続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
二キロほど先の海で轟沈して煙を吐いた中華皇国の海賊船に続いて、善戦していた他の海賊船達もハンガリアのフリゲート艦の機動力の前に、次々と炎を吹き上げて沈んでいった。
すべての海賊船の沈没を確認したハンガリアの船達は、その船首を〝白鷲〟の艦隊に向けると、ほぼ無風の静かな海に無数のオールを差し込み、白波を立ててゆっくりと近づき始めていた。
対する〝白鷲〟の艦隊は先ほどの陣形のまま、完全に凪いだ海上で身動き一つ取る事すら出来ずに敵艦隊の到着を待つ形になっている。
先ほどから落ち着かない様子で単眼鏡を覗いては冬眠前の熊のようにウロウロと甲板を行ったり来たりしているジョアンが不安げな声を上げる。
「く、来るぞ! 大丈夫なんだろうな。このまま幽霊船になって海を彷徨うのは勘弁だぞ!」
そんな弱音など相手にしていられないとばかりに、ルシルは片手を上げて声を張り上げる。
「距離二〇〇〇を切った。おあつらえ向きに風はなし。弐番艦、伍番艦撃ち方用意!」
「おい、この距離で砲が届くわけ……」
隣で忠正が言いかけたが、ルシルは構わずに手を下げた。
「てぇー!!」
敵艦に向けて船尾を向けていた陣形の両端の二艦の船尾に配置された大砲が、耳を聾さんばかりの火薬の破裂音を轟かせて火を噴いた。
その一瞬後に敵艦隊のフリゲート艦の一艘の船体の一部が弾け飛ぶのと、大きな水柱が立ち上がるのが見えた。
「こ、この距離で届くのか!?」
忠正が驚きの声を上げると、ルシルは不敵に微笑みながら次の指示を飛ばす。
「よーし、弐番艦が命中だ! 引き続き距離が詰まるまでに撃てるだけ撃て! 参番艦、肆番艦はカルバリン砲の用意をしておけ。距離四〇〇を切ったら発砲を許可。そこからは撃って撃って撃ちまくれ!」
明らかな遠距離からの狙撃にハンガリア艦隊の陣形が崩れ、あわてて回避行動を取りながらこちらに向かってくるのが見えるが、明らかに動揺している雰囲気が漂っていた。
ルシルはそれを見て満足そうに頷くと、忠正の肩に腕をのせて不敵に笑いながら言う。
「うちの艦隊の船の船尾には三門の大砲を積んでいる。一般的な大砲より威力は劣るが軽量な十ポンドの半カルバリン砲を二門と、超重量だが威力と射程に優れる四十二ポンドのカノン砲だ。今使ったのはカノン砲の方だ」
「カノン砲! そんなものを積んでいるのか……」
カノン砲については忠正も知識としては知っていた。
長砲身による遠距離射撃からゼロ距離での射撃までこなす高威力の大砲だが、その構造の複雑さと超重量により量産が難しいのと、使い勝手がそれほど良くないという欠点がある。
どちらかと言えば拠点防衛や城塞などに設置するタイプの大型大砲だが、それを船に積むとはかなり大胆な配備と言える。
その重さ故に船首には配置出来ず船尾に配置せざるを得ない事から、〝白鷲〟の艦は船尾を敵に向けるという奇妙な陣形を取っていたのだった。
「砲弾は何を使っているんだ?」
俄然興味を持った忠正の質問に、ルシルは僅かにため息をついた。
「本来なら火薬を仕込んだ榴弾を使用する所だが、そんな金喰い虫の弾は用意できないからな。今はただの鉛玉を撃っている。それでも四十二ポンド(約十九キログラム)弾だ。命中すれば破壊力はそれなりに高い」
「連射可能なのか?」
「弾込めに時間がかかるから速射には向いていないが、射程距離が長いおかげで時間は稼げる。命中率が高くないのが玉に瑕だが、そこはまあ腕でカバーすればいい」
その言葉を裏付けるように、最初の一発以降すでに弐番艦と伍番艦それぞれの砲が三発を撃っているが、派手な水柱が上がるだけで敵艦に命中はしていない。
ルシルは忠正の肩から手を下ろすと、よくわからない顔をしているジョアンと、関心を示す忠正の二人を見て言った。
「さて、カノン砲の斉射で多少の損害は与えられるだろうが、結局は距離が詰まったら撃ちあいになるし、そうなるとあちらさんの機動力の方が上。蜂の巣にされないようにこの陣形を取ったが、このままじゃ手詰まりだ。そこで──」
ルシルがにんまりと笑いながら続ける。
「オレ達の親玉であるあんたらは、どんな作戦を授けてくれるんだ?」
「な、なんだと!」
ジョアンが悲鳴にも似た声を上げる。
「貴様、先ほど『勝つぞ』などと言っていたのは、策があっての事ではないのか」
「あれは船員を鼓舞する為の芝居だよ。こちらから先制の攻撃が出来ているだけで、状況的には沈んだ海賊どもとあまり変わりゃしないよ」
「馬鹿な……てっきり何か決定的な策があるとばかり……」
「おいおい、オレ達はあんたらの指示でここに来ているんだぜ。上官が作戦も考えないで部下に丸投げって言うのは筋が通らないだろうが」
「ぐ、ぬぬぬ」
言葉に詰まり唸るジョアンを横目に、忠正は至極冷静だった。
ルシルは自分とジョアンを試しているのだ。
この先もこの国の傭兵として戦い続けるだけの価値があるのか。
命を預けるに足る素質が自分達にあるのかを見極めようとしているのだ。
忠正は懐中時計を取り出すと、時間を確認する。
時計の針は間もなく正午になろうとしている。
こんな時のために、そしてどんな状況であっても対処できるよう、昨日この海域にたどり着いた時から満潮干潮の時間はしっかりと調べてある。
忠正は懐中時計を閉じると、ニヤニヤと笑うルシルに声をかける。
「敵艦との接触まであとどれ位だ?」
「向こうの船も今は人力だから速度は出ていない。せいぜい三十分といったところか」
「砲撃戦になったらもう三十分は耐えられるか」
ルシルはその言葉ににわかに真剣な顔をした。
「何か作戦があるのか」
「要は機動力に優れるハンガリアと砲撃戦で撃ち合うには分が悪いわけだろう。白兵戦に持ち込めばどうだ?」
「そりゃあ白兵戦となれば、日頃それを専門としているオレ達海賊が軍隊如きに後れを取る謂れはないぜ」
忠正は頷くと、ルシルの目をまっすぐにみつめながら言う。
「これからかっきり一時間後に、海流が一気に沖に向かって流れる。オレ達はその潮の流れに乗って距離を詰めて白兵戦に持ち込む。沖側にいるハンガリアはいくら漕いでも所詮は人力。対処できないはずだ」
ルシルはそれを静かに聞いていたが、側近の一人を呼び出してなにやら話し合うと、訝し気に忠正の顔を覗きこんだ。
「へえ、海の知識がまったくないわけじゃないんだな」
「君達の命を預かっている以上、当然だろう」
言い切った忠正のその言葉に、ルシルはにんまりと笑みを浮かべた。
「……悪くない。オレもそうしようと思っていた」
そして声を張り上げる。
「よし、野郎ども! なんとかその時間まで凌ぐぞ。海流の変化を捕まえられるように準備をしとけ!」
ルシルの号令に海賊達は鬨の声を上げた。
水平線の先にいたハンガリアの艦隊は、もはや目の前に迫っているといっていいくらいまでに近づいてきていた。
カノン砲の斉射の影響で五艦あったフリゲート艦の内二艦は、忠正達にとっては幸運な事に、後退を余儀ないダメージを負って後方に退いていた。
残りの三艦と旗艦となる大型の船の四艦は大砲の射程に入るとみるや、手漕ぎの機動力を最大限に活用して舷側を向けると、ここぞとばかりに二十ポンド砲の雨を降らせた。
迎え撃つ〝白鷲〟は舷側を向けた二艦が持てる砲門のすべてをフル回転させて、まるで舷側全体が火を噴いているかのような勢いで鉛玉を放っていた。
もちろん、旗艦であるブルー・セレン号も船首に配備した三門のカルバリン砲を絶え間なく撃ち続けているし、この近距離であれば陣形の両端の二隻のカノン砲も相手にとって脅威となっていた。
それに、ブルー・セレンと両端の船は敵に対して正面、もしくは船尾を向けている事もここにきて上手く機能していた。
舷側を向ければ攻撃力はもちろん上がるのだが、それは敵から見ても攻撃範囲は広がるという事になる。
相手の船に対して垂直に船を向けていれば、おのずと狙える面積は狭まる事となる。
ブルー・セレンの船室の一番奥に位置する船長室に避難しているジョアンに対し、忠正とルシルは甲板に出て、シュラウド(マストに登る為の縄梯子)に登り、上から戦況を眺めていた。
絶え間なく響き渡る火薬の爆ぜる大音響と、そびえ立つ水柱。時折砲弾が命中して、船体を構成する木材の引きちぎられる音や、何かが破壊された音に交じり、船員の悲鳴にも似た声が響いている。
「船長! 参番艦も肆番艦も、もう弾が無くなりそうですぜ!」
下から船員の叫び声が響く。
ルシルはシュラウドにぶら下がったまま、大砲の音に負けないくらいの大声で叫んだ。
「なんでもいいから詰めてぶっ放せ! 捕虜用の足枷、手枷、酒以外のものは何でも撃ち込め!」
そのルシルの真横を敵の砲弾が高速で掠めて飛んで行った。
「タダマサ、あと何分だ!」
忠正は懐中時計を開くと、ルシル顔負けの大声で叫んだ。
「あと五分もせずに潮が動く!」
「了解だ。ブルー・セレンと弐番艦、伍番艦は錨を上げろ!!」
よく響く声で叫んだあと、ルシルは忠正を見据えた。
「信じるぞ、タダマサ」
「……知識は人を裏切らないよ」
言う間に今まで凪いでいた海面がにわかに音をたて始め、引き潮が離岸流のように強烈な流れを作った。
忠正とルシルはお互いの顔を見合って頷くと、徐々に動き始めた船に興奮を覚えていた。
「各員、白兵用意! 体当たりをかまして飛び移れ!!」
抜錨して流れに乗ったブルー・セレン号は今まで動けなかった鬱憤を晴らすように白波をかき分けて進むと、瞬く間に旗艦を守っているフリゲート艦の一つに接近していった。
ルシルの指示でマストに括り付けたロープを握っていた船員達が武器を携え、銃を口にくわえ、一気に敵艦に飛び移っていく。
突然の奇襲に慌てたハンガリア艦隊の船員たちは、完全に対応が後手に回ってしまっていた。
船の体当りによって激しく揺れる不安定な足場。上空から強襲してくる海賊達。迎え撃とうと剣を抜いたハンガリア兵に対し、海賊たちは容赦なく手にした銃を発砲した。
最早、騎士道も何もない。
名乗りも無ければ、お互いの剣を合わせる騎士の礼儀もない。
殺すか殺されるかの命のやり取りに特化した戦いが幕を切り、そしてそれは〝白鷲〟の最も得意とする戦い方でもあった。
ハンガリアの海兵達が不幸だったのは、事前に中華皇国の海賊船を始めとした船を砲撃戦で沈めていた事だった。
甲板に乗り込まれる前にガリハント銃などで海賊達を迎え撃つべきだったのだが、勝利を確信していた彼らは銃を船倉に置いたままだったし、火薬の準備すらままならない状態だった。
ブルー・セレン号の体当りに続いて、弐番艦、伍番艦も船を回頭し、フリゲート艦に突っ込んでいった。
それを確認しながらルシルも巧みにロープをコントロールし、敵艦の甲板に降り立った。
それと同時に目の前にいたハンガリア兵に銃弾を浴びせながら声を上げる。
「拿捕するわけじゃねえ! 奪えるものは奪って、火薬庫を見つけて火を放て!!」
忠正も見様見真似でなんとか甲板に降り立ったが、むせ返る血の匂いで気分が悪くなった。
油断していたハンガリア兵が悪いのだが、これは戦い等ではない。一方的な殺戮といっても過言ではなかった。
「おのれ、ドルファンのクズども!!」
サーベルを片手に突如目の間に躍り出たハンガリア兵に、忠正は無言でレイピアを引き抜いた。
襲い来る斬撃を紙一重で躱すと、相手の太腿を的確に突き刺した。
肉を抉る嫌な感触を感じつつ、敵兵が痛みの叫びを上げながら倒れ込んだ。
忠正が敵兵の武器を弾いて無力化を図ろうとした時、ルシルが腰に差した拳銃を抜いて何の躊躇もなくその兵士の頭を撃ち抜いた。
忠正は飛び散る血に顔をしかめたが、ルシルは冷たい声で言った。
「海の上で情けは禁物だぜ。生かしたところで、明日の朝日は拝めないんだ」
「……わかっている」
陸戦であれば無力化した相手は捕虜として捕らえる事ができる。
だが物資の限られた海戦、ましてや今回のような殲滅戦では捕虜を取る事などまず無いし、正規の海兵ならともかく、掠奪を生業としている海賊達に騎士道精神などあるわけがない。
その時、隣のフリゲート艦が爆発音を響かせて火を噴いた。
〝白鷲〟の誰かが火薬庫に火を放ったのだろう。
一気に旗色の悪くなったハンガリア軍旗艦の判断は早く、救いようのないフリゲート艦と仲間たちを早々に切り捨てて、沖への海流を上手く捕まえてこの海域からの緊急離脱を図っていた。
轟轟と燃える船の熱を感じながら、忠正はその遠ざかっていく船を半ば呆然と見つめていた。
そんな忠正の肩に、ルシルが手をかけた。
「おい。火薬庫も見つけたし、この船も沈める。引き上げるぞ」
「……この船はガレリア船だ。漕ぎ手となる奴隷たちが何十人かはいるはずだ。彼らを助けることは出来ないか?」
「オレ達の人員も限られている中、その何十人を反乱もさせずにドルファン港まで制御する方法を知っているなら助けてやれるが」
そんな方法がない事はわかっている。
仮にこの船の奴隷達をドルファンまで連れ帰る事が出来たとしても、彼らを受け入れる場所も方法もない事もだ。
「……聞いてみただけだ」
気のない返事をしながら、忠正はレイピアを鞘に納める。
そして浮かない声で言った。
「……この戦いは、オレ達の勝ちか?」
その言葉にルシルはため息を吐いた。
「お前はどう思う。結局、旗艦は逃がしちまっているしな」
「追いかけられないか?」
「向こうも海流に乗っているんだ。風が吹かない限り無理だろ。それに、こっちも結構な損害を被っているんだぜ」
そう言われて忠正は先に沈められた海賊船達の事にようやく思い至った。
「生き残りがいるかもしれない。彼らが沈められた海域まで行こう」
「馬鹿言え。補給もねぇんだからオレ達も引き上げるしかないだろ。無いとは思うが、万が一にでも追撃されればこっちの方がやべぇんだ。オレは船長として部下にそんな命令は出せないぜ」
「……そうか」
いたたまれない後味の悪さに、忠正は唇を噛む。
ドルファン海軍傭兵部隊の初戦で、後に『シチー沖海戦』と言われるこの戦いは、ドルファンとハンガリアの痛み分けと史実には伝えられるが、実際にはドルファン海軍の規模と戦力を把握するために赴いたハンガリア船が一隻でも無事に帰還した事を考えれば、戦力的に勝っていたにも関わらず五隻の船を失ったドルファンの一方的な敗戦という事実が残った。