続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
いよいいよ2025年最後の更新となりました!
そして、最後の最後にサプライズ仕込ませていただいております(笑)
やはりこの小説みつめてナイトシリーズには、この人がいないと。
そんなわけで今年もたくさんお読みいただき、本当にありがとうございました。
新年は1/4に更新予定ですが、、、書けるかな??(笑)
もう少しだけ本編は続きますが、来年も紅玉の双騎士をよろしくお願いいたします!
みなさま、良いお年をお迎えください!!
体中を巡るしびれるような痛みと、火傷のような表皮のひりつきに不快感を覚えながらもルシルは気丈にも立ち上がった。
立ち上がったものの今起きた不可思議な出来事に、その顔は訝し気に歪んでいた。
海賊として幾多の修羅場をくぐり抜けてきたルシルをもってしても、今の一撃とこの独特の傷みは初めての経験だった。
ルシルは感覚を確かめるようにナイフを持っていない左手を握ったり開いたりを繰り返しながら言う。
「何をしやがった?」
エルヴィンは不敵な笑みを顔に貼り付けたまま、ハルバートの柄で甲板を軽く叩く。
すると柄の一番後ろの十センチほどの部分が黒い煙を吐きながらポロリと外れ落ちた。
そして漆黒の鎧の腰部分から外れ落ちた部分と同じようなパーツを取り出すと、素早く装着した。
「さっき説明したろ? オレのハルバートは特別製だと。こいつは疑似的な雷を、オレの任意のタイミングで発生させる事が出来る。つまり、オレの一撃は落雷の一撃と同じという事だ」
「は、笑わせるぜ。雷神トールにでもなったつもりか?」
悪態を放ちながらも、ルシルはその言葉もなまじ嘘でもないかもしれないと思っていた。
会話をしながら回復の時間を稼いではいるが、たった一撃でも蓄積したダメージは想像以上だった。
まさに落雷の一撃と言っていい威力だ。
ルシルは大きく息を吐くと、言葉を続ける。
「だが、そんなハルバートはオレも初めて見る。どんな仕組みになっていやがる?」
今は一秒でも時間を稼いで体を回復させたいという気持ちと、敵の司令官であろうこの男をここに縫い付けておけば、敵艦隊は動かないだろうという両方の気持ちからでた言葉だった。
ブルー・セレンは本命ではない。あくまで重要なのは、シレーナ・ケ・カンタの到着まで時間を稼ぐ事だ。
ルシルの思惑など気にも留めず、エルヴィンは愉悦の表情を浮かべたまま上機嫌に答える。
「へえ、いいね。自分がくたばる前に相手の武器の仕組みを知るってのは、魂の救済にはなるかもしれないしな」
「もったいぶるなよ。大した仕組みじゃないんだろう」
安い挑発には乗らないとばかりにハルバートを構えたエルヴィンは、その高圧的な声にありありとわかる侮蔑を込めた。
「もう一発食らってみればわかるんじゃないか? もっとも、先に死んじまうかもしれなが!」
声と同時に先ほどと同じように横払いにハルバートが襲い掛かる。
雷が放てるのなら攻撃範囲の狭い縦斬りよりも、避けづらく範囲の広い薙ぎ払いの方が圧倒的に有利だ。
ナイフで防御をすれば先ほどの二の舞になると踏んだルシルは、そのバランス感覚を最大限に活かして大きく後ろに飛んでそれを躱した。
しかしそれを追いかけるように前へと飛び込んだエルヴィンは強引にハルバートの軌道を突きへと切り替えて、突進の要領で片手突きを放ってくる。
その軌道の変化は非常識ではあったが、それをやすやすと食らうルシルではない。
着地と同時に体をひねり、間一髪のところでそれを躱す。
その瞬間、エルヴィンの頬に勝ち誇った笑みが浮かぶのをルシルは見逃さなかった。
カチリ、とまた何かのスイッチのような音が聞こえたのと同時にエルヴィンのハルバートから空気が爆ぜる音が響き、目を焼くような閃光が溢れる。
「がはっ……!!」
またしても経験した事のないような痛みが体中を走り、右手からナイフが滑り落ちた。
足の筋肉が立つことを拒むようにガクガクと震えて力が入らない。
直接触れる事はなかったのに、ルシルはその場に力なく崩れ落ちた。
「上手く躱したつもりだったか?」
甲板にへばりつくように倒れるルシルの姿に、エルヴィンは目を細めて嘲笑う。
「俺の雷の一撃は絶対不可避! 何人たりとも逃れる事は出来ないのさ!」
そんな勝ち誇った声がもはや遠くに聞こえながらもルシルは今の一撃について、途切れそうな意識の中で必死に考えていた。
刺突の一撃はしっかりと躱していたはずだ。
だが初撃の雷を喰らった時と同じように、何か機械的な音が聞こえた直後に雷撃を受けた。
あのハルバートには手元にスイッチのようなものがあり、それをきっかけに雷を繰り出しているのは間違いない。
魔法や超常的な能力の類ではないということだ。
そうであれば、せめてその仕組みの秘密だけでも解明しておかなければ、無駄死にになりかねない。
それに、常勝無敗を誇ってきた自分に唯一土をつけたのは忠正だけ。
こんなゲルタニアのヘラヘラとした男に負けたとあっては、忠正の沽券にも傷がつく。
その怒りにも似た責任感で体中の痛みに堪えながらも、ルシルはゆっくりと体を起こして甲板の床板に片膝を立てながらも座った。
呼吸は荒く両肩はふいごのように上下しているが、その白に近い灰色の目の奥の光は消えてはいなかった。
その様子をエルヴィンは信じられないといった面持ちでみつめていた。
「驚いたな。俺のハルバートの雷を二発も喰らって動けるヤツなんて、あんたが初めてだ」
ルシルは声を出すのも地獄の業火で焼かれるような感覚だったが、それでも喉の奥から絞り出す。
「つまんねぇ玩具を振り回しやがって。雷なんて言っておきながら、明らかに人為的に作られたもんじゃねぇか」
挑発的なその言葉と、目の奥の光にエルヴィンは思わず口笛を吹いた。
「大した胆力だな、あんた。シュバルツデスアプグルント騎士団の中にもあんたほど肝が据わった女はいない」
「陰気な騎士団への勧誘ならお断りだ。それよりもその玩具には興味があるぜ。それを譲ってくれるなら考えてやるよ」
「へえ」
エルヴィンはその顔に圧倒的な強者の放つ余裕とルシルへの若干の侮蔑も含めた表情を浮かべると、大袈裟に髪をかきあげた。
「面白い。冥途の土産に教えてやってもいいさ。だが、こいつの技術の盗んだところでお前さんじゃこいつを扱えない決定的な理由があるがな」
「子犬専用の縛りでもあるのか?」
「ぬかせ」
言いながら最初の時と同じようにハルバートの柄で甲板を軽く叩くと、柄の一番後ろの部分が黒い煙を吐きながら外れ落ちた。
エルヴィンはそれをルシルの方へ蹴り出す。
ルシルはまだしびれの残る手でなんとかそれを拾いあげる。
それは何の変哲もない、空洞になった金属の筒であった。
「これが何だって言うんだ?」
ルシルが吐き捨てるように言うと、エルヴィンは鎧の腰の部分から同じような筒を取り出して、ハルバートの柄の一番後ろに装填する。
「そいつはもう役目を終えた空っぽだ。今装着した方には液体に溶かした濃ベリ酸溶液が充填されている」
「ベリ酸だと?」
ルシルは訝しむように顔をしかめた。
それはベリ酸というこの素材が、トルキアに生きる人々にとってはどこにでもあるような一般的なものだったからだ。
トルキア地方に生きる人々は明かりとして燐光灯を用いる。
これは油を燃やすランタンや蝋燭に比べると高価なものだが、燃料を使わなくても火よりも明るい光を放ち、その扱いも簡単である為に人々に広く愛用されている。
燐光灯が光を放つ原理は、光源となる燐光石を触媒に触れさせることで化学反応を起こさせるのだが、その触媒として一般的に用いられるのがベリ酸という粉末だ。
ベリ酸自体はトルキア地方ならどこでも採れる石が原料であり、それ自体は決して珍しいものではない。
だからこそルシルの反応がイマイチだったのだ。
しかしエルヴィンは気に留めるでもなくハルバートを肩に担いだ。
「お前さん、燐光石が光る理由を知っているか?」
「ああ? 理由なんて知るか。燐光石は光るもの。それ以上でもそれ以外でもないだろうが」
ルシルの答えにエルヴィンは大きく首を振って見せた。
「嘆かわしいね。知的好奇心を持たない人間というのは」
明らかに人を小馬鹿にするようなその口調にルシルは腹の底に湧き上がるような怒りを感じたが、まだ身体は自由に動かない。
もうしばらくこの嘲りに耐える必要がある。
そう判断したルシルは不本意ながらもエルヴィンに話を合わせる事にした。
「じゃあ浅学なオレに教えてくれないか。燐光石が光る理由ってやつを」
エルヴィンは興が乗ってきたのか、うんうんと頷くと饒舌に語り始めた。
「いいだろう。教えてやるか。燐光石が光る本当の理由というのは、ベリ酸などの触媒と酸素が触れると“電気”を“発電”するからだ」
「“電気”? なんだそりゃ」
ルシルが疑問を持つのも無理はない。
この時代、世界には電気というものはまだ発見こそされたばかりで、その存在を知る者など皆無と言っていい。
事実、海賊として幅広い知識を有しているルシルを持ってしても知りえない事だった。
エルヴィンは勝ち誇ったような顔で続ける。
「まあ、要は雷の素となるような力だと思ってもらえればいい。オレのハルバートは柄の芯となる部分に燐光石を仕込んでおり、それを高濃度に溶かしたベリ酸の溶液と接触させることで、瞬間的に雷と同じ力を得ているってわけだ」
エルヴィンの言っている事の意味が全く理解できないルシルではあったが、要は濃ベリ酸溶液というものを入れた筒をハルバートの柄に装着し、それを手元のスイッチか何かでハルバート内に仕込まれた燐光石と反応させ、事実として雷を起こしているという仕組みだけは想像がついた。
原理などどうでもいい。仕組みさえわかればルシルには十分だった。
「小難しい理論なんてどうでもいいが、そのハルバートをオレが扱えない決定的な理由っていうのはなんだ。今のお前の話じゃ、そのハルバートに仕込まれている仕組みを使えば、誰だって雷を起こせるわけだろう?」
「Genau!」
エルヴィンは自分の話に酔っているのか、興奮気味に手を叩いた。
「お前は思った以上に切れるな。伊達に女海賊なんてやっていないという事か!」
「お褒めに預かり光栄だが、質問に答えろよ」
「せっかちなヤツだ。だが、冷静に考えればわかるだろう? お前の言う通りこのハルバートを使えば誰だって雷を起こす事が出来る。だが、それだけでは意味がない。事実、お前は雷を二発喰らって死にかけているじゃないか」
「何を……」
言いかけたルシルはハッとして言葉を飲み込んだ。
このハルバートを使えば誰でも雷を起こす事は出来る。
だが、雷というものは超自然現象のようなもので、狙った相手にのみ攻撃することなど可能なのだろうか。
爆発するような威力の“電気”と言うものは、そんな一方的に都合よく操れるものなのだろうか。
言葉に詰まるルシルを見て、エルヴィンの目が細く不気味に三日月を描く。
「気づいたようだな。そう、俺は特殊体質でね。雷が一切効かない身体なんだ! どんなに雷を使って攻撃をしても俺には影響しないし、相手だけが勝手にくたばる。だからこそ俺は“猛る雷”という二つ名で呼ばれているのさ!!」
高らかに宣言するエルヴィンの高慢な横顔にルシルは今にも吐きたいほどの嫌悪感を覚えた。
しかし、ハルバートの仕組みとこの男の秘密がわかったからと言って、絶体絶命であるという状況に変わりはない。
多少の時間は稼げたが自分の身体が全くと言っていい程に回復していない。
今も立ち上がろうとして足に力を込めているのだが、激しい痛みとしびれで言う事を聞かない。
もしもう一撃あの雷の攻撃を受ければ、間違いなく冥界の門を開く事になるだろう。
――いよいよ覚悟を決めなければならない、か。
ルシルは勝利を確信してこちらを見下しているエルヴィンを見上げながら、気づかれないように深く息を吐いた。
ラム酒が飲みたい。
強いアルコールで死への恐怖や仲間への申し訳なさを飲み下してしまいたい。
自分を信じて付いて来てくれた“白鷲”の部下たちや、ブルー・セレンを旗艦として戦線を任せてくれたジョアン。世界最速の船を作り上げてくれたコーミンやメネシス、ブリジット。性格は正反対ながら妙な絆が生まれたエルザ。そして、唯一自分を負かした男、タダマサ。
ここまで一緒に戦ってきた仲間の顔が浮かんでくる。
――まったく、らしくないな。
女だてらに海賊船団の長を務めてきたのだ。
こんな一国の運命を背負うような戦いに臨むのは、まったくらしくない。
それもこれも、あの黒髪の青年に一騎打ちで負けたからだ。
まっすぐで不器用だが、海賊娘でも分け隔てなく接してくれた、あのルビー色の瞳。
――エルザの事、笑えないぜ。
そう思いながら苦笑を浮かべた時、エルヴィン越しの敵艦の向こうをゆっくりと進んで行く巨大な船の影が見えた。
「シレーナ・ケ・カンタ!」
思わず声に出してしまった言葉に、エルヴィンが反応して振り返る。
「あの巨大戦艦か! ち、思った以上に時間をくっちまっていたか!」
エルヴィンは再びルシルの方を向くと、ハルバートを頭上に振りかぶって構えた。
「悪いな、子猫ちゃん。お前と遊ぶのは楽しかったが、どうやら時間切れだ」
ルシルは片膝をついた姿勢のままエルヴィンを睨み上げた。
「シレーナが到着した今、あんたらの負けだよ。シレーナが港に入ってしまえば、あんたらの艦隊じゃ太刀打ちできない」
「そうやすやすと入港できるわけがないだろう? ズィーガー砲で沈めてやるさ」
その言葉にルシルは低い声で笑った。
「ズィーガー砲が役に立つと思っているのか? あの時代遅れの対艦砲ならオレ達の仲間がすでに制圧しているぜ」
「なんだと!?」
怒りの声を上げながらもエルヴィンは冷静に考えを巡らせた。
こんな死にかけの海賊の言う事など信じるに足らない。
それよりも早くこの女を始末して、艦隊指揮に戻る方が先決だ。
ハルバートを振りかぶった手に力を込める。
「最後まで強気で、立派だったぜ子猫ちゃん。Adieu, Kätzchen!」
その声とともにハルバートを振り下ろし、手元の雷の発生スイッチを押す。
無慈悲に振り下ろされた刃にルシルは強く目を閉じた。
バツンと空気を切り裂く雷鳴のような音が響き、ルシルは再び体中を駆け抜ける痛みを感じた。
だが、不思議な事にハルバートの刃で斬られたような感覚はなかった。
電撃によるダメージは深く、朦朧とする意識のなかでなんとか薄く目を開くと、自分のすぐ脇に槍が突き立っており、どうやらそれがハルバートの斬撃から身を守ってくれたようだった。
「大丈夫か!?」
途切れそうな意識の向こうから、自分に向けられたであろう声が聞こえる。
どこかで聞いたような、よく知っているような男の声。
視線を上げると霞のかかったようにぼやける視界に、確かに映った。
黒い髪の男。
「た……タダマサ……。来て……くれ、たの、か」
なんとか絞り出したその言葉を最後に、ルシルは意識を失ってがっくりとうなだれた。
シレーナ・ケ・カンタの遥かに背の高いマストからロープで飛び移ってきたその黒髪の男は、咄嗟に投げつけた槍でエルヴィンのハルバートからなんとかルシルを救う事が出来ていた。
かなりの高さから着地をしたにも関わらず、なんの支障もなくエルヴィンの前に立ちはだかる。
ドルファンやハンガリアでは珍しい黒髪に、異国めいた東洋風の顔立ち。
しかし同じような容姿の忠正とは一つだけ決定的に違う部分があった。
その瞳。
エルヴィンを真っ直ぐに見つめるその瞳は静かな闘志に揺らめいて、黒曜石のような黒さを湛えている。
エルヴィンはその突然の乱入者に不機嫌さをぶつける。
「おい、いいところだったんだ。邪魔しないでくれよ」
その感情を受け止めながら、男は静かだが深い怒りを込めた声で答える。
「オレの目には一方的に嬲っているように見えたけれどな」
「それは正当な実力差ってやつだ。強者が弱者をいたぶるのは当然の事。余所者が首を突っ込んでくるな」
「この娘は気を失う前にオレの息子の名を呼んでいた。だとすればオレは余所者ではないし、この娘を守ってやらねばならん」
男の言葉にエルヴィンは足元に唾を吐きながら声を上げた。
「お前……何者だ? 正義の騎士気取りのすかした野郎が俺は一番嫌いだ」
「そうか、気が合うな。オレもお前のような性癖を歪ませた騎士のなり損ないのような男が一番嫌いだ」
「てめえ……!!」
エルヴィンは全身に怒りの感情を纏い、ハルバートを構えた。
「シュバルツデスアプグルント騎士団隊長、“猛る雷”エルヴィン・ハーンだ。お前を殺す男の名だ。覚えておけ!」
対する男は腰に下げたカットラスをゆっくりと引き抜いて右手に構えた。
「オレの名はヒューイ・キサラギ。お前を地獄に叩き落す男の名だ」