shooting star!   作:戸村濃秋

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サイエンスノンフィクション

 

 

 「みおさん、綺麗な方ですね」

想世ちゃんは美音蘭の美貌に驚いたらしかった。妖精界を生きる若者なのだからさすがに輝きが違う。想世ちゃんは実は見た目に厳しく、彼女が認める美人はかなり少なかったものだ。馴れ合いで「かわいいねー」などと言ったことはない。少なくとも私の印象ではそうだ。すると、珍しい評価だと言うことが分かる。

「可愛い子だよ、あの子は」

 

 公園を待ち合わせ場所に選択したということはこっそりスマホをいじって呼び出し先を変えたということだろうか。あの一瞬の間にそれができたのだとしたら、それはある種才能発揮である。私だったら咄嗟に機転が利かず、想世ちゃんを連れたままお迎えの車が来てしまう羽目になる。

 怪しすぎて仕方がない。私の中途半端な挙動が彼女の枷にならないか。私は、いつか本当に彼女を助けられるだろうか。

 いずれにしろ私は美音蘭を信じて想世ちゃんとの須臾の時間を楽しむとしよう。

 

「平日の昼間と言えば、想世ちゃんもどうしてお家に?」

同時に浮かぶ疑問だった。私が居るのはおかしいが、想世ちゃんが居るのもおかしい。今は恐らく六限を行っている辺りだ。普通なら学校に居るはずで、時期を考えても振替休日になる可能性や学級閉鎖の可能性も低い。

「あー、午前中に体調悪くなっちゃって。帰って来たんです」

「あら、そうだったんだ」

早退なら納得はする。いや、ならば何故彼女は外に出ているのか。病人には、到底見えなかった。

「でも、今めっちゃ元気なのでコンビニ行ってお菓子買おうかと」

 

 私と想世ちゃんの再会が、ある偶然の連続によって針穴を通っての結果だということが分かった。

 そのタイミングとたまたま、重なってしまったと。恐ろしく低い確率を引いてしまったものだ。想世ちゃんの体調が悪くなり帰宅、だが復調し、外出しようとしたタイミングだったのだ。運命、と言えば安っぽいが、いかにもそれっぽい。美音蘭が居なかったら運の尽きだった。

 こんな予期せぬドミノが倒れてしまうことがこの先も起こるなら、と単純に怖くなってくる。

 

「え、本当に今は大丈夫なの?」

「ほんとに、びっくりするくらい元気です」

想世ちゃんは全くと言っていいほど存在しない力瘤を強調するようなポーズを取った。ただの角ばったガッツポーズにしか見えない。かわいらしいこと。

「じゃあ、コンビニまで着いて行くよ」

まで、を設定した。私はこのまま想世ちゃんに身を委ねてしまいそうな自分にリミットをつけたのだ。このままでは美音蘭にひたすら迷惑をかけることになる。

「了解です」

 

 今度はカメラを気にする方が不自然だと思い、堂々と一人でエレベーターに乗り込んで階下まで降った。想世ちゃんが一緒だったら、きっと不審がられるまい。エレベーターの中の無駄に効いた空調が私を冷静にしていく。乗って仕舞えば何と楽ちんな。

 更に少し高いところにあるというコンビニまでの道を、思い出を語りながら歩いた。

「海、本当に楽しかったですね。あれ以来、未だ行っていませんが、今度は私が千遥先輩を連れて行きたいです」

「嬉しいことを、言ってくれるなあ」

「うぇへへ……。そう言えば、最近も車は乗ってるんですか?」

「あー、そんなに。でも最近一回乗ったよ」軽トラで事故ったよ、とは勿論言わない。「あれは、暫く慣れることはなさそう」

「大変そうですもん……。でも、この辺りに住むなら車は必須ですよね。正直徒歩と自転車だけでは補えないです」

「あった方がいいと思うよ」

そんな私は前述の通りほぼ乗っていたなかったのだが。大学に落ちて引きこもっていたから。

 

 会っていなかった一ヶ月だけで何が変わるかとも思ったが、想世ちゃんは大人っぽくなったように見えた。横顔からは不思議と覚悟みたいなものが感じられた。何故だろう。

「そう言えば、この間のメッセに書いてあった告白して来た子、どうなったの?」

「それなんですけどねー、悩んでるんです」

「検討中?」

恋話になった途端に耳が赤くなった彼女が可愛らしい。悩める乙女を見ると青春とはこれのことよ、と思う。尚、私は何も甘っぱい経験をしていない。一応、告白をされたという事実はあるが。事実だけが転がっている。一応英検取りました、くらいの感覚だ。ある特定の場でしか発表することのないアドバンテージ的なもの。それをステータスにしようとも思わない。

 

「いや、そんなにタイプとかじゃなくて。正直付き合いたいってこともないんですけど。でも、未だ全然中身を知らないので………」

「なるほどね」

一目惚れ、というくらいだ。ろくな関わりがなかったところにいきなり告白をしてきたのだから当然知った仲ではない。

「でも、告白ってきっと、したことないから分かんないですけど。勇気要るじゃないですか。それを、シンプルにただごめんなさいで返していいのかなって、相手の気持ちを無碍にしちゃうことにならないかなって」

優しすぎる。彼女の覚悟の奥にいつも見てきた弱さが残っていた。彼女の優しさはいつか身を滅ぼしそうで怖かったのだ。その本質を私が変えることはできないだろうが、少しでもその過ぎた貢献に物申したかった。

 

「私は、告白されたとき、嬉しい気持ち半分不安だったの。告白を保留にしている内に、不安が勝っちゃった。だから、自分が気持ちを楽に付き合えそうな人じゃないって判断して断った。想世ちゃんは、もっと自分を中心に考えなよ。断ることが相手の告白を無碍にすることだったら、成功する告白だらけになっちゃうよ。想性ちゃんにとってピンと来なかったんなら断りな。寧ろそれが誠実だと思うな。責任感みたいなもので、恋愛しちゃダメだと思う」

想世ちゃんは少々驚いた様子で私を見ていた。確かに、私は彼女に対してそんなにはっきりした物言いをしてこなかった。でも、これでよかった気がする。傲慢かもしれないが、彼女は私の背中を見てきてしまった。

 だから、私の間違った責任感も移ってしまったのかもしれない。それなら、勘違いしないで欲しいのだ。責任感は、時に自分の身を滅ぼすと。自分を大切にして欲しいのだ。辛い時には休めるように。押し潰されるような重圧からは逃れられるように。

 

「何かごめんね、偉そうに」

「い、いえ。アドバイス、嬉しくて」

想世ちゃんは愉快そうにまた腕をぶんぶん振っていた。自己中心という言葉は一見いいようには思えないが、彼女には必要な考えに思えた。私からそんな言葉が出てくること自体も珍しかった。きっと美音蘭のおかげなのだろう。

 

「あ、そう言えば。ニュース見ました? 月が危ないっていう」

「え?あ、最近テレビとか見れなくて。月が危ないって?」

突然の話題転換と、話題内容の特殊さに一瞬息が止まる。月が危ない、などという曖昧ながらとんでもない話。危ない、というと星としての機能を失うかもしれないのか? 地球外生命体の侵略、などという下らない言葉が浮かぶ。

「あ。てっきり千遥先輩なら知ってるかと。天文好きだったので。何だか、惑星の破片みたいなものが地球の方向に向かってきてるんですって」

「え、初耳だ」

 

 要するに、隕石の類いということだろうか。創作の中でしか見たことがない。ハレー彗星というものは過去にあったが、もちろん生まれていない頃の話だ。

「何でも猛スピードらしく。もし学者の計算が合えばそれは月に衝突して、その破片が地球に降ってくるとか。そしたら巨大隕石になるかもですよ」「地球の危機じゃん!」

SF作品でしか見たことがないような設定だが、想世ちゃんが嘘を言う訳もない。月が破壊され、地球も破壊される。そんな、そんな危機が迫っているのに、未だこんな平凡な日常の中に居るのか。

 

「その破片、逸れることは勿論あるだろうけど。何時ころ到達するの?」

「一ヶ月とか、ですかね」

「早くない? もっと早く観測できるもんじゃないの?」

一ヶ月後、なのか。普通もう少しだけ猶予があってその間での人類の終末の行動が記されがちだが。

「そうなんです。びっくりするほど速いらしいんですよ。自然に生まれる勢いじゃないらしいです。一日に十光年くらい進んでるとか」

「何その数字のインフレ。漫画じゃないんだから」

何だか、デジャヴを覚えた。時速三光年、ということを美音蘭が喋っていたっけ。

 

「もし本当だったら事実地球の危機ですよね。そのうちテレビでも大きく取り上げられるんでしょうね」

「どうやったら阻止できるんだろ」

「物凄い勢いで跳ね返す、とかですかね」

「宇宙野球?」

ホームラン打ったらもっと被害が出て観客が悲しみそうだね。バントが一番かな、などとふざけ合う。暢気なことを言えるのも今のうちかもしれないが、私たちは笑いながら別れた。彼女のこれからの人生に幸多からんことを。

 彼女みたいな美しい心の子には、もう会えないのだろうか。自動ドアが閉まって見えなくなる彼女を目で追って、辛くなった。それを振り切るように公園へと、うろ覚えの道を走った。

 

 

 ☆

 

 

  志木想世

 

 千遥先輩、先日は会えて嬉しかったです! 勇気もらいました。

 告白ですが、はっきり断ってきました。向こうも残念そうでしたが、引き下がることもなく諦めてくれたみたいです。何となく無意識に張り詰めてたみたいで、断ったら胸が軽くなった感じです。

 あと、ご存知で訪問していたんですか? 日吉さんはお引越しされたようですよ。昨日引越し業者がさっと沢山段ボールを運んでいました。遠くに引っ越されるんですかね。あまりお話ししたことはありませんでしたが、自然と寂しいです。

 

 それはそうと、とうとう隕石の可能性が浮上してきましたね。各国がミサイルを準備するかなんて、恐ろしい話を持ち出してきました。隕石を撃ち落として被害を無くすだなんてこと、今の技術で可能なんでしょうかね。とにかく不安です。

 二ヶ月後までにまた会いましょうね。最後にしたくないです。それまでお元気で!

 

 私は電波が繋がらないため返信はできないスマホの画面を眺めて溜め息をついていた。私が放り出したはずの責任感が絶えずまた私にまとわりついている。

 先日は、私の予想通り美音蘭が車を呼び出す場所を公園に急遽変更し、一人で作業を終わらせてくれていた。後は服の返却だけだった。あの臨機応変さには服するばかりだ。さすがに、私の知らないところでに犯罪まがいのことをしていただけある。褒められたことではないが。

 その日の想世ちゃんの話以降、どうにも私の脳内を名状し難い不安感が支配している。もしかして、もしかしてと思うばかりで突き止められない真実があるのだ。

 

「あー、確かに人間界、隕石降るかも的なニュースやってたね。まずいよね、そんなことになったら」

「本当に、そうなんだよ」

私が強い口調で言うと、ただならぬ空気感を感じ取ったか美音蘭もすぐ側まで近寄って来た。

「人間界に被害があったら、千遥の知っている人も、知っている場所も壊れちゃうかもしれない。千遥は最悪、こっちに避難できるけど……。怖い、よね」

寄り添ってくれる美音蘭の気持ちはありがたい。しかし、議論すべきはそこではないのだ。不安感についていた南京錠を吹き飛ばす。

 

「この隕石さ、私たちのせいじゃない?」

「……どういう意味?私たちのせいで隕石が降るって。あれ? そっちに根付いてる天罰みたいな考え方?」

「じゃなくて。その例の惑星の破片なんだけど、やっぱり専門家の知見によっても、スピードが速すぎるんだって。天文台の観測でどんどん近付いてるのが分かるの。これ、自然に生じた隕石ではないって言うの。分からないけど、喩えるならば、宇宙空間で玉突き事故みたいなのが起きてるんじゃないかって。その原因となる何かが必ずあるはずだって言うの。初めに追突した車。考えられるケースは超新星爆発とか、あるんだけど。でも、どちらにしろ物凄い衝撃を受けない限り破片があのスピードを持つわけがないの」

私はそこで、固まる美音蘭の瞳をじっくり眺めて、息を吸った。

 

「望遠鏡から撃ったやつじゃない?」

美音蘭は頭を抱えてその場に降った。あまりの衝撃に一言も発せられないらしい。私も、悟ってしまった瞬間は罪悪感どころではない何かに襲われてただではいられなかった。もし仮定が正しければ、私と美音蘭が地球の危機を起こしたことになる。

「や、やば。どうしよう」

「責任取らないと」

 

 咄嗟に溢れた言葉に、自分でもハッとする。しかし、美音蘭もそれには納得する他ないらしく、すっかり考え込んでしまった。

「隕石を止めるなんて、人間界の技術でそう上手く行くとは思えない。宇宙空間に向かって何か撃つとしても射程が足りない」

「だとしたら、望遠鏡で迎撃するしかないんじゃ...…?」

美音蘭が、反射的に提案した。

「アリ、か?」

射程、速度。それらに於いて何ら欠ける要素はない。望遠鏡には望遠鏡をぶつける。

 

 これには一本取られた、という気分だったが、あまりにも危険ではないか。妖精界の武器を人間界に持ち込んで使うなど、普通に考えて許されない。既に、許されないことをやってきている身ではあるが。

「無理、じゃない?」

「確かに乱暴な提案だけど、望遠鏡なら撃ち抜けるでしょ。上手くやれば欠片を残さずに消滅させることもできる」

大分可能性が低い仮定法を使っている気がしてならない。望遠鏡が、私の部屋にある姿を、丘の上にある姿を思い浮かべようとする。現実的とは思えない。

「そもそもどうやって、望遠鏡を人間界に運ぶの?」

世界を跨がなければならないではないか。

「あるじゃん」

「え、何が」

 

 美音蘭は自信満々の様子で言った。

「鏡だよ鏡!」

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