ルナティック幻想入り   作:アルパカ度数38%

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22-人里2

 

 

 ぽつり、と俺の鼻の頭に、雨粒が落ちた。

おや? と首をかしげて空を見上げると、暗雲が立ち込めている。

夜明けには雲ひとつない快晴だったと言うのに、どうしたのだろうと思うが、まぁ山の天気は変わりやすいと言うのだ、仕方のない事だろう。

とりあえず近くの木々で雨宿りをしつつ雨除けの結界を張り、それから歩き出す。

傘替わりの結界を雨が叩く音が激しさを増し、結界の表面を流れる雨が視界を奪った。

足元もぬかるんで危ないので、車のワイパーのように雨水をどける仕組みを結界に追加する。

辺りは暗く、更に木々が光を遮るので、参道が平に均されていても、道を見失ってしまいそうになるぐらいだ。

暫く、ざぁざぁと雨が降る中、俺は独りで山道を歩いて行くのであった。

 

 それにしても、憂鬱になる天気であった。

ただでさえ俺は、混乱の局地にあった。

何せ俺は今まで自分の卑小さによって誰かを傷つけてきて、その度に俺の惨めさを理解させられてきたのだ。

なのに今度は、俺がその存在の強さと言うべき部分が誰かを傷つけてしまったのだ。

名亡し人間。

神の天敵たる存在。

俺はそんな存在で、守矢神社の三柱の神、諏訪子様に神奈子様に東風谷さんを消し去ってしまう存在なのだと言う。

東風谷さんは現人神なのでその力だけだそうだが、それでも危害を加えてしまうような結果になってしまうのは同じである。

そんな事実に、俺は動揺していた。

俺が、誰かの力を損ない消し去ってしまう、と言うのは、初めての経験であった。

何せ俺なのである。

その存在の卑小さと言えば語るべくもなく、その弱さ故に様々な人を傷つけてきた男なのである。

誰かの力を損なうと言う、立場的に上に立つような事になったのは初めてだった。

 

 天を仰ぐ。

黒雲が俺の視界を塞ぎ、どこも一様に雲と雨粒しか見えない。

塗りつぶされたその光景が、上位者として加害者になってしまった俺を責め立てているようで、俺はすぐに視界を前に戻し、歩みを進め始める。

兎に角、俺は自分が上位者であり、主体者であると言う事に動揺していた。

だって、今まで俺は対等か下の立場でばかり人と接してきたのである、それなのに今回は違って、だから動揺していて当たり前で。

——本当にそうか? と、心の中で小さく疑問が浮かんだ。

思わず、寒気に体を震わせる。

冬の雨に体を冷やしたのか、それとも内心の疑問が心に深く突き刺さったからなのか、分からない。

深く考えてみる事にする。

 

 まず前提として、俺は卑小で、惨めで、悪因である。

であるからして、俺に当たり前などと言う語句は許されず、全て俺が悪であると言う帰結に繋がらねばならない。

すると、俺の動揺は何らかの悪因による物であると考えられる。

それから考えてみると、ふと、俺は今最も心配すべきであるのは、俺の動揺では無い事に気づいた。

今俺が最も心配すべきなのは、東風谷さんなのだ。

今までずっと独りで、やっと理解者を得られたと思ったら、それを失ってしまった東風谷さんの事なのだ。

なのに俺は、それよりも自分が誰かを傷つける力を持っていた事に動揺している。

それは何というか、そう、卑怯だった。

心配すべき誰かの事よりも、自分が誰かを傷つけはしないかと言う事を思うのは、卑怯である。

だって誰かを傷つけはしないかと言う事は、既に解決した事例なのである。

対象が神だけと決まっているので、これから神を名乗る存在に接触しないよう気をつければそれで済む話なのである。

対し東風谷さんは、これから人伝いに助ける事ができるかもしれない相手なのだ。

それで自分の力をより恐れると言うのは、過剰な考えなように俺には思える。

そう、まるで、俺が加害者となる事を厭い過ぎているかのような。

 

 頭を降る。

天気の所為か、ネガティブな考えばかり頭に思い浮かぶようだった。

いや、天気の所為などではない、それはただ俺の自虐性から目を背けているのではないか。

そう思うと、俺は更に自虐を深くしそうになる。

こんな風に何かに悩んだ時、俺は数少ない霊夢さんとの会話を思い出すようにしている。

何故なら彼女の言葉は何時も正鵠を射ており、何らかの意味があったからだ。

 

「自虐も事が過ぎると、毒よ」

 

 と、何時か霊夢さんは言った。

どんな情景だったかまでは思い出せないが、続く言葉は思い出せる。

 

「何故ならそれは、自虐を過剰にしていると、そのうち自分を十分に虐めた気になって、それで償いを果たした気になってしまうからよ。

罪を償おうと思うなら、思いも必要だけれど、それは行動と等分にすべきだわ。

ま、私は償うべき罪なんて一つも犯した事は無いけどね」

 

 と言う霊夢さんは自信に満ちていて、俺はこの人なら本当に罪を犯した事が無いのではないか、とさえ思った。

とは言えそれは幻想郷のあらゆる住人の証言で、嘘だと分かっているのだが。

異変とあれば邪魔する者全てをボコボコにする霊夢さんの行動は、正しくはあっても、罪を全く含まない行動では無かろう。

勿論そんな野暮な事を言い出すつもりは無い俺は苦笑気味にそれを流した。

 

 しかし、至言である。

俺が俺を傷つけた所で全く世界のためにはならないのだ、そうするぐらいならば東風谷さんとどうやって繋がりを保つか考えた方が良いだろう。

里が一つしか無い幻想郷に、手紙などの郵送手段は発達していない。

となると、すぐに思い浮かぶのは空を飛べる人妖の知り合いに頼む事である。

できれば守矢神社の近くに頻繁に用事がある人が良いだろう。

とすると、俺の知り合いの中で頼めるのは文さんがまず思い浮かぶ。

と言っても、天狗社会とのしがらみで難しい事もあるだろうから、他にも候補を思い浮かべようとする。

が、俺の交友関係の中ではそう思いつかない。

例えば疎になり簡単に移動できる萃香さんだろうが、彼女は何でも妖怪の山と複雑な関係にあるらしく、行くと天狗達に迷惑がかかるのだと言う。

他には紫さんが瞬間移動のような力を持っていると聞くが、俺は彼女と然程仲良くもなく、その居場所すらも知らない。

あぁしかし、東風谷さんは度々人里に来ているのだと聞いた。

それにそもそも諏訪子様と出会ったのも人里である。

すると頻繁にとは行かないが、慧音さんを伝っても、守矢神社に手紙を届ける事はできるのではないか。

そんな風に、俺は東風谷さんを慰める方法を考えながら、ゆっくりと山を降りていった。

そうして山の下腹に着く頃には雨は止み、青空が顔を出していた。

その時俺はまだ、俺が誰かの幸せの礎となれるのではないか、と思っていたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 さて、我が家は里を挟んで妖怪の山の反対側にある。

すると徒歩である以上、俺が帰るのには里の中を歩いてゆく事は必須である。

勿論大分守矢神社から離れたので空を飛んでも良いのだが、最近は里にも買い物に来るようになっている、わざわざ避ける事も無いだろう。

そんな風に思って、俺は里の中を歩くことにしたの、だが。

視線を感じる。

それも明らかに複数の、じりじりと圧力がかかってくるような物である。

ちらりと視線を横にやると、両脇を商店街になった大通りを歩いているので、多くの人が通りかかるのが眼に入る。

その全員が、同時に目を背けた。

ばかりか店員も顔を背け、窓や扉の隙間がガタガタと閉まる音が聞こえる。

内心溜息をつきながら視線を前に戻すと、またもや俺から目をそらす人々と、戸が開く音。

 

 明らかに俺は注目されていた。

以前も割と視線を感じてはいたのだが、その時は常に誰かが一緒に居たからか、これほどの視線は感じ無かった。

さて、一体どういう事なのだろうか、と首を傾げる。

一番に思いつくのは、俺の前で子供達が殴り合ってしまった事である。

あれは誰にどんな原因があったのか未だに意味が分からないが、しかし子供達からすれば俺が原因だったと思い、親に告げ口したかもしれない。

それともあの現場を遠目に見ていた人が居たならば、矢張り俺を原因と思いそれを里中に広める、と言うのは自然な流れだろう。

しかしそのどちらにしても、俺に向けられる視線は、何というか、妙だった。

粘っこい、と、言えばいいのだろうか。

悪意であるには間違い無いが、なんというか、他の感情もグチャグチャにまぜこぜになったような感じなのだ。

まるで昨日の子供達の視線のような、粘着質な光。

冬だと言うのに夏の湿気のような粘ついた空気を感じ、俺は眉間に皺を寄せた。

 

 こんな視線を受けるぐらいなら、空を飛んで帰った方が良かったか、とも俺は思う。

何故かと言えば、単に俺が不快であると言うばかりか、こんな視線をしてしまう里人も不快であろうし、何らかの拍子でそれが爆発するような事があれば事だからだ。

と言っても、だ。

一応、俺の魔力は全快の状態である。

加えて修練も毎日積んでいるからか、俺の戦闘力は相応の物であると思われる。

というのは、比較対象が強すぎるので、実感がわかないからなのであるが……。

兎も角、今の俺には里人総出で襲い掛かられても、逃げ出すぐらいの力はある。

それも、里人を傷つける事なく、である。

それならば、空を飛ぶと言うアクションで里人を刺激してしまう方が不味いかと思い、俺は粘ついた視線を受けながら歩く事にする。

 

「……するのか……疫病神……」

「騙して……気持ち悪い……罠だろ……」

「……興奮……情けなくて……気分が悪い」

 

 ぼそぼそとそこら中から声が聞こえるのも、粘ついた空気に一役買っていた。

内容はつかめない物の、言葉の端々は拾える。

それら全てが陰鬱な言葉であるのは、俺が陰鬱な気質であるからか、それとも里がそんな雰囲気になっているのか。

内心首をかしげつつ、俺は足早に里の中を進んでいく事にする。

 

 ぼそぼそと言う声が、まるで俺の周りでぐるぐると回っているかのような感覚だった。

俺の知らないうちに里で何か起こったのでなければ、矢張りこの陰鬱さは俺の所為なのだろうか。

一瞬、底抜けの穴に落ちてしまったかのような浮遊感が俺を襲う。

圧倒的な絶望であった。

俺は矢張り、里と再び友好を結ぶ事など不可能なのではないか、と、弱気が全身からはい出てくる。

これまで俺が受けた膨大な恩を返すのに里との交流は必要だし、それでなくとも他者から悪意を受けるのは辛く、また他者に悪意を創発させてしまうのは輪をかけて辛い。

泣きそうになりながらも、俺はそんな俺を支えてくれる人々を思い浮かべ、せめてこんな衆人環視の場で泣き出す事の無いよう尽力する。

 

「きゃあぁあぁっ!?」

 

 そんな風に、陰鬱な帰り道。

唐突に、大きな悲鳴が複数上がった。

同時に土煙が上がり、霊力の波がざわめくのを感じる。

何事か、と視線をやると、複数の人間が、あちらこちらから血を流しながら逃げ惑っていた。

その原因に目をやると、建物を押しつぶす形で巨大な影が見えるが、その仔細な姿は土煙に紛れて見えない。

 

「疾っ!」

 

 咄嗟に俺は、魔力を使って風を吹かせ、土煙を吹き飛ばす。

現れたのは、巨大な大百足であった。

節足動物特有の連なった深い緑の腹に、そこから突き出た一対づつの白い足。

二つに分かれた尾と頭は赤く、一対二本の触覚は硬質で、鋼のような光沢の鉄色だった。

その触手の先には、一人の里人が捕まっている。

 

「はぐれ妖怪だぁぁっ!」

 

 誰かが叫ぶのを耳に、俺は連動してその名詞の意味を思い出した。

通常、幻想郷において里人に対して食人が行われる事は無い。

勝負は弾幕決闘によって行われるし、食人を必要とする妖怪には外の世界の人間が供給されているからだ。

更に里人に手を出す妖怪は、妖怪の賢者たる紫さんに制裁されるらしい。

だが、それでも知性の足りない妖怪や、幻想入りしたばかりの妖怪は、時たま食人を行う事がある。

それを、はぐれ妖怪と言うらしい。

 

 どくん、と心臓が脈打つのを感じた。

咄嗟に四方を魔力の目を持って見渡すが、近くに霊力持ちの人間は居ない。

俺以外に、あの妖怪を止める事の出来る人妖は居ないのだ。

しかし、だがしかし。

その妖怪が隠すこと無く放出している妖力の大きさは、俺よりも幾分上であった。

自然、生物としての反射が俺の体を戸惑わせる。

しかし肉体の反応に反し、俺の精神は即座に被害の確認をしていた。

どうやら、幸い妖怪の巨体に押しつぶされた人は居ないようである。

それから捕まっている里人の方に視線をやると同時、今度こそ精神をも俺は凍りついた。

 

「た、助けてくれぇっ!」

 

 叫ぶ男は、かつて俺を里から追い出し、俺の家を壊し、俺を嬲った、あの男であった。

無心で助けにいこうとしていた体に躊躇が生まれ、走りだそうとした姿勢のまま俺は固まる。

果たして、俺が助けたとして、あの男はどうするのだろうか。

また俺の事を嬲るのだろうか。

また俺の事を打ちのめすのだろうか。

何より、また、俺は誰かに俺を傷つけさせてしまうのだろうか。

 

 そう思うと、ゾッとした感覚が背筋に生まれる。

俺は惨めな存在だが、それでも俺を傷つければ、傷つけた人は他者を傷つけたと言う咎を負わねばならないのだ。

ついさっき東風谷さんを救えなかったばかりなのに、尚俺は誰かに俺を害させてしまい、それで耐え切れるのだろうか。

分からない。

故に俺は向かう事も逃げる事もままならず、数瞬立ち尽くす事になる。

逃げ惑う人々の中でそれが目立ったのだろうか、捕まった男と俺の目があった。

男の目が喜色に染まったが、それも一瞬、すぐさま絶望の色に変わる。

それを見た瞬間、俺は駆け出していた。

 

「こっちだ、妖怪っ!」

 

 俺は、果たして何を考えていたのだろうか。

確かに俺の心が耐え切れないような事態になるのは、避けたい事態であろう。

しかし同時に、人の命は俺の心などとは比べものにならならず、掛け替えの無い物なのだ。

まさに以前絶望した時、俺は幽香さんに人の暖かさの奇跡を教えてもらい、立ち上がったと言うのに、ここで逃げていては何も学んではいないではないか。

 

 決意を胸に疾走、月弾幕を生成し大百足の触手へ撃ち出す。

爆発と共に、痛みからだろうか、緩む触手。

怪物の呻き声と共に男が悲鳴を上げながら落下し、それを見ると同時に俺は両手を突き出し、月糸を幾重にも伸ばした。

ほのかに黄色く光る糸は、腕の半分ほどの太さで家々を支点に網を作り、それに重力操作を加えて男を受け止める。

静かに男が尻から地面に着地するのと同時、糸を消すと、ばた、と倒れた音がした。

大百足に注意しながら一瞬見やると、呆然としたまま倒れているようである。

世話がやけるな、と思いつつ手を伸ばし、男を引っ張り立たせた。

 

「お、俺は、お前を、なんで……」

「いいから早く逃げてくださいっ!」

 

 叫ぶのと、それを関知したのは殆ど同時であった。

腕を起点に盾のように結界を発動、両手を重ねて掲げると同時、遅れて風を裂く音。

すぱぁぁん、と言う音と共に、思わず視界が赤くなる激痛。

妖怪は、触手を鞭のようにしならせ打ってきたのだ。

盾のように展開した結界では硬度こそ高いものの、腕と接触しているので衝撃は貫通する。

咄嗟に一番硬い結界を選んだのだが、失敗だったようだ。

失策の代償として、腫れた右腕はだらりと垂れ下がり、痺れて力が入らない。

しかし不幸中の幸いといってか、男はこの場が安全では無い事に気づいたのか、逃げ出してくれたようだ。

大百足もそれを追う事なく、俺の方をじっと見つめている。

 

 再び触手が掻き消えた、と思ったと同時、俺は空中へ飛び上がっていた。

寸前まで俺が居た所を鋼の鞭が叩き、直後、凄まじい音を立て、一対の刃がそこを切り裂く。

赤い尾が、鋏のように交差し、断頭台と化していたのである。

当然その場に留まっていれば即死だったと言う事実に、背筋を凍土が走った。

しかし隙が出来たのも事実、俺はすぐさま懐からスペルカードを取り出し、殺傷設定で発動する。

 

 月札「ムーンクロスレーザー」

 

 何時かの犬走さんの時とは違い、避ける隙間の無い熱線の交差が大百足へと襲いかかる。

虫を相手に首を狙った所で意味は無いが、とりあえず触手の鞭が怖いので頭を狙った。

が、同時に第六感からスペルカードを中止、カードを持っている左腕を掲げる。

直後、べきゃぁ、と言う義手の破砕音に、続いて頭をがつん、と殴られる。

そのまま落ちそうになるのを、咄嗟に月弾幕を作り爆発させ、そのまま真っ直ぐに落ちるのを回避。

先ほどまでの俺の落ちる軌道上を断頭台が過ぎっていくのに、内心冷や汗がでる。

迂闊なことに、俺は触手が一対ある事を忘れていたのだ。

持っている力に大きな差は無いのだが、矢張り経験の差が大きい。

内心舌打ちつつ、俺は空中で体制を整える。

 

 大百足はほぼ無傷、強いて言えば最初に触手を弾幕で攻撃した時の一発程度。

対しこちらは右腕が腫れて動かず、左腕の義手は壊れ、頭にも一発食らいズキズキと傷んでいる。

たった一度の交錯で、絶望的な状況だった。

ばかりか、本来ならば此処はいわゆる逃げ撃ちに徹して、距離を取りながら攻撃を続けたいのだが、周りへの被害がそれをさせない。

しかし、此処には俺しか妖怪と戦える人間は居ないのだ。

ばかりか、俺は輝夜先生の弟子なのである、あまり無様は見せられない。

 

 とりあえず、鞭が相手ならこの距離は不味く、距離をあける事は被害を考えるとできない。

なら残るは不得手であるが、接近である。

十数個の巨大な月弾幕を纏いながら空中を飛び出す。

途中何度も鋭角に軌道を変え、ジグザグに軌道を描きつつ接近。

結界はさっき鞭の一撃さえ耐えれなかったのでどうせ無駄である、張らずに突き進む。

上空から風切り音。

反射的に左へ臓腑が持って行かれそうな急旋回、鋼の鞭が残像を切り裂いてゆく。

次いで俺は上に登ろうと言うフェイントを見せ急下降、髪を数本鋼の鞭が持ってゆくのを感じる。

最後の足掻きとばかりに突きでてきた赤い鋏を、纏っていた月弾幕の半分ほどを放って撃ち落とした。

残念ながらダメージは少ないようで、大百足の尾は煤けたようにしか見えない。

 

 これで大百足は全ての武器は打ち終えた。

やったか、と俺が顔を喜色に染めると、大百足は大きく空気を吸い込むのとは、殆ど同時であった。

術の気配。

大百足の口腔から、緑色の液体が広範囲に渡って吐き出される。

反射的に急後退すると同時、やってしまった、と青ざめる俺。

液体が俺より先に建物にふりかかり、その全容を見せたからである。

液体は、溶解液であった。

じゅうじゅうと煙を上げながら木製家屋を液化させるのを視界の端に、スローモーションで溶解液が迫ってくるのが見える。

結界を張ろうにも時間が無い。

月弾幕を爆発させようにも、この数が誘爆すれば俺へのダメージは計り知れないし、当然溶解液も爆風に乗るので相手の攻撃範囲も増える。

しかしそれしかないか、と内心歯軋りしながら、俺は月弾幕を爆発させた。

 

 爆音。

一瞬、痛みで視界が真っ赤に染まる。

続いて背中が地面につく感覚と共に、足が沸騰するかのような感覚が俺を襲った。

 

「ぎゃああぁぁあっ!?」

 

 絶叫。

なんとか溶解液を引き剥がしたい衝動に駆られるが、それを無視して全力を振り絞って飛び上がり、距離を取る。

向かい側の家屋に俺が降り立つのと、赤い鋏が寸前まで俺が居た位置を切り裂くのとは、殆ど同時であった。

真っ赤な視界の中でゆっくりと大百足が迫ってくるのを見つつ、俺は歯を噛み締め月の魔力で刃を生成。

痺れる右腕をどうにか動かし、未だに溶け続けている足の溶解液を、近くの肉ごと切り落とす。

 

「っぐ、がぁあぁっ!?」

 

 再びの絶叫と共に、切り落とした肉が落ちる。

恐ろしい事に、その肉と溶解液は、まるで家屋など無かったかのように、屋根やら床やらを溶かしてすとんと地面まで落ちていった。

あの溶解液をそのまま浴びていれば、俺などまるで消しゴムで消したかのように消えてしまっていた事だろう。

中距離での鞭は厄介だが、それ以上に近距離での溶解液は凶悪だった。

結界さえあれば防ぎきれるだろうが、酸に対する結界に付与できる強度では、近距離の威力の減った鞭ですら防げず、一撃で壊されてしまうだろう。

そうなれば結界を貼り直す間もなく溶解液が来てゲームオーバーだ。

と、中距離戦闘でどうにかしようと決心しかけた瞬間、俺は改めて大百足を目に入れて、内心目を見開く。

大百足の緑の腹に、点々と赤い部分があったのだ。

恐らく、自身の溶解液によって溶かされて。

 

 すぐさま俺は、風に関する術を脳内で検索する。

先程見た溶解液程の質量を飛ばす術は、残念ながら無い。

ならばこれしかないか、と俺は再び月弾幕を十数個身に纏い、空中へ飛び出す。

何せ先ほど七つもの巨大な月弾幕をぶつけても大百足の尾にはダメージが無かったのである、他に手はないだろう。

決意を新たに俺は大百足に突進。

再び懐へ踏み込もうとする。

 

 溶解液を見せられて接近されるのは想定外だったのか、迎撃は一瞬遅れた。

一撃目の鞭を急加速で振り切り、二撃目を急停止で回避。

続く尾は何とか動くようになった右手で月の魔力の刃を振り下ろす。

鋏の長さ以上の刀身の切っ先が、鋏の付け根の上側を叩いた。

すると体重の差から俺の体が浮き上がり、下方を尾の刃が駆け抜けてゆく。

俺は尾を蹴り飛ばし、ついに再び大百足の懐へとたどり着いた。

 

 大百足もここまでくれば俺の狙いにも気づいているのだろうが、俺に容易く接近された事に焦ったのか、口元に術の気配を醸しだす。

直後、俺は月弾幕の全てを大百足の口元へ向かって投げつけた。

爆発と同時に溶解液の術が発動、大百足の唾液が溶解液へと変化。

口元で爆発が起きたので、溶解液は大百足の臓腑へ逆流する以外の方向へ爆散する事は無い。

変化はすぐさま起きた。

 

「ぎゅぴぃいぃい!」

 

 大百足の、絶叫。

同時に、肉が焼ける異臭と共に大百足の下半がどろりと溶け落ちた。

自然、上半分も地面に落ち、どすん、と肉感ある音を立てる。

再びの術の気配が大百足の口腔に集結。

しかし、当然虫がこの程度で死ぬ筈は無いと思っていた俺もまた、再びの巨大な月弾幕を用意していた。

先んじて、爆発がおきる。

砂塵が全てを覆い隠すのを見て、俺は反射的に再び月弾幕を生成、今度は大百足の下半分へ向かって撃ち出す。

弾幕が砂塵を払いながら突き進む先には、自立してこちらへと飛びかかろうとしていた大百足の下半分があった。

再びの、爆音。

急ぎ砂塵を風の術で飛ばして見ると、大百足は全身バラバラになっており、頭に至っては完全に潰されていた。

先ほどは傷一つつかなかった大百足であるが、今は溶解液で所々が爛れている、当然耐えきれるはずもなかったのだろう。

大百足の破片が動き出さないか見張っていた俺であるが、暫くすると所々の足が蠢くのも無くなり、ようやく安堵の溜息をついた。

 

「………………はぁっ」

 

 安堵すると、一気に力が抜けてしまい、思わず俺は尻餅をついてしまった。

恐ろしい相手であった。

力の程は俺と同程度であったが、当然ながら経験の差からして明らかに相手の方が上だった。

なんとか相手を倒した俺であるが、殆ど霊力を使いきってしまっている。

少し休まねば、家に帰る事もままならないだろう。

 

 それにしても、と俺は自分の無力さに後悔を滲ませる。

俺にこの妖怪を圧倒する程の力があれば、この妖怪を殺さず倒す事が出来たのではないか。

いや、そうまでもいかなくとも、紫さんか誰かがはぐれ妖怪に気づくまでの時間が稼げたのではないか。

そうなれば、この妖怪も森で静かに暮らせたのではなかろうか。

そう思えば、俺の無力さは罪であった。

勿論、俺も誰一人何一つ殺さずに生きれるなどとは思っていない。

俺だって畜生の肉を一切食べずに生きている訳では無いのだ。

だが、今回の妖怪の死は明らかに俺に力があれば回避できた物だった。

ならばせめて、この死を無意味にしないよう、俺がこの後悔をバネに力を付けられるよう念じておく。

 

 そんな風にして後悔に耽りつつ、俺は取り敢えず立ち上がる力が戻るまで座っているつもりであった。

そんな俺の元へと、複数の足音が向かってくる。

振り向くと、先ほど俺が助けた男であった。

手に何か持っているようだが、逆光でよく見えない。

お礼を言いに来るのだろうか、そしたらお礼なんて言われ慣れていないから、どう反応しようか、赤面してしまわないだろうか。

などと思っているうちに男はすぐ近くまで辿り着き、足を止めた。

妖怪に襲われ命を落としかけた直後である、さぞかし不安であろう、と思い、俺は男に向けて笑顔を作る。

ガツン、と頭に衝撃が走り、俺は意識を失った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 首に違和感があった。

目を見開くと、低い視点で里の大通りが流れてゆく。

次いで下半身が地面を引きずられているのに気づき、それから首に触れると、俺は首輪をさせられていたようだった。

朧な視線を後方にやると、恐らく俺の首輪から伸びているのだろう鎖を、男性の物であろう節々とした手が握っている。

引きづられる度に首が絞まるのが苦しくて、げほげほと俺は咳をした。

それに反応し、上方から声がかかる。

 

「お、起きたのか……」

 

 視線をやると、恐らく俺を引きずっているのであろう男の顔が眼に入る。

俺を追い出し、家を壊し、嬲り、そして俺によって妖怪の手から助けだされた男であった。

 

「げほ、この、状況は、一体どうしたんですか?」

「お、お前が悪いんだぞ」

 

 話が噛み合わない。

不思議に思って男をぼんやりと見続けるが、すぐに目を逸らされてしまった。

 

「まさか、お前があんな力を持っているなんて知らなかったんだ」

「はぁ……?」

 

 それがどうしたのだろう、と思うと同時、俺は男が人を一人引きずり続けると言う労苦を背負っている事に気づく。

俺の体重は然程重くも無いが、軽くも無い。

となればその負担も相応の物であり、状況の分からない俺なりにもせめてその負担を軽減する事を考えるべきではないか。

そう思って立ち上がろうとするものの、腰に殆ど力が入らなかった。

まるで鉛にでもなったかのように全身が重い。

どうやら立ち上がるのは無理そうだと思い、俺は辛うじて動く右手で頭を掻こうとして、べっとりと言う感触に眉をひそめる。

見れば手は、血で赤く染まっていた。

そういえば気絶する寸前、頭に衝撃を受けたな、とぼんやり考える。

 

「お、俺たちが悪いんじゃあない。

お前に復讐する力があるって言うなら、弱っているうちに俺たちはこうするしか無かったんだ」

「復讐? 何のです?」

 

 分からなかったので素直に聞いてみたが、返ってきたのは沈黙であった。

気のせいか、歯軋りのような音が聞こえるも、ずりずりと引きずられる音に紛れてよく分からない。

訳がわからないので少しの間黙っていると、男は深呼吸して口を開く。

俺を引きずっていて疲れたのだろうな、と思った。

 

「お前は、妖怪だ」

「へ?」

「お前は、里を陥れようとする、邪悪な妖怪なんだ」

 

 一瞬、何を言われたのか分からず、思考が停止する。

里を陥れようとする、と言うのは、誤解であるがまだ分かる。

だがしかし、妖怪と言うのは何処から来たのだろうか?

と思ってから、俺は先の大百足の妖怪との戦いを思い返し、そこに原因があったかもしれないと回想する。

が、誤解の原因は見つからない。

仕方がないので聞いてみる事にした。

 

「何故、俺を妖怪だなどと思ったのですか? 弁明させてもらいますけど、俺は人間ですよ?」

「お前が——、そう、異様な力を持っているからだ」

「霊力持ちの人間なぞ、里の陰陽師にでも居るでしょうに」

 

 言うと、苦虫を噛み潰したような表情をする男。

吐き捨てるように、言葉が返ってくる。

 

「お前が——、そう、慧音先生を陥れた、邪悪な存在だからだ」

「それは誤解ですし、悲しい事ですが、人は妖怪ではなくとも人を陥れられます」

 

 急に俺を引きずる動きが強くなった。

足の傷がごりごりと地面に擦れて、小さく俺は悲鳴を上げる。

 

「大体、こうやって自分の身可愛さに抗弁する事だって怪しいじゃないか、それが妖怪の証拠だっ」

「確かに、俺は自分の身が可愛いですし、それ故に誤解を解こうとしている部分もあるでしょう」

 

 男が、にやりと笑みを浮かべる。

ついでに言えばその妖怪の認定法は人間の誰にでも言えるが、明らかに冷静でない様子の男を刺激しないよう、俺は相手の方法をあげつらうような事はやめておく事にした。

代わりに、本心からの言葉だけを口にする。

 

「ですが、俺は、貴方の事の心配なのです。

俺は、邪悪な妖怪とやらではありません。

なのに貴方は俺の事を邪悪な妖怪と誤解している。

邪悪と枕詞がつくのです、誤解の果てに俺を虐げるような真似をするかもしれません。

そうすれば、貴方は誤解が解けた時、きっと激しく後悔をなされるでしょう。

俺は、貴方にも、後悔してほしくないのです」

 

 一瞬、男の足が止まった。

全身を僅かに震わせながら俺を見て、それから眼を閉じる。

口が呟くように動いた。

内容は、仕方ないんだ、と言ったように見受けられる。

それから、男は一言も喋らずに俺を引きずっていった。

俺は何度か口を開き、あの大百足の妖怪によって被害は出なかったか、今何処に向かっているのか、これから俺は何をされるのか、など聞いたが、何一つ答えは返ってこなかった。

 

 次第に眠くなる意識を何とか保っていると、男の動きが止まる。

あたりを見回すと、どうやら此処は里の中央広場のようだった。

沢山の、里中の人が居るのではないかと言うぐらいの人が集まっている。

その中心に小高い台があり、その上に一本の細長い丸太が立てられていた。

そこへ向かって、再び男は俺を引きずってゆく。

疲れからか傷の所為か、喋るのも億劫だったので、俺は黙って引きずられるに任せた。

低い視点も相まって、里人の顔は見えない。

先の戦闘で怪我をした人が居ないかどうかが心配だった。

 

 中心の丸太へと着くと、俺は首輪ごと無理矢理引き上げられ、立たされた。

が、足の激痛に呻く俺は、未だにまとも立ち上がる事すらできない。

そんな俺へと縄を手に男達が迫り、数人がかりで俺は丸太へと縛り付けられた。

相当に強く縛られた上、傷口を避ける事もされなかったので、走る激痛に視界が赤く染まる。

小さく呻き声を上げているうちに男達は引き、台の下へと戻ってゆく。

 

 暫くして、俺はようやく回復した視界で、眼下の里人たちを眺めた。

里人達は、皆不安そうな顔をして視線を落とし、俺と視線を合わせようとしない。

どうしたのだろうかと首を傾げるうちに、先の男が叫ぶ。

 

「皆、怯むなっ! この感情は罠だ、あの妖怪の罠なんだっ!」

 

 同時に何かを投げたようだ、と思った瞬間、カツッ、と額に衝撃が走る。

遅れて台に落ちてゆくそれを見ると、投げられたのは小石であった。

どういう事なのだ、と混乱する俺を置いてけぼりにして、里人の皆は男に続いて石を投げ始めた。

 

「う、うわあぁあぁっ!」

 

 額に、腹に、腕に、足に、傷に、様々な所に石が命中する。

抗議しようと口を開けば、その中に石が命中し、咳き込みながら吐き出す次第となった。

魔力で身を守ろうにも力は既に使い果たし、ここから逃れる事すらもままならない。

 

「あ、ああぁああぁっ!」

 

 叫ぶ人々は、次々に石を投げながらも、何故か涙を流していた。

まるで家族の死に目にでも会ったかのように号泣し、鼻水を垂らし、嗚咽を漏らしながら、それでも何故か石を投げる。

そんなに泣くぐらいならば辞めればいいのに、と投げられる側にしても思うのだが、それでも誰一人辞めない。

泣きながら、石を投げ続ける。

 

「う、うぅぅうぅっ!」

 

 唐突に俺は、あの時と同じだ、と思い当たった。

つい昨日、子供達が俺の目の前で殴り合ったときと、同じだ、と。

何故そう思ったのかは分からない。

あの時は子供達同士であったし、当の俺は暴力の対象ではなかったのだ、状況は同じとは言えないだろう。

ただそれでも、涙を流しながら石を投げ続ける人々が、まるで自分自身に石を投げているかのように思え、俺は思ったのだ。

救わねば、と。

 

「うえ、ぇ、えっ、えっ!」

 

 しかし実際、俺は無力であった。

口を開こうにも石が口に舞い込み、吐き捨てて叫んでも大音声の鳴き声達に掻き消される。

魔力ばかりか体力も尽きて、石の痛みが無ければ今にも眠ってしまいそうなぐらい。

あぁ、何故俺はこんなにも無力なのだろうか。

もっと俺は強ければこんな状況などにならなかっただろうに。

そうは思うものの、俺はつい先ほど自分の力の巨大さを持て余したばかりだ。

一体俺は強くなればいいのか、弱くなればいいのか、それすらも分からず、ただただ混乱するばかり。

そんな風にしてどれほどの時間が立っただろうか、石の雨が止む。

見れば、俺の助けた男が、その手に松明を持っていた。

足元に目をやると、いつの間にか置かれたのか、それとも俺が気づいていなかったのか、薪がくべてあった。

火刑。

その言語が思い起こされる。

 

「終わり、だ……」

 

 静かに言う男に、やめてくれ、と言おうとしたが、力ない声は声ともならずにただ消えていくだけだった。

ぼ、と小さな音と共に、松明の火が薪に燃え移り、そこから丸太へ、次いで俺へと炎が燃え移ってゆく。

全身を燃え盛る炎が覆ってゆくのが分かった。

俺は自分の小ささに泣くが、その涙もすぐに蒸発し、消え去り、何も無かったかのようになる。

 

 幸せに、と俺は呟いた。

幸せにしたかった。

誰をと言うのではない、誰でも等しく、俺は幸せにしたかった。

そして叶う事なら、受けた恩を返す事がしたかった。

だが、その程度の願いすら、俺には荷が勝ちすぎていたのだろうか。

 

 此処で俺は死ぬのか、と思うと、後悔が胸の内から生まれて出てくる。

様々な人々から受けた恩が思い返され、また、それを返せぬうちに死する事に悔しさが滲む。

ばかりか俺は、その人々に悲報で恩を仇で返してしまう事にすらなるのだ。

そればかりはいかん、と全身の力を集め、身を捩るが、強固に巻きつけられた体は少しも動かない。

やがて絶望が俺を支配し、こんな所で志半ばに死ぬぐらいなら、生まれてこなかった方が良かったのでは、とすら思った。

 

 走馬灯が駆け巡る。

あまりに早すぎて何だか分からない、色とりどりのマーブル模様の走馬灯。

まるでネオンのような原色が通りすぎてゆくのを感じる中、何故か一つだけ確かな形と色を保った物がある。

それは、白い手袋であった。

フリル付きの、いかにもお嬢様らしい手袋が、す、と俺へと手を伸ばしてくる。

それを掴もうと俺はもがくが、手袋は少し考えたかと思うと、すぐにその手を引っ込めてしまった。

 

 そんなうちに、俺は意識が遠のいてゆくのを感じる。

瞼が閉じてゆく視界の端に、空を飛んでくる幾つかの影が見えた。

南無三、と言う声が最後に聞こえたような気がして、そして俺は意識を失った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 目を開くと、またしても知らない天井であった。

右手をついて起き上がろうとするが、手に力が入らない。

そういえば大百足に手ひどくやられたのだ、と思いつき、それから魔力が回復しているかどうか確認。

一割程度だが回復しているので、それを使って上半身を起こす。

目を見開いた女性と目があった。

美しい女性であった。

東洋風の顔立ちだと言うのに身に纏うのは西洋のゴシック風のドレスで、それでも不思議と似合っている。

一際目立つのは、髪であった。

頭頂部が紫色、それから髪先に行くに従って金髪へと鮮やかなグラデーションを描いている。

これまた大層な美人との出会いである。

何気に気絶からの目覚めに美人と出会うのは結構な回数になる筈なのだが、相変わらず慣れる事なく俺の心臓は高鳴り、頬は僅かに紅潮する。

変わらぬ赤面癖に、学習しないな、と自己嫌悪しつつ、口を開いた。

 

「おはようございます」

「あら、おはようございます。お加減は如何ですか?」

「……恥ずかしながら、魔力に頼らねば起き上がる事も出来ず、その魔力も僅かしか回復していないようで」

「でしたら、どうぞ横になってください」

 

 優しく嗜めるように言われ、俺はそれに従い体を横にする。

すると対面できない俺を気遣ってくれたのだろう、彼女は俺の顔のすぐ横に腰を下ろした。

何といえばいいのか、清らかな仕草であった。

上品であったり美しかったりと言う枕詞のつく仕草は何度も見たが、このように清らかな仕草は初めて見る物だったので、少し見惚れてしまう。

それから少しして呆けていた己に気づき、矢張り顔を赤らめながらも、俺は口を開いた。

 

「初めまして、俺は七篠権兵衛と言います」

「私は、聖白蓮、此処命蓮寺の住職ですわ」

 

 にっこりと微笑む彼女に、こちらも思わずにこりと微笑む。

が、先ほどと同じく全く状況を理解できていない事に気づき、俺は言った。

 

「その、聖さん、俺は一体、どういう状況なのでしょうか。

此処はもしかして、冥界なのですか?

火あぶりの刑にあって、それから何も覚えていないのですが……」

「くす、冥界にお寺はありませんよ」

 

 と、小さく笑う聖さんに、思わず赤面してしまう。

兎に角恥ずかしくて恥ずかしくて、俯くように視線を外してしまう俺。

それでもまだ恥ずかしくてしょうがなくて、魔力を使ってまで布団を引き上げ、顔を半分隠した。

そこまでしてもまだ赤面は収まらず、顔は赤いままである。

一応真剣に恥ずかしく思っている仕草なのだが、しかしそんな様子がどうやら滑稽なようで、くすくすと言う聖さんの声は続いたままだった。

 

「安心してください、此処は現世ですし、この命蓮寺に居る妖怪達は皆貴方の味方です。

私達は、人間によって不当に扱われていた貴方を、里から救い出したのです。

まったく、この幻想郷であれば人間も違うものかと思いましたが、失望しました。

まさか里人を救った貴方を火刑にするなど、誠に軽薄で忘恩の徒であるっ!」

 

 と、急に怒り出す聖さん。

慌てて俺は布団を剥がし、口をはさむ。

 

「い、いえ、これは誤解が招いた事なのです。

どうか里人に失望しないでください。

それは俺の身から出た錆も一因であったのです。

里の人間も、きっと話せば分かってくれます、ですからどうかっ」

 

 と言うと、虚を突かれたかのように、ぱちぱちと瞬く聖さん。

す、と上げていた肩をおろし、小さな溜息と共に、何故か嬉しそうに言う。

 

「くす、貴方は、本当に優しい妖怪なのですね——」

 

 いえ、そんな、と言おうとして、はて、と俺は首を傾げた。

 

「その、俺は人間なのですが……?」

「………………え?」

 

 ぼ、と音を立て、聖さんが赤面した。

慌てて両手を前にやり、続けて言う。

 

「い、いえ、でも、里人に妖怪だって言われてましたし……」

「その、それも誤解の一つで……」

「で、でも、魔力を使ってましたし……」

「人間でも魔力は使えるような……」

「そ、その……」

「………………」

 

 だんだんと勢いを無くしてゆく聖さんは、ついには真っ赤になって、俯いてしまった。

それでも恥ずかしくて仕方がないのだろう、両手で顔を覆っている。

こうまで赤面されてしまうとこちらも気まずく、また赤面で連想して先の自分の冥界にお寺がある発言を思い出してしまった。

こちらも赤面してしまい、再び布団を魔力で引き上げ顔を隠すようにする。

そんなお互いに赤面を突き合わせた様子から、俺の命蓮寺での生活が始まるのであった。

 

 




以前、>>1さん と 8頭身 みたい、という感想もらって笑ってしまった
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