ルナティック幻想入り   作:アルパカ度数38%

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14-宴会2

 

 

 少し拍子抜けする事であったが、俺はどうやら、酒を飲んでいきなり気を失うような弱さでは無いらしい。

それどころか飲んでも飲んでも、少し気分が昂揚する程度で一向にふらふらしたり気分が悪くなったりと言う気配が無い。

もしかしたら俺は、酒で記憶を無くすだけで、酒に弱いと言う訳では無いのかもしれない。

とすると、心配していた、折角の霊夢さんの忠告を無駄にしてしまう事態と言うのは避けれると見通せた訳で、そこの所は息をつける俺であった。

そこの、所は。

と言うには勿論他の場所がある訳で、それと言うのは何と言うか、宴会の雰囲気だった。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 静か。

圧倒的なまでに、静かさであった。

殆どの人は乾杯以来、一言も漏らさないまま黙々と食事に酒を口にしている。

そしてその視線だけは、まるで視線がぶつけられて来ているんじゃあないだろうか、と言うほど分かりやすく、俺に向けられていた。

俺の認識としては、宴会と言うのは兎に角賑やかで、笑い声の絶えないような雰囲気を想像していたのだが、正にその真逆であった。

俺に視線をやっていない、頼みの綱の霊夢さんや紫さんは、黙々と酒を飲んでいるのだが、たまに声に出して、ちょっとそれをちょうだい、あれをちょうだい、と他の人に頼むのが、救いとなっていた。

情けない話だが、それぐらいの声がするだけでも、少しの間だけ緊張が解けて、肩が軽くなるような気がするのだ。

あるいはそれは、頼まれた人の視線一つ分が、俺から逸らされれるからかもしれない。

兎に角そんな状況の中で、他に変わらず俺に声をかけてくれるのは、幽々子さんと輝夜さんだけであった。

が、それも、折角話しかけてくれていると言うのに申し訳ないのだが、余り気が楽になる事は無かった。

 

「はい、権兵衛さん。お刺身なんて滅多に食べれないし、たんと食べましょう」

 

 と、紫さん持ち込みの海魚の刺身を俺の取皿にのせる幽々子さん。

ただし、輝夜先生が取り分けてくれた唐揚げを、端にぐいっと押しのける形で、だが。

 

「あら、権兵衛。このお酒はどうかしら、月の物に似せて作ったんだけど」

 

 と、永琳さんから受け取った瓶を傾け、酒を俺の盃へ注ごうとする輝夜先生。

ただし、幽々子さんがお酌してくれた酒がまだ残っているので、急いで飲み干し盃を差し出さねばならなかったのだが。

 

「「………………ちっ」」

 

 仕舞いには、二人とも気品ある人なので幻聴だと思うが、舌打ちまでもが左右から聞こえてくる次第である。

とまぁ、こんな訳で、二人はまるでお互いが居ないかのように振る舞い、無視を続けているのであった。

勿論、間に居る俺はたまったものでは無いのだが、かと言って泣きつく相手もおらず、おろおろと、兎に角どうにかしてほしくて、視線を二人の従者へやる。

すると永琳さんは何故か頬を染めて目を逸らし、もしかして俺は顔に何かついているんじゃあないか、と手で顔を探ってみるものの何もついていない。

では何が可笑しいのか、と鏡を見たくて仕方が無く、と言っても手鏡も持っていないので、羞恥に思わず赤面してしまい。

妖夢さんに目を向けると、こちらは数瞬、ぼうっとしたように俺の事を見てくれて、あぁ、何か助け舟を出してくれるのか、と思った瞬間。

何故か勢い良く片手を床に下ろし、もう片方の手で懸命にそれを抑えていて、あまりにその様子が必死だったもので、声をかけるのも気後れしてしまい。

とりあえず俺は、酒をちびちびやりながら、料理に手をつけると言う、普通に一人で飲酒しているのと変りない様相で食事を付けていたのだが。

ふと、風見さんが声を上げる。

 

「あれ、これ、もしかして権兵衛が作ったのかしら?」

 

 と言う風見さんの箸の先には、半分齧られた玉子焼きが収まっている。

 

「あ、はい、風見さん。さっき霊夢さんと一緒に料理を作っていた時に、俺も幾つか作らせてもらいましたので」

「えぇ、すぐに権兵衛の料理の味だって分かったわ。私は、何度も作ってもらったものね」

 

 と、少し身を乗り出して、俺に見えるように微笑む風見さん。

風見さんの元で料理を作っていたのはたった三日ほどであったし、しかも料理を作っていたと言っても最初は然程手の込んだ料理を作っていなかったと言うのに、その味を今の今まで覚えていてくれるとは。

嬉しくて嬉しくて、頭がぽーっとしてしまい、体が浮き上がっているかのような、ふわふわした気持ちになる。

情けない話だが、こんな些細な思いを貰うだけでも、感動して俺は泣きそうになってしまっていた。

 

 そんな俺を他所に、何故か、他の全員を舐めるように視線を動かす風見さん。

ふと気づくと、風見さんと俺とで挟む形になる、幽々子さんと妖夢さんの主従が、風見さんに頭ごと視線を向けたまま、固まっていた。

どうしたのだろう、と辺りを見回すと、そればかりか他にも霊夢さんと紫さんを除く全員が風見さんへ視線をやっている。

いや、これを、視線をやっている、と称すべきなのだろうか。

顔を合わせられる角度の人は全員目を血走らせており、興奮しているのか、僅かに肩が上がったり下がったりとしている。

まるで爆発寸前の風船を見るような緊張感に、俺の目に浮かぼうとしていた感涙は奥へと引っ込んでしまった。

あまりの威圧に腰が引けて、背がそのまま後ろへ倒れそうになるのに、慌てて両手を後ろにつき、抑える。

一体どうしたものか、と、今度は怯えで涙がせり上がってきそうなのを抑え、辺りを見回す次第になって、レミリアさんが口を開く。

 

「あら、でも……クスッ。

貴方だけ、“風見さん”なのね」

 

 その顔には隠さないままの侮蔑がありありと刻まれていた。

確かに、俺はこの場で風見さんだけを苗字で呼んでいる。

しかしそれがどうして侮蔑に繋がるのか、と言うと、果たして分からないままである。

疑問詞を頭に浮かべつつ、レミリアさんの視線を辿って風見さんに視線をやると、思わず俺は体を凍りつかせてしまった。

凄まじい形相であった。

いや、見目は確かに先ほどと同じ笑みの形を作っているのだが、その奥に隠された寒気が、凄まじかった。

なにより俺を震わせたのは、その笑顔が、あの日、風見さんが俺に暴力を振るったあの日の笑顔にそっくりだったからである。

平坦な、感情と言う物を置き忘れてきたような、凍てついた笑み。

俺は飛び退きたいような衝動に襲われる。

と言うのも、ここで再び彼女が俺を襲ってしまっては、例え周りの人々に止められたとしても、再び彼女の心に大きな傷を残す事に間違いないだろうからである。

しかし思いとは裏腹に体は寸分も動かず、代わりとばかりに風見さんの声が聞こえてきた。

 

「ねぇ、ごんべえ」

「は、はいっ」

 

 平坦な声。

ぐぐっと、俺へと頭ごと顔を動かす風見さん。

自然その視線に射ぬかれる事になるのだが、その視線の鋭さと言えば、今度は体ばかりか心臓まで動きを止めてしまいそうなぐらいであった。

思わず生唾を飲み込む俺に、風見さんが言葉を投げかける。

 

「何で、わたしだけ、苗字で呼ぶの?」

「その、俺は許しが無い限り、人の事を苗字で呼ぶようにしています。

それで、たまたま今居る皆さんは、自分から名で呼ぶよう許してくださったので……」

 

 なんとか俺は、つっかえる事なく言葉を返せた。

内容も真実であり、嘘は欠片も入り交じっておらず、しかも恐らくは風見さんも納得のゆく内容だったように思う。

それでも視線のあまりの鋭さに、思わず俺は激しく目が乾いてゆくのを感じ、幾度も目を瞬いた。

 

「……そう」

 

 と。

風見さんが言うと同時、ふわり、と空気が弛緩したような気がする。

全身を覆っていた威圧が消えるのに、思わず俺は内心嘆息する。

安堵の余り、少しでも気を抜けば、どちらか隣の幽々子さんか輝夜先生かに撓垂れ掛かりそうになるのを、どうにか抑えた。

内心いっそそうしてしまいたい自分が居たのだが、甚だしく迷惑であり、更に言えば一瞬霊夢さんから鋭い視線が来たから抑え切れた。

失礼を働かずに済んだ事にもう一つ安堵する頃には、風見さんの次の言葉が耳に入る。

 

「じゃあ、権兵衛。

これからは私のことを、幽香って呼んでちょうだい」

「はい、幽香さん」

 

 そう言うと、ちょっとだけ残念そうにしながらも、納得がいったようにする幽香さん。

ふと周りを見渡すと、何故か多くの人が、レミリアさんを睨んでいるように見え、レミリアさんはバツが悪いような顔をしているように思える。

はて、どうしたものか、と思いつつも、霊夢さんの料理に舌鼓を打ちつつ、酒を口に含む俺。

それからもまた宴会は沈黙に包まれてしまったが、気のせいか、全員、霊夢さんの料理よりも俺の料理の方に手を出す事が多くなったように思える。

流石に経験の差は大きく、俺よりも霊夢さんの料理の方がずっと美味いと思うのだが、皆どうしたのだろう、と思いつつ、俺は沈黙や気まずい両隣の二人をどうやり過ごそうか、と考える事に没頭するのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 半刻ほども経っただろうか。

その間に会話は幽々子さんと輝夜さんがお互いを無視して俺にかける言葉と、霊夢さんと紫さんがあれを取ってこれを取ってと言う言葉と、後は先の幽香さんとレミリアさんの顛末ぐらいしか無かった。

静謐でこそあるものの、そこには神聖さや神々しさを感じる事は全くなく、まるで見えない圧力がそこかしこを行き交っているよう感じるぐらいである。

そこには神聖さと言うよりも何か邪念のようなドロドロとした物だけが感じられ、重苦しく、窒息しそうな空気が蔓延するばかり。

どうにか打破したいとは思うのだが、何も思いつかないままに時間が過ぎてゆく、そんな頃合いだった。

急に、妖夢さんが口を開いたのである。

 

「あの、権兵衛さんっ!」

「は、はい」

 

 余りに急だったので、思わず生返事をしてしまい、それから箸を置いて俺は妖夢さんへと体を向ける。

すると全員の視線が妖夢さんに注がれた、ように思う。

今度は霊夢さんや紫さんも、興味津々といった具合で、である。

他方、他の人々は何を思って妖夢さんを見ているのか全く分からないが、その多くはまるで物理的な圧力があるかのように強い威圧で、妖夢さんを見据えていた。

思わず、と言わんばかりに、妖夢さんは俯いてしまう。

これでは妖夢さんも言い出しにくいのではないか、と、俺から続けて口を開いた。

 

「何だろう。さっきから余り食事にも口をつけず、俯いている事も多かったので、何か言いたい事があるとは思っていたけれど」

 

 と言うと、何故か喜色を浮かべて顔を上げる妖夢さん。

今の俺の言葉の何処に嬉しがる要素があったものか、内心首を傾げつつも、俺は妖夢さんの次の言葉を待つ。

 

「その、今更謝って済む話では無いと思いますが……。

権兵衛さん、快楽の誘惑に負け、貴方を斬ってしまって、本当に申し訳ありませんでしたっ」

 

 と、その場で俺に向け、頭を下げる妖夢さん。

と言っても、相変わらず俺は頭を下げられるのに慣れておらず、くすぐったいような、奇妙な居心地の悪さに、口を開く。

 

「いいんだよ。

勿論俺だって、斬られて困るのは確かだけれど。

でも、俺は信じている。

君は二度も同じ過ちを犯す子では無いと。

俺を斬らぬよう、心を抑える事ができる子なのだと」

「……いいえ、違うのです」

 

 と、妖夢さんはうつむいたまま言う。

どういう事か、と俺が疑問に思うよりも早く、影になった妖夢さんの瞳の辺りから、ぽろり、と光る物がこぼれ落ちた。

 

「私は、今にも快楽に負け、貴方を斬ってしまいそうで、仕方が無いのです」

 

 と言って、妖夢さんは左手と、それを抑える右手とを上げてみせた。

ぷるぷると震えるそれは、成程、今にも脇にある刀に向かってゆきそうで。

 

「本当に私は、貴方の事を斬りたくないのに。

貴方の事を大切に思っているのに、恩を受けているのに、なのに、なのに。

この手が止まらないのです。

こうやってもう片方の手で抑えでもしなければ、止まらないのです。

その抑えている右手も、ふと気を抜けば、霊しか斬れない剣であっても構わない、と言わんばかりに、今にも白楼剣を抜き去ってしまいそうで。

いっそ、今ここで、私を貴方に斬ってもらいたいぐらいなのです。

だってそうすれば、少なくとも私が貴方を斬る事だけはなくなるのですから」

 

 とまで涙ながらに言ってのける妖夢さんに、俺は衝撃を受けていた。

何だかんだ言って、俺は妖夢さんが二度も誘惑に負ける事があるとは思っていなかったのだ。

大丈夫、あの子は強いから、何とかなる、と、楽観して。

つまり、俺は妖夢さんの辛さを、理解できていなかったのである。

何と、愚かな事か。

絶望に包まれ、自虐に心を寄せそうになる自分を、俺は辛うじて叱咤する事が出来た。

だが、だからどうした。

今困っているのは、俺ではなく妖夢さんなのだ、それを目前にして思うべきは、彼女をどうやって救うか以外の何物でも無いではないか、と。

大きく肩を揺らし、空気を吸い込む。

乾いた喉に溜まった唾を飲み込み、す、と妖夢さんの瞳を真っ直ぐに見る。

 

「どうか、そんな事は言わないでくれ。

卑怯に聞こえるかもしれないけれど、いや、実際卑怯なんだな、俺は、自分の命が失われるよりも、君の命を失う方が辛いんだ。

勿論普通だったら、君が救われる為に手を汚す事を厭わないべきなのかもしれないけれど、俺はどうも利己的で、そんな事が出来そうにないんだ。

すまない。

ごめんなさい。

——だから。

だから、一緒に考えよう。

妖夢さんが俺を斬らずに済む、その方法を。

もし二人で考えつかなくとも、幸いにしてここには沢山の力強い人達が居るんだ、一緒に考えてもらおう。

だからお願いだ、どうか、自分を斬ってだなんて、そんな事は言わないでくれないか」

 

 そう俺が言い終えるのと、妖夢さんの目から流れ落ちる涙がどっと増えるのとは、殆ど同時だった。

うっうっ、と、妖夢さんが嗚咽を漏らす音が、沈黙に満ちた部屋の中を支配する。

その様子から見るに、どうやら彼女の瞳から流れ落ちるのが感涙であるように思え、内心僅かに俺は安堵した。

彼女が俺の言葉を受け入れてくれたのだと、彼女が僅かでも救われてくれたのだと思うと、すっと心が軽くなる。

と言っても、まだ話が解決した訳ではなく、むしろこれから考え出す所なので、俺は身を引き締める思いで背筋を正した。

何せ言いだしっぺは俺なのである、まず俺が何かを考えて、考えて、考えて、それから他者に頼るようでなければ、無責任と言う物であろう。

 

 その為に俺は、俯いて考える。

妖夢さんは、俺を斬る事に快楽を感じている。

そしてその快楽の誘惑は、堪えられるか否かの境界線上にあるほどに大きい。

と思ってから、はて、と俺は思う。

白玉楼にて俺を斬る時には、妖夢さんは我慢が効かず、俺を斬ってしまった。

ここで再開した時には、己の手で己の手を押さえてまでであるが、俺を斬らずに済んでいた。

その差は、果たして何なのだろうか。

勿論、一度過ちを犯してしまった故に学んだのだ、と言うのが最も容易い答えだろう。

しかし妖夢さんはどちらの場合にも、既に自分が快楽から俺を斬ろうとしている事を知っており、しかも、過ちと言うのもその前に既に一度犯しているのだ。

であれば。

その差は、もしかして。

 

 思いついた事があって、俺は早速皆に協力を求めようと、下にやっていた視線を皆の顔の方に戻す。

すると、全員が全員、俺の顔を見つめていたのだから、思わず驚いて目を見開いてしまった。

助けを乞うように俺を見つめる妖夢さんや、興味深そうな霊夢さん、紫さんは兎も角、その他の面々は全て顔をぴくりとも動かさず、じいっと俺を見ているのだ。

妖夢さんの事情をある程度知っていたであろう、幽々子さんも含めて、だ。

一体どうしたのだろう、と困惑気に皆を見回す俺だが、視線は一切俺から逸らされず、それどころか、瞬きしているのかどうかすら怪しげに思えてくる。

ほとほと困ってしまって、全員に順繰りに視線をやっていくうちに霊夢さんと視線がぶつかり合い、すると彼女は小さく首肯をしてくれたので、俺は口に出して皆に協力を頼む事にした。

 

「その、皆さん、俺と妖夢さんは、今話していたような問題を抱えているのですけれど。

もしよろしければ、その問題の解決に一つ手を貸しては貰えないでしょうか。

勿論、何から何まで思いつかず、全て知恵をお借りしたいと、そう言う訳では無く、多少の思いつきならば胸の内にはあります。

せめてそれに手を貸すだけでも、しては貰えないでしょうか。

お願いしますっ」

 

 言って、頭を下げる。

返事は意外なほど早く、隣から聞こえてきた。

 

「いいわよ」

 

 と言う声は輝夜先生の物で、まず聞こえてくるとすれば幽々子さんの声であろうと思っていた俺は、思わず下げていた頭を上げ、呆然と輝夜先生の顔を見上げる。

まるで天上の星々のように、輝かしい尊顔であった。

余りにも容易く俺に手を貸してくれる彼女の心の広さに、俺は思わず感動して、ほろりと涙さえ流してしまった。

 

「輝夜、先生……」

 

 自分でも声がふるふると震えている事がよく分かる。

感謝の余り、言葉も出なかった。

そんな愚かで小物な俺に苦言を申すでもなく、あくまで優しい口調のまま、輝夜先生は言う。

 

「まったく、忘れちゃあいないでしょうけど、貴方は私の弟子よ? 先生が弟子のやる事に力を貸してやらないでどうするってのよ」

「そうですね、姫」

 

 と、まるで当たり前のことと言わんばかりの輝夜先生。

その後ろで当然の如く同意する永琳さんも、その叡智は俺の及ぶべき所ではなく、千人力と言った所であり、凄まじく心強い。

と、そんな風に感動している俺に、続けざまに、何故かまるで焦っているかのような調子で、幾つもの言葉。

 

「——当然、私だって力を貸すわ、身内の問題でもあるもの」

「私もよ、権兵衛」

「わ、私だって、権兵衛の力になるわっ」

「お嬢様がこう申されていますし、私も個人的に力になりたいですわ」

「私はいつだって権兵衛、お前の力になるぞ」

「私も右に同じく」

「私はまぁ、面倒くさいけど、まぁ助言ぐらいなら」

「私も、面白そうですし手を貸して差し上げますわ」

 

 全員が全員、力を貸してくれると言う答え。

感動の余り、涙がぽつぽつと膝の上に落ちてゆくのを感じる。

 

「ありがとう、ございます……っ!」

 

 俺は、碌でも無い男である。

顔も頭も良くなければ、腕っ節も弱く、やっと手に入れた霊力でさえそう上手く扱える訳ではない。

かと言って心に見るべき点があるのかと言うと、全くそんな事はなく、俺は本当に人と付き合うのが苦手で、人を喜ばせる才能に欠けている。

そんな俺なのだが、一つだけ恵まれている点があった。

——俺は、こんなにも素晴らしい友情に恵まれているのだ。

その点ただ一つで、他の全てを吹き飛ばしてしまうぐらいに、心が晴れ渡ってゆくのを感じる。

妖夢さんには悪い上、不謹慎ではあるが、俺は此処で皆の力を借りる事態になって良かったとすら思える。

それぐらいに、俺はこの友情に感動していた。

 

 暫く、俺は感動の余りに声も出せず、ただただ泣いているばかりだった。

そんな俺を、皆は優しく見守っていてくれて、少し恥ずかしい部分もあったが、兎に角俺はそのうちに復調し、では早速説明せねば、と口を開く事にする。

 

「え、えっと、ごほん。

その、妖夢さんが俺を斬る事を我慢できるようになる、その方法なのですが。

俺が思い当たったのは一つ、単純に、ガス抜きのような事をできれば良いのではないでしょうか。

なぜなら妖夢さんは、俺を最初に斬ってしまった後三日ほどは我慢できていた訳ですし、二度目に斬ってしまった後顔を合わせたのは今日が最初ですが、それでも一応の所我慢は出来ています。

つまりは斬った直後は妖夢さんは、我慢が効くようになる訳です。

と言っても、単に斬られると言うのは、困ります。

俺も痛いし、まさか裸になる訳にもいかないので着物も汚してしまいますし、畳だって張り替えねばならなくなってしまう。

そこで思いついたのですが。

浅くだけ斬ってみる、と言うのはどうでしょう。

着物を汚さないようにはだけて、出てきた血はすぐに拭うようにして。

勿論これだけではガス抜きにならず、効果が無いと言った事態も考えられますが、一応は試してみる価値はあるのではないか、と。

幸い懸念であるそのまま斬られてしまうのでは、と言う事態は、この場に居る皆さんが協力してくれれば、なんとかなるでしょうし」

 

 と、そこまで言い終えて、俺は辺りの反応を見る。

それが何とも妙な物を見るような反応でいて、同時にあぁやっぱりな、と言う納得の気配も見えて、よく分からない。

どうしたものかと被験者である妖夢さんへと視線をやると、気のせいか、目を輝かせているように見えた。

何故に。

と思ったのが聞こえたのか、紅潮した顔で口を開く妖夢さん。

 

「その……、着物を、はだけるのですか」

「……はぁ、まぁ、切れると困りますし」

 

 って言うか、そこが聞くところなのだろうか。

思わず助けを求めて辺りに視線をやると、何故か多くの人が妖夢さんの言葉に衝撃を受けているようだった。

いや、本当、それがどうしたのだろうか。

本当に困って、手当たり次第に視線をやるが、皆目を逸らしてしまう。

最後にたどり着いた霊夢さんだけが、ぴくりと体を動かしはしたものの、静かに頷いてくれた。

霊夢さんの勘が正しいと言っているのならば、良い結果が出るに違いない。

安堵した俺は、再度全員に、もし妖夢さんが俺に斬りかかる事があれば止めるよう願ってから、妖夢さんと共に卓から少し離れた場所に座布団を敷き座った。

それから帯を緩め、さっと着物を半裸になるよう脱ぐ。

すると、本当にすっかり忘れていたのだが、左胸の治らない火傷が顕になり、それと同時にぴん、と部屋中に緊張の糸が張り巡らされた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 一気に、重い空気が部屋中を支配する。

所々から歯軋りと思わしき音が聞こえ、視線をやると幾人から唇を切って血を滲ませており、目前の妖夢さんはカタカタと両手で持った剥き出しの楼観剣を震わせていた。

事情を知っているレミリアさんに咲夜さん、永琳さん、霊夢さんはじっと妹紅さんの方に視線をやり、動かさない。

彼女たちの顔は真剣な物で、唯一紫さんだけが、くすくすと、今にも転がるような声を漏らしそうな顔で妹紅さんを見ていた。

しかしえぇと、一体なんで、この火傷一つでこんなに空気が重くなるのだろうか。

救いを求めて卓の方に視線をやると、たまたま慧音さんと目が合い、するとびくっ、と震えた慧音さんが、小さく口を開く。

 

「も……こう……?」

 

 信じられない、と言った口調だった。

それに従い、幽々子さんや妖夢さん、幽香さん、輝夜先生の視線が一斉に妹紅さんに集まり、最後にゆっくりと慧音さんが妹紅さんに顔ごと視線を向け、これで全員の視線を妹紅さんが独占する形になった。

ふるふると、震えながら、慧音さんは続きを言葉にする。

 

「嘘……だよ、な……?」

 

 ゆっくりと、妹紅さんは首を横に振った。

それに崩れ落ちそうになる慧音さんに慌てて、俺は口を開く。

 

「いや、その、確かにこの火傷は妹紅さんによるものですけれど、その、これは事故って言うかなんて言うか、そんな物で出来た物でして」

「………………」

「いえまぁ、妹紅さんの意思による物であったもの確かなんですけれど、情緒不安定だったと言うか、そんな所に俺が余計な言葉を口にしたのが原因でして、決して妹紅さんが悪い訳ではなく」

「…………………」

「なくて、ですね、その……」

 

 精一杯妹紅さんの弁護を口にするのだが、誰一人口を聞かない。

それどころか、誰一人妹紅さんから視線を動かさない。

当の妹紅さんは俯いたままじっとしており、かと言って今にも泣き出しそうだとかそんな事はなく、不思議と、自信のような物に溢れた姿であった。

本日一体何度目の、どうしたら良いのか分からない状況か。

あわあわとあたりを見回すものの、今度こそ全員が全員視線も口も動かさず、じいっと止まったままである。

どうしよう、どうしよう、と思いつつも何もできないまま暫く時間が経った所で、不意に霊夢さんが口を開いた。

 

「で。妖夢のガス抜きは、いいのかしら?」

 

 正に鶴の一声であった。

その一言で、まるで時間が動き出したかのように、一斉に全員が空気を弛緩させ、視線を妹紅さんから外しこちらにやる。

一番驚いていた慧音さんですら、妹紅さんと俺とで視線を行き来させてから、とりあえず俺の方へ視線をやるよう決めたようで、その視線をこちらに固定した。

何がなんだか分からなくて泣きそうになっていた俺は、内心霊夢さんに感謝の念を送りながらも、妖夢さんに正対する。

何度か深呼吸をした後、妖夢さんは胸を張って言った。

 

「で、では、いきます」

 

 言って、妖夢さんはゆっくりと刀身を動かし始めた。

震えていた切っ先はぴたりと震えを止め、ゆっくりと俺の右肩辺りに向かってゆく。

やがて、俺の皮膚に妖夢さんの楼観剣の刃が、たどり着いた。

ちくりと、痛いと言うより痒いぐらいの、僅かな痛み。

妖夢さんの刀と触れ合う部分から、じくっと血が滲み、やがて血が帯を作り、肩から流れてゆき、その下にある俺が当てた布に吸い込まれてゆく。

それから、もう一度妖夢さんが深呼吸。

まるで大岩を動かすような気合で刀を引っ張るようにすると、俺の肌から妖夢さんの刀が離れてゆき、完全に離れた所で、お互いふう、と安堵の溜息をつく。

これで効果があったのかどうかは兎も角、少なくとも俺を斬らない事は出来るようだった。

と思うものの、矢継ぎ早に、妖夢さんの刀は角度を変えて、今度は左肩の方へと向かう。

あれっ、と思って妖夢さんに目をやると、血走った目ではぁはぁと興奮した呼吸を漏らしているのが分かった。

えーと。

思わず卓の方に視線をやるが、驚くべきことに、何故か殆ど全員が息を荒くしており、じっとこちらを見つめるばかりで、止めようと言う気概は何処にも見当たらなかった。

救いを求めて霊夢さんに視線をやるものの、興味深そうに視線をやるだけで、今度は彼女は何も言ってくれない。

ついには紫さんに視線をやるが、矢張り今にもクスクスと声が漏れてきそうな笑みでこちらを見つめるばかりで、言葉は無かった。

どうしろと、と思うもののどうしようもなく、俺はじっと妖夢さんが俺の皮膚を浅く斬ってゆくのを待つばかりしかない。

荒い息がいくつも聞こえる密室で、年下に見える少女の持つ刀に、半裸で上半身を浅く斬られながら、少女達の熱視線に晒されつつ、ただただ正座して待つばかりの男。

一体なんだろう、この状況は、と俺は思った。

思ったがどうにもならず、この状況は暫く続く事となり、俺の浅い刀傷が十を数える頃まで終わる事は無かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 月も高く昇り輝き、夜も更けてきた頃合いになって、ようやく妖夢は権兵衛を切り続ける事をやめた。

いい加減真っ赤に染まった布を処分しようとする権兵衛に、その布を巡って更に一悶着を終えた頃。

宴会も半ば過ぎの様相となる頃になって、ようやく輝夜は持ってきた包みを卓の上に上げた。

 

「ねぇ、権兵衛、ちょっとお料理を持ってきたんだけれど」

「あ、はい」

 

 と言う輝夜に、丁度誰の相手をするでもなく手の空いていた権兵衛は、すぐさま正対する。

包みは、背の低い正方形の形をした物で、言いつつも輝夜が解いてゆくと、その姿をすぐさまに見せる。

一段だけの、黒い漆塗りの弁当箱である。

 

「もっと作って持ってこようとも思ったんだけど、他の種類は鍋ぐらいしか思いつかなくて、しかも急な話で鍋かどうかも知らないままだったから、これだけにしてきたのよね」

 

 と言いつつ輝夜が両手でその蓋を持つ次第になると、沈黙の宴会の中である、そろそろ全員の視線もそこに集まり、注目の的となったままそれは姿を表した。

プルプルとした濃赤色で、角が立っており新鮮そうで、近くで見れば模様もわかる肉。

 

「と言う事で、レバ刺し、持ってきちゃった」

 

 瞬間、権兵衛を除く全員の中で、戦慄が走った。

矢張りか、と言う妹紅に、そも宴会に来るまで自分以外に権兵衛を好きな存在が居るなど想像もしていなかった慧音は驚きすぎてついていけなくなっていて。

それが自分たちにとって致命的であると知る幽々子ら主従は冷や汗を浮かべ、想像の範囲外の出来事にレミリアは固まっている。

霊夢ですらも、それを感覚的にしか捉えていなかったのか、具体化された輝夜の欲望を見て、思わず顔を引きつらせていた。

唯一表情を変えないままの紫でさえも、うっすらと汗を滲ませている。

そのレバー……肝臓は、当然のごとく輝夜の物であった。

つまり蓬莱人の生き肝であり、食せば同じ蓬莱人となる食物である。

当然、亡霊にも他の何にもなれなくなる、異形の最終型の一つである。

 

「わぁ、おいしそうですね、内臓系って生で食べるの初めてなんですよ」

 

 と呑気に言う権兵衛に、全員何かしら言おうとするが、それよりも一瞬早く、ぱっ、と権兵衛の目前に、紫色の蝶が舞った。

思わず目を見開く権兵衛だったが、それがふらふらと降りてゆくのを見て思わず人差し指を差し出すと、その先に紫色の蝶が止まる。

全員の視線が、幽々子の元に集まった。

その紫色の蝶は、幽々子の能力の象徴であるが故にである。

その蝶は幽々子の能力、死を操る程度の能力により、一瞬で権兵衛を死に誘える程の力を秘めており、当然、幽々子がその気になれば、権兵衛が蓬莱人の生き肝を食するよりも早く、権兵衛を殺し亡霊にする事ができる。

と言っても、幽々子は安々とそれを行う訳には行かない。

何故ならそうしても結局永琳には反魂の術が使えるだろうし、例え力尽くでの戦いになったとすれば、幽々子が蓬莱人に勝てないと言うのは決まっているからである。

元々の力の強さでもそうだし、その上相性でいっても最悪であるからだ。

 

 であらば結局脅しでしか無いのに、権兵衛に生き肝を勧めようとしていた輝夜は、動きを止めていた。

何故かと言えば、それでも結局一時的には権兵衛を冥界に取られてしまうし、その間に権兵衛の貞操でも奪われれば事であるからである。

他の何を取り戻せても、権兵衛の初めてだけは取り戻せない。

初心で、ともすれば口づけすらも経験していないだろうこの男の貞操は、彼女らにとって何に変えても欲しい宝物のような物であった。

が、今日この宴会で顔を合わせた事で、全員が権兵衛を好きなのが自分だけではないと知る事になり、互いを監視し邪魔する為に、それを手に入れるのは恐ろしく難しい事になるだろう。

この日のお互いの行動からそれは類推できていたが、輝夜と幽々子の決裂によって、それは決定的となる。

これまでに権兵衛を自分の物とする機会のあった者達は、自分たちが宝石のように貴重な時間を逃してしまった事に気づき、内心歯噛みする。

同時、幾人かはこの硬直状態こそ霊夢が宴会を開いて作りたかった物で、恐らくそれによって幻想郷における戦争を回避したのだ、と言う事に気づいた。

胃の痛そうな顔の霊夢は、鬱陶しそうに集まる視線に肩を竦める。

 

「勘だったけどね」

 

 と、そう霊夢が呟いたのを機に、輝夜は唇を噛み締めつつ、開けた弁当箱の蓋を閉めた。

あれ、と権兵衛が呟くのに、一言二言謝ってみせると、再び弁当箱を包み、床に置く事になる。

ちょっと傷んじゃっているみたいだったから、と言うのに今一納得していないのか、首を傾げる権兵衛の指先から、紫色の蝶が飛び立った。

あっ、と権兵衛が呟くが早いか、権兵衛の視界から紫色の蝶が消え去る。

 

「どっかにいっちゃったみたいね」

 

 と、白々しく言う幽々子に、ちょっと残念そうに頷く権兵衛。

そんな権兵衛を他所に、宴会の面々の反応は様々であった。

僅かに表情を崩しながら内心舌打ちする幽々子に、そも、主が権兵衛を殺そうとした事にショックを受けている妖夢。

隠しきれない憎悪が滲み唇から血を流す輝夜に、能面のような顔となりじっと権兵衛を見据える永琳。

安堵すればいいのかどうかよく分からず複雑な表情を作る妹紅。

自分以外に権兵衛を好きな存在が居ると想像すらしていなかった上、この中で最も権兵衛を先取りして自分の物に出来る機会があったのに何も出来なかった事に、愕然とする慧音。

集まってくる顔を見て薄々気づいていた物の、やっと仲直りできた上に名前を呼んでもらえるようになった権兵衛が、遠くへ行ってしまったように感じ、泣きそうになる幽香。

レミリアは矢張り権兵衛は自分だけの特別ではなかったのだ、と軽く絶望に浸っており、咲夜はそんな主人の姿に軽く苛立ちを憶える自分を恥じていた。

 

 とまぁ、そんな折である。

ぎゅ、と空間が圧縮する気配。

全員が僅かに身を固くすると同時、ぱっ、とその場に、角の生えた赤ら顔の少女が現れた。

空中に現れた少女は、上手くバランスを取ってその場に降り立つと同時、びっ、と天を指差し、叫ぶ。

 

「宴会なのに私を呼ばないたぁ、どういう了見だってーの! って事で、じゃーん、萃香ちゃんとうじょー……う……」

「………………」

「………………」

「………………」

「と、登場〜……」

 

 何とも空気の読めていない、鬼の登場であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なぁなぁ、あんた、あんたもだんまりなのかい? これ、宴会、なんだよなぁ?」

 

 と萃香さんが俺に話しかけてきたのは、全員に順繰りに話しかけていって、全員に無言で無視されて終わると言う結果に終わっていたのを見ていれば、当然の帰結と言えよう。

そう、萃香さんは霊夢さんやあのお喋りな紫さんにすら相手にされなかった。

霊夢さんは今日はもう疲れたから、と、紫さんは今忙しい所だから、と言う事だが、俺としては一体何に霊夢さんが疲れたのか、一体紫さんが何に忙しいのか、疑問に尽きない事である。

兎も角。

萃香さんがいずれは俺に話しかけてくるだろうと予想していた俺は、何時もの陰気な顔で不快にさせる事の無いよう、努めて笑顔を作って口を開いた。

 

「いえ、俺は喋りますとも。俺もこれが初めての宴会なので、その、想像と違っていて戸惑っているのは確かなのですが」

 

 と言うと、この場の人妖に話しかけては暗くなっていた萃香さんの顔が明るい笑顔になる。

その天真爛漫な笑顔にこちらまで笑顔になってきて、俺は宴会が始まって以来、久しく安堵できたような気持ちになり、内心安堵の溜息をついた。

ローティーンと見間違う程の小さな容姿の彼女が作る笑顔は、同じ幼い容姿のレミリアさんに比しても明るく元気がある感じで、こちらも精神的に明るくなれるような、素晴らしい笑顔であった。

 

「あぁ、やっとまともに喋れる相手が出てきたよ。皆黙ってばっかでさぁ」

「えぇと、やっぱり宴会って言うと、普通みんなお喋りで騒がしい感じなのでしょうか? 今はその、何と言うか……」

「静か、だよねぇ。何時もはそんな事無いんだけど」

「やっぱりそうなんですか……面子も今と変わらなかったり?」

「まぁ、もうちょっと増えたり減ったりする事も多いけれど」

 

 と言われて、俺は思わず全員の顔を見渡す。

つまりは当然の事なのだが、俺を除くこの場の全員に、この静かな宴会を作る原因は無かったと言う事である。

とすれば、勿論この静かな宴会の原因を言う奴は俺になる訳で。

それだけでも、折角集まって楽しくやろうと言う所に水をさす嫌な奴であるのだが、更に罪深いのは、この宴会が俺の為に開かれた物である、と言う事だ。

自らの為に、自分以外が楽しむ事が不可能な宴会を開く。

俺はなんと嫌らしい真似をしているのだろうか。

勿論宴会を開いた経緯は、霊夢さんの勘によりより良い結果が生み出るために、と言う理由からなのだが、それは言い訳にはならないだろう。

少なくとも、この宴会に来た皆には俺が悪く写るに違いない。

より多くの人が信じるならば、歴史は、そしてそこに刻まれる真実は、変化してしまう。

勿論この場で俺が釈明する事も出来るが、俺にはその行為があまりに自分可愛さに充ち満ちた行いであるように思え、恥じてそれを行う事は無かった。

ただただ、俯いて羞恥に顔を赤くするばかりである。

と、そんな様子の俺に、経緯を知らない萃香さんは、どうしたものか、と首を捻りつつ、続けて口を開く。

 

「そうだ、お前宴会が初めてだって言うんだろう? ならさ、せめてこんな陰気臭い宴会から抜けだして、サシで飲まないかい?

私一人分って言っても、私ぁたった一人でも小さな百鬼夜行さ。

あんたに宴会の騒がしさを、本来のそれとは言わなくとも、ちょびっとは教えてあげられると思うんだけど。

そうしたら宴会好きが増えて、宴会マニアの私としても、万々歳さ。

なぁ、どうだろう?」

「え、っと……」

 

 と言っても、俺は宴会の勝手と言う物がまるで分からず、勝手に抜けだしてもいいのだろうか、と、思わず幹事の霊夢さんに視線をやってしまう。

何故ならこの宴会は霊夢さんの勘により俺に会った人が集められた宴会であり、つまりはある意味俺が主賓と言っても違いないのだ。

だのに主賓が抜け出すなどとは、俺の想像する宴会ではあまり褒められた行為とは思えない。

しかし一方で、この静かで沈黙した宴会の原因が俺だとすれば、その俺を取り除けば皆楽しく宴会を楽しめるのだとすれば、俺がこの場から消えるのは正しい行いなのではないか、とも思える。

どうすればいいのか分からず、またもや俺は霊夢さんに視線をやり、すると霊夢さんは静かに口を開いた。

 

「そうね。こっちでも、皆ちょっとだけ相談したい事が出来たでしょうから、権兵衛さんが抜けるのもちょうどいいかもね」

 

 と、そういう霊夢さんは、しかし関心できる事に一切顔に俺が居なくなって嬉しい、と言った具合の気持ちを載せていなかった。

むしろこれからが本番だ、とでも言わんばかりの静かな意気込みを感じる。

まぁそれはどうあれ、この宴会中俺は何度霊夢さんを頼った事か、と霊夢さんに深く感謝を抱いていると、ふと、全員の視線が霊夢さんに集中しているのが分かった。

どうしたものだろう、と思うと、皆深刻そうな顔をしており、余程その相談したい事、と言うのは重大な事なのだろうと思える。

一体何なのだろうか。

タイミング的に思うと俺の存在が関係しているように思えるけれど、俺と言う存在がそんな重大事として扱われると言うのは到底想像できなくって、俺はその想像を打ち切る事にする。

では、と萃香さんについていこうと半ば腰を上げようとした瞬間、不意に幽々子さんが口を開いた。

 

「でも、大丈夫なのかしら?」

 

 目的語の無い、あやふやな言葉だと言うのに、意識を全員共有できているらしく、皆重々しく頷く。

俺と萃香さんは何の事だか分からない、と首を傾げるのだが、すぐに皆の視線が萃香さんにじっと集まり、無言の視線に気圧されたのか、思わず、と言った具合で萃香さんが半歩下がった。

しかし、霊夢さんが反して言う。

 

「萃香の場合、もしそうなるなら、遅かれ早かれ、よ」

 

 またしてもよく分からない言葉であったが、室内は納得した空気に包まれた。

よく分からないが、また超常の勘を霊夢さんが示したのであろう事はわかる。

 

「とりあえず、許されたようなので、萃香さん、縁側にでも行きましょうか。満月が近くて、月も綺麗でしょうし」

「え? あぁ、うん……」

 

 とりあえずよく分からない事として処理した俺と違い、萃香さんはこの場のよく分からない会話が気になり、後ろ髪を引かれる思いもあったのだろう。

が、結局の所すくっと立ち上がり、俺が台所から酒瓶を一つ失敬するのを待ってから、宴会場を出る事となった。

 

 暫く廊下を歩き、宴会場から程々に離れ、酒蔵と厠がそこそこ近い辺りに陣取り。

満月近い月の下ろす、青みがかった光の下。

神社の境内と言う事で、事細かに掃除された真平らで何も無い地面を前に、俺と萃香さんは、互いに盃を傾けながら喋っていた。

俺の方と言えば余り幻想入りしてから生活に余裕のあった時期が無く、趣味と言える話などは無いので、自然と話す内容は俺が恩を受けてきた恩人達の話になる。

萃香さんにとっては既知の事であろうに、萃香さんは聞き上手でもあり、俺にしては随分気持よく話せた物だと思う。

聞き上手でも、と言うのは、当然話し上手でもある、と言う事だ。

成程、鬼と言うだけあって武勇伝が多いが、どれもが思わず手に汗握り、熱中して聞いてしまうような内容ばかりである。

俺が知る中で最も話し上手なのは輝夜先生だと思うが、事武勇に限るならば、萃香さんの方が上手かもしれない。

そんな訳で、気づけば軽く半刻は話し込んでいただろうか。

まるで時間泥棒にあったかのように、いつの間にか月が動いているのを見つけて驚愕している、そんな頃であった。

 

「なぁ、権兵衛。お前、なんて言うか、攫いたくなる奴だなぁ」

「……はぁ」

 

 何とも反応に困る言葉である。

生憎俺は鬼ではないので、人攫いに欲を感じた事が無い。

何とも言えずに困っている俺を見やって、くすりと笑いながら、萃香さんは言う。

 

「何にでも素直で、正直で、しかも人を率直に信じられるんだからなぁ。

普通お前みたいな人に合わせる類の奴はあんまり好感が湧かないもんなんだが、お前は違う。

もうちょっと明るければ完璧ってぐらいに、凄い攫いたいんだ」

「えっと、その、攫われるのは、困ります、けど」

 

 と言うと、もう一度くすり、と笑ってから、萃香さん。

 

「そういう素直な所、やっぱり欲が疼くよ。

どうだい? 一遍私と何かで勝負してみないかい? そうさね、丁度今手元にあるし、見たところ顔に似合わず結構な酒豪だ、飲み勝負でも。

もし私に勝てりゃあ、なんて言ったって、箔がつくよ。

鬼に勝負して勝ったって名誉は、あんたの言う恩をやらを返せる対等な立場になるのに、十分な物じゃあないのかい?」

 

 と言われ、俺は一瞬悩む。

俺がさんざん願う恩人達に恩を返せるようになるのに、確かに鬼に勝ったと言う名誉は非常に役に立つだろう。

何と言っても、恐らくは人里において俺が普通に行動できるようになる、と言うだけでも大きい。

ばかりか、他の妖怪たちにも十分に知られる事になるだろうし、以前のように妖怪に襲われ、恩を返す機会を無くす事などなくなるかもしれない。

が。

と言っても。

 

「いえ、矢張り遠慮させてもらいますよ。

俺はできたら恩を返したい、と言う程度の思いなのではなく、必ず恩を返したいと思っているのです、勝算も無しに鬼相手に命がけの勝負を挑む訳にはいきません。

勿論勝算があれば、吝かではない、と言う場合もあるでしょうが……。

何せ俺と言えば、飲む度にその記憶を失っていている物でして、今日初めて自分がこんなに酒を飲めると知ったばかりなのですよ。

これで挑むのは蛮勇と言う物でしょう」

「へぇ、そうなのかい? さっきから結構飲んでるように見えたんだけど……」

 

 と、少し残念そうに言う萃香さんに、にこりと俺は笑ってみせる。

と言うのも、霊夢さんの注意事項を思い出したのである。

酒を勧められたら際限なく飲め、鬼の誘いには乗っておけ、ただしそのままではなく。

それを思うとただ断るだけではいけなくなり、それで考えてみると、調度良い思いつきがあったのだ。

 

「ですが、鬼としての仕事、人攫いに関係ない勝負をしてみせると言うのならば、勿論歓迎しますよ。

勝った負けた、それだけで楽しめるような、ただの勝負ならば。

勿論、だからと言って俺に勝算がある訳でも無いのですけれど……」

「あぁ、うん、そうか……」

 

 と、俺が提案すると、何かに納得した様子の萃香さん。

じりっとこちらに少し寄り、体を傾け、ぽん、と俺に肩を預ける形となる。

少し高めの体温が、じわりとこちらに伝わった。

 

「そうだね、攫いたいってのは確かだけど、まぁ断られるのは眼に見えていたからね、言ってみたのは単なる気まぐれだよ。

でも、嬉しいなぁ、そんな言葉にでさえ、誠実に答えてくれて。

うん、勝負しよう。

何も賭けない、ただの勝った負けた、それだけで騒げるような勝負をしよう。

なにせあんたは自分の実力だって分かっていない奴なんだ、結果は分かっていても、どれぐらいまで粘るかだけでも面白そうじゃないか。

うんうん、言ってみると、もっと楽しそうに思えてきた。

よーし、勝負しようっ!」

 

 言って跳ね起き、ぐっと盃を高く掲げる萃香さん。

俺もそれに応え、盃を掲げる。

かつん、と高い音と同時に盃が合わせられ、跳ねる互いの酒が入り交じった。

そして互いに盃を傾け、中の酒をぐいっと飲み干す。

ぷはっ、と酒臭い息を吐き出す頃には、お互い自然と笑顔になっており、これからの酒盛りが楽しい物になるに違いない、と言う予感を示していた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 の、だが。

だが、しかし。

現在時刻、翌朝の朝日が昇る頃合い。

どんどんとお互いペースを上げながら酒を飲みまくっていた所、気づけばそんな時間になっていて。

そして、何故か俺の膝上には、鼾をかきながら眠る、酔いつぶれた萃香さんの頭がある訳で。

 

「これ、どうしよう……」

 

 思わず遠い目になりながら、呟く。

なんと、結局俺は酔いつぶれる事なく酒を飲み続け、酒盛りに勝ってしまったのである。

これからどうなるんだろうなぁ、とか、そういう事を全く考えないようにしながら、何故か無限に中身の出てくる瓢箪から手酌をし、盃に口をつける。

まるで水のように飲めてしまう酒に、はて、俺は酒に弱かったのでは、と尽きぬ疑問詞と共に、現実逃避気味に俺は酒を飲み続けるのであった。

 

 

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