赤い霧がダンジョンにいるのは間違っている【0830】 作:ピグリツィア
ティオナとアイズを見送り、再び勉強に戻る。フィクサーとして培ってきた技能を活かせる場面もあるから特に躓く事もなくページを進めていく。
この本の問題集は上層のみだが、情報としては中層の内容も入っている。今回ミノタウロスが上層まで駆け上がってきた異常事態もあったし、そういう時の為かもしれない。
上層から中層で私が特に気をつけるべき相手はこの『パープル・モス』だろう。異世界の毒物を喰らえばどうなるかわからないし、他の冒険者みたいに『耐毒』の発展アビリティも持ってない。探索の行きや帰りに喰らったら面倒だ。よりにもよってこいつはその毒を鱗粉状にばら撒くらしいし、回避も難しそうだな。
逆にそれ以外のモンスターは余裕を持って対処できそうだ。キラーアントは念入りに仕留めるのと、ヘルハウンドは火を吹かれる前に手早く仕留める事くらいか。
ページを進めていくと、私がこの世界に来て唯一交戦した経験のあるモンスターについての情報が描かれてる。
「ミノタウロスか…咆哮に行動停止の効果があるらしいが、私の行動阻害耐性で弾けるか?」
正直に言えばいくらミミクリーでの攻撃とはいえ一撃で倒せたモンスターだ。警戒するに値しないと思うが、一応私もレベル1だ。咆哮の効果を受ける可能性もゼロではない。
「レベルでの抵抗がどうなっているかがわからないのが問題か…」
こういった問題は実際に現地に行って検証してみないと分からないな。結局は武器が無いとどうしようもない。今は検証事項として頭の隅に入れておくに留めるか。
これでこの本の内容は一通り頭に入れたし、この後の行動について聞く為にも一度リヴェリアか、ロキやフィンと話しておくか。
教本を持って部屋の外に出てリヴェリアに会いに行く…しまった、リヴェリアの部屋の場所を知らない。とりあえずロキの部屋に向かうとしよう。
「そんでウチん所来たっちゅう訳か」
「ああ、フィンも居るとは思わなかったけどな」
「今回は大金が動くからね、後でリヴェリアやガレスにも確認して貰うけれど先にこっちを済ませに来たんだ」
確か不壊属性の武器を幾つか作ると言っていたな、恐らくはそれの事だろう。
この世界だと特殊な機能を備えた武器は基本的に値が張る。その中でも顕著なのがこの不壊属性…らしい。
文字通り壊れることがなく、多少の損傷も自己修復する『一生物』と言っても良い武器だな。
「今回の損耗補填に次の遠征に使う武器と消耗品、これに掛かる費用だけでも人一人なら十年以上は遊んで暮らせるなぁ」
「やっぱり組織の規模が大きくなれば動く金も大きくなるか」
「人命には代えられないから渋る気も無いけどね。今回の遠征で手に入った物でどれだけ埋められるかな…」
ダンジョン深層のドロップアイテムと依頼…クエストの報酬を含めてもカツカツらしい。それに不壊属性の武器をある程度数を揃えるともなれば、赤字にもなりそうだな。
「んでカーリーは…うちの子らが帰ってきたら軽~く紹介して、気になる子は打ち上げで話してなーって形にしようって思ってんねんけど…」
「とりあえずミミクリーについての質問は僕達が答えるから、カーリーは自身についての質問に…異世界人って事に明言しない程度に答えて欲しい」
「それは…かなり難しくないか?」
正直に言えば下手な都市悪夢よりも厳しい依頼だぞ。何が難しいって私のこの世界の知識がダンジョンについての物しか無いって所だ。ここに来る前に何をしてたかなんて聞かれたらもうダメだ。
「そこは特色様の腕の見せ所って所やろ~」
「特色はそんな便利な肩書きじゃないし、私は荒事専門だ」
「無理難題を押し付けているのはわかってるさ。基本的には僕達が近くにいるから困ったら頼ってくれれば良いし、いざとなったら「あまり話したくない」って言えば素直に退いてくれるよ」
この世界の人間でも隠しておきたい過去の一つや二つは有るか…アイズとの会話でもそこに触れたし、今回は上手く利用させて貰おう。
「そろそろ帰ってきてもええ頃やけど…お!あれそうやないかフィン!?」
「ンー?ああ、そうだね。ちゃんとラウルが先頭に立って率いてるけど…もう少し堂々として欲しいけど流石にまだ荷が重いかな?」
フィンの見ている方向を見てみれば、大通りを歩く武装集団がいた。よくみればティオネやガレス、それとダンジョンで出会ったエルフの少女レフィーヤも居る。ざっと見た感じ負傷者もいなさそうだ。
先頭にいるのが今回の帰還作戦を指揮したラウルか。なんというか、パッとしない印象だな…動きがぎこちないし、手と足がばらばらに動いているぞ。
「主力抜きで大規模団体を率いて18階層から地上への帰還は行けるね。後で他の団員にもラウルの指揮の評価を聞いておかないとな」
「そのラウルって奴を随分高く評価してるんだな。私から見ると随分と頼りなく見えるが?」
「まだ自信が足りてないんだろう。今回の遠征でかなり大きな負傷をしていたのも無関係じゃないかもしれないけどね」
「酸をモロに浴びた言うとったからなぁ、かなりキツかったとちゃうん?」
酸か…それは確かにかなり効きそうだな。にしても安全な筈の地上であの動きは…背後から獣人の少女に話しかけられている。おお、少しだけ動きがマシになったな。肩の力が抜けたか。
「よし、リヴェリアを呼んで僕たちも正門で出迎えようか」
「せやなあ、めいっぱい労わってやらんとな〜!」
「私は自室で待っていればいいか?」
「うん、準備ができたら迎えを送るからそれまで待機していてくれ。そこまで時間はかからない筈だよ」
また待機だが、そう時間もかからないそうだしゆっくり待つか。ダンジョンについて軽く復習でもしているかな。
自室に戻って間も無くホームががやがやと騒がしくなる。これがロキファミリアの平時なんだろう。
そんな喧騒を聞き流しながら部屋の中でぱらぱらとダンジョンの教本を捲る。地図は覚えたし出てくるモンスターの特徴も把握した。ダンジョン内での危険行為、『
本を閉じて目を瞑る、考えるのはアイズとの模擬戦だ。
最初から全力で、アイズが距離を取る戦法を取ってきたら勝ち目は薄かっただろう。決め手になった奇襲も次は通用しないだろうし、速度はアイズの方が優れている筈だ。アイズが慎重に立ち回ってそのまま持久戦になったら、今の私じゃすぐにガス欠になる。
ミミクリーがあれば5分以上になるとは思うが、普通の武器だと次は勝てないだろう。三次元的な動きができるアイズ相手だと、今回みたいな戦いで勝つ事は難しいな。
「カーリー、準備ができたから呼びに来たよ」
「アイズか…ああ、今出る」
扉をノックする音とアイズの声に反応する、思ったよりは早かったな。
アイズと共に黙々とこのホームの中で一番広い部屋まで歩いていく。お互い自分から話すタイプじゃないからこうもなるか。
アイズと共に部屋に入ると、ロキが大きな机の上で立っているのが見える。きっと馬鹿な芸でもしていたんだろう。
「お、来た来た!じゃーん!期待の超新星、カーリーやで!バケモンみたいに強いから気になる子は暇な時に試合するとええで!」
「おいロキ、そんな話は聞いてないぞ!」
「まま、落ち着いとくれ。やっぱ冒険者といえば腕っぷしが物を言うってのは教えたやろ?せやからこういう紹介が一番ええと思ったんや!」
こいつは馬鹿なのか?いや、馬鹿なのは知ってはいた。知ってはいたが…ここまでだったか。
「…カーリーだ。荒事には多少の自信がある、よろしく頼む」
簡潔な自己紹介を終えると、団員の一人…ラウルがおずおずと手を挙げる。
「あの〜、冒険者は大抵荒事に自信があると思うんすけど…どの程度強いか教えてもらえると助かるっす」
「聞いて驚くんやないで〜?なんと!カーリーはアイズと試合して勝てるくらいには強いんやで!」
「うえぇえ!?アイズさんと!?」
「フィン!そこのアホを黙らせてくれ!話がややこしくなる!」
もっと波風立たない紹介の仕方はなかったのか!?もっと段階を踏むべきだろう!ミノタウロスを一撃で倒せる程度とかに!
私の要望にフィンは肩をすくめるだけ。リヴェリアは呆れたような仕草をしているが止める気配はない。ガレスに至っては爆笑している。クソ、こうなったら私手ずから黙らせてやる!
「そのにやけ面がいつまで持つか見物だなロキ…!」
「キャー!カーリーにぶっ飛ばされる〜!ラウル!ウチを守るためにカーリーを止めるんや!」
「!!??!?無理無理無理っす!?アイズさんに勝ったんすよね!?」
「実際にその力量見てみんと皆も納得せんやろ?主神命令やラウル!新人に先輩ちゅうんがどれほど偉大か見せてやりい!」
「主神命令!?…ええい、自棄っすやってやるっす!」
立ちはだかるはいまいちパッとしない印象の冒険者ラウル。そこまで強そうな印象は無いが…こうなったら私も自棄だ。とことんまでやってやろうじゃないか。
「ラウル…お前はフィンに部隊の指揮を任される程度には評価されているんだったな」
「い、いや、それほど大層な人間じゃないっすよ…?」
「私には分からないが…きっとフィンがそんな評価をする程度には能力があるんだろう。それなら私も手を抜かずに相手をするのが礼儀だと思わないか?」
真正面に立ったラウルの前でEGOを発現させると、大きなざわめきと共に私とラウルを中心に大きな空間が開く。これで少しばかり戦いやすくなったな?
「あ、俺死んだっすこれ無理な奴っすブチギレたティオネさんとか魔法使った団長みたいな奴っす」
「構えろ、恨むならロキを恨め」
へっぴり腰のラウルに向かってゆっくりと歩いて近づくと、ラウルはちょこちょこと後退していく。それでも冒険者か。
「…た、助けてください団長!?こればかりはどうにもならないっす!?」
「団長、これ本気で止めた方がいいんじゃないですか?」
「そうだね…カーリー!今日の所は矛を収めてくれ。この後は打ち上げもあるから、ラウルを病院送りにはしてほしくないからね」
「失礼だな、病院が必要ない程度に痛めつける事くらい造作もないぞ」
「ひ、ひえぇぇ…この新人無茶苦茶怖いんすけど!?」
たまらずフィンの背後まで逃げたラウルを見逃し、私はまっすぐロキの方へと向かう。元より私の目的はこのアホ一人だ。障害と成り得ないならそれでいい。
「ら、ラウル!?主神命令やって!どんな手ェ使うてもええからカーリー止めてー!」
「俺まだ死にたくないんすよ!?諦めて苦痛を受け入れて欲しいっす!?」
「い、イヤッ!イヤッ!死にたくなーい!死にたぐべえええぇぇぇっ!?」
喚くロキの懐に入り、足払いを仕掛けてその場で強制高速10連側転をさせる。これは大きな外傷を与えず三半規管に対していい感じにダメージを与えられる技だ。着地もきちんと両足で立てるようにしてあるから怪我は無い。
「お…おぼ(規制済み)」
「ちょっと!食事の前なのよ!?変な物見せないでよ!」
「あーあ、調子に乗るから~」
「ねえラウル…今カーリーがロキに近づく瞬間の動き見えた?」
「あんなの見える訳ないっすよ…い、命拾いしたっす…」
嘔吐したロキを介抱するリヴェリアがEGOを解除した私の方を見て溜め息を吐く。言いたい事は予想できるが、謝罪をする気はない。
「カーリー、流石にやりすぎだ」
「ついさっきロキに『特色の腕を見せてみろ』と言われたからな。つまりこれはロキの意思だ」
リヴェリアの苦言に屁理屈で反論すると、フィンがぶふっと吹き出す。別に嘘は言ってない、ロキの前で大声で宣誓したっていい。
「フィン?」
「ああ、そういえば言ってたね…リヴェリア、確かにロキはそう言ってたよ」
「このアホは何をしているんだ…」
「そんなん言って…いや、言うたけどこういう意味やなかったんや…ホンマ、調子乗ってすんませんした」
グロッキーになりながらよろよろと立ち上がるロキを見下す。とりあえず今回はこれで勘弁してやるか。
「い、いっちゃん怒らせたらあかんわ…この子死ななきゃ何してもええ思っとる節がある…」
「それくらい予想できる程度には彼女の事情を知っているだろうに」
「次はもっと直接的な、殴る蹴るの暴行を加えるからな」
「冗談やねんな?なあ、冗談って言っとくれ…!」
冗談な物か、私はやると言ったらやる人間だぞ。大丈夫だ、病院に行く必要がない程度には済ませておいてやる。
「さあ、みんなそろそろ出ようか!積もる話は酒の席でしよう!」
「な?カーリー、さっきのはお茶目な冗談やねんな!?うんとかすんとか言っとくれ!」
「この言葉が冗談になるかはお前次第だな」
リヴェリアに抱きついてぶるぶると震えるロキを無視してフィンについて行く。この世界の酒か…楽しみだな。
今日の打ち上げ兼私の歓迎パーティーとやらの舞台は『豊穣の女主人』という名の酒場だが…なんだここは、明らかに一般人の枠に当てはまらない強さの店員ばかりいるぞ。
「なあフィン、この店って本当に酒場なのか?裏の仕事も請け負ってたりしないか?」
「ンー…まあ普通の酒場だね。ただ店員が『訳あり』ってだけだよ…冒険者上がりとかって意味でね」
「なんだい、新顔かい?随分と…コメントしにくい子を拾ったみたいだね。まあうちで暴れなきゃもてなしてあげるよ」
店主はどうやら私を見て思う所があるようだが…自身が街の中やロキファミリアの中で浮いているのは否めない。おとなしく酒と食事を楽しませてもらおう。
「お、カーリーたん飲んどるぅ〜?…予想以上に飲んどるなぁ!んじゃちょいこっちきとくれ!」
「なんだロキ?またふざけたことをするなら…」
「ま〜ふざけとると言えばふざけとるかもなぁ!ガレスぅ!飲み比べ勝負しようやぁ!」
「いいじゃろう…カーリーも参加するのか?」
「はあ…まあいいだろう。とことんまで付き合ってやる」
私もそこそこ飲める方ではあるし、拒否する理由もない。おそらくこの二人がこのファミリアの中でも上位の蟒蛇だろう。
「勝った奴はリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利つきやぁ!」
「そんなもんいらん」
「はあ!?リヴェリア様の神聖かつ高貴な…にそんな価値がないですって!?」「不敬です!」「そこは滂沱の涙を流して有り難がる場面でしょう!?」「み、皆さん怒る所ずれてません?」「お前ら何を言っているんだ!?正気に戻れ!?」
素直にいらないと言ったらエルフからの大バッシングが飛んできたぞ…リヴェリアも想定外の反応に戸惑っている。
「じ、自分は参加するっすよ!?」
「俺も!」「私も!」「じゃあ僕も」
「団長ー!?」
場は一層の混迷を極めている。というかフィンも参加するのか、タイミングのせいでリヴェリアの胸が目的にしか見えないぞ。
遠征の話を肴に酒が湯水のように消費されて行く中で、ベートの一際大きい声が響く。
「そうだアイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」
随分と面白い話があるみたいだ、せっかくだし聞いてみるか。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」
ミノタウロスと聞いて自分の話かと思ってすこし身構えてしまった。そこを話したら私が力尽くで黙らせなきゃいけない所だったぞ。
「あー、ベート?そこの話はちょっと…」
「あんだよ馬鹿ゾネス!聞きたくねえなら向こう行ってろ!」
私の方を横目で見ながらティオネがそれとなく諌めようとするが、ベートは随分と酔いが回っているのかそのサインに気づかず話を進めて行く。口を滑らせないでくれると助かるんだが…
「ったく、そんでよ、いたんだよ。いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ
どうやら上層にいた初心者冒険者の話らしい。さほど面白い話にもならなそうだが…もう少し聞いてみるか。
「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震えあがっちまって、顔を引き攣らせてやんの!」
「ふむぅ?それで、その冒険者どしたん?助かったん?」
「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
ベートは随分と楽しそうにしているが…話題の中心であるアイズはあまり面白くなさそうな顔をしている。折りを見て助け舟でも出した方が良さそうか?
「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて…真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、腹いてぇ…!アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ…!」
「…そんなこと、ないです」
はあ…いい加減止めるか。残念ながら私の琴線に触れるような話でもなかったし、アイズもかなり不快そうにしている。
「おい、いい加減…」
「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって…うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのぉっ!」
助けた相手に逃げられる経験なんて私にも何度か経験がある。武器が物騒な物だったのが大きかったんだろう。
ロキやティオネ、レフィーヤ。その他にも多くの冒険者たちがその話を聞いて爆笑している。随分とまぁ、私とは価値観が違うんだな。
それにしてもアイズの表情が気になる。笑いの種にされて不快なんだろうが、怒りではなく随分と悲しそうな顔をしているな。
「アイズ?」
「…カーリー」
「も〜、どうしたの二人とも〜?そんな顔して〜!」
ティオナが背後から私とアイズの間に割り込み肩を抱き寄せる。かなり酔いが回っているみたいだな。
ベートのくだらない戯言を聞き流しながらアイズの様子を伺う。何かを感じ取ったのかぱっと顔を上げて視線を向けた先にいたのは、リヴェリアだった。
「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁してほしいぜ」
「いい加減…」
「安心しろベート、お前の品位はこれ以上下がりようもない底値だぞ」
「…あぁ?」
私の発言で真横にいたティオナが吹き出しているがそれどころじゃない。不味い、リヴェリアが何か言おうとしていたのを遮ってしまった。
一際大きい笑い声の中、リヴェリアがすごい顔で私を見ている…今回のは素直に失敗だった。酔いが回っているのか堪え性がないな。
「てっ、めぇ…!?」
「あーはははは!ベートが新人に弄られとる〜!」
「今の口撃は反則ッ…お、お腹痛いッ…」
「か、カーリーもなかなか凄いこと言うわねっ…」
フィンやガレスも面白い物を見たかのようにこっちを見ている。実際、あいつらにとっては面白い物なんだろうな。
「お前もレベル1の頃にミノタウロスなんかに出会したら、尻尾を丸めてクンクン喚いてたろうに…」
「黙れ!ダンジョンの事も碌に知らねえ雑魚が知ったかぶってんじゃねえ!」
笑いすぎで死にかけているティオナを横目にアイズをそっとリヴェリアの方に向かわせる。リヴェリアはアイズと私の方を交互に見た後に、ため息を吐いてアイズと話し始める。
アイズの方はよし、問題はこっちの酔っ払いだな。さっきまで飲み比べしてたから全力は出せないけど…なんとかするしかない。
「くそ、新入りのくせに少し戦えるだけで調子に乗りやがって…!その根性叩き直して…がっ!?」
今にも殴りかかろうとしてきたベートが力無く倒れ込む。その背後には…この店の店主ミアが立っていた。
ベートは酔っていたとは言え高レベル冒険者だったはずだが、それを一撃で仕留めるか。本当に何者なんだこの店主は。
「店で暴れようとするんじゃないよこのアホ狼!ちょっと酔いが回りすぎたみたいだね、外に放り出しておきな!」
「は〜い」
「お前もあまり高レベル冒険者に喧嘩売るんじゃないよ。うちの店では喧嘩は御法度だからね、次はないよ」
「ああ、すまない…それと、ありがとう」
このままベートと取っ組み合いを始めていたらお互いに無傷じゃ済まなかっただろう。ミアのお陰で犠牲はベートの後頭部のみで済んだ。
「ふぅ、ふぅ…今までの人生の中でも五指に入るくらい死にかけちゃった…」
「本当に死ぬかと思ったわよティオナ、がっつり痙攣してたし」
「一線級冒険者、笑い死ぬ。これ以上にアホらしい死因はないだろうな」
そんな死に方をしたらきっと後生に語り継がれる逸話となるだろう。
復活したティオナとティオネと共に、リヴェリアの下に行ったアイズの様子を見に行く。リヴェリアなら上手くやってくれていると思うが、アイズが見当たらないな?
「カーリー…いや、今回は何も言わん。間が悪かっただけだろう」
「リヴェリアも立場や場の空気もあったから動けなかったんだろう?悪かった、もうちょっと堪えるべきだったな…それでアイズは?」
「少しな…はあ、なんと言うか、今回はつくづく間の悪い…」
「何があったか聞いても?」
「ああ、例のミノタウロスに襲われた冒険者がな…さっきまで居たらしい。出ていったのを追いかけていった。あまりこういうのは良くないんだがな…」
それはなんとも間が悪い…確かにリヴェリアが嘆きたくなる理由もわかる。
「あ〜、笑ってた私たちが言うのもなんだけど、それは申し訳ないわね…」
「ベートも酔いが回っていたようだし、あれ以上見苦しい姿を見せなくて済んだのはいいが…あの扱いは今後に響くぞ」
「まあ仕方がないだろう。その程度のリスクくらいは甘んじて受け入れるつもりでいる」
半ば勢いで煽ったが、その結果も考えずに発言したわけじゃない。それよりもアイズを優先しただけだ。これはこれで問題だろうけどな。
「悪いなリヴェリア、これも新人の粗相だと思って諦めてくれ」
「とうとう新人であることを傘に開き直ってきたな…想定外の方向に問題を起こしてくれるな」
「まあまあ、この程度なら昔のアイズに比べたら可愛い物だよ」
「近くにいてある程度諌められるからのぉ!昔のアイズはそれはもうやんちゃじゃった!」
「ほう?少し気になるな、聞かせてくれるか?」
ベートの話よりは断然面白そうだし酒の肴にもちょうどいい。この世界のことも知れて一石二鳥だな。
「うーん、やっぱりアイズのことはリヴェリアから話すのがいいかな?」
「せやなぁ!なんてったってママやもんな!」
「新人の前で変な肩書を吹聴するな!」
どこからか割って入ってきたロキによると…どうやらリヴェリアはアイズの保護者役らしい。母親か、私には縁のなかった存在だな。
「はあ…昔のアイズは今よりももっと危うかったんだ。復讐のみにのめり込んでいてな、しょっちゅう武器が駄目になるまでダンジョンに潜っていた」
「止めろと言っても聞かなかったね」
「随分と手のかかる子だったみたいだな」
「当時は暗黒期真っ盛りじゃったからのぉ、気が気じゃなかったわい」
「そいや最初にダンジョンに行った時!あの子歯ぁ抜けたんやで!乳歯な乳歯!あの時のアイズたんマジ可愛かったんやで!」
まだ歯も生え変わってない程の子供をダンジョンに向かわせたのか。この世界の倫理観から考えるとかなり非常識に思えるが…実際そうなんだろうな。
「随分と無茶をするな、って顔だね。まあ無理もない、カーリーのいた都市ならまだしも『暗黒期』とはいえオラリオでも非常識な行動だったからね」
「しかし、あの状態だと放置していれば勝手にダンジョンに特攻しかねなかった。だから手綱を握る意も込めて私が付きっきりで面倒を見ていたんだ」
「それはまた随分と、予想以上にやんちゃだったみたいだな?」
「今もその気はあるが当時は輪を掛けて復讐に取り憑かれとったからの、最初は半日で武器を壊して撤退したんじゃよな」
これは恩恵がすごいのか、アイズの素質がすごいのか…判断に困るな。ロキファミリアが使う装備なら粗悪品ということもないはずだ。一級品でなくても最低限使える武器を半日で潰すのは、それほど苛烈な戦い方をしていたからか。
「それにあの頃のアイズは七歳だ、純粋な教養を培う必要もあった。次の日から座学も取り入れたんだが、私も未熟だったな」
「アイズは二日目でリヴェリアの勉強から逃げ出したんだ。あの年の子供には酷な量ではあったけどね」
「ウチも初日の勉強見とったけど思わずリヴェリアの事諌めたもんなぁ」
しみじみと過去を回想しながら酒を煽るリヴェリア達とそれを聞く私の元に、外に出ていたアイズが戻ってくる。用事は無事にすませたようだな。
「ただいま…なんの話をしていたの?」
「君が小さかった頃の話だよアイズ、ロキファミリアに入った頃の話だ」
「やめて」
アイズは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった、どうやら恥ずかしいらしい。確かに今のところはアイズがやんちゃしていたという情報だけだったな。
「それでアイズ、あの子はどうした?」
「…えっと、途中で会った黒い人としばらく見守って、その後一緒にホームまで送ってあげた」
しどろもどろ、挙動不審になりながら答える。随分と疾しいことがあるようだ…黒い人ってなんなんだ?
「…アイズ、何か隠しているな?」
「………え、えっと…ホームの前まで送って黒い人に預けてきちゃった」
「黒い人…?理由は?」
「…お、お化けが出た」
お化け、お化けか…まさかお化けが怖くて逃げ帰ったんじゃあるまいな?天下のレベル5が、お化けなんて物に?
いや、もしかしたらモンスターではない怪物の可能性もある…たとえばそう、幻想体とかな。
「なあ、どんなお化けだったんだ?」
「見てないけど、ぼろぼろの教会から女の子の啜り泣く声が聞こえた…」
「幻想体ではなさそうか?一目見ないと断定はできないが…」
「もしモンスター以外の化け物が出て来たとなると問題だが…フィン」
「これはなんというか、アイズの勘違いな気もするね」
大方例の子供の仲間といったところだろう。いくら寂れた教会とは言え中身を見ずに帰ってくるのはいかがなものか…
「それで、その黒い人っていうのは何者なんだ?」
「あ、わかんない…聞くの忘れた…」
「アイズ…」
なんというか、グダグダだな。リヴェリアも呆れてるぞ。戦闘が絡まないとここまでポンコツになるのかこの子は。
「でも、ダンジョンでスーツ着てた」
「ダンジョンで?」
「随分と場違いな格好だな」
「ふむ…それはそれで気になるね」
思いっきり怪しいじゃないか、本当になんでその子供とそんな怪しい奴を二人きりにしたんだ。
アイズは私たちの視線を受けて居た堪れないように身体をもじもじと動かす。ここまで良い所無しなんだから無理もないか。
「余裕があったら確認もしてみたいけど…」
「私たちは今回と次回の遠征関係でしばらくは缶詰になるだろうな」
「まあ緊急って訳でもないし今度機会があったらで良いかな…そろそろ良い時間だし引き上げようか」
「せやなぁ…あー!仕事したくない!」
ぶつくさと文句を言うロキを無視してフィンが撤収を指示しながら支払いの準備をする。酔い潰れてる奴らも運ばないとな。
近くにいた大の字で寝っ転がってるラウルを肩に担ぐ、こいつは飲み比べ序盤で落ちてたな。
「カーリー」
「うん?」
「カーリーは私のこと知りたいの?」
アイズのこの質問の意図はきっと、さっきまでリヴェリアと話していたことが原因だろう。あまり過去のことを話したくないと言っていたが…これに関しては別口だろうな。
「いや、そうでもない。さっきの話は流れで聞いてただけだ、酒の肴としてな…ダンジョンに初めて行った日に歯が抜けたってのは本当なのか?」
「…うー!」
ぽこぽこと背中を叩かれる感触を感じながら、すっかり日の落ちた大通りを歩き帰路に着く。賑やかで平和な組織だな…都市では数少ない、良い組織だ。だからこそここまで大きくなれたのかもな。
都市には危険な組織や化物がいっぱいいるんだ!そんな奴らに対してフィクサー協会の総括であるハナ協会は『都市災害ランク』って物でランク分けしていくんだ!
その基準は『危険度』じゃなくて『いくら払えるか』だぞ!だから全然危険じゃなくても最高ランクだったりするけど…大抵は危険度と比例しているね!
まずはライブラリーオブルイナで便宜上つけられた、無名にも等しい『あらぬ噂』!その名の通り与太話とかがここに当てはまるかな?チンピラ以下の一般人もここ!
次が『都市怪談』!できたてほやほやの新興組織とか、そこらの小規模な犯罪者グループがこれだね!ちょっとしたゴブリンの群れとかがここら辺かな?
その上の『都市伝説』!ここからいよいよちゃんとした組織って感じだね!強化ミノタウロスはここになるかも!
次は『都市疾病』!そこそこの被害とかを出し始めた組織はここ!ゴライアスがここか一つ上あたりかな?
次!『都市悪夢』!カーリーが言っていた奴だ!都市災害ランクでは上から二番目!約30万人を芸術的にぶっ殺した『ピアニスト』って奴がここに入るらしい…30万でここなのか?人命の軽さがよくわかるね。『穢れた精霊』はここだと思うよ!
都市災害ランクとしては最上位の『都市の星』!ここはピンからキリまで振れ幅が大きいけど、大抵は一筋縄じゃ行かないくらいにヤバい物ばかりだ!特色もここにランク付けされるぞ!ダンまちで言えば『黒龍』や『ダンジョン』がここに当てはまるね!
最後に、これも便宜上つけられた『不純物』!危険度とか関係なく都市にそぐわない物として追放対象になったものがここに入るよ!ダンまちで言えば…って言ってもこのランクは文字通り『都市の規則』に基づいて作られたものだから本編じゃ存在しないね!だからこの作品で言えば『カーリー』や『ミミクリー』がそれだ!