続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
アルビア・ハンガリアの連合艦隊の防御網をブルー・セレンディバイト号の特攻でこじ開けて、そこに出来あがったドルファン港への海路をシレーナ・ケ・カンタは燃えるような夕日を背に悠々と進んでいた。
もちろんドルファン海軍の海賊たちを振り払った連合艦隊の船がそれを阻止しようと並走してくるが、海に浮かぶ巨大要塞、シレーナ・ケ・カンタの舷側に装備された一二〇門のカロナード砲が炎を噴き上げ、その接近を許さない。
その巨大な影が刻一刻と近づいてくるのを、ドルファン港の灯台から視認したアルダナル・ピクシスは後ろに控えているドルファンの将校達に向かって金切声を上げた。
「何をしている!? なぜ連合艦隊はシレーナを止められない!」
陸軍の鎧を纏い、少佐の階級章を首元につけた騎士があわてふためいた様子で答える。
「艦隊はシュバルツデスアプグルント騎士団のハーン隊長殿が指揮をしておりますが、何か問題が起きている可能性があります。指揮命令がなされていないという情報が入っており……」
「無能どもめ! それよりもズィーガー砲はなぜ沈黙している!? 連合艦隊の船に当たっても構わん。砲身が焼け溶けるまで撃たせろ!!」
「そ、それが……」
陸軍少佐は跪いたままの姿勢で身を縮める。
「メッセニ中将率いる近衛兵団がズィーガー砲を占拠しており、奪還を試みた我が部隊と交戦中でして……」
「メッセニ……近衛兵団だと!?」
アルダナルは怒りに震える手で少佐のマントの胸倉を掴み、力に任せて引きずり立たせた。
「たかだか一〇〇にも満たない近衛をなぜ鎮圧できない!? 貴様ら、それでも陸戦最強と謳われたドルファン陸軍か!?」
激しい剣幕で叫びたてるアルダナルに、少佐は必死に声を絞り出した。
「お、恐れ多くも申し上げますが、今回の作戦に不満を持つ兵は少なくありません……。プリシラ様がお隠れになって以降、本当にあのシュバルツなる黒い騎士達に従う事が正しいのか疑問を持つ兵がおり、ここにきてシレーナ・ケ・カンタの姿を見て戦闘を拒否する者が続出しております」
「バカな! プリシラは国を捨てて逃げた逆賊だぞ!? 国を売った女だ!」
まくしたてるアルダナルに対し、少佐は胸倉を掴まれた手を振り払った。
「その話の信憑性が疑われているのです。国を売った王族が、わざわざドルファンに凱旋するはずがない、と。あのプリシラ様が国民を裏切るような行動を、取られるはずがないと」
アルダナルは振り払われた手に驚きながらも、少佐を睨みつける。
「戦闘を拒否した兵どもは営倉に入れろ! これが片付いたら国家反逆罪で全員吊るしてやる!」
「本気ですか?」
「当然だ。今はドルファンの存続をかけた最も重要な時なのだ! その大事に戦わん兵など、プリシラと同じ逆賊に過ぎん!」
「……了解いたしました」
暗い声で返答すると、少佐は部下へと指示を出す為に階段を降りていった。
「……愚民共が!」
吐き捨てるように言い捨てたアルダナルの顔には焦りの色がありありと浮かんでいた。
これはアルダナルが予想していたシナリオの中で、想定し得る最悪の状況だった。
シレーナ・ケ・カンタが連合艦隊の網を突破してドルファン港に入港するなど、あってはならないことだ。
もしもあの船にプリシラが乗っており、上陸などされてしまえば情勢は一気にひっくり変えるだろう。
ようやくここまで整えたのだ。
愚かにも王室会議の権威の弱体化を進め、民主主義を取り入れようとするプリシラの意向を抑え、ドルファン王国の歴史を守り国家の存続を第一に考えれば、どうあってもプリシラを排除するしかない。
そして、その後釜として王位に座るのはこのドルファンを最も愛し、ドルファン存続を誰よりも望んでいる自分であるべきなのだ。
王家存続の為に、子供が出来ずに跡取りのいないデュラン国王に、誘拐してきたプリシラを跡取りとしてあてがった父アナベル・ピクシスの工作がそもそもの過ちだった。
ドルファン王国の存続に真に必要なのはドルファン王家の存続だと考えていたアナベルの愚策が、この国の弱体化を招いているとアルダナルは確信していた。
王国の存続に必要なのは、国を愛し国の事を最も大切にする指導者であり、それは必ずしも王家の血を引く者である必要はない。
むしろ過去から今に至るまで国家の為に生きてきた、このピクシス家の長たる自分こそが相応しい。
その強い信念と想いを持っていたからこそ、ヴァルデマールの大トルキア帝国などという絵空事にも付き合ってきたのだ。
そうして手繰り寄せてきた玉座が目の前にあるというのに、愚かな者たちの所為で取り逃がすなど、アルダナルが認められるはずなどなかった。
――すべてはドルファン王国の為。
その愛国心は悪魔に魂を売ってでも貫き通す価値のあるものだった。
「このままでは……終わらない。終われるわけがないではないか……!!」
決意に満ちた声でそう呟いたアルダナルは、踵を返して階段を降りていった。
シレーナ・ケ・カンタの船尾楼にある立派な船長室の中にも漏れ出てくる激しい大砲の破裂音にも関わらず、キャプテン・シートに腰かけたプリシラは瞑想でもしているかのように目を閉じていた。
その傍らには近衛兵団長のコナー・ウォレスが立ち尽くしており、近づく者を一切許さないといった面持ちで真正面の虚空を睨みつけている。
その広くはない船長室のドアがノックもなく開いた。
コナーが瞬間的に鋭い視線を送ったが、ドアを開けたのがライズ・ハイマーなのを確認すると幾分その視線を緩めた。
「間もなくドルファン港に入れるわ。この船じゃ大きすぎるから、小舟に乗り換えて上陸する事になるけれど」
ライズの淡々とした口調にプリシラはゆっくりと目を開けると、ライズのルビー色の瞳がいつも通りの静けさを湛えているのを確認してわずかに微笑んだ。
「わかったわ。上陸用の小舟には誰が?」
「数人の兵力を先行させるけれど、小舟にはそこの近衛隊長さんと私、そしてあなたの三人よ」
「わお。その場を大砲で狙われたらひとたまりもないわね」
コナーの眉がピクリと反応したが、ライズは表情を変えずに答える。
「大丈夫。ズィーガー砲はあなたの爺やが抑えてくれているわ」
「爺やなんて言われているのがわかったら怒るわよ、メッセニも」
今度はライズがその無表情な顔にほんの少しの微笑を浮かべた。
「すでに港に入っている仮面のピエロからの情報だと、港内及びドルファン城周辺の軍はかなり混乱しているらしいわ」
「そう……」
プリシラはやや浮かない顔で頷く。
混乱しているという事は、統制が取れていないという事だ。
自国の軍隊のそんな状況を聞くというのは、複雑な心境なのだろうとライズは受け取った。
ライズはそんなプリシラの思考を断ち切るかのように言う。
「上陸したら真っすぐに王城を目指すという事でいいわね」
プリシラは顔を上げると、今度は力強く頷いた。
「ええ。きっと旧家の両翼……アルダナルもそこにいるはずだもの」
「……わかったわ。あとは銀月の塔のシュバルツデスアプグルント騎士団がどう動くか次第ね」
その言葉にプリシラは女王らしくない能天気な口調で答える。
「そっちは心配していないわ。あの二人なら、きっと上手くやってくれる。ライズだってそう思っているから任せたのでしょう?」
昔と変わらない素のプリシラらしい明るい声に、ライズは思わず苦笑を浮かべた。
そして目を細めると小さな声で言った。
「ええ。そうね。あの子たちならやってくれるわ」
音を立てながら前のめりに倒れ込んだゴットフリートの姿を確認し、ようやく忠正とロゼッタは顔を見合わせて大きく安堵のため息を吐いた。
「そうだ、パティ!」
ロゼッタは木陰に横たえていたパトリツィアに駆け寄ると、慎重に肩を揺する。
「パティ……、パティ!」
何度か揺すり続けると、パトリツィアは薄く目を開きロゼッタの顔を見上げた。
「う……ロゼッタ……様?」
まだぼんやりとした瞳だが、自分の名前を正しく呼んだパトリツィアをロゼッタは思わず抱きしめていた。
「良かった、パティ……!」
パトリツィアが視線だけ忠正の方へ向け、何が起きているのかわからないといった表情をしたので、忠正は肩をすくめながら口を開いた。
「キミはシュバルツの精神攻撃によって意識を失っていたんだ」
「精神攻撃……?」
不安げなパトリツィアに対し曖昧に相槌を打ちながら、忠正は小さく首を横に振った。
覚えていないのであれば言及する必要もない。
敬愛しているロゼッタの命を狙っていたことなど、無理に思い出させない方が幸せだ。
忠正の態度に怪訝な顔をしたパトリツィアだったが、ふと首元に違和感を覚えた。
あるべきだったはずの物がないような感覚に手を当ててみると同時に、全身の肌が粟立つのを感じた。
三つ編みのお下げ髪が綺麗に無くなっており、それを結っていたリボンも同様だった。
「髪が……リボンは……フィーのリボンは!?」
瞬間、苦虫を嚙み潰したような顔をしたロゼッタに忠正は先ほどと同じように首を振ってみせ、言葉を探す姉の代わりに口を開いた。
「キミのリボンはゴットフリートによって切り刻まれてしまった。ローゼはそれを阻止しようとしたんだけれど、オレ達も自分の身を守るのに手いっぱいで……」
パトリツィアはなくなってしまったお下げを探すように首元を撫でていたが、やがて小さな声で頷いた。
「……そう」
たった一言、その言葉の持つ悲壮感にさすがの忠正も居たたまれない気持ちになったが、それ以上に沈痛な面持ちのロゼッタが絞り出すように言う。
「ごめん、パティ」
その声があまりにも悲痛な響きを含んでおり、パトリツィアは慌てて首を振った。
「そんな……! あの、以前ロゼッタ様が仰っていた通り、形ある物はいずれ滅します。それがこのタイミングになってしまっただけです!」
「でも、あのリボンはあなたとフィオナ・ロベリンゲの友情の証だった。あなたにとって初めての友達との、大切なものだったのに……」
仕方がない事だったとは言え、自分が切り刻んでしまった責任を感じているのだろう。
どんな時も明るく、大抵のことは笑い飛ばすロゼッタが落ち込んでいる姿に、忠正は少しだけ驚きを感じた。
しかし、パトリツィアはそんなロゼッタに向けて、落ち着いた声で言う。
「確かにあのリボンは私にとって、自分で思っている以上に……大切なものだったのだと思います。現に今も胸の奥に穴が開いたような気がしています」
「パティ……」
「ですが、それでも大丈夫です。私とフィーは“友達”です。リボンという証がなくても、きっとあの娘なら許してくれますし、きっと何も変わらない。そんな気がするんです」
そう言い切ったパトリツィアの瞳は澄んでおり、先ほどまでの虚ろな瞳とはまるで真逆だった。
そんなパトリツィアの態度にロゼッタは目を細めつつ、短くなってしまった髪を優しく撫でた。
「フィオナ・ロベリンゲとの出会いは、あなたにかけがえのないものになったのね。本当に良かった……。でも、しばらくはあの娘とお揃いの三つ編みに出来なくなってしまったわね」
「ロゼッタ様に編んでいただくのが好きだったのですが……。またすぐに伸びますよ」
そう言って微笑みあう二人の姉妹のようなやり取りを目の当たりにして、忠正はようやく安心して小さく頷いた。
その時、忠正はハッとして顔を上げた。
山並みの向こうでわずかにしがみついていた真っ赤な太陽がその姿を隠し、空を漆黒が覆い隠そうとする中、森の向こうに揺れる松明の明かり。
馬の蹄が大地を蹴る音とガチャガチャと鎧がこすれる音を響かせながら、真っ黒に塗られた装備一式に身を包んだ騎士の一団。
先頭を進むのは間違いなくヴァルデマール・ツヴァイクその人であり、その後ろには十騎程の漆黒の騎士が続いている。
忠正はごくりと唾を飲み込んだ。
「いよいよお出ましだな」
何気なく呟いたその言葉がわずかに震えている事に自分で驚いた。
ロゼッタとパトリツィアも緊張の面持ちで顔を上げた。
「ここが正念場ね」
「敵はヴァルデマールを除くと十二騎です。いずれもシュバルツの中でも、隊長に劣らぬ精鋭達と思ってよいでしょう」
「それはまた……」
忠正は小さくため息を吐く。
「できれば知りたくなかったかもな」
その軽口にロゼッタは口の端でにやりと笑った。
「それで、作戦はあるの? “百識のサリシュアン”さん」
忠正はレイピアを一振りして構え直すと二人に視線だけ向け、力強く言う。
「作戦は”死力を尽くす”だ」
ロゼッタとパトリツィアは顔を見合わせたが、呆れたように笑うと正面を向いてヴァルデマールの方を睨んだ。
「シンプルでいいじゃない。でも、それに一つだけ私から付け加えさせてもらうわ」
忠正が怪訝そうにロゼッタを見ると、ロゼッタは不敵な笑みを浮かべた。
「絶対に生還すること。いいわね」
「……了解した!」
三人は迫りくる夜の帳とシュバルツデスアプグルント騎士団に向けてそれぞれの武器を構えた。
ついにラスボス戦!の前の最後のセーブポイントです。
物語はあと3~5話くらいで完結できると思います。冬のうちには終われそうですねw
どんなラストにするかの構想はありますが、最後のエピローグをどんな形にするか毎日頭を悩ませております。。。
本当にあと少し、ラストスパートにお付き合い下さい。