『永遠』のガイアメモリを手に入れた男は風都で平穏に暮らしたい   作:藍沢カナリヤ

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第31話 Rへの道 / 久永遠治の消失

ーーーー回想ーーーー

 

 

「ほれ、アンナ」

 

 

そう言って、彼は私用のマグカップをテーブルに置いた。中は真っ黒。

 

 

「遠治くん、いい加減覚えてくれるかな。私はーー」

 

「ーー珈琲が苦手、だろ」

 

 

流石に覚えたって。そう言って、遠治くんは苦笑を返してくる。苦い思いをしてるのはこちらなのだがね。なんだろうか、当てつけかい。口を尖らせてそう言うと、彼は違う違うと否定した。

 

 

「そういうつもりはないって」

 

「あぁ、そうかい…………分かっているなら、早くここに牛乳を入れてくれたまえ。あと砂糖と蜂蜜もだよ」

 

 

そう言うと、彼は、

 

 

「まぁ、待て」

 

 

そんな風に私を制止する。

 

 

「飲まないよ?」

 

「アンナが珈琲を苦手なのは苦味が苦手だからだろ。だから、俺は考えたんだ。フルーティーで苦味よりも酸味の強いものなら……飲めるはず!」

 

「…………」

 

「いや、本当だって! 騙されたと思って飲んでみろよ。俺が厳選に厳選を重ねた逸品だぜ?」

 

「ホントに?」

 

「ホントに!」

 

「…………」

 

 

ゆっくりとマグカップを口元へと運ぶ。私は恐る恐るその漆黒の液体を……口にした。

 

 

「にがぁ……」

 

「あー、駄目かぁ」

 

「うぅぅぅ……頼む、甘いのをくれぇ……」

 

「はいはい」

 

 

笑いながら、彼は冷蔵庫から手作りのショートケーキを出して、こちらへと置く。

 

 

「んむっ…………美味しい」

 

「それはよかった」

 

 

口の中の苦味を消そうと、ケーキをどんどん口に運ぶ私を見ながら、彼はマグカップにあっためた牛乳を注ぐ。そして、訊ねてくる。

 

 

「砂糖は?」

 

「2つ」

 

「蜂蜜は?」

 

「……たっぷりで頼む」

 

「了解」

 

 

そんな昼下がりを、ふと思い出した。

 

 

 

ーーーー風森ハイム201号室ーーーー

 

 

いくら待っても遠治くんが帰ってこない。

昼前から夕方までだから買い物にしては少々長い。まぁ、それだけならあることではある。だが、彼に電話やメッセージを送っても一向に反応がないのだ。また面倒ごとに巻き込まれているのか。そう思って、時計を確認すると、時刻は17時になろうかという頃。

 

 

ーーガチャッーー

 

「ただいまー!!」

 

 

玄関から声がした。私は彼女を出迎える。

 

 

「椎くん!」

 

「あれ? アンナちゃん? どうしたの?」

 

 

首をかしげる椎くん。私は彼女に現状を伝えた。遠治くんが帰ってこないこと。昼前には確かにキッチンで料理をしていたこと。電話もメールも他のメッセージアプリを使っても、応答がまったくないこと。私から現況を聞いた後、椎くんは言った。

 

 

「えっと、その……『遠治くん』って、誰?」

 

「…………は?」

 

 

聞き、間違いだろう。それか私の滑舌が悪かったのだ。もう一度、私は彼女に訊ねた。

 

 

「え、遠治くんだよ。ほら、白髪赤目の長身で、料理上手で、このアパートの大家で、雪南くんの兄の遠治くん。君も彼に救われたじゃないか」

 

「?? 何言ってるの、アンナちゃん」

 

「っ」

 

 

その反応で理解してしまった。椎くんはこんなに上手に嘘をつけるタイプじゃない。

 

 

「っ、少し出てくるっ」

 

「え!? アンナちゃんっ!?」

 

 

私はすぐに部屋を出て、階段を駆け降りて下の階へ。101号室をノックする。

 

 

「……なに?」

 

「冴子さん!」

 

「な、なによっ!?」

 

 

私の気迫に圧された冴子さんは珍しくたじろぐ。私は構わず、遠治くんのことを訊ねる。彼を知っているよね、と。

 

 

「え、んじ……? 誰?」

 

「っ」

 

 

彼女も、か。でも、隣の部屋にいる若菜くんなら! 彼女は遠治くんの影響でつい先日ここに越して来たんだ。記憶もより新しいはずだから……。

 

 

「……えんじ……? 誰、それ?」

 

「っ、君まで……っ」

 

 

若菜くんの答えも2人と同じ。

 

 

「嘘だろう……っ?」

 

 

「アンナちゃん?」

「頭でも打った?」

「大丈夫?」

 

「っ」

 

 

遠治くんがいなかったかのように振る舞う3人が信じられなくて。あれだけ彼を慕っていた彼女たちが別人になってしまったようで。

私はその場から逃げ出した。

 

 

~~~~~~~~

 

 

アパートを飛び出した私は、すぐに彼に電話をかけた。何らかの力でアパートの皆が彼を忘れていたとしても、彼自身が無事である可能性に賭けた。だが、やはり出ない。それどころか、

 

 

「…………」

 

 

電源が入っていないか現在使われておりません。自動音声はこちらへそう応え、無情にも切れる。それから1分おきに鳴らしても結果は同じだった。

 

 

「出てくれ、遠治くん……」

 

 

20回目の自動音声を聞き終わった私はスマホを閉まった。単に電源が入っていないならまだいい。けれど、使われていないのなら……?

 

 

「っ」

 

 

悪い考えを頭から追い出すように、首を振り、私は次のアクションを起こす。雪南くんなら……っ!

 

 

「…………雪南くんも、なのか」

 

 

電源が入っていないか現在使われておりません。それはさっき嫌になるほど聞いた音声だった。

 

 

「なら……次は……」

 

 

彼は外部との繋がりは少なかったが、風森ハイムの前の大家とは面識があるはずだ。私は事前に調べていた前大家の電話番号をコールした。数コール後、繋がる。

 

 

「もしもし、どなたですか」

 

 

電話に出たのは、1人の老人。確か70代の男性だったはず。彼に新しく大家になった者の姉だと伝えた。

 

 

「んー? なんのようだい?」

 

「すみません。実は弟が海外旅行に行ってしまいまして……。その間、アパートの様子を見るように言われたのですが」

 

「弟……?」

 

 

そこで柔和だった相手の雰囲気が変わる。

 

 

「アパートの権利を売ったのは『お嬢ちゃん』だったはずだが?」

 

「なっ!? そ、そんなわけありません。20代半ばの男性ではっ!?」

 

「…………悪いが、電話番号を間違ってるんじゃないかい」

 

「っ、も、もう一度確かめてくだーー」

 

 

ーープツンッーー

 

 

そこで通話は切れた。

 

 

「また、彼の痕跡が消えている……っ」

 

 

彼の身近にいた人だけではない。取引をした程度の相手ですら記憶が消えている。

……いや、まだだ。さっきの電話から10分くらい経ったはずだ。もう一度電話をかけてみよう。そう思って、私は再びスマホの電話帳を開いた。だが、

 

 

「…………え? な、なんで……?」

 

 

すべての連絡先を確認した。なのに、彼の名前が消えていた。それどころかさっき電話したはずの履歴すらない。

 

 

「なんなんだよ……っ」

 

 

これでは、まるで彼のーー久永遠治がこの世界から消えていっているみたいじゃないか。

 

 

「…………いいやっ、嘘だ」

 

 

私はまた走り出す。

 

 

~~~~~~~~

 

 

「白髪赤目の青年をみたことありませんかっ」

 

「ここでよく買い物をしていたはずなんですがっ」

 

「……そう、ですか」

 

「す、すみません。この辺りで……」

 

「急にすみませんでした」

 

 

近所のスーパー。少し遠めの高級スーパー。よく使うというコンビニ。彼が話していた買い物スポットを必死に思い出しながら、一軒一軒訊ねて回る。夕飯の時間も過ぎているから、人は多くない。それでもひとりひとりに聞いて回った。だが、店員も常連客らしき人達も全員が覚えていないと言っていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

落胆は大きく、一気に疲労感が押し寄せてくる。気づかなかったが、完全に日が落ち切っていた。スマホを見ると、21時を回っていた。ずっと走り回っていたからだろう。体が重く、十分に動けなくなった私は、近くの公園のベンチに座り込んだ。

 

 

「なんで……彼は一体…………」

 

『…………』

 

「……?」

 

 

下を向いていた私の視界の端に、誰かの靴先が見えた。遠治くんのそれでないことは分かる。何の期待もせず、私はゆっくりと顔を上げた。そこにいたのは、黒ずくめの包帯女。『彼女』は夜の闇に不気味に佇んでいた。

 

 

「……『シュラウド』」

 

『何をしているの』

 

「何をって……」

 

 

彼を探しているんです。私は小さくそう呟く。その呟きは彼女に届いていたようで、彼?と疑問を返してくる。

 

 

「久永、遠治です。知っているでしょう、貴女が『恐怖の帝王』を削ぐために育てろと私に命じた人物です」

 

『………………』

 

「私と昼間、その話をしましたよね」

 

『…………いいえ』

 

「ふざけるなッ」

ーーガッーー

 

 

気づけば私は『シュラウド』に掴みかかっていた。自分らしくない。そんなのは分かっている。だが、どうにも止められない。

 

 

「あ、貴女は知っているはずだっ! 久永遠治をっ、『エターナル』に選ばれた男をっ!」

 

『…………』

 

「彼には可能性があると、そう言った私の言葉を貴女は聞き入れた。だから、私は彼の側に姿を現して、彼と過ごしたんだっ!」

 

『…………』

 

「貴女だろうッ、きっと彼を消したのは! 私が貴女の言葉を否定し、断ったから。だからーー」

 

 

 

『貴女が何を言っているのか分からない』

 

 

 

「っ、う、うそ、だ…………っ」

 

 

その瞬間、『彼女』を掴んでいた両手の力が抜ける。同時に足の力も抜ける。そのまま、その場に崩れ落ちた。

 

 

「うそだ……うそ、だよ……っ」

 

『………………』

 

 

気づけば、頬を涙が伝っていた。

心に穴が空いたようだった。声もあげられず、私はただボロボロと泣くだけで。

『シュラウド』はいつの間にか姿を消し、夜の公園には目蓋を腫らした私だけが残されていた。

 

 

~~~~~~~~

 

 

元々『平穏』を求める彼だ。そこまで外部との接触も多くはない。既に彼に関わりのある場所のほとんどに行って聞いた。でも、誰も彼を覚えて……いや、まるで知らないかのような反応だった。

なら、今、この世界で『久永遠治』を知る者は……。

 

 

「私だけ、というわけか……ハ、ハ……」

 

 

呟く。渇いた笑いも出てくる。涙はもう出ない。

あの『シュラウド』ですら知らなかった『久永遠治』という男なんだ。そもそも彼は本当に存在していたのだろうか。もしかしたら、私の妄想が生み出した空想の人物なのではないだろうか。

だとしたら、どんなにいいか……。

 

 

ーープルルルルーー

 

「っ」

 

 

放心していた私の懐のスマホが鳴る。相手を見るとそこには『久永雪南』の文字があった。慌てて応答ボタンをタップする。

 

 

「も、もしもしっ! 雪南くんかい!?」

 

『え、は、はい。雪南ですけど……』

 

 

あぁ、彼女だ。紛れもなくその声は遠治くんの義妹・雪南くんだ。私は早口で捲し立てるように訊ねる。

 

 

「っ、君は無事なのかっ!?」

 

『? 無事って……わたしは映画を見ていただけですよ? ……なんかアンナさんの声、変じゃないですか?』

 

「なッ、映画って……こんな時に何をしてるんだっ!! 彼が、彼がいなく、なっ……てっ……」

 

 

彼女の呑気な返事に思わず声を荒げてしまう。

 

 

『アンナさん……落ち着いてください』

 

「……っ、すまない」

 

 

雪南くんの変わらない声色に、私は瞬時に落ち着きを取り戻せた。深呼吸、深呼吸だ。私が落ち着いたのが分かったのか、彼女は変わらない様子でどうしたのかと聞いてくる。私はそれに質問を返す。

 

 

「雪南くん。君にはお兄さんがいるはずだ。彼のこと覚えているよね」

 

 

冷静さを忘れぬように、私はそう訊ねた。

 

 

『えぇと……アンナさん、何を言っているのか……』

 

「ッ」

 

 

雪南くんまでやっぱり……!?

 

 

『いきなり兄さんの名前が出てくるのか……意味が分からないんですが……』

 

「! 分かるのかい、遠治くんのこと……」

 

『分かるも何も……兄さんですし……アンナさん、本当にどうしたんですか?』

 

「~~~~っ」

 

 

彼女の言葉を聞き、私はその場にへたり込んだ。電話の先からこちらを心配する雪南くんの声が聞こえてくる。それでも私は動けずにいた。だって、やっと見つけたんだ。彼の手がかりを。

 

 

ーーーーーーーー

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