続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
年内完結はしませんが、冬が終わらないうちには完結予定です~
眺めの良い小高い丘の上で、春の太陽を受けて明るく輝く海をみつめながら、フィオナ・ロベリンゲは小さなため息を吐いた。
きっと今頃は、忠正やパトリツィア、ジョアン達がドルファン奪還にむけて戦っている。
それを考えるとどうしても安全なセサ公国の王城で命の心配もなく、漫然と時間を過ごす事が出来なかった。
何が出来るわけではないが祈りだけでもささげようと思ったが、礼拝堂では想いが伝わらないような気がして、せめて同じ空の下で祈ろうと外に出てきていた。
どれだけ祈ったとしても不安ばかりが押し寄せてきて、結局は心配顔で海を眺めるしか出来ない自分の無力さにため息が漏れるだけだ。
そんな無力感に苛まれていたフィオナの横に、静かにソフィア・ロベリンゲが歩み寄ってきた。
「タダマサさん達の事が心配?」
声をかけられて初めて母親が隣に来ていた事に気づいたフィオナは、一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐに浮かない顔で頷いた。
「忠正さんもパティも、そしてお父様や他にもたくさんの人がドルファンの為に命をかけて戦っているのに、こうして祈ることしか出来ない自分がいたたまれないの。私も一緒に行けたらまだ気持ちも紛れたと思うけれど、足手まといになるのはわかっているし……」
そう言って俯く娘の横顔をみつめてから、ソフィアは海の方へと視線を向けた。
「お母さんも同じ気持ち。私たちは戦士じゃないから、いつだって彼らの無事を祈って待っていなければいけない。それって……とてもつらい事よね」
「お母さん……」
娘に身を寄せながら、それでもソフィアはまっすぐに海をみつめる。
「でも、信じて待つという事も大切なの。すべてが終わった時にどんな形になったとしても、彼らを迎え入れて支えてあげるのは私たちにしか出来ない事だから」
ソフィアのまっすぐな言葉にフィオナは戸惑い気味に頷いたものの、その瞳は翳っていた。
「私もそう思う……思うけれど、どうしても不安がぬぐい切れないの……」
そんなフィオナの肩を、ソフィアは優しく抱いた。
「うん。そうだね」
フィオナは今にも泣きだしそうな顔で肩に頭を預ける。
年頃になってからは甘えることもほとんど無くなったしっかり者の娘がこうやって弱い所を見せるほどに、心の中が不安に支配されているのだろう。
その肩に乗る重さにソフィアは胸が詰まる感覚を覚えた。
「気休めにしかならないかもしれないけれど、お母さんはお父さんたちが負ける事はないって、信じている。絶対に負けない、絶対に帰ってきてくれるって信じられるから」
率直すぎるその言葉に、フィオナは思わず顔を上げた。
「どうして……? どうしてそこまで忠正さんたちの勝利を信じられるの?」
不安に押しつぶされそうな娘の頭を、ソフィアは優しく撫でた。
「信じられる人がそこにいてくれるから、かな。タダマサさんやロゼッタさん、パトリツィアさんたちももちろんそうだけれど……」
言いながらソフィアは昔を懐かしむように目を細めた。
「いつだって私を、ドルファンを守ってくれた人がそこに一緒にいるから」
「守ってくれた……人?」
フィオナの弱弱しい言葉に、ソフィアは静かに深く頷いた。
「そう。私と大切な親友の絆を紡いでくれた、大切な人」
不思議そうに首をかしげるフィオナに、ソフィアは微笑んでみせる。
「幻の聖騎士と呼ばれたあの人がいる限り、きっと……」
パトリツィアの放つナックルダスターの一撃を必死にかわしながら、ロゼッタは何度目かわからない舌打ちをした。
シュバルツデスアプグルント騎士団の英才教育を受けて育ったパトリツィアの攻撃は一切の無駄がなく、一撃一撃が確実に急所を狙ってくる。
対するロゼッタも刀を抜いてはいるものの、相当な手練れであるパトリツィアを無力化するような反撃など出来るはずもない。
相手に怪我や致命傷を与えないように手加減をしながら戦える相手ではない事は、他ならぬロゼッタが一番よく知っていた。
攻撃の出来ない自分と、何の躊躇もなく命を奪う一撃を放つパトリツィア。
その攻防による消耗は圧倒的にロゼッタの方が大きい。
「パティ、目を覚まして!」
必死に叫ぶロゼッタの声が聞こえていないのか、パトリツィアは光を失い焦点の定まらない虚ろな瞳をしているが、それでもロゼッタの動きを子細に観察しているのがわかった。
苦戦する姉に加勢したいのはやまやまだが、レイピアを構える忠正の方も状況はよくなかった。
相対するゴットフリートの構えるツヴァイヘンダーという武器は、全長一メートル八〇センチという長さに四キロを超える重さを誇る大型剣だ。
その重さを支える為に柄の長さが全長の三分の一ほどを占め、本来はその大きさと重さを活かしてポールアックスのように遠心力を利用して振り回すのが一般的な使い方である。
しかし、このゴットフリートという男は、この超重量兵器を初動の動きすら見せずに振り回すのを忠正は知っていた。
プリシラを脱出させる際に、近衛兵の一団を驚くべき速さで吹き飛ばしたのを見ていた。
このリーチの武器をその速さで振り回すとあれば、忠正のレイピアとの相性は最悪と言っていい。
もともと近接での取り回しを考慮して一般的なレイピアよりも刀身を短くしている忠正のレイピアでは、懐にでも飛び込まない限りまともに戦う事すら難しい。
それを簡単に許すような相手ではないだろうし、アンスガーとの戦いの時のように近接用の攻撃手段を確保している可能性もある。
忠正は大きく息を吐くと、小さく首を振った。
ここで躊躇していても時間の無駄だ。遠心力を利用する武器との戦いはアンスガー戦で経験済みなのだから。
レイピアをゴットフリートに向けると剣先を小さく揺らしながらフェイントを混ぜる。
ゴットフリートはそれには反応せず脇構えのように剣を右脇に下げて後ろに引くと、何の前触れもなく一気に横から振り抜いた。
近衛兵達を吹き飛ばした一撃。
それを警戒していた忠正は刀身ではなく、回転の軸となるゴットフリートの動きに注目しながら一歩だけ体を引く事でそれを躱す。
剣の間合いは刀身の長さと比例するが、それを事前に把握しておけば、その攻撃範囲は予想出来る。
まさに羊皮紙一枚分の差でその一撃を躱した忠正は、左足のバネを最大限に活かしゴットフリートの懐へと飛び込んだ。
鎧を纏っているゴットフリートに斬撃は効果が薄い。
漆黒の鉄仮面にわずかに開いているのぞき穴目掛けて正確無比な突きを放つ。
だがその剣先が仮面を捉える寸前に、忠正は逆に自分の顔面に強烈な一撃を受けて吹き飛んでいた。
吹き飛ばされるに任せつつも受け身をとって着地した忠正は、何が起こったのかたちどころに理解した。
両手で剣を振り抜いたゴットフリートは重量のあるツヴァイヘンダーを振りかぶるような真似はせずに、剣はそのままに右手を放してバックナックルを放っただけだった。
ただ、その速さが尋常ではなかったという事と、鎧の手甲が鋼製だった為に、想像以上の威力を持っていたというわけだ。
口の中に溜まった血を吐き捨てて口元を拭った忠正は、再びレイピアを構える。
頬に激しい痛みと若干の脳の揺れを感じるが、今はそれを気にしている場合ではない。
ゴットフリートも忠正に一撃を与えた事に何のアドバンテージも感じていないのか、落ち着き払った様子で今度はツヴァイヘンダーを正面で垂直に立てて、顔の横まで引き上げて構えた。
明らかに横に薙ぎ払う攻撃ではなく、斬り下ろしに特化した構えだった。
――相性が悪すぎる。どう考えてもローゼの方が対処しやすい取り合わせだが……
視界の端でパトリツィアの猛攻に必死に耐えているロゼッタを確認する。
――これも全部計算ずくってことか……?
忠正はごくりと唾を飲み込むと、レイピアを握る手に力を込めた。
ブルー・セレンディバイト号のかく乱と“白鷲”の船による超遠距離からのカノン砲の砲撃によって陣形を乱されたハンガリア・アルビアの連合艦隊に対し、海賊船達は船体をぶつけるように近づいて得意の白兵戦をしかけていった。
本来軍隊の海戦というのは、陣形を維持しての組織だった戦闘を得意とする。
混戦や敵味方が入り乱れての乱戦というものには対応はするものの、現場の判断が求められるために船によって戦力に差が出てきていた。
ましてや訓練されて信頼関係のある連携が組めるような組織ではなく、急造りで出来上がった連合艦隊であるが故に、想定していない事態での戦力分散は如実にあらわれていた。
その点、海賊たちにとっては乱戦こそが海戦だ。
海賊同士の諍い、標的の商船をめぐっての抗争、仲間の船と連携しながらの複数の船での白兵戦。
すべてが海賊にとっての“普通”であり、“日常”なのだ。
数で勝る連合艦隊に対してドルファン海軍が有利に戦えるとすれば、それは乱戦に持ち込む事であり、そうするためには先陣を切るブルー・セレンが機動性で艦隊をかき回す必要があった。
その役割を立派に演じたブルー・セレンではあったが、敵の旗艦を目前にその蒸気機関はすでに限界を突破していた。
「あの船を沈めろ、いや……接舷して拿捕しろ! あれは普通じゃない。手に入れて研究するぞ!」
連合艦隊の旗艦船の船橋でブルー・セレンの動きが鈍ったのを見たエルヴィン・ハーンが叫ぶ。
かく乱によって陣形が乱れ、白兵による被害は受けているものの、戦況はまだ数で勝る連合艦隊の方が優位なのは間違いない。
「さあて。ここからが本番だぜ、カワイ子ちゃん」
エルヴィンは肩に担いだ漆黒のハルバートを見上げながら、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
大きさで勝るハンガリアの戦艦が数隻まとめてにじり寄ってくるのを見たルシルは、たちどころにその船の意図を汲み取っていた。
「軍人どもが来るぞ、白兵戦用意! 何も遠慮する事はない。全員返り討ちにして、海にたたき込め!!」
指示を出しながらもルシルは苦い表情を浮かべていた。
このまま艦砲戦に持ち込まれるよりは接舷された方が戦い様はある。
だが、近づいてくる艦の数に苦戦を強いられるのは明らかだった。
甲板上がにわかにざわめき、白鷲の船員達が白兵用の武器や短銃を手に走り回る中、軍服に身を包んだエルザ・ディーリアも勇猛にもカットラスを片手にエルザの隣へと歩み寄ってきた。
「白兵戦ですね。私も戦います」
その強い意志を秘めた凛とした瞳にルシルは思わず小さな口笛を吹いた。
「気持ちはありがたいが、文官殿じゃ役にたたねえな」
「文官であっても私も軍人の端くれ。士官学校で剣術も習っています!」
「矢面で戦うよりも別の分野で適正があったから文官なんだろ」
「それは……」
的確な指摘に思わず言い淀んでしまったエルザに、ルシルはいつものように不敵に笑ってみせた。
「心配はいらない。白兵なんざ、オレ達の最も得意とするところだ」
「ですが……」
それでも食い下がるエルザの肩をルシルは豪快に叩いた。
「あんたの気持ちもわかる。だから文官殿には、船長権限で特命を与える」
「特命?」
怪訝な表情を浮かべるエルザにルシルは真剣な眼差しで言った。
「あんたは船倉でコーミンとメネシスと共にエンジンを守ってくれ。そこに敵兵がたどり着くことは万が一にもありえないが、もしもという事もある」
大砲の炸裂音と船員達のがなり声が響く中でも、その言葉ははっきりとエルザの耳の届いた。
「もしもそこに敵が来るような事があったら……その時は申し訳ねぇが赤色燃料をありったけぶち込んで、ブルー・セレンを沈めてくれ」
「ルシルさん……!?」
「まあ、そんな事はありえないけれどな!」
そう言っていつものように豪快に笑うルシルに、エルザは顔を歪めた。
「おい、そんな顔するなよ。オレ達は海賊最強を誇る“白鷲”なんだぜ? シュバルツだろうがハンガリアだろうが、誰が相手だろうと負けるわけがないだろ」
エルザは喉元まで出かかった言葉を飲み込みんで必死に微笑んでみせると、言った。
「わかりました。あなたを信じます。私達、負けるわけにはいきませんものね」
「ああ、そうさ。さあ、船底へ行きな!」
押し出すようにエルザを追いやったルシルは、名残り惜しそうな背中を見送りながら苦笑を浮かべた。
頭の良いエルザが状況を冷静に俯瞰しているのはわかっている。
だが、もちろんこんな所で船を沈める気も無ければ、幽霊船の仲間入りをする気も無いのも本音だった。
足は遅いが、切り札となるシレーナ・ケ・カンタが追い付いてくるまで時間が稼げれば状況はまた大きく動き出すだろう。それまではなんとしても耐えなければならない。
ルシルは自分の頬を叩くと気合を入れて叫んだ。
「さあ、野郎ども! “白鷲”の名にかけて、勝つぞ!!」
ルシルの言葉に船員達は鬨の声を上げた。