赤い霧がダンジョンにいるのは間違っている【0830】   作:ピグリツィア

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リヴィラ防衛戦

 広場の騒動を収めて身体検査と荷物検査を終える頃には、天井や周囲の水晶は輝きを潜め、辺り一帯は夜のように暗くなっていた。

 

「ようやく終わったか…」

「男性冒険者よりは少ないとは言え、この数を4人で捌くのは疲れるねー」

 

 残念ながらこれといった収穫はなかった。わかりやすい物でも持っていてくれれば話は早かったんだけどな。アイズたちの方に期待した方が良いか?

 

「…うん?」

 

 僅かに感じた地響き…その直後に地面からフィリア祭の時に現れた食人花のモンスターが複数体現れる。またこいつらだ、今回もこいつらは私の邪魔をするのか。

 

「またこいつらか!」

「いつもいきなり出てくるわね!」

 

 街中での奇襲、それもこのタイミングだ。おそらく犯人はこの食人花を操る手段を持っているのだろう。そして今この手を切ってきたという事は…力尽くで目的の物を奪う事にしたか、正体がバレたかだな。

 音からしてリヴィラの街の広範囲にこいつらは現れたみたいだ。遠くで天幕や小屋が薙ぎ倒され、松明の火で燃えていくのも見える。

 

「ティオナ、ティオネ、カーリー、彼等を守れ!」

 

 フィンの指示を受けて目の前の敵から切り伏せていく。食人花の耐性は打撃だけ、私は大剣を持っている。戦うだけなら苦戦する要素はない。

 

「カーリーの能力が明らかに上がってるわね!」

「スキル…かな!」

 

 スキルの効果によってか、身体能力が大きく上がっているが…まだ全員を守り切るには足りていない。EGOを使えばもう少しマシになるだろうが、犯人の動きが見えないのも気になる。どうするか…。

 

「少し目立つけど仕方がないか…カーリー、EGOを使ってくれ」

「了解」

 

 フィンからの指示も来た、EGOを発現して身体能力を底上げする。広場の中でも比較的余裕のある人間からの視線が集中するが、構っている暇はない。上昇した身体能力を利用して敵を切り払っていく。

 

「おい、おいおいおい!フィン!マジで何者なんだよあの女!あんなのが居たら俺たちが知らない訳ねえだろ!?」

「それは後だボールス!そっちはばらけた冒険者たちを纏めてくれ!五人一組で時間を稼いでくれればこっちで順次仕留める!」

「お、おう!?」

 

 フィンから指示を受けていたのであろうリヴェリアも、魔力を見せつけるようにしながら魔法を詠唱し始める。ここら一帯のモンスターはリヴェリアとフィンに任せて、私は散った冒険者たちを守りに動いた方がいいだろう。

 

「流石にEGOを使われると離されるわね!」

「私達も頑張らないとね〜!」

 

 フィリア祭では苦戦した食人花のモンスターも、武器さえあれば難なく倒せるが…広範囲に散り過ぎているな、移動時間が長い。

 

「散り散りに逃げられると面倒だな…!」

 

 EGOを使えば速度にも相応の強化は入る、だが守るべき対象が広範囲に広がりすぎて追いついていない。せめて一箇所に集中していてくれたならもっと楽だったんだけどな…。

 

「手が回らない…アイズが居れば良かったんだけどな!」

 

 この状況ならヘイト的にも機動力的にも私を上回るアイズの方が戦果を挙げられるだろう。純粋に手が増えるという意味でも今アイズが居ないのはかなり痛い。

 

「タイミング的にアイズの方にも何かが起きているだろうけど…レフィーヤが心配だな」

 

 おそらく鍵はアイズたちが追っていた犬の獣人が持っているんだろう。犯人がここで大きな動きを見せないという事はその可能性が高い。

 いくらアイズといえども、数で忙殺されている中でレベル5相当の犯人から2人を守り切れるか?

 

 何はともあれ、初手は取られたがその後はどうにか出来ている。余裕があるならすぐにアイズたちの方に向かいたいけど…一度、フィン達と合流して指示を仰いだ方が良いか。

 丁度リヴェリアの魔法らしき火柱も上がっている。これが敵の攻撃だったらお手上げだけどな。

 

「フィン、状況は?あとさっきの火柱は?」

「安心してくれ、リヴェリアの魔法だ。とりあえずあれで街中の混乱は収まったかな。カーリーは問題ないかい?」

「無い、と言いたいけど…やっぱりEGOの消耗が激しいな、明確に動ける時間が減ってる。これが転移の影響か?」

 

 転移の問題か異世界だからかは分からないけど、相変わらずEGOの調子は悪いままだ。転移直後よりは明確に良くなっているけど、都市にいた頃とは比べ物にならないくらいには酷い有様だな。

 

「全力で戦闘すると…30分持つかどうか、だな。本来なら数日は余裕で保ったんだけどな…」

「その強化が数日保つのは驚異的だね。とりあえず他の冒険者達は中央で防衛戦に当たっている。テイマーによる作為的な襲撃とはいえ、戦線は安定しているし冒険者も粗方纏まったから、カーリーはアイズとレフィーヤの捜索を…」

 

 フィンの言葉が途中で途切れる、それもそのはずだ。線の先にどんどん大きくなっていく、複数の触手を持ったモンスターが現れたのだから。

 上半身は人間の女を模ってはいるが…あれは立派な化け物だ。流石に人間という事はないだろう。

 

「あれはここの階層主か?」

「そもそもここにモンスターが出ているのがイレギュラーだよ。それにあれに似た物は一度見たことがある、50階層でね」

 

 フィンと共に大型モンスターの近くまで駆けていく。あれを放置するのは不味いだろう。

 そしてこのモンスターもまたイレギュラーらしい、それに50階層のモンスターとも言ったな…ここは18階層だぞ?この巨体のモンスターが30階層以上も駆け上がってきたのか?

 

「クソ、さっきからイレギュラーイレギュラーと…しかも50階層のモンスター?ここの冒険者で太刀打ち出来るのか?」

「無理だ。少なくとも僕たち以外にはね」

 

 つまり私たちならどうにか出来る程度のモンスターらしいが…あの巨体だ、適当に暴れるだけでも死人が出かねない。さっさと片付けたいけど、まずはアイズ達から話を聞くのが先か。

 

「アイズ、レフィーヤも無事…とは言えないみたいだけど、動きに支障はなさそうか」

「うん。犯人と交戦したけど逃がした…」

 

 レフィーヤの首元には手の跡がくっきりと残っているが…後に引く怪我はなさそうだ。何があったか気にはなるけど、今は目の前の問題だ。あれこれ聞くのは後にしよう。

 

「犯人より先に、あれの対処だな」

「着いたー!」

「次から次へと…面倒ね!」

 

 ティオナとティオネも合流した、これで万が一もない筈だけど…さて、どう動くか。

 敵はこちらを見下ろし…アイズ目掛けて飛びかかってくる。純粋な質量弾としてみればなかなかに厄介な攻撃だな。

 

「こいつも魔力に反応するのか?」

「そうみたいだね、取り込んだモンスターの影響かな?」

 

 厄介な攻撃とは言え、この程度で慌てるような人間はこの場には…レフィーヤくらいしかいない。それに私たちより先にティオネとティオナが突っ込んで行った。

 

「とりゃあー!」

 

 ティオナが触手の一本を切り飛ばして…そのまま弾き飛ばされた。取り込まれたモンスターの首を切ったからと油断したな。

 

「痛たぁー!力強いし首斬っても死なないんだけどー!?」

「そりゃあんなんになってるんだからもう足の1本に過ぎないでしょ!」

「フィン、状況は?」

「今から攻める所だよ」

 

 一時的に離れていたリヴェリアも到着した。この大型相手なら魔法使いの高火力攻撃に任せたいけど…魔力に反応する相手の性質的に難しいか?

 

「僕達も行こうか」

「そうだな」

 

 フィンと共に大型モンスターの元へと駆け寄り、殺到する触手を片端から切り落とすだけの簡単な作業だ。リヴェリアの援護射撃もあるから尚更だな。

 

「とりあえずアイズから気を逸らせる事は出来たか」

 

 アイズも一度立て直せただろう、後は流れで倒せると思うけど…アイズが赤髪の女に襲われているな。クソ、あいつが今回の犯人で…なぜかは知らないけど明確にアイズを狙って来ている。恨みでも買ったか?

 

「フィン!アイズが絡まれた!」

「カーリー!まずはこっちだ!」

 

 ここでアイズのカバーに入っても、このメンバーなら討伐自体は難しくないだろうけど…私が離れると、他の冒険者から死人が出る可能性は高くなるか。アイズを信じて私たちは出来るだけ早くこいつを倒す事に専念しないといけない。

 

「ミミクリーさえあればもっと早く仕止められたんだけど…な!」

「カーリーの本気の戦闘か。どんな物か一度見てみたいね」

 

 襲いかかる蔦の群れを叩き切りながら今は手元にない相棒に思いを馳せる。ミミクリーさえ使えるなら、広範囲を薙ぎ払って本体へ突っ込む動きも出来たけど…無い物ねだりをしてもしょうがない。今は出来る事をやるだけだ。

 

「それで、どうやって倒すんだ?」

「魔石を狙うとなると、あの上半身だけど…」

 

 フィンがどこからか拾って来た短槍を敵の上半身目掛けて投げたが、あっけなく触手に叩き落とされる。触手も少しづつ切り落としてはいるけど、このままじゃ時間が掛かりすぎるな。

 

「ここはリヴェリア達に任せるしかないね」

「そうなるか。私たちはとりあえずこのまま殴っていれば良いんだな?」

「そういう事だ。()()()相手をしていれば良い」

 

 魔法使いは色々と時間がかかる物だ。準備が出来るまでは私たちがこいつに付き合ってやるしかないみたいだな。

 リヴェリアはマジックサークルを展開しながらこれ見よがしに魔法を詠唱しているが…こいつは魔力に反応する。流石にこの巨体を止めるのは厳しいぞ?

 

「フィン?」

「大丈夫、彼女は囮だよ」

 

 あっさりと足止めを放棄したフィンに並んで私も離脱する。なるほど、囮か。それなら切り札は…こいつの進行方向と逆の場所にいる、レフィーヤだろう。

 辺りを見回すまでもなく、レフィーヤが魔法を紡いでいるのが見える。リヴェリアは敵の突進を回避、平行詠唱ではなく魔法を放棄したから自由に動けるだろう。上半身も今レフィーヤに気がついたみたいだけど、対処できる距離ではないな。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

 燃え盛る魔法の矢が雨の如く降り注ぐ。それはモンスターの触手を焼き、女体型の身体を貫かんとする。

 十数秒に続くその砲撃の後には、表皮が黒く焼け焦げてこそいるが未だ生存しているモンスターが残っていた。

 

「しぶといな…」

「でも詰みは近い、畳み掛けるよ」

 

 残った触手を片端から叩き切り、逃げる為の足を封じる。悲鳴を上げながらぐらりと、その巨体が倒れていき…上半身と下半身が切り離された。上半身の落ちていく先は絶壁、いよいよ手段を選ばない逃げの一手か。

 それを追おうとする私を止めたのはフィンの声だった。

 

「カーリー、君はアイズの方を頼むよ」

「わかった、ここは任せたぞ」

「まっかせてー!」

「任せなさい!」

 

 盤面は既にこちらの物、死に体の敵を過剰な戦力で叩きのめすよりは今も戦っているアイズの援護に行く方が良いだろう。

 

 アイズが追い立てられた方向へと走れば、微かに乱れた風を肌で感じられる。アイズの魔法だろうそれを辿れば、今まさに腹部を殴られ弾き飛ばされたアイズが視界に入る。そして女は剣を振りかぶり…

 

「おっと、今回は間に合ったみたいだな」

「カーリー!?」

 

 アイズの前に出て女の振り下ろした剣を受け止めれば、轟音と凄まじい衝撃が周囲に響き渡る。単純な膂力はアイズ以上だな。レベル6か?

 

「随分良い一撃をもらったみたいだな、アイズ。一度引いておけ」

「でも………うん、わかった」

 

 渋られることも考えたが素直に引いてくれたか、これで心置きなく戦える。アイズが息と体勢を整えるのもそう時間はかからないだろうし、フィンやリヴェリアもすぐに来るだろう。となると、今私が成すべき事は時間稼ぎか。

 

「アリア!…クソ、次から次へと面倒臭い!死ね!」

「やっぱり力は強いか、それに多少は対人慣れもしているみたいだな?」

 

 アイズがダメージを受けていたから予想はしていたが…想定よりも力が強いし、攻撃が巧い。アイズよりは対人慣れしている辺り、暗黒期の生き残りと考えても良さそうか?

 

「人の事を言えた身か!」

「それもそうだな…っと」

 

 数合打ち合い、相手の武器をへし折る。ただでさえ良い物という訳ではない武器はアイズとの戦闘で酷く損耗していたらしい。武器破壊を狙えばこの程度だな。

 

「くそ、やりにくい…!」

「こっちはやりやすいな。少なくとも、モンスターよりは慣れている戦いだ」

 

 剣を失った相手にリーチを活かした攻めを加える。逃さず、されど攻め過ぎず…EGOの消耗を考えても、時間をかければこっちが有利になる戦いだ。

 

「何よりも、頼れる仲間が居るってのは違うよな?」

「何を…っ!?」

 

 機を見計らい、女をその場に釘付けにする為の攻めを加えれば…フィンの投槍が女の脚を捉えた。これですぐには逃げられないだろう。

 

「よくやってくれた、フィン。きちんと脚を狙ってくれたのもありがたい」

「ここまでお膳立てされて外したら団長引退だよ。カーリー、結構余裕あったよね?」

「見た目程余裕は無かった。まだ使い慣れてるとは言えない武器だし、少し消耗もしていたからな」

 

 EGOの消耗、武器の耐久度、相手の力、何よりも『やりすぎない事』…色々な事に気を遣いながら戦っていた。逆に言えばそれらに気を配れる程度には余裕があったとも言えるけどな。

 

「まずは四肢を落とすか、腱を切るか…」

「流石に控えてほしいかな、この状態でそこまでやるのは少し過剰だ」

 

 犯人の足を地面と縫いつけてはあるからすぐには逃げられなさそうではあるけど…協力者の線を考えるとこれくらいやったほうが良いとは思う。だが団長がそう言うなら従おう。

 

「さて、幾つか質問に答えてもらおうか。嘘をついたり答えなかったら…」

「全身の骨を端から1本ずつ、粉々に砕く」

 

 リヴェリアとフィンの冷たい視線が私に突き刺さる。ああ、どうやらこれも『やりすぎ』らしい。私としても脅しで言っただけだからそんな目で見なくても…

 

「…流石にそこまではしたくないから、正直に答えてほしいかな」

「カーリー、お前は少し下がっていろ」

 

 リヴェリアに促されたのでアイズとレフィーヤの元へ向かう。アイズの呼吸も正常なものに戻っている。大事はなさそうだ。

 

「分かってはいたけど大事はなさそうだな」

「ごめん、カーリー…また!?」

 

 息つく間もなく再び食人花が群れを成して現れる。この状況においても敵はまだ諦めていないらしい。もしくはリヴェリアとレフィーヤ(後衛)が揃うのを待っていたか…どちらにせよ、悪あがきにしかならない。さっさと片付けよう。

 

「この程度なら余裕だが…レフィーヤ!」

「え…きゃあ!?」

 

 敵の奇襲に反応してレフィーヤを庇う。モンスターの骨の仮面か?体格から男だろうというのは分かるが…さっきの女と同等程度には強い。面倒だな。

 

「…まさか今のタイミングで反応されるとはな」

「レフィーヤ、離れるなよ」

「は、はい!」

 

 多数の食人花、打撃耐性に加えてこの交戦距離…杖を使うリヴェリアとレフィーヤは相性が悪いな。

 女の方も既に足に刺さった槍をへし折って逃走の体勢に入っている。フィンは…初動でリヴェリアを庇ったのか、後手に回っているな。

 

「アイズ!レフィーヤと食人花は任せる!カーリーは男の対処を!」

 

 レフィーヤの護衛はアイズが、女の方はフィンが対応してくれる、なら私は目の前の男だ。男は既に撤退体勢、とにかく今は追うしかない。

 

「しつこいな…」

「中指程じゃないけどな!」

 

(食人花を使われる度に距離を離される…流石に武器が追い付いていないか…)

 

 相手は惜しみなく食人花を壁として展開し続ける。速度が拮抗している現状、壁となる食人花を斬る一瞬の抵抗も大きい負担になるし、それが積み重なれば少しづつ距離も離されてしまう。

 

「損耗は大きいが…お前のような化け物から逃げられるなら安いか」

「チッ、流石に無理か…」

 

 敵が崖を駆け上がった所で追跡を中断する。他に仲間が居た場合を考えると、多少なりとも消耗している今、囲んで叩かれたら面倒だ。フィン達には悪いけどここで手を引かせてもらう他ないな。

 

 フィン達の元に戻れば、植物型の死骸の山に落ち込んだアイズとレフィーヤ、目頭を揉んでいるリヴェリアと何か考え事をしているフィンの姿が見える。

 

「すまない、フィン。こっちは逃がした」

「ああ、仕方がない。深追いをしなかったのはいい判断だ。こっちも逃がしたから、そっちをとやかくは言えないしね」

 

 短剣しか持っていなかったフィンは私よりも食人花の壁による時間稼ぎが重かったらしい。フィンのメイン武器は槍だし、仕方がないだろう。

 

「いきなり武器の不足を感じるとはな…」

「相手が悪かったというのもあるだろうけど、失敗したね。まさか腱を切って動きを止めるのが最適解だったとは…僕も甘くなりすぎたかもしれない」

 

 このタイミングでの協力者の出現…赤髪の女が詰んでから初めて動いた辺り、本来なら姿を見せる気は一切なかったんだろう。もしかしたら女の方も男がいるのは知らなかった可能性もある。

 

「想定以上に食人花が多かったね、数と奇襲で足を止められたのが痛かった。それにあの女、足を貫いたのに想定以上に機敏に動けていた」

「ああ初動も遅れたし、敵の数は底なし…こればかりはどうしようもないな」

「一度広場まで戻ろう、ティオネ達も待っているだろうしね」

 


 

 広場の中心まで戻ってみれば、水を滴らせたティオネとティオナが待っていた。2人に事の顛末を知らせると、驚いたような表情を浮かべる。

 

「まさかこのメンバーで犯人を逃すなんて…」

「返す言葉もないよ、ティオナ」

「任せられたのにこの結果になって…不甲斐無いな」

 

 追い詰めたまでは良いが、伏兵の一手で全て台無しにされた。せめてどちらか1人は捕まえたかったけど…あの状況じゃ無理があるか。

 

「何よティオナ、団長を責めようっての?」

「いや、どんな敵だったんだろうな〜って…だって対人特化のカーリーにフィンとリヴェリアも居て逃すって、明らかにやばい相手じゃん!」

「まあ、それは否定できないわね。生半可な作戦とかで逃げられるほど団長達は甘くないから…」

「色々な要素が積み重なっていたけど、一番の想定外は敵の強さかな。あれはレベル6はあるね」

 

 赤髪の女はレベル6相当だったらしい、それならフィンが逃すのも頷ける…手負いの相手ならもしかすれば、とも思ったんだけどな。

 

「レベル6…」

「アイズがやけに暗いのもそういう事?」

「ああ、そうみたいだ。私達は見ていないから知らないが、どうやら一撃貰ったらしい」

 

 私が見つけたタイミングで腹部に拳打を受けていた。ダメージこそ大した事なかったみたいだけど、その次の一撃を喰らっていたら危なかったかもしれないな。

 

「…後で対人戦の練習をする」

「カーリーに今回と続いて負けているから、かなり気にしているみたいだね」

 

 あのレベルの人間が闇派閥に居るなら、対人戦の腕を磨いておくに越した事はないだろう。暗黒期が終わったところで闇派閥が根切りにされた訳じゃないって事だ。

 

「敵は少なくとも2人…それもかなり強い調教師(テイマー)だ。後衛が奇襲される事も考えるとかなり厄介な相手だね」

「私たちも手頃な短剣を携帯しておいた方がいいかもしれないな。今回のような形になると足手纏いになる」

 

 さっきみたいなゼロ距離での奇襲は後衛にとって死を意味するものになる。レベルが高ければ死にはしないだろうけど、どちらにせよ反撃をするには苦しい立ち回りを強いられるだろう。

 

「並行詠唱で対応するにしても相応の時間がかかるし、杖では有効打を与えられない。その上奇襲性能が高いとなると、まさに『後衛殺し』だな」

「そうだね…対策を考えたい所だけど、今は事後処理を優先しよう」

 

 リヴィラの街は壊滅していて最早使い物にならないし、怪我人や死人も出ている。今はそちらの対処をしないといけないな。

 

 


 

 

 そうしてリヴィラでの諸々を終え、一旦地上へと帰還する。

 ギルドやロキに事の顛末を報告し、リヴィラで損耗した物資の補充を済ませ、新たに参加を希望したサポーター1人を加えて、改めてダンジョンへと挑戦する。

 

 そうして『深層域』に居る現在、訳あって少し退屈なのでティオネ達に地上で済ませていた『個人的な用事』についての話をしていた。

 

「本気でアミッドにお祓いしてもらったのね…怒られなかったの?」

「本気で悩んでいるならって、微妙な顔はされたけど怒られたりはしなかったな。フィリア祭の脱走騒動だって過去数年は無かったし、リヴィラでの殺人事件もそうなんだろ?」

「そう聞くと本当に運ないよね、カーリーって」

 

 子供時代を生き延びたところで運を使い切ったか。それ以降はお世辞にも運がいいとは言えない人生だったしな。

 

「今回の探索くらいは何もなければ良いんだけどな…」

「例のテイマーの事もあるから絶対に襲撃が無いとは言えないけど…一度くらいちゃんとしたダンジョン探索をしたいよね」

 

 そう言いながらティオナが見つめる先には、一心不乱に目についたモンスターを切り倒し続けるアイズの姿。想像以上に『負け』が響いているみたいだな。

 

「アイズはアイズで鬼気迫ってる感じだし…」

「そうだな。今も周りの奴は無視して奥に突っ込んで行ってるしな」

「少し気になるから私も前行くねー!」

「あんたまで周りを無視すんじゃないわよ!全く…」

 

 ティオナとティオネもアイズのフォローに向かう。これでここにはサポーター2人と保護者2人、そして私が残ったか。

 

「…で、保護者はどういう見解だ?」

「わからない。何を聞いても「何でもない」の一点張りだ」

「何をするにしても、もう少し様子を見てからになりそうかな。カーリーには悪いけどフォローに回ってくれると嬉しいな」

 

 少し後ろの2人の様子を見る。わたわたと忙しなく動いている2人の少女(レフィーヤとラクタ)は、アイズのペースにギリギリ喰らい付いている、といった様子だ。

 

「私は問題ないけど…レフィーヤとラクタは大丈夫か?」

「わ、私は大丈夫です…!」

「でもこれ以上となると…ちょっとアイテム回収が…」

 

 今はまだ問題は起きてないけど、流石に余裕が欲しいか。アイズを止めないなら此方でどうにかするしかないけど…方針はフィンに任せよう。

 

「ンー…それじゃあ取り零しは僕がフォローするよ。その分カーリーにも負荷を掛けられそうだしね」

「わかった、アイズが落ち着くまではフィンの分も負担しよう」

 

 おそらくフィンは私の動きを見たいんだろう。この階層のモンスター程度ならフィンが抜けても十二分に余裕はある。

 

「本来の予定ならカーリーを前に出すつもりだったんだが…アイズがああなってはこうするしかないか」

「その予定は帰り道でも問題はないから、この後アイズを宥めてからだね」

 

 アレを宥められるかは疑問が残るけど、新参者の私が口を出す事でもない。保護者、特にリヴェリアママに期待するとしよう。

 

「それにしても…カーリーさんも凄いですよね。前はどこに所属していたんですか?」

 

 背後ではラクタがフィンに質問をしている。既にこういう場面での対応は考えてあるから余計な問題も起こる事はない。

 

「オラリオの外で行動してたらしい。()()()に色々あったと聞いているよ」

「少し前…す、すみません!軽々しく聞いてしまって…」

 

 フィンと相談してオラリオ(この世界)の外で活動していた、というカバーストーリーを用意してもらった。『色々あった(頭の襲撃)』と言うのも嘘は言ってないから、神の前で話しても問題はない。ロキのお墨付きも貰っている。

 こう言えば大抵の相手は『暗黒期』に何かあったのだと勘違いしてくれる。まともな奴ならそこに踏み込もうとはしないと言う事もだ。

 

「いや、謝らなくて良い。でも面白くない話だから…周りに聞かれたらそれとなく伝えてくれ。その方が面倒も少なそうだしな」

「わ、わかりました…」

 

 これで今後は私の過去について触れてくるファミリアの人間は少なくなるだろう…この対応も少しだけどうかとは思わなくもないけど、真面目に話すとややこしい事になるから仕方がない。

 

「それにしても『白宮殿(ここ)』は凄い光景だな。とてもダンジョンの中とは思えない」

 

 現在地である37階層は、白い壁で構成された超巨大な迷宮構造となっている。通路や部屋は幅10mを優に超え、37階層自体に階層があるという、今までとは大きく変化した迷宮構造だ。

 

「ここまで広いとなると未開領域も多そうだな」

「そうだね、ここまで来れるパーティーも少ないし、その中でも隅から隅までマッピングをしようとする人間はもっと少ない」

 

 一度迷えばまず助からないと言える規模の階層だ。そんなリスクを犯すような物好きなパーティーがいないのは理解できる。もしかしたら面白い物があるかもしれないけど…今度暇そうな人と一緒に探索してみるのも悪く無いかもな。

 

「前は…ルームに差し掛かった頃かな」

 

 37階層は通路も大きければ部屋も大きい。その広さは向かいの壁は辛うじて見えるかどうか、と言った所か。

 部屋中に散在するモンスターを数えていると、地面からピキリ、と罅の入る音がする。

 

「クソ、ここまで来てまた来るのか…?」

「…いや、違うよカーリー。これはスパルトイだ」

 

 罅を押し広げて出てきたモンスターは食人花…ではなく、白骨死体のモンスター『スパルトイ』だ。

 

「なんだよ、紛らわしい事しやがって」

「随分と苦手意識があるみたいだな、フィリア祭の事も考えると無理もないだろうが…」

 

 地面から生えてくるモンスターは食人花で十分だ。あれは打撃に強い耐性がある上に、リヴィラでは数えたくもない程の量が大挙して押し寄せてきた。もう見たくもないな。

 

「フィン、私が行く」

 

 それだけ言い残してモンスターの群れへと突っ込んでいくアイズと、それについていくティオナ達を見送る。

 

「カーリーは良いのかい?」

「地面から出てくるモンスターは、当分見たくないと思うくらいにはうんざりしてるんだ。それにここら辺のモンスター相手に遅れを取るほどアイズも弱くないだろ?だからここはアイズに譲ろうと思う」

 

 特に食人花と初めて会った時…あの時はクソだった。こっちは武器を持っていないのに相手は打撃が効かないとなったら、多少なりともイラつく物だろう。

 

「そういえばフィリア祭の時にも出てきていたんだっけ?地上にも出てくるとなると…面倒だね」

「そこまで導ける協力者か何かがいるって事だしな」

 

 誰がどうやって、何であんな所に食人花を潜ませていたのかは知らないけど、何にしろ碌な事にはならなそうだ。私達が居なければ被害も少なくなかっただろう。

 

「…そうだね。すこし、ボールス辺りに警告しておこうかな」

 

 フィンには何かしら気になる事があったみたいだが…私は依頼されない限り動く気はない。と言うよりは動けない、の方が正しいか。

 この世界の情勢や組織間の関係に詳しくない私がでしゃばれば、ただでさえ面倒臭い今の事態に油を注ぎかねない。そもそも私自身が厄介な事情を抱えてるともあれば然もありなんだ。

 

 世間話をしている内にアイズ達…アイズは、雑魚を殲滅し終えたようだ。何もやることの無かったティオナが文句を言っている。

 

「…よし、だいたい片付いたみたいだし戦利品回収と行くか。量も多いし私も一緒にやろう」

「はい、頑張りましょう!」

 

 気合いを入れるレフィーヤとは対照的に、ラクタはすこし戸惑った表情で私の方を見る。

 

「あの、カーリーさんは休んでいても良いんじゃ…」

「カーリーはしばらくダンジョンに潜ってなかったからね。勘を取り戻すために基礎的な事もやっているんだ。それに…休憩が必要な程疲れてもいないだろう?」

 

 フィンの言う通り、道中はアイズが過剰なまでに敵を倒していたから体力的な問題は一切無い。

 ラクタは私が前で戦うから、今後の行動の為に体力を温存して欲しいんだろう。ラクタの意見は間違っていない。

 きっと私の出自が普通だったら、フィンもそうさせただろう…だが私はダンジョン探索初心者だ。ダンジョンでの行動に慣れる為にもここら辺で練習しておきたい。

 

「そういう事なら大丈夫です!すみません、出しゃばった事を…」

「別に気にしなくて良いって。このメンバーで私がこんな事をしているのがおかしいのは把握しているしな」

 

 私の過去について聞いてから、ラクタは私を腫れ物に触れるかのように接してくる。暗黒期ってのは私が思う以上にこの世界の人間にとって重たい過去らしい。都市とは価値観が違いすぎるな。

 

 広場に散らばった魔石やドロップアイテムを回収して荷物袋へと突っ込んでいく。この階層でこの量となれば、結構いい稼ぎになりそうだな。

 そうして粗方片付けた所で、フィンに肩を叩かれる。

 

「カーリー、ここら辺で撤収だ。帰りは君に前衛を任せようと思う」

「わかった。アイズとリヴェリアは?」

 

 私たちと別で荷物を纏めているリヴェリア達は…大方予想はできるけど、フィンの口から説明してもらおう。

 

「アイズの要望でここに残る事になった。負担は増えるけど問題はないだろう?」

「そうだな…フィンともう1人いれば後ろは十分か。アイズ達の方は大丈夫なのか?」

 

 流石にアイズとリヴェリア、二人だけで食人花の群れと赤髪の女、骸骨頭を対処するのは危険だと思うが…

 

「問題はない、事前に準備をしていれば私も自衛程度なら出来る」

 

 リヴェリアが短剣と呼ぶには少しだけ大振りな剣を見せながら言う。幾ら後衛と言っても、リヴェリア程にもなれば多少の白兵戦程度ならお手の物か。

 フィンの予想でも襲撃はないと言っているし…少し、いや、かなり不安だけど任せよう。

 

「…わかった、フィンとリヴェリアが決めたなら異論は無い」

 

 一週間前に変な奴に襲われたっていうのに、危険じゃないかとは思わなくもない。だがパーティーのリーダーが決めた事に反対するほど狭量でも無いし、二人がその可能性を考えてないとは思えないしな。ここはフィンの判断を尊重しよう。

 

「それじゃあそろそろ動こうか。アイズを頼んだよ、リヴェリア」

「あんまり無茶するんじゃないわよ、アイズ」

「大怪我したら許さないんだからねー!」

「頑張ってください!アイズさん!」

「怪我無く帰ってくるって信じてます!」

 

「うん、大丈夫…」

 

 各々がアイズに鼓舞の言葉を掛ける中、私はそれを黙って外から眺める。

 

「カーリーは何か言わなくても良いのかい?」

「リヴェリアも付いているんだし今更言う事も無い。成るように成るだけだろ」

 

 もし何か言えって言うなら別行動自体に反対する。ついこの間あんな事があって別行動だなんて、リスクも高すぎる。

 

「その言葉は信頼って事にしておこうかな。じゃあ前は任せたよ」

「ああ、任せてくれ」




おまけ

「そう言えばカーリー、リヴィラで見てもらった例の死体の件なんだけど」

「ああ、あれか。何かあったのか?」

「君の違和感は正しかったよ。どうやら被害者は顔の皮を剥がれていたようだ」

「顔の…」

「カーリー?どうしたんだ、そんな悔しそうな表情で…」

「クソ、冷静に死体を見れば気づけた筈だ。下顎は残ってたんだ、そっちに注視していれば事前に気付けたのに…」

「なあフィン、これはここまで落ち込むような事なのか?」

「うーん、都市の人間としての矜持なんだと思うよ?理解したいとはとても思えないけどね」
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