『永遠』のガイアメモリを手に入れた男は風都で平穏に暮らしたい 作:藍沢カナリヤ
ーーーーside:アンナ・園咲邸大広間ーーーー
『さぁ、行きなさい』
ソフィー姉さんの一声で、5体の顔のない天使像がこちらへと迫ってくる。1体は正面から、他は2体ずつ左右から、私を挟むように襲い来る。
『5対1。捌き切れるかしら?』
『問題ないッ』
ーーゾゾゾゾゾッーー
左右に迫る天使像の拳が当たる瞬間、私は自分の周囲に地獄の汚泥を展開する。天使像は止まれず、それに突っ込んできた。触れたところから、天使像が崩れていく。正面の1体はーー
ーーブンッーー
『ふっ!!』
攻撃を躱し、その勢いを逆に利用したカウンターを鳩尾に叩き込む。
『あら、頑張るわね』
『あぁ、約束をしているからね』
『クスクス……約束。約束ねぇ』
『…………』
ーーゾゾゾゾゾッーー
姉さんのペースに乗せられる訳にはいかない。私はすぐに汚泥を壁のように前方に展開、さらに、
『囲えッ!』
ーーググググッーー
姉さんを囲う箱のように形を変えた。これならば、天使像を出しても、意味はない。泥で覆い尽くし、一瞬で倒す!
『クスクス……話の途中ですわよ。本当に品のない』
人を見下すような不快な笑い声が聞こえた後、
ーーバシャッーー
汚泥の壁が内側から破壊され、辺りに撒き散らされた。もちろんこちらが能力を解除したわけではなく、内から無理矢理破壊された形だ。それを証明するように、壁の内側から現れたのは、6メートルはあろうかという天使像だった。
『言ったでしょう? 今のわたくしは天使像をほぼ無限に出し続けられる。その形も、大きさも自由自在ですわ』
『くっ』
『さぁ、行きなさい』
ーーゴゴゴゴゴゴッーー
天使像が動き出す。大きく腕を下げてから、こちらへと振り抜いてきた。
ーーゴゴゴゴゴゴッーー
『!?』
ーーゾゾゾゾゾッーー
咄嗟に汚泥を展開する。だが、その巨体から繰り出される拳は
『っ、重す、ぎ……るッ』
『3……2……1』
ーードゴンッーー
『ぐ、が……ッ』
『0』
圧倒的な力。巨大な天使像の攻撃に、私は吹き飛ばされる。私の体は大広間の壁へと叩きつけられ、一瞬意識が飛ぶ。
「ふっ……は、ぁ……っ」
そのせいで、変身が解けてしまう。
『無様と言い様がありませんわね、アンナ」
「姉、さん……」
私に向け、姉さんはそう言い放つ。私に余力がないことを悟ったようで、変身を解いて近づいてきた。
「はぁ……はぁっ」
「…………はぁ、まったく。その必死で、品のない姿、本当にわたくしの妹なんですの?」
ため息を吐いたソフィー姉さんは私を一瞥した後、椅子に座り、足を組む。汗ひとつかいておらず、余裕が見えた。対して私は息を切らしていて、力の差が如実に表れていた。
「エネルギー消費が激しいとはいえ、補給さえすれば、無限に天使像を産み出せるわたくしの『ヘブン』と使えば使うほどに憔悴する『ヘル』……戦うまでもなく、結果は見えていましたけど」
そう言いながらも、姉さんは机上に残っていた料理を喰らう。戦闘のせいで、埃や塵、コンクリートにまみれていても、気にせずに。
「……姉、さんこそ……ずいぶん、品のない食事だ……」
「クスクス。強がりを」
またあの笑い方。邪悪に微笑んだ姉さんは、不純物にまみれた皿の上の伊勢海老を殻ごと、ばりばりと喰らい、飲み込んだ。軽く口元を吹き、立ち上がり、そのまま私の方へ。姉さんは私を見下しながら、話を続けてくる。
「『ヘル』。確かにそれは相当の力を秘めたメモリなのでしょう。わたくしの『ヘブン』よりも性能は恐らく上。しかし、今の貴女はメモリの力の5割……いえ、3割程度しか引き出せていないように見えますわ」
「……う、るさい」
「フフフ、まぁ、そうでしょうね。名は体を表すと言いますから。『ヘル』のメモリの力を受け入れるということは、つまり、地獄へ足を踏み入れることと同義」
「…………」
「ねぇ、アンナ。そのメモリはーー」
姉さんの言うことは的を得ている。この戦いの前に、フィリップくんに言われたのだ。『ヘル』メモリの力を完全に引き出すには、地獄に堕ちるしかない、と。つまりはーー
「使用中に死んで初めて完成するメモリ、なのでしょう?」
「…………ご名答だ」
『ヘル』の力を十全に引き出した瞬間に、私は死ぬ。
「憐れですわねぇ。『ヘル』を使いこなせば、貴女はわたくしを殺せる。ですが、そうすれば、貴女は死ぬ」
「………………」
「クスクス、またわたくしと心中したいんですの? フフフフフフ、それは、それは素敵ですわね。井坂先生の魅力には及びませんが、もしそれを貴女が果たそうとするならば、わたくしは受け入れるのもやぶさかではありませんわァ!!」
ああ、本当にこの人は邪悪だ。破滅をこよなく愛する化物。あの井坂深紅郎に惹き付けられるわけだ。根本から狂っている。
「そのつもりは……毛頭ないよ。私は姉さんとは違う。生きて帰る、そう約束したからね」
「それは……あの男と?」
「ああ。久永遠治、私が惚れた最高の男と、だよ」
「はぁぁぁぁ……本当に、貴女はつまらないですわ。死ぬ覚悟もない人間が……わたくしに勝てるとでも?」
『ヘブン』
乾ききった、冷めた目で、姉さんは再度メモリを起動した。再び変わる。酷く美しい天使の姿に。
『アンナ、貴女も再変身しますか? ですが、次、『ヘル』を使えば確実にメモリの毒素に飲まれて死ぬ。どうしますか?』
「…………」
ーースッーー
『! クスクス、そう。そうよ! 使わなくては勝てないものねぇぇ!! さぁ、殺し合いましょう!!』
『フェアリー』
『は?』
私はメモリを『ガイアドライバー』へと挿し込んだ。シュラウドに調整してもらったお陰で、『フェアリー』になっても、精神のみの『ドーパント』ではなく、人間と変わらない大きさの妖精の姿、完全な形での変身を果たした。
『『フェアリー』ィィ……? 回復くらいしか取り柄のないメモリをぉぉ!? 舐めているんですの!?!?』
『舐めてなんていないさ。それに……まだだよ』
『アテンション』
『ドア』
さらに、メモリを装填する。よし、2つのメモリの力が『フェアリー』に付与することに成功した。
『屑メモリを寄せ集めて……井坂先生から戴いたこの『ヘブン』に勝てるとでもッ!?!?』
ーーゴゴゴゴゴゴッーー
ーーゴゴゴゴゴゴッーー
迫り来る巨大な2体の天使像。それを私はーー
ーースゥゥゥーー
『透過能力……っ、ですが、わたくしのメモリは『マッスル』とは違いますわ。体内に入り込んだとて!』
『だろうね』
ーーガチャッーー
『!?』
『ドア』による空間移動能力。それを使って、私は姉さんの背後に回り込む。そしてーー
ーーガシッーー
『…………』
『クスクス……奇襲ですか。その手にあるのは、シュラウドマグナム。おおよそ背後からわたくしを『ボム』のマキシマムで攻撃しようとしたのでしょうけれど、生憎、その程度に反応できないわたくしではなくてよ』
『…………そう、だね。反応すると思っていたよ』
『? それはどういう……?』
『まだ気づかないみたいだね。姉さんは反応したんじゃない。『反応させられた』んだ』
『っ!?』
姉さんはそこでやっと気づいたようだった。私の右手の武器から『目が離せない』ことに。そして、未だに気づかない。私の左手にそのメモリが握られていたことに。
『ヘル』
エコーが響く。それで姉さんもやっと気づいた。けれど、もう遅い。私は『ヘル』を思いっきり、姉さんの肉体に突き刺した。
『な……っ、なにを……?』
『姉さんの言う通り『ヘル』は強大だ。使用者すら滅ぼすほどにね。けれど、1つだけそのメモリを無力化するメモリが存在する。『ヘル』と『もう1本のメモリ』。2本を同時に使用すると、互いが互いの能力を打ち消し合い、やがてはメモリ自体の存在すらも対消滅させる。それが……』
『まさ、かっ!? ぐ、うぅぅぅぅっ!?!?』
私の言葉を合図に、苦しみ踠くソフィー姉さん。彼女の姿が変わる。天使の姿と地獄の布を纏いし姿。絶え間なく変わり続け、やがてーー。
「ア、あぁぁ……あァあァァぁ……力が……井坂先生からいただいた力がァぁ、抜けていく…………」
姉さんは膝から崩れ落ちた。地に落ちた何かをかき集めるようにしながら、やがえ地に伏す。そうした彼女の容貌は急速に変化していく。ブロンドの髪は艶と色を失い、目は窪み、頬はこけて。今までのソフィー姉さんからは想像できない、欲望も、狂気も、すべてが抜け落ちたような『何もない』姿。緩やかに終わっていく、劇的な破滅とは対極にある姿だった。
「あ…………ァぁ……」
『…………』
だから、私は何もなくなってしまった彼女に告げる。それが彼女にとって、何よりのーー
『さぁ……地獄を、楽しみな』
『地獄』なのだろうから。
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「っ」
ーーグラッーー
大広間から一歩出たところで、私の足は止まってしまう。ドライバーを調整をしてもらっていたとはいえ、流石に3本のメモリの同時使用は身体に負担がかかりすぎたみたいだ。
「……でも、立ち止まっていられない。早く、行かなきゃ……」
遠治くんのところへ。みんなで雪南くんを助けるんだ。
そして、みんなで『平穏』、に……。
ーードサッーー
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