ルナティック幻想入り   作:アルパカ度数38%

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26-閑話3

 

 

 霧雨魔理沙は何時ものように空を飛んでいた。

久しぶりに博麗神社へ向かっているのである。

というのは、何時だったか、秋頃に博麗神社に向かった時から、久しく魔理沙は博麗神社に訪れていなかったのだ。

理由と言えば一つ、巫女の勘である。

霊夢は簡潔に言った。

 

「多分、これから少しの間あんたは此処に来ない方がいいわよ」

 

 それは誤解を招く事を恐れぬ物言いで、如何にも霊夢らしい物だった。

そういった霊夢の超然としている所を見ると、魔理沙は何時も複雑な気持ちになる。

超然とした所に想起され、歴然とした才能の差を思い知らされるからだ。

魔理沙はそれを理由に霊夢を妬む事はなかったが、それでも悔しい物は悔しい。

しかしそれは置いておいて、この霊夢の勘と言うのは非常によく当たる物なのである。

何時も異変解決において霊夢が魔理沙に先んじているのは、この勘が理由の一つに当たるだろう。

 

 魔理沙は悩むこと無く、博麗神社への来訪をピタリと辞めた。

別に霊夢の勘が当たり、被害を被ることが怖いのではない。

単に霊夢の言葉に異変の匂いを感じ取ったからだ。

博麗神社で同じ条件で異変を感じたならば、魔理沙には霊夢相手に勝ち目は無い。

今度こそ自分が異変を解決してやろう、と言う単純な競争心からであった。

 

 暫くの間、代わりにアリスだのパチュリーだのにとりだの、仲のよい、もしくは魔理沙がそう思っている相手に会いに行く事が増えた。

しかしアリスはある日を境に魔理沙を家に入れなくなり、魔理沙は漠然と霊夢の勘が当たったことを感じる事になる。

さぁ、異変は何処だ、と鼻息荒く魔理沙は幻想郷中を飛んで回ったのだが、異変らしい異変は見つからなかった。

代わりに、何だか幻想郷の一部の住人達の付き合いが悪くなったなぁ、と思ったぐらいである。

きっともう霊夢が異変を解決してしまっただろう。

そう思った魔理沙は、暫く一人で拗ねていたが、やがて元気を取り戻すと、博麗神社に行ってみる事にしたのだ。

 

 久しく見る博麗神社への空の道である。

懐かしさを覚えるかと思った魔理沙だが、空の上はどこも見目には同じような光景ばかりだ。

強いて言えば、空気が何処か淀んでいるような気がするぐらいである。

空の上で空気が淀む事など、ある筈もなかろうに。

あるのは空気の違いだけで、こんなものなのか、と肩透かしな気分で魔理沙は博麗神社へ向かう。

 

 博麗神社の鳥居が見えてきて、魔理沙は箒を巧みに操り、高度を下げて着陸した。

博麗神社の鳥居は外の世界に向けてあり、幻想郷の最東端に当たるので、鳥居を通らずに魔理沙は直接庭に降り立つ事になる。

何時もの事だが、それって神社に入った事になるのだろうかと魔理沙は不思議に思う。

人里用の道も鳥居を通らず、賽銭箱へ最短の道で作られている。

これでいいのかと思うものの、霊夢だしそんなもんだろう、と変な納得の仕方をしながら魔理沙は歩き出した。

 

「お〜い霊夢、居るか? 居ないなら茶菓子を少し借りるぞ〜」

「居るからあんたの茶菓子は無しね」

「おいおい、客にそれはないだろう」

 

 と、魔理沙が言うが早いか、巫女は姿を表したようだ。

声の方に振り返って、思わず魔理沙は目を瞬く。

黒曜石の瞳に烏の濡れ羽色の髪に、人形のように白い肌。

それをまとめる赤いリボンに、紅白の脇の開いた巫女服、黄色い胸元のリボン。

全てが魔理沙の記憶通りの霊夢であった。

だのに何故か、魔理沙は霊夢と初対面のような気がした。

 

「ジャメヴって言うんだっけか、こういうの」

「は? なにそれ、お賽銭の集まる物?」

「ああいや、何でもないんだ」

 

 魔理沙が箒片手に手を振ると、それで納得がいったのか、紅白巫女は縁側を歩いて行く。

台所ではないのを見て、どうやら茶を入れてくれる訳ではなさそうなのに、魔理沙は首をかしげた。

 

「おいおい、どっちへ行く。

上手い茶はあっちの奥の台所の下にある棚の上から二番目の引き出しだぜ?」

「あんたにそんな上等な茶は出さないわよ。

ちょっと色んな面子で話し合いをしたいみたいだけど、なんでかその場所がうちに決まったの。

もうすぐ話し合いが始まるから、私もそれに参加するの」

「へぇ……」

 

 言ってから、魔理沙は少し思案する。

恐らく今回の異変の戦後処理みたいな物なのだろうか。

そうなると、魔理沙は自分が今回の異変らしきものに何ら関わっていないのに参加するというのは気が引ける。

が、かといって、異変に少しも触れないのも、置いていかれているような気がして嫌だ。

少しの間顎に手をやり考え込んでいた魔理沙だったが、霊夢が再び足を動かす音に面を上げ、口を開いた。

 

「じゃあ、私もそいつに参加させてくれよ」

「まぁ、別にいいわよ」

 

 了承の返事に、魔理沙は早速魔法で箒を収納し、靴を脱いで神社の中へと上がっていった。

暫く霊夢の後をついていくと、広間の前で霊夢が止まる。

す、と静かな音を立て、襖は横に滑っていった。

後をついていた魔理沙は思わず、息を飲む。

 

「おいおい、凄い面子だな」

 

 と魔理沙が言う通り、広間の中に居るのは皆幻想郷の中でも実力者として知られる面々であった。

レミリアに咲夜、幽々子に妖夢、輝夜に永琳、幽香、慧音に妹紅、萃香、アリスに紫。

魔理沙は魔理沙が気づけない程度の簡潔な異変であると思い込んでいたので、そうそうたるメンバーに驚きを隠せない。

霊夢が中に入るまで棒立ちになってしまうぐらいだった。

視線で促され、ようやく魔理沙は広間の中に入り、後ろ手に襖を閉める。

ピシャ、と言う音と共に襖が閉まる音がして、その瞬間、何故だか魔理沙は、自分が巨大な生き物の口内に入り込んでしまったのではないか、と思った。

広間に並ぶ襖は閉じたまま動かない白い歯、畳の舌に天井の肉。

おぞましい想像に、一瞬身震いしてしまう魔理沙であったが、幸い誰もそれを見咎める事が無かった。

 

 と言うか、そもそも誰一人一言も発していなかった。

主従の間にすら会話は無く、誰もが静かに前を見据えるばかりで、まるで蝋人形でも置いてあるかのようである。

霊夢が入ってきた事にすら興味がないようで、身動き一つしないどころか、瞬きですらしているか怪しい。

唯一違うのは、紫ぐらいか。

一人だけまるで自分の家であろうかのようにくつろいでおり、髪をかきあげたり広間の机に腕をついてみたり、自由な振る舞いである。

それに少しだけほっとしつつ、魔理沙は霊夢の後を追い、隣に着席した。

同時、紫が口を開く。

 

「さて、それじゃあ、なんだか余計な白黒も居るけれど、そろそろ始めましょうか。

司会は不肖、八雲紫が努めさせて頂きます。

まずは経緯を追いましょう。

経緯、経緯は大事ね。

なにせ……あぁ、もう、冗談ですからそんなに殺気立たないで。

ちゃんと経緯から話しますとも。

それじゃあ、四日前、人里で慧音が権兵衛さんを見ていた時から……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 経緯は以下のような事だった。

何やら権兵衛と言う男の事が議題らしい。

その権兵衛とやらを、何でか監視する必要があり、それをしていたのがこの中で最も弱い部類である慧音であった為、諏訪子が権兵衛を守矢神社へ連れて行くのを阻止、あるいは追尾できなかったらしい。

理由は不明だが、慧音はその報告を怠った。

紫が言うには、元々実力不足で、権兵衛と接した時間が最も長い事からこの集団に参加できていた慧音は、これを機にこの集団から外されてしまうのではないか、と錯乱したのだろうと言われている。

兎も角連絡が遅れ、更に相手が幻想郷でも指折りの実力者とあり、霊夢と紫と、その時はアリスを除いたこの集団は、守矢神社に突入し権兵衛を救い出すのが遅れた。

結果、守矢神社を出た権兵衛が地上を歩いて去るのと、すれ違ってしまう事になった。

そこで集団が見たのは、三つ巴の戦いで半死半生となった三柱の神である。

それに止めを刺そうとした集団を前に、何とか間に合った紫がスキマで捕縛、封印中だと言う。

 

 このあたりで、魔理沙は既に意味がわからなくなっていた。

権兵衛と言う男が居る、そこまでは良い。

しかしそれを監視する意味が分からないし、しかも諏訪子に連れられた程度でさもそれを一大事のように語るのもおかしい。

珍しくまともな人妖である慧音がそこまで錯乱するのもよく分からないし、それだけの情報で守矢神社へ突っ込んでゆく理由も不明だ。

そこまでなら魔理沙には分からない深遠な意味があるのかもしれない、と思えるが、その後の言葉は完全に意味不明である。

何せ、あの仲の良い守矢神社の三柱の神が殺し合いをしていたのだと言う。

一体何がそうさせたのか分からず、混乱したままの魔理沙であるが、それを置いて話は進んでいく。

 

 その間、権兵衛は人里ではぐれ妖怪と遭遇、辛勝したらしい。

その後権兵衛は彼を恐れる人里の人間達によって束縛、石を投げられた上に火刑で殺されそうになった。

それを救ったのが、正体不明の状態となった命蓮寺の面々である。

その事実を知った集団は命蓮寺に突入しようとするが、紫と彼女が呼んだ応援である霊夢の執り成しによって、止められる事になる。

命蓮寺の面々が権兵衛の恩人である事は変えようがない事実であり、その恩人に横暴に接する事を、権兵衛は酷く気にするだろう。

そう諌められると、集団の面々は渋々と紫と霊夢に交渉権を渡し、何処でも権兵衛を保護し、また人避けの結界を与える用意があると伝えるよう言った。

それを伝えようと、紫と霊夢が命蓮寺に話しに行こうとした日の事である。

命蓮寺から、極光が登った。

地底へ人妖を封印する為の、光である。

急ぎ紫と霊夢は命蓮寺に向かったが、そこで見られたのは殺し合いをする命蓮寺の面々と、それを棒立ちで見つめる一輪と雲山であった。

紫は一旦彼女らを個別にスキマに封印する事で事態を収束、そこで聞いた話が、こうなる。

 

「矢張りあの光は、権兵衛さんを地底に封印した光でしたわ」

 

 と紫が言うと、ぞ、と生暖かい憎悪が場に満ち始めた。

魔理沙は腰が引けてしまい、思わず後ろに手をつきながらのぞける。

しかしそれを気にする人妖はそこに誰一人居らず、話は何もなかったかのように続いていく。

 

「理由は」

 

 と、幽々子が微笑んだ。

扇子が音もなく開き、その口元を隠す。

物理的な圧力がある、憎悪に満ちた微笑みであった。

 

「理由は、何だと言うのかしら?」

「下手人は寅丸星、毘沙門天の弟子の、虎の妖怪だそうよ。

理由は錯乱していて上手く分からなかったけれど、権兵衛さんの余りの優しさに嫉妬していたみたいよ」

「ふぅん……」

 

 そう呟く幽々子の顔色には、納得の色が見えた。

他の面々の顔も同様である。

一体どういう事なんだ、と魔理沙は頭を抱えたい気分になった。

魔理沙は一応星と知り合いであるが、嫉妬で善人を地底に封印するような奴では無かったように思う。

ならば権兵衛の優しさとやら故に全員納得しているのかとも思うが、それも異常だった。

幻想郷の様々な性格の有力者達が軒並み認める程の優しさなど、魔理沙には想像できない。

いや、そもそも、果たしてそれは優しさと呼べる物なのだろうか。

もっと別の、おぞましい何かなのではないだろうか。

本能的な部分でそう感じる魔理沙だったが、その広間に立ち込める物騒な空気に、その口を閉じてしまう。

魔理沙の事を気にかけている人妖は誰一人居なかったので、そのまま話は進んでいった。

 

「この守矢神社と命蓮寺の面々への対応は、とりあえず後回しでいいでしょう。

まず今すぐに行わなければいけないのは、権兵衛さんの救出である筈です」

 

 と、紫は簡潔に言った。

そしてぐるり、と広間を見渡しつつ、幾人かの所で顔を止める。

一通り眺め終えてから、紫は口を開いた。

 

「といっても、地底には人間以外入ってはならない、と言う盟約があります。

権兵衛さんの価値を思えばそれを守る必要が無いのでは、と思う方もいらっしゃるでしょうが、事は穏便に済ませられるのならそうするのが適当でしょう。

特に権兵衛さんにとって、地底がどんな場所になっているのか、不明である現時点では。

さて、この場にある程度実力のある人間は——」

 

 紫は、握り拳を作り、顔の前にまで上げる。

 

「妖夢」

 

 紫は握り拳から指を一本立てた。

 

「咲夜、霊夢そして——」

 

 続けつつ、人名を言う度に指を立てていく。

最後に紫は魔理沙の方に視線をやり、言った。

 

「魔理沙」

 

 びくん、と魔理沙は体を震わせた。

それから、まるで今まで白昼夢でも見ていたかのように、瞳に色が戻る。

汗が全身から拭きでて、冬だと言うのに蒸し暑いほどであった。

大きく肩で息をしてから、魔理沙は誰とも目を合わせず、言う。

 

「わ、私は、その権兵衛って奴の事を……」

「権兵衛さんよ」

 

 と、すかさず輝夜の声が訂正に入った。

冷たく鋭利な声に、再び体をびくりと震わせながら、魔理沙は続ける。

 

「その権兵衛さんって人の事を、見た事も無いし、あっちだって私の事を知らない筈だぜ。

知らない奴を救ってこいだなんて、やれやれ、お前らも冗句が好きだな」

 

 口調こそ常であるものの、今自分がまともな顔色をしているか、魔理沙には自信がなかった。

魔理沙はこの部屋の異様な空気に、すっかりやられてしまっていた。

大体、権兵衛とやらに何故そんなに拘るのだろうか。

聞いてみればスッキリするのだろうが、逆にそれを聞いてしまえば何かが終わってしまうような気がして、魔理沙はとてもそんな事は聞けなかった。

兎に角これで断る理由は充分だろう、と魔理沙が密かに顔を上げると、広間の面々は意外そうに驚いていた。

ひそひそと声が聞こえてくる。

 

「そうね、初見でも権兵衛さんの事なら、魅力ある人って言えば分かるだろうし……」

「行って救ってくるだけなら、魅力にやられてしまうより早いかも」

「地上に戻ってからも、霊夢よりは扱い易いだろうし」

 

 おいおい、私の番は終わったんじゃあないのか、と乾いた笑みを浮かべようとした魔理沙だったが、出てきたのは声にならない小さな悲鳴だけだった。

なんで私なんだよ、とぶるぶる震えながら、内心泣きそうになりつつ思う。

魔理沙はもう何でもいいから、この権兵衛とやらとはできるだけ早く関わりを断ちたかった。

こんな不気味な存在とは触れていたくなかった。

だのにこの面々は誰もが魔理沙を推したがる。

 

 しかも魔理沙は、同時に強い視線を二対感じていた。

じりじりと頭を焼かれるような視線に耐え切れず、魔理沙はおずおずと面を上げた。

ちらりと元を辿ると、先に名前を呼ばれた妖夢と咲夜が凄まじい表情で魔理沙を睨んでいる。

思わず悲鳴を上げそうになってしまった魔理沙だったが、急ぎ俯いて二人の顔を隠し、事無きことを得た。

そんな折である。

こんなひそひそ声が、魔理沙の窮地を救った。

 

「でも、地底に居座られたら面倒じゃないかしら?」

 

 誰が言ったのかも分からないその小さな声は、確かに会場の空気を変えた。

波打つように認識が同じくなり、魔理沙を推す声は掻き消えてゆく。

代わりに面々が推し始めたのは、霊夢であった。

 

「霊夢なら、どうせ権兵衛さんの魅力にやられないだろうから大丈夫」

「一応人間助けだし、妖怪退治になるかもしれないし」

「本人のやる気が……」

「でも、勘でこの事態の不味さが分かるでしょう」

 

 魔理沙は自分が捨てられ代わりに霊夢が挙げられたと言うのに、内心安堵の溜息でいっぱいであった。

霊夢への敗北感云々よりも、今はこの安堵に浸りたい。

涙すらうっすらを浮かべながら、魔理沙はようやく面を上げた。

妖夢と咲夜の視線も霊夢に移っており、安堵に包まれ魔理沙は溜息をつく。

暫くしてから、紫が声を上げた。

 

「では、挙手で表決を取りましょう。

まず、妖夢を推す方」

 

 幽々子と妖夢の二人のみが手を上げた。

 

「咲夜を推す方」

 

 レミリアと咲夜の二人のみが手を上げた。

 

「魔理沙を推す方」

 

 誰一人手を上げる人妖は居なかった。

 

「霊夢を推す方」

 

 紫と霊夢を除く、魔理沙を含めた残る全員が手を上げた。

 

「では、霊夢が権兵衛さんを地底まで助けに行くと言う事で」

「まぁ、そうなる気はしていたけど……。

面倒くさいけど、行かないともっと面倒くさいことになるのよね。

あぁもう、代わりに今度は補助は要らないから、神社に寄りつかないでよ?

もうお酒を飲まれるのは勘弁なのよ」

 

 言って、面倒くさげに溜息をつきつつ、霊夢が了承の意を発する。

半目になり、四肢を投げ出し、今にもその場で寝転がりそうな仕草で、霊夢は手を振り話の続きを促した。

何時もの霊夢の仕草に、これでこの地獄のような会議は終わったのだ、と内心安堵し魔理沙は溜息をついた。

反して、紫が口を開く。

 

「続いて、権兵衛さんを私刑にした里に、どのように対応するか……と言う事でしょうか」

 

 魔理沙は、絶句した。

これでやっと出口だと思った所を引き戻されたかのような思いで、紫を見つめるが、現実は覆らない。

 

「では、妖精や過去視の術持ちからの話を総合した、経緯をお話しましょう。

まず、かつての事態になりますが……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 紫によると。

権兵衛は慧音の元で寺子屋を手伝っていた所、里人に里を追い出されてほったて小屋での農業生活に追い込まれたのだと言う。

しかもその後、里人曰く「権兵衛が生きていてもいい税」と言う事で里人相手の五割増しの金額で物を売られていたのだ。

更にその上ある日を切欠に里人は権兵衛のほったて小屋と畑をすら破壊し、そこに呆然と帰ってきた権兵衛を嬲ったとの事。

その後権兵衛は一時博麗神社に滞在した後、萃香の手によって作られた今の屋敷に住む事になった。

それからはこの集団の背後からの圧力によってとは言え里と正常な通交を保てるようになったのだと言う。

しかしそれも、一時のこと。

先ほど紫が言ったように、権兵衛ははぐれ妖怪から里を守る為に激闘し、消耗した所を里人によって私刑にされた。

 

 一体これはどういう事だ、と魔理沙は唖然とする。

里人には外来人をやや嫌うような風潮があり、少し排他的な部分があるとは思っていたが、それだけでは済まない事象である。

しかし一方、紫の言っている事の信憑性は決して低くない。

この場に居る誰一人反論しない事もそうだし、紫の言う権兵衛宅襲撃の頃、魔理沙が一度里の男衆が全員居なくなっている所を見た事もあった。

それでも矢張り信じきれず、混乱する魔理沙を置いて、議論は進む。

紫が金髪をかきあげながら、艶やかに言った。

 

「こういった経緯から、皆さんが人里に報復を、と考えるのは当然の道理でしょう。

では皆さん、何か発言はありますか?」

 

 第一声、幽々子が言う。

 

「人里の半分を、死に誘いましょう」

 

 恐るべき内容は、簡潔に口に出された。

魔理沙の思考が停止し、筋肉が痺れて口が閉まらない。

呆然とする魔理沙を捨ておき、次いで魔理沙の隣からアリス。

 

「そうね、丁度人形の材料の参考にするのに、死体が欲しかったのよね」

 

 次ぐ衝撃もまた大きかった。

幾度か異変の際力を貸してもらった相手である、考えに近い所もあるだろうと考えていたので、余計に衝撃は大きい。

魔理沙は目眩を感じながら部屋を見回すが、この証言に頷いている者ばかりで、反論を上げようとする者は殆ど居ない。

唯一慧音だけが、魔理沙と同じように絶句しながら発言者達を視線で追っていた。

 

「って言うけど、まさかそれだけで終わらせるんじゃあないだろう?」

 

 と言うのは萃香である。

その表情には全く気負いと言う物が無く、まるで今日の晩御飯を考えているような平常の顔であった。

それが逆に恐ろしく、思わず魔理沙は身震いしてしまう。

まだやるのか、と言おうとするものの、それは言葉にならず、空気を震わせるだけで消えていった。

 

「あら、私なら、疫病を流行らせて苦しませて殺す事ができるわ。

それも全員を苦しませた上、薬の供給を見極めて、半分残すようにね」

 

 次いで言うのは永琳である。

その表情にはいい実験体ができた、と言う以上の感情は見受けられず、なんら里人への恨みも見えない。

自分を抑えきれなくなってしまうからなのだろうか、と考え、魔理沙はその考えの恐ろしさに生唾を飲み込む。

ただでさえ凄まじい異界と化しているこの部屋だと言うのに、この上皆が感情を解放したらそれ以上になるのだとすれば、一体どんな悪夢となる事か。

唯一の救いと言えば、レミリアが言おうとした事を全部言われて、あうあう、と呟きながら発言を考えている辺りだろうか。

しかし、まさか本当に里の人口は半分にされてしまうのか。

そう思い、魔理沙はようやくのこと口を開く事に成功した。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!

確かに紫の言う通りなら、里人が報復を受けるのも分かる。

だけど、それじゃあいくら何でも酷すぎる仕打ちじゃあ……!」

 

 ぎょろり、と無数の眼球が魔理沙を見据えた。

ひっ、と小さな悲鳴を残し、魔理沙は後ろにのぞける。

体を支えている腕はガクガクと震え、目尻には涙が溜まっていた。

今にも漏らしてしまいそうになるのを、必死になって堪える。

そんな魔理沙を救ったのは、魔理沙の勢いにのった慧音の言葉であった。

 

「そうだっ、いくら何でもこれは酷すぎるっ!

お前たちは、人の命をなんだと思っているんだっ!

それに人の命は大切であると言うばかりか、生きた人間は妖怪の精神の糧でもある筈だ。

今幻想郷は奇跡的なバランスで成り立っていると言うのに、それを崩すと言うのかっ!」

 

 その発言で慧音に視線が行き、魔理沙は安堵の溜息をつきながら全身の力を抜いた。

帽子が汗で滑って落ちそうになるのを、手で抑え持ち上げる。

両手を使ってつばを引っ張り頭にフィットさせてから深呼吸し、再び魔理沙は広間を見渡した。

誰もが慧音に視線をやっているが、魔理沙と違って慧音は、何とかと言う所だが視線を堪えている。

僅かに嫉妬の心が湧いた魔理沙であったが、その慧音の目を見れば、そんな気持ちは何処かへ飛んでいってしまった。

慧音の目は、どす黒い何かがぐるぐると回転していた。

肥え太った贅肉の作るひだのような、生理的嫌悪感を催す黒。

それが回転し、轍を作り、その溝の中からペリペリと剥がれてこぼれ落ちる物がある。

その漆黒が堆積したその様は、他の皆と同じ、狂気に満ちた目であった。

 

 こいつは本心で言っているのではない、と魔理沙は直感した。

慧音はただその権兵衛とやらが好むらしい温厚なやり方をする事で、権兵衛の好意を得たいだけなのだ。

その中には今や欠片も里人を心配する気持ちは残っていない。

自覚症状は無さそうな上、魔理沙の感じる所でしか無いが、それを事実だと思わせるだけの狂気を慧音の瞳は放っていた。

 

 最早救いは霊夢しか無い。

そう思って、魔理沙は縋るように霊夢の方へと体ごと視線をやる。

手をついて覗き込むように霊夢の目を見るが、その目には一切の狂気は感じられず、完全無欠に正気のままである。

それに内心安堵する魔理沙を尻目に、霊夢が口を開こうとする。

その口から人里を救う決定的な言葉が吐かれるのを、魔理沙は待った。

 

「私としては、どうでもいい事だわ」

「……え?」

 

 思わず魔理沙は、目を点にして言った。

それに驚いたのは魔理沙ばかりでは無いようで、息を呑む音が幾つか聞こえる。

広間に広がる疑問詞に答えるように、霊夢は面倒臭そうに言った。

 

「私がやる事は幻想郷のバランスを崩すような異変の主を見つけて、そいつをとっちめる事。

このまま何の策も無しにただ人里で虐殺を起こすようなら止めるけど、あんたらどうせ、何か人妖のバランスを保つ案が幾つかあるんでしょ。

なら、私は別に止めはしないわ、勝手にやって頂戴」

 

 と言い、これで言うべきことは終わりだと言わんばかりに、お茶を飲んで膝を崩し、リラックスした姿を見せる霊夢。

唖然としていた魔理沙だが、次第に霊夢の言葉が頭の中で咀嚼されていき、恐るべきその想像に全身に震えが走る。

なにせ霊夢の勘が人妖のバランスを保つ策があると言っているのだ、この集団の中の幾人かはその策とやらを持っているのだろう。

それを発揮すれば、人里での虐殺は現実のものとなるに違いない。

魔理沙にとっては既に一度縁を切った場所であるが、それでも故郷である。

私がやるしか無い。

殆ど無謀な行いと知りつつも、魔理沙の中には使命感が沸き上がってきた。

ここでこの集団を止められるのは、狂っている慧音ではなく魔理沙ただ一人である。

人里にいい思い出があるかと言うとそうでもないが、それでもやらなくてはならない。

そういきり立ち、机に手を、腰を上げて魔理沙が叫ぼうとした、その瞬間であった。

ぽつりと、紫が言った。

 

「そういえば、これは言い忘れていた事なのですけれども」

 

 がくっ、と前のめりに魔理沙は脱力し、一体なんだと紫に視線をやる。

口元を扇子で隠した紫が、静かに口を開いた。

 

「魔理沙の父君も、権兵衛さんに対し石を投げていたそうですね」

「……あ?」

 

 今度こそ、魔理沙は完全に唖然としてしまった。

全身から力と言う力が抜けていき、ペタンと尻が座布団に張り付いてしまう。

肩が落ちて腕はだらんと重力に従い、唯一首だけがどうにか紫の方へ、縋るような視線を向けていた。

 

「嘘、だろ……?」

「いいえ、本当の事ですわ」

 

 魔理沙の言葉を、紫の言葉は冷徹に切り捨てた。

鋭利な言葉に、最後の望みも断ち切られ、魔理沙は想像する。

今でこそ縁を切ってしまったが、自分を育ててくれた父親。

それが顔も見知らぬ外来人に石を投げ、火刑になるのを黙ってみている光景。

それは魔理沙の意気込みを破壊するのに充分以上の力を持つ光景であった。

完全に脱力してしまった魔理沙を尻目に、今度は慧音が口を開く。

 

「そ、それでも、権兵衛はきっとそんな事を望まないぞっ!」

 

 広間の集団が慧音を見る目は、鬱陶しげな物に変わっていた。

視線を交わし合い、慧音を論破する策を視線で語り合う。

慧音の隣に座る妹紅は、どうも座りが悪いようで、身を縮めながらそれを聞かねばならなかった。

そんな折、ようやく出番が来た、とレミリアが優雅な動きで羽を広げる。

軽い音を立てて机に肘をつき、組んだ手に顎を乗せながら言った。

 

「そうね、そうかもしれない。

でもね、半獣、ここで人間に報復をしなければ、権兵衛は今度こそなぶり殺しにされてしまうかもしれない。

それを防ぐことは、権兵衛の望みよりも、大事な事なんじゃあないかしら。

それとも、貴方は権兵衛の事を大事に思っていないの?」

 

 言って、それからその紅の瞳を輝かせ、レミリアは言う。

 

「貴方は、あの人里に権兵衛の億分の一の価値でもあると考えているのかしら?」

 

 慧音は、答えに窮した。

目を見開き、何かを口にしようとするものの、言葉にならない。

何度か視線を下ろしたり上げたりして、言葉を紡ごうとするのだが、それもならず、レミリアに勝ち誇った笑みを浮かべさせる。

言外に、これに頷けば権兵衛の知り合いと言うネットワークから外す、と言う台詞であった。

言葉を失い苦悩する慧音の肩を、となりに座っていた妹紅が、ぽんと叩く。

 

「なぁ慧音、もういいんじゃあないか?」

「な、何がだっ!」

 

 慧音の敵愾心に満ちた反応に、妹紅は寂しげな表情を浮かべた。

 

「慧音、裏切っちゃった私が言うのもなんだけど、私は貴方に恩を感じている。

もし私の手に権兵衛が手に入ったとしても、短い半獣の一生ぐらいなら、三人で過ごしてもいいと思っているぐらい。

だからさ、見てられないんだよ」

「……だから、何がだっ」

 

 苛立つ慧音に、目を細めながら妹紅は続ける。

 

「いい加減、認めたらどうなんだ?

慧音、お前は人里なんてもうどうでもよくて、本当は権兵衛の事が好きなだけなんだ。

そんなに自分が変化してしまったと言う事が怖くて、現実を直視できていないだけなんだよ」

「……そんな、わけ……」

 

 俯く慧音を、妹紅はじっと見つめる。

慧音は何か反論しようと考えに考えていたようだったが、暫くすると、諦めて言った。

 

「そう、なのかもな……」

「きっとそうさ」

 

 妹紅が手を差し伸べるのに、慧音はおずおずと手を伸ばす。

二人の手の指が絡みあい、まるで一つの物体であったかのように強固に繋がれた。

慧音が僅かに目をうるませ、それを残った手で拭きとる。

魔理沙はそれを見ながら、吐き気のようなおぞましい物を感じていた。

仲違いしていた二人が、助言を切欠にその仲を取り戻す。

そんな風に、言葉の内容を抜いて動作だけを見れば、さぞかし感動の場面なのだろう。

しかしその言葉と言えば、一人の人間を人里よりも大切だと思い、人里への虐殺を許す内容なのである。

その光景が見目には麗しい物であるからこそ、その言葉の邪悪さが引き立つ。

 

 一体権兵衛とは何者なのだろう、と魔理沙は考えた。

この集団の言葉によれば聖人のような人間であるし、魔理沙がこの集団を観察しながら考えるのと、里人の意見では、恐ろしく邪悪な存在でもある。

こうまで他者からの評価が違うと、同じ人間を評しているのかすら魔理沙は疑問に思ってしまう。

何にせよ、この集団のようになってしまうのは、魔理沙も御免である。

故に権兵衛に出会いたくない、と心の底から思う魔理沙であった。

 

 さて、慧音が説得され、魔理沙が心折れた今、人里を養護する声は一つもない。

最早絶望的かと思われた人里の命運だったが、そこで紫が発する言葉が皆を止める。

 

「さて、意見も大体出たようですし、私からも一言よろしいでしょうか。

そもそも、人里への報復は、今、権兵衛さんが戻ってくる前に行う必要があるのでしょうか。

まず、前提として、人里にやる事は、権兵衛さんに隠さない事が前提になります。

何故なら無理に隠そうとすれば、必ず誰かが自分だけは権兵衛さんに正直である、と言って抜け駆けをしようとするからです。

すると必然、人里への報復は権兵衛さんが忌避し過ぎるような内容は不可能でしょう。

我々……私は別にいいんですけれども、まぁ此処に集った殆どの人妖が権兵衛さんに嫌われてしまう事は、可能性こそ低いとは言え絶対に避けねばならないのですから。

さりとて報復の内容は軽すぎると、里人の再犯を許す事になり得ます。

報復の内容は、非常に精密な内容である事が必要なのです」

 

 言って、紫は全員の顔を見渡す。

殆どの人妖が元々理解していたものの、感情から考える事を拒んでいた事を、紫は言ったのだ。

嫌々ながらも理解の色が広がるのを待ち、紫は続けた。

 

「そうなれば、必要なのは権兵衛さんの反応を確認しながら報復の内容を考える事です。

今回、既に皆さんがその微妙な内容を考えてきたと言うのならば兎も角、先のような過激な意見ばかりでは、そうせざるを得ませんわ。

それには当然、彼が助けられ、地上に戻ってきている事が前提として必要でしょう。

どうでしょう、今回は次回までに報復の内容をそれぞれ考えてくる、と言う事にして、次回権兵衛さんが助けられてから再び集まる、と言う事では」

 

 紫は言い終えると、扇子をパチンと鳴らしながら閉める。

それからゆっくりと全員の顔をもう一周見渡し、にこりと胡散臭い笑みを浮かべた。

会場に反論の声は上がらなかった。

中には不満そうな顔をするものも居たが、それを声にするでもなく、不機嫌そうに黙りながらも頷くばかりである。

脱力した魔理沙と無関心な霊夢以外が了承の意を伝えているのに笑顔で頷き、紫は言った。

 

「では、次回までに報復の内容を考えてくると言う事で、今回は閉会と致しましょう」

 

 その言葉と共に、会場に僅かに弛緩した空気が漂った。

僅かに空気中の狂気が薄れていくのに、魔理沙はようやく立ち上がる力を取り戻す。

とりあえず里人の半数が殺されると言う事態こそ回避された。

その満足感に身を任せて、暫くこの場に倒れ込んでいたい気分の魔理沙だったが、それをどうにか押し殺し、立ち上がる。

早々に帰り支度を始めた面々の一人、すぐ隣に居たアリスに、口を開きつつその手を掴んだ。

 

「おい、どうしたんだよアリス、その権兵衛……さんって奴と、何があった、ん、だ……?」

 

 しかし同時、魔理沙はその感触のおかしさに、思わず言葉を切り、手を離す。

鬱陶しげに魔理沙に振り向いたアリスに、身震いをしながら魔理沙は問うた。

 

「何、だ? この感触は……」

「あら、気づいたの?」

 

 途端アリスは機嫌を良くし、にっこりと花が咲きそうな笑顔で言った。

そして服の袖に手をやり、ブラウスのボタンを外し一気に引き上げる。

 

「ひっ!?」

 

 魔理沙が、短い悲鳴を上げた。

腕には、無数の「権兵衛」と言う文字の刺繍があった。

血で染まったのか、元々そうなのか、刺繍糸は血のような赤である。

アリスはにこやかに笑いながら、刺繍を撫でつつ言った。

 

「ふふふ、思いついてやってみたんだけど、こうやって権兵衛さんの名前を身に付けていると、権兵衛さんに触れられているような気がするの。

だから私、権兵衛さんに魔力を供給してもらった時に魔力が通った所を全部、刺繍したわ。

ほら、手袋を脱いだら手だってそう。

それと、何度か沢山血が出ちゃったけど、それが思ったより良かったのよ。

権兵衛さんの名前を、私の血が染めていくみたいで、なんだかちょっと興奮したわ。

結構縫うのには苦労して、一番苦労したのは背中を縫う時だったかしらね。

人形を操作しながらだからよく見えなくって、字が少し歪んじゃったかも。

でも権兵衛さんならきっと笑いながら許してくれるわ。

そして今度は、私の事をぎゅ、って抱きしめてくれるの。

ちょっと刺繍の傷が痛そうだけど、それでも私、凄い幸せになれるわ」

 

 魔理沙は恐ろしさの余り、腰が抜けてしまい、その場に座り込んだまま絶句していた。

更に恐るべき事と言えば、周りでその会話を聞いた面々が、アリスを恐れるどころか、それを真似しようと会話している事である。

レミリアは咲夜に、輝夜は永琳に刺繍をねだり、他の面々も互いにやってみようか、などと話し合っている。

一人身の幽香もなんとか針が背に届かないかどうか試しているようであった。

アリスはそんな風に自慢気に話していたが、暫くするとはっと気づき、気まずそうな顔を浮かべる。

 

「あっ、でも魔理沙、ごめんね。

私今まで力不足でこの集団に入れてもらえなくて、今やっと権兵衛さんの義手を再び作るって事で入れてもらえている所なの。

だから権兵衛さんと関係のない魔理沙とあんまり喋っているのは、ちょっと不味いのよ。

本当にごめんね、それじゃあ」

 

 と言うと、アリスは魔理沙が止める間もなくその場を去っていってしまった。

呆然とそれを見送り、魔理沙が伸ばした手のやりどころに困っている間に、面々の殆どは帰り支度を整え、博麗神社から帰っていってしまった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 霊夢は身支度を整えると、戸締りを終え、陰陽玉の準備を終え、庭に降り立った。

あまり真面目に整備されている訳でもなく、特に飾り気の無い平たい庭である。

少しの間ここも見納めになり、退屈な地底の光景を見る事になるのか、と思い、霊夢は小さく溜息をついた。

と、それを見て叫ぶ魔理沙。

 

「霊夢っ! 良かった、まだ出発していないみたいだな」

 

 魔理沙は先程の集会が終わってから放心状態でいたので、霊夢に放って置かれていた。

魔理沙は、考えた。

一体今のこの状態は異変なのか、なんなのか、全く分からない。

ただ良くない事なのだろう、と言う確信が心の中にあるだけである。

それをこのままに放置しておく事は、魔理沙には耐え切れなかった。

しかし異変の原因と思われる権兵衛と接する事は恐れており、かといってあの面子全員を正気に戻す方法など思いつきもしない。

魔理沙には、せめてもの抵抗として勘の良い巫女に聞くしかないのだった。

 

「何なんだ、今幻想郷で、一体何が起こっているんだっ!」

 

 叫ぶ魔理沙を一瞥し、何時もと変わらない声で言う。

 

「普通の魔法使いには関係の無い事よ」

 

 と冷たく言い捨てると、霊夢は空へ浮かんでゆく。

ゆっくりと高度をとったかと思うと、地底の方向へと急発進していった。

後には、呆然とした魔理沙が残るばかりである。

 

 何なんだよ、と魔理沙は呟いた。

今この幻想郷で巨大な異変が起きているのは、魔理沙にも分かる。

異変解決は空飛ぶ巫女と普通の魔法使いの役目である。

しかしこれでは何をすればいいのか全く分からない。

魔理沙自身への影響を無視して考え、権兵衛を倒す事が出来たとしても、皆の心は狂ったままであると言うのが容易に予想できる。

しかし、それでも霊夢は地底へと飛んでいった。

ならば霊夢には、この異変を収束させる方法が分かっているとでも言うのだろうか。

霊夢との間にそびえ立つ、超え切れない壁を感じて、魔理沙は無力感に包まれた。

 

 家に帰ろう、と魔理沙は思った。

博麗神社に来なければ、きっとあの権兵衛とやらとは出会う事は無いだろう。

いや、しかしアリスも権兵衛と知り合いなのだから、魔法の森ですら不味いのだろうか。

魔理沙は魔法の森のキノコ達と、権兵衛に狂った少女たちの瞳を思い返し、内心で天秤にかける。

矢張り、狂いたくない、と魔理沙は思った。

この異変が終わるまで、家に篭っていよう、と魔理沙は決意する。

丁度季節も冬である、魔理沙の家には冬を乗り切るだけの蓄えもある。

それ以上に権兵衛とやらの異変が続いたらどうしよう、と魔理沙は思ったが、そんな事今考えても仕方がない、と頭を振った。

 

 箒を呼び出す。

またがり、空をとぶ準備をしながら、魔理沙はちらりと博麗神社の方を肩越しに見た。

何時も通りである筈なのに、その中はまるで生温かい空気に包まれた臓器であるかのよう。

かつての博麗神社とは似てもつかない雰囲気に、魔理沙は顔を歪め、顎に力を込めて前を向き、飛び立った。

背後の博麗神社はすぐに遠のき、小さくなって見えなくなっていった。

 

 

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