続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【91】時を結ぶリボン

 セサの首都を離れ、ヴァン=トルキアの領土内を二頭曳きの馬車が速歩で走っていく。上級貴族の旅行に使われるような黒塗りの立派な装いだが、ある程度長距離移動に耐えられるように荷室のスペースが設けられているような仕様は人目を引く。

だが、なによりも人目を引いたのはその馬車が掲げている旗だ。

盾を背景に白い蛇が剣に巻き付いたその紋章は、セサ公国国王フランチェスコ・セサ大公専用のものである事はトルキア地方の者なら誰でも知っている。

その旗を高々と掲げた馬車が街道を走っているので、道行く人々はセサ大公がヴァン=トルキアのヘレニガム王に接見する為だろうと誰もが思った。

 

 その馬車の客車には、ロゼッタ・ハイマーとパトリツィア・オーエンズ、そして如月忠正の三名の姿を見る事が出来る。

三人はむっつりと黙ったまま、それなりに揺れる車内でそれぞれが思い思いの行動をしていた。

ロゼッタは窓の外を流れる景色を眺めている。

パトリツィアは目を閉じて微動だにせずにいるが、眠っていない事は明確だ。

忠正はと言うと、フィオナから預かっているエリータス家のナイフをじっとみつめていた。

 

「いい娘よね。ちゃんと挨拶はしてきたの?」

 

不意にロゼッタに声をかけられて、忠正は顔を上げた。

 

「一応は。彼女は燻っていたオレをもう一度焚きつけてくれた。その恩には報いるつもりだ」

 

忠正が神妙な口調で言うと、それまで目を閉じていたパトリツィアが目を開いて幾分恨みがましそうな声を出した。

 

「恩に報いる気があるなら、せいぜい死なない事ね。あの娘はあなたと生きて再会することを一番望んでいるわ」

 

その言葉に忠正は若干の驚きを感じていた。

以前パトリツィアとフィオナについて話をした事があったが、その時はフィオナがどうなろうと構わないといったような論調だった。

だが、目の前にいるパトリツィアは明らかにフィオナの気持ちを汲み取った上で発言していたし、その言葉の裏には深い感情があるように感じられた。

 

「キミも彼女によって変わったんだな」

 

忠正が言うとパトリツィアは不機嫌そうに顔をしかめたが、金色の三つ編みを結っているリボンを指で触ると小さなため息を吐いた。

 

「私は変わっていないわ。ただあの娘は図抜けたお人好しだから、隣で見ていると心配なだけ。特にうじうじと悩むような傭兵なんかに引っかかったりしないか」

 

その鋭い舌鋒は相変わらずだが、言葉の裏にフィオナへの確かな愛情を感じ取った忠正は思わず肩をすくめた。

 

 

 

 二人のやりとりを聞いていたロゼッタは苦笑を浮かべつつ、この朴念仁の弟をここまで想ってくれているフィオナへの感謝と、シュバルツで育ってきたからこそ色々な感情に乏しかったパトリツィアがここまで想いを口にするようになったことに胸が詰まる様な思いを抱いていた。

 

 母ライズがシュバルツデスアプグルント騎士団の存在を察知し、内情を調査し始めたのはロゼッタと忠正が十四歳の時だった。

その時には忠正はすでにスィーズランド軍に入隊しており、家にいたのはロゼッタだけ。

天真爛漫な性格ではあるものの、感情の機微に敏感で観察力の鋭いロゼッタは、父母が普通の人間ではない事を幼い頃から察知していた。

 

 十五になった時、ライズから自分の出自に関する詳細を聞かされた。

母ライズはかつてドルファン王国の正当な王位継承者だったデュノス・ドルファンの娘であり、その子供である自分と忠正はドルファン王家の血筋である事。

顔の火傷によりドルファンを追われたデュノスのその後と、復讐の為に結成されたヴァルファバラハリアンという傭兵軍団の事。

ライズがその傭兵軍団の隊長の一人で、隠密のサリシュアンという名前を持ちドルファンに潜入していた事。

そして、プリシラの暗殺を巡ったやり取りと、ヴァルファの瓦解、外国人排斥法による国外追放に至るまでの経緯。

 

 それは、その血筋に生まれてしまったが故に、知らないままではいられない事実だった。

その歴史の裏に消されてしまった事実を知らないままで生きていけば、おそらく一般的に言われる普通の暮らしは出来ただろう。

だが、その血筋故に命を狙われる可能性は付きまとうし、仮に自分が家庭を築いたりした場合、突然の災禍に襲われる可能性だって高い。

 

 母がその事実を自分に伝えたのは、そういった事を考慮した上でだと言うのはすぐにわかった。

本来ならばその事実は双子である弟の忠正と分かち合うものだったはずだったのだが、忠正はすでに家を出てしまっている。

そんな状況が、ロゼッタのそれからの行動を後押しした。

 

 

 幸か不幸か、ロゼッタは幼い頃より父親の扱う剣術に憧れを持っており、剣の修行を重ねてきていた。

その実力は持って生まれた天稟もあり、十五歳にして大人の騎士でも足元にも及ばない程になっていた。

彼女はその剣の腕を活かして、父母の役に立ちたいと考えた。

スィーズランド軍の剣術指南役として所属している父は国を離れる事は出来ないし、母もその素性の所為で自由には動けない立場。

 

 そうであれば、事実を知っている娘として自分が秘密裏に動けばいいのではないか。

その決意を父母に伝えると当初はひどく反対されたが、シュバルツの勢力は日に日に活発化していき、ドルファンへの侵略が本格化していくに従ってロゼッタの申し出は必要性を増し、ついにはライズも折れざるを得ない状況となっていった。

 

 こうして表向きはドルファンへの復讐に燃えるヴァルファバラハリアン八騎将の娘であり、そしてドルファンを追われた幻の聖騎士の剣を受け継いだ娘という肩書でシュバルツデスアプグルント騎士団に接触し入隊を果たしたのだった。

もちろんシュバルツの団長であるヴァルデマールは無条件にロゼッタを信用したわけではなかったが、デュノス・ドルファンの血脈を理解していた為、ドルファン侵略にとって便利に使える可能性を考慮しての事だった。

 

 そこからロゼッタの二重生活が始まる。

冷徹で残酷な剣士を演じて信用を勝ち取りつつそこで得た情報をライズに提供していく。

表面上はドルファン侵略の片棒を担ぎつつその裏ではそれを阻止するための行動をする。

自分で選んだ道だったとは言え、信用できる者が誰もいない状況での潜入活動は想像を絶する過酷さだった。

 

「ロゼッタ様?」

 

つい物思いに耽っていたロゼッタは、心配そうに顔をのぞいたパトリツィアに微笑んで見せる。

 

「大丈夫よ。ちょっと色々と思い出しちゃってね」

 

 過酷なシュバルツでの潜入の中で乾ききっていたロゼッタの心に、わずかな潤いを与えてくれたのは、このパトリツィアの存在だった。

監視役を兼ねて部下として配属されたパトリツィアだったが、その感情を一切排してしまった忠実なヴァルデマールの奴隷とも言える少女の存在に、ロゼッタは心の底から怒りを覚えた。

元来お節介で面倒見の良いロゼッタに、凍り付いていたパトリツィアの心が人間らしさを取り戻す、いや、初めて人間らしい心を持つに至るのにそれほど時間はかからなかった。

パトリツィアが人間らしくなることは、必然的にロゼッタの心の救いにもなっていたのだ。

 

言いながらロゼッタは、不意にパトリツィアの金色の三つ編みを結んでいるリボンに目が留まった。

 

「そのリボン、つけてくれているのね」

 

それはパトリツィアが先んじてドルファンへの潜入に行く際に、ロゼッタがプレゼントをした物だった。

母ライズから幼い時にもらったリボン。

しかし、パトリツィアは彼女にしては珍しく困惑したように視線を泳がせた。

 

「あ、あの……」

 

言い淀んだパトリツィアはわずかに逡巡していたが、意を決したように頭を下げた。

 

「申し訳ございません。ロゼッタ様にいただいたリボンは、フィオナ・ロベリンゲを救出する際に燃えてしまい……。これはその時にフィオナ・ロベリンゲが代わりにつけてくれた物でして……」

「ああ、あの時」

 

しょぼくれたパトリツィアに対しロゼッタはあっけらかんと笑った。

 

「そんな事、気にしなくていいわよ。形ある物はいつか滅すると言うじゃない。確かに私にとって宝物だったけれど、パティが無事だったのだからそれでいいわ。それに」

 

ロゼッタは優しくパトリツィアの髪を撫でていき、リボンに触れた。

 

「フィオナ・ロベリンゲのリボンという事は、このリボンは私がお母様からもらったものと同じだもの」

 

予想外の言葉にパトリツィアだけでなく、隣で聞いていた忠正も思わず呆けてしまった。

 

「ど、どういう事ですか?」

 

戸惑うパトリツィアにロゼッタは少し意地悪な笑みを浮かべて見せた。

 

「どうもこうも、そのリボンは元々フィオナ・ロベリンゲが生まれた時に、お母様が親友であるソフィア・ロベリンゲにお祝いとして送ったものなのよ。変わらぬ友情と、娘同士の将来の友情を祈って、同じものを娘である私にもプレゼントしてくれたの」

 

信じられないと言わんばかりにリボンをみつめるパトリツィアに、ロゼッタは柔らかく言った。

 

「お母様とソフィア・ロベリンゲの友情の証が、時を超えてパティとフィオナ・ロベリンゲの友情の証となっているなんて、感慨深いわ」

 

パトリツィアは神妙な顔でリボンを握ると、目を閉じて呟いた。

 

「友情……。フィーと私は……」

「その友情に報いる為にも、絶対に失敗できないわね」

 

そう言いながらロゼッタは忠正を見る。

言い知れぬプレッシャーを感じながらも、いつものように冷静に、そして自信を含んだ顔で忠正が頷く。

 

「成功の可否は、オレ達三人にかかっているんだ。オレ達が失敗しなければ大丈夫さ」

 

 

 

 忠正の作戦はシンプルだった。

少数精鋭のメンバーでヴァルデマールを暗殺する。たったそれだけの事だ。

ヴァルデマールは次の満月の日に銀月の塔で大トルキア帝国の王として王位継承の儀を行う。

銀月の塔自体はそれほど大きな塔ではないので、必然的にヴァルデマールも少数のみで上ってくる。

満月の夜というタイミングはわかりきっているので、待ち伏せをして上がってきた所を仕留めるだけだ。

 

 シンプルな作戦ではあるが、そこには障害が三つある。

まずはヴァルデマール達をその他の隊長から切り離す事。

少数精鋭での計画なので敵の戦力はなるべく分散させたい。

その為には陽動が必要となる。

忠正はその陽動にブルー・セレンディバイト号を筆頭とした海軍の戦力を見込んでいた。

 

 満月の日にドルファン奪還の主力部隊と見せかけた戦力を終結させる。

もともとアルビア、ハンガリアの合同戦力がドルファンに攻め込んできた時、ドルファン海軍の海賊達は戦闘もせずに逃げ出している。

これがそもそもの忠正の作戦の内だった。

敵勢力を前に逃げ出したように見せかけて統率力の無さを強調しておきながら、戦闘によるダメージを回避して戦力を温存させるのが目的だった。

スピードに勝るブルー・セレンディバイトでかく乱し、本来は拠点防衛に真価を発揮するシレーナ・ケ・カンタとその他の海賊の船で特攻をかける。

ドルファン海軍として最高戦力を使った陽動作戦は、シュバルツにもこれが本命の作戦と勘違いをさせるだろうという見込みだった。

 

 二つ目は今や敵の手に落ちているズィーガー砲の存在だった。

シレーナ・ケ・カンタに搭載しているカロナード砲は威力は高いが射程は短い。

射程に勝るズィーガー砲からしてみれば、巨体で足の遅いシレーナ・ケ・カンタは格好の的だ。

なので、このズィーガー砲を封じる事が作戦の成否を分けると言っていい。

しかしこれについてズィーガー砲は間違いなく機能しないと確信に近い自信が忠正にはあった。

その為にドルファンに残ってもらった人達もいるのだ。

 

 そして最後の三つ目。

敵対勢力に対しては防衛の絶対の要である、レッドゲートだ。

レッドゲートを突破しない限り、ドルファン首都城塞の中には入れない。

それはカミツレ地区の遺跡群に位置する銀月の塔へもたどり着けないという事になる。

シュバルツデスアプグルント騎士団は内通者であるアルダナル・ピクシスの暗躍でレッドゲートを突破出来たが、忠正達はそうはいかない。

かつてレッドゲートを突破したという破滅のヴォルフガリオ率いるヴァルファバラハリアンの精鋭部隊も、幹部クラスの犠牲を伴って初めて突破できたという話だ。

 

 しかし、それに関しても忠正はある程度の算段をつけていた。

ドルファン首都城塞をぐるりと囲む城壁だが、すべての場所が完全に警備されているわけではない。

ザクロイド財閥から海軍への支援を取り付けた際に突き付けられた条件。すなわち観光地の警備と治安維持は海軍が行うというもの。

本来は自由気ままな海賊たちがいくら金の為とは言え、忠正たちの指示をすんなりと受けるわけがない。

忠正はそれを見越して、観光客が少なく一番陸軍や王室会議の目が届きづらいカミツレ高原の遺跡群に、ルシルの配下で特に信頼が置けるダークやアルバート達の部隊を配備していた。

こんな時の為の、ある工作の為に。

 

 

「目下の問題はヴァン=トルキア領を抜けた後のドルファンへの道のりだけれど……」

 

不意に言ったロゼッタの心配そうな声に、忠正は懐から一通の封書を取り出して渡す。

受け取ったロゼッタは、封書の中身を取り出して確認するなり驚きのあまりに固まってしまった。

らしくないロゼッタの反応にパトリツィアがその書状を覗き見る。

 

「え……!?」

 

いつも冷静沈着、感情というもの機微に乏しいパトリツィアですら、その中身に驚きを隠せなかった。

 

「これ、本物なの?」

 

ロゼッタの疑心に満ちた言葉に、忠正は事もなげに頷く。

 

「プリシラ様からお預かりした、正真正銘の本物だ。そのサインも本人のものに間違いない」

 

ロゼッタはもう一度まじまじと書面をみつめながら、中身を声に出して読み上げた。

 

「この書状を持つ者たちの通行を妨げる事は一切許されない。また、その行程に最大限の助力を惜しまない事。プロキア=ヘルシオ公国首相、マルコ・ヘルシオ」

 

忠正がもう一度深く頷く。

だがロゼッタは納得いかないように不満気な声を上げた。

 

「どうしてプロキアが? ましてやこんな書状いつの間に手配していたと言うの」

「大トルキア帝国の復活なんてものに肯定的な人ばかりじゃないって事さ。二十四年前のプロキア・ドルファン戦争以来、ヘルシオ公の政治は安定しているし、穏健派の彼はヴァルデマールを良く思っていない」

「だからって……」

「シュバルツが暗躍していたように、プリシラ様やソフィアさん、母さん達も水面下で協力者を募っていたという事さ。セサ大公がオレ達をかくまってくれたように、プロキアのヘルシオ公もプリシラ様の賛同者なんだ」

 

なんとも渋い表情を浮かべたロゼッタは静かに深く息を吐いた。

 

「我が母親ながら、どこまで大局を見通していたのか……。なんだかもう感心を通り越して呆れるわ」

「オレ達も負けていられないな」

 

三人を乗せた馬車は、軽快に街道を走り抜けて行った。

 

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