違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話 作:穴熊拾弐
無事に探索者試験を突破した俺は、合格者用の待機室へと通された。
ゴールのあった場所は洞窟の端だと思っていたが、更に奥には施設があったらしい。
即席にしては随分と凝った作りなので、普段から訓練にでも使ってるのだろう。
奇麗に整備された白い廊下には部屋がいくつか見え、そのうちの1つに案内された。
「終わり次第お呼びに参りますので、この部屋でお待ちください」
通された部屋には仮眠もとれそうなソファがあって軽食なんかも用意されている。
良い待遇だ。のんびり休ませてもらおう。
「あ! やっと誰か来た」
……ん? 誰かがソファに寝っ転がってたようで顔を覗かせてきた。
女だ。黒にところどころ灰色の房が混じった奇妙な色の髪を垂らしたその女は、ニマニマと笑みを浮かべてこちらへと手を振っている。
「アンタも合格者でしょ? でも残念、アタシが一番ー」
「……驚いた。あんた1人か」
「そうだよー。ってかそういうアンタも1人じゃん」
「そうなんだが……大分速かっただろ? 凄いな」
周囲を見回すが他に合格者はいなさそうだ。
大量の騎士たちもあの騎馬も彼女は単独で突破したのか。しかもこの様子だとかなりの速さで攻略したようだが……。
黒灰髪の彼女は背もたれに身を預けながら胸を張った。
「ふふん! アタシの足は誰よりも速いんだ」
「足……もしかして走り抜けたのか?」
「そうだよ。騎士だろうが馬だろうが敵じゃないね」
……流石に人間が馬を突き放すのは無理だろ。でも事実ここにいるしなあ……。
あれか、アンジェリカ嬢みたいな化け物の類か。
流石に同じソファに座るのは気が引けたので、近くの椅子に腰かける。
お、珈琲がある。ミンナ嬢たちのおかげですっかり珈琲を気に入ってしまった。
彼女の甘い焼き菓子と一緒に食べると美味いんだよな……。
ありがたくいただこう。
「で、アンタは何番の組なの? アタシは2番よ」
そう言って両手でピースしてる。
随分人懐っこい奴だ。
……そうだ。仲間――いや、知り合いづくり。まずは彼女から始めてみようか。
親しみやすいように笑みを浮かべてから、数字を告げる。
「14番だ」
「は?」
その瞬間、彼女の表情が驚きで歪んだ。
「噓でしょ!? 全っ然後の方の組じゃない! それでもうここまで来たの? よく見りゃ変な眼帯してるし……怖っ」
「……」
それから会話もなく、彼女は再びソファに倒れ込んでしまった。
知り合いづくり、難しすぎる……。
……まあいい、俺も休もう。
それから小一時間程経った後、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。
先ほどと同じ騎士が案内してきたのは3人組の男たち。
入ってきた印象は「でっか……」だった。
全員が筋骨隆々の大男たち。
剣やらメイスやら大きな得物を持った連中で、武器なんてなくても騎士と殴り合えそうな見た目をしてる。
革鎧も着込んでるしどっかの用心棒だったんだろう。
あの3人で協力したらこの疑似迷宮は楽に突破できただろう。何なら監獄島の浅層でもそこそこ戦えそうだ。
彼らは随分と意気投合したのか3人で賑やかに話し始めた。
黒灰髪の女も一瞥して再び寝始めたので、俺も黙って待つことにした。
そして、更にしばらくが経った頃。
再び騎士の男がやってきた。
「皆さまお待たせいたしました。試験は終了しました。こちらへ」
「「「おう!」」」
男たちの熱い返事が室内に木霊する。
結局合格人数はこの5人だけか。
入口には100人以上はいた筈だが……なかなか厳しかったようだ。
やっぱりただの民間人にあの軍馬は超えられないよなあ……あのウィックって奴も駄目だったか。
そんなことを考えながら廊下へと出ると、
「――おう! ゼナウの兄ちゃん! やっぱりいたか」
聞き覚えのある賑やかな声が聞こえてきた。
振り返るとまさにそのウィックと、横には小柄な……少年?が立っていた。
「ウィック、お前も受かったのか」
「おう! 時間かかっちまって、結局最後滑り込みだったけどな」
「すみません、僕のせいで……」
「お前のせいじゃねえよ、てか最後はお前の魔法のおかげだったじゃねえか! 気にすんなよクトゥ」
クトゥという隣に立っている人物の肩を親し気に叩いている。
……いつの間にかちゃっかり仲間を作ってるじゃねえか。
ちゃんと合格してるし、俺のアドバイスが役に立ったようで何よりだよ……。
「この7名が合格者です。これから別室で今後についての説明がありますのでついてきてくださいね」
まあでも、とりあえずこれで監獄島の染獣の餌にされることは回避できた。
何より、目的のための第一歩、探索者選抜試験は見事突破できたのだ。
今はそれを喜ぶとしよう。
***
一方、同施設内の別室にある談話室では、騎士団長たちを始めとしたお偉方がテーブルで顔を突き合わせていた。
部屋の大半を占める大机の上には7枚の書類が並べられている。
将校の1人、青髪の美貌の騎士ルトフがその場にいる者たちへと口を開く。
「――以上の7名が合格者となります。内2名、2組目のアイリスと14組目のゼナウが単独合格。12組目のクトゥと14組目のウィックが2人組。残りの3名が3人組での合格ですね」
「……この3人は用心棒上がりか」
騎士団長であるサーディックが書類を手に取った。
「はい。元々民間では名の知れた3人組のようですね。示し合わせて参加したのでしょう」
「うむ。彼らは騎士向けだな。ウィックとやらも体格的にはぜひ欲しいが……4人は
彼の言葉に、分厚い眼鏡をかけた神経質そうな男――探索者協会のワハル支部長であるディルムが首を横に振る。
「どこが貰い受けるなど、本来そんな仕組みはないのですがね……。では、この2人組の方は我らで受け持ちましょう。平民上がりの魔術師ならば、我ら探索者協会に所属していた方がいい」
「うむ。貴族出身の宮廷魔術師とは反りが合わんだろうからな。それがよい」
そのやり取りを眺めている司会役のルトフは、心の中で苦笑いを浮かべた。
――民間上がりなんだから、全員探索者協会でいいんじゃないかなあ。
なんて、決して口にはできないことを思いながら。
今目の前で行われているのは、この国に存在する派閥による新人探索者の獲り合いである。
この国で探索者を保有しているのは王下の騎士団と、役人管轄である探索者協会の2つ。
この国の探索者は基本的にはこの2つの派閥のどちらかに所属していることになる。
派閥といっても明確に敵対しているわけではない。
ただ地上から戦争が途絶えたこの世界でも、内乱は常に起きる可能性を孕んでいる。
国外の干渉を受けずに政敵を撃滅できれば、多少の血は流しても構わないと考える者はそれなりにいる。
故に各派閥は抑止力として迷宮資源の確保を目指し、そのために各派閥がお抱えの探索者を作る――というわけだ。
これは恐らくほぼ全ての国で行われている競争だろう。
現在この国の政情は安定しているが、それはひとえに名君とされる王が存命だから。
探索者を分け合うことにはそういった意味もある。
後は極一部、王や各貴族のお抱え探索者というものがいる。
彼らは所属こそ協会だが、自分の雇い主の利益を最優先する私兵である。
毎年、探索者育成を目的とする各種の貴族学院の卒業者たちを『どの派閥に入れるか』の会議が行われる。
秘密裏の交渉などせず堂々と話し合うところは平和な証なのでいいのだが、各勢力、迷宮踏破に役立ちそうな探索者の確保に余念がない。
そこに降って湧いた、国王直々の大事業・民間からの探索者発掘。
前例がない故に、現状存在するやり方通りに、こうして振り分けが行われている。
今のやり取りで7人中5人が決まった。
残り2名。
後は彼らを騎士団と協会で分け合えば問題は解決――というわけにはいかない。
なにせ今日は、想定外の来客がいる。
「――では、残るは2名ですね」
「……アンジェリカ様」
不意にそういったのは、今まで沈黙を貫いていた女性。
協会最大の出資者にして、建国の折からこの国を支え続けた名家・シュンメル家。
現当主と国王は学生時代からの盟友で、こと迷宮探索において騎士団や協会以上の裁量を持つ大物貴族――その長女である。
そして、かつて次代の英雄候補とまで呼ばれた探索者にして、悲劇によってその座を奪われた女性でもある。
いずれ高い地位に就く貴族として見識を深めるための留学――という体で、国外に隠れた筈の彼女がこうして戻ってきた。
その意味が分からないルトフではなかった。
「こちらのゼナウという方は、我々が預かりましょう」
そして、予想通りの言葉を告げた。
居合わせたお歴々、特に騎士団長のサーディックが慌てて口を開く。
「アンジェリカ様、それは……」
「あら、ご不満かしら。この方は剣士でも戦士でもないようですし、騎士団では適性は活かせないと思いますけれど」
「む、それは……」
慌てて視線をディルムに向ける騎士団長だったが、彼も苦い顔をしたまま、けれど動かなかった。
シュンメル家は探索者協会の出資者だ。
実質上役にあたるアンジェリカ嬢の言葉に異は唱えられない。
「これは国王様直々の願いである事業です。しかも、それに相応しい方が見つかった。ならばそれを全力で支援するのが我らシュンメル家の役目です。……皆さま、お忙しいでしょう?」
そう、これは国王からの依頼なのだ。
迷宮動乱初期の無理が祟り、最近は寝たきりである国王。
そんな彼が半年ほど前のある日、突然こう言い出した。
『35層に存在する、とある染獣を見つけて確保して欲しい』と。
35層は決して最深層ではなく、件の染獣の情報は曖昧なラフスケッチのみ。
そして、国王自身もその染獣を欲しがる目的を明かしていない。
故に「どうせただの道楽だろう」と、極一部の側近たちや王の私兵である探索者たちを除いて本気では探していなかった。
だというのに、突然のこの大型事業。民間からすら探索者を集めようとしている上に、追い打ちをかける様にシュンメル家がその選抜試験の
これは裏に何かがある。
例えば、この願いを叶えた王子が次期国王になるのでは――そんな噂が流れる程度には、不自然な動きであったのだ。
この場にいる全員が、困惑しながらも民間からの選抜を実行した理由がそれであった。
特に第一王子のご機嫌を取りたい
「……アンジェリカ様、具体的にはどうされるおつもりで?」
ディルムの問いかけに、アンジェリカ嬢は妖艶に微笑む。
その色香で騙される――本人にそんなつもりは毛頭ないだろうが――お歴々ではないが、それでも生唾を呑み込む音が微かに聞こえる。
これが体面を気にして国外に隠れたという令嬢のする表情だろうか?
頬が引きつるのを感じながら見つめる先で、彼女は美しい所作で礼をする。
「我が家にできる最大限の支援を。そして、彼に相応しい仲間を用意します」
「……仲間、ですか。当てがあるのですか?」
「ええ。……氷の姫」
その発言には全員――ルトフまでもが声を上げた。
「なんと、本気ですか……!!」
「アンジェリカ様、その方は……!!」
「あら、丁度いいではないですか。目的達成のためには――生きたまま染獣をとらえるなんてことを達成するのに、彼女は最適だと思いますけれど」
「それは、そうかもしれませんが……ですが、彼女は……」
ディルムが言葉を濁す。
氷の姫と呼ばれた彼女は、確かにその実力は本物だろう。
なにせあまりの危険さに当主自ら封印したというのだから。
そのことを糾弾された当主はこう答えた。
『この国を滅ぼしてよいというのならあれを解き放ちましょう』
――と。
決して愚鈍ではないその当主の言葉に、誰も異を唱えることはできなかったという。
詳細は勿論知らない。ルトフは件の令嬢との面識がないから恐ろしさも噂程度しか分からない。
だが、それほどまでに言われるとは、その姫とやらは恐ろしいほどの力を有しているのだろう。
それがわからないアンジェリカ嬢ではない。
皆の否定的な視線を受けてなお、彼女は微笑んで口を開く。
「勿論試して無理ならば諦めましょう。でも、こうして
そしてこの場で最も権力のある人間の言葉に、逆らえる者は誰もいなかった。
「それにご安心下さい。何も2人で潜らせるというつもりはありません。ちゃんと手練を指南役として同行させます」
何よりその場にいた全員がこう考えた。
どうせあの怪物を制御できるはずもない。失敗するに決まっている。所詮はお嬢様の遊びだろう、と。
あの染獣を見分ける『眼』を奪われるのは惜しいが、その結果国王の覚え目出度いシュンメル家が失脚するというのなら、十分なメリットである。
「……わかりました。では彼はあなたに譲りましょう。残ったアイリスですが……」
「……彼女は我ら騎士団では難しかろう。協会に預けるよ」
「わかりました。ではそのように」
こうして新たな探索者たちの処遇が、本人たちの知らぬところで決まっていくのだった。