違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

118 / 140
第118話 白砂の迷宮第35層/大海の巣①

 

 

 

 

 全員が集結し、最後の準備を終えた。

 

「――未だ分からない部分はあるけれど、これが今できる精一杯」

 

 そうアンジェリカ嬢が告げたのは、数日を過ごして尚慣れない王宮内に用意してもらった一室。

 俺たち4人は最後の作戦会議を終え、アンジェリカ嬢が買い付けたという香茶を飲みながら休息をとっていた。

 もうとっくに作業は終えたから部屋に帰れば良いものを、なぜだか皆部屋に残り続けている。

 

 せっかく淹れて貰った香茶を残すのは忍びない……なんてそれらしい理由を考えながら。

 

 明日、俺たちは35層に挑む。

 多分俺にとっては、最後の迷宮探索になるだろう。

 振り返れば1年足らずの地下探索。あっという間だったなぁ……。

 

 冷え始めた生暖かい風を受け、じぐり、と左目が疼く。

 果たして、明日の2連戦で俺たちはいったいどうなるのやら。

 それを考えると、正直今晩は眠れる気がしない。

 明日に備えろとアンジェリカ嬢に禁止されているが酒の力に頼りたくて仕方ない。……が、今はこの香茶で我慢するとしよう。

 

「……」

 

 1人薄暗い砂漠を見つめながら、カトルの氷でよく冷やした薄紅色の茶を味わう。

 忙しく走り回って火照った身体にはこの冷たさが心地よい。

 柔らかな香りが口の中に広がって、少しだけ気分も落ち着いた気がした。

 

「ゼナウ、ここにいたんだ」

 

 ふと、カトルが横に立った。女性陣はついさっき入浴したばかりなのでホカホカと湯気を上げている。

 王宮の浴場はあまりに広く豪勢で、初日のカトルは目を回しながら帰ってきたのを思い出して思わず笑みが零れた。

 今はすっかり慣れて、冷えた夜気に蒸気をくゆらせながら欄干へと寄りかかる。

 

「いよいよだね」

「……ああ、そうだな」

 

 肩の触れ合う距離で、砂漠の向こうを見つめる。

 

「どんな姿なんだろうね。『大海の染獣』って」

「ん? ……そうだなー。デカい魚とかどうだ?」

「魚……痺砂魚(シビュル)みたいな?」

「いや、もっと大きいやつ。ウィックみたいな漁師が獲るような……鯨だったか」

「鯨かあー。それは、とってもおっきそうだねぇ」

 

 暗い空に手をかざして、カトルは言う。

 枯れた砂漠。それに似た地下の階層で、俺たちは『海』と対峙することになる。

 

「海を相手取る……今までのどの染獣よりも厄介だろうな」

「そもそも、35層だもんね。私たちが潜った中でも一番深くて、しかも、相手は隠れていた本当の主……なんだか凄そうだよね」

「当然、とんでもなく強いんだろうな。……しかも、俺たちにはその後がある」

「うん。……ぜナウがここまできた理由だもんね」

 

 あいつを、湖畔の国(ラクトリア)の連中を殺す。そのためだけにここまで来たんだ。

 策も練ったし、奴の情報は可能な限り集めた。

 だが奴は常に単独で行動していたらしく、戦闘面での情報は少なかった。

 ただ、分かったことが1つある。

 

『――気をつけろ。奴の剣は、多分()()()()

 

 そう告げたのは、騎士団施設に幽閉中のナスルであった。

 拘束こそされていなかったが、自由のない彼はそれでも怯えを浮かばせていた。

 

『……どういうことだ? 生き物だってのか?』

『詳しくは知らねえよ。ただ、あの迷宮都市にいる時、奴は度々「食わせる」だとか「喜んでる」とか言ってやがった。女や飼い犬相手じゃねえ、剣にだぞ? どんなイカれ野郎だよ。気味悪くて仕方なかったが……実際、ただの剣とは思えないほど、あれは禍々しい気を放っていた』

『……あの剣が……』

 

 俺の記憶にも、左目の記憶にもくっきりと残っていたあの黒剣。

 思い出しただけで左目が()()()()と動く。まるで何かの拒絶反応だ。

 勿論、こいつの言葉をそのまま信じるわけにはいかないが……用心だけはしておかねば。

 

 聞きだせたことは他にもある。

 

『あいつは染人(タグァ)じゃないのか?』

『……いや、違う……筈だ。ゲナールからそんな話は聞いたことがねえし、あいつの身体を見たことあるが綺麗なもんだったぜ? だから、多分違う』

『……そうか』

 

 強者であるが故に、情報が少ない。

 だが奴の身体自体がおかしいわけじゃないってことが分かっただけ、ひとまずは十分だ。

 

 ――やっと追いついた。もう、逃がさない。

 

 どうせ向こうから勝手にやって来るのだろうが、絶対に殺し切る。

 そのために全てを賭けてきたんだ。全てを――。

 

「……」

 

 知らずのうちに力が籠った手を、包む温かな感触があった。

 ハッと顔をあげれば、カトルの優しげな顔がこちらを見つめていた。

 

「……カトル?」

「大丈夫。一緒に戦うよ。約束、忘れないでね?」

「……ああ」

 

 一緒に『水陽の国』を探す。

 この国を出た、途方もない旅に出るんだ。

 そのために、俺は生きて帰らなければならない。

 

「ありがとうな。ここまでついてきてくれて」

「違うよ。ゼナウが私をここまで連れてきてくれたの。そうじゃなきゃ、今もずっとあの地下に籠ってたもの」

 

 握る手に力が入った。

 薄い皮膚から伝わる鼓動が、俺にまで伝播しているような気がした。

 そのまま、互いの視線が吸い寄せられるように合って、そして……。

 

「――あらあら。いつの間に」

 

 聞こえてきた声に振り向けば、露台(テラス)の入口辺りからこちらを覗いてくるアンジェリカ嬢と鉄塊の姿があった。

 ともに見たことのないくらい嫌な笑みを浮かべている。

 

「どうしましょう。私たちは退散しましょうか? ファム」

「そうだな。邪魔者は退散するとしようか」

「――もう! 茶化さないで!」

 

 顔を真っ赤にしてカトルが吠える。

 それに穏やかな笑みを浮かべつつ、アンジェリカ嬢はひらひらと手を振った。 

 

「冗談よ。明日は朝から早いのだから、今日はここまでにしましょう。……じゃあ、また明日」

 

 そのまま引っ込もうとして……直ぐに戻ってくる。

 

「だから体力を使わないようにね」

「使わない! ……もう」

 

 ふうと息を吐き出してから、カトルもまた入口に背を向ける様に小さく飛び跳ねた。

 

「じゃあ私も寝るね。ゼナウ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 手を振り見送ってから、残ったお茶を飲みほした。

 今の諸々のせいで、やはりしばらく眠れそうにはない。

 アンジェリカ嬢には悪いが少し身体を動かそうと、短剣を取りに部屋へと戻るのであった。

 

 

***

 

 

 そして翌日。

 俺たちはワハルの迷宮、35層へと足を踏み入れた。

 

 騎士団組4名。『赤鎚』3名。後はスイレンと俺たち4人の、12名の討伐隊。

 その先導を行うのが、カスバルとクルル、セリィに……ナスルも加えた3人と1匹の先遣隊メンバーである。

 

「……なんでまたオレまで……」

「諦めなよ。これが終わればお咎めなしなんでしょ?」

「騎士団の雑用係に強制就職だけどな。寝室は格子付きだとよ」

「……い、一般的には高給取りだから、ね……?」

 

 砂漠に負けないくらい乾いた笑いを浮かべているナスルは不憫だが、経歴が経歴なので仕方ない。

 そんな彼らをおいて、カスバルが皆に向けて告げる。

 

「――まずは真っすぐ北に向かう。俺たちが先を行くから、距離を開けてついてきてくれ」

 

 目的の場所までの進み方は分かっているので、粛々と進んでいく。

 結構足早に進んでいるのだが、2体に増えたぽくぽく駱駝君は問題ない速度でついてきている。

 

「……そいつ、結構速いな」

「でしょー? 改良の成果、ばっちりだよ。試運転してよかったあ」

 

 そう言って笑うアミカを上に乗せ、8本脚の駱駝君は軽快な動きで砂上を歩いている。

 

 見た目こそ変わらないが、前回の砂漠探索で得た知見をたっぷり活かしているらしい。

 足の回転率が上がって大分気持ち悪くなっている気がするが……不思議とルトフたち騎士団には好評だった。

 

「それ、地上の砂漠にも便利そうだね。うちの騎士団に卸してくれるかい?」

「ええ!? いいんすか!? ぜ、ぜひ……!!」

「そこ、商談は帰ってからになさい」

 

 道中はそんなこんなで賑やかに進んでいっている。

 勿論道中に染獣たちが現れるが、ここまで大人数になった俺たちの敵ではなかった。

 

 前半分をクルルが、後ろ半分を俺が担当することで、敵の接近も全て察知ができている。

 不気味なのは、湖畔の国(ラクトリア)の連中の気配が一切ないこと。

 やはり、仕掛けてくるなら終わった後なのだろうか。

 それとも別の狙いでもあるのか――。

 

「あ、ぜ、ゼナウさん」

「スイレンか。どうした?」

 

 後方を進む俺たちは、必然的に輸送班のスイレンたちと近い位置にいる。

 特に戦闘にも参加していないせいか暇なのだろう。

 彼女がそそっと近づいてきた。

 

「あなたの身体に関して、なんですが、その後変化は……?」

 

 ……そういえば忙しくて彼女にはまだ監獄島の詳細を伝えていなかったな。

 

「ああ、それなんだが――」

「ふむふむ。ほお……!! そ、そんなことが……!?」

 

 そうして、賑やかに話をしながらおよそ2日の旅を終えた。

 真っすぐ、足早に進んできた俺たちは、主の出現条件を満たす所までたどり着いた。

 

 

 

「――さあ、着いたぞ」

「……? ここが? 何もないけれど……」

「今はな。もう少し進めば、城塞握砂蟹(ガラタ)が現れる。目的の場所は、その先だ」

 

 岩場での休息をたっぷりととってから、最初の主との遭遇地点付近まで移動する。

 そこから先は、先遣隊メンバーの仕事である。

 

「……随分あっさり来られるんだね。アタシたちの苦労は一体……」

「そのための俺たちの調査だ。さあ、また頼むぞ」

「はーい。じゃ、行ってきます」

 

 そこからセリィ主導によって行われた城塞握砂蟹(ガラタ)の誘導を行って――俺たちは、目的の場所へと到達した。

 

「――見て! 城塞握砂蟹(ガラタ)が消えちゃった」

「……砂に潜ったわけじゃないのよね」

「ああ。あの先が、目的の場所だ。……行くぞ」

 

 前を行くカスバルたちの更に奥。

 見上げる程の巨体を揺らしていた蟹が、霧に隠れたかのように姿を消した。

 それだけではない。

 

「……? なんだか、涼しい?」

 

 慌ててその消えた場所へと走り込んでいくと、砂漠の熱が消え、まるで霧の中に入ったかのように視界が白く塞がった。

 

「ここは一体? 砂漠はどこに行ったの?」

「進めばわかる。いいか、決して離れるなよ」

 

 そのまま歩いていくこと、しばらく。

 俺たちの視界は唐突に晴れる。

 

「……ここが、『大海の染獣』の住処」

 

 アンジェリカ嬢の呟きが、遠く消えていく。

 そこには広大な砂漠の真ん中に立つ、巨大な岩の構造物が出現しているのであった。

 

 

***

 

 

 約3日の探索の末。

 そして数ヶ月の挑戦の果て。

 俺たちは『大海の染獣』の住処へとたどり着いた。

 

「想像よりも、ずっと大きい……」

 

 目の前に現れた、超巨大な岩の塊。

 その大きさは、つい数日前までいた王城かそれ以上の規模だろう。高さだけなら間違いなく王城よりも巨大だろう。

 

「塔ってか、小さな渓谷だなこりゃ……」

 

 岩盤が積み重なった階層は、見える限りでは4段。

 だがその1つ1つが途方もなく巨大で高い。

 数mなんて規模ではない。あの『踏み鳴らし』ですら収まりそうな、強大な構造物であった。

 

「でも、不思議な形。回転してるような、積み上がってるような……あの亀裂はなんだろう」

 

 太く短い巨大な岩の塔。

 その中心はくり貫かれ、更にこちら側の前面には斜めに断たれたような巨大な亀裂が存在し、こちらへと大きな口を開けていた。

 

「絵だと人工物にも思えたけれど、これは、どう見ても自然が生み出したものですね……」

「でも、窓みたいなものもありますよね。とっても、大きそうですけど」

 

 波立つように凹凸のある壁面。柱もただただ太い岩の塊で、人の手で削りだしたようにはとてもじゃないが見えない。

 ただそうなると、まるで階層の様に突き出た岩盤の床や、所々開いている穴の存在理由も分からないのだが。

 

 どうにかして中の様子を探りたいのだが、巨大すぎて砂上からは詳細は見通せなかった。

 実際に中に入っていくしかないだろう。

 だが、ともかく。

 

 俺たちは――ようやくここまでたどり着いたのだ。

 

「この中に、『大海の染獣』が……?」

「分からない。だから探すほかないだろう」

 

 誰かの呟きを、カスバルがそう返した。

 彼はそのままアンジェリカ嬢へと視線を向け、続ける。

 

「予定通りでいいな?」

「ええ。――全員、集まって」

 

 ここから俺たちは2班に別れて探索を行う。

 俺たちにカスバル、クルルを加えた探索班で、あの岩の塔に入る。

 残った騎士団組とウルファたちで安全な場所を確保、拠点の作成を行う。

 

 この場所の探索にどれだけ時間がかかるかも分からないから、休むための拠点形成を同時並行で行うのだ。騎士団は万が一のための戦闘要員である。

 セリィとナスルは拠点形成班に回ってもらう。

 

「カスバル、よろしく頼む。クルルもな」

「……ああ」

「――!!」

 

 彼らの視線は、岩の塔の向こうに固定されたまま。

 探し求めていたもう1匹の相棒がいるかもしれないのだ。彼らも必死だろう。

 

「ゼナウ、お前の目でここはどう見える」

「……そうだな」

 

 左目を迷宮側に潜らせて、向こう側を見通す。

 遠すぎるせいか全体的にぼんやりとしているが、幾つもの光が蠢いているのが見える。

 

「無数の染獣が見える……あんたの言う通り、ここは巣なんだろうな」

「そうか。長い戦いになりそうだ。『大海の染獣』は?」

「そういう()()()奴はいないな。……外れか?」

「分からん。ともかく、調べるしかないだろう」

 

 姿形も分からない染獣を探すのは一苦労だろう。

 特に相手は『海』。固形の身体かどうかすら怪しいのだ。

 だが、そのための訓練は監獄島でしてきた。

 

 カトルと目線を合わせ、互いに頷き合う。

『大海の染獣』――まずはお前から見つけてみせる。

 

「どこから入りましょうか」

「……生憎と梯子や階段はなさそうだ。あの亀裂の先をみてみよう」

「そうね。行きましょう」

「うん!」

 

 そうして、俺たちは隠された砂漠の秘境の探索を始めるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。