片翼の騎士、君と共に   作:氷桜

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ぱちぱち、と燃える火花。

夜闇の中、赤月と手元の火が周囲を暗闇から薄闇へと変え。

三方向を囲うように座る俺達の内、眠る二人からの微かな寝言が響いている。

 

目の前の焚き火の上で温め続けられる鍋の中からひと掬い。

微かに香る薬茶が入ったそれを、手元の湯呑みに注いで一口で飲み干す。

眠気覚ましであり、同時に簡単な疲労を癒やす薬としての効能もある薬。

こうした薬師としての知識を与えてくれたのは、母の方だった。

 

「……」

 

少しずつ寒さが消え始めた時期ではあるけれど、月光神の時間帯であれば未だに残る。

吐き出す息が白く染まらないだけまだ良しと、身を護る外套に微かに触れた。

 

その内側、腰に身に付けていた小剣とはまた別の――――取り返したばかりの武具。

柄の辺りに、家に遺されていた花飾りに似た印が刻まれた古びた刃。

何かを示すためなのか、青白く光る宝石を握り手の下に埋め込まれた宝刃。

ミモザが位置だけは確認してくれていた、村長の家から取り返した何かの証。

 

母が夜闇に運ばれるまで、唯一大事にしていた形見であり。

運ばれてしまった後、村に住む為の代金とばかりに奪われた遺物でもあり。

それが何をするものなのか、何を示すのかはついぞ知らない何か。

ただ、『大事にしなければならない』と思えてしまう……微かに残った、縁の印。

 

(何か、理由でもあったんだろうか)

 

父も母も大事にしていた、何かを示す証。

少なくとも村長は知らなかった筈で、他に誰が知るのかも分からない飾り。

 

隊長……シャガさんは微かに首を捻り。

友人(?)であるザンカも良くは知らない、と言った上で。

何処かの家の家紋、或いはそれを示す証なんだろうな、とは口にしていた。

 

仮にそうだとすると、ミモザと同様に何かを引き継ぐ家だったのか。

それを知るものが誰もいない今では……結局、形見にしかならないのだけど。

 

ぱちり、と撥ねた焚き火に枯れた枝を一本投げ込む。

獣避けの花を焼いたことで、野生の獣は近寄らない。

けれど、それ以外の……いるのかは分からないが、旅人や悪意を持った何かが来るかも知れない。

だからこそ、誰か一人は起きて夜番を続けている。

そんな時だからこそ考えてしまう、本来なら手元に戻ることもなかったのだろう形見。

 

「何か、考え事~?」

 

小さく、問うような声。

火花が散り。

明滅した暗闇の中で。

すぐ隣に寄り添うように眠っていた、少女の顔が此方を見ていた。

 

「考え事、って言えば……考え事だな」

 

鞘に刃を収めて、外套を再びに捲る。

その下に包み込むようにして眼を二人で伏せ。

口元を覆うようにしたのは、僅かにでも言葉が響かないようにする為で。

 

……そんな事を、何処か嬉しそうに見ていた彼女は。

そうして以前と同じようにして貰えることを、喜んでいるように見えた。

 

「……やっぱり、村のこと?」

「それはお前もじゃないか?」

 

カークゥ、という独特な鳴き声。

視線の先に映っているのは、最も近い村に預けていたという彼等の足。

六本足の『騎竜』と呼ばれる、背に荷物と跨る革製の何かを結び付けられた人懐っこい生物。

 

「私は~……村、っていうか。 持ち出したものとかのこと、かな」

 

じっと向けられた外套の下。

じっと向けた、彼女の纏う外套。

 

前者には、俺の刃が映っているのだろうし。

後者には、俺の家にあった花飾りの刻印を縫い付けている。

 

そうしたい、と強く要求したのは彼女。

移動の休息の度に少しずつ、大分雑ではあるが完成したのはつい昨日。

『今だから』と、恥ずかしそうに言ったのは……多分、同行している四人の間での秘密。

公には、俺の外套の予備を貸しているとかそういったもので落ち着くんだろう……多分。

 

「取り返せて良かったねえ」

「良かった、と言って良いのかねえ……」

 

良いんだよ、と笑う元村長の義娘(もちぬし)

呆れて、苦笑が僅かに浮かぶだけに留まってしまう。

 

あの村から旅立って凡そ一周期。

陽光と月光、二神の慈悲を賜って六日程が過ぎた。

持ち出したい物品を回収するのと同時、俺の小屋で一晩を明かし。

移動と報告を最優先とばかりに足早に行動し、最寄りの村の自警団には報告を行い。

合わせて手紙鳥を何匹か借り受けて、領都に情報を展開したという。

 

その場に立ち会えなかったのは、俺達が多少読み書きが出来る程度にしか知識を持たないから。

一般的な常識や知識を持たない以上、大前提の情報も知らないだろう、と。

そう言われてしまえば当然のことではあるが、後々無理にでも叩き込むと明言されて。

何故か俺ではなく、ザンカが震えていたほうが印象的だった。

 

飲むか、と問い掛けて。

飲む、と返事が合って。

こぽこぽ、と注ぐ音と。

礼を告げる声と、小さく喉が鳴る音とが続けて響く。

 

「天陽が上がれば、もうすぐって話だったよな」

「そうだね~……」

 

ちょうど木々に囲まれて今の位置からは見えないが。

丘状に盛り上がった部分を超えれば、騎竜の足ならばもうすぐ。

野宿の時間ももう終わりだ、という説明を寝る前に受けていたから。

到着前に縫い終わって良かった、という気持ちのほうが何方かと言うと強い。

 

「着いたら、どうなっちゃうのかなぁ」

 

他に選択肢がなかったから。

自分の意志と、流されるようにと。

出来る限りの交渉を呑ませてやってきはしたけれど、その内のどれだけが長続きするのか。

 

「どうなるんだろうなぁ」

 

同行した二人が口だけとは考えられないくらいには話はしたけれど。

向こう側で待つ誰か達が同じとは考えられない。

寧ろ……村長達のような、自分の都合を優先する人ばかりなんだろうか。

もしそうなら、彼女は今度こそ誰も護る相手がいない場所に取り残される。

そうさせないために、着いてきたというのに。

 

「勉強はしなきゃいけないだろうし」

「おばさんから色々習ってた時みたいに~?」

「あの時とはまた別の事を色々と……って、お前だって聞いてただろ」

 

そうだけど、などと唇を尖らせながら地面に指で何かを描く。

砂のようにさらりとした地面は、彼女の指を汚すこと無く形に変わる。

ただ眺めながら、自分の分として更に一杯入れて口に含む。

 

『仕事』という定義が、狩人からまた別に移るというだけ。

その主体に置ける相手は変わらず、だからこそまだ落ち着いていられる俺に対し。

全く初めての、全く何も知らない場所に放り込まれてしまう彼女こそは覚えることが山程ある。

 

「でもさぁ」

「うん」

「覚えてみたいことだったら良いけど……って、分かるでしょ?」

「分かるよ」

 

だったら、と続けようとする彼女へと指を一本。

静かに、或いは黙るように、と唇に触れさせた。

愚痴を言いたいのは分かるし、彼女自身も嫌々ではあるがしなければいけないのは分かっている。

其れ等を全て理解した上で。

 

「だから、その勉強……可能な限りでいいけど、俺も受けるよ。

 一人じゃないだけで……お前は大分違うのは分かってるから」

 

お前がそう願えば、少なくとも否定できる相手はいないのだから。

 

俺自身がどう見られるのかという前例は、ザンカが口にし。

そして俺の立場はシャガさんが定めてしまった。

血筋も優れた部分もない、ただ彼女とずっと過ごしていた。

只それだけ、と見られるのは分かっているから。

一からもう一度積み立てていくだけだと、踏ん切りがついた部分は確かにある。

 

「……大丈夫かな」

「大丈夫だよ」

「疲れない?」

「疲れるとは思うなぁ」

「無理、させてない?」

「それを言い出したらもうとっくに」

 

小声で漏らすのは、抱えていた不安。

吐き出す先もなかったから、今になって見せた仮面の裏。

積み重なった不安の結晶は、もう見慣れてしまったものだから。

 

「でも――――そうしたい、って言ったら。 お前は嬉しいんだろ?」

「……うん」

「なら、それで良いんだ」

 

彼女に対しての感情。

彼女から受ける感情。

 

それが、普通の形を成しているとはもう思っていなくても。

 

「それが、俺にとっても嬉しいんだから」

 

ただ、火に向かって呟いた。

言葉にしないと通じないのは、散々に分かっていることだったから。

 

「……スイくんってさ」

「何」

「天恵さえあったら――――」

 

何かを言いかけ。

何でもない、と打ち消した。

 

何だよ。

何でもないって~。

 

小さく、小さく言い合って。

二人で転がり合うように。

外套に包まれて、小さく笑った。

 

 

◆◆◆

 

 

「領都に到着する前に、もう一度確認しておくぞ」

 

翌朝。

先程までは足早に走らせていた騎竜の速度を緩め。

隣で走る隊長は、声が届く範疇まで横に並び立った。

 

「たいちょー、もう大丈夫じゃないっすかね?」

「下手すればお前の妹達にまで影響する話だぞ、ザンカ」

「あっすいません真面目に聞きます」

 

段々と崩れつつある態度。

多分此方が本性で、あの時は取り繕うという意味と真剣だったからか。

村の中での真剣な声色が少しだけ懐かしくなりつつあったのだが。

眼の前で面倒臭そうな声、そして即座にきっちりとする声へと変わる。

 

俺達二人は騎竜になんて当然乗り慣れていないし、乗ることも出来ない。

だから二人それぞれで分かれ、後ろに抱き着くような形で移動を繰り返していた。

 

本来なら何方が何方に運ばれても構わない……といえば構わないのだけど。

理由は良く知らないけれど、ザンカがミモザを徹底拒否した。

隊長は苦笑していて、俺達は互いの顔を見合って同時に首を傾げて。

まぁそう言うのなら、と飲み込んだ形。

 

俺も最低限乗れるように練習はすることになるんだろうけど。

誰かを後ろに乗せる、なんて事が起こるのかまでは……流石に分からない。

 

「俺達の任務はミモザ様を送り届けるまで。

 それ以降は何も言われていないから、文字通りに”自由”になる」

「だから、《領主》に当たるミモザの命令に従うってこと……ですよね」

 

そうだ、と届いた言葉。

幾度も聞いた、俺達の願いを通すための細い細い一本道。

 

本来であれば。

優秀な天恵、或いは見合った身体能力、知能、優れた何か。

そういったモノを示すことで入れる狭き門である《騎士》達の機関、《騎士団》。

各領地にそれぞれ存在し、そして文字通りに領地を守護する最後の盾にして刃。

 

そんな場所に、俺が入れるはずもないのが普通――――ではあるのだけど。

俺達の今の在り方が、その大前提を覆してしまっている。

 

その重要度と、自身の在り方と。

身分全てを知らなかったミモザは、知ってか知らずか俺がいることを前提としている。

だからこそ、役割を知っている人ならば《第一の騎士》として見られるのも理解出来ること。

けれど、周囲は嫉妬に近い感情からかそれを認めようとはしない、と断言され。

故に取ろうとしている方策が、後に残るのは間違いないだろうが絶対に否定出来ない方法。

 

「立ち位置は……あー、まぁ。 俺の養子みてーになるけど良いんだよな?」

「はい、それは……寧ろ此方からお願いするようなことなので」

 

唯の村人から、現役の《騎士》の養子へ。

従者、という後々《騎士》に上がることを期待される役割へ。

唯一の《領主》から認められ、名実共に《第一の騎士》……或いは近衛騎士としての身分へ。

 

彼女の傍にいることが当たり前だと捉えられる立場まで上り詰める、という選択肢。

時折あるらしい見出し(みいだし)、そして物語で謳われる最初の騎士の物語。

それに従う形となってしまえば、否定できる方策は実力不足を咎めることくらいだ、と。

 

「たいちょー、実際大丈夫なんですかね?」

「大丈夫にすんだよ、姫サンのお望みだぞ」

「いやまぁ……俺達の役割からすりゃそれが最優先なんでしょーけど」

 

そう言い切れる理由。

それは、今同行している二人もまた。

《領主》に近しい、『近衛騎士』と呼ばれる役割に従事しているから。

 

他の役割と違い、求められるのはたったの二つ。

主の命令に従い、身を守ることと……《魔》を狩ること。

つまり、立ち位置上。最も生命を落としかねない立場でもある最精鋭なんだとか。

 

(そんな立ち位置に付かなければならない、ってのは……まぁ、覚悟はしたけどさ)

 

目線を少女に向ければ、笑顔を作る練習を繰り返している。

今後は仮面を被ることを前提として、隙を見せないように立ち回る必要がある。

慣れていたはずのそれは、一度崩れたことで作り直すのに苦労しているらしい。

他人の前で、弱っている様子を見せないように……俺も動けるようにならなければ。

 

「そして、問題になるのは……お前もそうだが……」

 

言うべきか少しだけ悩んだように、言葉を濁す。

けれど、その後に続くことは理解しているし。

既に一度言われているのだから、自分の言葉で口にした。

 

「ミモザも天恵を正しく理解できていないこと、ですよね」

「……ああ」

 

俺への攻撃を助言した、何かが見えていたとしか思えないあの言葉。

その時のことは全て伝えていたし、其処から何かを考えたように幾つか実験も行った。

けれど、何かが見えるとか変化が起こったとか、そういった事が何一つ起こらず。

普通であれば認識できるらしい、天恵に関しても理解が及んでいなかった事から。

正体不明の何かを持っている――――その程度で落ち着いてしまう。

 

「だからこそ、力を求める奴等はミモザ様も前線に出すことを要求する。

 もう一度聞くが、意味は分かってるんだよな?」

 

はい、と頷いたのが見えたと信じたい。

 

《領主》の得る特権のもう一つは、土地が浄化される毎に自身の得る天恵が強化されること。

即ち、今現在何も持たないミモザの場合。

何かを得る為に前に出、力を見せなければ従わないような野蛮な相手がいるということ。

 

本来であれば、複数血を受け継ぐ相手がいるのなら。

治める側と最前線側、二つの柱で構築出来ていたのだろうけれど……。

今は何を言っても無駄、ということか。

 

「まぁ、俺はスイの全面的な味方だから。 何か困ったことがあれば言えよ?」

「ああ、うん……」

 

救いがあるとすれば――――彼女は、何が何でも俺を常に同じ場所に立つ事を要求できること。

 

そうするだけの権利があり。

それを受けるだけの義務がある。

 

知識、力、欲望。

その全てを跳ね除けて。

彼女が正しく『上』に行かねば、彼女の平穏は訪れない。

なら。

やるべきことは、昨晩に誓ったことと同じだ。

 

「見えてきたぞ」

 

しなければいけないことを積み重ねる。

今までの日々と同じ、けれど見られる目線が増すだけの話。

だから――――。

 

言われるがままに、視線を持ち上げた。

丘が途切れ、緑一帯の中に白い道のような線が幾本か繋がり。

小さな粒のような人影が向かう先で、一つの大きな人工物が成り立っているように見える。

また、道の端には畑のような金色が光り、道沿いには小川が広がっている。

緑と茶と、見慣れた色の中に白が目立つ良く分からない広さの何か。

 

「領都、イラリエ。 俺達の、お前たちのこれからの故郷だ」

 

イラリエ。

木々に囲まれたようにしか見えない、新たな故郷。

 

……知らず知らずのうちに。

他の何を見ることもなく。

視線が、その都市へと張り付き続けていた。

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