違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第108話 監獄島の迷宮第16層/溶石洞②

 

 

 

 

 ゼナウ達が監獄島へと向かっていたその頃。

 白砂の国(ハルモラ)の首都ワハルにて、とある声明が発表された。

 

 ――第三王子クリド、およびその配下の探索者多数。迷宮内で消息不明。

 

 原因は染獣の襲撃。彼らのいた迷宮都市が壊滅し、もぬけの殻となっていた。

 すぐさま騎士団による討伐隊が結成され、件の染獣は討伐済み。

 現在は彼らの行方の捜索が行われているという。

 

 病床の国王に代わり第一王子バクシムによって出されたその声明に、多くの人々は驚き、混乱した。

 第二王子に続いての迷宮での悲劇。

 やはり王族が迷宮に潜るのは危険であると思うものも少なくはなかった。

 

 だがその声明には続きがある。この悲劇を受け、国王は新たな決断を下したのだ。

 それは、もう1人王子を擁立すること。

 

 ――第二王子ルシドの実弟、ジンを白砂の国(ハルモラ)第四王子として認定する。

 

 ルシドの弟として元々市井からも知名度のあった彼。しかも声明と同時に公表された実績によると、人類踏破限界である20層を突破したという剛の者。

 実力に人気。その両方の後押しもあり、人々は直ぐにジン王子の誕生を受け入れた。

 

「第三王子の弟妹に継承権を」という声も僅かに上がりはしたが、一番年長の者がまだ学院生ということもあり控えられた。

 更に極一部の者――例えばどこかの執事長など――はジンの踏破記録が改ざんされた物だと騒ぎもしたが、協会にも騎士団にも否定されて直ぐに沈静化した。

 

 こうして直ぐに人々に受け入れられた第四王子ジン。

 国中の注目を一身に集めた彼が、最初の政務として掲げたもの。

 

 それは、この国の水不足改善であった。

 

 ――この国は今、ゆっくりと死につつある。

   近い将来水源は枯れ果て、我らも砂漠の砂の一部となろう。

   だが、それを解決するものが迷宮にはある。

   我が兄ルシドが探し求め、一度は手にしかけたそれを、我らは『大海の染獣』と呼ぶ。

 

   その獣を狩ることで、我らは無限の水源を手にすることが出来るのだ、と。

 

 その解決のために、若き王子が乗り出したというわけである。

 

「おい聞いたか? 新しい王子様の事業」

「ああ。迷宮のなんたらとかいう染獣を倒すんだろ? クリド様が迷宮で死んだばかりだってのに……」

「おい馬鹿。まだ死んだと分かったわけじゃねえよ。それにジン様は行かずに騎士団と探索者に任せんだろ?」

「騎士団ねえ……。それも新設すんだよな?」

「おう。迷宮専門の騎士団だったか。流石に王子2人もいなくなったからなあ。対策したんだろ。今回の討伐も、そのお披露目って話だぜ?」

 

『大海の染獣』討伐には騎士団と探索者から選りすぐられた精鋭による討伐隊が編成されることになった。

 派遣される騎士は新設された蒼角騎士団の人員。その団長にはルトフが就いた。

 そしてそのルトフが討伐隊の主導をするのだろう。討伐隊は、その全員の名前が公表されていた。

 

「……そういえばよ、水が不足してるって、お前知ってたか?」

「いんや。最近は安いってんで迷宮の魔法具を導入したからなあ。水場を使うのも減ったな」

「俺んとこもそうだわ。水は魔法具、暗室用に氷を買うくらいだよ。てか、近所の水場、利用者が減ったってんでなくなってただろ」

「……よくよく考えたら、最近普通の水を見てねえな」

「俺もだ」

「俺もそうだ……本当に減ってんのか、こりゃ」

「そりゃあ、とんでもないな。騎士団には頑張って貰わないとな」

 

 そんな会話が各地で繰り広げられていたという。

 ワハルから数日の距離にある小さな街、テスナも同様であった。

 

「ちょっとお前さん、ダンさん! あれ、聞いたかい?」

「勿論よ! しっかしあいつ、凄いことになってんだなあ」

 

 いつも通り熱気と喧騒に満ちた罠工房では、忙しく手を動かしながらそんな会話が繰り広げられていた。

 ほんの少し前、この工房で働いていた筈の青年。

 その名前が何故だかその声明には記されていたのだ。

 

「初めての民間からの探索者が、水不足を救う討伐隊に入る。目出てぇ話じゃねえか」

「でもあの子、ちょっと前までウチにいたんだよ? それがルトフ様とかと肩を並べて……大丈夫なのかねえ」

 

 巷では実績作りのために無理やり追加されたと言われる始末である。

 まあそれも仕方がない。

 少し前までただの民間人であった者が、31層に行けるなんて想像できるはずもない。

 

「……あいつなら平気ですよ。おやっさん、女将さん。あいつは強え奴だ」

「ダンさん……」

「気張れよ、ゼナウ。倅の名をくれてやったんだ。死ぬんじゃねえぞ」

 

 多くの混乱と、少しの期待。

 それらが入り混じりながら、『大海の染獣』討伐の声明は国中に広がっていくのであった。

 

 ――そして、同じ頃。

 シュンメル家の別邸内に、1人立つ影があった。

 

「……」

 

 黒髪を撫でつけ、全身を覆う黒い外套を身に纏ったその男は、部屋の中を見つめる。

 豪奢な筈の室内からは殆どの物が消えていた。

 大型の家具の類こそ残っているが、その中身は殆どが空。

 目的の人物は間違いなくここにいた筈なのだが……。

 

「察知されたか。随分と早い」

「――頭目」

 

 別の部屋を探っていた部下が戻ってくるも、首を横に振った。

 

「やはり不在か」

「はい。それと、これを」

「ん……?」

「目立つように置かれていました。我らへの伝言のつもりでしょう」

 

 その書類は、発表されたばかりの声明文。

 しばらくその内容を眺めていた男は、記載された名前を見て舌打ちをする。

 

「……先手を打たれたか」

「そのようです。乗りますか?」

 

 間違いなく罠。待ち伏せも考慮すべきだろう。

 あまりに的確で迅速な対応だ。これは、誰かが情報を与えている。先行した『落水』に生き残りがいるに違いない。

 ……ナスルだろう。

 そんな小賢しいことをするのはアレくらいだ。見つけたら始末せねば。

 

「ふん。どのみち我らに選択の余地はない。ただ、やりようはある。支部に向かうぞ」

「はっ」

「奴らは我らの手札を全て把握したつもりだろうが、そう簡単にはやらせんよ。折角だ。『大海の染獣』とやら、その核も貰うとしよう」

 

 そうして、彼らは街の喧騒の中へと消えていった。

 

 

***

 

 

 監獄島の迷宮、その16層。

 

『――――!!』

 

 迫りくる土竜の黒い巨爪に、俺は短剣の刃をぶち当てた。

 叩き下ろすその一撃は重い――が、弾かれることなく受け止めることができた。

 

「お……?」

 

 困惑は一瞬。

 すぐさま左目に意識を集中させ、迷宮側へと潜る。

 じり、と頭の奥が焼ける様な感触がある。

 だが構わず見つめた先、土竜の腹から光が放たれ、地面を這ってこちらへと到達する。

 それが爆発する寸前に前方へと飛び出し、短剣を振る。

 

 俺が立っていた場所に石の棘が現れたのと、奴の伸びた顔へと短剣が突き刺さったのは同時であった。

 

『――!?』

 

 痛みに身動ぎしだす巨体を全力で抑え込み、そのまま首の方へと走り出す。硬い毛皮をゾリゾリと切り裂きながら、奴の顔面を突き進む。

 土竜の絶叫が響き渡り、奴の体内にある染獣核が眩く瞬いた。

 発せられた光の行き先は――全身の外皮。

 

「やばっ――」

 

 咄嗟に飛び退いた瞬間に、奴の身体から暗灰色の岩の棘が生えた。

 まるで針鼠が威嚇するかのようなその形態で、奴の身体は覆い尽くされた。

 

 換装可能な鎧というわけだ。伸びたり飛ばしてきたりしそうだな。

 もしかして土竜じゃなくて針鼠なのか、こいつ?

 本来なら厄介だが……。

 

「ゼナウ!?」

「平気だ! このまま俺がやる」

 

 短剣を仕舞い、代わりに色玉を奴の鼻に投擲する。

 目のない奴は恐らく鼻で索敵をしている。それを潰し、悶絶したその一瞬で先ほど光った核の場所へと走る。

 そのまま核をぶち抜こうとするが――光が爆ぜる。

 

「……っ、下がれ!」

 

 急停止して、伸びてきた棘を回避する。

 やっぱり伸びてきた。飛んでこなくて助かったが、このまま回転でもされたら更に面倒になる。

 だから次が来るその前に、伸びて隙間だらけになった胴体に飛び込み、核が光った場所へと毒撃ちを放ってぶち抜いた。

 

『ギ――ッ』

 

 びくりと身体を跳ねさせてから、土竜は動かなくなった。

 

「ゼナウ、平気?」

「ああ。終わったよ」

「よし、解体じゃあ!」

 

 カトルに合図して解体を――と思ったら、シュクガル老に先に言われた。

 今回の探索にあたり、シュンメル家から監獄島の染獣素材を集める様に言われている。

 それらは俺らより先に船で運ばれ、『赤鎚』をはじめとした生産組へと回されるそうだ。

 もしかしたら『大海の染獣』に役立つかも知れないのだから、手抜きはできない。

 

「じゃあカトル、索敵を――」

「不要じゃ。ほれ」

 

 姿隠し中だった2人が合流し、俺らと土竜も包み込んだ。

 左目に薄い膜のようなものが映り、右目の視界は変わらない。

 周囲は問題なく見えるのにこちらは見えない……ということなのだろう。

 原理は不明だが、便利だなこれ。

 

「じゃあ、解体するか」

「うん!」

 

 必要なのは爪に毛皮だが、流石に全部は時間が足りないので持っていくのは一部だけ。

 もし死体がそのまま残っていれば、帰りに回収して地上へ運べばいいだろう。

 

 棘が消え、元の毛皮に戻った土竜の腹を裂くと、シュクガル老たちが覗き込んだ。

 彼らの言う調査とやらを始めるらしい。

 

「ほう、正確に核を破壊しておる。お前、位置が分かったのか?」

「ああ。見える」

「魔法の出現位置も把握していたように見えました。迷宮が見えるとは、こうも強力な力なのですね」

「だな。核は潰れたが……まあわかるじゃろ。調べるぞ」

 

 何やら作業を始める2人が手伝う気配はなさそうなので、仕方なくカトルと2人で作業を行う。

 姿隠しのおかげで、襲撃の心配が要らないのはありがたい。

 血を凍らせて綺麗にしていたカトルが、ふと声をかけてくる。

 

「でもゼナウ、左目を使って平気なの?」

「……」

 

 不安げなその問いは、当然の疑問だろう。

 シュクガル老たちも作業を止めてこちらを見るので、居心地の悪さを覚えながらも答える。

 

「大丈夫……じゃないかもしれない」

「じゃあ……!!」

 

 使うべきではない。カトルの言いたいことは重々承知している。

 だが、それでは駄目なのだ。

 

「でも駄目なんだ。俺が相手にするのは、この目の()()()だ。元になった染獣を殺してる以上、この目の特性は全て知られている」

「あっ、そっか……そうだよね」

「元の個体を殺した相手に、片目じゃ勝てん、か。道理じゃの」

 

 以前20層でぶっ倒れた時に見た夢。

 あれは多分俺の左目の『元の持ち主』が見た光景だったのだろう。

 染獣は逃げ惑って殺されていた。つまりは、そういうことだろう。

 

「だから俺は奴の想像を超えなければいけないんだ。そのためにもこの目をもっと使いこなす必要がある」

「ふむ。勝算があるのかの? お主の話が事実なら、その『超えたもの』すら知られているのではないか?」

「……可能性があるんだ。ほんの、僅かな可能性だが」

 

 船で移動している間にずっと考えていたことだ。

 染獣の一部を埋め込まれた俺は、確かに染人(タグァ)と呼ばれる実験体なのだろう。

 ただ、疑問があった。

 

 俺とゲナールは、本当に同じ染人(タグァ)なのか、と。

 

 そのきっかけは砂漠で会ったカスバルだった。

 奴は自身の両腕が染獣と融合していた特異な存在。その両腕は再生することなく、クルルたち狼の半染獣として生きていた。

 一方で俺と同じ染人(タグァ)の筈のゲナールは、身体に埋め込まれた染獣核と元の核の2つが存在していた。

 

 もし俺がゲナールと同じならば、眼球は3つある筈ではないのか?

 だが実際はそうではない。

 つまり俺はゲナールではなく、カスバルと同じ存在である可能性があるのだ。

 

 クルルは元の染獣とは全く違う姿に変わった。恐らく、その能力も。

 ならば俺の左目は、元の染獣のそれを凌駕できる可能性がある。

 

 ナスル曰く、ゲナールに『染獣の声を聞いたり夢を見たりした』といった傾向はなかったそうだ。一方で俺は見た。それもこの考えに至った理由の1つ。

 勿論ゲナールが黙っていた可能性はある。

 だが同じ可能性なら、俺に価値のある方に賭ける。

 

 つまり何が言いたいのかといえば――俺の左目は、クルルの様に『意志』があるのではないかと、そう思うのだ。

 別に喋ったりするとは思わない。目が声出したら怖いだろう。

 ただ、意志はあると思う。そして意志があるなら、疎通が出来る筈。

 この監獄島の探索を通じて、左目(こいつ)の協力を取り付ける。

 それが、この短い鍛錬期間で目指すことである。

 

 じぐりと疼いた左目に手を当てながら、俺は強く念じる。

 

 ――お前も死にたくないだろう。ならば、協力しろ。

 

 当然、答えはない。

 だが目を使い込んで浸食が進めば……いつか通じるだろ。

 それまでこの目を酷使していくだけだ。

 残り6日……できる限りやってやる。

 

「……それが、ゼナウがしたいことなんだね」

「ああ。あいつを殺すためにここまで来たんだ」

 

 その言葉に直ぐに返答は来ず。

 深く頷いてから、カトルは俺の目を見て告げた。

 

「わかった。万が一の時は、私が()()から」

「……頼む」

 

 できればそうならないことを祈りつつ、それでも止まることはないだろう。

 

「解体はこれで充分だよね? なら、下に行こう」

「……溶ける岩の川。落ちたらひとたまりもなさそうですね」

「うむ。さっ、きりきりと進むぞ」

 

 姿隠しから出て、赤い川の上を通る岩の橋を進んでいくのであった。

 

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