ルナティック幻想入り   作:アルパカ度数38%

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11-博麗神社2

 

 

 レミリア・スカーレットは嘘つきである。

運命を操る程度の能力は、周りの人間に数奇な運命を与えるだけの能力である。

なのにいつも最初から何が起こるか分かっていた振りをして、あたかも運命を自在に操れるかのように騙っている。

紅茶を嗜むとき、その多くは人間の血であり、実際の紅茶を飲む事はあまり多く無い。

なのにあたかもメイドに茶葉を用いて淹れさせたかのように騙っている。

血族としても別段突出して高貴な血を持っている訳でもなく、本当はただの吸血鬼である。

だのに周りには、ツェペシュの末裔などと名乗っている。

そう、レミリアが何時も気にし、誇っている体面の殆どは、嘘なのだ。

実際のレミリアに、誇りなど無いし、それがどのような物かも、分かっていない。

ただ、それらしい物を演じ、あたかも誇りを重視しているかのように振舞っているだけである。

それが剥がれたとき、自分が価値の低い普通の吸血鬼である事を、それ故に見下される事を、レミリアは何よりもおぞましく思っている。

 

 故にレミリアは、嘘がバレないかどうか何時も何処かで怯えていた。

虚飾を剥ぎ取られた後に残る自分がどんな程度の存在なのか、悟っていたからである。

そこでまずレミリアは、全てを知る妹を幽閉した。

実際には自分より余程誇り高い吸血鬼に相応しい力と風格を持つ妹を、力が強すぎる上、気が触れていると称して。

その時に反抗を恐れながら幽閉を行ったレミリアであるが、その時妹が自分へ向けた視線は、今でも憶えている。

蔑んだ目だ。

路上の腐った生ゴミを見る目だ。

泥だらけになった浮浪者の死体を見る目だ。

糞尿の積もった山を、見下す目だ。

その目が向けられるのが余りにも辛くて、レミリアは妹を幽閉して以来、外に出さないよう最大限に働きかけている。

それでも妹は己の上を行くのだろう、たまに地下を抜けだしては、ちらちらと姿を見せたりしており、全く心臓に悪い事この上無い。

いっそ外に出て、自分の元から居なくなってしまわないものか、と思うこともあったが、元より屋敷より外に出た事のない妹である、外に抜けだしてゆく事は無かった。

一体何時、自分は妹に告発されるのか。

一体何時、自分は嘘つきだと糾弾され、今の地位を追われて地に落ちるのか。

怯えに怯えながら、レミリアはそれを取り繕い長い生を送ってきた。

 

 そこで出会ったのが、パチュリー・ノーレッジだった。

長い時を生きた魔法使いは、知恵を得られる図書館へ住まわせるのと引換に、妹のフランドールをより強力に封じる事に協力してくれた。

お陰で妹が出歩いていている光景は滅多に見なくなり、己の本来の価値の低さを知る者が居なくなった事で、レミリアは気づいた。

最初に感じたのは、ちょっとしたすれ違いだった。

知己となり取引相手ともなったパチュリーとは友情を交わす相手となったが、しかしそれもまた、レミリアが騙る『レミリア・スカーレット』の虚飾の上で行われる行為であった。

故に、生のレミリアと言うべき存在と虚飾のレミリアとの間で意見の相違があった場合、常にレミリアは虚飾の己を優先したし、パチュリーを含めた周りもそれにだけ反応した。

価値の低い生の自分が見出されなかった事で安堵すべき筈なのに、何処かそれが、虚しくて。

何故だろうか。

思春期の人間どもが言う、本当の自分を見て欲しい、なんて言う、甘えた戯言なのだろうか。

馬鹿らしい、己の価値は然程高く無いと思っていたけれど、そこまで低いなんて思っちゃいない。

そんな風に思いつつ思慮を重ねていくうちに、レミリアは気づく。

レミリアの抱いていた思いは、その程度の甘さでは無かったのだ。

本当の自分に、気づいて欲しい。

でも、虚飾を取り除いた本当の自分はてんで大した価値の無いただの子供で、普通はそんなモノを貴重に思う奴など居ない。

なのにその上で、本当の自分を受け入れて、尊重して扱ってくれる他者が、欲しくって。

 

 そんな自分に気づいた時、レミリアが最初に感じたのは、吐き気だった。

価値が低い己を認められず、自分で虚飾を重ねておきながら、それで価値の低い己に気付かれなくなった事を不満に思い。

価値が低いなら高める努力をして皆に振り向かれればいいのに、それを覆い隠すように価値の低さをそのままにしながら、それでも高い価値のモノとして扱って欲しくて。

余りにも、自分がおぞましかった。

妹が己をゴミを見る目で見ていた事にも、成程、納得が行く。

こんな子供で甘える事と自分を騙す事しか知らない自分に比べて、妹は、少し気が触れているような所があるとは言え、天然のカリスマと言うか、そんなような物を持っていた。

そんな妹から見れば、自分がどんな愚物に見えていたのか、目を向けずとも同然であった。

なんと、醜い事だろうか。

レミリアは己の価値がより低い事を思い知り、苦しみ悶えたが、それもおくびにも出さず、存在しない誇りを胸に抱く吸血鬼を演じ続けた。

その甘い希望が、どれほど儚い物なのか、悟っていたが故に。

 

 戯れに時を操る吸血鬼ハンターに名前を付けてメイド長としてみたりもしたが、その主従関係にも生の自分は出てこなくって。

絶望を味わううちに、レミリアは早くも己の寿命が見えてきた事に気づいた。

当然の摂理である。

何せ妖怪とは肉体よりも精神で生きている存在であり、当然、虚構の精神で生き、絶望を味わいながら生きる存在の命は、儚く、短い。

このまま本当の自分を出さず、虚飾に生きれば、早死したと言う事実から、死後遠からず自分の虚飾に気づく者が現れるだろう。

いや、それとも、フランドールが吹聴する方が、早いかもしれない。

あの妹の精神は高い所にありすぎて、レミリアには理解できない所が多い為、どうするのかは分からないが。

さりとて今更本当の自分を曝け出し、生の子供の自分を愛して欲しいと言った所で、冷たい視線と共に溜息をつかれるだけだ。

パチュリーとは図書館を与え、妹を封印する知恵をもらう、契約関係が最初に来る。

咲夜もまた、力で屈服させて名前まで奪った相手だ、畏怖や虚飾への敬意はあっても、生の弱い精神の自分を愛する事は無いだろう。

そんな絶望的な状況にあるレミリアは、代替わりし、スペルカードルールを提唱した博麗の巫女に興味を持ち、紅霧異変を起こす。

全ての人妖に対して平等であると言う博麗の巫女の中でも、今代の巫女は格別であると聞いていた。

故に己もまた、生の自分を悟られても、軽蔑されずに済むのではないか、と期待して。

 

 果たして、期待はほぼ的中した。

霊夢は本当に平等だった。

超然としている、と言っても良い程だった。

形だけ妖怪を退治する側と言う姿勢は止めなかったものの、本気で、どんな人間も妖怪も平等に思っている風だった。

相対して話しているだけで、それがこちらの心に伝わってくるような相手だった。

霊夢の存在は、レミリアの救いとなった。

恐らく本当の自分を暴露して、幻想郷中が自分を軽蔑の目で見るようになったとしても、きっと霊夢は、今までと同じ目で自分を見てくれるに違いない。

そこに一片の好意も混ざってはいないのが少し寂しかったが、虚飾に向けられる好意よりもむしろ、その無関心さがレミリアの好感を買った。

結局、霊夢の存在によって、緩やかに死へと向かっていたレミリアの存在は、安定し始めたのだった。

 

 故にレミリアの中では、何を置いても霊夢が一番だった。

虚飾を張る以上表面上でそう見せる訳には行かなかったが、その内心では常に。

パチュリーよりも。

咲夜よりも。

そしてフランドールよりも。

だから、何かと理由をつけて、レミリアは霊夢の所へ通っている。

そんな折だった。

レミリアが、権兵衛と出会ったのは。

 

 初めて出会った時の印象は、鮮烈であった。

何せ権兵衛と言う男、いきなり血を吸おうとした自分を、あっさりと許したのである。

そのあんまりなあっさりさに、よもや吸血鬼の事を良く知らないのでは、とも思えたが、それはその後幾度かの訪問時の問答によって否定されている。

そんな権兵衛に対しレミリアが抱いた印象は、何処か霊夢と似た、超然とした部分であった。

異様なまでの懐の広さで、そんな権兵衛に、レミリアはある種の期待を向ける事になる。

もしかして。

そんな事あるはずが無いと分かっているのだけれども。

もしかしたら、この男ならば、本当の自分を受け入れてくれるのではないか、と。

 

 すぐに頭を振って、その希望を自らから追い出すが、それでも期待はがっしりと頭に張り付いていて、その残滓は残ってしまう。

して、レミリアは、毎日のように何かと用事を作り、権兵衛の様子を見るようにしてきた。

権兵衛は、劣等感の強い男であった。

何かと自分が悪いと言う事にする癖があり、その度に自虐の念に引きこまれ、己をこき下ろしていた。

その姿は普通、見ていて気分の良い物では無い。

なにせこちらが善意で褒めてやろうとしても、勝手にそれを謎の解釈で、自虐の念に変えられてしまうのである。

残念と言うか面倒と言うか、そんな感想が先立ち、あまり良い感情が芽生える相手では無い。

筈なのに。

何処か、レミリアは権兵衛に親近感を感じていた。

 

「はぁ……」

 

 夜中の自室。

たった一人でベッドの上で、上半身だけ起こしながら、レミリアは溜息をついた。

普段おくびにも出さないが、豪奢で広い室内は、時々自分の小ささを実感させてきて、あまり好きでは無い。

せめてもの抵抗として、レミリアはごろんと寝転がり、シーツをぎゅっと体に密着させる。

そうやって狭い部分に自分を閉じ込めるような行為をしていると、少しレミリアは安堵を憶える。

ふと、フランドールと自分が逆の立場で、自分が狭い地下室に閉じ込められていても、そんなに悪くなかったんじゃないかな、と思い、レミリアは自嘲の笑みを浮かべた。

 

 不思議とレミリアは、権兵衛に親しみを覚えていた。

最初は隣に座るだけだった昼間の邂逅も、何時しかレミリアが権兵衛の膝の上に座る形になった。

さほど厚いとは言えず傷だらけの胸板は、余り頼りになるとは言えなかったが、それでも権兵衛の胸にぐっと頭を押し付けるのが、レミリアは好きだった。

それは単に、シーツを密着させるのと同じ、狭い部分に覆われていたい、という事からかもしれないけれど。

権兵衛との会話も、心地良かった。

権兵衛は然程話術に秀でていると言う訳でも無いのだけれども、必死にこちらの為を思っているのが容易く分かる所作をしているのが、嬉しかった。

矢張りその根底には、もしかしたらこの男なら、生の自分を受け入れてくれるかもしれない、と言う淡い期待があるのだろう、とレミリアは思う。

それはもしかしたら、レミリアを吸血鬼と知る前も後も、態度を変えなかった所にあるのかもしれない。

吸血鬼と言う大きな価値を前にしても感想を変えなかった彼は、物事の本質を見抜く力があり。

既に本当の自分を見抜いていて、それにする対応が、あの優しい対応であるのではないか、と。

 

 淡い期待であっても、一度思ってしまえば、それを根絶するのは難しい。

自然レミリアは権兵衛の元に足を延ばす機会を増やしている。

未だに権兵衛に本当の自分を明かす程の思いは抱いていないし、そうする予定も無い。

しかし不思議と、霊夢とであっている時と同じように、権兵衛を前にすると、救われたような気持ちになるのが分かってきた。

だからレミリアは表面上、恐れられてもいないのに血を吸いかけた為、借りを作ってしまったから、と言う理由をつけ権兵衛の元に通っている。

 

「権兵衛、今頃何してるのかな……」

 

 ぽつり、と呟き、レミリアは窓の外へと視線を向ける。

殆ど新月となった月齢の今頃、月は既に沈み、既に姿を見せる事は無い。

同じ空を見ているであろう権兵衛は、今頃何をしているのか。

怪我人だし、早く寝ようとでもしているのだろうか。

それともそろそろ怪我も治り始めて来た所である、霊夢の家事を手伝いでもしているのだろうか。

それとも、果たして。

ついえぬ想像を胸に、レミリアは、静かに暗い空を見上げる。

明日が楽しみだな、と思いつつ、レミリアは寝起きの眠気を吹き飛ばし、ゆっくりと起き上がるのであった。

 

 

 

   ***

 

 

 

 空を飛びながらも、何処をどう飛んできたのか、藤原妹紅は、自分でも分からなかった。

ただ荒い息遣いと共に胸を上下させながら、ゆらり、ゆらり、と揺れつつ、どうにか縁側で足を踏み出す。

一歩歩く事に頭の中をかき混ぜられるかのような不快感に襲われ、妹紅は顔を歪めた。

吐き気がした。

眼の奥が溶け落ちそうに熱い。

眉間が今にも裂けそうなほど痛い。

肉体の痛みに慣れた妹紅でも耐えかねる、精神が醸しだす心の痛みであった。

 

 権兵衛。

権兵衛、あの何でも受け入れてしまう、聖人のような狂気に満ちた男。

権兵衛、あのドジで抜けていて、でも他人の事を想う事にかけては一人前の、優しい男。

そのどちらとも取れぬ感情を向けていた男は、今や妹紅の最大の敵なのだ。

権兵衛、彼はきっと、あの狂気的な輝夜達の愛情も受け入れて、蓬莱人となるのに、結局了承するだろう。

里で苦境にあっても慧音に頼りきりにならなかった自立心のある男である、すぐには永遠亭へ行こうと思わず、通う程度になるかもはしれない。

それでも輝夜は、きっと妹紅との殺し合いなど目でも無い、とばかりに、権兵衛に掛かり切りになるだろう。

妹紅にとっては憎らしい事態でも、権兵衛はきっと、妹紅と輝夜の殺し合いが無くなる事を、歓迎するかもしれない。

何せ優しい男である、物騒な事なのだから、無くて済むのならばそれで一番だ、と。

それでも、と妹紅は内心で泣き叫ぶ。

それでも、私には必要な事なんだ。

私のやっと掴んだ幸せには、必要不可欠な事なんだよ、と。

 

「——ぅうあ」

 

 乾いた喉は、声らしい声をすら、上げる事は出来なかった。

それがまるで、自分の心の叫びが、発される事すらなく踏み潰されたかのように思えて、妹紅は悔しさに歯噛みする。

憎い。

あの男、権兵衛が、憎くて仕方が無い。

かつて輝夜に思ったのと同じ、八つ当たりの思いであったが、それは確かな憎しみであった。

その憎しみの強さと言ったら、かつてのそれ以上かもしれない。

何せ妹紅は家族を大切に思っていたが故にそれを壊した輝夜を憎んだ。

しかし、今権兵衛にとって奪い取られようとしているのは、輝夜に出会うまで、七百年もの歳月を絶望と共に歩み続け、ようやく得た、それも何時までも続くと思われていた幸せなのだ。

当然家族の情を含む、妹紅のあらゆる絶望と希望、全てを、権兵衛は奪い取ろうとしているのだ。

知らずにとは言え、当然、かつての輝夜以上に憎くて、憎くて、仕方がなかった。

 

「……る」

 

 殺してやる、と妹紅は声にならない声で呟いた。

殺してやる。

私の、不死鳥の炎で、消し炭も残さずに消し飛ばしてやる。

後悔の悲鳴を上げる暇もなく、殺してやる。

そんな決意と共に、妹紅はふらつく歩みを進め、ようやくのこと権兵衛の部屋の前にたどり着いた。

襖に手をかけ、深呼吸する。

乾いた喉が傷んだが、それを無視するよう努めて、妹紅は襖を開け放った。

 

「あ、良かった、妹紅さん。戻ってきてくれたんですね」

 

 笑顔の権兵衛が、それを出迎えた。

そこに近づいて焼き殺してやる、と思う妹紅を裏腹に、はっ、と権兵衛は顔色を変え、布団の中から飛び立った。

想定外の動きに、思わず妹紅は殺意を忘れ、瞬きした。

 

「だ、大丈夫ですか、妹紅さんっ!」

 

 叫んでから、傷が傷んだのだろう、喉を抑えつつ、権兵衛がふらつく妹紅を抱きしめる。

ぎゅ、と自分を抱きしめる権兵衛の腕は、人肌程の体温があって、冷えた妹紅の体には途方もなく暖かかった。

何故だろう、その暖かさが、涙が出そうになるぐらい、嬉しい。

まるで、氷が太陽に差されたて溶けてゆくように、妹紅の体から、憎しみが溶け出してゆく。

駄目だ、これは罠なんだ、と思っても、どうにも体から力が抜けていって。

 

「や……ろ……」

「喉を痛めているんですか? み、水です、どうぞ」

 

 すぐに霊力で浮かされ口に突っ込まれた水差しから、ゆっくりと水が流し込まれる。

まるで砂礫に水が滲み込むかのように、妹紅の乾きが潤ってゆく。

目にその潤いが集まり、ぽろりぽろり、とこぼれ落ち始めた。

やめろ、泣くんじゃない、なんで泣くんだ。

権兵衛だぞ、憎い敵の前なんだぞ!

そう叫ぶ妹紅の内心とは裏腹に、こぼれ出てゆく涙の勢いは、増すばかりである。

力の入らない両手で拭っては捨て、拭っては捨て、とするのだが、焼け石に水であった。

不意に、残る権兵衛の手が、妹紅の背から離れる。

反射的に、行かないでっ! と叫びそうになるのを、どうにか妹紅はこらえた。

すぐに権兵衛の手は妹紅の長い髪にかかり、どうやら髪についた木の枝やら葉っぱやらを取り除いているようだったからだ。

暖かな権兵衛の掌が髪を梳いてくれるのはとても心地良く、権兵衛に揺らされっぱなしだった妹紅の心を落ち着かせた。

まるで子供のように権兵衛に髪を梳かれるままの姿勢で、妹紅は権兵衛の言葉を聞く。

 

「その……何があったのかは、分かりません」

「……ぐす」

「でも、大丈夫、安心して……とまでは言えませんけれど。微力ながら、俺は何時でも貴方の力になれますよ」

「……ちがっ……うぅっ……」

 

 髪を梳いていた手が、再び妹紅の背中を抱きしめる。

再び背中に触れる体温が、どうしようもなく暖かくて。

これ以上無いと思っていた涙が、更に一気に溢れでてきて、手で拭うのが追いつかなくなり、権兵衛の肩へと流れ落ちる。

 

「大丈夫。大丈夫、大丈夫……」

「う、ううっ……」

 

 本格的に嗚咽を漏らし始める妹紅の背を、ぽんぽんと叩きつつ、権兵衛が繰り返す。

まるで子供を扱うような所作であったが、それを嬉しいと感じる部分が自分にあるのに気づき、妹紅は驚愕した。

だって、この男は憎い敵の筈なのに。

私から輝夜を奪ってゆく相手なのに。

なのになんでこんなに暖かいんだろうか。

そう思いながらも権兵衛を抱きしめ返し、泣き続ける事しかできない妹紅を他所に、権兵衛が静かに口を開いた。

 

「俺はかつて、こうやって泣いた人を、どうやって慰めればいいのか、右往左往して、何も出来なかった事がありました」

「………………」

 

 どうやら独白を始めた様子の権兵衛の言葉に、妹紅は耳を傾ける。

ちらりと横目に見た権兵衛はと言うと、感じ入った様子で、返事は期待していないようだった。

 

「そんな俺が泣いてしまった時、風見さんが俺にこうやって、抱きしめてくれたんです」

「………………」

「それで、気づきました。人の暖かさを感じると言うだけの事が、こんなにも暖かく嬉しく、尊い事だったんだって」

 

 無言で、妹紅は頷く。

部屋に入る前は妹紅の中を渦巻いていた憎しみが、何時の間にか、ひっそりと身を潜めてしまった。

未だになにをどうすればいいのかは分からないけれど、何だかよく分からない暖かさが妹紅を包み、安堵させていた。

妹紅が頷いたのを感じたのだろう、権兵衛もまた軽く頭を上下させると、続ける。

 

「良かった……。貴方を俺の暖かさで、少しでも慰める事が出来たのですね」

「………………」

「良かった、本当に良かった……」

 

 そんな風に言う権兵衛に、まるで、権兵衛の方が救われたかのような言い草だな、と妹紅は内心でくすりと笑った。

そして、思う。

こんなにも暖かくて優しい権兵衛となら、私の幸せも、きっとどうにか出来るに違いない。

抜けている所とかが心配だし、そもそも彼自身も大変な状況だし、と考えれば悪い事柄は次々と思い浮かんでくるのだが、それを全て権兵衛の体温の暖かさが封殺して、暖かさで一杯にしていた。

それが幻想だと知りつつも、だから妹紅は思う。

これから何もかもが上手く行くに違いない。

そして私は今よりも更に幸せになれるに違いないんだ、と。

ぎゅ、と権兵衛の体を抱きしめる。

藍染めの、ごわっとした着物の感触が、妹紅の掌に伝わる。

妹紅は、これ以上無く、幸せだった。

その、瞬間までは。

 

「思うならば、これをあの時、輝夜先生にも分けてあげたかったなぁ……」

「……え」

 

 どん、と。

反射的に、妹紅は権兵衛を突き飛ばしていた。

訳がわからない、と言う表情で、権兵衛が床に倒れてゆく。

幸いと言うべきか、家具に引っかかる事なく、権兵衛はそのまま床に倒れた。

ゆっくりと、妹紅は息を吐く。

妹紅の中を、戻ってきた憎しみと、今までの愛しさとが、ぐるぐると渦巻いていた。

 

「やめ……ろ……」

「も、こう、さん?」

「やめろ、取るなよぉぉおっ!」

 

 叫ぶ。

弾かれたように妹紅は飛び出し、権兵衛の上に馬乗りになった。

傷に響いたのだろう、悲鳴を上げる権兵衛。

その悲鳴が心地良くも、嫌だとも思えて、訳が分からず、ふるふると妹紅は頭を振る。

それから、すっと両手を差し出し、権兵衛の首の上に置いた。

ぎゅ、と、締め上げる。

 

「う……ぐ……」

「死ね……死んでしまえ……っ!」

 

 目を白黒させながら喉に手をやり、もがき苦しむ権兵衛。

それは見ているだけで妹紅の心が痛むが、ふるふるを頭を振り、違う、と呟く事で辛うじて手を離さず、妹紅は権兵衛の首を締め続けていた。

 

「違う、これは、そう、罠、罠なんだ! 権兵衛は、敵なんだよっ!」

「ぐ……ぎ……」

「だから、私は、悪く、ないっ! お前の、お前の所為なんだよっ!」

 

 そう叫び続ける事で己に権兵衛の首を絞め続けさせていた妹紅であったが、次第に声が弱まり、手の力も弱まってゆく。

やがて完全に力が抜け、権兵衛の首から、妹紅の手が滑り落ちた。

ごほっ、ごほっ、と咽る権兵衛を他所に、妹紅は告白する。

 

「ははっ、そんな訳……無い、よな。これは、ただの八つ当たりなんだ」

「がほ、げっほっ!」

「でも、止められないんだ。止められないんだよっ!」

 

 顔を覆いながら、妹紅は叫ぶ。

そう、権兵衛の体温は、妹紅を冷静にさせてくれた。

これは八つ当たりだ、こんなことをした所でどうにもなるまい、と。

勿論権兵衛を殺せば、輝夜は怒り狂って再び妹紅と殺し合いを始めてくれるかもしれないが、それは希望的観測と言う物だ。

輝夜が今度は死者蘇生や転生した権兵衛を探す事に全力を尽くす可能性も無いとは言えず、しかも彼女にはそれを可能にしうる月の頭脳がついている。

どうせ殺せぬ妹紅などどうでもいいと捨て置き、死んだ権兵衛に尽力する可能性は非常に高い。

その上権兵衛を殺すと言うのは、人道に反する行いである。

単に権兵衛が狂わしくも善人であると言うだけでなく、友人の信頼に背く行いであり、同時に今こうやって権兵衛に受けた恩にも背く行いであるのだ。

だけど。

だけれども。

 

「だけど、それなら、一体どうすればいいんだ……」

「げほ、けほ、けほ……」

「私は、一体、どうすればいいんだよっ!」

 

 叫び、天を仰ぐ妹紅。

だからといって、妹紅は輝夜との殺し合いを、不死者として唯一の楽しみを手放す気には、なれない。

唯一の消えてなくならない繋がりは、妹紅の幸せを形作る中で、最も重要な物である。

それがなければ、七百年間続いた、孤独の時代と同じ辛酸を味わい続ける事になる。

それだけは、嫌だ。

となれば、矢張り可能性にかけて、権兵衛を殺すしか無いのか。

この、八つ当たりの復讐で凝り固まっていた自分を抱きしめ、溶かしてくれた男を、殺すしか。

涙を零しつつ、妹紅がそっと顔を覆っている手を離した、その時であった。

 

「も、こう、さん」

「………………」

「お、俺に、力になれる、事が、あれば、何、でも……げほ、げほ」

「……あ」

 

 権兵衛の言葉が、天啓をもたらした。

 

「あーっ! あー! あーっ!」

 

 思わず妹紅は、空中を指差し、そうだ、そうだったんだ、と口から漏らす。

そう、当然の摂理。

権兵衛が輝夜に気にされている、と言う時から思い浮かんでもいいはずの、当然思いつくべき考え。

なんだ、そんな事を今まで思いつかなかったのか、と、今までの自分は馬鹿だなぁ、と妹紅は思う。

そう、簡単な事だった。

 

「お前を、権兵衛を、私の物にしてしまえば良かったんだっ!」

「——へ?」

 

 素っ頓狂な声を出す権兵衛に、あぁそうか、と妹紅は苦笑する。

当人の権兵衛であるのに、今回の事情は何も知らないのだ。

全く呑気なもんだな、と思いつつも、妹紅はこの素晴らしい答えの理屈を考える。

原因は、輝夜が権兵衛に夢中になり、妹紅との殺し合いをどうでもよく思ってしまったからである。

ならば当然、妹紅が権兵衛を奪ってしまえば、輝夜は否が応でも妹紅を見るしかなくなってしまうのだ。

肉体的にだけではなく、出来る事なら、その心までも奪えれば、完璧と言えよう。

その為に、まずは、と妹紅は権兵衛の服をはだけさせ、胸に直接手をおく。

 

「まずは、輝夜に取られたとしても、私を思い出させる為に、お前に私をきちんと刻んでおかないと、な」

「え? え?」

「いくぞ。ちょっと、痛いからな」

 

 言ってから、妹紅は掌に不死鳥の炎を顕現させた。

 

「ぎゃああああぁあぁっ!?」

「これで、蓬莱人になる前に、魂まで火傷をさせて……」

「あ、アアア゙ッ、がああぁああっ!」

「何時でも分かるようにすれば、輝夜の元に居たとしても、私を思い出させる事が出来るっ!」

 

 十数秒、権兵衛が絶叫を続ける中炎を顕現させ続けてから、妹紅はそれを消した。

はふっ、はふっ、と酸欠気味に呼吸する権兵衛の左胸は、決して消える事のない火傷が広がっている。

そっと妹紅は、その消えない火傷に指先で触れた。

びくん、と叫びつつ跳ね上がる権兵衛を尻目に、表面の壊死した黒いざらざらする皮膚をなぞる。

これが。

これが、永遠に消えない、私と権兵衛の絆なのだ。

そう思うと、単なる火傷も、愛おしく思えてきて仕方が無く、妹紅は権兵衛の火傷に頬擦りする。

 

「ああ、ぐ、ああぁあっ!?」

 

 と、そこで悲鳴を上げる権兵衛の声を聞きつけたのか、外から巫女と思わしき足音が近づいてくるのに気づいた。

顔を離すのと同時、凄まじい勢いで襖が開く。

 

「何事っ!?」

 

 険しい顔で叫ぶ霊夢に、あぁ、と妹紅はぽりぽり頭をかく。

何せ、よくよく考えたら、今は夜中である。

権兵衛に絶叫させるのは、近所迷惑であろう、謝らねば、と思うと同時、巫女の鋭い言葉が妹紅の胸をついた。

 

「あんた……権兵衛さんを襲ったの!?」

 

 はっ、と、気づく。

今の自分がそう見える位置づけである事に、では無い。

実際に今、権兵衛に取っては、その通りの出来事であった事に思い至ったからである。

何せ権兵衛、出来る事があればするとは言っていたものの、妹紅はそれに対し何の説明もする事無く、実力行使に出たのだった。

ぞっ、と、顔が青くなる。

血の気が引く音を、妹紅は聞いた気がした。

 

「ち……違うっ」

「違うって、あんた、馬乗りになってる上に、権兵衛さんの怪我、酷い火傷じゃないっ!」

「違う、兎に角違うんだっ!」

 

 何せ、妹紅は権兵衛を輝夜から奪わないとならないのである。

それも、出来れば体だけでなく、心までも。

だというのに、こんな、権兵衛に嫌われそうな事をまでしてしまって。

話せば妹紅の言う通りにしてくれたかもしれない権兵衛を裏切って、勝手に永遠に残る火傷まで負わせてしまって。

しかも、その天啓の内容と言えば、よくよく考えれば慧音の信頼を裏切る内容であり、事実、こうやって権兵衛を傷つけてしまっただけでも、彼女を裏切ってしまったと言えよう。

衝撃の事実を悟り、混乱する頭を抱えて、妹紅は立ち上がり、叫ぶ。

 

「わ、私は、そんなつもりじゃ……!」

「そんなつもりって、やっぱりじゃないのよ。あんた、一体どういうつもりよっ!」

「違う、違うんだよっ!」

 

 叫びながら、兎に角この場に留まっているのが嫌で、妹紅は外へと飛び出す。

札で牽制していた霊夢は、権兵衛の保護を優先するようで、あっさりと妹紅の脱出を許した。

夜の冷たい空気を切り裂きながら、妹紅は空を飛び、兎に角神社から離れようとする。

 

「う、うぐうっ、うっ……」

 

 涙がこみ上げてきて、嗚咽が漏れる。

風を切る音がびょうびょうと五月蝿い。

何で。

何で、こんなことになってしまったんだ。

呟きながら、妹紅は顔を手で覆う。

分からない。

何度考えても、分からなかった。

権兵衛から輝夜に師事している事を聞いて。

輝夜が権兵衛を蓬莱人にしようとしている事を聞いて。

権兵衛に殺意を抱いて。

でも、権兵衛に抱きしめてもらったら、それが全て霧散して。

 

 なのに、権兵衛の口から輝夜の名を聞いてからは、全てが駄目になってしまった。

権兵衛への八つ当たりが抑えられなくなって。

それでも駄目だと悟り、殺意を抑えれるようになって。

そして。

権兵衛を自分の物にしようと、思いついて。

気づけば、権兵衛を勝手に傷つけていて。

 

「くそ、ううっ、何で……」

 

 何で、そこで勝手に権兵衛を傷つけてしまったのだろうか。

権兵衛、あの狂わしい所を持つ男である、こちらから提案すれば、きっと頷いてくれたに違いないのに。

私の物になれ、と言えば、輝夜に義理立てして頷けなかったかもしれないけれど、少なくとも妹紅の物である証ぐらいはつけさせてくれたかもしれないのに。

あぁ、そういえば何で自分は権兵衛の左胸なんて言う、地味な所に証をつけてしまったのだろうか。

権兵衛の顔を焼け爛れさせれば、何時でも権兵衛との絆が確認できた上、余計な虫どもが寄ってくるのを避けられたに違いないのに。

 

 でも、もう遅いのだ。

妹紅は勝手に権兵衛を傷つけてしまった。

人道に反する行いとして、彼を傷つけてしまった。

権兵衛は、怒っているだろうか。

それどころか、自分のことを嫌ってさえいるかもしれない。

そう思うと、ぞくりと、背筋に氷柱を差し込まれたような、悪寒が走る。

空だのに膝ががくがくと震え、自らを抱きしめないと震えが止まらないぐらいで。

輝夜が権兵衛へ生き肝の料理を作っているのを聞いた時よりも、気分が悪い。

 

「ご、めんなさい……」

 

 謝罪の言葉を口にするも、びょうびょうと五月蝿い風の音に掻き消えてゆくばかりである。

あぁ、この言葉のように消え去れたのならば、それでもいいかもしれない、と涙ながらに妹紅は思った。

しかし、それは叶わぬ夢であった。

妹紅は蓬莱人、不老不死の人種故に。

 

 

 

   ***

 

 

 

 気づけば、既に昼近くであった。

一晩中、胸が痒いような感じであり、悶えそうになるのだが、悶えると雷のような凄まじい痛みが襲ってくる、と言う地獄を体感しているうちに、気を失うように寝ていたらしい。

とりあえず流水で冷やし、連絡にすっ飛んできた永琳さんを見たのは、覚えている。

一通りの治療を意識があるのか無いのか分からない状態で受けた後、霊夢さんと永琳さんが口論になっていたのも、記憶にあった。

が、それ以降は場所を移してしまったのだろう、俺はただ火傷の痕の痛みと格闘するばかりで、結局何故妹紅さんが俺を傷つけたのか、何が何だか分からないままなのであった。

一応、その言から輝夜さんと関係しているらしい、ぐらいは覚えているが、火傷の痛みで、最後の方の会話の記憶も曖昧になっていた。

 

 起きようとして、左半身に凄まじい痛みが走るのに、顔が歪む。

何の因果か、左手の指は全部折れ、左腕が痺れて思うように動かず、左胸は炭化するほどの火傷、と、最近の怪我は左半身ばかりである。

はてさて、何か左側が呪われてでもいるのだろうか、と思いつつ、辺りに視線をやると、何時もの博麗神社の一室、何時も妹紅さんが座っていた座布団の上に、何故かレミリアさんが座っていた。

 

「レミ……リア、さん?」

 

 もしや、看病に来てくれているのだろうか。

高貴で華やかなイメージのある彼女が看病をすると言うのがイメージに合わず、思わずパチクリと目を瞬いてしまうが、白いドレスにキャップ、青い髪に蝙蝠の翼、そこにいるのはまごう事無きレミリアさんである。

ただ。

なんか、涎を垂らして寝ているのだが。

鼻ちょうちんも作っているし。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 何と言うか。

恐らく、俺の看病疲れで寝ているのでは、と思うと、手を出さない方がいいのは分かっているのだが。

まるで謎の引力があるかのように、体を起こし、吸い込まれるように俺の右手が伸びてゆき、指先で鼻ちょうちんをつついてしまう。

ぱちん、と弾ける鼻ちょうちん。

 

「う、うわっ!? う、うー、って、あれ、権兵衛?」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 互いにしばし沈黙を交わし合うと、こほん、と小さく咳払いをするレミリアさん。

すると腕組みをして少し背を逸らし、僅かに目を細め、口を開く。

 

「大事ないか? 権兵衛。怪我をしたって聞いたけど」

「……あ、はい。その、まだ怪我の容態までは聞いていないので、具体的にどう、とは言えませんが」

「あぁ、それなら薬師が痕は残るが、命には別状は無いとか言ってたっけな」

「永琳さんですか」

 

 ならその通りなのだろう、と頷きつつ、無かった事にするんだな、と思うと、自然と視線が生ぬるくなる。

それに気づいたのか、もう一度、こほん、とレミリアさんが咳払いするのを聞いて、バツが悪くなり、視線を逸らした。

ジト目っぽくなるレミリアさんに、思わず頬をかく。

 

「まぁな。で、薬師としては永遠亭に引き取りたいって話だが、何でか、霊夢がそれを拒否していてな。

何でも、これまでも神社に居たんだから、これからも居たって問題無い、とか何とか。

面倒臭がりなあいつにしちゃあ、珍しい事だけれど」

「はぁ。そうなんですか」

 

 と、俺は意外さに目を丸くする。

何せ俺は霊夢さんに避けられている所なのである。

事情があって動かせないと慧音さんに伺ったが、その事情と言うのが解消されていたならば、永遠亭へ移されて然るべきだと思っていたからだ。

ということは、事情と言うのは、俺の怪我とは関係無いのかもしれない。

と言うのも、そこそこ俺自身の怪我も治り始めて来て、数歩ぐらいなら霊力操作無しで動けそうなぐらいになってきたからである。

と言っても、その上に更に新しく怪我を負ってしまったので、何とも言えないが……。

兎に角、何らかの事情があるかもしれない、とだけ心に留め置いておく事にする。

 

「まぁ、あいつの勘は確かだ、それに従っているなら、悪いようにはならないさ。

しかし、永遠亭の薬師の腕で痕が残るとは、よっぽど酷い怪我なのか?」

「あ、はい。この通りですけれど」

 

 と着物をはだけてみせる。

肩を抜く時ちょっと肌がひきつって痛く、思わず目を細めながらの行為であったが、素早い行為であったからか、止められる事は無かった。

が、当然、患部にはガーゼが張ってあるので、見えるはずもなく。

痛い事までして何をやっているんだ、俺は、と自己嫌悪に陥りながら、慌てて口を開く。

 

「って、見えませんね。何やってんだか。

えーっと、殆ど意識があるんだか無いんだか分からないうちに終わってしまったのですが、ここを、こう、この辺からこの辺まで。

殆ど、表面は炭化してしまっていたみたいでして。

えっと、だから、削って皮膚を貼った、のかな?」

「違う」

「へ?」

 

 思わず聞き返す次第になって、俺はようやくレミリアさんの異常に気づいた。

何時しかは俺が満月の状態となっていたが故に凝視されていたが、それと同じように、今も俺の傷跡の辺りを穴が開くのではないかと言うぐらいに凝視されている。

今は月度を高めていないのにどうして、と疑問に思ったのを見てとったか、レミリアさんは言う。

 

「貴方の魂は、今もまだ、火傷を負ったまま。いえ、炎に焼かれたまま」

 

 と言いつつ、そっと、俺が痛みを感じ無いぐらいに優しく、俺の傷跡の上を撫でてみせた。

そして、くん、と視線を上げ、俺の目へとぶつける。

思わず、腰が引けた。

あまりの威圧に、声を上げそうになるのを、辛うじて抑える。

赤い瞳が、今にもどろりと溶けて、落ちてしまいそうな目であった。

その赤は無数の蝙蝠の眼球で出来ていて、その眼球は全身が血走り過ぎて赤い点にしか見えなくなっていて。

そんな、背筋が凍りつきそうな程の、凄絶なまでの眼光であった。

 

「ねぇ、権兵衛。

妹紅、あの蓬莱人は——何処かしら?」

「ぁ、う」

 

 答えは決まっている。

明らかにレミリアさんは、俺の怪我の下手人が妹紅さんであると感づき、その報復を行おうとしているように見える。

だがしかし、俺は妹紅さんが一体どんな理由で俺を傷つけたのか、まだその理由の端っこすら捕まえられていないのである。

であれば、当然、とりあえず俺が悪いのだと仮定して、妹紅さんを庇うのが正しい選択であろう。

そも、例え答えるべきだとしても、俺は妹紅さんの居場所など知らないと言うのに。

だと、言うのに。

舌が絡まってしまい、言葉一つですら口にすることができない。

どころか、頭の中に棒を突っ込まれてグチャグチャにかき回されたみたいに、混乱して何も考えられない。

目の前の光景が、レミリアさんの瞳を除いて全て暗闇になってゆき、その瞳の怪しい輝きだけが残る。

バサバサと、鳥の物とは違う羽根音が何処からか聞こえた。

思わず、くらりとそのまま気を失いそうにさえなってしまう自分を、叱咤する。

 

 違うだろう。

俺は、妹紅さんにどれほどの恩を受けたと思っているのだ。

この数日、体が動かない間、どれほどあの人に助けてもらったと思っているのだ。

リハビリにと体を動かしている間中、彼女は俺について見ていてくれた。

頑張りすぎて右手がふるふると震えて、食事がままならない程に疲弊してしまった時、彼女は俺に食事を食べさせてくれた。

そして最後の出て行く前ばかりでなく、それとなく俺の考えの助けとなるよう、幾度も彼女は俺に助言をくれた。

ばかりか、ここで答えず、気を失ってしまうのは、レミリアさんに対しても失礼である。

一日中寝てばかりで、一人で居ると気が滅入ってしまう面倒な質の俺に、毎日のように話をしにきてくれた。

その彼女を慮って、彼女の意外の事で気を失ってしまうような醜態を見せないのは、当然の事であろう。

どうにか、ごくりと唾を飲み込む。

すう、と息を吸い、口を開く。

 

「分かり、ません」

「本当に?」

「本当にです」

 

 と言うと、すっとレミリアさんの眼力が薄れる。

背景が戻ってきて、俺の肩に入った力が抜け、どっと汗が飛び出る。

むぅ、と口を窄めるレミリアさん。

 

「本当に本当に?」

「本当に本当にです」

「本当に本当に本当に?」

「本当に本当に本当にです」

「本当に本当に……って、もういいや、飽きたわ」

 

 と、見目の年齢らしく、俺の胸から手を離し、両手の指と指を擦り合わせ、拗ねたような仕草を見せるレミリアさん。

先ほどまでの妖怪らしさに満ち溢れた姿とはまるで違う、子供らしい仕草であり、まるで別人に入れ替わったかのようで、戸惑いを隠せない。

が、それでも先程までの妖しい感じは終わったものか、と安堵した所で、再びレミリアさんと目が合う。

ぞっと、悪寒。

それは、目から血の泉が広がるような、狂わしい瞳で。

 

「ねぇ、権兵衛。その傷が、どういう意味なのか、知っている?」

「い、いえ……」

「それはね、権兵衛、貴方は私の物だ、他の誰の物でもない、って言っているの。他の誰でも無い、私の前で、ね」

 

 そうなんですか、と、それだけの言葉を返す事すらできない。

気づけば、全身が微塵も動けなくなっていた。

と言っても、悪い事ばかりではなく、震えようにも震える事が出来ず、怯える事によってレミリアさんを傷つける事が無くなった事にほっとする。

そうこうしているうちに、レミリアさんは、す、と両手を挙げた。

そしてまるで白鳥の羽のように優雅に折れてゆき、しなだれかかるようにして、俺の首に巻きつけた。

ぐっと体重がかかり、近づいてくるその姿は、まるで今にも消えそうな程儚い。

そんな光景の中、ただ一つ、レミリアさんが預ける体重に比して、痛みが増す事だけが現実的だった。

 

「ねぇ、権兵衛」

「は、い」

「権兵衛を、私の物にして、いい?」

 

 果たして、返事は行えなかった。

それよりも早く、まるでついばむように素早く、レミリアさんが俺の首筋に噛み付いたからである。

あ、あ、あ、と俺の口から、間抜けな声が漏れる。

それに連動して、レミリアさんが噛み付いている首筋から、とろりと血が垂れてゆく。

胸のガーゼに染みこんでゆく朱を、ぼうっと見つめていると、不意に、はっとレミリアさんが俺の首筋から離れた。

それもまた鳥が餌をついばむときのように、戻りも早く、気づけばレミリアさんは俺から体ひとつ分離れた場所に戻っていた。

その口の両端から溢れる赤い血が無ければ、つい先ほどから何も変わっていなかったのではないか、と見間違うぐらいである。

吸血は伝説にあるように、される側に酩酊感をもたらす物であった。

頭がはっきりとせず、ぼうっとしている俺に対し、レミリアさんはぶるぶると震え始める。

自らの掌を見下ろし、微かな声で、レミリアさんは言った。

 

「ごめん、なさい……」

「え?」

「ごめ、んなさい……ごめんなさい……ごめんなさいっ!」

 

 どうしたのか、と唖然とするこちらを放って、レミリアさんはついにぽろぽろと涙さえ流し始めてしまう。

まるで大人に叱られた子供のようなその姿は、矢張りまるで見目通りの年齢の子供のようで、先ほどまでに怪しげな少女とは、まるで別人のようであった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「レミリア、さん……」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 壊れたテープレコーダーのように、同じ言葉ばかりを繰り返すレミリアさん。

その肩に手を伸ばそうとするが、先の妹紅さんの姿が幻視できてしまい、思わずその手を一度止めてしまう。

何せ、俺である。

妹紅さんの事情を何も知らなかったとは言え、傷ついた彼女に手を伸ばし、その上で恐らく彼女を傷つけさえしまった、この俺である。

再び傷ついたレミリアさんを、更に傷つけてしまうのではないか、と思ったのだ。

矢張り、俺は何をしても人の害になるばかりで、首をくくって死ぬべきではないのか。

ああ、それでも俺の恩人達は、俺に自殺させてしまった、と悔いるような善人ばかりである。

ならば今直ぐ、俺の避けようのない、隕石が降ってくるような珍事によって、死ねば良いのではないだろうか。

そう思い、力の抜けた手が、重力に従い下がってゆく。

 

 いいや、駄目だ、と俺は頭を降った。

駄目だ、それでは駄目なのだ。

それでは、ついこの前まで、自殺すべきではないかと悩んでいた、あの不貞腐れていた時と、何も変わらないではないか。

俺は、人の暖かさがどれほどの奇跡であるかを知り、そして、それを貰うだけでなく与えたいと、思ったのではあるまいか。

であれば、目の前の泣いている少女を、放っておく事など、してはなるまい。

 

 ぐ、と床に触れそうなぐらいまで落ちていた掌を、握りしめる。

空気を吸い、吐き、体中から活力と言う活力を集めて、腕に回す。

全力を賭して、俺は手を伸ばし、動く右腕でレミリアさんの肩を掴んだ。

びくり、と震えるレミリアさんに、静かに口を開く。

 

「レミリアさん」

「う、は、はいっ!」

「大丈夫ですよ。……許します」

 

 レミリアさんの目が、大きく見開かれる。

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、俺と視線が合う。

 

「いい、の……?」

「はい、許します。レミリアさんは、俺の血を吸っても、良いんですよ」

「でも、権兵衛、私が怖くないよね……?」

「はい、怖くないですよ」

「なら、私、自分を怖がる相手から血を吸っちゃいけないって、誇りを持ってるのに、それを自分で……」

「じゃあ、俺は、特別です」

「……とくべつ?」

 

 こてん、と首を傾げるレミリアさんに、笑みを深くして、返す。

 

「はい、特別です。だから、俺からは血を吸っても、いいんですよ」

「特別……権兵衛は、特別……」

 

 何故か頬を赤くし、両手を口元にやって、視線を手元にやるレミリアさん。

これで大丈夫なのか、と、不安に胸をドキドキさせながら見守っていると、上目遣いに、不安そうにレミリアさんが口を開く。

 

「じゃあ、その、権兵衛、ぎゅ、ってしてくれる?」

「はい。どうぞ、近づいてください」

「怪我してるけど、大丈夫?」

「勿論、大丈夫ですよ」

 

 と言うと、じゃあ、と先ほどと同じように滑らかな動きで、俺の首を抱きしめるレミリアさん。

それに合わせて俺は右手を使い、ぎゅ、と、レミリアさんを抱きしめる。

同時、口内でぎり、と歯を噛み締め、襲ってくる痛みに耐える。

全身を炎の舌で舐め回されるような痛みに耐えながら、その痛みで顔がどうしても引きつってしまう為、こうやって抱きあって互いの顔が見えない形であって、良かったと内心で思った。

ふと、レミリアさんの髪の匂いが鼻をついた。

少女らしい柔らかな髪の匂いに、僅かに、痛みが和らいだ気がする。

 

「ねぇ、権兵衛」

「はい?」

「権兵衛は、特別なんだよ、ね?」

「はい、そうですよ」

「じゃあ、その、聞いてくれるかな」

 

 と言って、レミリアさんは己の事を語った。

本当は誇り高い吸血鬼なんかじゃなく、自身は普通の吸血鬼であると言う事。

だのに嘘をついて、あたかも誇りを重視しているかのように見せかけている事。

妹はそれに気づいていて、それを暴露されるのが怖くて地下に幽閉した事。

その理由さえも妹の人格に見合わぬ力が危険であるからだ、と騙った事。

それでも妹に力及ばず、完全に封印する事は出来なかった事。

そこで魔法使いに力を借り、ほぼ完全に封印出来た事。

その魔法使いと友情を交わしたが、それも誇り高い吸血鬼の顔を貼りつけての事だった事。

戯れに時を操る吸血鬼ハンターをメイド長にしてみたりもしたが、何も変わらなかった事。

霊夢さんがレミリアさんにとって、救いであった事。

そして。

 

「権兵衛」

「はい」

「こんな、醜い私だけど。受け入れて、くれるかな?」

 

 背中を濡らす涙と共に、最後にレミリアさんはこう言って。

俺は当然のように、レミリアさんから見えないと言うのに満面の笑みを作って、こう答えた。

 

「はい、勿論です」

「——っ!」

 

 ぎゅ、と、痛いぐらいの力で俺を抱きしめられる。

俺もそれに返すように、怪我人に出せる最大限の力で、レミリアさんを抱きしめた。

自分を偽る事は、とても辛い事である。

誰にでも本当の自分、と言う物をさらけ出す相手が普通居て、それでガス抜きをしながらなんとかできるような事なのだが、それを。

五百年。

俺には未だ、想像もつかない程の長い間、精神的にはたった独りで過ごしてきて。

そんな彼女を、俺は醜いなどと思うことは無かった。

むしろ、尊敬さえしていた。

だって、五百年のもの間独りで居たその精神力は、果てしなく、強い。

たったの一年も独りで居られず、自死をすら思うようになった俺のような弱者とは違って。

だから、敬意をも込めて、俺はレミリアさんを抱きしめる。

レミリアさんも、より強く、俺を抱きしめる。

怪我の痛みがじくじくと己を焼く中、俺はずっとずっと、レミリアさんと抱きしめあっていた。

それこそ五百年分、彼女の寂しさを埋める事が出来るぐらいまで。

 

 

 

   ***

 

 

 

「——あ」

 

 午睡から覚めて、レミリアがまず感じたのは、権兵衛に受け入れてもらえたのが、嘘だったのではないか、と言う恐怖であった。

湯冷めしたかのように、暖かさからすっと冷たさへと引き戻される。

刹那硬直してしまうレミリアであったが、すぐに権兵衛の体臭を嗅ぎつけ、ふと、体を和らげ、安堵の溜息をついた。

ぐにん、と言う肉の感触。

汗を吸った、着物の匂い。

どちらも権兵衛の存在をより感じさせて、思わず顔がとろけてしまうレミリアである。

丁度、布団に仰向けになっている権兵衛の上に、俯けになってレミリアが寝転がっている形であった。

 

「……あはっ」

 

 思わず箸も転げていないのに、笑い声が漏れでてしまう。

ごろん、と権兵衛の上でごろごろしたくなってしまったが、それは流石に怪我人の権兵衛を慮って、止めておく事にする。

代わりに、ずりずりと這って、胸の辺りに頭を置く高さであったのを、権兵衛の喉元まで登ってゆく。

途中、何度か傷跡に触ってしまい、その度に権兵衛が呻き声をあげて、その度に起こしてしまったのではないかとレミリアは動きを止めるのだが、何とか起こさないままに権兵衛の喉元にまで到達した。

両手を権兵衛の首横につき、顔を権兵衛の口元にまで持って行く。

すると、権兵衛の寝息が顔にあたって、くすぐったさに、レミリアは目を細めた。

それからゆっくりと、権兵衛の吐いた息を吸い、肺に溜め込む。

あぁ、これで文字通り同じ空気を吸っているんだなぁ、と思うと、胸が熱くなり、思わずレミリアは熱い溜息をついた。

その溜息の空気を、権兵衛が吸っていくのを見て、体中がぽっと熱くなる。

ジワリと滲みでてくる汗をそのままに、一度レミリアは少し体を下に下げ、権兵衛に体を預けた。

ただでさえ体が熱いと言うのに、怪我の所為か高めな権兵衛の体温が合わさり、頭の中が溶けそうなぐらい熱かった。

 

 そっと、権兵衛の血で染まったガーゼを撫でる。

あの焼鳥女のつけたおぞましい傷であり、最初それを見るだけでレミリアはかっと頭に血が登ってしまったが、今はもう余裕の表情で見る事ができる。

と言うのも、その理由は、権兵衛の首筋にある。

真新しい、吸血鬼の噛み跡。

魂の火傷と同じく、吸血鬼の所有権主張の為の傷跡であった。

それも、火傷の方とは違い、後からとは言え権兵衛との合意に至った。

湧きでてくる優越感に、思わずにんまりと笑みを浮かべてしまうレミリア。

ただでさえ溶け落ちそうな笑顔を浮かべていた物なので、満面の笑みとなり、権兵衛に見せられないのが惜しいぐらいの笑みとなった。

 

 所で、吸血痕を見ていると、そのうち、ぞくり、とレミリアの中で蠢く物があった。

思わずごくりと唾を飲み、間隔のあいた二つの牙の痕に見入ってしまう。

口内に唾液がたまり、目がシパシパと乾いてゆくのを感じる。

かいた汗が顎まで滑り落ちて集まり、溢れ、権兵衛の肌の上に散った。

 

 ぐい、とまずレミリアは鼻先を権兵衛の首筋に押し付ける事から始めた。

より強くなった権兵衛の匂いを嗅ぎつつ、高い鼻が少し潰れるのも構わず、権兵衛へと押し付ける。

それからかぱっ、と口を開き、肉の蠢く口内から、唾液に濡れた舌先を伸ばす。

ぺろり、とレミリアは権兵衛の首筋をゆっくりと舐めた。

途中、権兵衛の汗を拾うように舌先を動かし、唾液と権兵衛の汗とが混じり合うのを確認しながら、掬いとり、口内に運ぶ。

それから十分に口内で転がし、香りを味わってから、ごくん、と大量の唾液と共に飲み込んだ。

 

「ん……熱いよ……」

 

 声に出した通り、下腹部に熱を感じ、レミリアは悩ましげな声を漏らす。

少し恥ずかしいけれど、ぐ、と権兵衛に腰を押し付けるようにして、それでもまるで体の中が燃え盛っているかのように、熱が消えない。

だからレミリアは、それ以上自制する事はできず、思わず口に出した。

 

「えっと……意識無いけど、許してくれたんだから、いいわよね……」

 

 先ほど舌で舐めた、未だ唾液がてらてらと光る吸血痕の場所へと、口先を近づける。

そして、かぷり、と先の時と同じ場所に、噛み付いた。

 

「……ん」

 

 小さく声を漏らしながら、レミリアはたっぷりと権兵衛の血を吸う。

飲み込めない分まで口内に貯めて、それでやっとレミリアは権兵衛の首筋から牙を離した。

それから、少しやってみたい事があって、口内に血を貯めたまま、権兵衛に馬乗りになる形で、体を起こす。

権兵衛の体温が離れるのはとても不安だけれど、その思いつきを実行してみたならば、より一層権兵衛と一体になれる気がするので、我慢の子である。

そうして体を起こしてから、レミリアはドレスの裾を持ち、ぐっと上に引っ張り上げた。

そのまま体を引っこ抜くようにドレスを脱ぎ捨て、傍らに置く。

ドロワーズ一枚となって、レミリアは半裸で権兵衛に馬乗りになっていた。

 

 ちょっとこれは、恥ずかしいかもしれない。

室内のむっとした空気にとはいえ、体を直接空気に当てる次第になって、レミリアは僅かに赤面した。

思ったよりもこれは恥ずかしく、誰も見ていないと言うのに、思わず両手を使って、胸の前を隠してしまう。

が、レミリアの思い描く事には、片方でもいいから、手を使うのが必要なのである。

鼻ですう、と息を吸い込んで、力を込め、かくかくとした動きで片手を口元にやる。

それからレミリアは、口内で唾液と混ざった権兵衛の血を、少しづつ口から垂らした。

それを掌で拾い上げ、暫く灯りに当てたかと思うと、その手で自らの体に触れる。

ぺと、と言う粘着質な音と共に、レミリアの白磁の肌へ、権兵衛の血が塗られた。

 

 ぞくり、とあまりの興奮に、レミリアは身悶えした。

今、自分は権兵衛の血で覆われているのだ。

そう思うと、今にも叫びだしたいぐらいの興奮に見舞われるが、一気に血を吐き出さないよう、鋼の精神力でレミリアはそれを持ちこたえた。

そして次々に口から血を漏らしてゆき、それを肌に塗ってゆく。

両肩から両腕へ、それから胸に満遍なく塗ってゆき、続いて腹へと移る。

そうやって前面を塗り終える辺りで、レミリアの口内の血はほぼ無くなり、残った血は大量の唾液と共に飲み込んだ。

ようやくの事口内が空になったレミリアは、ふぅ、と一息ついて権兵衛を見下ろす。

愛おしい気持ちが胸の底から溢れてきて、一杯になった胸の中を、吐露した。

 

「大好きよ、権兵衛」

 

 顔を血のように赤らめながら言うその姿は、少女とは思えぬほどに妖艶であった。

室内には、汗の匂いと血の匂いが入り交じり、何とも言えない香りが漂っている。

月も上がらない暗い夜、男も知らずに寝ている間、その姿をちらちらと揺れる灯りだけが静かに見据えていた。

 

 




レミリア・スカーレット原作txtより
>多くの血をこぼして、お洋服を真っ赤にしてしまうので、皆から「スカーレットデビル(紅い悪魔)」と呼ばれています。
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