続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
蒸気機関が使えなかったとしても、百戦錬磨のブルー・セレンディバイト号はそう易々と敵に囲まれるような船ではない。
しかし、圧倒的な数の連合艦隊はエルヴィンの巧みな指示により、徐々にその進路を封じられていき最終的には身動きが取れなくなっていた。
周辺を囲むように陣形を組む連合艦隊の中の、ひときわ大きなガレアス船がゆっくりとブルー・セレンに船体を寄せていく。
その甲板には槍や剣を構えたハンガリアの兵士達が、今にも乗り移ろうとマストに結び付けたロープを手にタイミングをうかがっているのが見えた。
その敵船の巨体を見上げながら、ルシルは腰のナイフを抜いて片手に構えるとそれをかざして甲板の部下達へ叫んだ。
「海賊流のお出迎えをして差し上げろ!」
わあっと大きな声が上がると同時に、海賊たちのガリハント銃が一斉に吠え、黒色火薬の特有の匂いが甲板に満ちる。
激しい白煙と発砲音、目もくらむばかりの激しい光の氾濫に、ロープを手にしていた兵士達がバタバタと倒れていく。
だが、勇敢なハンガリア兵達は仲間の屍を乗り越えて、我先にとブルー・セレンへ飛び移ろうと空中を舞って行った。
「撃ち落とせ!!」
ルシルの怒声にまた激しく銃声が鳴り響く中、海鳥の群れさながらの数のハンガリア兵がブルー・セレンの甲板に襲い掛かった。
空中を舞う勢いのままに斬りかかってくる兵士に、カットラスを引き抜いた海賊達が罵りの言葉を吐きながら応戦していく。
銃声で溢れかえっていた甲板は瞬く間に剣と剣がぶつかり合う金属音に埋め尽くされ、血しぶきが舞った。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、ルシルは得意のナイフ二刀流で大暴れをしていた。
激しく揺れる足場の中、鍛え上げられたバランス感覚とその圧倒的な手数でハンガリア兵達を斬って捨てる姿は、銀色の長い髪のせいもあってさながら怒り狂った戦女神のようであった。
「魚のエサになりたいヤツから掛かってこい!!」
両手に持った大振りのナイフは真昼のまぶしい太陽の光を反射して血で赤くきらめいており、返り血を浴びたルシルの姿にハンガリア兵達の腰は引けていた。
そんなルシルの前に、漆黒の鎧を纏ったエルヴィン・ハーンが一羽の烏のような身のこなしで軽やかに降り立った。
兜をかぶっていない為に金色の髪が露出しているが、他の兵士達とは明らかに一線を画したその出で立ちと雰囲気。そして片手に持たれた長さ二メートルを超す黒一色に塗られたハルバート。
ゲルタニア人特有の鷲鼻にわずかに垂れ目の青い瞳がルシルの姿を捉えている。
「よう、カワイ子ちゃん。さっき目が合ったな。あんたが船長だろ?」
その挑発的な口調にルシルは訝し気に目を細めた。
「そうだ。オレが“白鷲”の船団長ルシル・ルシラ・ド・ベルヴィラだ。あんたの方こそ、この艦隊の指揮官だろ?」
エルヴィンはにやりと笑みを浮かべると、おどけたように答える。
「ご名答! オレはシュバルツデスアプグルント騎士団のエルヴィン・ハーンって者だ。巷じゃ“猛る雷”なんて呼ばれているがね」
「知らねえな」
ルシルは吐き捨てるように言うと、袖で顔にこびりついた返り血を拭った。
その不遜な態度にエルヴィンは眉をしかめた。
「無知とは恐ろしいものだな。あんたのような場末の海賊の娘が大した信念もなくドルファンの飼い犬になっているなんて、なんとも嘆かわしいぜ」
「そっちの方こそ大層な二つ名の割にはペラペラとよく喋る。“吠える子犬”にでも改名したらどうだ?」
二人を囲むようにしていた両陣営の取り巻き達の間に、確かにぴりついた空気が流れた。
エルヴィンは不敵な笑みを顔面に張り付けたままだが、その青い瞳は怒りの色を纏っている。
「俺が雷か子犬か。試してみるかい?」
そう言いながら長柄のハルバートを両手で持ち、刃先を後ろに構える。
ルシルは両手のナイフを逆手に構え、軽く腰を落とした。
次の瞬間、まさに雷の如き速さでエルヴィンの身体が突進してきた。
と、同時にそれなりの重量があるはずのハルバートが一瞬で落雷のようにルシルの頭に襲い掛かる。
ナイフでそれをガードするには重すぎると判断したルシルは、咄嗟に半身を引いてその一撃を躱す。
ハルバートの一撃は明らかにルシルの攻撃の間合いよりも遠く、反撃するだけの距離を詰めるには態勢が悪い。
そう判断したルシルは右手に持っていたナイフをその場で手放すと、腰ベルトに差している四丁の銃の一つを素晴らしい速さで引き抜いた。
狙いもそこそこに引き金を引こうとした時、躱したはずのハルバートが足元から跳ね上がってきて、その銃を弾き飛ばしていた。
「ちぃっ!」
舌打ちをしながら一歩飛び退いたルシルが再び拳銃を引き抜こうとするところに、今度はハルバートの先端の槍のような刃先が襲い掛かる。
「くっ……!」
身体をひねってからくも槍の穂先からまぬがれたルシルは、大きく後退して一本になったナイフを構える。
対するエルヴィンは涼しい顔で、今度は正面にハルバートを構えなおした。
「おい、どうした? 子犬とじゃれ合うにしちゃあ息が上がっていないか?」
余裕綽々なエルヴィンの態度にルシルはいらつきをこらえながら右手にナイフを持ち換える。
あまりの怒りに片方の眉がぴくぴくと痙攣するのを感じながらも、ルシルは冷静にエルヴィンの戦闘スタイルを再確認しようと努めていた。
エルヴィンの持つハルバートという武器は大きな区分では長柄武器に分類される。
槍のような長い柄の先には斧のような刃、その反対に騎馬などをひっかける鉤を持ち、先端には槍の穂先がついている複合武器だ。
槍、斧、鉤のそれぞれの特性を併せ持つ強力な武器ではあるが、その長さ故に重量があり扱いが難しいのと、近接攻撃に弱いという弱点を持つ事は有名である。
実際に対峙するの初めてだったが、そんな事はルシルもよく知っている。
だからこそ初撃を躱したタイミングで近距離戦に持ち込みたかったのだが、その初撃自体が重く、驚異的な速さだった事。やむなく中距離での銃撃に移行したかったが、躱したハルバートの次の一手がまるで生き物のような動きと速さだった事で、完璧に反撃を潰されてしまった。
このエルヴィン・ハーンという男は船の上では不利になりがちな長柄の武器を自在に操り、自分の距離で戦うという事に特に特化している。
大きく距離をとった今の状態では、銃を撃つ事は出来てもエルヴィンの素早さであれば避けられてしまう事は明白で、当てるには近づくしかない。
だが近づこうとすれば再びハルバートの多彩な攻撃に牽制されてしまう事もわかりきっている。
近接攻撃が得意な海賊の戦い方とは圧倒的に相性が悪い。
だが、なんとか懐に入ってしまえばこちらに分がある。
ルシルは一度大きく息を吸って呼吸を整えると、いつものように不遜な態度で言った。
「子犬ってのは得てして予想外の動きをするもので、まあ最初は確かに手を焼かされるもんだ。だが、一度手の内を知っちまえば身の程をわからせてやるのは簡単だろ?」
その言葉にエルヴィンはまたもや不敵な笑みを浮かべてみせた。
「おいおい、たった一度の攻防で俺の手を把握したなんて思っちゃいないだろうな」
「ああん?」
「なぜ俺が“猛る雷”と呼ばれているのか、その体に教えてやるよ!」
そう叫ぶなりエルヴィンは右から横一閃に薙ぎ払う。
しかしその攻撃は先ほどのような速さはなく、横薙ぎだからこそ体重も乗っていない軽い一撃だった。
「なめてんのか!?」
さすがにこんな一撃はナイフ一本でも十分に防御できる。
――受け止めると同時に鉛玉を叩き込む!!
空いている左手を銃把にかけつつ、その攻撃をナイフで受けようとした時、ルシルは何か機械的なスイッチが押されるような音を確かに聞いた。
攻撃を受けたナイフがハルバートに触れたその瞬間。
バチンという何かが爆ぜるような音とともにルシルの身体が激しく痙攣をおこし、その場に膝から崩れ落ちる。
取り巻きの海賊たちからどよめきの声が上がり、倒れ込んだルシルを守ろうと一斉にエルヴィンに襲い掛かった。
しかしエルヴィンは大きくハルバートを振り回し、それを牽制する。
「がっ……ぐ……!」
そのわずかな時間にルシルは震える手で必死に体を起こし、立ち上がる事こそ出来なかったがエルヴィンの方を向いた。
「て、てめぇ、なにをしやがった!?」
声も絶え絶えに喉の奥から声を絞り出したルシルは、体中を走る激痛と手足の痺れに得体の知れない恐怖を感じていた。
その様子をサディスティックな瞳で眺めつつ、エルヴィンは愉悦に浸った声で言う。
「俺のハルバートは特別製でね。疑似的な雷を攻撃に付与する事が出来る。こいつを扱えるのはシュバルツでも俺だけだ。だから“猛る雷”と呼ばれているのさ!」
ロゼッタは次々と繰り出される攻撃を躱しながら、必死に打開策を探していた。
パトリツィアはまるで別人のように何の感情も宿さない瞳で、食らってしまえば致命的な一撃を淡々と放ってくる。
近接格闘に特化しているパトリツィアを相手に、剣術に優れる自分が刀を振るわずに動きを止めるのはハードルが高い。
とは言え、このまま体力ばかり消耗していけばジリ貧なのは間違いない。
それに忠正とゴットフリートの相性が悪いのも明白で、このまま放ってはおけない。
気ばかりが焦っていき答えが見つからない中、一瞬思索に耽った瞬間にパトリツィアの強烈な蹴りが襲い掛かり咄嗟に刀の側面で受けたものの、激しく吹き飛ばされてしまった。
慌てて受け身を取って転がりながら立ち上がったところに、すかさず距離を詰めていたパトリツィアがナックルダスターで頸動脈を正確に狙ったストレートを放つ。
確実に命を刈り取りに来ている一撃に、ロゼッタの騎士としての本能が考えるよりも先に体を動かしていた。
ナックルダスターの一撃を刀の柄で的確に防御し、それと同時に反撃の蹴りを放つ。
パトリツィアが暗示を受けて戦いが始まってから初めてのロゼッタからの攻撃であった。
パトリツィアはそれを防ぐこともなくまともに食らい、地面にごろごろと転がった。
ロゼッタは思わず攻撃してしまったことにハッとした顔をしたが、すぐに首を小さく振った。
近接格闘のスペシャリストであるパトリツィアが、カウンター気味だったからといって格闘素人の自分の蹴りが躱せないはずがない。
その違和感こそ何かのきっかけになるかもしれない。
パトリツィアはすでに立ち上がっており、再び素晴らしい勢いでこちらに殴りかかってくる。
ロゼッタは小さく息を吸ってタイミングを合わせると、ナックルダスターの小指側についている小さな刃を見極めて、それを刀で受け止めた。
まさに達人の技と言えたがロゼッタはそれだけで止まらなかった。
左手で腰に差した刀の鞘を素早く逆手に持って引き抜くと、抜刀術の要領でそのままパトリツィアの横腹に叩きつけた。
またしてもパトリツィアはそれを防御の素振りも見せずに食らってしまう。
だが、まるで痛みを感じていないように、前蹴りでの反撃を試みてくる。
それを後ろに飛び退いて避けたロゼッタは、一人で力強く頷いた。
――このパティは防御という概念がない!
それは強い催眠効果によって殺人マシーンと化したが故の反作用だった。
パトリツィアは幼少期からの戦士としての教育課程の中で、少しずつ刷り込みのように特定の言葉を聞くと自分の意志が無くなり目の前の敵を排除するまで止まらないように暗示をかけられていた。
それこそがシュバルツデスアプグルント騎士団の忠実な“犬”としての教育であり、ヴァルデマールがロゼッタの監視役としてパトリツィアを配置した一番の理由だった。
つまりパトリツィアが万が一に裏切ったとしても、その暗示を解放する為の言葉を聞かせることさえできれば、いつでも自分たちの意のままにする事ができるということだ。
しかし、その暗示は強力過ぎるが故に、ロゼッタが見破ったように攻撃一辺倒になってしまうというリスクを孕んでいる。
だがパトリツィアをただの捨て駒だと思っているヴァルデマールにとって、パトリツィアが自分の身を守る行動など何の意味もない。
それよりも目の前の敵を確実に葬ってくれた方が“役に立つ”というものだ。
この催眠状態のパトリツィアを制圧するには防御をしないからこそ斬り捨ててしまうのが一番手っ取り早く、確実な方法であることは確かだ。
だがそんな事が出来るはずがないのもまた真理で、ロゼッタは額に浮かぶ嫌な汗を拭った。
「……でも、なんとか出来るかもしれない」
独り言のように呟いたロゼッタは刀を持つ手に力を込める。
忠正の言う通り、何かの暗示を受けているのは間違いない。
そうであればその暗示よりも強力なインパクトを与えれば、パトリツィアの意識を取り戻す事が出来るかもしれない。
その為に出来ることは……
「あんまりやりたい手段じゃ……ないけれど」
そう言いながら漫然と襲い掛かるパトリツィアに向かって、地面を蹴った。