shooting star!   作:戸村濃秋

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風に乗るだけ

 

 

志木想世(しきそよ)

 

 千遥先輩、約一ヶ月ぶりですね。お元気ですか?

いきなり電話をかけてみようかと思いましたが、先輩も忙しいかと思いまして一先ずメッセージを送るだけにしました。

 先輩は大学生になってもうすぐで一ヶ月ですが、どのような環境ですか? 楽しんで過ごしていますか?

私は部長として奮闘中です。かなりまとまりが出てきて、コンクールに向かって皆心は一つ、という姿勢です。頼もしい後輩たちの活躍もあり、講師の方からの評価も高く、結果にも期待できるかもしれません。具体的な日程が分かったら送りますね。

 

 クラスも新しくなったため、不安なことも多くあります。それでも、千遥先輩との思い出を胸に粘り強くやっています!

 それはそうと、大変なことがありました……。びっくりなんですけど、クラスの男の子に、一目惚れです、って告白されました。人生初告白(受け)です。したこともないんですけど……。ただ初めはひたすらに驚きで。

 未だ四月だよ? みたいな。それは、一目惚れの証拠なのかもしれませんけど。でも、記憶違いでなければ一年生のときに委員会で同じになっていて、二回くらい話したことあるんですよね。それなのに、一目惚れって。改めて見たら、ってことなんですかね。

 若しくは、一目惚れしてから二年間経ったってことなんですかね。だとしたら一途で笑っちゃいますね。返事は保留中です。千遥先輩も、確か告白された経験がありましたよね……? その時はどうしました?

 

 他にも色々お話ししたいことがあります!優しい千遥先輩にまた会いたいです。

 

 想世ちゃんの温かいメッセージに思わず励まされる。ごめんね、私は大学に受かってないし、犯罪に加担しちゃったよ。合わせる顔がないよ、君みたいな心の綺麗な子には。

「え、高校での千遥クソ猫被ってるじゃん。何、大きな猫被ってたのね。ロシアンブルーか」

「ロシアンブルー別に大きくないと思うけど……」

ロシアンブルーの姿が明確に思い浮かぶ訳ではないが、恐らく慕われることに自尊心の増進を覚えていた浮ついた顔を覆い被せるほどに大きくはない。

 高校時代、と言っても一ヶ月前までは続いていたそれを思い返す。それほど猫被りだっただろうか。確かに、それなりに人にどう見られるかを気にしている恥の文化の体現者であったが、それは皆同じことだ。そこまで美音蘭と付き合っていた頃の自分との間にギャップを感じない。

 

 「ってか、告白された経験あったの?」

「黙らっしゃい」

美音蘭が隣から私のスマホを覗いてくる。覗かれたとて大したこともないプライバシーに危機を覚えて画面を指で叩く。

  私は「また会えたらいいね。今度ご飯に行こうよ」と送ってスマホを閉じた。我ながら適当な返事をしてしまったと思う。今度は、明確にしない限りずっと今度のままである。

 

 想世ちゃん。私のかわいい後輩。同じクラリネット担当の先輩後輩としてかなり仲良くなっていた。こんな私のことを慕ってくれて、日々相談をしてくれたり部活のあれこれで一緒に悩んでくれたり。数々の壁を共に乗り越えて来た。

「部活の後輩か。もしかして、海に連れて行ったのはこの子?」

「そうだよー。海ではしゃいでたのがかわいくてかわいくて」

凄いですよ、これがシーグラス。と言った想世ちゃんを思い出す。海に入る前に砂浜に感動して、青く透き通るその価値が低い宝石も彼女の瞳を大いに輝かせた。淡い夏の思い出が甦り、落魄れた春が眼前に迫る。

「愛する後輩ちゃんを尻目に今は裏ルートでお金稼ぎか。沁みるね」

美音蘭が憐れなものを見る目をぶつけて来るがすんでのところで躱して鏡を眺めた。何の変哲もない姿見の奥は、美音蘭の住む妖精の世界なのだ。改めて不思議なものである。

「よし、想世ちゃんに返信もできたし。そっちの世界、行きますか!」

「よし、久し振りに案内するねー」

 

 精神的に仕切り直して私は鏡の中に手を入れた。当然のように鏡面をすり抜ける。約一年ぶりの旅だ。待ち焦がれていたような、そんなことないような。この感覚には、いつもドキドキさせられる。非日常への扉なのだ。

「勿体ぶるな、行くぞ!」

「わっ」

美音蘭に背中を押されて、鏡の中に飛び込んだ。しみじみとした気持ちが微かに起こる風に流される。マーブルの世界が私の周りを通り抜けて、体が縮んで行くのを感じる。痛くはない。ただ単に、一つ妖精のサイズ感になるまで、あと僅か。

 向こう側の鏡面が白く光っている。眩しい。浮遊するように体が軽くなったあと、そこに吸い込まれた。

 ぽん、と投げ出されるように鏡の向こう側に溢れる。見えたのは、あの日のログハウス、ではない。柔らかな印象だった木目が見えず、そこにあるのは冷たい灰色だった。岩場か? 暗くて劣悪な地面の上に体が叩きつけられる。肩から落ちて、痛みが体を巡る。

 

「いっ、痛っ!」

追い打ちのように後方から美音蘭が落ちてきて、私に覆い被さる。ごめんね、という美音蘭の謝罪も虚しく、しっかり地面に膝をぶつけて痛めてしまった。何故、屋外に鏡を置いているのか。

 一年振りの妖精界、どれほど変わっているだろう。

場合によっては郷愁に溺れたい気分だったが、見渡したところで何故か岩場しか見えなかった。一部に生活雑貨らしきものは見えるが。棚と、写真立てと、本数冊、そして鏡。それに未だ変化はなく、綺麗なままを保っているのだけれど。

「ここ、何処なの?」

私は四つん這いから起き上がって、意外と低い天井に頭を押さえながら座った美音蘭に訊いた。

 見るからに、洞穴、と言ったところだった。左側に入り口があり、そこから光が漏れている。自然の光源しかない、不便そうな場所だった。明らかに、かつての家ではない。

 

「手紙に書いたでしょ。勘当されたからホームレスだよ?」

「……マジか」

何処かにあてがある上で家を出ていたのかと思っていたが、自然の中に住んでいるとは。旧石器時代の人間かと思った。妖精の世界の文明は明らかに進み方が私たちと異なるが。

「もうちょいマシな住処は無かったの?」

「不動産のあれこれの契約が一切分からないんだよね。勝手に住むと怒られる」

「訊きなよ、誰かに。ここも怒られないの?」

「見逃されてるって感じかな。本当は良くない」

「だろうね」

 

 郷愁が温い風に乗って流され遠くに消えて行く。ここまでまともじゃない生活を強いられているとは思いもしなかった。勘当、という響きは何だか古風で現代的ではないと感じていたが、私もそうされれば途方に暮れる他ないのである。

 もしやらかしがばれて親に仕送りを止められたら? 美音蘭と一緒に洞穴暮らしをするのか? そう考えると、人間の世界に再び来た美音蘭は快適さをしみじみ味わっていたのだろうか。

「そんで着の身着のまま、とにかく鏡だけは大切に特ってここまで来た訳。でも、ここのコミュニティは比較的安全だよ?」

「コミュニティ? 洞穴のコミュニティって何」美音蘭の横文字は信じ難い。

「見てごらん、私は未だ洞穴の手前の方に住んでるけと、奥にも数人住んでる」

「.....え? わっ」

あらんことか思わず声を出してしまった。薄暗い美音蘭の居住スペースの奥に、微かにその影が見えたため、言いようのない恐怖を感じてしまったのだ。失礼は承知だ。ぺこりと頭を下げる。

 

「一応、共同生活的な扱いになるのかな。私が居ない間、お掃除とか依頼してたし」

この子は、何を持って他のホームレスを信頼しているのだろう。失礼は口に出さねばセーフラインだと思って脳内では突っ込む。

「助け合い、的な?」

「その通り」

美音蘭は、すっかり環境に慣れてしまって、同居人に窃盗されるといった可能性も歯牙にも掛けない様子だった。あまり感心できたことではない。女の子はそういうものをより気にするべきでは。それも人間的且つ前時代的発想になりうるかもしれない。

「そんなとこ。まずは、着替えよっか」美音蘭は、躊躇いもなくシャツを脱ぎ始め、こちらが差恥心を覚えてしまった。だが、よく考えれば妖精からして私たちは逆に今は着過ぎているのだ。本来の姿に戻るだけである。

 

 白いシャツと花柄のスカートを脱いで現れたのはバイオレット、という表現がピッタリ合うようなおしゃれなドレスだった。体にフィットしていて装飾も派手すぎないため、やはり思い浮かべるのはスケート選手だった。

「美音蘭、似合ってるね。さすがに」

「ん、ありがと」

上唇で下唇を覆い、口角が上がっているのを隠す彼女がかわいらしかった。こういう所は何故だか乙女っぽいままなのだ。変に気取ったり、褒められ慣れたりもしない。

そのまま、彼女は背中で留めていたらしい羽を解放させた。薄く、透き通るそれは、ガラス細工のように繊細でいながら、硬さがないため不思議でならなかった。この、人間からすれば衣装と称するような姿がこの世界のデフォルトなのだ。

美音蘭はクローゼットらしき唯一大きな棚を探り始めた。

 

「去年まで千遥が着てたやつもあるけど、どうする? 体型変わってなければ私のお古貸せるけど」

「んー、慣れてるから前のがいいかな。薄紫のやつ」

「OK」

私に渡された紫色のドレスは、お嬢様がパーティーに着ていきそうな、上品かつありがたいことに体のラインが出ない方のデザインだった。残念なことに私には美音蘭ほど攻めた服を着ることはできない。

「えっと、着替えは」

奥のコミュニティからの視線が、見えないけれど気になった。

「あ。このクローゼットの影隠れて? おーい、みんな! この子着替えるから見たら殺すよー」

美音蘭は明るく奥の妖精たちに釘を刺して私に合図を出した。

 

 向こうでもここでも大体春の陽気なのだが、こちらの方がどうしても露出度が高くなる以上ふわふわする。黒いブラウスとジーンズを脱ぎ、全身が薄ら寒い。早く、早くと心の中で急かすが、あくまで美音蘭はマイペースに、私にドレスを着せた。袖を通すと、多少受験期に増えてしまった体重を感じさせる少し強めの締め付けを覚えた。

「ちょっとだけ太った?」

「あんま指摘しないで。これから痩せるから」

ぴしゃりと言い放って、私はされるがままに美音蘭に装飾を追加されていた。そして仕上げに、作られた羽を装着した。何故美音蘭がこの偽物の羽を持っていたか訊いたことがある。その時は、「父さんが、戦争の時に軍が陸軍に仕掛ける罠として使っていたものらしいよ」と説明されて困惑した。ダミーの羽、ということは分かったが用法が。妖精の世界にも戦争があったと知ったのはその時が初めてである。恐らく私くらいしか知らない。

 そしてこれは洞穴の中の皆さんには見られていないだろうか。私のツルツルの背中を。釘は刺されているはずだが。それか、一応美音蘭が説明していて理解があるのかもしれない。

 

「よし、完成」

美音蘭に言われて、くるりと回ると、私が暫く履いていなかったような長いスカートがひらりとはためいた。この、布の慣性が面白くて小さい頃はロングスカートを履いて回転したものだ。お陰で三半規管は強い。

「ありがと、これで表に出られるね」

「うんうん。じゃ、行こうか」

美音蘭と私はさっと手を繋ぎ、洞穴の入り口からふわりと飛び立った。足が、不安定な岩場から離れる。少しだけ持て余してふらふら足をばたつかせるが、その内美音蘭の余裕そうな表情に身を委ねる。すると、心がふと落ち着いて冷えてくる。ようやく景色が見られるようになるのだ。この空の景色を。

「気持ちいい~!」

壮大な自然と共にある営みが見下ろされる。穏やかな風が私の肌を撫でて過ぎて行く。上昇気流に乗って、すっかり軽くなった体がふわりと浮いている。ダミーの羽も風に煽られて気持ちが良さそうに揺れていた。

 

 妖精は空を飛べる。よく考えれば常識だったのだけれど、初めて飛んだ時はきょとんとしたものだ。もう少し、森の中で細かに飛ぶイメージだったこともあってか、鳥みたいなシチュエーションがピンと来なかったのだ。そして着地した後から現実に舞い戻ってぶるぶるに震えた。

 その時も美音蘭と手を繋ぐだけで空高く飛ぶことができたのだけれど、当時は意味が分からなくて私にも能力が備わってしまったのかと少々興奮した。しかしそんな訳もなく。

「私たちの体はかなり軽いから、穏やかな風に乗ることができるんだよ。それは偽妖精の千遥でも同じこと。羽はダミーだからコントロールはできないけど。まあつまり自由飛行ならできるってことだよ」

そんなギャンプルみたいな飛行方法で渡り歩けるのか。歩いてはいないが。飛んでいるというよりも、浮かんでいるだけ、というのが不思議だった。始めからパラシュートを開いているスカイダイビングみたいなものかな、と思うことにした。

 

「目的地は?」

「ま、市場かな。売りたいものがある」

「いつの間にそんなもの持って来てたの?」

見れば美音蘭がトートバッグらしきものの中に商品を入れ、持ち手を腕に巻き付けて頑丈にしているのが目に入った。私と再会する前に予め購入しておいたのか。

 美音蘭は以前から儲けることが好き、というか目的もなくお金を手に入れることが好きだったから市場に人間界の商品を持って行って商いをしていた。話を聞くに、妖精の世界ではお金を稼いでいるものが偉く、富を振りかざすようなことはないらしい。そこまで自らの立場を良くしたい欲求もないのか。とすれば、美音蘭が人間の世界に馴染んだのはある種人間的であるからなのかもしれない、

 人間界のもの、特にコスメはかなり売れ行きがいいらしい。私に会うというのはついでの用で、ドラッグストアに寄って帰るだけの時もあったほどだ。

 ゆっくりと高度を下げて直立の状態でレンガのタイルに着地した。地面が硬くなったのに何となく足元が覚束ない。そんな感覚もまた懐かしい。

「よし、貸しスペースに入るよ」

「おー」

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