勇者の世話係辞めたい 作:社畜
「今日を持って辞めさせて頂きます」
そう言って目の前の上司に退職届を差し出した。上司は中身を見ず、真っ直ぐ私を見つめてこう言った。
『なんで?』
『待って、マジで待って。良い感じだったじゃん、給料も良い筈だし何が駄目なの?何でも良いから言って?』
まぁ、確かに給料は良い。良いですけど、日々の労働に見合っているかと言われればまぁ……うんと言った感じで。私は素直に本音を話す事にした。
「仕事がですね、クソ忙しいんですよ」
『クソ』
思わぬ汚言葉に上司が驚いた顔をしているが、私は気にしない。それに何でも言ってと言われたし言っても良いよね。
「毎日毎日、夜遅くまで仕事が終わらないんです。四人分、三食のご飯作り、掃除、洗濯。おやつ、脱ぎ散らかした服、全ての後片付け。心に傷を負った子のカウンセラー、好き嫌いの克服の為のレシピを考えたり、カリスマ指導。……まだ仰った方が宜しいでしょうか?上司様」
『良く分かった。ごめん、そりゃあクソだわ』
「お陰で毎日寝不足ですよ、だから辞めさせて頂きたいのですが」
『成る程ねぇ。良く分かった。
うん、無理!』
最高の笑顔で上司様はそう答えてくれた。あぁ、人間の感情ってこう言う時に動くんだ。懐から獲物を取りだすと、私はそっと上司の後ろへ忍び寄った。
『あ、待って?話を聞こう?お、落ち着いて?理由がちゃんとあるから離れて?ね?』
元上司がそう言うので、仕方無く離れて話を聞く。要約すると、"今辞められても代わりの人がいない"と言う事。そして、"彼女達もそれに対応出来るかどうかと言う事"らしい。
『彼女達は君が辞める事を知ってるの?と言うか今日此処に来た事話した?』
「いえ、買い物の帰りに此処に来たので全く知らないです」
『買い物の帰りに仕事辞めに来たの⁉︎』
「買い物の帰り道に通りかかって。"ああ、私何やってんだろ"って思いまして」
気付いたら出してた。
『取り敢えず、今は無理だから。変わりの人間は探しとくよ。えーと、後給料は上げとく。それから、そうだな。また無理になったら来てよ。お酒でも呑みながら愚痴はいくらでも聞くからさ』
それぐらいしか私は出来ないからね。と上司は言って話が終わり、私は部屋を後にした。
結局変わらない日々は続く。帰れば、ごはん!と言う暴食の賢者がいて、自分の事が何も出来ないカリスマ勇者様がいて……。
「あぁ、帰りたくねえ〜。このまま逃げちゃおうかな」
油断をすれば、だらしない弱音が漏れる。それでも家に帰ればいつもと変わらない様子で私は出迎えるし、出迎えられなきゃいけない。少しだけゆっくりと、帰宅までの道を歩いた。
ああ、勇者の世話係辞めたい。