続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【98】闇を断つ

 ロゼッタの腰間から光が走ったと同時に、パトリツィアの三つ編みの髪が金色の稲穂の束のように空中を舞っていた。

 

――戦闘のプロフェッショナルであるパティが髪の毛を切られたくらいでたじろぐはずがない。

 

ロゼッタは抜き切った刀を翻し、中空を浮かぶパトリツィアの髪を束ねている赤いリボンに狙いを定める。

このリボンはパトリツィアとフィオナ・ロベリンゲの友情の証。

自分以外の人間に初めて心を開いたパトリツィアにとって、これ以上に大切な物はないはずだ。

それを理解しているからこそこの手段を取りたくはなかったのだが、暴走するパトリツィアを止める方法は他に見当たらない。

ロゼッタはまさに断腸の想いで口を開いた。

 

「舞桜斬!!」

 

父から教わった技の中で、最も得意な技。

風に舞う花びらを一枚も漏らさずに切り伏せるような、圧倒的な速さの連撃。

パトリツィアの三つ編みの束はたちどころにバラバラに切り刻まれ、それを束ねていたリボンはまさに小間切れになって散った。

 

 リボンが切り刻まれるのを視界の隅で確認したパトリツィアは、一瞬その攻撃の手が止まった。

そしてナックルダスターを握ったままの手で自分の首元を確認するように撫でると、まさに手負いの獣のような絶叫を上げた。

何かの言葉ではない。

意味のある言語ではなく、ただただ持て余した感情を吐き出したような叫びだった。

 

 そして、その隙を見逃すロゼッタではない。

素早くパトリツィアの懐へ飛び込むと、刀の柄でみぞおちへの当身を放つ。

近接攻撃のスペシャリストである普段のパトリツィアならば自分の懐への敵からの侵入など絶対に許すはずがないのだが、防御を捨てている今の彼女のスタイルと、大切なリボンを失ったというショックがその隙を作りだしていた。

 

「ぐっ……うう……」

 

いかに正気を失っていたとしても、人間の急所を、達人級の剣士に正確無比に突かれたパトリツィアはくぐもった声を上げて気を失った

ぐったりと倒れ込むその体を支えるように抱き留めたロゼッタは安堵のため息を吐いた。

 

「大切なリボンを、ごめんね……」

 

口の中で呟きながらパトリツィアの身体を手近な木の影に横にすると、ロゼッタは銀月の塔の方へ振り返った。

 

 

 そこで繰り広げられていたのは、一方的な暴力だった。

息をもつかせぬようなゴットフリートの猛攻に防戦一方の忠正。

武器の重量差がありすぎてレイピアで攻撃を受ける事の出来ない忠正は、まさに虫取り網から逃れようとするバッタのように右に左へと飛び回り、無様に転げまわるようにしてその猛攻を躱していた。

相性が悪いのはわかっていたが、反撃の糸口を掴めないでいる忠正の様子にロゼッタは小さく舌打ちをした。

 

 ロゼッタは刀をもう一度握り直すと、地面を蹴って猛然とゴットフリートへと斬りかかった。

顔をすっぽりと覆う漆黒の兜の所為で視界が狭いはずにも関わらず、ゴットフリートは俊敏な反応でその一撃をツヴァイヘンダーで受け止める。

 

「“緋眼のサリシュアン”か。あの犬はどうした?」

「お生憎様だけれど、あんたの思惑通りにはならなかったわよ」

「ふむ」

 

ゴットフリートは特に驚く様子もなくロゼッタの刀をツヴァイヘンダーの側面に滑らしていなす。

ロゼッタは反撃を警戒してバックステップで距離を取ると、忠正に声を投げた。

 

「少し時間はかかったけれどパティは無力化したわ。そっちは随分苦戦しているみたいね」

 

両肩を激しく上下させながら汗みずくになっていた忠正が息も絶え絶えに答える。

 

「正直、ここまで相性が悪いとは思わなかった。あの巨大剣をまるで羽ぼうきのように振るうもんだからさ」

「あんたも羽ぼうきで応戦した方がいいんじゃない?」

「残念ながら埃掃除は想定していなかったもので」

 

軽口をたたき合いながらも二人はお互いが状況を冷静に整理しているのがわかっていた。

 

 ゴットフリートのツヴァイヘンダーはその圧倒的なリーチの長さが特徴的な巨大な両手持ちの剣だ。

通常であればその巨体故の重さが弱点であり、攻撃の型も遠心力を使った振り回しに頼りがちなのだが、ゴットフリートはその卓越した技術と人間離れした膂力でそれを克服している。

まるで普通の剣のように巨剣を振り回されれば、取り回し重視で刀身を敢えて短くしている忠正のレイピアでは、まさに歯が立たない状況だった。

 

 だからと言って、ロゼッタが加勢したところで状況が劇的に改善するわけでもない。

ロゼッタの武器である刀は、刀身は二尺四寸(約七十三センチ)。リーチで言えば忠正のレイピアよりも短い。

しかし刀身の身幅の厚みや造りに関してはレイピアよりも頑丈ではある。

二人が一緒に戦えるのであれば、ゴットフリートの攻撃をロゼッタが受け止め、忠正が反撃をするのが一番理に適ってはいる。

 

 だが、そんな当たり前の戦術がこのゴットフリートという男に通じない事が二人にはよくわかっていた。

まず攻撃を受け止めたところで、たちどころに次の攻撃に移行されるだろう。

そしてたとえ攻撃を受け止められて反撃を試みたところで、身に纏う漆黒の鎧を貫いて反撃を届かせることの難しさ。

攻撃を受け止めてから次の攻撃に移行されるまでのわずかな時間で、動く相手の兜ののぞき窓のわずかな隙間にレイピアを突き立てるだけの精密性が求められる。

忠正はそれが出来ないとは思わないが、数分間剣を交えただけで伝わってくるこの圧倒的な実力者を相手に、そんなチャンスが巡ってくるとはとても思えなかった。

 

 相対する二人に対して油断なく剣を向けているゴットフリートは、ゆっくりと剣を下ろすと剣先を後ろに向け、だらりと脇構えのように刀身を下げた。

ツヴァイヘンダー独特の長いリカッソ(柄)の一番刃に近い部分を右手で、柄頭に近い部分を左手、どちらも逆手で持ちまるで剣先を地面に向けた杖のように持って構えた。

おおよそ普通の剣術ではあり得ないその握りと構えに二人が警戒も露わに戸惑っていると、ゴットフリートはパトリツィアが戦力から外れた事をまるで気にも留めない、冷静な声で言った。

 

「もう間もなくヴァルデマール陛下がいらっしゃる頃合いだ。悪いがこれ以上お前たちとじゃれ合っているわけにはいかん」

 

今日の戦闘で初めて積極的な構えを取ったゴットフリートから漂う殺気にロゼッタは唾を飲み込んだ。

 

「パティがいなくなったにも関わらず、随分自信があるじゃない」

「犬の戦闘力を鑑みた結果、三対一は流石に分が悪いが、お前たち二人との二対一であればそれは大した問題ではない」

「なめられたものね」

 

その言葉がただの自信過剰ではない事を理解しているロゼッタは、慎重に忠正の方へ身を寄せると、耳元に口を寄せた。

 

「まともに戦ったら二人掛かりでも危ないかも」

「わかっている。だが、どうする? 正攻法が一番確率が高いが、そんな隙があるとは思えない」

 

忠正の言葉にうなずいたロゼッタは神妙な面持ちで言う。

 

「これからゴットフリートが仕掛けてくる一撃は、おそらくあいつにとって必殺の一撃だと思う」

「そうだろうな。なんとかその一撃を凌いで反撃に繋げたいが……」

「あんたのレイピアじゃ、とどめを差すにはハードルが高い。とどめは私がやる」

「そこまで言い切るんだから、自信があるんだろうな」

 

ロゼッタは一瞬沈黙したが、静かに頷いた。

 

「自信はあるけれど、この技は速さに欠ける。まばたき程の時間だけれど、あいつが無防備になる瞬間が欲しい」

「必殺の一撃を凌げば、必然的にその時間が稼げるって言いたいのか?」

「理解が早くて助かるわ」

「レイピアとの相性が最悪だっていうのに……」

 

忠正は不満に眉をしかめたが、額の汗を拭ってレイピアを構えた。

 

「なんとかするから、絶対に決めてくれ。追撃を凌げる自信はないぞ」

「わお。責任重大ね」

 

軽い口調で答えながらもロゼッタの目は一切笑っておらず、緊張感と責任の重圧で顔が子強張っていた。

 

 

 忠正が一歩前へと進みレイピアをゴットフリートに向けるその脇で、ロゼッタは刀を鞘に納めるとやや前傾姿勢に体を落とした。

 

「覚悟は決まったか」

 

無感情なゴットフリートの声音の奥にある虚空のような迫力に飲まれまいと、忠正はあえて軽い調子で言う。

 

「ヴァルデマールの野望を挫くためにも、ここで負けるわけにはいかないんでね」

「なぜ抗うのか、私には理解できない。ヴァルデマール陛下はドルファンを亡国にしようとは思っておられない。大トルキア帝国を支える国の一つとして配下に加えるだけだと言うのに」

「れっきとした独立した王国を配下に加えようなんて考えが、そもそも傲慢だって事がわからないのか」

「元々はドルファンも大トルキア帝国の一つだったのだ。それが元に戻るだけだ。問題あるまい」

「問題があったから瓦解したんだろう。大トルキア帝国なんてものは」

「優れた指導者さえいれば瓦解などしなかった」

「それが傲慢だって言っているんだ!」

「愚民共にはわかるはずもないか」

 

大きなため息を吐いたゴットフリートの全身から沸き立つように殺気が溢れ、剣先を地面に突き立てる。

忠正もロゼッタも肌で感じた。間違いなく必殺の一撃が来る。

だが、忠正は無駄に話をしていたわけではなかった。

ロゼッタになんとしても一瞬の間を届ける為に、会話の時間を稼いでゴットフリートがどんな攻撃を放つのかいくつも予想を巡らせていた。

この独特の構えから放たれる一撃は……

 

「散れ!!」

 

ゴットフリートの激しい気合の声と共に放たれたのは、地面を削って解き放たれた最下段からの神速の斬り上げだった。

しかしそれを忠正は正しく予測していた。

あの独特の握りから放てる攻撃は、これしかないはず。

技を見てからでは決して防御が間に合うはずもないその一撃を、すでに予測した動きで半身を引いて躱す。

雷のように駆け抜けた刃が巻き上げた空気が一瞬遅れて忠正の髪を揺らす。

 

――ここから!

 

忠正はレイピアを引くと同時に一歩踏み込んで距離を詰める。

だが兜の奥のゴットフリートの目は、忠正のその動きを捉えていた。

ゴットフリートは振り上げた剣の右手をすでに離しており、左手一本で剣を勢いに任せて後ろに回転させていた。

その半円を描く動きで剣は背中の鎧に衝突するのと同時に、ゴットフリートはその剣を背中で担ぐかのように激しく弾いていた。

 

「ドッペルハウ・ツィアケルッ!!」

 

甲高い金属音と共に加速されたツヴァイヘンダーが今度は頭の上から再び忠正に襲い掛かる。

その速さたるや、まさに神をも屠る連撃と言える、素人であれば何が起きたのかも認知できない程であった。

 

 しかし、忠正はこの二撃目も正しく予想していた。

ゴットフリート程の実力者が放つ必殺の一撃は、必ず相手を仕留めるようなものであるはずだ。

下段からの斬り上げは防御をしづらい。

この神速の斬り上げで仕留められればそれでよし。

仮に躱されることがあっても、相手はカウンターを放つために距離を詰める。

そこにまさかの背中で剣を弾いてさらに加速された上段からの斬り下ろしは、カウンターに対してさらにカウンターを放つという常識外れの一撃だ。

 

 忠正はゴットフリートの自信と構えとから攻撃の流れを予測し、カウンターではなくて防御の為に動いていた。

通常の突きよりもさらに大きく相手の懐へと踏み込み、自身のレイピアでツヴァイヘンダーの剣の根本を受け止める。

“黒い死神”アンスガー・ヘイガーとの戦いで編み出した、回転の中心付近の威力と速度が落ちる部分を狙って受け止める戦法だ。

 

「な、なに!?」

 

過去たったの一度でも防がれたことのないその技を防がれて声が出たゴットフリートは、兜の奥から忠正の後ろに控えていたロゼッタが地面に向けて倒れ込むのを見た。

そして、地面すれすれの超低空で右足を踏み込んだロゼッタの身体が半回転しながら、まるで走馬灯のようにゆっくりと鞘から剣を引き抜いているのが見えた。

 

「斬鉄」

 

冷たいロゼッタの言葉と同時に鞘から解放された刀の一撃は、空に向けて舞い上がる龍の如く駆け抜けた。

 

 

 鉄をも切り通す居合の秘術は、ゴットフリートの漆黒の鎧を紙のように引き裂き、ゴットフリートの身体を右わき腹から頸動脈にかけて叩き割っていた。

そのままの刀の勢いで兜が外れて空中に舞う。

それまで真っ黒な兜で隠れていて見えなかったゴットフリートの顔が露出して、限界まで見開いた目がロゼッタを見ていた。

 

「ば、馬鹿な……最強の門番たる、こ、この私が……!?」

 

そう呟いたゴットフリートの顔は、戦士と言うにはあまりにも不釣り合いな人の好さそうな初老の男の顔だった。

だがその青い瞳の色は灰色く濁っており、ヴァルデマールへの妄信を物語っているかのようだ。

手からツヴァイヘンダーがこぼれ落ち、その巨体が膝を着いた。

 

 

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