する証人にはそこにいるメッセニ中将が立ち合い、ドルファンの法律に則り正式に私がドルファン王国第十一代国王として即位しております」

「このミラカリオ・メッセニ、証人として確かにその場に立ち会い、プリシラ様が国王に即位なされた事を証明する」

 

プリシラの言葉にすぐさま反応して、メッセニが宣言をする。

 

 驚愕の告白にさすがに動揺したアルダナルだったが、その冷徹な脳細胞はすぐに動き出し、言葉を紡いでいた。

 

「……王位継承、おめでとうございます。だが、そんな事はどうでもいい。どうせ殺すのであれば順番など大した問題ではない。要は王家の血筋が途絶えれば良いだけ!」

 

興奮気味に叫ぶアルダナルに、プリシラは変わらず無表情に続ける。

 

「二つ目の要因はそれです」

「!?」

 

困惑の表情を浮かべるアルダナル。

プリシラは目を伏せて静かに言う。

 

「私を亡き者にしようという事が、そもそも不可能なのです」

 

プリシラの言葉に反応した近衛兵達が一斉に槍を構えようとした時、それまで微動だにしなかった“帝王の門番”ゴットフリートがその巨体からは信じられぬ程の速さで、背中に背負ったツヴァイヘンダーと呼ばれる両手持ちの巨剣を薙ぎ払った。

五人いた近衛兵達はその一瞬で吹き飛び、左右の壁に叩きつけられた。

その刹那の出来事に呆気にとられていたアルダナルだったが、すぐに正気を取り戻して吠える。

 

「なにが不可能だと? このヴァルデマール陛下の部下達はみな一騎当千。腑抜けた近衛など相手にもならないのですよ」

 

冷静に考えれば絶体絶命の状況であるのにプリシラの瞳は全く恐怖の色を示していない。

それどころか強い意志の力を放ち、すべてを見透かすようにアルダナルをみつめている。

 

「もういい!」

 

アルダナルは激しく首を振ると、ヴァルデマールの隣へと歩み寄り、完全にプリシラと対峙するように立った。

 

「陛下、もうこの女の話は十分です。早く王位を刈り取って下さい」

 

ヴァルデマールは侮蔑の表情でアルダナルを一瞥したが、小さく頷くとロゼッタの方を見る。

ロゼッタは腰に差した刀の鯉口を切ると、腰を落として居合の構えを取った。

 

「やれ」

 

その冷酷な一言にロゼッタの身体が弾かれたように飛び出した。

不可視の速さで抜かれた刀は的確に、そして雷のような速さで首に襲い掛かる。

 

 

 だが、次の瞬間、激しい金属音が響き、ロゼッタの神速の一撃は止められていた。

“帝王の門番”ゴットフリートのツヴァイヘンダーがロゼッタの一撃を受け止め、主君であるヴァルデマールの命を守っていた。

ヴァルデマールはその厳めしい顔を不愉快そうに歪めつつ、ロゼッタを見た。

ロゼッタは止められた刀を渾身の力で押し込む。

一瞬でも力を抜けば、ゴットフリートの両手剣が襲い掛かってくるのがわかっていた。

 

「なんのつもりだ、サリシュアン」

 

怒りも露わに言うヴァルデマールに、ロゼッタは吐き捨てるように答える。

 

「なんだも何も、最初からこのつもりだけれど……!」

 

ロゼッタが動けないと見るや、すかさずパトリツィアがナックルダスターを手にヴァルデマールに襲い掛かる。

だが、ヴァルデマールは至って冷静にパトリツィアの動きに反応し、カウンター気味にパトリツィアの腹に前蹴りを叩き込んでいた。

近接格闘を得意とするパトリツィアを以てしても躱せない、的確な一撃だった。

蹴り飛ばされて壁際に叩きつけられるパトリツィア。

ロゼッタは舌打ちを一つすると、ゴットフリートの岩のような身体に渾身の蹴りを放つ。

ゴットフリートの漆黒の鎧をまとった体には何のダメージも与える事は出来なかったが、ロゼッタは蹴ったように見せかけてゴットフリートを足場にして後ろに飛び退いただけだった。

 

 壁際に飛ばされたパトリツィアの隣に着地したロゼッタは、刀を正眼に構えてヴァルデマール達に対峙する。

パトリツィアも口元を拭いながらよろよろと立ち上がった。

その二人を蛆虫でも見るかのような醒めた目でみつめたヴァルデマールは、ため息交じりに言う。

 

「シュバルツを裏切る、という事でいいのかな」

 

その言葉にロゼッタは吐き捨てるように答える。

 

「はじめから仲間になったつもりはないわ」

「ヴァルファバラハリアンの雪辱を果たすのではなかったのかな」

「生憎だけれど、私は過去の亡霊に興味はないの」

 

ヴァルデマールはその冷たい目をパトリツィアに向けると、呆れたように続けた。

 

「“犬”まで手懐けたか。これはなかなかの出来だったものを、全く驚駭ものだな」

「そうやって人を飼い犬のように扱うから、手を噛まれるんでしょう」

「下らぬ」

 

ヴァルデマールはさも興味が無いといった様子でプリシラの方を振り返ると、彼女はすでに玉座から降りており、抜剣している忠正とコナーが守るように立ちはだかっていた。

アルダナル、シャルシス、ローナンの三人はとばっちりを受けないように後ろに下がっている。

 

「降参しろ。そこの貴族達は役に立たないし、お前たちは数で負けている」

 

忠正がレイピアを構えながら言うと、ヴァルデマールは鼻で笑ってみせた。

 

「まったく、愚鈍な民というものは立場をわきまえないから困る。帝王たる余が、なぜ貴様らに降参などするという思考に至るのか」

 

事実として忠正、コナー、そしてロゼッタとパトリツィアに剣を向けられているヴァルデマールとゴットフリートは圧倒的に不利であるはずだった。

だが、ヴァルデマールの自信は一切揺らいでおらず、そもそも彼は腰に下げた剣を未だ抜いてすらいなかった。

 

「忠正! 目的を見失わないで!」

 

ロゼッタに言われるまでもなく、忠正はヴァルデマールとゴットフリートの実力を肌で感じていた。

漆黒の鎧とどす黒い狂信的なその瞳が、かつて対峙したアンスガー・ヘイガーを思わせる。

あの圧倒的実力と死の匂いが充満する恐怖以上のものを忠正はこの二人に感じ取っていた。

 

「それで、どうするのかね?」

 

ヴァルデマールの自信満々の言葉に忠正は歯ぎしりする思いだったが、必死に冷静さを取り繕うとパトリツィアに合図を送った。

パトリツィアはまだ前蹴りのダメージを残していたが、素早く懐から小さな筒を取り出して地面に叩きつけた。

 

 筒の蓋が外れると同時に灰色の煙があふれ出し、瞬く間に謁見の間を包み込んだ。

 

「……煙幕か。古典的な」

 

ヴァルデマールはそう呟き、漆黒のマントで口元を覆うと、まったく視界のきかなくなった中を迷わずに入口に向かって歩いていく。

部屋の隅でアルダナル達が激しくむせているが、それは全く無視する。

ものの数十秒で煙幕の煙は霧散していったが、その間にプリシラ達の姿は影も形もなくなっていた。

涙を流しながら咳き込むアルダナルの元へと歩み寄ったヴァルデマールはその胸倉を掴み上げると、静かな怒りを込めて言った。

 

「追討隊を組織しろ。レッドゲートからは脱出できん。海上を封鎖し、港までの道をすべて潰せ。それくらいの事は出来るだろう?」

 

必死に頷くアルダナルを放り捨てると、すぐ近くに控えているゴットフリートに不穏な笑みを浮かべてみせた。

 

「海上にはエルヴィン・ハーンがいるな。ヤツに伝えろ。絶対にプリシラを逃がすな、と」

 

ゴットフリートは頷き、謁見の間の外で待機していた漆黒の騎士たちに指示をだす。

 

「さあ、狩りの時間だ」

 

その言葉は、底知れぬ暗さを孕んでいた。

 

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