違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

103 / 140
第103話 白砂の迷宮第31層/浪砂漠④

 

 

 それから、すっかり意気投合したアンジェリカ嬢とカスバルが今後についての話し合いを始めた。

 クルルに並ぶ索敵の要であるゼナウに、輸送班であるアミカに騎士クリムもそれに参加。

 それ以外の人員――例えばカトルなどは、暇になっていた。

 

「よっと、ここなら見えるかな。ファム兄さん、大丈夫?」

「問題ない」

 

 そんなカトルは今、休憩地点に聳える岩場に登っていた。

 普段こういった際は魔力回復のために休むのだが、今の彼女にはもう1つの顔――迷書殿見習いという肩書がある。

 

 迷宮の秘密を解き明かさんとする一派の一員として、カトルには今までにない欲求が芽生えていた。

 カスバルの言う、『砂漠の染獣たちは旅をしている』という言葉を確かめてみたい――と。

 

 なので同じく暇そうにしていたアズファムを連れて、こうして高いところに登っているというわけである。

 カトルは岩場の中でも広めの足場を見つけ、寝そべるようにして遠見鏡を覗き込んだ。

 その先には複雑に隆起する砂漠が広がる。少しだけ黄色がかった白い砂丘は、海底だと言われてもそう簡単には信じられない。

 

「あ、でもそうか。そしたら、この岩場の天辺が、陸地だったってことなのかな?」

「そういうことだろう。にわかには信じられないが」

「ほんとだね。海が丸ごとなくなるなんて……あるのかなあ?」

 

 背が高いのも、緑があるのも、海上に顔を覗かせていたからということなのか。

 だとすれば理解もできる……かもしれない。そもそもなんでそんな海水だけがなくなったのかは全くもって分からないが。

 

 100mを超す深さの海――それも、この見渡す景色全てを覆っていた水が染獣になっているのだとしたら。それは途方もない程の質量と力を持った染獣にならないだろうか。

 

「海と戦うなんて、想像もできないけど……私の氷魔法は、きっと役に立つよね」

 

『水』を相手にするのに、自分たちのパーティーは攻撃手段に乏しい。

 今こそ自分の頑張り時だと、カトルは気合を入れるのであった。

 

「さて、染獣は……あ、あれかな」

 

 この砂漠に棲む大抵の染獣は砂の下に隠れるが、例外はいる。

 その内の1体が、砂を集団で駆け抜ける長い角が特徴の羚羊(カモシカ)のような染獣。

 滑羚羊(タッル)である。

 

「確か、岩場の草を探して食べて回ってるんだよね。その行先が、実は『大海の染獣』だった、ってことなのかな……?」

 

 食事のためにも岩場を回ってはいるのだろうが、もっと広い観点から見れば、その先にはもしかしたら海が広がっているのかもしれない。

 

「うーん、そんなことあるのかなあ」

 

 他の染獣ならまだしも、今見ている滑羚羊(タッル)はむしろ海を嫌う側では?

 一応、その少し奥側に動いている砂がある。多分痺砂魚(シビュル)だろうか。そこだけ見れば進む方向は同じだが……。

 

「これだけじゃ流石に分からないなあ。シュクガル様や、タハムさんたちにも話を聞いてみたいけど……ファム兄さんはどう思う?」

「ふむ、そうだな」

 

 下の段から、アズファムの落ち着いた声が聞こえてくる。

 

「長い間砂漠を見てきたカスバルが言うのなら、試してみる価値はあるだろう。他にあてもない」

「むう……兄さんらしい現実的な……もっと浪漫あること言ってもいいのに」

 

 遠見鏡ではなく真下を覗き込んで頬を膨らませるも、アズファムはただただ首を横に振るだけ。

 

「浪漫では守れない」

「……それを言われたら、もう何も言えないよ……あ」

 

 視界の先、岩場の下からアミカが手を振っている。

 どうやら話し合いは終わったらしい。

 

「行こっか。付き合ってくれてありがとうね、ファム兄さん」

「ああ」

 

 岩場を降り、話し合いを終えたらしいアンジェリカ達の下へと戻る。

 

「アンジェ、ゼナウ、決まったの?」

「ええ。必要なことは分かったから、一旦戻るわよ。その間に、彼には31層の染獣を追ってもらう」

「……最初から、そのつもりだったんだが……まあいい」

「……?」

 

 どうやら、カスバルは1人31層で染獣たちの流れを調べようとしていたらしい。

 そこに自分たちがやってきて、突然襲撃をした、と。

 なんだかとっても申し訳ないことをしてしまっていたらしい。

 ただアンジェリカに反省の色はない。

 

「ならそう言いなさい。あんな適当な伝言で分かるわけないでしょう」

「……それは悪かった。代わりに、働くとするよ」

「ええ、お願いね? ――さあ、お試しは終了よ。帰りましょう」

 

 手を叩いたアンジェリカの一言で、一先ずの31層探索は終わるのだった。

 

 

***

 

 

 諸々の話し合いを終えた俺たちは、1度地上へ戻ることになった。

 

「荷造りが終わり次第戻るわよ。クリム、素材の仕分けだけお願いね?」

「勿論です。お任せください」

「あ、アンジェリカさん。少しだけ、薬草の採取をしても……? その、直ぐにすみますから」

「……好きになさい」

 

 皆が帰還のための準備を進める中、俺はカスバルへと近づく。

 彼だけはこの階層に残るので、ここで分かれることになる。その前に、確認しておきたいことがあった。

 

「――カスバル」

「ゼナウか。少し待ってくれ」

 

 彼は岩場の陰になる場所に1人用の天幕を設置し、その中に水場を作っているようだった。

 掘った穴に鞣した革布を被せて固定。

 地上から持ってきた水玉――飲料用の水を生み出す道具を中に放り込んで、水で満たす。

 木の器で掬ったそれをクルルに与えてから、こちらへと振り向いた。

 

 彼は外套を脱いでおり、その素顔を晒している。

 砂漠の砂と熱のせいか、灰色に近い髪色に、茶に焦げた肌には皺が刻まれ始めている。

 それだけ長い間砂漠にいただろうことが見るだけで分かるカスバルが、首を傾げる。

 

「どうした。何の用だ?」

「さっき言っていた、あんたのもう1匹の相棒だが、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「……? 構わないが、どうしてだ?」

 

 まあ、いきなり言われても意味不明だよな。

 俺は屈んでカスバルと視線を合わせると、一瞬だけ、迷宮側へと潜る。

 

「……!! それは……」

「あんたと同じで、俺も少し特殊な境遇でね。この目は、地面や壁を透過して染獣を見分けられる」

「……どういうことだ?」

 

 それから少しの時間をかけて、俺はこの左目について話した。

 といっても、何ができるかの『能力』に関してだけだが。

 要は――俺なら複雑な砂丘も、砂の下も見通して探すことができるってことだ。

 水を飲み終えたクルルが毛繕いまで済ませ、ぶるりと身体を震わせる頃、一通りの話を終えた。

 

「――そうか。つまり、お前ならあいつを探せると、そういうことか」

「あくまで探索範囲が広いってだけだがな。少なくとも協力はできると思う」

「それは助かるが、良かったのか? 結構な秘密じゃないのか、その目」

「んー、能力は基本喋らないようにしてるが、あんたも色々と教えてくれただろ。その対価だと思ってくれ」

「そうか……ならお言葉に甘えるとしよう」

 

 それに『大海の染獣』を探す旅に同行する以上はどうせバレる。

 ならばさっさと情報を共有しておいた方がいいだろう。

 カスバルは頷くと、傍で寝転ぶクルルを指し示した。

 

「あいつ、ヤクルもクルルと同じ狼だ。大きさも変わらない。外見でいえば、唯一、体毛の色だけ違う。あいつは金色だ」

「体毛ね……なら、見れば分かるかな」

 

 この砂漠に狼の染獣はいない。

 クルルと同じ体格の奴を探すのならば、難易度はぐっと下がる。

 

「探索中、見ておくようにするよ」

「頼んだ。……しかし、迷宮の痕跡が見える、か。なるほど、お前たちはその目で迷宮を切り抜けてきたんだな」

 

 しみじみとした低い声が、天幕の中に響く。

 彼の灰色の瞳が、俺の目を見つめた。

 

「その左目は、染痕だろう。良く生きてたな」

「ああ。生きてるのは奇跡だろうな」

 

 そう告げた言葉は思わず吐き捨てる様に口を出た。

 多分、真相に――湖畔の国(ラクトリア)に近づいているせいだろう。

 焦りと怒りが表に出ないようにだけは、気をつけなければならない。

 だから、あえて笑みを浮かべて続ける。

 

「まあ、生き残った代償に記憶全部が吹っ飛んだんだけどな」

「そうなのか? 顔をやられると酷いと聞いてはいたが、そうか。記憶が……」

 

 口元を抑えたカスバルの前に、ふとクルルがやってきて、伏せた。

 ゆっくりと尻尾を振るその背を撫でながら、彼は慎重に、選ぶように言葉を紡いでいく。

 

「お前らのリーダー、彼女はシュンメル家の()()ご令嬢だろ。彼女も、両腕が染痕だったな?」

「……そうだ」

 

 質問の意図が分からないが、アンジェリカ嬢の怪我は有名な筈。

 少しだけ逡巡しつつ頷くと、「やはりか」と納得した表情が返ってくる。

 

「この階層まで来るような奴らは、大抵身体のどこかがおかしい。まともな奴は、1人としていない」

 

 ……俺らは約10層すっ飛ばしてきたので肯定しづらいが、まあ、理解はできる。

 ここまで無傷で辿り着くなんて、本来あり得ないのだ。

 元特選級のアンジェリカ嬢に、その中まであった鉄塊。そして規格外のカトルと、色々な()()をしているだけで、本来は文字通り身を削る戦いを経なければならないだろう。

 

「俺も同じだ」

 

 そう言ってカスバルは腕に巻かれた革布を解いた。

 そこから現れたのは……赤茶けた、鈍い光沢を放つ腕だった。

 

「それは……」

 

 染痕でも、防具を纏っているわけでもない。

 明らかに人間の腕ではないそれは――。

 

「俺は義腕なんだ。両腕ともな」

「義腕だって? 再生しなかったのか?」

 

 地上の人間ならともかく、探索者に義手・義足の類を身に着けた連中は皆無といっていい。

 何故なら、治るからだ。四肢の欠損ですら、迷宮の不思議は治してしまう。

 アンジェリカ嬢がその例である。

 

 だから探索者で四肢が欠損しているというのは、自分の意志で再生しないことを選ぶか、地上で負った怪我でなければありえないのだ。

 だが、カスバルは首を横に振って否定した。

 

「残念ながら、これは魔法でも薬でも治せない。なにせ俺の腕は、まだ繋がったままだからな」

「……? どういうことだ? 義腕なんだろ?」

 

 こいつが言っていた、特殊な境遇。

 その鍵は、どうやらここにあるらしい。

 

「折角だ。少し俺の境遇を話そう。座ってくれ」

「……あんまり時間はないからな?」

「大丈夫だ。大して時間は取らないさ」

「……それなら、まあ」

 

 天幕の中に入り、腰を据えて話を聞く。

 少しだけ間をおいてから、彼は再び話し始めた。

 

「特殊個体は知ってるだろ?」

「ああ。俺たちも10層で遭遇したよ。主が4本腕の化け物になってた」

「ほう、主が特殊個体化したのか? そんな事例、あったか……?」

「この国じゃ俺たちが初めてらしい」

 

 あの後もそんな話は聞いていない。

 よく考えなくても、相当な不運に襲われたよな、俺たち。

 

「そうか。……お前たちも相当特殊な探索をしてきたらしいな」

「見りゃ分かるだろ」

 

 外にある駱駝君を指さしてやる。

 あんなもの、どうやったら誕生するんだよ。

 目の前にあっても理解ができん。

 

「……お前らが遭遇した奴は知らんが、特殊個体っていうのは、討伐されない限り迷宮の循環に巻き込まれずに生き延びる。そのせいか知らないが、長く生き残った個体は、更に独自の変化をしていくんだ。俺が遭遇したのは、そんな染獣だった」

 

 それは、アンジェリカ嬢たちが迷宮からいなくなるよりも少し前の話。

 彼がまだ前途明るい若者だった時代の話だそうだ。

 

「その時の俺は仲間とともに深層の渓谷地帯を探索していた。実力も勢いもあって、将来を有望されたパーティーだったよ。だが、こいつ()に遭遇してしまった」

「渓谷地帯っていうと、16層辺りか? ……こんな狼いたか?」

 

 弾帯獣(ヒルル)礫蜥蜴(クラバ)といった隠れるのが得意な連中がいる階層だ。

 俺らが戦った奴らの中に狼はいなかった筈だが。

 

「今と見た目はまるで違った。断顎狼(オリク)という染獣がいるだろ? 俺が遭遇したのは、恐らくそれの特殊個体だ。……多分だが、誰かが騎獣として連れていったものが生き残ったのだろう」

 

 彼らが遭遇したのは、双頭の断顎狼(オリク)だったという。

 狂暴性も増し、あらゆる身体能力が向上した特殊個体。

 

「激しい戦いの末、俺たちは壊滅させられた。ただ、奴も相当に深手を負っていたんだ。互いに余力はあと僅か。だが、限界なのは明らかにこちらだった。だから俺は仲間を逃がすために1人、奴を道連れに谷の底へと落ちたんだ」

 

 落ちる寸前、カスバルは自身の武器を奴の胴に突き刺し、代わりに双頭の狼は彼の両腕をそれぞれ食いちぎった。

 彼はそれでも構わずに獣の身体を押し込み、谷底へと落下した。

 その結果は――。

 

「奴の身体は真っ二つに裂け、俺はその間で潰れて死んだ……筈だったんだがな。気付いたら、俺は再び目覚めていた」

 

 彼が目覚めた時、足元は血の海だったという。

 そして彼の荷は落下の衝撃で砕かれ、それなりの数持っていたという薬品の類も混ざり合っていた。

 その中には回復薬も相当数あっただろう。

 それが、どんな影響をもたらしたのかは不明だが――。

 

「意識を取り戻した俺は直ぐに気がついた。両腕が失われていると。そして双頭だった筈の断顎狼(オリク)は、2匹の獣になって復活していた」

 

 義腕となった手で、眠るクルルを撫でる。

 元々1つの染獣だったものが2つに……だから、見たことのない狼の姿なのか?

 そして今の話が、こいつが義腕となった理由なのだろう。

 

「つまり身体が治ったのに、腕だけがなくなってたってことか?」

「ああ、そうだ。その後地上に戻って治療をしてみたが、魔法でも回復薬でも腕は再生しなかった。どうやら俺の『両腕』は失われたんじゃなく、未だ繋がったままらしい」

「……どういうことだよ、それ」

「さあな。学者でもないんだ。細かい原理なんて知らん。そもそも魔法やら回復薬を使えば失った身体があっという間に再生するんだ。再生の『結果』がおかしくなることぐらいあるんじゃないか」

「……」

「ああ、それと」

 

 思い出したように、カスバルがクルルの背を撫でる。

 

「あの断顎狼(オリク)も、そこから生まれたこいつらも、異常なほど再生力が高いんだ。四肢の欠損くらいなら数時間で戻る」

「そりゃ、凄いな……」

「あいつが特殊個体たる所以だったのだろう。もしかしたら、俺はその再生に巻き込まれたのかもな」

 

 話しながら思い出すのは、数日前のスイレンとの会話だ。

 第三都市、そして湖畔の国(ラクトリア)からの刺客であった奴は、肉体に埋め込んだ染獣の核に身体を乗っ取られそうになっていた。

 それは肉体の占める存在割合とでもいうべきものが、逆転した事によって起きたと、スイレンは言っている。

 

 それと比べてこのカスバル――いや、正確にはクルルの方か。

 こいつらの再生時にカスバルの腕が混ざったことで、訳の分からない存在になったということらしい。

 俺の左目やゲナールの染獣核のように。

 クルルの中にはカスバルの腕が組み込まれているのだろう。

 

「以来こいつらは俺の両腕で、家族だ。だから俺は仲間と腕を探してるってわけだな」

「……何が何やら」

「言ったろう。特殊なんだよ」

 

 本当に特殊だった。

 しかも、かなり()()()な。

 

「そ、その話、詳しく……!!」

「うぉっ!?」

 

 ……来ると思った。

 いつの間にか湧いて出たスイレンが、天幕から顔を覗かせている。

 さっきまで岩場に登って採取をしていた筈だが……。流石のカスバルも身体を震わせ驚いていた。

 

「なんだ、急に……」

「話は聞かせて貰いました! 染獣側に人の部位が混ざって生まれた生命体……半染獣とでも言いましょうか! まさか、この子の出自がそういったものだったとは……!! ぜひ、ぜひもっと詳しい生態を教えてくださいませんか!?」

「い、いや、それは……」

「……じゃあ、俺はこれで」

「おい、待て、ゼナウ! 待って」

「そっちはいいですから、早く、その話を詳しく……!!」

 

 それからはひたすら質問攻めするスイレンと叫ぶように回答するカスバルの声を聞きながら、戻るための準備を進めていくのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。