違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第106話 忍び寄る③

 

 

 

 ナスルたちから聞いた、第三王子の迷宮都市の真実。

 迷宮技術官とかいう連中、そのまとめ役である黒剣の男。

 そして奴らが何を目的にしているのか。

 その全てを、俺は皆に伝えた。

 

「……」

 

 全員が押し黙り、沈殿する夜の静けさも相まって談話室には重い沈黙が広がる。

 鉄塊は目をつぶって腕を組み、カトルは視線をさ迷わせた後、俯いている。

 最後のアンジェリカ嬢は顔を抑えながら深い息を吐き出した。

 

「……そんなことが。色々と、想定外ね」

「その人たちが狙ってくるのがあの人の死体じゃなくて、ゼナウってこと、だよね?」

「そうらしい。もっと大それたことをしでかすのかと思ったが……拍子抜けだ」

「本当にね。わざわざ湖畔の国(ラクトリア)までレウを送り込んだというのに。とんだ無駄足だわ」

「レウさんだったのかよ……」

 

 他国にあっさりと忍び込んで生還して来るとか、相当な実力者じゃないと無理だろ。

 どうりで強いわけだよ……何者なんだあの人は。

 

 まあそれはともかく、彼女によって調べられた俺の過去が、湖畔の国(ラクトリア)にとっては『既に終わったこと』だったわけだ。

 そして、そのせいでこの国の人間が数多く犠牲になっていて。おまけに首都に迫る残党は、証拠の奪還でもなく民間上がりの探索者を狙っている……と。

 全て予想を下回る駄目っぷりである。

 

「でも、あなたにとっては幸運でしょう?」

「……ああ、そうだな」

「ゼナウの家族を奪って、左目を埋め込んだ人……第三都市にいたんだね」

 

 正直、黒剣の男については皆に黙っておくということも考えた。

 奴らの目的が俺だというのなら、皆から離れて1人で戦えばいい。

 迷宮に潜るか、地上の砂漠で待ち受けるのもいいだろう。

 

 そうすれば皆は『大海の染獣』に集中できるし、俺もあいつを殺すことに専念できる。

 お互いに利がある選択の筈だ。

 だが……。

 

 俺は皆に向き直り、頭を下げた。

 

「悪い。『大海の染獣』の前に障害ができそうだ。……すまないが協力してくれ」

「「当然!」」

「任せろ」

 

 もう、そんなことを考える必要はない。

 俺たちは一蓮托生。

『大海の染獣』を見つけ、倒すと誓った。

 そしてアンジェリカ嬢は俺の目的――あの男を殺すことに協力すると約束した。

 今こそ、その両方を叶える時だ。

 

「あなたの目は『大海の染獣』探しに必須なの。いなくなられたら困るわ」

「……ありがとう。よろしく頼む」

 

 告げた言葉には皆の笑顔が返ってくる。

 カトルの満面の笑み。鉄塊の微かに緩む口元。そして、アンジェリカ嬢の微笑み。

 あの監獄みたいな島から、ここまでやってきた。

 あと少し。これを乗り越えればすべてが終わる。疲労で意識がぼやけそうになるのを、頭を振って切り替える。

 

「奴らと戦うにあたって、急ぎ解決しなきゃいけない問題が1つ。……このままだと、この家が狙われる可能性が高い」

「……そうね。あなたを狙うのならば、寝所を狙うのが手っ取り早いでしょうね」

「あっ、確かに」

 

 例えばこんな夜間とかは……襲うに丁度いいのかもしれない。

 

「警備を増やす必要がある、か」

「ああ。念のためミンナたちには移動中に伝えてある」

「あ、だから……」

 

 先ほどから使用人たちも慌ただしく動いている。

 恐らくは警備態勢を急ぎ強化しているのだろう。

 

「……主である私を差し置いて指示はやめて欲しいのだけれど。緊急事態だから仕方ないわね。朝になったら本邸から応援を呼んでおきましょう」

 

 聞いている限りは、敵の数は多くて10名以内。恐らくは5~6名程度。

 ただその少数名は湖畔の国(ラクトリア)の禁術に携わる連中だ。

 油断は厳禁。最大の警戒をすべきだろう。

 ただ、希望もある。

 

「ナスルの予想では、奴らはまだこの都市にはいない可能性が高い」

「というと?」

「あの都市にあった証拠を隠蔽する必要があるだろ。恐らくは船で自国に送り返すんだろうが、その作業に時間を取られてる筈だ」

「……なるほど。筋は通るわね」

 

 あの都市の状況は俺よりアンジェリカ嬢の方が良く知っている筈。

 短い期間だが調査が行われ、そこには情報がなかったのだろう。

 やはり敵が到達するまで、もう少しだけ間があるようだ。

 

「そうなると、少しは迎え撃つ余裕がありそうね」

「ああ。容姿の情報も貰ってる。ミンナに渡しておいたから確認してくれ」

「助かるわ。ルトフたちに回して、指名手配もしておきましょう」

 

 どれだけ効果があるかはわからないけれど、と呟きが続く。

 湖畔の国(ラクトリア)の技術は未知数。そして侵略戦争が途絶えた世界で侵入者を防ぐ機構は少ない。

 そして俺らが砂漠に入るのはあと10日以上後。

 流石にそこまでは待ってくれないだろう。

 

「そしたら、その少しの時間で対策を練らないとだね。『大海の染獣』の準備は進めるんだよね?」

「当然よ。そこは止めない。並行で進めるわよ」

「なあ、『大海の染獣』探しを早めることはできないか? 早めに砂漠に入れば、そこへ誘導できる」

「……難しいわね。探すだけなら早められるでしょうけれど、その先は無理。準備が間に合わないわ」

 

 息を吐きながらそう言って、首を横に振る。

 

「今回は人数を集めているから尚更よ。勝手はできない。……さて、どうしたものかしら」

 

 前の『落水』のようにおびき寄せて倒せればいいと思ったんだが……今回はいつ襲撃してくるかが分からない。

 

「……」

 

 全員が押し黙って、部屋に静寂が訪れる。

 その静寂を破ったのは、まさかの人物。

 

「――俺に提案があるんだが、いいか」

「ファム?」

 

 皆の視線が集まった先。

 黒い獅子の顔が、にっと笑った。

 

「襲撃時期がわからないなら、限定してやればいい」

「……具体的には?」

「ゼナウにはしばらく、行方不明になってもらう」

 

 ……はい?

 疲労でおかしくなって聞き間違えたか?

 

「行方不明? どこかに隠れるということ?」

 

 ……聞き間違いではないらしい。

 

「ああ。そして、大々的に告知をするんだ。『大海の染獣』の討伐と、その参加者を」

「……?」

 

 彼の意図を直ぐに理解できず、カトルと揃って首を傾げた。

 だが、アンジェリカ嬢は違ったらしい。

 

「……!!」

 

 ガタリと立ち上がり、見開いた目を鉄塊に向けた。

 だが直ぐには言葉を紡がず、被りを振ってから、ゆっくりと、確かめるように口を開く。

 

「ジンを……あの子を使うつもり?」

「そうすれば、両方を取れる」

 

 2人だけに通じる言葉で会話を続けるので、俺とカトルは互いを見合って再び首を傾げる。

 こっちの2人は、完全に頭が回っていない。そろそろ限界である。

 

「……危険ね」

「勝てばいい。今まで通りだ」

「そうね。これで、最後だしね」

 

 アンジェリカ嬢が笑みを浮かべて俺を見た。

 ……あ、何となくわかった。

 これ、厄介なやつだな?

 

「決まりね」

「……説明を求める」

「ゼナウには、明日から行方不明になってもらう。以上!」

「だからその説明をしろ!」

 

 俺の叫びにアンジェリカ嬢がこれ見よがしに溜息を吐くと、ファム、と鉄塊の名を呼んだ。

 それに頷きを返して、鉄塊が口を開く。

 

「お前の言う通り、敵を砂漠に誘導するんだ。ただ普通に砂漠に潜るだけじゃ相手も気づかない可能性があり、準備を待っている間にこの屋敷に襲撃が入る可能性がある。……だから、大々的に告知をするのさ。『ゼナウは今ワハルにも迷宮にもいない。ただし、今から20日後に『大海の染獣』討伐班に加わる』……と」

「……なるほど。それでジンを使うのか」

「そう。あの子の王子就任と同時に、王子として行う最初の事業としてね」

 

 国として盛大に『大海の染獣』討伐を発表し、その討伐班に俺の名前がある。

 そしてそれと同時に俺が姿を消せば、連中に残された襲撃の機会は『大海の染獣』討伐の瞬間に限定される……と。

 

「だが攻めてくるか? 俺たちは10人越えの大所帯になるぞ?」

「攻めてこないというのならそれまでよ。もし奴らの状況が情報通りなら、もう後には引けない筈。そこで戦わずに逃げるのであれば、どのみち奴らは終わりよ。一応、唯一怖いのは『大海の染獣』討伐後だけれど……そこはしっかりと対策をすればいい」

「……賭けだな」

「そう。賭けよ。でも、これなら胴元は私たちになる。問題は、必ず『大海の染獣』を手に入れて、誰も死なせないことが条件に入るわね」

 

 ……厳しい条件だ。

 だが、やる価値はあるし、他に思いつく案もない。

 そして何より時間がないのだ。

 

「わかった。やろう」

 

 これで方針は決まった。

 後は――。

 

「それで、行方不明って……俺はどこに行くんだ?」

 

 まさか本当にどこかに幽閉されるわけもない……よな?

 俺の怯えを察知したのか、鉄塊がふっと笑うと、立ち上がって壁へと歩き出す。

 

「お前が行くのは――」

 

 そこに立てかけられている地図に、彼は指を突き立て、その名を告げた。

 

「……マジかよ」

 

 それは、今となっては随分と懐かしい場所――監獄島であった。

 

 

***

 

 

 それから数日後。

 俺は、海の上にいた。

 静かな、水を掻き分ける音と軋む船体の音だけが聞こえる中、俺は1人呟く。

 

「……なんでこうなったんだ?」

 

 あの後、疲労困憊で眠って起きたら、出発準備は完了していた。

 俺は最低限の装備を整え、連れて行かれるままに船に乗せられた。

 思い立ったら即行動。シュンメル家の豪胆さはあの時から変わっていない様だ。

 

 海上を進む船が目指すのは当然、監獄島。

 アンジェリカ嬢が管理する、どの国にも属さない非合法迷宮である。

 彼女が本来の目的である『大海の染獣』探しに赴いた後も、ひっそりと運営は続けられていたようだ。

 

 彼女曰く、そのうち別の相手に売り渡すなりする予定らしいが……今は残っていることに感謝しなければならない。

 

 ちなみに前回は商船に乗っていたため、いくつかの港を経て十数日もかかった船旅も、今回は直行便のため数日で到着予定。

 

『竜や『踏み鳴らし』なんかの迷宮素材をふんだんに使った、我が家の誇る高速船よ。これなら安心安全! 追いつかれる心配も無用よ!』

 

 そう豪語していたアンジェリカ嬢の言葉通り、監獄島へ突き進む船はちょっと怖いくらいに早い。

 監獄島での滞在予定は6日。せっかくなので修業もかねて迷宮に入るつもりだ。

 以前は6層が精々だったが、今なら、当時の最深である16層まで潜れるだろう。

 戦いに向け、装備や身体の動きの調整もしておきたい……のだけれど。

 

「なんでじゃろうのう……」

「なんでですかねえ……」

「なんでだろうねー」

 

 そんな俺を見て、楽し気にしている三人衆がいた。

 シュクガル老にタハムにカトル。

 今回の船旅、否、俺の『行方不明』には、迷書殿の上から2人(トップツー)が同行することになった。

 

 ……これも、なんでだ?

 

『ゼナウ1人では行かせないから!』

 

 港に積み上げられた荷物の横で、カトルが拳を握ってそう言っていた。

 そして何故だかその横に、この2人の爺が並んでいたのだ。

 

『他の迷宮を見られる機会は、そうないからのう』

『楽しみですね、シュクガル様』

『『ふふふ……』』

 

 こいつら、所用で不在なんじゃなかったのかよ。

 

『どこから聞きつけたのか……恐らくカトルでしょうけれど。ああやって押しかけてきたのよ。……まあ、護衛にはなるでしょ』

 

 アンジェリカ嬢も諦めたようにそう言っていた。

 まあ実際、聞きつけて僅か数時間で乗り込んできた胆力と行動力は確かに役に立つだろう。

 

「監獄島とやらはまだ16層が最深じゃったか?」

「ええ。つまりそこから先はまだまだ未知。きっと、誰にも手を付けられておりませんな」

「……ありえんとは思うが、白砂の国(ハルモラ)の迷宮で文明を回収して回っている輩がいないとも限らん。誰も手を付けていないなら……もしや……」

「「ふふふ……」」

 

 ……多分。

 

 ちなみに、アンジェリカ嬢たちも万が一の襲撃に備えて屋敷からは移動している。

 万が一襲撃があっても建物は空っぽ。行方不明をより強調出来るってわけだ。

 その行き先は俺も知らない。ただ、ワハルに戻れば合流する手筈になっているからそこは問題ないだろう。

 迷書殿の連中にはばっちり捕捉されているのは、結構な問題な気もするけれど。

 

「大丈夫なのか、あれ」

「いい人たちだから、大丈夫だよ、多分」

「せめてお前は不安がらないでくれ。頼む」

 

 単独で監獄島に潜って訓練でもするか、と思っていたのに、気付けばこんな変な集団になった。

 久しぶりの監獄島。よくわからない探索になりそうだ。

 

 

***

 

 

 そうして監獄島へとついた俺たちは地下施設――では当然なく、地上の特選級区画へと向かった。

 

「以前、アンジェリカ様が使われていた邸宅をそのままにしております。こちらをご使用ください」

「ほほう。豪勢じゃのう」

「それよりもこの島ですよ、シュクガル様。こんな場所に島があったとは。しかも、迷宮があるんですよ? 早速調べねば……!!」

 

 ずかずかと中に入っていく迷書殿の2人は、1人だけ連れてきていた見習いとシュンメル家の使用人に大量の荷物を運ばせている。

 何十日も滞在できそうな荷物だが、なんなんだありゃ。

 

「自由だな……」

「た、頼りにはなる人たちだから……とりあえず、荷物置こっか」

 

 彼らの言う通り部屋は豪華である。

 まずは荷物を置いて休憩――しようとすると、シュクガル老が振り返った。

 

「それで小僧。いつ潜る?」

「気が早いな……」

 

 一応、俺が知っている限りのこの監獄島の情報は伝えてある。

 俺や鉄塊がいた地下労働施設には行かず、アンジェリカ嬢たちが使っていただろう別の入口から潜ることになる。

 一応、各階層の情報は貰っているが……。

 

「やっぱついて来るのか」

「当然じゃろ。なあに、儂らは基本戦わん。邪魔はせんよ」

「どうせなら戦えよ……あんた強いんだろ」

「勿論危険になったら助けには入るわい。安心せい」

「……」

 

 俺も訓練のつもりだったからいいんだが、なんか腑に落ちない……。

 

「私は戦うからね」

「……頼む」

「で、いつ潜る? 階層はどこじゃ?」

 

 この爺……。

 もういい。こいつらのことは考えないようにしよう。

 

「明日の朝。16層に行く」

「ふむ。16層というと……むむ、ここか。あんまり期待はできそうもないのう」

「文句言うなら別のとこ潜れ。大して変わらないと思うがな」

「いえいえ、それには及びません。意外と探せば、掘り出し物もあると思いますし。ね?」

「そうじゃのう。まあ、潜ればどこでもええわい」

 

 なら文句言うなよ……!!

 駄目だ、話してるだけで疲れる……。

 

「騒がしい探索になりそうだ……」

「あはは……。それで、ここの16層ってどんなところなの?」

「ん? ああ、全体が洞窟になっているんだが、至る所から火が噴き出るらしい」

「うわ、それは暑そうだね……氷も利かなそう……工夫しないとなあ」

「砂漠での長期戦闘にはいい訓練だろ? さ、今日は休もう」

 

 砂漠とはまた違った高温環境。

 こちらは触れれば命の危険もあるのだから、環境の厄介さは上だろう。

 カトルの氷に、俺の左目。

 

 最後の2連戦に向けて、できる限り鍛えておかなければ。 

 あの男を殺し、『大海の染獣』を手にするために――。

 

 こうして、ほんの数日の監獄島探索が始まるのであった。

 

 

 

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