赤い霧がダンジョンにいるのは間違っている【0830】 作:ピグリツィア
ダンジョン探索から帰還した二日後…夕食も終わった頃に、私はフィンの執務室へと呼び出されていた。
夕食前にリヴェリアも帰ってきていたし、今回の探索についての話かもしれないが…今のところ、呼び出しの内容に関しては聞かされていない。
何かしらのトラブルか、それとも仕事か…フィンの執務室の扉を叩き返事を待つ。
「私だ」
「入って良いよ」
フィンの返事を受けて扉を開けば…室内に居たのは真剣な面持ちの三首領に、ソファで寝そべって唸るロキの姿。どうやら厄介事のようだ。
「随分と重い雰囲気だな。フィンに呼ばれて来たんだけど…用事って何なんだ?」
「実は、アイズとダンジョンから帰る道中で不審な人物と出会ったんだ」
私の質問に対して答えたのは、フィンでは無くリヴェリアだった。
しかし…不審な人物か。それでなぜ私を呼ぶ必要があるのかは分からないな。
「仲間を追うために慌てて出てきたからと言っていたが…ダンジョン内にも関わらず、スーツ姿だったんだ。その上気配を消すのが上手かった。あれは私とアイズが辛うじて認識できる程度まで気配を絞っていたんだろうな。レベルで言えば5に相当する腕前はあるだろう」
「ダンジョン内でスーツ姿か…レベル5となると、都市でもかなりの上澄だろうな」
確かにあからさまに不審者だ。多少腕が立つとは言え、都市でも無いのにダンジョン内でスーツだなんて…どこからどう見ても立派な不審者だ。
「それで、私を呼んだ理由は?今のところ、不審者と私に繋がりがあるようには思えないんだけどな」
「そいつがどことなくカーリーと似た空気を纏っていた。闇派閥とも違うが、確実に対人戦に慣れている雰囲気だったんだ。都市で黒いスーツを着た、ローランという名の男に、心当たりはあるか?」
「ローラン…?」
リヴェリアの見立てが間違いでないのなら、相当の腕利きのはずだ。だが私はそんな名前の一級フィクサーを知らない。となると、フィクサー以外の組織の人間か?
「ローランか…知らない名前だな。レベル5に相当するとなると、一級フィクサー以上か。だけどオラリオとは比較にならないくらい都市は広い。別地区の奴となると特色か、相応の事務所のトップとかじゃないとまず分からないし、そもそもフィクサーじゃない可能性だってある」
「ふむ…」
強くなる方法が限定的なこの世界と違い、都市では多種多様な強化施術によって力を付けられる。しかしリヴェリアが気配を感じ取りにくいと感じたなら、相応の技量は間違いなく持っているはずだ。
研究所は外郭にあったから、少しだけ最近のフィクサー事情に疎い所もあるけど…それでも有名どころの一級事務所のトップや協会の部長格ならわかる筈だ。
黒いスーツを着た一級フィクサー以上の男か…駄目だ。何も分からない。
「それにしても、纏う雰囲気がこの世界の人間とは違う奴か…気にはなるな」
「オラリオでは類を見ないタイプの人間だった。腕前を隠すのはかなり上手かったな、私も気を抜いていたら気付かなかったかもしれない」
腕前や気配を隠すのが得意で、戦闘にも長けているとなると…フィクサーであれば所属はシ協会辺りか?ツヴァイやセンクやリウでは無さそうだ。一応セブン協会の線もあるにはあるだろうが…。
駄目だな、やっぱり候補が多すぎる。そもそもフィクサーじゃない可能性だってあるんだし、考えるだけ無駄だろう。
「都市以外の異世界の人間って可能性は?」
「考えたくもないね…リヴェリア的にはどう考えてるんだい?」
「恐らくは都市の人間だと思う。カーリーとどこか似通った雰囲気を感じた気がした。人と接する時の身構え方とかがそうだ。どれもこれも、私の憶測でしかないが…」
都市と似たような別世界から来た人間、なんて可能性も無い訳では無いが…そこまで行けばなんでもアリか。ここは都市の人間と考えて行動した方が精神衛生的には良いだろうな。
「それじゃあ、ここはリヴェリアの勘を信じようかな。他の所から来た人間だとしても、手がかりは無いしね」
ダンジョンに現れた黒いスーツの人間…まず間違いなく、この世界の人間ではない。スーツや礼服はこの世界にも存在するが、そんな格好でダンジョンに潜る狂人はこの世界には居ないだろう。
そのスーツ男が裏路地に居るようなヤバい奴じゃなければ良いんだが…23区出身でなければより良いな。
「はぁ…私が都市に帰る手掛かりに繋がりそうなのは良いけど、あからさまに怪しい奴だな。変な組織の人間じゃなければ良いんだけどな」
「ロキによると、その点はあまり心配無いらしいよ。少なくともあからさまな悪人では無いようだ」
ここで出てきたのは、先ほどからソファに寝そべってぐずぐず言っているロキだ。何故、その不審者と会っていない筈のロキが人柄を判断できるんだ?
「まあ、それなら良いけど…なんでロキは不機嫌そうにしてるんだ?」
「どうやら例の人物が、ロキと因縁のある神のファミリアに所属しているらしい。その『因縁のある神』の性質的に悪人を囲う事は無いと言っているし、これに関しては信用できると思う」
仲は悪いけど、相手の性格は信用しているのか…またややこしい関係みたいだな。
「よりにもよってドチビの所に…はぁ〜、クソやな!」
「これは、相当深い因縁みたいだな?」
ロキがここまで苛つきを隠さないのも珍しい。こういう時はのらりくらりと受け流すような奴だったと思うんだけどな。
「……まあ、今回の事に関してはどうにかしたる。いくらウチと相性が悪いとは言え、オラリオがヤバいかもしれんとなれば、あのドチビなら真面目に話を聞くやろうし…共通の
「ありがとう、ロキ。世話を掛ける」
私のお礼にロキは大きなため息で返事をする。ここまでとなると心底相性が悪いみたいだし、後で良い酒を買ってきた方が良いかもしれないな。
「ともかく、時間が出来たら彼の事も調べようと思う。今は遠征の準備で手が回らないから、そちらにも手を付けるとしたら遠征後になるけどね」
「ああ、分かったよ。それで、用事はそれだけか?」
「いや、まだある。今の話とは全くの別件じゃがな。安心せい、悪い知らせでは無い」
ここで口を開いたのはガレスだ。悪い知らせでは無いと言っているが…どんな内容なんだか。
フィンが少しだけ佇まいを直し、ロキも起き上がって面白い物を見るような笑顔を浮かべる。室内に漂っていた緊張感も霧散したし、これは相当良い知らせなのかもしれないな。
こちらも少しだけ姿勢を正してから、フィンに話の続きを促せば…フィンは笑顔で『機密』の印を押された紙束を取り出した。
「カーリー、君を次の遠征のサポーターに任命する。主な仕事は最深層での僕達の補佐だ」
…なるほどな。確かにこれは、どちらかと言えば朗報なのかもしれない。少なくとも、ロキファミリアの重鎮に対して私の価値を示す事に成功したという事だからな。だけど懸念すべき事柄も多い。
「それは…光栄な事だな。だけど良いのか?私は…」
「分かっている。新参者をこの重要な遠征のメンバーに入れるリスクは承知の上だ」
幾ら自他ともに認める実力があろうと、私は新参者だ。そんな人間を重要な仕事のメンバーに選んだとなれば、多少の不平不満は予想できる。
そんな悪影響を承知の上で私を最前線のメンバーに入れるとなると、相応の理由があるはずだ。
「君を深層探索のメンバーに入れる理由は幾つかあるけど…一番の理由は『戦力の出し惜しみをする余裕が無い』かな」
「最近のダンジョンは何かと怪しい動きが多い。例の闇派閥の奇襲も考えると、お前が居てくれた方が遠征の成功率が上がると判断した」
「前回の遠征は、芋虫型のモンスターのせいで収益が少なくてのぉ。その上で今回は、その芋虫型への対策に巨額を投じておるし…ファミリアの面子もあって失敗は許されん」
フィン、リヴェリア、ガレスと続いて、次回の遠征事情について解説してくれた。端的に言ってしまえば、猫の手も借りたい状況らしい。
前回の遠征結果については聞いている。新種のモンスターに武器を溶かされ、キャンプも壊滅的な被害を受けて目標未達成のまま撤退。
収入は当初の見込みより少なく、再挑戦の為の支出は想定を遥かに越えている…これは確かに、後が無いとも言える状況だな。
「そして何よりも…今回はヘファイストスファミリアからも同行者を付けてもらう予定なんだ。ここで君を裏方に回せば、君の事を知る椿や神ヘファイストスの不信を買いかねない」
なるほどな。ファミリア間の関係性についての問題となれば、ファミリア内での多少の不満を無視してでも私を起用する理由になるか。
「そうか、理由は分かった。それじゃあ、これからはサポーターの立ち回りを学べば良いのか?」
「後は最深層の動き方だな。それに関しては同じく深層でサポーターを務める予定のラウルを講師に宛がおう。その他の事柄は…私の時間が空いたらその都度伝える」
ラウル…あの冴えない男か。個人的に思う所はあるが、フィンやリヴェリアの采配に口を挟む気はない。
それにいくらパッとしない印象でも、深層についての知識については私よりもあるのは間違いないし、ティオナよりは良い講師になるだろう。
「これは深層の情報が纏められた書類だ。見ての通り機密資料だから、関係者以外…ロキファミリアの中でも、深層攻略に携わるメンバー以外に見せてはいけないよ」
「分かった。この書類の扱いには気をつけよう」
ファミリアの事情は理解したが、それにしたって私に機密情報を渡すなんてな。それほどの信頼を得られたことを喜ぶべきだろうか。
渡された書類に軽く目を通す。深層の環境と地理、それに出現するモンスターの情報が書かれているみたいだ。先人が命懸けで手に入れた情報だし、機密扱いになっているのも納得だな。
「まさかファミリアに入って一ヶ月も経たずに遠征の精鋭パーティに入れられるなんてなぁ!こんな人間、今後出てくるかも分からんで?」
「状況や力量的に次は無いと言っても過言では無いだろうね」
「ファミリアに入った期間を考えるなら、遠征へ同行させるのも憚られる立場だからな」
遠征にかかる費用やこの深層に関する情報の事を考えれば、この案件を新入りに任せる事が無いのは理解できる。
実力はもちろん、背中を預けられるくらい信頼できる相手でなければ、命がけになる遠征に連れて行く事すらないだろうな。
「まあ、期待には応えられるように努力するよ」
「うん、僕たちは君を期待し、信じているよ。さて、何か質問はあるかい?」
「特には…いや、そうだな。深層で私が戦闘する可能性は?」
「基本的には無いね。緊急時には前衛に出てもらう可能性もあるけど、基本はサポーターの仕事に専念してもらうつもりだよ」
ついこの間、深層の入り口とも呼べる37階層を探索したが、武器の性能で敵の処理に手間取る瞬間もあった。
もしも私が前線に出る必要があるのなら、相応の武器を用意して貰わなくてはならなかったが、その心配は無いらしい。
「分かった。あとは…アイズはいつ帰ってくるんだ?」
「そう時間はかからないだろう、上層のモンスター程度になると怪我をする方が難しいしな」
レベルが上がれば相応に肉体強度も上がるし、アイズ程の能力なら5階層に出てくる雑魚の攻撃程度じゃかすり傷も出来ないか。
闇派閥の奴とかに絡まれたら面倒だろうけど…撤退の判断も出来ないような奴じゃないし問題は無いだろう。
「…と、噂をすれば…だね?」
門の方がにわかに騒がしくなったのを感じ取ったフィンが外を覗けば、アイズがホームの中へ迎え入れられているのが見えた。しかし、何やら様子がおかしい。
「おい、何かとんでもなく落ち込んでるみたいだぞ」
「これは、予想外だな…」
中庭を通るアイズは、顔を俯かせてとぼとぼと歩いている。どこからどう見ても落ち込んでいるようにしか見えないぞ。
「リヴェリア、カーリー。アイズの事は任せるよ」
「儂らはまだやるべき事もあるからな」
「ああ、分かった」
あそこまで分かりやすく落ち込んでいるなんて、何かあったに違いない。リヴェリアと共にアイズの元へと向かう。
少しだけ早足になっているリヴェリアについて行けば、すぐに他の団員から遠巻きに見守られているアイズの元に着く。
ティオネどころかあのティオナですら、声を掛けるのを躊躇っているあたり…アイズがここまで落ち込むのは相当珍しいみたいだな?
見るからにしょぼくれているアイズを見たリヴェリアは、困惑を隠さずにアイズを呼び止めた。
「アイズ、どうしたんだ?何があった?」
優しい口調で語りかけるリヴェリアに、アイズは顔を俯かせたままゆっくりと答える。
「また、逃げられちゃった……」
ふすっ…と、リヴェリアの口から空気が漏れる音がする。流石に笑う所じゃないと思うが。現にアイズも、そんなリヴェリアの態度を見て機嫌を悪くしている。
「おい、リヴェリア…」
「す、すまないアイズ。そ、そうか、逃げられてしまったのか…っ、ふふ…」
顔を逸らして肩を震わせるリヴェリアを見て、とうとうアイズがリヴェリアを突き飛ばして走っていってしまった。それが切っ掛けとなったのかリヴェリアも大声を出して笑い始める。
「アイズ!……はあ。それにしても、逃げられたって何の事だ?」
「ふふっ…そうだな。後で教えてやる。くくっ…」
何がおかしいのかは分からないけど、リヴェリアにとってはとても愉快な出来事だったらしい。
「まあ今日はもう遅いし、アイズからはまた明日詳しい話を聞くとするか」
「はぁ…そうだな。悪い、取り乱した」
「本当にな…」
アイズの普段の態度からは考えにくいが、彼女が結構根に持つタイプなのは短い付き合いでもなんとなく分かる。明日はアイズのご機嫌取りをした方が良いかもな…
「ア〜イ〜ズ!ほらほら、じゃが丸くんだよ〜」
リヴェリアが手ずから作ったという教本『遠征の手引き』を読みながら、アイズに話しかけるティオナを横目で見守る。
アイズは昨日から変わらず落ち込みっぱなしだ。今もティオナから受け取ったじゃが丸くんをもそもそと食べているが…そのペースは、いつもと比べるとあまりにも遅い。
「アイズはどうしたのよ。こんなに落ち込んでるのは初めて見たわよ」
「ねー。カーリーは何か知ってるでしょ?」
「まあ、事のあらまし程度は」
昨晩、私はリヴェリアからダンジョンで起きた事を聞いている。
この間の飲み会でベートが蔑んだ少年が、ダンジョンで倒れていたところを介抱したのがきっかけらしい。
そんな彼に「償いをしたい」と話すアイズにリヴェリアがした助言が…『膝枕』だ。
そして、ダンジョン内で何が起きたのかは分からないが、アイズはその少年に逃げられてしまったと…本当に何があったんだ?
「アイズ〜。何があったのかは知らないけど、元気だしなって〜」
そして現在、アイズはその少年に逃げられたショックと、リヴェリアに笑われた怒りで拗ねてしまっている。
肩に寄りかかるティオナの言葉に対しても、アイズはぷいっと外方を向くだけだ。
「これは重症ね…」
「本当に何があったのさ。リヴェリアが声を上げて笑うなんて、初めて見たし…」
「ん〜!」
アイズはいまだリヴェリアに笑われた事を深く根に持っているのか、それを指摘したティオナを押し除けてどこかへ行ってしまう。
「あっ!アイズ!」
「地雷を踏んだみたいね…」
ティオネとティオナは、そんなアイズを見て追いかける事はしなかった。私に向けられる視線から察するに、情報収集を優先するらしい。
「ねー!カーリー!本当に何があったのか教えてよー!」
「…リヴェリアから聞いてくれ。概要は知ってるけど、話して良い内容かまでは分からないんだ」
アイズが居なくなったからか、私の方にのしかかってくるティオナを適当に遇らう。
アイズが何をしていたのかはリヴェリアから簡単に聞いてるが…他のファミリアが関わっているとなると、私としても判断に迷う。
口止めされてないから大丈夫だとは思うけど…新参者の身としては、リスクを取りたくない。
「リヴェリアねぇ。今は遠征の準備で忙しそうだけど…」
「今はこの間の探索で使った消耗品の補充をしに行ってるんだっけ。ねえ、カーリー。ちょっとだけでも…ダメ?」
「それが分からないからリヴェリアに聞いてくれって言ってるんだよ」
駄々を捏ねるように私をゆらゆらと揺するティオナを手で制しながら、教本のページを捲る。
ティオナのアイズを思う気持ちはわかるが、事これに関しては譲れない。
「諦めなさいティオナ。カーリーの事だし、こうなったら意地でも口を開かないでしょうね」
「むー…仕方がないかぁ」
「悪いな、まだこっちの事情に慣れてないから判断が難しいんだ」
私の言葉を聞いたティオネは、顎に手を当てて数秒考え込んでから口を開いた。
「なるほどねぇ…もしかして、他のファミリアが絡んでるのかしら?」
「あ〜、そういう事かぁ。それなら仕方がないね」
ここまで情報を出せば、ティオネも私の『事情』について察しがついたらしい。それを聞いてティオナも私を揺するのをやめて体重を預けてくる。
そうしてしばらく、談話室の雑多な会話を背景にティオナの話に相づちを打っていると、唐突に「あ、そういえば!」とティオナが起き上がる。
「カーリーも次の遠征に来るって本当?」
「ああ、その予定だ。今もその為の勉強中だしな」
ティオナの質問に対し、私は手に持っている教本を強調しながら頷けば、ティオネが「勤勉ねぇ」と呟く。
「いえ〜い。カーリーがいれば百人力だね!」
「期待してくれてる所悪いが、私はサポーターだぞ」
私の言葉を聞いたティオナは、にへらっとした緩い笑顔から一転、思考の為か数秒の真顔を挟んでから驚愕の表情を浮かべて私の肩を激しく揺する。
妹を注意しない姉の方を見ると、ティオネも同じく「信じられない」と言わんばかりの表情を浮かべている。余程衝撃的だったらしい。
「え…?うそうそなんで!?なんでカーリーがサポーターなの!?」
「落ち着けって…武器が無いからどうしようもないんだよ」
「ああ、そういう事ね。それはしょうがないわね」
私がサポーターに留まる理由を教えれば、ティオネは納得してくれたのか溜め息を吐きつつ苦笑いを浮かべる。
しかしティオナは納得がいかないらしく、「でもでも〜!」と私を大きく揺する手を止めない。
「あれ使えば良いじゃん!アレ!」
「あれって…まさか、ミミクリーの事か?」
「あのねぇ、あんな武器を遠征に持って行こうとしたらファミリアの大半が付いて来れなくなるでしょ」
「カーリーと会った日の事を忘れたの?」とティオネがティオナの耳を引っ張れば、ティオナは私を揺するのを止めてブーイングをあげ始める。
「はぁ。カーリーならどんな敵が来ても問題なく対応できるだろうし、一緒に戦ってくれるならすっごく楽になると思ってたんだけどなぁ…」
「椿に限らず、ヘファイストスファミリアは凄く忙しいし、ゴブニュの方も同じだから…今から新しい武器ってのは時間的にも無理でしょうね。でもカーリーをサポーターに置いておくのも、戦力を腐らせてる感じがして嫌ねぇ…」
ティオナだけでなく、ティオネも私の実力を評価してくれているな。
まあ、結局武器が無ければどうしようもないんだが…ティオネの言う通り、今は二大鍛冶師系ファミリアも非常に忙しなく動いているから、ロキファミリアから資金提供があった所でどうしようもない。
「まあ、私が居なくても問題はないだろ。今回は芋虫型の対策に全力を注いでるし、お前らの実力ならトラブルが起きてもなんとかできるだろ?」
「それはそうだけどさぁ〜…」
私の言葉に対しても、ティオナは不満げに答えるだけ。私が前線に立たないのが相当不満なんだろう。
「しつこいわよ、ティオナ。そもそも武器がなきゃどうしようもないんだから諦めなさいって…それとも、あんたがカーリーの武器代を出す?」
「無理無理無理!まだウルガの借金もあるんだって〜!……でもやっぱり、カーリーが前線に立たないのは勿体無いって〜」
そう言って唇を尖らせたティオナは窓辺に寄りかかり、外の景色を見る。
もう日も暮れてきている。消耗品を補充しに行ったリヴェリアも帰ってくる頃だろうし、その頃にはアイズも多少は落ち着いているはずだ。
「あ、リヴェリアだ!…う〜ん、誰か連れてるっぽい?」
ティオナの視線の先を追うと…リヴェリアの横に一人、ロキファミリアの人間ではない者が並んでいた。
「客人か…私は自室に引っ込んでた方が良いか?」
「そこまでしなくても大丈夫でしょ」
ティオネもリヴェリアが連れてきた客人が気になるのか、体を乗り出して窓を覗き込む。
短く纏めた緑髪に眼鏡…尖った耳を見るに、エルフだな。リヴェリアの知り合いだろうか。
「あの顔は見覚えがあるな」
「ギルドの人間ね」
「やましい事はやってない…って訳でもないんだよねぇ。今は…」
そう呟くティオナの視線の先には…私だ。
色々と厄介な事情のある私は、冒険者登録もロキの助力を得てレベル1として登録してある。
問題はその『事情』が末端の職員に伝えられているとは思えない点だ。正義感や不信感を募らせた【勤勉な職員】が独自で調査をしているとなると、面倒な事になる。
「やっぱ自室に戻るか」
「大丈夫よ…多分ね」
「追求されてもリヴェリアとか団長がなんとかしてくれるって!」
ロキファミリアの幹部であるリヴェリアが連れてきているのだから問題無いとは言うが…不安だな。
「ほらほら、気にせずに遠征の為の勉強をしましょ」
「…分かったよ」
既にここまで来てる以上、私にはどうしようもないか。ここは開き直って、勉強の続きといこう。
ロキが『お前、ソーマやなっ!』と叫びながらドタドタ走る音を背景に、私は再び教本に視線を戻す。
そうして一時間ほど経っただろうか。疑問に思ったことを主にティオネに答えてもらいながら、教本を読み進めていると…唐突にロキの大声が館中に響く。
「アイズたんレベル6キタアアアアァァァァ!!!!!」
「え、ウソ!?アイズレベル6だって!」
「抜かれたわね…あの後に何をしたのかしら?」
その声から一拍置いて、ロキファミリアのホーム中が騒がしくなる。
ランクアップ…それは、冒険者という稼業をする上で大きな分岐点になるという。知識としては知っているが、実際にどういうものなのかは見たことがない。
「レベル6か。すごい事…なんだよな?」
ランクアップに酷く苦労するという事も知っているし、その恩恵が凄まじいという事も知識としては持っている。
それにレベル6という数字的にも、オラリオで数える程しか居ないというのも知っている。
しかし、如何せんランクアップの経験がないのでピンと来ない。どのような経験を積めばランクアップできるのかも、どれほど強くなれるのかも私は知らないからだ。
「ああ、まだランクアップを経験していないカーリーにはピンと来ないよね〜」
「そりゃもう凄い事よ!レベル6なんて、うちのファミリアでも団長、リヴェリア、ガレスの三人しか居ないんだから!って言っても分からないわよねぇ…こればっかりは見た方が早いわね」
自分がランクアップした訳でもないので、よく分からないと言えばティオネとティオナも説明に困っている様子だ。
ランクアップをすれば明確に強くなれるというのだから、ティオネの言う通り聞くよりも実際に見てみた方が早いだろう。
「まあ、機会があれば見せてもらおうかな」
「そうね。アイズも近い内に『調整』の為にダンジョンに潜るだろうし、その時一緒に付いて行けば良いんじゃない?」
「ランクアップの後は身体能力が段違いに高くなるからね〜」
遠征も近いし、無理は言えないが…またアイズと同じ戦線に立つなり試合をするなりすれば、その違いもわかるはずだ。
「ま、今日はもう遅いし明日話を聞きましょ」
「そうだね〜、カーリーはどうするの?」
「私もこれくらいにするか…勉強に付き合ってくれてありがとう」
私の言葉に、ティオネは「気にする事はないわよ」と言い、ティオナは満面の笑顔を浮かべた。
「どういたしまして!」
「あんたは何もしてないどころか邪魔ばっかりだったでしょ…ま、もし何か分からない事があればまた聞きにくると良いわ。余裕があれば教えてあげるから」
質問は殆どティオネに答えて貰っていたし、ティオナは私を揺すったり横から質問を飛ばしたり…まあ、賑やかだったな。退屈はしなかった。
そう何度も二人の時間を奪うのは私も気が進まないが、困った時は頼りにさせてもらおう。