続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
仕事で出張が多く、執筆の時間がなかなか取れずにおります。。。
とは言え、物語はクライマックス! 可能な限り執筆していきます!
今話ではプリムの想いみたいなものを書けて楽しかったです。
またライズの母親としての姿みたいなものも、イメージするのが難しかったのですが、とても楽しい創作となりました!
家族の前でちょっと甘えが出ている忠正もいかがでしょうか。
年内には完結したいと思っていますが、、、どうなるかな。もう少しお付き合いください!
フィオナが去った後、再びの静寂に包まれた牢獄の中で忠正は思索に耽っていた。
ただフィオナが来る前と違っていたのは、灯りがある事だった。
フィオナが置いていった燐光灯は黒一色だった牢獄にわずかだが色を与えていた。
いくら灯りがあるとは言え、見えるのはごつごつとした石でできた壁と床だけではあったが、まわりの状況が見えるだけでも大きく違った。
絶望に色を失っていた忠正の瞳は、本来のルビーのような紅さを湛えて燐光灯の先の闇を見据えていた。
プリシラの命を狙ったのはドルファン王家への復讐のためだった。
ローズバンク手記に記されていた通り、デュノス・ドルファンとその侍女であるレイス・ローズバンクは王家の面子の為に追いやられた。
そして、レイスの孫娘であるプリム・ローズバンクも、その余波を受けてドルファン国籍を奪われた上で故郷を追われてしまった。
それは、ねえやとしてプリムに育てられた忠正にとっては、当然許しがたい事であったし、そのプリムの名誉を取り戻す為の復讐だったはずだった。
だが、復讐の為に訪れたドルファン王国で異邦人である自分を支えてくれたのは、他ならぬドルファン王国の人々であった。
そして、その人々の暮らしを守り、民からも篤い支持を得ていたのは憎むべき王家の人間であるプリシラ・ドルファンその人だった。
プリシラに近づく機会を作る為にドルファンに潜入した。
傭兵として功を上げてその機会は得られたが、その結果としてプリシラという人物の人柄に触れてしまい、自身の復讐に疑問を持ってしまった。
憎きドルファン王家の人間に復讐する事が、果たして正しい事なのか。
ドルファン王家に対して復讐を果たしたい気持ちに間違いがあるとは思わないが、ドルファンに住む人々を不幸にしたいわけではない。
国籍を奪われたとしても、プリムの祖国であるドルファンを陥れるような事はプリムの復讐になり得ない。
そんなジレンマの中、忠正に復讐の刃を握らせたのは、結局アンの存在が大きかった。
ドルファンで出会い、初めて恋というものを経験した忠正にとって、アンの存在はいつしかプリムよりも大きなものになっていた。
アンとの未来があるならば、ドルファン王室への復讐を断念することも考え始めていた。
それほどまでにアンの存在は大きく、忠正にとっての初恋は甘美で崇高なものだった。
しかし、そのアンに拒絶された事で忠正は完全に希望を失ってしまっていた。
表面上はいつも通りに立ち振る舞っていたが、その心の中では希望を失い、明日を見る事は出来ず、絶望が根を張っていた。
半ば自暴自棄に陥っていた忠正は、ドルファンからの脱出で千載一遇のチャンスに恵まれてしまったが故に、プリシラに向けてその凶刃を振るってしまったのだ。
結果、復讐は果たせず、最愛のアンを失う事になってしまった。
ドルファンで出会ったすべての人の信頼を裏切り、最愛の人をも失った忠正が手に入れたものは本当の意味での絶望だった。
これ以上生きている意味などあるのか。
ドルファン王室への復讐の為に人生の大半を捧げてきた自分が、愛した人の未来すら守れなかった自分が、これ以上生きていく事に意味など見出せるわけがない。
深い闇に包まれた牢獄の中で忠正は何も考えられなかった。
いや、考える事を拒絶していたという方が正しい。
何かを考えればアンの顔が浮かび、自分の行動に激しい後悔の念しか浮かばない中、忠正は心を閉じる事でしか自分を守る術を知らなかった。
そんな忠正の元に突如として現れたのがフィオナであり、彼女の言葉は失意の底にいた忠正が拒絶していた“考える”という事を思い出させた。
すべてを放棄して極刑の運命を受け入れるだけだった忠正に、もっと過酷な道を選べと突きつけたのだ。
それは、アンの本当の想いでもあり願いでもあった事を思い出させた。
フィオナの真摯な言葉が、心の底からの叫びが、忠正のいる真っ暗な絶望の底にわずかながらの光を差し込ませた。
アンとフィオナが信じてくれた“如月忠正”という人間は何者なのか。
ドルファンに来て以降出会った人々が見た“如月忠正”とは、どんな人間だったのか。
どこか客観的に自分の事をみつめ直している時、フィオナがこの冷たい牢獄を訪れた時のように階段を降りる足音が響いてきた。
その足音の主はフィオナのように灯りは持っていないようだったが、躊躇する事なく暗い階段を降りてくる。
忠正が訝し気にそちらを見ていると、足音の主は鉄格子の前で立ち尽くし座ったままの忠正を醒めたルビー色の瞳で見下ろす。
そして感情を抑えた抑揚のない声で言った。
「頭は冷えたかしら」
忠正はその呆れたような言葉の奥にある静かな怒りと、それに反面するように秘められた優しさ、そして喉の奥を突くような郷愁を感じずにはいられなかった。
なんと答えるか悩んだものの、忠正の口をついて出た言葉はシンプルな一言だけだった。
「……ごめん、母さん」
散々悩んだ挙句に出てきたその言葉に、足音の主、ライズ・ハイマーは小さく息を吐きながら冷たい鉄格子に鍵を差し込んで回した。
「行くわよ、忠正。もう立てるわよね」
そう言いながら差し出された手を忠正は戸惑いながらも掴んだ。
剣を握る事で出来る剣だこの感触と、冷たさと柔らかさが同居した懐かしい手。
「ああ。立てるさ」
力強く引き上げてくるその手に、忠正はゆっくりと立ち上がった。
忠正は獄中から連れ出されると、ライズが利用している客室へと連れていかれた。
その部屋ではメイド姿のプリムが静かに立ち尽くしていた。
「プリム……」
久しぶりに見るその姿。
数年振りだが変わらないねえやの姿に忠正がたまらず声をかけると、プリムは小さく息を吐いてみせた。
「ぼっちゃま、お久し振りですね。軍に入ると突然家を出て以来ですので、六年振りでしょうか」
忠正は正面からプリムを見る事が出来ず、思わず顔を背けていた。
「……ごめん」
そう呟きながらライズに促されるままに用意されていた椅子に腰かけると、プリムは一度さがって厨房の方へと行き、今度は湯気を上げる温かそうなスープを銀の盆の上に載せてあらわれた。
スープは野菜や豆をトマトで煮込んだ赤いスープで、ドルファンの田舎料理として一般的なものだった。
そして忠正の前にそれを置くと、優しく微笑んだ。
「ぼっちゃまはこのスープがお好きでしたよね。セサ大公にお願いして、厨房をお借りしました。……どうぞ、召し上がれ」
その懐かしい匂いと変わらない優しい声。
忠正の目に涙が浮かび、スープ皿の隣のスプーンを取るべき手で目元を拭う。
プリムが困ったようにライズの方を見ると、ライズは小さく頷いて見せた。
それに応えるようにプリムも頷くと、椅子に座った忠正の後ろから両肩にそっと手を置いた。
その手の柔らかな感触に、忠正の肩はわずかに震えた。
「ローズバンク手記を読まれたんですね。あれは私のおばあちゃんが書いた、ドルファンの闇を赤裸々に綴ったものです。まさかぼっちゃまがあれを読んでいるとは思いませんでした」
「……あの手記がプリムの大切な物だという事はわかっていたんだ。興味本位で読み始めたものだったけれど、プリムのおばあさんとデュノス公が不憫でならなかった。プリムがおばあさんの事を大好きだったのは知っていたから……」
「だから突然軍に入ったんですか? ライズ様や、私にも何の相談もなく」
プリムの口調は叱責するような強いものでは決して無かったが、どことなく恨みがましそうな口調ではあった。
「……プリムがドルファンを追われた理由は、この手記が原因だと思ったから。軍に入って実力をつけ、それがドルファン王家に近づく一番の近道だと思ったんだ」
「私の……復讐の為に?」
プリムの言葉に遠慮気味に頷く忠正。
プリムは思わず深いため息を吐いたが、すぐに忠正の頭を優しく抱きしめた。
「……なんでそんな大切な事、私に相談してくれなかったんですか」
子供の頃のように抱きしめられる胸の感触に、忠正の目から一筋の雫が流れ落ちる。
「ごめん。でも、言えばきっと反対されると思ったから」
その言葉にプリムの瞳にも涙が浮かんだ。
「当たり前ですよ! 私の為に……復讐の為に軍に入ろうだなんて、反対しないわけないじゃないですか!」
「そう言われるって、わかってたんだ。だから、言えなかった」
「もう……!」
プリムは忠正を抱く手に力を込める。
「ドルファン王家への復讐なんて、私、もうこれっぽっちも考えていませんでしたよ。ドルファンを追われて、ライズ様に助けていただいてスィーズランドまで逃げ延びました。そりゃあ最初の頃はいつかドルファンに帰りたいと思っていました。でも……」
そう言いながらプリムの声が湿っていくのが、忠正にはよくわかった。
「私はスィーズランドに大切なものが出来ました。あたたかくて大切な、本当の居場所が見つかったんです。おばあちゃんやデュノス様の名誉よりも、失いたくないものが出来たんです」
プリムの手が優しく忠正の髪を撫でる。
「ドルファンでは失った“家族”が、スィーズランドにも出来たんです。あなたとロゼッタお嬢様がいれば、私は幸せでした。如月家の一員として過ごせれば、それだけで私の最高の幸せだったんです」
そのまま二人は、しばらくの間なにも言わなかった。
お互いを大切に想い、互いに幸せを祈っていただけだったのに、その想いはすれ違い、間違った方向へと若者は走り出してしまっていた。
ただ単純に相手を大切に思うが故の行動が、ここまで忠正を走らせていただけだったのだ。
しばしの沈黙を破ったのは、それまで少し離れた場所で黙って二人をみつめていたライズだった。
「まったく……。まさか親子揃ってプリシラの暗殺を企てるなんてね」
「え……?」
思いもよらない言葉に母親の方を振り返った忠正に、ライズはゆっくりと歩み寄って行った。
「私もあなたより若い頃にプリシラの暗殺を試みた事があったわ。動機はローズバンク手記ではなかったけれど、ドルファン王家への復讐の為に」
「ど、どういう事?」
戸惑う忠正にライズはため息交じりに言う。
「あなたが十五になった暁には伝えようと思っていたの。勝手に家を出てしまって教える事も出来なかったけれど、私はドルファン王家の血を引いているの。もちろん、その子供であるあなたもそうよ」
「は? え?」
さらりと言われた衝撃の言葉に、忠正は困惑しながらプリムの顔を見上げる。
プリムはメイド服の袖で自分の涙を拭いながら、困ったような微笑を浮かべつつ頷いた。
「私の父であなたの祖父の名は、デュノス・ドルファン。ドルファン王家を追われた、ローズバンク手記に書いてあるデュノス公、その人よ」
事実を淡々と述べる母のスタイルについては子供の頃からよく知っているのだが、その内容のあまりの重さに理解がついていかない。
だが、ライズは躊躇せずに続ける。
「私はドルファン王家への復讐の為にプリシラを暗殺しようとしていたのだけれど、色々とあってそれは断念したわ。理由はそれこそ色々よ。でも一つだけ言っておくとすれば、プリシラは私の母親の双子の姉の娘。あなたから見ればプリシラは血のつながった叔母という事になるわね」
「いや、ちょっと待って母さん。情報が多すぎる!」
戸惑う忠正に対し、ライズは少しだけ唇の端を上げて意地悪な微笑を浮かべた。
「あなたが早とちりをして家を出なければ、ちゃんと教えてあげられたのにね。それよりも、そのスープを飲んだら身支度を整えなさい。あまり時間があるわけではないわ」
まだ困惑したままの忠正だったが、その言葉に表情がにわかにこわばる。
言葉の端から雰囲気を察した忠正の観察眼に、ライズはわずかに感心したように頷いた。
「どんな時でも冷静になれるのはいい事だわ。お察しの通り、牢獄から連れ出したのはプリムと話をさせたかったからじゃない」
その言葉にプリムも沈痛な面持ちで忠正の頭を抱く手に力が入る。
忠正は気持ちを振り払うように、あえて冷静な口調で言う。
「処刑が決まった?」
ライズは目を閉じて深く息を吸い込むと、忠正の目を見て答える。
「厳密にはその処刑の内容を決める為の裁判へ出席しなければならないわ」
「裁判……?」
「そう。ドルファン王室会議による、あなたの女王暗殺未遂に関する裁判よ」