片翼の騎士、君と共に   作:氷桜

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以降は3~5日ペース程度に落ち着いて更新予定です。


4.

 

4.

 

 

「しっかし――――」

 

ぽん、と放り投げられた折れた洗濯板。

くるくると回って、元あった家の前へと落ちて転がる。

その端に付着していたのは、黒ずんだ液体のような何か。

 

村の入口。

一見すれば何の変哲もない、何の変化も無い場所。

けれど、人気は完全に消え。

屋外に設けられていた幾つかの火元や壺などが破損して転がっていて。

 

人影らしきものも無く。

その残滓が微かに残されているだけで。

数日前に立ち寄った時とは違い、全てが終わっていると言う印象しか与えることはなかった。

 

「お姫様のお願いなら仕方ない、か。

 あの隊長がそんな事言うとは、考えもしてなかったわ」

 

他に取れる手段がなかった。

だからこそ、その唯一の手を使った。

それだけだと言うのに、彼女に対しての返せない貸しが無尽蔵に積み上がったような気がする。

 

目線を合わせないように下げ、けれど周囲を見ているという態度は崩さず。

言葉で何を言って良いのか、どうすればいいのかが曖昧なままに言葉を濁す。

 

俺達にとって使えた手札は、ミモザの立場が彼等にとって必要なモノであること。

そして《魔》に対し、抵抗するだけの力を見せたという二つの事象。

 

それを用い、彼女の立場故の唯一の我儘という名目も利用し。

俺達の態度を見た上で……本来最寄りの村まで、という話だった内容を。

彼女に最も近い《騎士》見習い、或いは小間使い(じゅうしゃ)という立場を勝ち取った。

 

実際には大部分を「仕方ない」という眼で見られた、子供に対する態度だったとは思うのだが。

その内幾らかに、言葉にし難い入り混じった感情が混ぜ込まれていたような気がする。

 

「色々ご迷惑をお掛けすると思いますが……」

「あー、あー良い良い。 堅苦しいのはやめてくれ」

 

頭を下げ、言葉と同時に顔を上げ。

面倒くさそうと言うか、本気で嫌がっている顔なのは理由があるのだろうか。

俺が案内する形で、村の家々をもう一度探索している最中だからこそ、というのもあるけれど。

深く問い掛けることも、それ以上に踏み込むことも無く。

ただ、赤髪の少年と並んで二人で歩いていく。

 

「名前を交換したんだ、もう友人だろ?」

 

つい先程挨拶を交わし、説明を受けた側と交渉した側。

見知らぬ相手との対話に慣れていない、というのはあったからこそ。

こうして距離感を急に詰めてくる相手との対話にはどうしても慣れない。

ただ、そう言うのなら……ほんの僅かに言葉を崩す。

 

「領都の方だと皆そんな感じじゃないだろうね……ザンカ」

 

ザンカ=レイリス、と名乗った少年。

二巡り程年上の、《騎士》としては見習いも良い所らしい相手。

彼より年下の同性が近くにいないからなのか、それとも彼自身の性格からなのか。

妙に親しげに振る舞う相手に嫌な感触は受けず。

それでも、僅かに警戒心だけは残し対話を続ける。

 

「無いよ、無い無い。 向こうじゃ俺は知り合い以外は近くに寄ってこないし」

「それはそれでどうなんだ……?」

「しかたねーだろ、落ち零れって情報が広められちまってんだから」

 

落ち零れ、ね。

 

がしゃり、と金属音がし。

背負った大剣が一度盛り上がっては下がっていく。

きっと相当の重さの武具、背負うのにどれだけの筋力を必要とするのか。

ひょっとすれば、これが当然なのか。

もしそうだと考えると……それはそれで恐ろしい。

 

「あんまり見んなよ、恥ずかしいから」

「いやぁ……俺は見ての通りの身体だから、どうしてもね」

 

これが同性の友人、と言う間柄なのだろうか。

極狭い範疇で世界が成立していた俺からすると、全てが難しく。

同時に何処か新鮮味を感じてしまう。

 

村の中程。

本来は広場と言う名の、小さな何も無い場所だったのに。

今では、黒い染みだけが残っている。

そんな跡を二人で眺め、更に先へと足を進めた。

 

「にしてもなぁ、特権を利用しての従者契約とは」

 

先程流れた筈の会話。

再びに掘り起こすには、それなりの理由があるのだと思い。

俺よりは色々と詳しいだろう彼へと聞いてみることにする。

 

「そんなに珍しいの?」

「《騎士》としての特権ではあるから、一応問題はないんだけど……。

 実際行使するのは小隊長以上って規則があるんだよな、アレ」

 

小隊長権限で”雇われた”形式を取るとか何とか。

細かい規則があるとか言っていたが、その辺りは完全に対応できないので頷くに任せ。

最初に命じられたのは村中の再探索。

「ザンカは大雑把だからなぁ」と、そんな事を零しながら。

同時に持ち出せるモノがあるなら持ち出したほうが良い、と隊長は提案。

 

狭い村でなく、外に出るのなら。

嘗て、父母の死を契機に奪われたモノを取り戻せるのなら。

……そんな事を考え、一も二もなく頷き。

そして、同時にミモザは顔を伏せながらも何かを考え続けていた。

 

普段は周囲に見せない、弱い彼女としての内側。

外行きの仮面のような笑顔の下で、考え続ける少女。

それを取り繕う事もできない程に、疲弊してしまっていると理解できたから。

そして、そんな彼女を見て察したのだろう。

隊長……シャガさんは彼女に「自分の荷物整理」と言う名の休息の時間を先に与え。

その間に”任務”を済ませておこう、と気を使って貰ったように二人で動き始め。

そして、今に至る。

 

傍にいてやりたい、と思う俺もいて。

納得するための時間も必要だ、と思う俺もいる。

それでも、二人だけで構築できていた世界(むら)からは離れなければならない。

いつかは来ると分かっていた”それ”が、やってきてしまったのだから。

 

「まー、隊長の選択も間違ってはないと思うんだよな。

 多分お前さん、第一の騎士(ファースト・キラーズ)として選ばれてるんだろうし」

 

少しだけ前の、夕陽に照らされた泣きそうな顔。

脳裏に焼き付いてしまったそれを思い返していた俺に聞こえた、見知らぬ言葉。

 

「ふぁ……何だ、それ」

「知らねーのか……ってああ。そういや教会もねーんだっけ、この村」

 

どんなに小さくてもある筈なんだけどなぁ、と。

首を傾げている彼に話を進めるように求め、情報を少しでも入手していく。

 

「《騎士》にするには《領主》が必須、って話は知ってるか?」

「ああ、シャガさんから聞いた」

「なら話は早い」

 

まぁ、俗称と言うかそう呼ばれてるだけ、って部分もあるんだが。

そんな前置きを挟みながら、小さな水溜りを二人で越えた。

 

「言い伝えでな、《魔》として現れた最初の個体を倒した《騎士》の話があるんだよ。

 其処から取って、《領主》が最初に選んだ相手をそう呼ぶ習慣……みてーな?」

「へぇ……」

 

言い伝え、ということはそれに近い何かがあったのだろうか。

教会の話を最初に持ち出したのなら、普通に教えられることなのかも知れない。

 

「実際、そうやって最初に選んだ相手は別の意味があるってことだからなぁ」

「別の……親しい相手、ってとこ?」

 

意識してか、無意識にかは分からないが。

最初に与えるのは、最も近くにいて離れることがない相手にするのが普通に思い付くこと。

 

つまりは、そう認識されていたということで。

その事実を知っているのなら、見られる目が変わってしまう気もする。

多分二人は、俺達を「そういうもの」として捉えている気もするけれど。

 

「それもあるけど……自身の特権を強く与えても良い、って相手って捉えられるのが普通かな」

 

俺もそうだったし、と。

軽いような、けれど絞り出すような感情が乗ったような声だった。

 

それは――――彼自身も、そう呼ばれる立場にあるということ。

何となく、脳裏に浮かんだのはミモザの姿。

似たように、誰かを護る姿に共感でもされたのか。

だからこその、親しさなのだろうか。

それならまぁ…………納得できなくもない、けれど。

 

それに、特権という言葉。

もう少し何かの理由がある、というところか。

或いはその立場から、何かが付いたりするのだろうか。

口にして、それを聞こうとし。

 

「まぁ、他に聞きたいことは後にしてだ……。

 仮にも先輩として、単純な”新入り”に教える事を教えておく。 アレ見ろ」

 

少しだけ重さを秘めたような口調へと切り替え。

顎で指すような姿勢で示したのは、村の最北。

元は小さな何でも屋を営んでいた、薪が山積みにされた家だった。

 

入口から少し手前、その道程には何かを引きずったような跡。

内側に引き摺り込む際に付いたのか、地面に深く抉り込まれた抵抗の跡。

まるで拠点へと引き戻すような、苦悩の痕跡。

そして、その跡を跨ぐようにして続いていく五つの小さな足跡。

 

「《魔》ってのは、基本的に何かに似た形で、それでも何かがおかしい形を取る。

 少なくとも俺が知ってる種類は、って前提が付くし……考えたくもない例外もいるがな」

 

少し前、立ち向かったナニカ。

五本目の足、二つの頭。

其れ等を除けば、確かに浮かぶのは獣……狼なんかに近い存在であるのは間違いない。

 

「そう考えると……この跡は、獣の形を取ってる?」

「そうだな。 鳥や虫の類じゃなさそうだ」

 

山々で見かけ、その時折に狩ってきた生命。

決定的なところでの違和感や変異はあったとしても。

似た形を取る以上、似た行動を罠とする……のだと思う。

先程の「戦闘」で学び取ったのは、そんなところだった。

 

「《魔》は、その存在を保つ為に必ず生命を奪おうとする。

 正しく言うなら……何だったか。 大地を穢そうとする、で伝わるか?」

 

もう一度頷く。

それは先ほど受けた説明の中にあったことだし、早々忘れるようなものでもなかった。

穢れを取り込む、というのは単純な話。

生命を奪う、と思っても良いらしい。

言い方的に、他の意味合いもありそうだったが。

 

「まだ全ての家の中まで調べきれてないんだよな」

 

外は一通り確認して、生存者がいないことは把握しちまったんだが。

 

そんな言葉を漏らしながら、入口へと足を進める彼について行く。

多分、再探索というのはこういった勉強も兼ねてなのだろう。

此処まで良くしてくれる理由は――――流石に、推測さえも付かなかったが。

 

「……複数体いたのは間違いなさそう、かな」

 

先に覗いていた彼に続いて覗き込み。

その奥の異臭と、壁に張り付いた赤い色に思わず目を伏せつつ。

思わずそんな言葉を零していた。

 

飛び散った赤は彼方此方の方向に跳ね。

割れた食器の破片や木々が散り、小さな鉄槌が部屋の隅に転がっている。

住処と鍛冶場が同じ家の中に設置されていたことは覚えている。

……此処最近では、修理の依頼も無かったから疎遠ではあったのだが。

 

獣のそれで慣れているとは言え、今遺されているものはまた別のモノ。

微かに腐臭のような、肌に寒気を感じるような匂いが混じっているような気さえする。

 

「複数?」

 

ややくぐもった声として響いた言葉に、疑問のような言葉が返った。

此方を見たその眼は、強い感情を秘め……同時に遥か昔に見た父のモノと似た気配を感じる。

狩人として動いていた時でなく、時折一人で外に出向いていた帰り際。

僅かに霧を漂わせるような、”見えない”気配と鋭い雰囲気を持っていた時の父に。

 

「理由は?」

「あー……この家、というかこの鍛冶場か。

 家の主と奥さん、跡継ぎの長男の三人で暮らしてたはずなんだよ」

 

砕けた食器を指で示す。

明らかに一人暮らしでは多すぎる程の量、きちんと見れば分かるとは思うモノ。

確かに”隊長”が言う通り、目線が大雑把というのは間違いなさそうではある。

 

口元と鼻を手で押さえながら、室内へと一歩踏み込んでいく。

中程まで辿り着き、周囲や上下を見回し。

そして、やはり零した言葉が正しかったのだと自分の中で納得に至る。

 

「そんな三人が同時に襲われて、声も出せずに殺される。

 いや、外に跡があったから逃げ出そうとして引き戻されて……雨で聞こえなくなってたのか?」

 

考え事を、そして普通の獣と仮定した場合の想定を零す。

ミモザと暮らしていた時の悪癖、互いの考えを隠さないようにする為の考えと言葉の一致。

ただ、これは『最初に狙われたのがこの家だったら』と考えた場合の話。

 

破片の下や窓付近、或いは天井まで。

明らかに異様な場所に残った、明らかにおかしい数の足跡。

多分内側に入らなければ分からなかった、けれど隠すつもりも無かったのだろう残滓。

 

「何にしても、一匹でやるには無理があると思う」

 

複数に同時に攻撃する手段があったのか。

仮にそうだったとしても、ある程度の数で一度に村を襲った、と考えたほうが納得がいく。

獣……四つ足の狼としても、集団生活を行うのが基準となるものだし。

あの入口で見かけたのは、もしかすれば『居残り』のような場合だって考え付く。

 

「……スイ。 お前と隊長が倒したのは一匹だったんだよな?」

「そう……だね。 だから。もし俺の考えが合ってるんだったら」

 

そして、ザンカが見落としたということがないのなら。

複数の《魔》がこの村の周り、山々に散っているという事になる。

 

二人で顔を見合わせ、”もし”という考えを擦り合わせ。

小さく頷き、家の内側から足早に去る。

 

途中途中、村長の家……村の中央から少しだけ入口側の家屋に辿り着くまで。

家々の内側を確認し、残った情報や足跡を確認しては次の家へ。

考えていた”もしも”の緊張は、どんどん増していき。

そして、同時に――――どうにか出来るのか、という期待が心の端のほうに湧き出していた。

 

ずっと忘れていた。

新しい何かに触れている、という事を思い出し。

それを用いれば、出来ることが増えるのではないか。

 

そんな形に、落ち着いてしまうのだ。

結局は、自分と少女の為に、と。

考えてしまうが為に。

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