shooting star!   作:戸村濃秋

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お口チャック&奪取

 

 

 「空き巣ですか……」

胸を強く衝かれる。私達が認識しているぼんやりとした犯罪、の定義からそう乖離したものではなくなってきた。明確に、空き巣は犯罪である。前回は、トラックを走らせるのみだった、と、正直実感を伴っていない部分が大きい。

「空き巣、というとまた違うかもしれないな」

東宮さんは逆光で以前より迫力を増して見えた。現実味を帯びてきたこの生活に於いて、この隠すべき仕事を斡旋しているこの人物が明らかにまともではないことがありありと理解できた。膝に傷があると隠すのに必死で堂々とできない。

 そして当たり前のように銀色のリングにも邪魔をされている。未だに水をかけたら壊れる機器だといいなと思って長めにお湯に浸かっている。防水はバッチリ、ということが分かった。

 

「この仕事は序章、いや本編まで終わっている。お前たちがやるのは終幕だ」

お祭りの後のゴミ拾いみたいなことか。ならばありがたいような。

「部屋の処理、といったところですか?」

「それも含む。まあ、簡単に言ってしまおう」

東宮さんの話が本当に簡単なのか。非現実をあまりに自然な流れで扱うものだからこちらの感覚は麻痺するばかりだ。

「この部屋の住人はあるルートから武器を入手していた。密輸だろうな。危険人物だからな、既にこちらで捕まえて処分してあるんだが」

密輸をしていた人物の部屋。紙に書かれた住所を見るに、然程遠くない。身近に迫っていたかもしれない危機が恐ろしかった。そして、処分、ということは。口にするのも野暮だ。考えることすらも。

 

「そいつが吐いた言葉によると、部屋に未だその武器の入手における重要な窓口が残っているらしい」

「パソコンとか、ですかね」

流石に、直接連絡をとるにも通信傍受されやすいものは選ばないだろう。空港を通ってきたのか、船で来たのか。

「そいつは既に押収してある。だが、そういうものじゃないんだ。まあ、口にするべきじゃない。置き場所は吐かせてある。それを回収して、マンションの前に停めてある車に乗せろ。以上だ。後は書類を読め」

「はあ……」

かなり濁されてしまった。そこまで特殊な窓口なのか。

 

 パソコンではない窓口、というと見当もつかないが、ともかくそれが今回の仕事だ。私たちは詳細を読んで記憶した後、きちっとそれを焼却した。

 仕事は五日後だったこともあり、暫くは暇な時を過こした。その間に考えることは専らお金のことであった。いかにして稼ぐか、いかにして使うか。お金に関する議論は深まっていた。

「まず、妖精界での商売、続けるべきなの?」

美音蘭はキッチンで紅茶を淹れながら口を尖らせていた。そこだった。妖精界で使われているお金を集めたところで何になるのか、という話だった。やはり、あまり妖精界では価値あるものを見込めない。タワーマンションと呼べるような住宅も妖精界にはないのだ。

「確かに、向こうのお金の価値を見れば儲けは出てるんだろうけど。でも外国為替市場とかがある訳じゃないから具体的にどれくらいの価値があるか分からないし、まず交換できないし」

「それはその通りだよねー。円からネロンソも、ネロンソから円も無理だと思う」

 

 やはり、その事実はどう頑張っても変えられない。つまり、人間界で買った商品を妖精界で高く売ったとこちで、儲けを人間界に持ってくることはできないのだ。

「逆はどうなの?文化どころか色々暮らしが違うんだから。妖精界から持ってきたものを人間界で売るっていうのは」

美音場は率直な提案をした。丁寧に紅茶を運んでクッションに座る。彼女がお茶を淹れられるようになるとは。以前は熱湯をぶちまけて私の右足に消えない傷を刻んだものだが。感動だ。

「難しいんじゃないかな。こっちは妖精界と違って商売にかなり規制がかかってるから。まず無断で商売できないから届出を出さなきゃだし、詳しくないけど免許が必要なはず。あと、売る形態とか込みで考えて場合によっては融資してもらわなきゃだし。第一、あんまり妖精界のものに食いつかないかも」

「私たちが食いついてるんだから行けるんじゃない?」

「うーん、こっちの人間は警戒心が強いからね。あんまり知らないものに手を出さないと思うな。あまりにも見た目が違いすぎると海外の食料品みたいにも扱われないだろうし……」

 

 私は、カップに注がれた黄色が強い紅茶の匂いを嗅いだ。独特なハーブの香りが立つ。そして少しだけ息で冷まして口をつけた。ほのかな暖かさと共に舌に染み入るように深く甘苦い味が広がる。美味しい。

「そもそも、私たち、二人で暮らすにしてもどっちで暮らしたいの?」

「あー、私はそりゃ、妖精界がいいけど。でも明らかにこっちの方が利便性は高いわ」

「美音蘭的に、どういう所が人間の世界には足りないの? 補えることはどうにか補いたいけど」

「補う、というか。何か雰囲気よね。私の世界は柔らかい感じだけどこっちは何だかツンケンしてる」

「なるほど」

 

 地域の中で結ばれた交流である。そこの結束はこちらの何倍か強いものだろう。こちらは地域の人々との関わりは希薄なものだから、冷たく思えるのも無理はない。

「でも、将来を考えるならこっちだと思う」

美音蘭は、改めてそう口にした。

「…私もこっちがいいんだよねー」と、いくらか気楽に私も言えた。

正直な話、妖精界はこちらに比べて圧倒的に発展途上であり、住環境もいいとは言い難い。まあ、全く違うところで発展しているが。それに私は妖精界で永遠に偽の羽をつけて生活はできないと思われる。

 逆に美音蘭も羽を畳まねばならないが、こちらには隠れて羽を解放できる場所もあるだろう。

 

「だとすると、稼ぐなら日本円だよね」

「じゃー、あんまりコスメを持ち帰っても無駄かなぁ」

「こめんね、美音蘭」

「仕方ないよ」

美音蘭は意外にも穏やかに、戦術がはまらなかったことが悔しいという表情で言った。少ないお酒をくっと飲むように紅茶を飲み干した。

「事実、何か分からないと価値なんてつかないからね」

「まあ、同時に、逆に価値が低いものにすごい価値がつく可能性はあるから」

励まし、というにはあまりにも粗雑な言葉をかけて私は再び紅茶を手にした。そこでようやく違和感を覚える。

 

「こんな紅茶あったっけな」

「へへ、気付いた?」

途端に、美音蘭が悪ガキの顔になる。味わっていた私が急に疑われる。何故そこまで気にせずに飲んでいたのだ。警戒心が弱すぎる。これは、妖精と関わっていたからこその麻痺ではなく、致命的な私本来の性質である。

「これ、妖精界で流行ってるんだー。こっちで言う紅茶とほぼ同じだけど。どっちでも抽出っていう発想はあるんだね」

「え、や、え大丈夫なのかな」

私の慌てようを見て噴き出す美音蘭は楽しそうだった。以前は、こうやって互いに悪戯を仕掛けては笑い合ったものだが。妖精界にある食べ物でたまにお腹を下したこともあった。美音蘭はこちらの食べ物でそうなることはなかったけれど。

「そんなに心配しないこと!」

「いや、でも、もしキマっちゃったらどうしよう……」

 

 いちいち私の挙動が滑稽に映るのか、美音蘭はずっと楽しそうだった。

「そんな、ユージーさんみたいにはならないよ。美味しそうに飲んでたじゃん」

「でもユージーさんだって美味しそうには飲むでしょ」

美音蘭は私の頭を何故か撫でてきた。あの夜以降、少しでも弱さを見せると、子ども扱いしてくるようになったのは少々不満である。

「さっきからずっと千遥はおどおどしてるよ。そんなんだと仕事失敗するよ?なら寧ろちょいとキマってた方が良くない?」

何と過激な考えを。しかし、それくらいの強気でいないとならない。自分を奮い立たせて、マンションへ行く準備を始める。

 

 今日は歩いてマンションへ向かうことになる。また、最寄駅のコインロッカーからバッグを取り出し、服装を変えてから向かう。これが常套手段らしいが、事実駅というのもどれほど安全か分からない。イメージでは、十分に駅というものも犯罪に利用されている気がする、監視カメラが怖いじゃないか。

 部屋の鍵を掛けて出て行くと、四月下旬にしては冷たい空気が私の袖をすり抜ける。キマっていこうぜ。頬をパチンと叩くと、意外と痛くて驚いた。私の腕っぷしが強くなった、のではなく単に調整が下手なのだ。そんな頬も冷えていく。

 コインロッカーの番号をスムーズに打ち込み、紙袋を取り出す。嵩張るものの大した重量感がないこの感じ。おしゃれな店のロゴ入りの袋である。

「今回は流石に作業服じゃないよね」

「マンションに業者の振りして入るのはリスク高いしね」

「よし」

「美音蘭、もしかして作業服嫌だった?」

「いや、背中きつかったんだよ」

背中が楽かどうかが基準か。この子がおしゃれをしたら無敵だろうに、スタイルもいいからタイトな服も似合うはずだが、人前でそうはいかない。

 

 トイレに入って着替えたものの、思いの外スカート丈が短いことに驚いた。白い長袖Tシャツにピンクと赤の境目みたいな色のカーディガン。それにグレーのチェックスカートと、それに合わせたのかベレー帽まで入っていた。私の私服よりはセンスがいい気がする。美術館デートにでも行きそうな恰好だ。

 トイレの外で待ち合わせると、恐らくまた背中関係で苦労しつつ出てきた美音蘭もまた、デートをする人間の恰好に見えた。

 袖がシースルーの黒いプラウスにスタイルを際立てるデニムパンツ。肩掛けのブランコみたいな形のパックと、丸い伊達メガネ付きだ。思わず二人で見合って笑ってしまう。

「え、美音蘭似合うじゃん。そんな服着てるの初めて見た」

「羽のこと心配して多少だぼっとしたの買ってたからね。千遥も似合ってるよ。足寒そうだけど」

「まさかギリギリ膝上だとは思わなかったよ」

 

 女子二人の美術館デート、と言えば納得する。とりあえず運動しそうには見えない。別に友人宅への訪問ということでマンションに行っても構わないだろうが。とりあえず、窃盗を働こうという人間の格好には見えない。いいだろう。

「これ、誰が服選んでるんだろ」

「確かに。東宮さんとは思えないけど」

「ここら辺の服って、回収して保管してるのかな」

「犯罪組織の衣装部屋って、どんな風なのかね」

「ねー」

 

 青空が私たちを等しく笑顔で見守る中、私たちが歩く先といえば、私の実家の方向だった。

 せっかく四つの市町を隔てた場所に引っ越したため安心していたが、どうも実家に近付くと体が拒否反応を覚える。いつかバレるのでは、という危険性が身の辺りを掠めてぶるぶると首を振る。

 花粉? と美音蘭が訊いて来るが、否定しようとまた同じ動きをして紛らわしいと言われた。

 

 少し高台に登り、急な坂道から町を見下ろす。似たような色の屋根でも、形や大きさが違って、停まっている車もまた全く異なる。こんな人の暮らしの中に悪が紛れ込んでいても、気がつくことはないんだろうな、とふと考えた。良くないバイトを始める人も、海外から武器を取り寄せる人も居る。分かりやすい悪い人なんてそう居ないんだろう。

「よし、見えたね」

美音蘭が言うと、少し小高い所にそのマンションは聳えていた。十二階建てだと言うから、私が住んでいる十階建てとさして変わらないように見える。白い壁は塗装されたのも最近なのか清潔で、健康的な陽光を反射して輝いていた。まあ、法律事務所の建物とは大違いな健全性。午後二時という日光が最も強く降り注ぐ時間に、その分できた影の中を私たちは進んだ。

 

 「この辺りは来るの初めてだなぁ」

「私はこの近くまでは来たことあるよ。もう少し西に行くと大きな公園があるんだよね」

秋になると紅葉が美しかった公園だ。確か、小学生の時に友達と鬼ごっこと隠れんぼのハイブリッドゲームをした場所だ。

 私たちは帰り道のための土地勘を確認しつつマンションのエントランスに入った。ここからは監視カメラが確実に付きまとうが、気にしすぎると不審である。靴裏にビニール製のカバーをかけて進む。カサカサという音もせず、足跡もつかない。

 

「今時オートロックとかがないマンション怖いと思うけどなぁ」

「築年数そんな経ってなさそうだけど、完備してないんだね」

それが幸いと言えば幸いである。エントランスに集まった銀色のポストで確認すると、七〇三号室は日吉(ひよし)という人で間違いないらしかった。資料にも名前があった。

 

 「関係性、をもし問われた場合どうする?」事前に資料を見て話していたことだった。もし、マンションの住人に会い、声をかけられた場合だ。マンションでの近所付き合いは大して深いものとも思えないが、一応だった。

「日吉さん、二十代でしょ?飲み仲間、とか?」私たちが二十代に見えるかも問題であるが。

「飲み仲間の家に十四時に訪問するか?」

どうも十八歳の人間と妖精では社会経験が不足しているため偽装にも難航する。この世にどれくらいの関係性があるかなど掴めるはずもないが、少なくとも私と美音蘭の関係は唯一無二だなとも思う。

 

「それに、用が済んだら部屋を出て車のトランクに荷物詰め込むんだから。滞在時間なんて三十分程度だよ。実際荷物を取りに来たついでに寄ったくらいでいいっしょ」

「じゃあ、日吉さんはバイト先の先輩で、本を貰いに来た、とか?」

「それくらいがリアルかもだけど、家に行くには関係性薄くない?」

「それは確かに。いっそ親戚にするか?」

「リスク凄いだろそれは」

 

 三人の関係性決定は難航に難航したものの、落ち着いた内容としては友人の兄で、本を借りに行く。ということになった。バイト先の先輩より少しは関係性が深そうだという予想だ。尚、私には兄弟絡みで仲が良い友人は居らず、美音蘭も同様だった。そもそも妖精にもきょうだいってあるのか、と疑問である。

 つまりはイメージ。改めて服装と照らし合わせるも、考えすぎないという案が通った。これくらいのおしゃれが常の人間だって居る。

 東宮さんからの指示で、はっきりと顔が映る可能性があるということでエレベーターの使用は禁じられており、私たちは苦しみながら七階までの階段を登った。

 

「七階までって、さすがに長くない?」

三階くらいで私が漏らすと、「美珠ちゃん体力無さすぎ」と馬鹿にされた。

 そう言えば妖精からなのかふわふわと眺ぶように軽々足を入れ替えている。ずるい、地に足つけて生きてくれ。物理的に。

「私を抱きかかえてくれても良いんだよ?」

「美珠ちゃん持ったら流石に重い」

「何だと」

「現実的な話をしている」

 

 美音蘭は私の体重から残酷な判断を下した。ここ数日何だかすり減って食事が喉を通らないこともあった上、多少ランニングなどを挟んでいる。一応、易々と生きていけると思っていない以上運動神経の向上には努めているつもりだ。

 数日前より痩せたから持てると思うのだが。いや、持てるだけでなく運ばなければ話にならないのか。現実的な話だ。

 とうとう七階に着いた時には息が切れかけている私が居た。もし、この仕事をしている最中に敵から逃げなければならない時、体力が祟って追いつかれそうだ。危機感を覚える。そもそも敵という敵が眼前に現れることはあるのだろうか。その内銃撃戦に参加することなんかがあったら? それは創作世界での話か?

 パン、と美音蘭が手を合わせた。

「よし、三号室。ここからは念の為、演技だよ?」

「OKホルンちゃん」

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