違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第113話 砂漠の少女①

 

 

 35層の砂漠に入ってしばらくが経った。

 熱と渇き、それにいつ染獣が来るかという恐怖に苛まれながら、セリィこと王族の少女ニスリンはただひたすらに砂漠を進んでいた。

 

 ……不自然な程に静かだ。

 

 騎士たちがこの階層の探索を封じているのもある。

 ただもしそうなら尚更に、先に入った筈の侵入者の音やら痕跡がある筈なのだが……何も感じ取れていない。

 ここにあるのは無数の砂に遠くに見える石柱と、染獣たちだけ。

 

 染獣には時折通り抜けるものに、それを地面の下から襲って捕らえるものもいる。

 地上とは大分――主に大きさの点で違うけれど、砂漠の中で起きる営みは変わらず行われており、今のところ自分(セリィ)が気付かれた様子はない。

 隠形は問題なく機能していた。

 

 だが、何もないとなると……一体どこに向かえばいいのやら。

 なにせ目の前に広がるのは砂漠だ。行く当てなんてあるわけがない。

 

 ――せめて、地図を持ってくればよかった……。

 

 今から戻るべきだろうか。

 いや、きっと今頃はあの倒れていた人々が見つかって騒ぎになっている筈。

 そこに戻ってみろ。下手すれば実行犯として拘束されかねない。

 覚悟を持って飛び込んだのは自分だ。何とかして成果を手に入れなければならない。

 

 ――どうする。どこを探す?

 

 必死に考えても、答えは出ない。

 ああ、飛び出すんじゃなかった……。

 

「……?」

 

 周囲を眺め、ふと気付く。

 砂塵の向こうに長く伸びた塔のような構造物が見える。

 

 そうだ……あの岩場!

 あそこに登れば、周囲の状況が分かるかもしれない。

 うん、きっとそうだ。

 どうせ他にあてもない。セリィは意を決して、その方角へと走り出した。

 

 

***

 

 

 場所は変わって、白砂の国(ハルモラ)の首都ワハルにある王宮内部。

 その奥の奥。壁と警備に厳重に守られた場所で、優雅に茶を嗜む集団がいた。

 

「あら、これいい香り。アンちゃん、これは?」

「西の方からの輸入品の香茶です。名前の通り、良い香りでしょう? あちらでは主要な産業でして、お試しにといくつか買い付けてみたんです」

「んんー。味も上品で焼き菓子によく合う。これ、売れるわよ」

「では定期の買い付けを。宣伝にはぜひご協力をお願いしますね?」

「勿論。私の演奏会は人気なのよ? 任せて」

「「ふふふ……」」

 

 悪い顔をして微笑み合うのは、アンジェリカと第二王妃。

 ジンが王子となった事と、『大海の染獣』討伐までの避難場所として、それぞれこの王宮最奥部の王族のみに許された居住区画に身を寄せていた。

 

 絹がふんだんにあしらわれた真白の部屋には、2人の他に王妃付きの若い使用人と、頭だけ鎧を外した鉄塊ことアズファムの4人だけ。

 天窓から吹き抜ける乾いた風に、水の魔法具の(ミスト)を乗せて清涼にした室内。

 風に揺れる絹の衣擦れと、陶器の触れる微かな音だけが鳴る中、王妃は穏やかな笑みをアンジェリカへと向けた。

 

「それで、どうなの? 準備は順調かしら?」

「……ええ。できることは全て行っています」

 

 今はお茶を嗜んでいるアンジェリカだがただ休んでいる訳ではなく、10数日後に迫る討伐に向けて色々と奔走中。

 今は一仕事を終えた休憩時間である。

 こうしている間も『赤鎚』は装備の生産を続け、騎士団組もそれぞれの準備を進めている。

 そして本命の2人も……。そこが一番不確かで、可能性に満ちているけれど。

 彼らならきっと成すだろう。成果が今から楽しみだ。

 

「『大海の染獣』討伐に必要と思われる事柄は全て手配済みです。失敗はありませんよ。ジンを必ず王にしますよ、私は」

 

 真っすぐ見つめてそう告げるアンジェリカを見て、王妃は微笑んだ。

 

「……うん。その顔は大丈夫そうね」

 

 ゆっくりと立ち上がり、アンジェリカの温かな頬に触れる。

 

「ジンのことはありがたいけれど、私はあなたのことも大事なのよ、アンちゃん。あなたは私の大切な1人娘なんだから」

「……ありがとうございます。ルシド様を守れなかった私を、受け入れていただいて」

 

 アンジェリカにしては珍しく、涙ぐんだ声でそう言った。

 しおらしい様子に、王妃は更に笑みを深めて頬をむにむにと弄る。

 

「お、王妃様……」

「ふふ、可愛いアンちゃん。……あなたは何も悪くないわ。だから、ジンを、この国をお願いね」

「……はい」

 

 義理であり、そして今や繋がりすらなくなった関係ではあるけれど。

 それでも確かな絆が2人にはあった。

 使用人と鉄塊がその様子を微笑ましく見守っていると、慌ただしく部屋に入ってくる影があった。

 

「……2人とも、大変だ!」

「あら、ジン。どうしたの?」

 

 その人物は、今や王子となったジンである。

 豪奢な衣装に身を包んだ彼は、執務室から走ってきたのだろう。大慌てで部屋に飛び込んできた。

 彼の執務室からここまで結構な距離があるのだが、息を切らせた様子もなく彼は告げる。

 

「ニスリンが行方不明なんだって」

「ニスリン……? それって確か……」

「第三王子の妹君ね。成人前だけれど、本人の強い希望で探索者として活動しているわ」

 

 首を傾げるアンジェリカに、王妃が教えてくれた。

 第二王子にジンという弟がいたのと同じように、第三王子にも弟妹がいる。

 第三王妃は最も年若く容姿に優れた人だった。そのせいか国王も大分()()()になり、兄弟も多いのである。

 

 ――助平爺が……。

 

 湧き出る怒りはともかく、アンジェリカとしても第三王子の周辺が今大変な状況にあることはようく知っている。

 母親である第三王妃は精神を病み療養。それに伴い使用人や護衛の騎士たちも一時的に屋敷を離れていた。

 つまり警備にあたる人員が大幅に減っているのだ。

 

 元々、第三王子自身が別の都市に拠点を置いていたこともあり、王妃や弟妹達の住まう邸宅に配置された人員は多くなかった。それ故に、弟妹達は王族としては比較的自由にそれぞれのやりたいことをしていたと聞くが……。

 

「探索者をしていた妹君が、行方不明?」

「そう、昨日から。あいつはこのワハルの迷宮を拠点に活動していたんだ。ほら、ゼナウさんと一緒に探索者になった民間上がりの人たちがいたでしょ? 最近は彼らと組んで潜っていたみたい……なんだけど」

「……屋敷に戻らなくなったと」

 

 王妃までも不在になったことで、元々少なかった屋敷の人員は最低限となっただろう。

 それが原因だとは思わないが、そのせいで発覚が遅れた可能性は高い。

 ようやく事態に気づき、大慌てで捜索が始まり……ジンの下まで届いたということか。

 

「今の話だと、その民間上がりたちはちゃんと所在が確認されているのね?」

「うん。そもそもニスリンは迷宮の探索中に行方不明になったわけじゃないんだ。いなくなったのは、探索の後だって」

「後?」

 

 ジンが言うには、6層までの浅層を探索していたニスリンは、探索終了後に突如として姿を消したのだという。

 

 どうも王族という身分は明かさず傭兵として行動を共にしていたようで、探索終了後にはそのまま解散する、といった関係だったそう。

 だがここ最近はそんな仲間たちですら怪しむ程に、探索後に突如として姿を消すことが頻発していたらしい。

 

「それは、いつ頃から?」

「声明が出る数日前からだって。多分、屋敷の状況から異変を察知して、調べてたんだろうね」

 

 第三王妃が別邸に移ったことが原因か。

 半狂乱になって叫んでいたというから、弟妹達は当然ながら異変に気が付いただろう。

 その上であの声明だ。行動を起こしてもおかしくはない。ないのだが……。

 

 ――なんで護衛や取り巻きたちはそんな妹を閉じ込めておかないの!? するでしょう、何か!!

 

 どうせ自分の保身にかかりきりでそれどころではなかったのだろう。ああ、一体どうしてくれようか……。

 こみ上げる怒りを抑えつつ、口を開く。

 これはアンジェリカ自身が招いた事態でもある。……可能な限り捜索には協力せねば。

 

「……失踪前に彼女が最後にいたのはどこ?」

「勿論支部だよ。探索後に受付広場まで戻った時に突然姿を消して、そのままだって。でも、付近をいくら探しても見つからないんだって……」

「……そう。なら、地上にはいないのでしょうね」

「やっぱりそう思う?」

「ええ。彼女が探索者なら、間違いなく」

 

 彼女がいなくなったのは正確には地上ではなく、支部の中だ。

 探索者にとってそこは――未だ迷宮の中だといえる。

 つまりそのニスリンという王族は、仲間と別れて1人で迷宮へと戻ったのだろう。

 

「あらあら。大変なことが起きてるのね。アンちゃん、行先に心当たりは?」

「……1つだけ。まさかとは、思いますけどね」

「それって――」

 

 息を呑むジンに、アンジェリカは頷き、告げる。

 

「35層に、砂漠に向かった可能性はあります」

「まあ」

「……今行くなら、やっぱりそこかなあ」

 

 正直、何故彼女が迷宮に戻ったのかはわからない。

 これが第三都市なら話は簡単だ。

 失踪した兄を自ら探そうとでもした――健気な兄妹愛だ。

 

 だがここはワハル。ここに第三王子はいない。

 それでも彼女が何かを求めてワハルの迷宮に入ったのだとしたら……湖畔の国(ラクトリア)の連中目当てしかありえない。

 

 王妃様もジンも知らない、アンジェリカ達だけが知る事情といえばそれくらいだ。

 奴らは必ず砂漠地帯にやって来る。なにせそう仕向けたのだから。

 だが、それをニスリンがどうやって察知したというのか。

 

「――まさか」

 

 ぞわりと、背筋を冷たいものが走った。

 まさか、まさかとは思うが……もしかしたら、そのニスリンという少女は、湖畔の国(ラクトリア)の連中を見たのかもしれない。

 

 そうならば全てが理解できる。

 第三王子――兄の仲間を知っていた妹が、全滅した筈の第三都市の人間を見た。

 そいつらは、何故だかワハルの迷宮に入ろうとしている。

 兄のことを聞くためにそれを追ったというのなら、理解ができる。

 

 もしそうだとして、分かることは2つ。

 王族が単独で31層以深の深奥層に潜ってしまったこと。

 そして、湖畔の国(ラクトリア)の連中が()()()()()()()()()()()()()()可能性があることだ。

 

 念のために置いた騎士の監視は、あまり意味をなさなかったらしい。

 騎士はルトフの部下だ。怠慢だとは信じたくはない。

 

 ――やっぱり、無策では来なかったということかしら。

 

 奴らは監視を欺く何かしらの手段を持ってきたようだ。

 これは、一度支部を徹底的に調べた方がよさそうだ。

 

 やることが増えたと、心の中で嘆息をしながら、アンジェリカは今すぐすべきことを思考する。

 

「……まずは捜索隊を派遣しましょう。これ以上、王族からの行方不明者を出すわけにはいかないわ」

「そうだね。……でも、誰を?」

 

 問題はそこ。もし本当に湖畔の国(ラクトリア)の連中が入り込んでいるのなら、下手な人材を送り込むわけにはいかない。

 さてどうするか……。

 悩んでいると、アズファムが口を開いた。

 

「ニスリン様は隠形を使うのだったな」

「あっはい、そうです。師匠」

「なら1人適任がいる。そいつを向かわせる」

「1人……?」

 

 第三王子は隠形を得意としていた。彼女はそれを受け継いでいるのだろう。

 そしてそれは、その配下も同じ。

 

「……ああ」

 

 湖畔の国(ラクトリア)の連中がいるかもしれない階層に送り込んでも何の問題もない人間で、隠形が得意なお姫様探しに最適な人材……確かに、()()なら適任だろう。

 貸しもあることだし、ね。

 アズファムと目を合わせて頷いてから、アンジェリカはジンへと向き直った。

 

「ジン、お願いがあるわ」

「なんでも言って!」

 

 胸を叩いてそう言うジンに、アンジェリカは頷き告げる。

 

「あなたの騎士団にいる、カイという男を呼び出して欲しいの。今すぐに、ね?」

 

 

***

 

「はっ……はっ……」

 

 足を取られる柔らかな砂に転びそうになりながら、セリィは必死に砂漠を走る。

 背後からは飛び跳ねる様にして追ってくる巨大な羊のような獣の群れ。

 

 長く高く伸びた角は鋭そうで、貫かれたらひとたまりもなさそうだ。

 何とか追い払いたいが、今の自分の剣では傷をつけることすらできないだろう。

 だから、ただひたすらに――逃げなければ。

 

「なんで気付かれたの……!?」

 

 叫びはするが、分かっている。

 あれから何とか岩場にたどり着いて、蟹たちが来られないくらいの高さまでよじ登った。

 そこでようやく助かったと、気を抜いてしまったのがいけなかった。

 

 喉が渇いて、お腹がすいて……意識が緩んでしまった。

 いくら隠形が得意といっても、眠りながら使うなんて不可能だ。

 

 ハッと気付いた時には、よじ登った岩の上から、あの獣たちが覗いていたのだった。

 

 ――岩場なら安全だと思ったのに……!!

 

 というか、数十分かけて必死になってよじ登った岩場を、4つ足の獣がどうやって登ったというのか。

 切り立った壁に平行に立っていた気がしたのは、疲れてみた幻覚だろうか――。

 

「――ぁ」

 

 走りながら慌ただしく回っていた思考が、ふとぐらつく。

 がくん、と足を砂に取られそうになって慌てて姿勢を立て直した。

 

 ……駄目だ。喉が渇いて、もう限界が近い。

 

 意識が朦朧とし、視界が揺らぐ。

 真っすぐに走れているかも自信がない。

 

「……っ!?」

 

 背後からの突撃は何とか跳んで避けるが、角が鞄に引っかかって身体が吹き飛んだ。

 砂の上を転がり、痛みと熱が身体を襲う。

 何とか立ち上がろうとして、直ぐに崩れる。

 駄目だ。もう腕にも力が入らない。

 

 震えながら振り返った先。

 こちらへと駆け抜ける羊の姿があって――。

 

「……兄様……」

『――――!!』

 

 直後、その姿が消し飛んだ。

 

「……?」

 

 何が起きたのかは分からない。

 ただ、もう限界だった。

 意識が途絶える寸前、視界に別の獣が映った。

 それは――。

 

「い、ぬ……?」

 

 呟いた直後。今度こそセリィの意識は途絶えるのだった。

 

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