違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第115話 砂漠の少女③

 

 

 

「――そうですか、行方は未だ分からずですか……」

「はい。申し訳ありません」

「いえ、ありがとうございました。失礼します」

 

 ワハルの探索者支部。その受付広場にて。

 受付で話をしていたイランが戻って首を横に振った。

 

「駄目です。やはりセリィの行方は分からないみたいですね」

「そうか……どこ行っちまったんだろうな」

「やっぱりこの前の別れ際、何かあったんでしょうか……」

 

 ウィックたち民間上がりの探索者チーム。

 それに傭兵として参加してくれていたセリィの行方が分からなくなった。

 最後に会ったのは3日前。

 ここ最近奇妙な別れ方をしていた彼女が、遂に姿すら見せなくなった。

 

 昨日は約束していた探索予定日。

 彼女は現れず、代わりに姿を見せた男にウィックたちは逆に色々と質問をされることになった。

 どのような探索をしていたのか、最近の彼女の動向など様々に。

 

 何故か騎士まで引き連れてのそのやり取りは、明らかにセリィがただの身分でないことを示している。商人や騎士の家系では間違いなくない。貴族の子弟でも、このような扱いは中々見ない。

 

 ――セリィ(あいつ)、一体何者だったんだ……?

 

 全員が困惑しつつも、その男に言われるがままに『この件を決して口外しないこと』を誓った。

 事情を知る支部の人間以外に話し、それがもしバレれば……大変なことになりそうである。

 特にウィックたち『民間上がりの探索者』という栄えある身分は簡単に消し飛ぶだろう。

 

 故に何もできず、昨日今日はセリィを抜きに探索を行った……のだけれど、苦戦している。

 

「すみません、また足を引っ張ってしまって……」

「何言ってんの。アタシが敵を撃ち漏らしたのが原因。あんたのせいじゃないわ」

「そもそもセリィ含めて5層を突破できたわけですから、戦力が足りてませんよね」

 

 後は何より、皆の気持ちが沈んでしまっている。

 結局昨日は上手くいかず、今日も駄目だった。

 とぼとぼと地上に戻ってきて、試しにとセリィの行方が分かったか問い合わせてみたが駄目だった。

 

「セリィさん、どうしたんでしょうか」

「家の事情で来られないのよ、きっと……」

 

 いつもは強気なアイリスも、表情は冴えない。

 

「……」

「……」

 

 重苦しい空気が皆の間を流れている。

 このままだとこれからの探索も上手くはいかないだろう。

 

 ――あれ? これはもしかしてこのパーティーの崩壊の危機だったりします?

 

 イランはちょっとした不安を覚えつつ、この仲間と離れることに悲しみを覚える自分にも驚きながら、他の面々を順に見渡した。

 すると、ウィックが渋い顔をしているのに気が付いた。

 

「……うーん」

「どうしたんですか? ウィック」

「なーんか、嫌な感じだよな」

 

 そう呟いて、騎士たちの方へと視線を向ける。

 数日前と変わらず探索者たちを監視する騎士たち。

 ただその目線は、現れた当初と比べて剣吞なものに変わっている。

 

「セリィがいなくなったの、騎士団が現れた後だよな?」

「……そうですね」

「関連、あるよな?」

「むしろ他に可能性がないですよね」

 

 あれだけあからさまに騎士たちを連れての来訪だ。

 関係がないとは思えない。

 

「何者なんだろうな、セリィって」

「本当に。……今、何をしてるんでしょうね、彼女は」

「……探してみるか?」

「それは……大丈夫ですかね?」

「口外するなとは言われたが、探すなとは言われてない」

 

 明らかにやんごとない身分の相手。

 下手をすれば国やら支部の何かに抵触してしまう可能性がある、危険な行為だろう。

 

「……どうする?」

「やる」

 

 ウィックの問いかけに即答したのはアイリスだった。

 

「セリィは友達だもん。困ってるなら、助けてあげたい」

「……だな」

「はい」

「ぼ、僕も、そう思います」

 

 全員の意見が揃った。

 このパーティーはリーダーがいないため全員の合議で目的を決める。

 全員一致なら、もう迷うことはない。

 

「よし、決まりだ。どこ探す?」

「……地上は多分、あの縁者の人たちが探してるでしょう。となると、後は……」

 

 皆の視線が、昇降機へと注がれる。

 

「迷宮に入ったって? 1人でか?」

「いくらセリィさんでもそれは……」

「勿論そうと決まったわけではありません。ただ、可能性は高そうです」

「……だな。まずは支部の中を調べよう。それでも駄目なら、迷宮で」

「はい」

「うん!」

「は、はい!」

 

 失踪した仲間を探しに。

 民間上がりの探索者たちは、支部の中に散らばっていくのであった。

 

 

***

 

 

 その頃、遥か深くにある35層にて。

 砂漠を進む2人と1匹の一行は……とある問題に直面していた。

 

「……食糧が尽きるな」

「ええ!?」

 

 35層に点在する岩場の上。

 指示されるがままにクルルと登って遠見鏡で染獣たちの動きを観察していた。

 この2日ずっと、移動しては地図を描き矢印を書くという作業を続けている。

 夜が来ない迷宮に2日もいるのは初めてで、あまり満足に眠れていないセリィであった。

 

 緊張のせいか眠くはならないが、気を抜くとふと意識が遠くなる……そんな瞬間のカスバルの一言であった。

 

「それ、大丈夫なの?」

 

 2日も一緒にいるためにすっかり砕けた口調でセリィが問う。

 

「俺やクルルは構わない。食糧が尽きれば染獣を食う」

「食べるんだ……」

「だがお前は無理だろう? 浅層の探索者が食ったら最悪死ぬぞ」

「それ聞いたことある。詰まって死ぬって。本当に死ぬの?」

 

 身体が迷宮に馴染んでない内は消化することもできないという。

 逆を言えば、深奥層を長年探索しているような探索者たちは食えるようになる、というのが恐ろしくはあるが。

 セリィの問いに、カスバルは頷く。

 

「死ぬ。といっても俺が見たそいつは腹を切り開いて助かったが」

「お腹を……!? そっちの方が死んじゃいそうじゃない!?」

「なに、掻っ捌いてから縫い合わせて、回復させれば問題ない」

「ええ……」

 

 迷宮関連は相変わらず滅茶苦茶である。

 そこで一旦会話は途切れ、しばらく荒涼とした風の音だけが響いた後。

 考えを纏めていたカスバルが、ぽつりとつぶやく。

 

「……一度戻るか」

「え? でも……」

「この2日、あんたの言う侵入者は来なかっただろ。砂漠のどこかにいるかもしれないが、既に対処された可能性もある。一度確認しておいた方がいい。……それに」

 

 そこで言葉を切って、彼はこちらを見上げた。

 

「この状況なら、戻っても問題ないだろ」

「……確かに」

 

 この2日間描いていた地図を、セリィは見つめる。

 そこには無数の矢印で描かれた、大きな『渦』がある。

 昇降機から少し離れた場所から始まり、少しずつ広がる様に渦を描いているように見える。

 

「今までは直線的に進んでいたのに、この階層に入った瞬間にこれだ。やはりいるのは35層か」

 

 2日かけて――カスバルがこの階層に入ってからは3日をかけての調査の結果、実はセリィたちがいるこの岩場は、昇降機からそこまで離れてはいない。

 急げば半日もあれば戻ることができるだろう。

 

「この様子なら、ある程度無視して進んでも大丈夫だろう。一度戻って補給して、次はもっと奥まで一気に進む。そのための補給だ」

「そういうことなら……」

 

 地図を仕舞って、クルルと一緒に砂の上に飛び降りる。

 最早慣れつつあるが、砂だらけの髪が重くて仕方がない。

 地上に戻るならば一度綺麗にしようかと、そう思ったのだが。

 

「ついでにお前を地上に帰す」

「え?」

 

 不意にそう告げるカスバルに、驚いた声をあげてしまった。

 そんな彼の表情は、あきれ顔。

 

「なんだ、ついて来る気だったのか? お前はその気でも、地上の連中が許さないだろう」

「く、クルルと一緒に昇降機に残るのは……」

「駄目だ。その間に例の連中が来たらどうする。クルルに何かあったら許さない」

 

 ――私じゃないんだね……。

 

 これでも一応王族なのだけれど、押しかけている身なので何も言えない。

 実際、彼の言うことはもっともだ。

 この2日間例の侵入者は見ていないし、その気配もないが、この広大な砂漠地帯ではただ遭遇していないという可能性も大いにある。

 ……そう考えるとあの侵入者は何の目的でここに来たのか、セリィには全くわかっていないのだが。

 

 ――あれ? 私、何のためにここにいるんだっけ……?

 

 あまりに勢いで動きすぎた。

 ……うん、一度戻って、ジンたちに話を聞いた方がよさそうだ。

 そう納得しかけた、その時。

 

「――――!」

 

 ふと、クルルが耳を立て、顔をあげた。

 しばらく視線をさ迷わせた後、わふ、とカスバルを呼ぶ。

 

「……何? また救護者か? 面倒な……」

 

 どうやら、自分と同じような存在が現れたらしい。

 

「まさか、あの侵入者たちが……?」

「……お前じゃあるまいし、違うだろ。砂漠で要救助者になるような間抜けな侵入者なら、話は早いんだがな」

「は……?」

 

 失礼なことを言われているが、事実なので言い返せない。

 そう、このカスバルという男、他人への配慮とかそう言ったものを一切しない男なのであった。

 あまりに自然に馬鹿にしてくるので、旅立って数時間で口調は砕け、何ならキレた。

 それでも一切堪えずに変わらないのもまた凄い。決して尊敬はできないが、その強靭な精神は見習うべきだろう。

 絶対に尊敬はできないが。

 

「まあいい。帰るついでに見てみよう。ただの遭難者なら拾っていく。行くぞ」

「う、うん」 

 

 素早く荷物を纏め、クルルが察知した方向へと飛び出していった。

 

 

 砂漠を走り抜けていく。

 クルルは速いが、カスバルもまたそれに負けないくらいの足の速さを誇っている。

 大荷物な上に巨大な剣まで背負っているというのに……身体能力は流石の怪物である。

 そのまま駆け抜けていくと、向こうに砂塵が舞っているのが見えた。

 

「うおおおー!!」

 

 叫びながら走っているのは、大きな背嚢を背負った赤毛の男性。

 その背後には、怒涛の勢いで追いかけてくる巨大蟹が2体。

 砂漠の砂の下に潜む染獣――握砂蟹(ガラタ)である。

 

 本来そこまで活発に動かない染獣だが、やけに素早い動きで男を追っている。

 ……いったい何をしたんだ?

 

「巣穴を壊しでもしたか。クルル」

「――――!!」

「お前はいつも通り隠れてろ」

「は、はい」

 

 セリィが慌てて飛び降りて砂漠を転がり、クルルはそのまま加速して蟹たちの脇へと回る。

 カスバル自身も背負っている太い釘のような剣を引き抜き、駆け出した。

 

「おい、お前! そいつらは引き受ける」

「た、助かったー! 悪ぃ、任せた!」

 

 走り抜ける男と入れ違うようにカスバルが飛び出て、迫る蟹に巨剣を振り下ろした。

 乾いた、しかし鈍い音が響き、蟹の足が1本軽々と吹き飛んだ。

 

『――――!!』

 

 斬られた蟹は経路を変えて横へと流れていく。

 もう1体はそのまま赤毛を追うが、そこへとクルルが飛び込んだ。

 

「――――!!」

 

 クルルの大きく開いた口に光が渦巻く。

 咆哮とともに、青白い閃光が迸った。

 

 クルルの口から放たれた()()()がもう1体の蟹を焼き、その動きを止める。

 対して着地したクルル自身は素早く動き出し、爪と牙を駆使して蟹の足を2本もぎ取った。

 一瞬にして2体の蟹の動きを止めた2人の相変わらずの手際に、セリィは思わず息が漏れる。

 

 そう、クルルは何故だか魔法を使える。

 犬?……ではなく染獣ならば納得できなくもないが、それを使役しているカスバルとの関係性もよくわからない。

 試しに聞いてみたら『クルルは俺の右腕だからな』とよくわからない答えが返ってきた。

 

 特選級というのはやはり(色々な意味で)規格外である。

 

「……よし」

 

 動きを止めた蟹相手に、カスバルとクルルが一気に襲い掛かった。

 もう何年も砂漠を旅しているという彼らに、機動力を失った蟹が勝てる筈もなく。

 あっという間に倒されたのだった。

 

 砂塵を巻き上げながら倒れていく蟹を背に、カスバルを尻餅をついて休憩していた男へと振り向いた。

 

「……で? お前は何者だ?」

「いやー、助かった助かった! ……いきなり潜ったこともない35層に行かされてどうしたもんかと思ったが、運がいい!」

 

 セリィとは違い、まだこの階層に入ったばかりだったのか、男は元気そう……というよりは軽薄そうな笑みを浮かべて何やら喜んでいる。

 ……運がいいと言ったのか、この人?

 

 なんだなんだと首を傾げていると、男は砂を払い落としながら立ち上がり、カスバルとその後ろにいるクルルを順に指さした。

 

「獣を連れてる男……あんたがカスバルだろ? シュンメル家からの伝言だよ。この国の王族がこの階層に入った可能性があるから、調査を手伝えって」

「王族?」

「ああ。第三王子の妹の……ニスリンだったか」

 

 懐から手紙を取り出して、カスバルへと差し出した。

 それを受け取りつつも、彼の顔がこちらへと向いた。

 

「ニスリンという名は知らんが……王族ならそこにいるが」

「は!? まじで!?」

 

 男がこちらへと駆け込んできて、顔をじっくりと観察される。

 

「体格、髪色……合ってるな。あんたがニスリンだな?」

「は、はい」

「よっし、オレはなんて運がいいんだ! 直ぐに見つけられるなんて! これで直ぐに帰れるぜー」

 

 なにやら歓喜している男を放って、カスバルは渡された書簡を読んでいる。

 クルルは大きく欠伸をしながら――未だ少し電気を放っている――砂漠に座り込んでいる。

 ……なんだこの奇妙な空間は……。

 状況は全く分からないが、もう戦闘は終わったのだからと、セリィはこの2日で仕込まれた解体をしようと蟹へと走り出して……カスバルに肩を掴まれた。

 

「え?」

「……帰還は取りやめだ」

 

 彼はこちらを見ることもなく、そう告げた。

 

「ええ!? なんで……」

「依頼主からのお達しだ。――そこの男。お前がナスルだな?」

「あん? そうだが」

「そうか。……2人ともついて来い。俺たちは、『大海の染獣』探しに向かうぞ」

「「――はあ!?」」

 

 有無を言わさぬ断言に、2人して大声をあげてしまった。

 

「ちょっと待て、なんでオレまで! オレはあんたに知らせて物資を届けるだけの約束で――」

「『――そう言ってあるから、好きに使え』だそうだ」

「嘘だろ!?」

 

 慌てて書簡を奪い取って、血走った目を限界まで開いて読み込んでいる。

 あれ、目が乾いて大変なんだよなあ……と、どうでもいいことを考えるセリィであった。

 

 しばらくして、男――ナスルが膝から砂漠へ崩れ落ちた。

 

「マジじゃねえか……くそっ、なんであいつがいるかもしれない場所に長居しなきゃいけねえんだよ! オレは帰るぞ!」

「『無断で帰ったのが発覚した場合は特例の庇護を解除する』……とも書いてあっただろ?」

「あったよ、こん畜生!! バレたら死罪だろ!」

 

 書簡を砂漠に叩きつけて地団駄を踏んでいる。

 あの侵入者のことは発覚していそうだから、地上は厳重な警備体制が敷かれていることだろう。

 ……が、セリィにはそんなことどうでもよかった。

 

「――ねえ、あなた!」

「ああ!? なんだよ王女サマ。オレはそれどころじゃ……」

「いいから! 後、アタシは王女じゃない!」

 

 そんなことはどうでもいい。

 セリィはナスルの服を掴んで叫んだ。

 

「あの侵入者のこと! 誰なのか知ってるの!?」

「……そうか、あんた、第三王子の……っち、全部押し付けやがったなあいつら……!!」

「いいから、教えて!!」

 

 がくがくと首を強請って叫ぶ。

 それでも面倒そうな顔の男に、カスバルが告げる。

 

「さっさと行くぞ。どうせ戻れないんだ」

「……ああ、くそっ! 分かったよ。王女サマもついて来い。1度しか言わねえからな!」

「だから、王女じゃないってば!」

「……染獣に気づかれるから、静かに頼む」

 

 ギャアギャアと騒ぎながら、まずは先の岩場まで戻っていく。

 こうして、砂漠の旅に奇妙な仲間が加わるのだった。

 

 

 

 

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