違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話 作:穴熊拾弐
監獄島の探索は2日目に入った。
昨日は火の川周辺まで探索を行い、はぐれた蛙と戦った。
奴はひび割れた岩のような外皮を活かした
見た目の通り赤熱した身体は熱く、重さと熱の2つで攻撃をしてくる。
予想していた通り舌も伸びてきた。
舌から分泌された粘膜が油のようで、恐らく引火性。
粘膜を受けた状態で奴の身体に触れたら発火……そういう仕組みなのだろう。
戦闘方法がこの環境に合致しすぎている。この蛙は後天的に熱を持ったんじゃないのか……?
まあシュクガル老たちの理論も完璧ではないのだろう。
その後はそれ以上進むのは止め、素材集めや周辺の探索に当てた。
最初の土竜の死体も運んで、上に待機していた使用人たちに素材を渡すなどをして、1日目は終了した。
というわけで2日目。
「今日はさっさと川に向かって遡上していこう」
「どこか安全な休憩場所が見つかれば、野営もするんだよね?」
「ああ。残り時間が少ない。戻る時間もできればなくしたい」
後は、3体以外の染獣がいないかも調べなければ。
昨日の土竜、蝙蝠、蛙はどれも主になるような階層の支配者には見えない。
草原地帯のような、3体持ち回りの可能性もなくはないが、恐らくは別に強力な染獣がいると思われる。
できればそいつと戦いたい。
そうでなければ、最終目標である左目の成長は見込めない……気がする。
「休憩場所が見つかればその後、見つからなければ戻る時に左目を使い込む。そのつもりでいてくれ」
「……わかった」
昇降機を降り、昨日進んだ道を急いで進む。
結構な数を倒したおかげか坂道での土竜との遭遇もなく、蝙蝠も降ってこなかった。
おかげで素早く火の川付近まで辿り着くことができた。
「流石にここまでくると暑いな……」
安全のため川から数十mは距離をとっているが、それでも熱気が凄まじい。
だというのに蛙は悠々と過ごしている。
それなりの数が見えるが、近づかなければ襲ってこないのであいつらは無視。
「ほれ、さっさと進むぞ」
今日も背後から隠れてついて来る爺さんたちに促され、先を急ぐ。
昨日は早めに切り上げたために、地上はまだ薄暗い早朝の時間帯。
それ故時間はたっぷりとあるが、この階層もどれだけ広く複雑かは未だ不明。
できれば早く休憩場所を見つけたい。そう思い、足早に熱と冷気の入り混じった洞窟を進んでいき――2時間ほどが経った。
「……妙じゃのう」
唸る様にシュクガル老がそう言ったのは、道中の洞窟で休憩をしている時であった。
「何がだ?」
「この階層、染獣が大人しすぎる」
「……それは確かに。侵入してきた敵を迎撃するって感じだった」
火の川の遡上途中、土竜や蝙蝠は川には近づいてこず、迂回のために山を越えたり洞窟内に入った際に襲い掛かってきた。
ただ積極的に襲ってくる訳ではなく、奴らの領域内にこちらが踏み込むと攻撃してくるようであった。
「そう。積極的に襲ってくる『捕食者』がいないんじゃ。生態系における上位種と言ってもいい。食うものがいてこそ生態系は回る。いくら滅亡した後でも、そこは変わらない筈じゃ」
「……主になるならそいつ、だよな」
「うむ。そこは間違いない。他にもいる可能性はあるが、『捕食者』は間違いなくおる」
俺が探し求めている強い染獣こそがその捕食者だろう。爺さんもそう言うのであれば、やはりいるか。
ならばこの後からはその捜索に専念するとしよう。ただ、どうやって探すか……。
うんうんと考え込んでいると、カトルの声が響く。
「そういえば、主ってどういう基準でなるんですか? 階層が滅んだ後の姿を保存してるなら、主は……?」
「そこに関しては、正直分かっておらん」
腕を組み座り込みながら、シュクガル老がむう、と首を横に振る。
「ただ、例えばワハルの20層におる『踏み鳴らし』のような化け物は、それ自体が滅びの原因であった可能性はある」
「……確かに、あんなのが現れたら都市なんて簡単に潰れそうだな」
今は倒し方が分かっているからいいが、何も知らずに対峙すれば間違いなく死ぬし、都市の1つや2つ簡単に壊滅するだろう。
カトルと2人でぶんぶんと頷いていると、「ただなあ」と爺さんが唸る。
「『踏み鳴らし』ならまだしも、5層の女王
「それも確かに」
「故にあの階層は環境変化が原因で滅び、その後最も繁栄した種が主になった……のかもしれんな」
少し曖昧に爺さんはそう締めくくった。
確かにあの
いや、一般人が遭遇すれば間違いなく死ぬんだが……。俺らの感覚がおかしくなっているだけなのか?
まあそれはともかく。
「じゃああの階層が滅んだ原因は?」
「水没じゃろう。あの地底湖の下は相当深いぞ? あ奴らや水蛇らの住処には広すぎるわ」
そういえば潜ったんだなこいつら……ってああ、そうか。その仮説があるから潜って調査してたのか。
水没が原因なら湖底に何かが沈んでいる筈、ってわけか。
今ならその行動も理解はできるが、それにしたって危険だろ。よくやるよ……。
「となるとこの洞窟の主は、まだ見つかっていない捕食者である可能性が高い、か」
正直この6日間で主に辿り着けるとは思えないが……。
今の話から、やはり『捕食者』の染獣がいる可能性が高そうだ。
「よし、次はそいつを探す。ただ、目星が欲しい。いるならどこにいるか……」
「……火の川の周辺じゃと思うがのう。この環境の覇者となるなら、火への適応は必須じゃろ」
「妥当だな」
ならば引き続き火の川を遡上すれば問題なさそうだ。
問題はここに至るまで、俺の視界に映っていないことだが……もっと奥に行けばいるのだろうか。
そこで会話はいったん途切れ。
俺はどこを探すか地図を眺め、他の面々はそれぞれの準備やら作業を進めていたのだが。
「――ねえ、ゼナウ」
「ん?」
ふと聞こえた声に顔をあげれば、カトルが周囲を見つめながら呟いた。
「今更だけど、ここなら休憩場所にぴったりじゃない?」
「ん? ……そうだな。今のところ土竜も来てないし、近くにもいないな」
ここは火の川が岩壁の下に潜っているためか、地面も僅かに温かい。
そのせいで土竜も近寄って来ないのだろう。
蝙蝠はこの空間内には不在。唯一蛙が怖いが、入口さえ塞げば問題ないか。
「よし、じゃあここが仮の休憩場所ってことで。野営の準備をしておこう。タハムさん」
「わかりました。お任せを」
タハムさんが笑みを浮かべ頷いた。
今日はタハムさんたちに野営用の装備を運んでもらっていたのだ。
そのまま爺さんを除いた3人で、野営用の設備を展開した。
その間も染獣は来なかったので、やはり問題なさそうだ。
そうして休憩と設営を終え、再び北北東へと出発をする。
「カトル。ここからは左目を使う。頼むぞ」
「……!! うん」
迷宮の調査は色々と勉強になった。
だが、俺にとっての修業はここからが本番。
左目に意識を集中させ、迷宮側へと潜る。
頭の奥がじりと滲む。
――聞こえてるか?
試しにそう頭の中で喋ってみるが、やはり反応はない。
まあいい。精々死なないように頑張るとしよう。
洞窟を抜け、引き続き火の川に沿って移動していくのであった。
***
左目を使いこなすための修行。
それはとにかく――戦うことである。
『――――』
熱岩蛙が俺を目掛けて飛び込んでくる。
腹は比較的脆いが、巨大な質量を迎撃する術は俺にはない。
騎士たちの様に岩魔法が使えれば楽なんだろうが……ないものは仕方ない。
跳躍を避け、引き抜いていた投げナイフを曲がった脚の関節部に叩き込む。
そこが一番脆い。刺して、すぐさま蹴りつける。
蛙は悲鳴をあげない。
だからこれが有効打だったかも分からん。
が、今はひたすら動き続ける。
『――――!!』
俺には聞こえない悲鳴に反応したのか、別の蛙が素早く舌を伸ばしてきた。
速い……が、視界の端で煌めいたその光は反応できない程じゃない。
首を曲げて舌を避け、抜いた別の投げナイフで半ばまで切り裂く。
力の行き場がおかしくなった舌が暴発する様に弾け、蛙の身体がひっくり返った。
そこへ駆け込み、露わになった腹に毒撃ちを叩き込んだ。
やはり腹なら
楽にひっくり返す手段があれば倒しやすくなるだろうな。
まあ今はいい。
残るはもう1体。
最後は川のほとり。背後に跳躍し脚の一部を火の川に浸した蛙がこちらを睨む。
跳躍も舌も潰した。
残る手段は何がある――?
蛙の動きを注視しようと深く見つめた先。蛙の巨体ではなく、その背後。
火の川の水面が
「……あ?」
次の瞬間。
溶けた岩が弾け、そこから巨大な
『――――!!』
ばっくり開いたそれが蛙を咥え込み、そのまま川の中へと消えていった。
ほんの一瞬の、捕食であった。
「……あー」
いたな。探していたもう1体が。
「川の中におったか。ほほ、そりゃ気付かん」
「溶けた岩なら彼の目も欺きますか。まさに環境の覇者ですなあ」
「呑気に言ってる場合です!? 助けは……」
「まっ、大丈夫じゃろ。見てろ見てろ」
――勝手に言ってやがる……!!
短剣片手に姿勢を低く保ち、再び静かになった川を見つめる。
溶けた岩は左目で見ても真っ赤に輝き、その奥まで見通せない。
……来ない? 餌を得て逃げたか?
「……試してみるか」
分からないなら、調べるしかない。
丁度いい。爺さんの言う調査の方もやってみよう。
ゆっくりと川べりに近づいていく。
力も意識も常に足に集中。直ぐに動けるようにしながら、慎重に。
鼻に、目に、頬に熱気が触れる。
暑い。いや熱い。
もう少し近づけば眼球が沸騰して弾けそうな、そんな恐怖が全身に広がる。
だがそれでも進む。
大丈夫、後ろにはカトルたちがいる。万が一の時はあいつらが……。
「……ん?」
ひょっとして、この考え方じゃ不味いのか?
失敗しても何とかなる。そんな
命を賭ける。それでこそこの修行の意味がある。
ならばどうするか。
1度だけ深呼吸をしてから、俺は川へと走り出した。
「――ゼナウ!?」
さっきの蛙は川に着水した直後に襲われた。
その
腰の鞄から爆薬を取り出し、真っ赤に輝く川へと放り投げる。
川に触れる直前に、熱で破裂。爆発が川の上で起きた。
「……っ!!」
小型なので爆発も小規模。熱風で川の表面が一瞬裂けた程度。
ただその一瞬。川の奥にキラリと光る体皮が覗いた。
それが、凄まじい勢いで蠢いている。
来た……!!
『――――!!』
そのまま裂けた火は渦を巻き、真上へと吹き上がる。
いや、現れたのは火ではない。
川の中から飛び出した巨大なそれは――分厚い甲鱗に覆われた染獣。
ばっくりと割れた、長い顎。
分厚く短い腕が生えた丸太のような分厚く短い体躯。
そいつが川べりの石床に叩きつけられ、溶けた岩の雨が周囲に降り注ぐ。
そうして俺の前に着地した巨大染獣。その姿は……。
「鰐……?」
漆黒の甲鱗に覆われた、頭から尾までほぼ同じ太さのそいつが、こちらをはっきりと捕捉した。
縦に割れた目がこちらを睨む。
てか鼻まであるぞ……あの超高温の中で生きてんのに? どうなってんだよその身体……。
まあいい。これで主候補が分かった。
火の川に棲み、その中を自在に泳ぐこの階層の捕食者。
その外皮は未だ高温。何より見上げる程の巨体。
さて、どうやれば倒せるか。
左目に意識を集中させ、その身体の奥までを見通していく。
『――――!!』
俺を獲物と捉えた巨大鰐が咆哮を上げる――だけではない。
奴の身体の中心部に隠された核が一気に赤熱を始め、光の奔流がその口腔に集まり始めた。
赤い光が俺の右目にすら現れ、開かれた顎に満ちていく。
それは――炎の塊が渦巻いているようで。
「まず……っ!?」
『■■■■――!!』
それに気が付いたその瞬間に、身体を咄嗟に翻した。
直後、鰐の口から赤い光が迸り――真っ赤な火炎を放射した。
「熱っ……!?」
溶けた岩に劣らない熱が放たれている。
熱に耐えられるだけでなく、放つことすらできるらしい。
この階層に相応しい怪物である。
横に避けていたのだが、奴はそのまま首を振って来る。
走って逃げて、引き抜いた投げナイフをその目に目掛けて投擲する。
が、膜のようなものが下りて弾かれた。
なるほど、それで保護してるのか。
甲鱗はみっちりと身体を覆っており隙間は見えない。
関節部分は流石に光は
分厚く太い身体はそう簡単にはひっくり返せそうにない。
さてどうするか……。
「……ん?」
火が消えたのと同時に、奴の核は暗くなった。
そのまま明るくなる様子はない。
……今なら火は噴かないな? なら――。
全力で駆け出し、奴の口へと迫る。
鰐は獲物が自ら来たと大口を開けてこちらへと飛び込んでくる。
その下あごを踏みつけ、上あごに毒撃ちを叩き込む。
『――――!?』
それでも怪物は俺を喰おうと顎を閉じる。
歯が肩や背に突き刺さるのも構わずに、左手で短剣を引き抜き、奴の脳天へと下から突き刺した。
「さっさと、死ね……!!」
『――――』
それでも続く圧に耐えながら左腕をぐりぐりとねじ込んで、暫く。
ようやく鰐は動きを止め、閉じる力が緩んだ。
「……死んだか。体力有り余りすぎだろ……」
数十cmはある牙が突き刺さり、身体が痛い。
ずしりと重くなった死体をなんとか持ち上げ引き抜いて、地面へと降りた。
「痛って……」
「――ゼナウ!」
腰の鞄から回復薬を引き抜いて、蓋を取る。
こちらへ走るカトルに大丈夫だと振り向いたところで、異変に気付いた。
カトルの表情が、未だ強張っている。
その口が動いて、何かを叫んだ。
「――後ろ!」
「……あ?」
呟いた直後。背後で液体の弾ける音が響いた。
これは、先ほど鰐が出てきた……。
振り向いた俺の視界には、大口を開けたもう1体の鰐が飛び込んでいるのが見えたのだった。