違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第111話 監獄島の迷宮第16層/溶石洞⑤

 

 

 

 監獄島の探索は2日目に入った。

 昨日は火の川周辺まで探索を行い、はぐれた蛙と戦った。

 奴はひび割れた岩のような外皮を活かした落下撃(プレス)を得意とする染獣であった。

 見た目の通り赤熱した身体は熱く、重さと熱の2つで攻撃をしてくる。

 

 予想していた通り舌も伸びてきた。

 舌から分泌された粘膜が油のようで、恐らく引火性。

 粘膜を受けた状態で奴の身体に触れたら発火……そういう仕組みなのだろう。

 

 戦闘方法がこの環境に合致しすぎている。この蛙は後天的に熱を持ったんじゃないのか……? 

 まあシュクガル老たちの理論も完璧ではないのだろう。

 

 その後はそれ以上進むのは止め、素材集めや周辺の探索に当てた。

 最初の土竜の死体も運んで、上に待機していた使用人たちに素材を渡すなどをして、1日目は終了した。

 

 というわけで2日目。

 

「今日はさっさと川に向かって遡上していこう」

「どこか安全な休憩場所が見つかれば、野営もするんだよね?」

「ああ。残り時間が少ない。戻る時間もできればなくしたい」

 

 後は、3体以外の染獣がいないかも調べなければ。

 昨日の土竜、蝙蝠、蛙はどれも主になるような階層の支配者には見えない。

 草原地帯のような、3体持ち回りの可能性もなくはないが、恐らくは別に強力な染獣がいると思われる。

 

 できればそいつと戦いたい。

 そうでなければ、最終目標である左目の成長は見込めない……気がする。

 

「休憩場所が見つかればその後、見つからなければ戻る時に左目を使い込む。そのつもりでいてくれ」

「……わかった」

 

 昇降機を降り、昨日進んだ道を急いで進む。

 結構な数を倒したおかげか坂道での土竜との遭遇もなく、蝙蝠も降ってこなかった。

 おかげで素早く火の川付近まで辿り着くことができた。

 

「流石にここまでくると暑いな……」

 

 安全のため川から数十mは距離をとっているが、それでも熱気が凄まじい。

 だというのに蛙は悠々と過ごしている。

 それなりの数が見えるが、近づかなければ襲ってこないのであいつらは無視。

 

「ほれ、さっさと進むぞ」

 

 今日も背後から隠れてついて来る爺さんたちに促され、先を急ぐ。

 

 昨日は早めに切り上げたために、地上はまだ薄暗い早朝の時間帯。

 それ故時間はたっぷりとあるが、この階層もどれだけ広く複雑かは未だ不明。

 できれば早く休憩場所を見つけたい。そう思い、足早に熱と冷気の入り混じった洞窟を進んでいき――2時間ほどが経った。

 

「……妙じゃのう」

 

 唸る様にシュクガル老がそう言ったのは、道中の洞窟で休憩をしている時であった。

 

「何がだ?」

「この階層、染獣が大人しすぎる」

「……それは確かに。侵入してきた敵を迎撃するって感じだった」

 

 火の川の遡上途中、土竜や蝙蝠は川には近づいてこず、迂回のために山を越えたり洞窟内に入った際に襲い掛かってきた。

 ただ積極的に襲ってくる訳ではなく、奴らの領域内にこちらが踏み込むと攻撃してくるようであった。

 

「そう。積極的に襲ってくる『捕食者』がいないんじゃ。生態系における上位種と言ってもいい。食うものがいてこそ生態系は回る。いくら滅亡した後でも、そこは変わらない筈じゃ」

「……主になるならそいつ、だよな」

「うむ。そこは間違いない。他にもいる可能性はあるが、『捕食者』は間違いなくおる」

 

 俺が探し求めている強い染獣こそがその捕食者だろう。爺さんもそう言うのであれば、やはりいるか。

 ならばこの後からはその捜索に専念するとしよう。ただ、どうやって探すか……。

 うんうんと考え込んでいると、カトルの声が響く。

 

「そういえば、主ってどういう基準でなるんですか? 階層が滅んだ後の姿を保存してるなら、主は……?」

「そこに関しては、正直分かっておらん」

 

 腕を組み座り込みながら、シュクガル老がむう、と首を横に振る。

 

「ただ、例えばワハルの20層におる『踏み鳴らし』のような化け物は、それ自体が滅びの原因であった可能性はある」

「……確かに、あんなのが現れたら都市なんて簡単に潰れそうだな」

 

 今は倒し方が分かっているからいいが、何も知らずに対峙すれば間違いなく死ぬし、都市の1つや2つ簡単に壊滅するだろう。

 カトルと2人でぶんぶんと頷いていると、「ただなあ」と爺さんが唸る。 

 

「『踏み鳴らし』ならまだしも、5層の女王鱗魚鬼(フログ)にそんな力があったとは思えん」

「それも確かに」

「故にあの階層は環境変化が原因で滅び、その後最も繁栄した種が主になった……のかもしれんな」

 

 少し曖昧に爺さんはそう締めくくった。

 確かにあの鱗魚鬼(フログ)連中に世界が滅ぼされるなんてまるで想像できない。

 いや、一般人が遭遇すれば間違いなく死ぬんだが……。俺らの感覚がおかしくなっているだけなのか?

 まあそれはともかく。

 

「じゃああの階層が滅んだ原因は?」

「水没じゃろう。あの地底湖の下は相当深いぞ? あ奴らや水蛇らの住処には広すぎるわ」

 

 そういえば潜ったんだなこいつら……ってああ、そうか。その仮説があるから潜って調査してたのか。

 水没が原因なら湖底に何かが沈んでいる筈、ってわけか。

 今ならその行動も理解はできるが、それにしたって危険だろ。よくやるよ……。

 

「となるとこの洞窟の主は、まだ見つかっていない捕食者である可能性が高い、か」

 

 正直この6日間で主に辿り着けるとは思えないが……。

 今の話から、やはり『捕食者』の染獣がいる可能性が高そうだ。

 

「よし、次はそいつを探す。ただ、目星が欲しい。いるならどこにいるか……」

「……火の川の周辺じゃと思うがのう。この環境の覇者となるなら、火への適応は必須じゃろ」

「妥当だな」

 

 ならば引き続き火の川を遡上すれば問題なさそうだ。

 問題はここに至るまで、俺の視界に映っていないことだが……もっと奥に行けばいるのだろうか。

 

 そこで会話はいったん途切れ。

 俺はどこを探すか地図を眺め、他の面々はそれぞれの準備やら作業を進めていたのだが。

 

「――ねえ、ゼナウ」

「ん?」

 

 ふと聞こえた声に顔をあげれば、カトルが周囲を見つめながら呟いた。

 

「今更だけど、ここなら休憩場所にぴったりじゃない?」

「ん? ……そうだな。今のところ土竜も来てないし、近くにもいないな」

 

 ここは火の川が岩壁の下に潜っているためか、地面も僅かに温かい。

 そのせいで土竜も近寄って来ないのだろう。

 蝙蝠はこの空間内には不在。唯一蛙が怖いが、入口さえ塞げば問題ないか。

 

「よし、じゃあここが仮の休憩場所ってことで。野営の準備をしておこう。タハムさん」

「わかりました。お任せを」

 

 タハムさんが笑みを浮かべ頷いた。

 今日はタハムさんたちに野営用の装備を運んでもらっていたのだ。

 そのまま爺さんを除いた3人で、野営用の設備を展開した。

 

 その間も染獣は来なかったので、やはり問題なさそうだ。

 そうして休憩と設営を終え、再び北北東へと出発をする。

 

「カトル。ここからは左目を使う。頼むぞ」

「……!! うん」

 

 迷宮の調査は色々と勉強になった。

 だが、俺にとっての修業はここからが本番。

 左目に意識を集中させ、迷宮側へと潜る。

 

 頭の奥がじりと滲む。

 

 ――聞こえてるか?

 

 試しにそう頭の中で喋ってみるが、やはり反応はない。

 まあいい。精々死なないように頑張るとしよう。

 

 洞窟を抜け、引き続き火の川に沿って移動していくのであった。

  

 

***

 

 

 左目を使いこなすための修行。

 それはとにかく――戦うことである。

 

『――――』

 

 熱岩蛙が俺を目掛けて飛び込んでくる。

 腹は比較的脆いが、巨大な質量を迎撃する術は俺にはない。

 騎士たちの様に岩魔法が使えれば楽なんだろうが……ないものは仕方ない。

 

 跳躍を避け、引き抜いていた投げナイフを曲がった脚の関節部に叩き込む。

 そこが一番脆い。刺して、すぐさま蹴りつける。

 

 蛙は悲鳴をあげない。

 だからこれが有効打だったかも分からん。

 が、今はひたすら動き続ける。

 

『――――!!』

 

 俺には聞こえない悲鳴に反応したのか、別の蛙が素早く舌を伸ばしてきた。

 速い……が、視界の端で煌めいたその光は反応できない程じゃない。

 

 首を曲げて舌を避け、抜いた別の投げナイフで半ばまで切り裂く。

 力の行き場がおかしくなった舌が暴発する様に弾け、蛙の身体がひっくり返った。

 そこへ駆け込み、露わになった腹に毒撃ちを叩き込んだ。

 

 やはり腹なら()()

 楽にひっくり返す手段があれば倒しやすくなるだろうな。

 

 まあ今はいい。

 残るはもう1体。

 

 最後は川のほとり。背後に跳躍し脚の一部を火の川に浸した蛙がこちらを睨む。

 跳躍も舌も潰した。

 残る手段は何がある――?

 

 蛙の動きを注視しようと深く見つめた先。蛙の巨体ではなく、その背後。

 火の川の水面が()()()と膨れ上がった。

 

「……あ?」

 

 次の瞬間。

 溶けた岩が弾け、そこから巨大な()が現れた。

 

『――――!!』

 

 ばっくり開いたそれが蛙を咥え込み、そのまま川の中へと消えていった。

 ほんの一瞬の、捕食であった。

 

「……あー」

 

 いたな。探していたもう1体が。

 

「川の中におったか。ほほ、そりゃ気付かん」

「溶けた岩なら彼の目も欺きますか。まさに環境の覇者ですなあ」

「呑気に言ってる場合です!? 助けは……」

「まっ、大丈夫じゃろ。見てろ見てろ」

 

 ――勝手に言ってやがる……!!

 

 短剣片手に姿勢を低く保ち、再び静かになった川を見つめる。

 溶けた岩は左目で見ても真っ赤に輝き、その奥まで見通せない。

 ……来ない? 餌を得て逃げたか?

 

「……試してみるか」

 

 分からないなら、調べるしかない。

 丁度いい。爺さんの言う調査の方もやってみよう。

 ゆっくりと川べりに近づいていく。

 力も意識も常に足に集中。直ぐに動けるようにしながら、慎重に。

 

 鼻に、目に、頬に熱気が触れる。

 

 暑い。いや熱い。

 もう少し近づけば眼球が沸騰して弾けそうな、そんな恐怖が全身に広がる。

 

 だがそれでも進む。

 大丈夫、後ろにはカトルたちがいる。万が一の時はあいつらが……。

 

「……ん?」

 

 ひょっとして、この考え方じゃ不味いのか?

 失敗しても何とかなる。そんな()()がある状態で、本当に限界ギリギリの修行ができるのか? ……そうじゃないよな。

 

 命を賭ける。それでこそこの修行の意味がある。

 ならばどうするか。

 1度だけ深呼吸をしてから、俺は川へと走り出した。

 

「――ゼナウ!?」

 

 さっきの蛙は川に着水した直後に襲われた。

 その()()を奴は察知したのだろう。

 腰の鞄から爆薬を取り出し、真っ赤に輝く川へと放り投げる。

 

 川に触れる直前に、熱で破裂。爆発が川の上で起きた。

 

「……っ!!」

 

 小型なので爆発も小規模。熱風で川の表面が一瞬裂けた程度。

 ただその一瞬。川の奥にキラリと光る体皮が覗いた。

 それが、凄まじい勢いで蠢いている。

 来た……!!

 

『――――!!』

 

 そのまま裂けた火は渦を巻き、真上へと吹き上がる。

 いや、現れたのは火ではない。

 川の中から飛び出した巨大なそれは――分厚い甲鱗に覆われた染獣。

 

 ばっくりと割れた、長い顎。

 分厚く短い腕が生えた丸太のような分厚く短い体躯。

 そいつが川べりの石床に叩きつけられ、溶けた岩の雨が周囲に降り注ぐ。

 そうして俺の前に着地した巨大染獣。その姿は……。

 

「鰐……?」

 

 漆黒の甲鱗に覆われた、頭から尾までほぼ同じ太さのそいつが、こちらをはっきりと捕捉した。

 縦に割れた目がこちらを睨む。

 てか鼻まであるぞ……あの超高温の中で生きてんのに? どうなってんだよその身体……。

 まあいい。これで主候補が分かった。

 

 火の川に棲み、その中を自在に泳ぐこの階層の捕食者。

 その外皮は未だ高温。何より見上げる程の巨体。

 さて、どうやれば倒せるか。

 左目に意識を集中させ、その身体の奥までを見通していく。

 

『――――!!』

 

 俺を獲物と捉えた巨大鰐が咆哮を上げる――だけではない。

 奴の身体の中心部に隠された核が一気に赤熱を始め、光の奔流がその口腔に集まり始めた。

 赤い光が俺の右目にすら現れ、開かれた顎に満ちていく。

 

 それは――炎の塊が渦巻いているようで。

 

「まず……っ!?」

『■■■■――!!』

 

 それに気が付いたその瞬間に、身体を咄嗟に翻した。

 直後、鰐の口から赤い光が迸り――真っ赤な火炎を放射した。

 

「熱っ……!?」

 

 溶けた岩に劣らない熱が放たれている。

 熱に耐えられるだけでなく、放つことすらできるらしい。

 この階層に相応しい怪物である。

 

 横に避けていたのだが、奴はそのまま首を振って来る。

 走って逃げて、引き抜いた投げナイフをその目に目掛けて投擲する。

 が、膜のようなものが下りて弾かれた。

 なるほど、それで保護してるのか。

 

 甲鱗はみっちりと身体を覆っており隙間は見えない。

 関節部分は流石に光は()()が、それでも堅そうだ。

 

 分厚く太い身体はそう簡単にはひっくり返せそうにない。

 さてどうするか……。

 

「……ん?」

 

 火が消えたのと同時に、奴の核は暗くなった。

 そのまま明るくなる様子はない。

 ……今なら火は噴かないな? なら――。

 

 全力で駆け出し、奴の口へと迫る。

 鰐は獲物が自ら来たと大口を開けてこちらへと飛び込んでくる。

 その下あごを踏みつけ、上あごに毒撃ちを叩き込む。

 

『――――!?』

 

 それでも怪物は俺を喰おうと顎を閉じる。

 歯が肩や背に突き刺さるのも構わずに、左手で短剣を引き抜き、奴の脳天へと下から突き刺した。

 

「さっさと、死ね……!!」

『――――』

 

 それでも続く圧に耐えながら左腕をぐりぐりとねじ込んで、暫く。

 ようやく鰐は動きを止め、閉じる力が緩んだ。

 

「……死んだか。体力有り余りすぎだろ……」

 

 数十cmはある牙が突き刺さり、身体が痛い。

 ずしりと重くなった死体をなんとか持ち上げ引き抜いて、地面へと降りた。

 

「痛って……」

「――ゼナウ!」

 

 腰の鞄から回復薬を引き抜いて、蓋を取る。

 こちらへ走るカトルに大丈夫だと振り向いたところで、異変に気付いた。

 カトルの表情が、未だ強張っている。

 その口が動いて、何かを叫んだ。

 

「――後ろ!」

「……あ?」

 

 呟いた直後。背後で液体の弾ける音が響いた。

 これは、先ほど鰐が出てきた……。

 

 振り向いた俺の視界には、大口を開けたもう1体の鰐が飛び込んでいるのが見えたのだった。

 

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