片翼の騎士、君と共に   作:氷桜

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かつん、かつん、かつん。

 

着替えたらしいザンカに呼び出され、向かう先。

この建物に入る時に感じた感覚がどんどん増していく奥。

一番最奥、と言い換えても良さそうな場所へとどんどん進んでいく。

 

「……何処行くんだ?」

「んー、今は詳しくは話しちゃいけない決まりなんだ。悪いな」

 

見知った道とばかりに進むザンカ。

戸惑いながらに付き従う俺。

 

「……行かなきゃ、駄目なんですか?」

「一回は絶対に。そうなる気持ちも分かりますけどね」

 

そして、進む毎に震えを増していくミモザ。

そうなる理由は分からず、部屋を出たばかりの頃から手を離そうともせず。

通り過ぎる相手もいない、良く分からない道を唯歩んでいく疑問。

 

「気持ちも、分かる?」

「そうさ。前もそうだった」

 

懐かしむ声色が混じった。

触れないで欲しい、と言いたそうな色合いが混ざった声だった。

 

「ただ、終われば分かる。スイも、ミモザ様も」

 

着いたぞ、と。

二枚の扉で作られた部屋の前で足を止めた。

 

他の部屋、他の扉に比べても尚一回り程古く見える。

手で触れれば埃が手に張り付きそうな、鈍色に染まった扉だった。

 

ぎぃぃ、と軋む音と開く先。

奥から吹き出すように溢れた香りと色。

 

緑。

新緑。

或いは深緑。

 

山で日々感じていた色合いではなく、もっと純粋な”緑”という差異を与える香り。

 

俺達二人を待ち構えていたのは、暴力的と言って良い緑の匂いの樹木。

そして、喜びの感情を強く伝えてくる……葉から派生した一本の橙花だった。

 

どうぞ、と勧められるがままに二人で足を踏み入れて見回してしまう。

 

見回す限り一帯に広がる空間。

先ず間違いなく、外と内側で広さが違う。

壁沿いに這っていけば、それこそ何処までも進めてしまいそうな世界にたった二人。

 

「此処、は?」

「この領の一番大事な場所、最も護らなきゃいけない防衛地点ってやつさ」

 

故に、思わず漏れた言葉。

分かる分かる、と頷いている彼はしかし、部屋の内側に入ってこようとはせず。

俺達だけを内側に留め、其処を区切りとする立ち位置を保っていた。

 

「何で入ってこないんだ?」

「俺にはもう入る理由も何もねーからかね」

 

当然に問い掛け。

けれどするりと逃げられたその言葉の奥には、妙に重苦しい感情が残っている気がする。

 

「そんな事より……準備しとけ」

「え」

 

何を、と聞こうとして。

声色よりも先に、足音が一つ。

二人しかいない室内に響いた。

 

誰か……と確認するまでもなく。

足取りが何処かふわふわと漂い、左右に振れながらに樹木へと向かう。

 

「ミモザ?」

 

返事はない。

両手を前に伸ばし。

触ることのみに思考を奪われているような歩み。

 

「一つだけ助言するとするなら」

 

その足取りを目で追えば、微かに走る頭痛。

緑色に漂う気配、霧は濃度を増し。

けれど、花は拒むかのように輝きを薄れさせていく。

 

くすり、くすりと。

誰かが耳元で囁いている声を実感し。

 

「スイ、お前が後悔しないようにな」

 

背中越しに投げ掛けられた言葉。

その意味を正しく理解するより前に、走り始めていた。

 

「ミモザ!」

 

叫んでいる。

けれど、声が届いていないかのように振り向かない。

 

ふらふらと揺れているのに、手が届かない。

明らかに走っているのと歩いている二人なのに、距離が一向に縮まらない。

何故、と。

考えるよりも前に、身体が動き続ける。

 

視界を埋める彼女の後ろ姿。

周りに漂う緑の色合いが更に増し。

ちかりちかりと、花が携えていた色合いが世界に明滅するように広がっていく。

 

一体何が起きている。

この場所は何なんだ。

何故歩き続けている。

 

幾つか浮かぶ疑問は全て、脳裏の端に溜め込まれては霧散する果て。

 

『問う』

 

その霧の中から、響くような声が聞こえた気がした。

聞き慣れたような、けれど忘れてしまったような重さを乗せた声だった。

 

『お前にとって、あの少女は何だ』

 

何。

急に何を言い出しているんだ。

誰の声なんだ。

 

理解不能に理解不能を重ねる状態。

ただ、それを探るよりも前にしなければいけないことがある。

そんな焦燥感に追われ、走りながら言葉を選んでしまう。

 

多分、ザンカは何かを知っている。

何かを理解している。

聞くこと自体は容易く。

けれど、その選択を取る事を脳裏から忘れていた。

 

そうしてしまえば。

目の前の少女が消え去ってしまいそうな悪寒が、目の前の背中から漂っていたから。

その背中が、嘗ての父母達と重なってしまったから。

 

答えなければならない。

誰かの囁く声と、少しずつ緑の霧で埋まっていく視界。

肌に染み込んでくる寒気と、それを跳ね除けようとする皮の一枚下の何か。

 

忘れてしまえば楽になる。

そんな声が、耳元で嗤い声と共に聞こえた。

 

違和感と、危機感と、反発感の中で。

吐き出す答えは……結局一つしかない。

 

「何か、なんて決まってる」

 

思い浮かべるモノは、彼女の在り方。

弱虫で、強がって、それでも共にいてくれた女の子。

 

もし。

彼女もまた、俺達の家族のようにいなくなってしまっていたら。

俺は、今も生きていたのかどうなのか分からない。

 

だから、『何』なんて問うモノでもない。

 

捧げるものでもなく。

受け入れるものでもなく。

誓うものでも、従うものでも、願うものでも、憧れるものでも。

縋るものでも、護るものでも、奪うものでも、信じるものでもない。

其れ等は唯の一面に過ぎない。

 

「全て、以外にあるのか」

 

俺は全てを賭けて、彼女と共に在る。

只それだけの話で――――それだけを、永久に誓った相手。

 

今、そう思える相手は彼女一人。

だから。

 

俺自身(かのじょ)を、俺から離そうとするんじゃねえ!」

 

頭の中を、そんな思いが埋め尽くし。

思わず漏れた言葉が、室内に響いて肌へと跳ね返りながら。

同時に、周囲の霧が薄れていく。

 

いや、薄れるというのは正しくない。

橙色の、世界の合間を照らしていた色合いが緑の色合いを裂き。

一本の道が唐突に目の前に現れた、というのが正しいのだと思う。

 

周囲を見ても、その道以外は緑のまま。

進んだ先、視線の先。

樹木の前で佇むミモザと、木々全てに咲き誇る花の輝きが世界を埋め尽くしている。

 

緑と橙、そして道の白。

たった三色だけに覆われてしまった世界を、足跡を刻むように歩んでいく。

 

凍り付いた地面を初めて歩く時のように、ゆっくりと。

目の前には誰の跡も無く、俺の後ろに跡が残る。

ただ、何となく。

()()()、という意味合いだけは理解することが出来た。

 

《第一の騎士》と呼ばれる言葉。

その意味を、今初めて肌で感じているような気がする。

 

彼女の背中、数歩前で足を止める。

見上げても尚、全てを視界に映せない樹木と輝き。

 

手を伸ばせば彼女の背中に届く。

それを理解して尚、俺自身から伸ばすことは無く。

 

「ミモザ」

 

背中を向け続ける少女に声を掛け。

 

「お前は、俺にとっての全てだ」

 

僅かに身動ぎを返した少女へと。

 

「お前にとって、俺は――――何だ?」

 

同じように、聞き返す。

 

そうしなければいけないと、心の奥が叫んでいた。

 

今、聞かなければいけないこと。

他の誰もがいない場所だからこそ、知らねばならないこと。

手を伸ばす前に、問わねばならないこと。

 

あの時に来る切掛になった、彼女からの要求。

それに対しての返答。

それに対しての、彼女の答え。

 

求めているものは。

多分、互いに理解していた。

 

「決まってるよ」

 

背中越しに。

互いに顔を見せずに呟く。

 

「私の全部。 スイくんがいたから、今の私がいるんだもん」

 

必要だったのは。

今此処でしなければいけなかったのは。

自分の本心を、自分唯一人の感情を吐き出すこと。

多分、どんな感情を抱いていても……相手に吐き出せるかどうかの有無。

 

「同じ、でしょ~?」

 

普段と同じ。

落ち着いている時と同じような口調を作り。

先程までとは違って、唯単純に一度振り返った。

 

頬が微かに赤く染まって。

当たり前のことを口に出しただけなのに、照れているように見えた。

……俺と同じように。

 

手を伸ばす。

手が伸びてくる。

触れて、同時に足を彼女の隣へと並べた。

 

樹木の周りに漂っていた緑の霧は晴れ。

一帯に花を咲かせ。

色合いを、陽光神と月光神を同時に見せる時間と同じに染め上げる。

 

重ねた手で。

その光へと、手を伸ばし。

 

俺達は。

その光が、胸の内側へと吸い込まれていくのを。

ただ、眺めていた。

 

どくん、と。

胸の奥で、鼓動が一度跳ねたのが分かった。

 

 

◆◆◆

 

 

「戻ってきた、か」

 

そんな声が掛けられて。

自分達がどういう状態にあるのか気が付いた。

 

入ったときに比べて半分以下に感じる室内。

天井は開いたまま、空へとその葉を伸ばす樹木の前。

その樹皮に手を重ねている状態で、佇んでいた。

 

「戻って?」

「何かを見たんだろ?」

 

後ろを向く。

ザンカが扉に肩を貼り付けるようにしながら此方を見ている。

その顔は、酷く安堵しているように見えた。

 

声を掛ける相手との距離は縮まっていない。

つまり、一向に室内に踏み込んでくることはなく。

扉の前から動かずに、俺達を見ていたということだろうか。

 

手招きし、戻って来るように合図するザンカ。

特にこの部屋に残る理由もなく。

そして緑の霧、という理解不能なものを思い出すと震えが蘇る。

 

行こう、と小さく声を掛け。

樹木から手を離し、入口へと向かおうとして。

 

『――――』

 

再びに、耳元で誰かが囁いた気がして。

もう一度樹木の方を向き直り、部屋内を一度大きく見回した。

 

「スイくん?」

「ああ、いや……何でもない」

 

其処には何もいない。

そもそも俺達しかいなかったのだから、他の誰かの声が聞こえる筈も無い。

にも関わらず、妙に気になり……そして引っ張られてしまう。

 

(……気の所為、だよな?)

 

妙に意識を引っ張られながら、先に行く彼女に引かれて部屋を出る。

気付くと半ば小走りになっていた彼女。

引っ張られるように速度を増し、部屋から出ると同時に滑るように速度を落とす。

 

二人共、完全に出るかどうかの直後。

少しだけ急ぎ気味に扉を閉めるのを横目で確認。

完全に塞がれた後に、深い深い溜息を吐き出したザンカ。

 

「……部屋に入って、無事に出てきた相手にしか話しちゃいけない盟約なんだよ。

 悪いな、さっきは誤魔化して」

 

何も無い廊下。

それこそが落ち着きを与えてくれる気がして、自然と力が籠もっていた手を緩める。

それはミモザも同様で、互いに緩んだ手が離れそうになって再び握る。

 

他から見れば良く分からないことをしているな、と。

自分自身を笑いながら、目線を持ち上げたその先。

ザンカの横目を、何と無しに再び見れば。

扉越しに見つめる先に、負の感情を混ぜ込んでいる気がした。

 

顎に力を込め、歯を噛み締め。

けれど次の瞬間には無かったかのように振る舞う姿。

 

入る理由がない。

そんな台詞と、繋がっているんじゃないかと思考が巡る。

 

ただ、それでも。

今吐き出された言葉への疑問が、先に口から出ていた。

 

「めい、やく?」

「……無事?」

 

気になったことはそれぞれ別。

それでも、質問があるのは変わらない。

苦笑いを浮かべ、何方を先に答えるか迷う素振りを見せ。

 

「取り敢えず、場所だけは変えるか。

 隊室……これからの俺達の居場所を先に案内するわ。

 スイの部屋も案内しときたいが、その前に質問は色々あるだろーしな」

 

それでいいか、と目線を向けられ。

この場所に一呼吸の合間でさえもいたくはない、という意識は多分重なった。

ほぼ同時に首肯し、動き始める。

 

『――――』

 

部屋から離れるにつれ。

もう一度、背中に。

何かの声が聞こえた気がした。

 

手をぎゅっと握りしめる彼女に合わせ。

同じように握り直す。

 

きっと、気の所為なんだと思い込んで。

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