続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ライズ氷解を書き終えた時はこの運命の姉妹が再会するシーンなんて想像もしていなかったですが、再会させることが出来て嬉しいです。
そして、プリムも!
私のみつめてナイト二次創作の集大成となる最終章。もう少しだけお付き合いください!
【87】セサ公国
――セサ公国。
ドルファン王国の属するトルキア地方の中では最も北西に位置する小国だ。
その国土面積はトルキア諸国最小。人口も一万人に満たない。
そんな小国のセサが国家としての体を維持して存続しているのには、その背後に大国であるヴァン=トルキア帝国がいるからだ。
セサ公国を治めるセサ大公家は、ヴァン=トルキアの王であるヘレニガム家の外戚にあたる。
そのため、公国を名乗ってはいるが実際はヴァン=トルキアの属国であり、ヴァン=トルキアの地方都市といった認識さえされている。
そんなセサ公国の唯一の港であるサン・ジェノマ港に、美しいグレイッシュブルーの船体に煙突という異様ないで立ちのブルー・セレンディバイト号が停泊しているのを見つけることが出来る。
そして、サン・ジェノマ港から馬車に揺られること一時間。
窓からのぞくドルファンとは違った意匠の御伽噺に登場しそうな丸い屋根の石造りの家々を眺めながらたどり着いたのは、セサ大公の居城であるサヴォイ城であった。
城とはいうものの、やや大きな屋敷といったような造りであり、ドルファン城はもとよりザクロイド家の屋敷にすら及ばないサイズではあった。
そのサヴォイ城の中で一番大きな部屋(いわゆるダンスフロアにテーブルとイスを並べた簡易な会議室)には、プリシラとその護衛のコナー、ロゼッタ、ルシルとエルザといったブルー・セレンでこの国にたどり着いた一行と、一足先にシレーナ・ケ・カンタで到着していたジョアン・エリータスとソフィア・ロベリンゲ、リンダ・ザクロイドの面々がテーブルを囲んで着席していた。
そのテーブルの一番上座にあたる席でプリシラと向かい合って座っているのは、かなりの高齢で深い皺が刻まれた顔に、豊かな白い口髭と穏やかそうな目を細めたセサ公国の統治者であるフランチェスコ・セサ大公だ。
そして、そのセサ大公の隣には青黒く輝く黒髪を三つ編みにまとめ、紅いルビーのような瞳の淑女が、緑がかった茶色い髪のメイドを後ろに従え、上品に座っている。
参加者が揃っているのを確認した後、セサ大公はやや疲れたようなしわがれた声で言った。
「まずはプリシラ女王陛下をこの城にお招き出来たことを嬉しく思う。このような片田舎で存分なもてなしが出来ないことを、許して下され」
その言葉にプリシラは女王らしく背筋を伸ばしたままだが、ゆっくりと感情をこめて答える。
「こちらこそ、我々を受け入れていただいただけでなく、数多くの国民を庇護いただいたことを心より感謝を申し上げます、大公殿下」
率直だが丁寧なその物言いに、セサ大公は低く笑った。
「なんの。ドルファンのデュラン殿とは昔馴染みの付き合いですし」
そう言いながら視線を隣に座る黒髪の女性に送る。
「破滅のヴォルフガリオの忘れ形見の娘に頼られては、断ることも出来まいて」
黒髪の女性、ライズ・ハイマーはテーブルに用意された紅茶を上品に一すすりすると、静かで抑揚のない口調だが、その奥に感情を隠しているような声音で言った。
「フランチェスコ殿下には感謝いたします。ヴァルファバラハリアンの頃からの付き合いとはいえ、ドルファンの王族を匿っていただくのはセサ公国にとっても非常にリスクが高いというのに……」
「ヴァルデマールの蛮行を止められるのであれば、多少のリスクは致し方あるまい。あれをこのまま野放しにしてしまえば、このトルキアにあるすべての国が奴の配下に下ってしまう」
その言葉に深く頷いたプリシラは、セサ大公の目をまっすぐにみつめながら言う。
「私たちはあの男が大トルキア帝国の王として即位してしまう前に、ドルファンを奪還するのと同時に彼を排除しようと思っています」
「大トルキア帝国……か」
セサ大公は深い皺が刻まれた顔を手で撫でると、大きく深いため息を吐いた。
「旧トルキア帝国が滅んだ理由を考えれば、その理想がいかに下らぬことかわかりそうなものなのだが」
「トルキア地方の統一など、正直言って時代遅れな思想としか思えません。ですが、驚くことにハンガリアやゲルタニアはおろか、海を越えた先のアルビアですらそれに賛同しています」
「プリシラ女王、それらの国は統一を望んでいるわけではない。古い体制や王を排除し、自分たちが国の実権を握ろうとしている罪深い者達が担ぎ上げやすいヴァルデマールという神輿を担いでいるに過ぎんよ」
プリシラは頷きつつも目を伏せた。
「差し出がましいようですが、セサ公国は大丈夫なのですか? 恥ずかしながらドルファンは旧家の裏切りにより、ご覧の有様です」
落ち込んだ様子のプリシラの仕草に、セサ大公は優しく声をかけた。
「この国は小国ゆえ、政治の取り仕切りなど私一人でどうにでもなりますので。それに、結局のところはヴァン=トルキアのヘレニガム王のご判断に委ねることになります。だからこそヴァルデマールも、この国には興味すら持っておりますまい」
「ヘレニガム王はシュバルツデスアプグルント騎士団をどう思っておられるのでしょうか」
「うむ。それは……」
セサ大公がわずかに言い淀んだところを、ライズが手で制した。
「それについては私から説明するわ」
ライズは紅茶のカップを置くと、小さく咳払いをして続けた。
「ヴァン=トルキアのレオ・ヘレニガム王はシュバルツの動向を静観する姿勢であることが、最近ようやくわかったの」
「静観? 大トルキア帝国なんて夢物語のようなものだけれど、万が一にでも成されてしまえば、一番影響が大きいのはヴァン=トルキアじゃない」
「そう。本来であれば旧トルキア帝国の遺産であるヴァン=トルキアにとって、そもそもトルキア統一は過去の栄光であり、シュバルツがそれを成そうとしているのは面白くない。私もそう思っていたの」
「だってそうでしょう。シュバルツだって、大トルキア帝国の復興なんて目指すのだったら、国土的にも一番大きなヴァン=トルキアが最大の障壁じゃない」
「それが障壁ではないとしたら? そして、ヘレニガム王にとっても、シュバルツが脅威ではないとしたら」
淡々と述べるライズの言葉にプリシラは思わず眉をひそめた。
「どういうこと?」
ライズは紅茶で唇を湿らせると、続けて言った。
「ヴァルデマールとヘレニガム王は裏で繋がっていて、同じ目的のために行動している、ということよ」
その場にいた誰もが一瞬声を飲み込んだ。
それだけの衝撃がライズの言葉には含まれていた。
再び大きなため息を吐いたセサ大公がその沈黙を打ち破る。
「これはライズ嬢の調査によって判明したことだが、ヴァルデマール・ツヴァイクなる人物の正体は、レオ・ヘレニガム王の双子の弟だ」
「双子!?」
プリシラが驚きの声を上げ、思わず立ち上がってテーブルに身を乗り出した。
「でも、どうして? 本当にヴァルデマールがヘレニガム王の双子の兄弟だとして、どうしてその存在は今まで隠ぺいされていたの? どうしてヴァルデマールはゲルタニアなんかで暗躍していたの?」
興奮気味にまくしたてるプリシラに、ライズはいたって冷静に反応した。
「落ち着きなさい。これはつい最近まで判明していなかったことなのだから」
その言葉に幾分冷静さを取り戻したプリシラは、若干気まずそうに椅子に座り直した。
「順を追って説明するけれど、ヴァルデマールがヘレニガム王の双子の弟というのは、間違いないわ。ヴァルデマールの出自をずっと追っていたの。そのルーツがヴァン=トルキアにあり、しかも王家の人間であることまでは確証を得られたわ。どんな手を使ったかは、ここでは割愛するけれど」
ライズの言葉に後ろに控えていたメイドがぴくりと反応した。
だがライズは構わずに続ける。
「その存在が隠ぺいされていたのは、シュバルツの思想が大いに関係している。簡単に言ってしまえば、大トルキア帝国復興を目論んでいるのは実はヴァン=トルキア帝国であり、ヴァルデマールとヘレニガム王ですら、その目的のための駒であるということ。これはヴァン=トルキアが百年以上かけて進めてきた、トルキア統一計画の一環なの」
プリシラはそのあまりにも驚愕の事実に眩暈のような感覚に襲われていた。
それは周りで黙って聞いていたロゼッタ達にしても同じだった。
ライズは一同を見渡してから言う。
「ヴァルデマールがゲルタニアに拠点を置いたのは、もともとトルク至上主義が根強いゲルタニアが大トルキア帝国復興という目的と親和性が高かったからよ。ヴァン=トルキアは王政であり、帝国的な志向が今も色濃く残っているため、他国から警戒されやすい。そこでトルク色の強いゲルタニアを隠れ蓑にして、裏から侵略をすすめていたということね」
突きつけられた事実の重さに、一同に再び沈黙が訪れた。
シュバルツデスアプグルント騎士団という、いわば小さな私設軍のようなものが月神信仰をこじらせて大トルキア帝国の復興などという絵空ことを企てているのかと誰もが思っていた。
しかし、その中身はある意味では正しくトルキア統一を掲げる巨大な国家そのものであったのだ。
つい先日プリシラがヴァルデマールと対峙した時に彼が言っていた『大トルキア帝国の正当なる王位継承者』という自称は、あながち間違いではなかったということだ。
重苦しい空気に場が支配され、誰もが言葉を探しあぐねている中、ロゼッタがおもむろに立ち上がった。
そしてルビー色の瞳でまっすぐに前を見据えながら、凛とした声で言った。
「確かにヴァルデマールの背景は思っていた以上に巨大だったわ。でも、私たちがやらなければならないことは変わらないでしょう。次の満月に銀月の塔で王位継承の儀を行うヴァルデマールを強襲して、ドルファンを取り返す! それが大トルキア帝国の復興なんて馬鹿みたいな野望を打ち砕く唯一の道でしょう!」
そのシンプルかつ原点に戻った言葉に、一同の垂れていた頭が上がる。
強大な敵の影に無意識に委縮していたメンバーの心が奮い立つ。
「……わたしとしたことが……」
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いたプリシラは、ロゼッタと同じように立ち上がり、ロゼッタの背中に手を回しながら、女王らしい堂々とした態度で声を上げた。
「ロゼッタの言う通りだわ。私達のすべきことは変わりません。ドルファンを取り戻すためにも、下らない戦争を終わりにするためにも、今はしっかりと体制を整えてヴァルデマールを打ち倒しましょう!」
それを合図に一同は立ち上がり、拳を突き上げて声を上げた。
そんな中で唯一座ったままのライズは、プリシラの隣で少しだけ照れくさそうにしている娘の成長した姿に、娘と同じルビー色の眼を細めた。
ホールに集まっていた面々は、セサ大公の用意した食ことをとるために一人、また一人とダイニングへと移動していった。
そこに最後まで残っていたライズの元へ、プリシラが静かに歩み寄って行った。
そして周りに護衛のコナーしか残っていないのを確認すると、先ほどまでの威厳などまるで嘘のように恥も外聞もなく抱き着いた。
「ライズ! 久しぶり!!」
抱き着かれたライズは若干面倒くさそうな表情を浮かべたが、ため息とともに微笑むと柔らかに抱きしめ返した。
「……久しぶりね、プリシラ」
「……久しぶりね、ってもうちょっと何かないわけ? 感動の再会なのよ? 二十四年ぶりなのよ?」
そう言いながら目に涙を浮かべるプリシラに、ライズは肩をすくめてみせた。
「手紙のやり取りはしていたでしょう」
「それはそうだけど、ライズの手紙って必要最低限のことしか書いていないし事務的だし、つまらないんだもの!」
「文通しているわけじゃないのよ」
しがみつくプリシラを引きはがしたライズは、後ろに控えていたメイドの前に押しやる。
メイドは伏目がちにしていた視線を上げてプリシラと目線を合わせると、少しだけはにかみながら微笑んだ。
「あ、あの……お久しぶりです。お元気でしたか、プリシラ……様」
「プリム!!」
今度はそのメイドに抱き着いたプリシラは、力一杯に抱きしめた。
「プリシラ様……」
メイド服のエプロンに顔を埋めたプリシラはしばらくそのまま動かなかったが、やがて顔を上げると目元の涙を指で拭いながら言った。
「プリム……。話したいことは色々あるけれど、元気そうな姿を見れて嬉しいわ!」
「……相変わらずですね。女王になられたのだから、もう少しお淑やかにされたほうがいいですよ」
プリムは鼻をすすりながら答える。
「あなたの減らず口も変わらないようね。主の教育がなってないわ!」
そんな二人の感動の再会を静かに見守っていたライズだが、若干気まずそうに切り出した。
「水を差すようで悪いけれど、一応確認しておくわ。忠正に殺されかけたそうね」
その言葉にプリシラははっとしたように顔を上げると、ライズにむかって恨みがましい視線を向けた。
「そうよ! ちょっと、どんな教育をしていたのよ。親子揃って私のことを殺そうとするなんて」
ライズはもう一度肩をすくめてみせたが、すぐに神妙な顔つきになって小さく呟く。
「あの子、ローズバンク手記を持っていたそうね」
その単語にプリムの身体が小さく震える。
そんなプリムの肩を抱きながらプリシラも真剣な表情で言う。
「ロゼッタが確認してくれたわ。二十年くらい前にわたしがライズに送った“原本”だった」
「プリムのために取り寄せたものが仇になってしまったわね」
「お屋敷の屋根裏に、厳重に梱包してしまっていたんですが……」
申し訳なさそうに言うプリムに、ライズは首を横に振って見せた。
「隠そうとしたいものほどみつける。子供の好奇心なんて、そんなものよ」
そんな言葉を深い実感を持って呟くライズの姿に、プリシラは思わず笑ってしまった。
「何?」
不審な顔つきで言うライズにプリシラは面白そうに答える。
「いいえ。ライズもすっかり母親になったんだな、と思ってね。それよりも、彼のことはどうするの? あの子が私を狙った理由がローズバンク手記にあるなら、真実を教えてあげた方がいいわ。あの子の知識と戦略は、ドルファン奪還に必要不可欠なはずよ」
プリシラの言葉に、今度はライズがわずかに微笑んだ。
「何よ?」
不審な顔つきで言うプリシラにライズは得意のポーカーフェイスで答える。
「いいえ。いつの間にかお姫様の信頼を得ているなんて、血は争えないと思ってね」
「どういう意味よ! あなたの惚気なんて聞きたくないわよ」
プリシラの抗議を無視して、ライズは続けた。
「真実はもちろん伝えるけれど、あの子がこんな愚行に走ったのには別の理由があると思うわ」
「別の理由?」
「ええ」
ライズは目を閉じると、遠い昔に自分の背中を押してくれた水色の髪の女性の姿を瞼の裏にあざやかに思い出していた。
「それに、あの子を正しい道に引き戻すには、私やプリム以上の適任がもういるみたいだし……」
不思議そうに顔を見合わすプリシラとプリムに対し、ライズは穏やかに微笑むのだった。