違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第109話 監獄島の迷宮第16層/溶石洞③

 

 

 

 暗灰色の巨大洞窟を進んでいく。

 長い坂はそのまま橋に変わり、真っすぐ奥へと続いている。

 

「高いねー」

「そうだな……ここまで降りてみて、ようやく現実味を帯びてきた気がする……」

 

 道幅は馬車が優に2台は通れそうな程広いが、欄干なんて気の利いたものはないので落ちればひとたまりもない。

 高さも数十mはあるので、例え生き残れても合流は難しいだろう。

 

「シュクガル様。あちら、川べりに染獣がいますね。あれは蛙でしょうか」

「ふむ……。外見は蛙じゃの。ただ、ここからでも分かる程に赤熱しておるようじゃが……」

 

 川べりって、あの溶けた岩の川だろ?

 絶対にまともな蛙じゃねえなそれ……てか目いいな2人とも。

 

「なにも見えないが……」

「遠見鏡ですよ。見てみてください」

「あ、確かに……うわ! おっきな……蛙? ゼナウも、ほら!」

 

 カトルに借りて遠見鏡を覗けば、確かに真っ赤な火が流れるすぐ横に、蛙のような姿の生き物がいる。

 ひび割れた岩のような肌。亀裂の奥が赤く光り、明らかに高温だろう環境でのんびりしているようだ。

 場所含め、近づいただけで火傷しそうな染獣である。

 

「土竜に蛙。後は……蝙蝠。生態系は洞窟っちゃ洞窟だな」

「蝙蝠?」

 

 首を傾げるカトルに対し、上を指さす。

 

「天井に光る奴らがいる。遠見鏡で見てみろ」

「……本当だ。なにかぶら下がってる」

 

 細長い卵みたいな形で、ぶら下がってる。あの形は蝙蝠だろう。

 今のところ降りてくる気配はないが、何かをきっかけに降下してくる可能性は十分ある。

 気を付けておかなければ。

 

「おい」

 

 ふと、背後からシュクガル老に呼び止められる。

 姿は見えないが恐らく橋の下を眺めながら、彼は続ける。

 

「川の流れを辿ってみるぞ」

「流れ? ……なるほど」

 

 真っ赤に輝いていてわかりにくいが、確かによく見れば流れがある。

 橋の行き先を北とするなら北北東方向から流れてきているようだ。

 目印はあった方が分かりやすいか。まずは川の流れを道標に、遡って進んでみるとしよう。

 

「橋の先は、また洞窟だね」

「方角を見失わないようにしないとな。どこかから降りれると良いんだが……いや、降りたら川を渡れなくなるから駄目なのか?」

 

 歩く道すら満足にわからないのが、未知の階層を探索するということなのか。

 未知を探る。

 それこそが本来の探索者としての役割なのだろう。

 

「よおく考えい。お前も、カトル嬢ちゃんもな。それが、お前たちの目的に繋がるじゃろう」

「……考える」

「おうよ。迷宮は一見荒唐無稽に見えるが、恐らくは何かしらの理でできている。それを見極めれば、自ずと分かる……筈じゃ」

 

 最後の一言が不安を煽るが、言っていることは一理ある。

 この岩と火だらけの階層で一体何が分かるのかは怪しいけれど。折角の機会だ。色々と考えてみるとしよう。

 

「……あ」

 

 そのまま橋を渡っていき、丁度半分が過ぎた頃。

 天井にいた光が、唐突に降ってきた。

 

「来たぞ、蝙蝠!」

『ギィ――!!』

 

 甲高い、鋭い鳴き声を放つのは、天井から降ってきた巨大蝙蝠が2匹。

 カトル程の大きさがある、蝙蝠と言っていいのか怪しい巨躯は、真っ赤に濡れた牙のついた口を開いてこちらを威嚇する。

 そこから発せられた音が、全員の耳朶に響いて頭に痛みが走る。

 

「痛っ……!!」

 

 そしてそのまま広げた被膜に緑の光が迸り。

 奴らの翼に、風が渦巻いた。

 橋の上で突風はまずい……!!

 

「風が来る! カトル、壁!!」

「えっ!? ……!!」

 

 2匹の蝙蝠から放たれた豪風は、カトルの氷壁が何とか防いだ。

 こいつら、風で高所から叩き落して獲物を仕留める性質でもあるのか?

 カトルがいなかったら危なかった……って、後ろの2人は?

 

「なんだ、危ないのう」

「こちらは気にせず、戦ってくださいー」

 

 離れた位置に素早く下がっていたらしく、無事そうだ。

 奴らも初見の相手だろうに冷静なものだ。

 しかし、戦うっても相手は空。どうするか……。

 

「蔦撃ちで飛ぶか? ……何も考えずに行くのは無謀か」

「うん、危ないよ。それより中、入らない?」

「中? ……奥の洞窟か」

 

 見れば最初の洞窟よりは狭そうだ。

 そこの方が戦いやすいな。

 左目を迷宮側に潜らせ洞窟の入口辺りを調べる。……他に染獣はいない。いけそうだ。

 

「行くぞ。合図したら壁を頼む」

「うん!」

 

 蝙蝠を右手に、橋を一気に駆け抜ける。

 奴らはしばらく滞空したのち、そのまま俺らを追って滑空を始めた。

 逃がしてはくれないか……。

 

 前に横と首を振るので真っすぐ走るのにも苦労する。

 ただそうしないと、奴らの風が見極められない……って、来た!

 

「壁!」

「はい!」

 

 飛んでくる風をカトルが防ぎ、橋を進む。

 一度こちらへ直接飛来してきたのを短剣で迎撃して脚を切り裂いてからは近づいてこなくなった。

 そのまま洞窟へと駆け抜け中へと入る寸前、俺だけ加速して先行する。

 

 入口付近にあった石柱の出っ張りに蔦撃ちを引っかけ、壁面を駆け上がる。

 直後カトルが駆け込み、それを追って蝙蝠が2匹飛び込んでくる。

 そこへ飛び込み、片方の背に激突。勢いを乗せた短剣で貫いた。

 

『ギッ――』

 

 激突の衝撃で蝙蝠の巨体が洞窟に轍を残す。

 そのまま引き抜き、蝙蝠の核に毒撃ちを放った。

 あと1体――。

 走り出した直後、背後からシュクガル老の声が響く。

 

「核を残せ!」

「あ? ……了解!」

 

 きっとそれも『考え』の役に立つのだろう。

 なら頭を潰して――。

 

「えいっ!」

 

 などと杞憂する必要もなく、カトルの氷槍が蝙蝠の翼膜を貫いて墜落させた。

 洞窟の入口に氷を張って通り道を限定したようだ。

 それを狙ってたのか……。

 

「ゼナウ、止め!」

「あっ……おう!」

 

 墜落したもう1匹の蝙蝠に走り寄り、短剣を構える。

 狙うのは……頭ならいいだろ。

 脳天に短剣を深く突き刺し、止めを刺した。

 

「やったね!」

「カトル、お前凄いな……!!」

「ふふん! 氷魔法の使い方、色々と工夫できるようになったんだよ」

 

 誇らしげにそう言うカトルは、随分と頼もしい。

 氷魔法の扱いに関しては最早達人の域に達しているだろう。

 

「おお、冷たいですね」

「丁度ええわい。嬢ちゃん、入口塞いでくれるか?」

「あ、はい」

 

 カトルが氷で入口を閉ざしたのを確認してから、シュクガル老たちは姿を現した。

 脇目も振らず蝙蝠の死骸に駆け寄ると、こちらを見もせずに手招きをしてくる。

 

「ほれ、さっさと腹を捌け。核を見せい」

「……了解」

 

 言われた通り皮と肉を割いて、カトルが血を凍らせて中を奇麗にする。

 そうして露わになった核に、シュクガル老が手を触れた。

 

「よく見てろ」

 

 そのまま核に触れ魔力を流すと、赤く輝きを放った。

 

「光った!」

「核だけじゃない。牙も赤く光ってる」

「うむ。良く気付いたな。よしお前、牙を触ってみろ」

「は? いいけど……って、かなり熱いな……!!」

 

 シュクガル老に言われるままに触れたら、耐熱の手袋を貫通する程の熱を帯びている。

 咄嗟に手を離したので問題はないが、耐火布の手袋じゃなきゃ今頃でろでろにただれていたんじゃないか?

 

「あの土竜や、川辺にいた岩みたいな蛙も食い破るための牙、ということじゃろ」

「……蝙蝠があいつらを喰うのか」

「牙の使い道としてはそれくらいじゃろ。だがこの脆さ、捕食者として上位だとは思えん。一方的な狩人ではなく、互いに食い合う関係なのかもしれんな」

 

 ……先ほどの土竜の針も、空から飛来する蝙蝠を迎撃するためだと言われれば納得はできる。

 蛙の方は知らないが、敵対関係にあっても不思議ではないだろうな。

 

「その辺りは蛙を見てみないと何とも言えないか」

「そういうことです。……お次は翼膜ですね。こちらは緑に光ります」

 

 タハムが翼膜を手に取ると、そちらに緑の光を浮かばせている。

 頬を氷の冷気を乗せた風が通り抜ける。やはり翼膜からは風が出る様だ。

 

「翼膜に風を纏って空を飛び、高所から音波や風で攻撃。倒した獲物を熱した牙で捕食する……そういったところでしょうか」

「うむ。……この核は使えんな。持ち帰らずともいいだろう」

「え? それだけで分かるんですか?」

 

 カトルの問いに、シュクガル老が頷く。

 牙と翼膜を順に指さし、解説を始める。

 

「2つの部位で同時に別属性の能力が発動しておる。それつまり、こやつの核から放たれる魔力の属性はバラバラということじゃ。もしかすると別の属性も混じっておるやもしれん。そういった()()()()()の核は、素材としては2流なんじゃよ」

「なるほど……」

 

 砂漠で作った蟹の水玉は、水属性のみが出る()()()核だったということか。

 染獣が扱う属性次第で素材に使えるかどうかが決まると。

 考えた事がなかったな……。

 

「代わりに、牙と翼膜は素材として重宝されるじゃろ。熱を放つ機構は牙が持ち、風も翼膜の方で制御しておる。こちらは流す側が変わればむしろより強力になりうる可能性があるからの」

「染獣の生態をよく見る……そういうことか」

「それだけじゃないぞ?」

「え?」

 

 爺さんの方を見れば、憎たらしい笑みを浮かべて、指を1本立てた。

 

「これで分かったことがもう1つある。……この蝙蝠、こやつ自身は耐熱性能が大して高くない。噴き出た蒸気にでも触れたら死ぬぞ、多分な」

「そうなのか? こんなとこに住んでいて?」

「ああ。証明してやろう。お前、もう1体の方の蝙蝠から牙を持って来い」

「分かった」

 

 今搔っ捌いている方のは使わないのか?と思いつつ、言われた通りにする。

 離れた所に倒れたままの蝙蝠から牙を剥ぎ取り、手渡した。

 

「これでいいか?」

「うむ。見ておれよ」

 

 シュクガル老が手に持った牙を赤熱させる。火の魔力を注ぎ込んだのだろう。

 それを蝙蝠の翼膜に触れさせると、驚くほどあっさりと貫いてしまった。

 焼け焦げた臭いがつん、と鼻をつく。

 

「ほれ。簡単に焦げたじゃろ」

「本当だ。凄くあっさりと……」

「こいつは皮でなく、風で熱を防いでおったのじゃろう。天井におったのもそのためじゃろ」

 

 確かに、先ほど見た限り天井部分に溶けた岩はなかった。

 垂れ落ちてきたら呑気に歩けてもなかったからな。

 常に触れる必要がなければ、耐熱性を獲得する必要もない……ってことか?

 

「でも地上は熱そうですよね。こんな熱い場所でよく生きてられますね……なんで耐熱性を持たなかったんだろう」

「……」

「……」

「え、なんですか!?」

 

 カトルの呟きに、老人2人は押し黙ってしまった。

 互いに視線を合わせてから、シュクガル老が低い声で尋ねる。

 

「嬢ちゃんは、あの火の川をどう見る?」

「え、どうって……」

「あれは、元々この世界にあったものだと思うか?」

「……?」

 

 それは、意味の分からない問いであった。

 元々この世界にあった……?

 

「……? そうなんじゃないんですか? だって今そこに……」

 

 恐る恐る呟くカトルに、今度はタハムが口を開く。

 

「……これはまだ仮説なのですがね」

 

 そう重々しく前置きをした上で、彼は続ける。

 

「我々は、迷宮の階層は特定の場所・時代が()()()()()()()()()()ものではないかと、そう考えているのですよ」

 

 そうして、奇妙な話が始まるのだった。

 

 

 

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