続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【83】海鳴りの逃走曲

――明日を夢見てー♪……

 

ソフィア・ロベリンゲが美しい余韻を持って歌い上げると、即席で作られた甲板の客席は割れんばかりの拍手に包まれた。

ドルファン港を離れシチー島沖の穏やかな海域に停船しているシレーナ・ケ・カンタは、予定通りの日程で海域を進んでおり、天候にも恵まれて支障なくソフィアの海上コンサートを実施していた。

 

 観客席の中でその歌声に酔いしれていたフィオナとサラも、立ち上がって拍手を送る。

人気公演である母の舞台を見るのは数年ぶりだったが、天使の歌声とも謳われるその歌声に、フィオナは素直な感動を覚えていた。

 

「なんて言っていいかわからないけど……やっぱりすごいな、ソフィアさんは!」

 

隣のサラが興奮気味に言うので、フィオナは何度も力強く頷いた。

 

「うん。本当に……。私もこんな歌を歌いたい。誰かの心に響く歌を……!」

 

海上に響く拍手はしばらく鳴りやまず、その間深々と頭を下げていたソフィアが顔を上げると、観客たちはようやく静かになった。

 

 ここはシアターのように声が反響する場所ではないのに、ソフィアは誰にでも届く澄み渡る声で言う。

 

「皆さま。初めての試みとなりました海上コンサートにお付き合いいただきまして、ありがとうございました。先ほど、船長の元に入った情報がありますので、私から皆さまにお伝えさせていただきます」

 

観客たちはスタンディングオベーションから静かに席に座ると、互いの顔を見合わせていた。

ソフィアは一同が静まるのを待って言う。

 

「最新の情報では我がドルファン王国は今、この瞬間にもハンガリア・アルビア連合の海軍から攻撃を受けているとの事です」

 

唐突な話に、観客たちがどよめく。

だがソフィアはよく響く声で続けた。

 

「船長はこのままドルファン港に戻るのは危険と判断し、友好国の港へ一時的な避難をする事を決定いたしました」

 

ざわざわと心配顔で近くの席の人間と話し合う人々の中、フィオナとサラも例外ではなかった。

 

「……友好国?」

 

サラが疑問の声を上げるのと同時に、ソフィアが言う。

 

「我々はセサ公国に一時的避難をする事となります。しかし、心配はいりません。我らドルファン王国の誇るべき騎士達が、私たちの為に、国を守る為に戦ってくれています。私達は少しの間セサ公国にて状況を見守り、帰るべき故郷へ戻りたいと思います」

 

ソフィアの宣言は堂々としており、観客たちに不安を与えるような要素は皆無だったと言っていい。

だが、その内容の唐突さと重さに、一同のざわめきは収まらなかった。

 

――無理もない。とソフィアは感じていた。

 

いくら戦時中とは言え、遊覧観光気分でこの船に乗っていた観客たちに、突然故郷が襲われていると言って納得する人は少ないはずだ。

多くの人間がその事実を確認する術もないし、認められるはずがない。

 

 ざわめきは収拾がつかず、どんどんと声が大きくなっていく中、ソフィアの立つステージに、一人の男が静かに上がっていった。

ドルファン海軍の証である青い制服に、将校である事を物語るマントと帽子。

その帽子の下には金色な長い髪を後ろで一つに束ね、やや釣り目がちの目は決意を秘めている。

その男、ジョアン・エリータスはソフィアの隣に立つと力強く呼びかけた。

 

「自分はドルファン海軍中佐のジョアン・エリータスです。皆さんが心配なさる気持ちは、大変よくわかります。ですが、私の信頼する部下達は必ず皆さんの帰るべき場所を守ります。そして、私と、このシレーナ・ケ・カンタ号が皆さんの事を必ず守ります。どうか落ち着いて、今少しこの航海にお付き合いいただきたい!」

 

 ジョアンの宣言に人々はまだ戸惑いの表情を浮かべたものの、客席から立ち上がったフィオナが一人で拍手を送ると、その隣のサラが立ち上がり同じように拍手をし、それにつられたように一人、また一人と立ち上がって拍手を送り始め、やがて甲板は先ほどのソフィアの歌に負けないほどの拍手の渦に包まれた。

 

「ジョアン……」

 

涙ぐむソフィアの肩をそっと抱き寄せたジョアンは小さく頷く。

 

「ソフィア、よく頑張ってくれた」

 

そんな両親の姿をみつめつつ、渾身の拍手を送るフィオナの目にもちいさな雫が浮かんでいた。

 

 

 

 謁見の間の玉座の裏にある隠し通路から脱出を図ったプリシラ達は、城内をひた走っていた。

先頭をロゼッタが走り、パトリツィアがそれに続く。

その後ろをプリシラ、コナーと続き、殿は忠正が務めた。

メッセニは近衛兵への指示と、アルダナル達裏切り者への対処の為に城へと残っていたが、それは杖をつかなければならないような高齢だった為、この逃避行にとても耐えられないという理由もあった。

城内は先ほどからけたましく半鐘が鳴らされ緊急事態である事を告げているが、それは陸軍の兵士達に対してプリシラを捕らえるようにという事でもある。

そして、それを妨害しようと近衛兵たちが奮闘しており、城内はさながら近衛兵対陸軍騎士の様相となっていた。

 

 ロゼッタは城に忍び込んだ時と同じように、何の迷いもなくその騒動の隙間を縫って走っていた。

 

「こっちの道で大丈夫なのか!?」

 

その迷いの無さに逆に不安を駆られた忠正が声を投げると、ロゼッタではなくプリシラが声を上げた。

 

「だーいじょうぶよ! このわたしが長年かけて編み出した、誰にもみつからない秘密のルートなんだから。メッセニはおろか、コナーだって知らない道よ!」

「プ、プリシラ様……!」

 

コナーが非常に苦い顔をしているが、それがこの道が正しい事を物語っていると言えた。

 

 兵士たちの目を盗みながら城壁へと続く尖塔にたどり着いた一行は、螺旋階段を駆け上がって城壁の上へと躍り出た。

城からの脱出はあとわずか、という所だったが城壁の上は体を隠せるものがない。

 

「いたぞ、あそこだ!!」

 

瞬く間に兵士の声が響き、忠正達めがけて四方八方から投げ縄やロープに石などを括り付けた捕縛器が投げ入れられる。

それをからくも剣で弾きながら、一行は目的地である城壁の上まで伸びる大きな樫の木へとたどり着いた。

 

「プリシラ様、早く!」

 

プリシラを先頭にその大木を滑り降りると、そこは城東大通りの裏手であった。

通りの端にはこんな人気のない通りには全く不釣り合いな二頭曳きの馬車が不自然に鎮座している。

その御者台には行儀悪く足を投げ出した御者のブーツが見えていた。

御者は面倒くさそうに上体を起こすと、銀色のつんつんと跳ねた長いウルフカットの髪を撫でながら鋭い目つきでロゼッタ達をじろりと眺めた。

 

「よう、騎士殿。調子はどうだい」

 

そのぶっきらぼうな声は驚くことに女性のもので、どこか親しみが込められているように聞こえなくもない。

ロゼッタは一歩前に出ると、言葉を確認するように答える。

 

「騎士は廃業したと言ったはずよ」

 

その言葉に御者はパッと御者台に座り直すと、親指で客車を指し示した。

 

「早く乗りな! 出すぞ!」

 

言うなり手綱を引き、すでに動き出した車輪を見たロゼッタ達は飛び込むようにしてあわてて客車に乗り込んだ。

 

 

 激しい加速で客車の中で座席に押し付けられつつ、忠正はロゼッタの顔をのぞき込んだ。

 

「いつの間に馬車なんて用意していたんだ?」

 

ロゼッタはなんとか体制を整えて座席に座り直す。

 

「協力者のお陰で」

「また協力者か。一体何人の協力者がいるんだ?」

「これが最初で最後の一人よ」

「?」

 

忠正がその答えの意味を理解しあぐねていると、御者台から鋭い声が響いた。

 

「伏せろ!!」

 

咄嗟にコナーがプリシラを庇うように体を伏せると、客車の天井を突き破って数本の矢が突き立った。

 

 忠正があわてて後方ののぞき窓をのぞくと、今まさにこちらに馬を走らせる三騎の騎兵が弓矢を手に迫ってくるのが見えた。

 

「追討隊か! 何か武器は……!」

 

その言葉を聞き終わらないうちにパトリツィアが座席のシートを持ち上げると、その裏から二基のボウガンが姿を現した。

そのうちの一基を忠正へと黙って放り投げると、自分は矢筒へと矢を一つかみ押し込み、開け放った客車のドアを盾代わりに使い箱乗りをするようにボウガンを構えた。

 

 高速で石畳の道を走る馬車は荒れ狂ったように上下に激しく揺れるが、パトリツィアはお構いなしに狙いを定めてボウガンを撃つ。

放たれた矢は追討隊の馬の胸に刺さり、痛みにあえぐ馬が激しく転ぶと同時に搭乗していた騎士は石畳の上へと転がった。

 

「騎士は鎧があるから効果が薄い。馬を狙って!」

 

パトリツィアが二発目の矢を装填しながら叫ぶのを聞いた忠正は、急いで自分のボウガンにも矢をあてがうと、のぞき窓から撃つ。

だが、跳ねるように上下する中で放った矢は明後日の方向へと飛んで行ってしまった。

 

「ちゃんと狙って!」

 

不機嫌そうに声を荒げつつもパトリツィアは次の一発を撃ち放ち、その矢は騎兵の馬をかすめていった。

 

「そうは言っても……」

 

忠正はぼやきながらも次の矢を素早く装填して再びのぞき窓を覗いた時、何かが破裂するような火薬の爆ぜる音が響いたのと同時にのぞき窓の周辺が爆発したように弾け飛んだ。

 

「ちっ!」

 

舌打ちをしつつ狙いもほどほどにボウガンを撃ち放ちながら忠正は再び矢を装填する。

その間に向かいの席で身を屈めているロゼッタに声を投げる。

 

「狙撃兵もいる! 御者が撃たれたら詰むぞ!」

「前方から撃たれない限り大丈夫よ。それよりも後ろの騎馬を早くなんとかしなさい!」

「簡単に言ってくれる」

 

言い捨てながら一回り以上大きくなったのぞき窓からボウガンを放つ。

今度の矢は騎兵の兜に当たったものの装甲を貫くには至らなかったが、隣のパトリツィアが放った矢が騎馬の首に突き立って激しく横転した。

 

「あと一騎!」

 

パトリツィアが叫ぶ。

忠正はパトリツィアの反対のドアから身体を出すと、迫りくる騎兵に向かってボウガン自体を力の限り投げつけた。

その予想外の攻撃に驚いた騎兵が手綱を引くが、勢いそのままに飛んで来たボウガンを避けようと馬が立ち上がってしまい、その反動で騎士は激しく振り落とされた。

それを見ていたパトリツィアは呆れたような視線を忠正に送った。

 

「応援が来たらどうするの」

「その時に考えるさ」

 

忠正の言葉にパトリツィアは大きなため息を吐きながら客車の中へと身を翻す。

馬車はなんとか城東大通りを抜け、キャラウェイ通りをサンディア岬駅方面へと駆け抜けて行った。

 

 

 けたましい半鐘の音ににわかに緊張感が漂うドルファン港の、すでに桟橋に停船していたガレアス船のデッキで早馬からの伝令を受けたシュバルツデスアプグルント騎士団の“猛る雷”ことエルヴィン・ハーンは、その内容を無言で聞いていた。

 

「“緋眼のサリシュアン”の造反と、逃亡するプリシラの捕縛ねぇ……」

 

顎を撫でながら何やら考えている様子のエルヴィンに、隣で一緒に伝令を聞いていた船長の男はやや興奮気味に言った。

 

「何をしているんだ。早く部隊を組織して港を封鎖するぞ。ネズミ一匹、この港から脱出させん!」

 

言いながら手近な部下に指示を出そうと手を上げようとした船長の手を、エルヴィンは掴んで止めた。

 

「な、なんだ?」

 

エルヴィンはゲルタニア人の特徴である青い瞳を細めながら船長を見る。

 

「おかしいと思わないか? 海軍の傭兵どもは大した抵抗もなく逃げていったし、この港もご自慢のズィーガー砲の一発も撃たれずに占拠できちまった」

「それは、海軍はもともと海賊の寄せ集めだし、ズィーガー砲はドルファン国内の我らの賛同者が工作をしていたからだろう。作戦がすべて順調にいっているからこそではないか!」

「そんなに何もかもが上手くいくか? どうにもきな臭さを感じるんだよなぁ……」

 

エルヴィンは港の先のドルファン城の方ではなく、海の方を見ると金色の髪をかきあげた。

 

「よし、船長。錨を上げろ。出航するぞ」

 

その言葉に船長は明らかに狼狽えた。

 

「な、なにを言っている? プリシラを捕えねばならんのだぞ! 団長の指示をないがしろにするつもりか!?」

 

だがエルヴィンは至極冷静に答える。

 

「すでに占拠されている港から脱出しようと考えるほどプリシラも馬鹿じゃないだろう。金貨百枚賭けてもいいが、プリシラは別のルートから脱出をするはずだ」

「だ、だが、それこそ一か所しか出入口のないレッドゲートから陸路で逃亡するほうが難しいはず。そうであれば間違いなく船で脱出を図るだろう。団長もそうお考えだからこその伝令で……」

「船で脱出しようとするのは間違いない。だが、この港から船を出そうなんざ思っていないはずだ」

「では、どこから……」

 

エルヴィンはニヤリと笑うと、船長の肩に手をのせた。

 

「それを確認する為に出港するんだろうが。わかったらさっさと船を出せ!」

 

のせられた手で肩をつぶされかねない程の力で握られた船長は苦悶の声を上げた。

 

「わ、わかった! 出航するぞ! 帆を張れ!! 奴隷どもにパドルを用意させろ!!」

 

エルヴィンは満足そうに頷くと、船長から手を放して再びドルファン城の方を仰ぎ見た。

 

「……絶対に逃がさねぇぜ、子猫ちゃんよ」

 

 

 

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