違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第105話 忍び寄る②

 

 

 

 深夜。

 とても眠そうな、不機嫌なミンナたちに拾われシュンメル邸へと戻った俺を、その数倍は不機嫌なカトルが出迎えた。

 むぅと頬を膨らませ、微かな灯りが揺れる玄関口の前に立ち塞がっている。

 

「随分と遅いお帰りね?」

「……ああ……」

「え? ちょっと、ゼナウ? 大丈夫?」

 

 だが彼女もミンナたちと同様に、俺の青ざめた表情を見てすぐに態度を変える。

 怒りはどこへやら、慌てて腕を持って支えてくれる彼女に感謝をしつつ、今は目的を果たさなければならない。

 

「悪い、今は……アンジェリカ嬢は?」

「――ここにいるわよ」

 

 ふらつく顔をあげれば、玄関を開いたアンジェリカ嬢がそこにいた。

 他の連中に比べればマシだが、その顔には『不満』とはっきりと書かれている。

 

「時間がないと言ったでしょう。それをこんな時間まで……ただ、収穫はあったようね?」

「ああ」

 

 とびきり、面倒な奴がな。

 重たい身体を何とか動かして、玄関へと向かう。

 

「全部話す。鉄塊も悪いが起こしてくれ。カトルも、眠いだろうが頼む」

「う、うん……」

 

 直ぐに集めて、話を始める。

 俺が奴らから聞いた、迷宮都市で起きていたことについて。

 

 

***

 

 

 少し時間は巻き戻り。

 カイの離れにて、ナスルは彼の知っていることを話し始めた。

 

「――第三王子に技術提供をしたのは、湖畔の国(ラクトリア)の迷宮技術官という役職の連中だった」

 

 石造りの壁に、彼の声が僅かに反響する。

 天井から吊るされた最低限の明かりが、彼の青ざめた頬を赤く塗る。

 

「聞いたことのない言葉だな」

「あってたまるか、あんなもん」

 

 吐き捨てる様に言う。

 どうやら、相当に危険な連中らしい。

 

「奴らの目的は名前のまんま。『迷宮の資源を技術に』だ。それもこの国がやっているような、染獣の核を使うのとはワケが違う。もっとヤバいことをやろうとしてる。……その実例は、もう知ってるだろ?」

染人(タグァ)……ゲナールがそう言っていたな」

 

 俺の言葉に、ナスルが音が鳴りそうなくらい勢いよく指を向けてきた。

 

「それ! 人体に染獣の素材をぶち込むとかいうイカれた発想だよ。ゲナールは核で、お前さんは眼球だろ? 成功すりゃそれなりに凄い力は得られるだろうが、失敗作は……悲惨だぜ?」

 

 大仰に天井を見上げて顔を覆うナスル。動きが派手な男だ。

 先ほどまでの慌てようを見るに、こいつもかなり焦っている筈だが、冷静さを欠くほど動く癖でもあるのだろう。

 

「……ふむ」

 

 失敗作に、成功作。

 同じ言葉は、それこそゲナールから聞いていた。

 ゲナールは生き残った『成功例』なんだろうが、その失敗作となると……。

 

「……身体が、染獣の一部みたいになる?」

「おっ、良く知ってんねえ! ……あ、まさかゲナールも?」

「ああ。最後は全力を出して腹が染獣みたいに毛むくじゃらになった」

 

 頷くと、途端に表情を歪めた。

 

「マジかよ……どおりで騎士連中の動きが早かったわけだ。とんでもない証拠、握られてたんだな」

 

 仰け反ってカイを睨むナスルだが、カイは笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 どうやらカイは騎士団周りの情報を伝えてはいない様だ。

 あれでも一応は騎士の1人。その辺りはちゃんとしてるってわけだ。

 

 ……あれ? もしかして俺が迂闊に情報をぺらぺらと喋ったら危ないのか? 主に、ナスル(こいつ)の命的なアレが。

 

 ま、まあ俺にそんな機微が分からないのはカイも承知済みだろう。

 俺とこいつを会わせたんなら大丈夫だろ。もしもの時は……すまん。

 一旦気にしないことにして、話を続ける。

 

「それで、その迷宮技術官ってのが染人(タグァ)を作り出してたと」

「おう。そうだ。まとめ役の男が1人と、その手下が……5人くらいか? 怪しげな装置を迷宮都市に置いて、色々と実験をしてやがったよ」

 

 湖畔の国(ラクトリア)からの来訪者たち。

 第三王子に技術と戦力を提供する代わりに、王子は場所と()()の提供をしたということだろう。

 

「ちなみに、俺が用があるのがその手下の1人です。戦うときは、1人は貰いますよ?」

「……そうか」

 

 そういえば、カイは人を探してるんだったな。

 そのために人を攫ってこんなとこに閉じ込めてるんだから、恐ろしい奴である。

 

「その実験ってのは何をしてたんだ?」

「……単純だよ。そのまとめ役の男が1人で深奥層まで潜っては染獣をぶっ殺してきて、その()()を王子様が提供した連中に埋め込んでんだ。毎回埋め込む部位を変えたり、素材の条件を変えたり、色々やってたぜ」

「……素材の条件?」

 

 呟いた声には、首を横に振るだけで答えはなかった。

 聞かない方がいいと、そういうことなのだろう。

 ……想像はつく。何なら俺の想像よりも遥かに非道的な行為に手を染めていそうだ。

 

「で? その実験とやらの結果は?」

「殆どが失敗。大失敗だ。何十人と犠牲にして、生き残ったのはゲナール含めて……3人くらいだったか?」

「そんなに少ないのか……」

「ああ。……あいつが、ゲナールが言ってた。迷宮を受け入れるには、オレたち人間は()()弱すぎるんだと」

 

『――小さな器に、大量の石を押し込んだら壊れてしまうでしょう? 生き残れるのはたまたま器が大きかった怪物か、穴が開いた……元々壊れた器だけですよ』

 

『落水』として活動するようになってしばらくが経った頃。

 絶叫をあげて異形へと変貌していく被検体の最期を眺めながら、彼はそう言ったのだという。

 

「……ゲナールは、生まれつき魔法が使えない体質だったらしい。魔力を作るのがとにかく下手で、そのせいで身体も貧弱だった。生活苦で犯罪に手を染めて、迷宮都市に来たクチだな。最初に見た時、あいつ骨と皮しかないんじゃないかってくらい細かったんだぜ?」

 

 両手を向かい合わせて細さを表現している。

 ……剣1本くらいの隙間しかないが、それ、流石に死んでないか?

 俺もカイも全く反応せずにいると、少し不貞腐れながら話を続ける。

 

「……んで、そこに染獣の核を埋め込まれたところ……これが見事生還。しかも苦手だった魔力がたっぷり作られるようになって、あいつは魔法使いとして一気に一級品になった。魔力が足りなかったせいで生き残ったっていう、稀有な例だったらしいぜ?」

「そんなことが……」

 

 確かにゲナールの火魔法は恐ろしい程に強力だった。

 あれが彼本来の資質ではなく、染獣核によるものだったと。

 

「てことは、他の連中も?」

「そう思うだろ? だがそう上手くはいかなかった。ゲナールの成功を受けて似た体質の奴を連れてきたらしいが、大失敗だとよ。ゲナールは運が良かっただけかもしれねえな?」

 

 なんて曖昧な……。

 技術を作り上げるってのはそういった事例の積み重ねなのかも知れないが、それが人相手で、しかもこの国の人間を使うっていうのが大問題なのである。

 だが、そこには疑問が湧く。

 

 彼らには話していない俺の過去。

 俺は、迷宮病患者たちが詰め込まれた病院にいた。

 あそこにいた連中は、一体何だったんだ?

 

 だって、俺含めてそれなりの数がいた。それはつまり、『既に多くの人間が犠牲にされていた』ということだ。

 数をこなして、技術も確立していただろう。ならなんでそんな失敗が起きる?

 

「なあ、なんでその迷宮技術官はこの国でそんな実験をするんだ? 自分の国でやれよそんなもん」

「……オレはこの国で雇われた側だから詳しくは知らねえんだが……どうも、奴の研究自体が湖畔の国(ラクトリア)じゃ既に失敗扱いされてたらしい」

「は?」

 

 染人(タグァ)作りが、失敗した研究だって……?

 

「よく考えろよ。人間を消費して、しかも失敗だらけ。成功しても【迷宮病】やら【迷素遺伝】持ちと比べてちょっとだけ強かったり便利だったりする能力が得られるだけだ。そんな不確かな技術、国が採用するわけねえだろ? あっちの国でも、探索者ってのは貴重なんだ」

「……それは、確かに」

 

 ゲナールのことを成功例なんて言ってたが、俺もあいつも失敗作だったか?

 いや、それなら尚更分からない。

 

「なら、なんでこの国で続けてるんだよ」

「――かの国では禁止された。ならば他国で、その国の人間を()()にしてやればいい」

 

 その問いに答えたのは、ナスルではなく、その後ろにいたカイであった。

 ふっと笑みを浮かべた彼が、大仰に肩を竦めてみせた。

 

「そういうことでしょう? 全く、舐めているにも程がある」

「……失敗した、研究……」

 

 湖畔の国(ラクトリア)が国を挙げてやっている禁忌の研究じゃ、ないのか?

 なんだよそれ……。

 

『――――痛い、痛い痛い痛い! 嫌だ、こんなの……』

『た――っ、逃げて!』

 

 なら、なんで俺の家族は死ぬ必要があった?

 なんで俺は記憶を奪われ、こんな左目を埋め込まれる必要があった?

 

 それら全部……要らない犠牲だったと?

 そんなこと……!!

 

「――どうされました?」

 

 沸騰しかけた頭に、カイの声が響く。

 はっ、と顔をあげれば、鋭く細めてこちらを見つめる目があった。

 まるで、こちらの考えを見透かしているかのように。

 

「随分と考え込んでいるようですが、何か気になることでも?」

「ああ、いや、それは……」

 

 駄目だ。今は感傷に浸っていい場所じゃない。

 頭を振って思考を無理やり切り替える。

 ええと、奴らの研究が失敗認定されて、湖畔の国(ラクトリア)で禁止された、だったな。

 つまり、湖畔の国(ラクトリア)ではもう染人(タグァ)は作られていないってことか?

 

「――あ」

 

 そうか。だからあの病院があったのか!

 俺が目覚めた時にいた、迷宮病の患者が詰め込まれていたあの病院。

 あそこは実験の失敗作が送り込まれる隠蔽場所ではなく、『禁止された実験の哀れな被害者たち』を療養させる場所だったってのか。

 

 記憶だけを消して生かされたのも、そういう事情なら納得がいく。

 迷宮にさえ潜らなければ、多分埋め込まれた染獣の一部は悪さをしない。

 探索者は一部の特権階級の連中がなるもの。決して交わることはない、という算段だったのだろう。

 監獄島なんて場所が存在し、そこに俺が辿り着かなければ……。

 

「なんだよ、急に黙って。なんかあんのか?」

「……悪い。ちょっと、衝撃が凄すぎただけだ」

 

 本当に、必死で追っていたのが馬鹿みたいじゃないか。

 これじゃ湖畔の国(ラクトリア)に行ったところで何も得られない。

 きっと、あの国に染人(タグァ)作りの資料も関係者も残ってはいないだろう。

 

 そいつらがいるのは湖畔の国(ラクトリア)ではなく――この国。

 ナスルの言っていた製作者とは、そういうことだろう。

 ……ならばいい。むしろ、目標が近づいてくれるってわけだ。

 ゆっくり息を吐き出して、ナスルを見た。

 

「続けよう。要は別の研究に居場所を奪われた連中が、この国で実験を繰り返してるってわけか」

「そのようです。例え犠牲者を出そうとも、『完成品』ができれば、国に価値を示して返り咲ける……そんなところではないですか?」

「勘弁してくれよ……」

 

 そんなんでこの国の人間たちを浪費されるなんて溜まったものではない。

 第三王子は、とんでもない連中を引き込んでくれやがったらしい。

 

「……? 待て。ってことはだ。少なくともその迷宮技術官にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか?」

「……可能性はある。国としてはみつかりゃ厄介になるから確保しておきたいが、最悪はその技術官連中を切れば済む話だ。そもそも、国としては捨てた筈の技術だからな」

「――という建前、の可能性も捨てきれませんけれどね?」

 

 皮肉たっぷりのカイの言葉に、ナスルは鬱陶しそうに手を振る。

 

「そういうのはややこしくなるからいいんだよ」

「大事ですよ? 今は首都にまで奴らの手がかかろうとしてるんです。目的を見誤ったら、それこそ大事が起きるでしょう」

「……そう、そこだ。問題は、奴らが何をしに来るか、だ」

 

 ここに来た一番の理由。

 これを聞かなければ、アンジェリカ嬢にあわす顔がない。

 が、返ってきたのは言葉ではなく、やけに生暖かい2人の視線であった。

 

「何しにって……なあ?」

「そうですね。今の話を統合すると、目的は1つでは?」

「……? なんだよ」

「いや、何って……」

 

 ナスルの手が上がり、指が伸び――俺を指さした。

 

「……俺?」

「他にあります? そいつらが欲しいのは染人(タグァ)の成功例。なら、目玉を埋め込まれて生き延び、人類踏破限界を超え、もう1人の染人(タグァ)であるゲナールさん?を殺したあなたは……欲しくてたまらない素体ではないですか?」

「……」

「まあ、俺が知らないだけで、他に染人(タグァ)がいるというのなら、別ですけれど」

 

 少なくとも、この首都(ワハル)にはいないだろうなあ……。

 ああ、クソ。今ならゲナールの言っていたことが良く分かる。

 

染人(タグァ)はまだまだ発展途上。情報はいくらでも欲しいようですよ? 特に……彼らの支配域を離れて尚その力を開花させた、あなたみたいな特殊個体には』

 

 確かこんなことを言っていた。

 何が発展途上だ。そもそも研究打ち切られてんじゃねえか!

 

「まさかの、俺狙いかよ……」

「ええ。国を相手取る必要もない。ただあなたという人間を狙って攫えばいいのだから、平然と首都に乗り込んでくるでしょう。もしかしたら、もうどこかに潜んでいるかもしれませんね?」

 

 もしかしなくてもいそうだ。

 

「勘弁してくれ……」

「ま、まあ狙いが分かって良かったじゃねえか!」

 

 だがこれで分かった。

 追い詰められたのは第三王子だけかと思ったが、湖畔の国(ラクトリア)の連中も相当な苦境に立たされているようだ。

 

 なら、戦いようがある。

 国そのものじゃなく、その国を追われつつある少数が相手なのならば。 

 

「……そうだな」

 

 頷き、手を強く握る。

 これで大分情報は集められた。

 後欲しいのは、1つだけ。

 

「……1つ、聞かせてくれ。その迷宮技術官という男。何か特徴はないか? 例えば――黒く光る剣を持っている、とか」

「あ? なんで知ってんだよ」

「……ああ、そうか」

 

 やはり、そうか。

 そういうことだよな。

 

「それだけ聞ければ、十分だよ」

 

 どうやら、文字通り最後の戦いが、目の前に迫っているらしい。

 

 

 

 

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