shooting star!   作:戸村濃秋

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河原のオセロ

 

 

  繁華街から二本裏に構えていたのは古そうなネオンの看板。未だ午前中ということもあってかその眩い光は見られず主役は日光である。派手に高い建物も少なくなり、地味な古めかしい建造物の中に、飾り気のない白い直方体があった。

「ここ、だね。『スナックたまみ』」

 

 スナックが未だ空の明るいうちからやっているものかと疑いつつ、私たちは階段を下って暗い方へと向かった。ガラス戸の向こうを窺うと、背の高そうな女性と目が合った。手で招かれたため、躊躇しつつ私たちはドアを開けた。

 洋楽が鳴るシックな店内には、やはり客は居ないらしい。それではこの女性が、と思われたがそもそも男性と聞いていたことを思い出した。ただ、女性とは言え侮れないというのが私の隣に居る前例である。随分と派手な暴力事件を起こしたらしい。

 

 そこで店外から見えた女性が「来ましたよ」と言った。するとその人はぬっと姿を現した。

「どう見たってガキじゃねえか」

アスファルトみたいな色のスーツを着た、髭面の男性だった。中肉中背で多少平均より背が高そうな気がする。眼光が鋭く、目許にははっきりと限が刻まれているため威圧感と疲労感がどちらも感ぜられる。背があまり高くない私たち二人を見下すような視線を向けられた。

「ガキじゃないです。成人してます」

「その言い振りじゃ十八だろ。危ういな」

彼は、うっすら白髪混じりの髪をがしがし掻きむしって溜め息をついた。私たちに取り敢えず着席を促す。

 

 座り心地が良いソファに並んで座り、その男性と対峙した。独特なお酒の匂いが漂い、橙色の照明の下で面接が始まった。という気分ではなかったが、私達が今から見定められるということは何となく予想できた。

「ふざけて連絡入れた訳じゃねぇよな」

今からでも私たちを返すパターンも視野に入れているらしい。だが、ここに来た時点で終わりである気がする。

「いいえ。私たち、お金が欲しいので」

美音蘭ははっきりそれを口にした。

 彼は舌打ちをしてソファにふんぞり返った。美音蘭は舐められていることが気に食わないのか「真剣です」と追加するが逆に鼻であしらわれた。

 

「まあ、いい。初めからお前たちに任せる仕事がでかいものな訳がないからな。まず、名前は」

「はい、美音蘭です」

「鍋島千遥です」

彼は「俺は東宮(とうみや)だ」と名乗った。東宮さんはスーツの内ポケットからタバコを取り出し、いきなり吸い始めた。受動喫煙、などとほざいたら眉間に押し当てられて火傷痕ができそうだ。

 東宮さんは深く息を吐いた。煙と共に溜め息も出すように日を大きく開けていた。ふと、金縛りのように動けなくなる。瞳の鏡の中にくっきりと私が映し出された。

 

「本名だろ、お前」

人より少し小さく見える黒目がまっすぐ私を捉えていた。捕えられたように、心臓の動きが一瞬遅れそうな気がして驚く。確かに咄嗟に本名で名乗ったことに気付いた。これから入る世界の入り口でまんまと個人情報を提供してしまったのだ。

「お友達の真似して適当な名前を言やあ良かったじゃねえか。まぁ、十八歳か」

私たちの頼りなさに渋い顔をする東宮さんだった。年齢で判断されるということは気に食わなかったが、判断の甘さは年相応といえば年相応なのだろう。流石に悔やまれる。自ら出口を一つ潰した。

「い、いや、すみません」

「この世界に入るんだから本名は名乗るもんじゃねえ。さっきのは聞かなかったことにしてやるから名乗り直せ」

親切、なのか。東宮さん、と脳内で繰り返すがその名前もまた偽名なのだろう、と察せられた。

 私は自分の名前から連想される単語を思い浮かべて縁語で名前を組もうとしたが、それは危険なのかと思い直す。鍋島千遥は何処かに捨てて考えろ。

 

「えっと、黒川美珠(くろかわみたま)です」

「……店名からとったか」スナックたまみ、を意識するのもまた過ちか。

「だ、駄目ですか?」

「まぁ、いい」

東宮さんは私から目を逸らして煙を横に吹いた。目線を逸らしている、が全く油断している気配がしない。鼻の頭を掻くことすら躊躇われる。

 いつも首元に針を当てられているような感覚を神経が覚えている。これは、きっと先天的に身についている、逆らったら良くない存在を察知する能力。

 東宮さんは一見普通のサラリーマンだが、修羅を潜ってきたような迫力があった。目立つところに怪我をしている訳でもないこともそれを髣髴とさせ辛い。だが、返って怪我がないことが実力の証とも言えそうだ。もしかすると、単に東宮さんは仕事を幹旋するだけの立場なのかもしれないが。

 

「じゃー、私は白石(しらいし)ホルンとかでお願いします」

「てめえも本名だったのかよ」

昨今のキラキラネームは、と続けて呆れた様子を見せる東宮さん。ヴィオラだから楽器繋がりで、とホルンを選んだことには少々感心できない。本来楽器を由来にしているはずはないが。彼女のことは探ろうとてこの世界に戸籍もないから探りようがない。それならばたとえ本名に関連があれど問題はないかもしれない。

 

「よし、黒川と白石。お前らに依頼を回す。これからは一生の契約だからな。少しでも口外したら許されねぇ。分かったな」

「はい!」

逃げ上手の美音蘭は少しのダメージも受けていないように見えたが、自然に考えて抜けない釘を刺されたようなものだ。一生、という言葉が這い回るように付き纏ったが、隣に居る美音蘭が頼もしくて意外にも平気だった。

「よし、着けろ」

どういう趣旨の言葉か、文脈が読めないと思った時には、上から影が伸びてきて、私の手首を掴んでいた。

 飛び退こうとするが間に合わず、手首に銀色の腕時計のようなものが光った。せめて横に居る美音蘭は、と思ったが彼女も同様だった。上を向くと、先程店内に入った時に一瞥をくれた女性が居た。二人の視線が集まっても何も話さない。ほら、侮れなかった。

 

「……反射神経は、並だな」

「これは、どういう……」

私たちはお揃いの銀色のそれを東宮さんに見せた。店内の怪しい紫色の照明に照らされてサイバーパンクっぽさが際立つ。ハロウィンみたいだが、どこか妖艶な雰囲気もある。

「まあ、よく見ないか。そういったアンダーグラウンドな作品で」

作品、デスゲーム漫画みたいなことか。無機質な見た目のそれが恐ろしい何かであることは見えた。

「簡単な話だ。もしお前らが何かやらかした場合にはそれから針が出る。ただの針じゃないことは、分かるよな?」

私たちに、想像力を働かせることで牽制をした。きっと、毒針なのだろう。私たちの亡骸はきっとこの組織の人たちに片付けられて見つかることはない。これで、もう悪の一員なのだ。退路を断った。一人暮らしを始めた時とは話にならないほどの差を感じた。緊張で声も出ない。強がった芯がぽきりと折れた。

 

「まあ、正しくやれば良いって話だ。お前らも、俺に声かけてきたんだ。覚悟はあるんだろ」

「正直ここまでされるとは思ってなかったんですけどね」

美音蘭が率直な気持ちを滑らすとやはり鼻で笑われた。

 この人に認められて稼ぎ頭になるまでにはいくらか長い時間がかかりそうだ。しかし、バイト三昧よりは効率的だと信じる。

「そうそう。私たち、てか、私が紹介頂いたんですよ。花田さんって人に」

「……花田?」

東宮さんの顔が少々曇った。また息が止められるような危険を察知する。

「え、あの。坊主頭で明るそうな。まあ、私があの方のお金持ち逃げしちゃったんですけど。あんま入ってなかったですね」

「ちょっと、美、ホルン!」

それが東宮さんの気を立てることになると何故分からないのか。仲間から金をくすねたことをわざわざ告白して何になる。東宮さんも、流石に怪訝な顔になった。既に軽犯罪者であることの証言になった。可愛い店員さんがお釣りを手に渡してくれるように、丁寧に弱みを握らせるとは。

 

「お前らは、あいつの置き土産みたいなもんか……」

「え、花田さんもう辞めちゃったんですか?」

置き土産、という言い方をする辺り、そうなる。しかし、美音蘭の話によるとそれは五日前の話だ。この数日間に何があったのか。もう既にその時、東宮さんの下には居なかったのだろうか。

「辞めたんじゃねえよ。消えたんだわ」

「消えた……?」

つまり、少々婉曲に言っているだけで、命を落とした。ということか。知りもしない人の死とはいえぞっとした。それは美音蘭の方が大きい衝撃となったらしい。一度でも出会ったことがある人の死なのだ。

「GPSの反応がない。仕事の後にすっかり消えちまった。厳しい仕事だったからな。なるほど、キリギリで後継者を作っておいたか。あいつらしい」東宮さんは、多少感慨深くなったか、鼻の頭を掻いて私たちを見つめた。彼にとって、私たちはきっと嘘みたいに頼りないだろう。

「なら、無碍にもしてやれねえか。しかし、ヘマしたら終わりだからな」

東宮さんは、そう言って私たちの前に書面を出してきた。手書きの、雑な書類だった。パソコンも使わないのか。恐らく彼が書いたであろう字が並んでいた。

「お前らの初仕事は、カモフラージュに過ぎない」

 

 

 

 美音蘭と再会してから初めての土曜日だった。朝から十五時台まではショッピングモールを案内したり、たこ焼きを食べたりして過ごした。その平和なムードの中にも常に銀色のブレスレットが付き纏って面倒だった。当然お風呂の時に外せる、みたいな便利なものではなく、少し右手が重い状態が続いた。利き手に付けられたことで多少の支障が出ていることは無視しておく。

 さて、今は十六時台。立体駐車場に停められた軽トラックが目に入った。ナンバーを確認するに、確実に私たちが乗ることになっているものだと分かる。

 

 先程駅構内のコインロッカーから取り出したバッグの中からキーを出し、ボタンを押す。ハザードランプが一度点滅して正解を告げた。

「ほー、これに乗って行くわけね」

美音蘭は躊躇いもせず助手席のドアを開けて灰色のシートに座った。十八歳の女性二人組が軽トラを運転、という時点で何だか不審だが、多少変装しているため許されるか。

 ご丁寧にバッグには私たちが着るための作業服も入っており、駅のトイレで着替え済みである。胸元に入った刺繍とトラックの側面に書かれた文字が一致しているため、このトラックも犯罪用なのだと分かる。登録されているナンバーなのだろうか。

 

 私も車に乗り込み、シートベルトを装着すると緊張で胸が爆発しそうだった。これからの仕事に関してが主かと思いきやどちらかと言えば慣れない運転に関してだった。

「ってか、びっくりしたわ。千遥が合宿免許取ってたとはね」

「後輩乗せてレンタカーで海行こうって話になって、夏休みに取ったんだよね」

「明るー。三年の夏を免許取得に使ってよかったわけ?」

「今思えば失敗だったんだけどね」

吹奏楽部の後輩、特に仲の良かった子が海に行ったことがないと言うから、夢のエピソードに合わせて取得を決意した。青い車で海へ行こう。

 早めの免許取得は、意外にも親に勧められていたため、苦い顔をされるくらいでそこまで苦労せずに通うことができた。

 あの夏に研鑽を積んだはずの私だが、それ以降はろくに運転していないためペーパードライバーで間違いない。

 

「まぁ、苦手ではないけど得意でもないから。速度とか遅いけど文句言わないでね」

「言わないわ。しかも、今日走るのまあまあ山道でしよ?事故らないことだけを気にして欲しいわ」

今日の仕事は、山道を走る。それだけだ。他にもトラックを数台走らせ、ほぼ同じ時間帯に僅かに違う道から同じ山に入らせる。そして一台を除いてそのまま下山し、ある一台だけが山に産業廃棄物を違法投棄してくるらしい。何処か別の企業の尻拭いを大胆にやらされているだけだ。ただ、カモフラージュのために山道に入って運板する。それだけの任務だ。これすら成功させられなかったら毒針コースだろう。

「美音蘭も後ろ危なかったりしたら言ってね」

「もちろん。あ、そうだ千遥」

「何?」

「ここからはお仕事だぞ」

脚が長いためか、座高が低い美音蘭が手元で何やら動かす。口元に手を当て、もう片方の手の指をピアノでも弾くように折り曲げている。楽器か、と思ったところで察した。

 

「ホルンちゃんね。OK」

「何でちゃん付けなの?」

「差別化、かな」

「ふうん、じゃ私も美珠ちゃんで」

仕事中の呼び名が決まったところで私はエンジンをかけた。久々に感じる振動に胸が高鳴る。

 やはり自動車の運転は怖い。ましてや今日は軽トラだ。積み荷、と言ってもカモフラージュ用のマネキンを大事に扱わねばならない。

「それじゃ、山にレッツゴー」

「おー!」

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