続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
プリムのスープで多少の活力を取り戻した忠正は、身を清めて新しい衣服に袖を通し、セサ公国の兵士に誘導されて謁見の間へと通された。
部屋の奥の玉座には本来セサ大公が座るべきなのだが、今日ばかりはプリシラが鎮座しており左右に並べられた椅子に向かって右側の席にはセサ大公が、左側にはジョアン・エリータスがそれぞれ座っていた。
三人の前まで進み跪いた忠正に対し、セサ大公は全く感情の伴わない視線を投げかけ、ジョアンは気まずそうに目を逸らし、プリシラは凛とした表情を崩さずにまっすぐに忠正をみつめていた。
だが、忠正は跪いたまま顔を上げる事が出来なかった。
プリシラの命を狙ったのは紛れもない真実であり、半ば自暴自棄になっての蛮行を行ったその当の本人を目の前にし、まさに顔向けが出来ないという心境だった。
最初に言葉を発したのはプリシラだった。
「これより、タダマサ・キサラギ曹長の処遇を審議するため、臨時のドルファン王室会議を開会いたします。本会議は臨時かつ特例の形式にて執り行うため、王室会議筆頭議長である私の権限に基づき、次席アルダナル・ピクシス卿の代理としてセサ大公を、参位シャルシス・エリータス卿の代理としてジョアン・エリータス中佐を、それぞれ出席者として認定いたします」
セサ大公とジョアンがそれぞれ胸に手を当てて頷く。
「では、早速議論を始めようか」
セサ大公は依然として感情を伴わない声で言った。
謁見の間の外ではここまで同行してきたライズとプリムが、固く閉ざされた大きな扉の前で立ち尽くしていた。
プリムが心配そうな目で小さく呟く。
「ぼっちゃまは大丈夫でしょうか……」
その言葉にライズは右手を顎に当てながら、神妙な声で答える。
「普通に考えれば死罪が順当よ。どんな理由があったって、国王の暗殺を企てるだけでなく実行しようとしたのだから」
「そんな!」
プリムが短い悲鳴のような声を上げた時、謁見の間へと続く廊下に人影が現れた。
フィオナ・ロベリンゲとサラ・ショースキー、そしてパトリツィア・オーエンズの三人娘だった。
三人はライズの隣まで来ると、フィオナが軽く扉に触れてから両手の指を組んだ。
「忠正さん……」
心の底から心配をしており、神に縋るようなその声にライズはほんの少しだけ眉を動かした。
「忠正の為に祈ってくれるのね。ありがとう」
ライズの声に顔を上げたフィオナは、頷きながらも後ろを振り返った。
「忠正さんの極刑回避を祈っているのは、私だけじゃないです」
その視線の先には、フィオナと同じように心配そうな表情をしたルシルやエルザ、ブリジッタ達がいた。
「みんな、忠正さんがどんな人なのか、どれだけ誠実で優しい人かを知っています。だから……」
言いかけて声に詰まったフィオナの態度にライズは思わず苦笑を浮かべた。
「……果報者ね、あの子は」
そう呟きながらライズは冷たく閉ざされた扉を仰ぎ見た。
燐光灯ではない蝋燭の揺らめく光に照らされた赤い絨毯が、まるで血の海のように目に映る中、セサ大公は感情を排した事務的な口調で言う。
「私はキサラギ曹長の事を存じ上げないので、あくまで慣例と常識に従った判断をさせてもらうが、国王暗殺は何かを考慮するまでもなく立派な国家反逆罪であり、重罪だ。常識的に考えても極刑が妥当だと考える」
その冷たい宣告と極刑という言葉の重みに、忠正は覚悟をしていたとは言え喉の奥が詰まる様な感覚を覚えた。
「……そうですか。では、エリータス中佐はどうお考えですか?」
プリシラに水を向けられてジョアンは戸惑ったように何度も素早く瞬きをしたが、軽く咳払いをすると忠正の方を見ないようにしながら言う。
「キサラギ曹長は我が海軍の重要な人材であり、これまでのドルファンへの貢献を考えれば減刑処置があってもおかしくないと考えます。しかし……」
言いながら眉根を寄せて渋い顔をしたジョアンだったが、しばらく黙った後、意を決したように忠正の方を見た。
「その貢献があったとしても女王の命を狙うなどと言った事は許容出来ません。王室会議のエリータス家の名代としては、セサ大公の意見に同意いたします」
そう言いながら立ち上がったジョアンは、忠正の隣まで行くと、踵を返してプリシラに跪いた。
「しかし、キサラギ曹長は私の部下です。部下の行いはすべて私の責任です。キサラギ曹長を処刑するならば、何卒私を処刑してください」
言い切った上長がどんな表情をしているのか、忠正は見る事が出来なかった。
ドルファンに来たばかりの時はジョアンから歓迎はされていなかったというのに、今この瞬間、この上長は自分の為に命を投げ出そうとしてくれている。
その強い覚悟に、言葉に出来ない程の嬉しさとそれ以上の申し訳なさで顔を上げれば涙があふれてしまいそうだったからだ。
プリシラはそんなジョアンの行動をみつめつつ、深いため息を吐いた。
「エリータス中佐の気持ちは理解しているつもりですがそれは別の話です。上長として責任を取るおつもりでしょうが、今はキサラギ曹長の処遇についての審議です」
きっぱりと言い切るその言葉には強い意思が込められていたが、少し間を置いて柔らな口調で続ける。
「私も命を狙われた張本人という事もありますが、これまでのキサラギ曹長のドルファンへの貢献と、これからのドルファン奪還の事を考えれば彼の知略と勇気は必要不可欠であり、この場で処すべきではないと思っております。キサラギ曹長のドルファン奪還までの期間の処罰の保留を提案いたします」
その言葉にジョアンは思わず顔を上げて身を乗り出した。
しかし、プリシラは小さく首を振りながら言う。
「とは言え、ここは仮初とは言え由緒正しい王室会議の場です。すべての結論は議員たるメンバーによる投票の結果に委ねられ、その決定は王である私にも覆せない絶対のものです」
それは死刑宣告だった。
ドルファン王室会議は国王であるプリシラを始め、旧家の両翼と呼ばれるピクシス家とエリータス家、貴族のディビチ家、そして一般市民代表のリンダ・ザクロイドの五人による多数決ですべてを決定する。
この場にいるのはプリシラとピクシス票の代理であるセサ大公、エリータス家の名代ジョアンのみ。
票は三つ。そのうち二票が極刑を支持している以上、結果は明白だった。
女王に刃を向けた以上、それは避けられないものであると理解をしていた。
しかし、処刑をされるとしてもこの場で果ててしまうわけにはいかなかった。
ドルファンの傭兵として海軍に配属されている以上、ドルファン奪還作戦までは責任を持ってやりとげなければならない。
アンの未来を守れなかった忠正にとって、ドルファンの未来を守る事が自分の為に散っていったアンとの約束を果たす事に繋がると結論づけていた。
処刑を免れなかったとしても、アンやフィオナ達の想いにだけは応えたい。自分を信頼してくれた人たちの為にも、せめてドルファンの為に戦いたい。
それが終わった後ならば処刑などいくらでも受け入れよう。
心の中でそう誓った忠正がその主張をしようとした時、同じタイミングでプリシラが言葉を発した。
「キサラギ曹長の極刑が二票。処分の保留は一票」
残酷な響きを含んだその宣言にジョアンは無念そうに顔を伏せる。
忠正は謁見の間の赤い絨毯を睨みつけたまま、握った拳から血が滲み出てくるのを感じていた。
自業自得と言えばそれまでだが、こんなところで志半ばに処刑されるのはあまりにも耐えがたかった。
忠正の放つ無言の口惜しさを敏感に察しつつも、プリシラは口調を変えずにゆっくりと言う。
「ですが、王室会議は通常五票による投票で決定を下します。慣例に則り、欠席となる二票については議長である私に委任される事となります」
一瞬、忠正もジョアンもその言葉の意味がわからなかった。
まさか、という思いが頭を駆け巡りその判断に困惑している中、あくまで公平を装ったプリシラの事務的な声が降ってきた。
「結果、極刑二票、処分の保留は三票とし、本王室会議はタダマサ・キサラギ曹長の処分を一旦保留とする事を決定いたします」
その言葉に二人は思わず呆けた顔を見合わせてしまった。
忠正とジョアンのそんな反応に小さなため息を吐きながら微笑んだプリシラは、幾分柔らかな口調になって続けた。
「保留の期間はドルファン奪還が成功するまでとし、それまでの間はキサラギ曹長の軍務への参加を認めます。ドルファン奪還が成されたら、その時は改めて裁きをする事。こんな感じでどうかしら」
言いながらわずかに振り返って視線を送られたセサ大公も、さきほどまでの冷たい表情を緩めながら言う。
「これは臨時とは言え慣例に則った正式な王室会議の決定ですので、私は異論ありません。女王陛下のご賢明な判断に感服いたしました」
「エリータス中佐もそれでいい?」
プリシラに言われてジョアンはあわてて答える。
「は、はい。もちろんです!」
それを聞いたプリシラは玉座から立ち上がり、ゆっくりと忠正の方へと歩み寄った。
そして今度は女王らしい威厳のある声で言った。
「キサラギ曹長。私はあなたがこれまでドルファンの為に戦ってくれた功績を忘れてはいません。そして、ドルファン存続をかけたこの局面も、あなたという人間の助力が絶対に必要だと思っています。あなたが自身の行いを悔いているのならば、与えられた猶予の中でしっかりと行動で示してください」
――信じがたい言葉だった。
自分の命を狙った人間に対して言える言葉だろうか。
完全な逆恨みと半ば自棄になって行われた自身の暗殺未遂の犯人に対してのこの判断。
その王としての器の大きさ、寛容さに、忠正はまさに顔を上げる事が出来なかった。
それと同時に、これほどの人物を殺そうとしていた自分の浅ましさに言葉に出来ない程の後悔と怒りが湧いてくる。
それらの感情を噛みしめながら、忠正は緊張でカラカラに渇ききっていた唇から、ようやく言葉を絞り出した。
「……仰せのままに」
その言葉に満足そうに頷いたプリシラは、いつもの茶目っ気のまじった声で言った。
「では、本王室会議はこれにて閉会とします。ドルファン奪還に向けて、これからが本番なんだからね!」
謁見の間の重厚な扉が開いていくと、その前で固唾を飲んで見守っていたフィオナ達にわずかに緊張が走った。
中から最初に出てきたのはジョアン・エリータスだった。
「お父様! 忠正さんは!?」
思わず詰め寄ったフィオナの勢いと一斉に注がれる視線にジョアンは驚いたものの、娘の肩に優しく手を置いた。
「大丈夫だ。プリシラ様のご高配により、処分は延期になった。少なくともいますぐ処刑されるような事はない」
「——っ!」
フィオナの双眸から涙が溢れるのと同時に、集まっていたルシル達から歓声が上がった。
「良かった……本当に……!」
安堵の涙を流すフィオナに、サラが同じように泣きながら抱き着いた。
見ると、忠正の無事で涙を流しているのはこの二人だけではなかった。
フィオナ達の後方にいたプリムやブリジッタも涙を流しているし、自分の部下で真面目で堅物なはずのエルザに至ってはまさに泣き崩れるという表現がぴったりで、ルシルに支えられてようやく立っていられる様相であった。
忠正の予想外の人望と、娘の思い入れにジョアンが苦笑いを浮かべる横を、ライズが音もなく通り過ぎて謁見の間へと入っていく。
ちょうどジョアンの後から部屋を出ようとして歩いていたプリシラの姿を見つけ、その横に歩み寄った。
「うまくまとめてくれたみたいね。一応お礼を言っておくわ。ありがとう」
息子の命が掛かっていたにもかかわらず、ライズの相変わらずの態度にプリシラは呆れたように言う。
「本当に感謝してよね。わたしにだって一国の王としての立場ってものがあるんだから」
「欠席票が議長に委ねられる事は、身をもって経験していたから」
「わたしが極刑を支持する事だってあったかもしれないじゃない」
子供のように頬を膨らませて抗議するプリシラに、今度はライズが呆れたように答える。
「それはないわ。ドルファン奪還の作戦は忠正が考えたものがベースだし、あなたもそれを解っているからこそ、上手く立ち回ったのでしょう」
「それはそうなんだけど。なんだか納得いかないわ!」
不貞腐れるプリシラに、ライズはわずかに微笑んでみせた。
昔と何も変わらない、この些細なやり取りが懐かしかった。
ライズは視線を移して、少し先で玉座に向かってまだ跪いたままの忠正の方を見た。
普通の母親であれば優しい言葉の一つでもかけるものなのだろう。
だがライズには忠正が今何を考えているのか理解できていた。
彼の頭の中では、すでにドルファン奪還の具体的なシミュレーションが始まっているはずだ。
命を繋いだのなら、責任を果たすために行動する。
それが騎士の正しい生き方なのだ。
忠正の背中に未来へ羽ばたく為の翼が見えたような気がして、ライズは目を細めた。