違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話 作:穴熊拾弐
迷宮第35層、『大海』の巣にて繰り広げられていた戦いは、続々と終結に向かい始めていた。
残る戦いは2つ。
その1つは、割れた塔の間で行われている異形の主たちとの戦いだ。
広場は水に沈み、戦いの場は上層へと移った。
といっても階層を上がったのはアンジェリカたち一行のみ。
主たち――
そんな奴らは、一行の攻撃を掻い潜りながら執拗に襲い掛かってきていた。
「……厄介ね」
そう呟くアンジェリカたちはスイレンによって治療中。
彼女がいるのは3階層。
『赤鎚』が大慌てでつくった仮拠点で身体を休めながら、眺めるのは割れた塔の向こう側。
ワーキルやイマ、ルトフたちによる魔法斉射が行われているが、残った主たちは素早くその動きを避けるか、魔法による迎撃を続けている。
「むう、落ちませんな……」
「うん。……触れないというのは、非常に厄介だね」
ルトフが苦々しく呟く。
遠距離攻撃に乏しいのが、この一行の弱点。
そのせいで残った主討伐が非常に困難になっている。
雨は止まず、既に広場は深く沈んだ。
幸い、水底で氷漬けの主2体が動き出す気配はない。
ただしその代わりに残った2体の厄介さが増している。
断裂し、真ん中が大きく空いたこの塔で、空中を自在に動く奴らを咎める手段は少ない。
蜘蛛の巣を歩けば良いのかもしれないが……まあ、自殺行為だろう。
『魔法、来るぞー!』
『せーのっ!』
空中の
予備の鉄塊の盾をカトルの氷で補強した臨時の防御壁。
どうも炎に近いその黒光を、なんとか防いでみせた。
向こうの攻撃は頻度こそ多いが精々この程度。
この状態になってからこちらの被害は殆どない……が。
それは相手側も同じであった。
「できるのは精々、時間稼ぎだね……」
幸いと言うべきか、あの主2体は決して塔の天井を越えない。
そう命令されているのか、あるいは……。
――あの『大海』を、恐れているのか。
どちらにせよ、動かないというのならありがたい。
我らは主に集中できるし、上で戦っているらしいゼナウへ敵の援軍が行くこともない。
『ルトフ、調子は?』
『変わらずだよ。倒せないし、動けない』
『……口惜しいわね。待つだけなんて』
『君が行っても変わらないからね。大人しく回復しておくように』
『むう……ゼナウが戦っているっていうのに……』
そう呟くアンジェリカは、鉄塊とともに治療中。
特に鉄塊の負傷は大きくすぐには動けない。
『うう、力が出ない。こんなの、初めて……』
『魔力の使いすぎだ。今は休め』
『――!!』
カトルにカスバル、そして彼のもう1体の相棒というヤクルは、消費しすぎた魔力を回復中。
既に2体の主と
ただ1人、ゼナウを除いて。
――この状況は、向こうとしても狙い通りなわけだ。
あの主たちの目的は、我々を天井に近づけないことだろう。
だから適度に逃げ、階を上がろうとすれば徹底的に阻止される。
勿論、突破を狙って無理はできる……が。
『……まだあの黒剣を倒しても、終わりじゃない』
『そうなんだよねえ……』
鉄塊の声に、苦笑いを浮かべるルトフである。
見上げた先。真上の『大海』は、未だ動かず。
――あれがいる限り、僕らは全てを注ぎ込めない。
既に退路は断たれた。援軍が来るまで、我らは死ねない。
ここで無理して天井まで上がって、皆でゼェルを倒したとして。
その瞬間に『大海』が降ってきたら、間違いなく全滅するのだ。
故に、絶対に無理はできない。
……それでも、できる限りを。
『ウルファ、いけるかい?』
『おうよ! ばっちりだぜ!』
直後鳴り響く、巨大な金属の回転音。
『踏み鳴らし』討伐に使われた、連鉄花火とかいう絡繰りの改良版。
1つだけ持ってきていたというそれを設置して、主を狙い撃つ。
これで足りない遠距離攻撃が補える。
――そもそも、あの2体をさっさと倒せばいい話だ。
息を吸い込んで、ルトフは声を張り上げる。
『さあ、止まらずやるよ! 大丈夫、勝てるよ!』
『――おう!』
震える皆の声を聞きながら、ルトフは天井を見上げる。
――悪いがしばらく手助けはできない。堪えてくれよ……。
その先で戦うゼナウを想って。
皆が戦いへと挑むのだった。
***
その頃。
塔天井での戦いは、激化の一途を辿っていた。
「ふん……!!」
迫る黒剣を避け、その合間に短剣を振るう。
奴の剣が空間を裂いたその瞬間に魔力を叩き込み、形成されたばかりの穴を破壊する。
「むう……!?」
こいつの剣はもう慣れた。
いくら空間すら裂く凶悪な剣撃でも、ただの振りかぶりなら喰らわない。
さっきのあの文字は良く分からないが……おかげで戦えるようにはなった。
しかも、魔力を込めた短剣なら奴の剣にも触れることが分かった。
勿論触れられるのはほんの短い時間だけ。
どうせ奴の斬撃は重く、身体ごと弾かれるのでそれでも十分――なのだが、問題が1つ。
「はぁっ――!!」
弾かれるように前に飛び出し、奴の首を掻こうと短剣の刺突を放つ。
奴はそれを避ける――ことはせず、短剣目掛けて黒剣の腹を差し出してきた。
「……っ!!」
途端にこちらは全力で制動をかけ、短剣を止めた。
もしこちらの短剣を受け止められ、そのまま黒剣を押し付けられればこちらが
防御で弾くのとはわけが違うのだ。
――攻撃ができない……!!
攻防一体の実に嫌な能力である。
当然それを理解しているゼェルは安易には攻めてこない。
あれだけ巨大な剣だってのに、細剣みたいな戦法に切り替えてきやがった。
どうにかして剣をどかさなければ、奴の身体には届かない。
――碌に触れないってのに? どうやんだよそんなこと……!!
そう叫びたい気分だが、そんなことをしても状況は変わらない。
再び襲い来る剣を弾き、穴を壊して距離をとった。
「……はっ、はっ……」
「ふぅ……」
互いに、息を荒げて対峙する。
焼けるように喉が痛み、呼吸の度に叩き込んでくる雨が息苦しさを加速させる。
……このままでは、勝てない。
何か方策を思いつかねばならないが、考えるには時間も空気も足りていない。
だが、互いに攻め手を欠くこの状況。困るのは奴も同じだった。
「……存外、しぶとい……」
そう呟くゼェルもまた苦し気。
奴を囲う包囲はどんどんと狭まっている。
嫌でも聞こえていた、階下の騒音は少なくなっている。
今はあの
こちらにやって来ないことからも、仲間たちは上手くやったのだろう。
俺相手にこれほど消耗して、無事に逃げられるとは思えない。
あれだけカッコつけて乗り込んできたのにこの有様。ざまあみろってんだ。
……ただ、限界という意味では、俺の方が早そうであった。
「はっ……はっ、……ッ!?」
荒れた呼吸の中、ずぐり、と左目から突き抜ける激痛が走る。
まるで毒撃ちでも撃ち込まれたような、図太い何かが貫く激痛。
痛みに閉じた瞼を開くと、左目の視界は掠れ、焦点が定まらなくなっていた。
――頼むよ、あと少しなんだよ……。
戦い始めてどれくらい経ったか。
分からないが、明らかに目を使いすぎている。
痛むだけなら我慢すりゃいいが、見えなくなるのだけは不味い。
多分、使えても後数回。
それまでに奴を殺す手段を見つけなければならなかった。
「……はは、これも駄目か。素晴らしいな、その目は。よもや、あの腐竜がここまで……」
僅かにふらつきながら、奴はそう言った。
こめかみのあたりを押さえ、こちらへと向けられた視線は――僅かに俺からは外れている。
「いいぞ、その目があれば、必ず……!!」
「……?」
なにやら叫んでいるが、それよりも奴の目線だ。
もしや、俺が見えていないのか?
思ったより奴も疲弊しているのだろうか? それとも……。
――よくわからないが、仕掛けるなら、今……!!
「……ッ!!」
なのだが、痛みで動きが止まる。
なにより俺も奴を倒す道筋は未だ見えていない。
――目の使用は最低限で、奴を殺す。どうすればいい。どうすれば……。
そのまま、俺も奴も身動きが取れずに降りしきる雨に打たれ続けた。
必死に雨の混ざった空気を吸い込みながら、なんとか準備を整えようとしていた、その時。
「……やむを得ん」
不意にそう呟いて。
奴は、剣を地面に突き立てた。
どぷり、とその剣先が沈み、固定される。
「あ……?」
「こればかりは……いや、今さら詮無いことか」
「何を……」
「認めよう。貴様は、我が死力を尽くすべき相手だと」
そこに寄りかかる様に柄を掴んで。奴は、大きく息を吸い込んだ。
その瞬間、奴の周囲の穴が大きく波打ち。
まるで間欠泉の如く、
「は……!?」
「この鍵は、深き迷宮を流れる力を呼び起こす。全てを蝕む深き力……例え海を呼ぶ染獣だろうと例外はない」
滝のように汗と水滴を流しながら、奴は震える剣を握りしめる。
分厚い岩の筈の床が揺らぎ、沈んで……凄まじい量の黒い光が噴出している。
いや、あれは光と呼ぶにはあまりにドロドロで。
まるで監獄島の溶けた岩の様な……そんな粘り気を持って、奴の周囲を昇っていっている。
怒涛の如く噴き上がる黒光。地鳴りのような音が響く。
恐らく自身も蝕んでいるだろうその中心で、奴は剣を引き抜いた。
深く穴に沈んでいたためか、その刀身には、輝き粘つく黒い光がでっぷりと塗られていた。
「――空間を裂き、異なる場所へと繋ぐ鍵。未だ至らぬ俺の力では、ただただ
うわ言の様に呟く奴の言葉は、まるで詠唱だ。
それに呼応でもしているのか、黒い光は蠢き続ける。
地面を、大気を震わす黒剣とその光は……見ているだけで全身に怖気が走る。
――ヤバいだろ、あれは……!!
止めなければ。
あれを、放たせてはいけない。
何かは分からないが、そんな気がした。
「――オオ……!!」
だが、走り出そうとしたその瞬間。
奴は咆哮とともに、あろうことか自身の足元に漆黒の光剣を叩き込んだ。
剣先が穴に触れたその瞬間、漆黒の衝撃波が放たれる。
それは俺の足下までも超えて――割れた塔の天辺全てを覆ってしまった。
「は……?」
足元を黒い光が駆け抜け、あっという間に周辺全てが漆黒の穴に変わった。
思わず跳んで避けていたが、当然、俺が立っていた地面もあの黒い穴になった。
――沈む……!!
かと思ったが、そんなことはなく、しっかりと両の足で着地することができた。
どういうことだ。今までの穴とは違うのか?
分からない。ただ、このままじゃ不味いことだけは良く分かる。
「ぬぅん……!!」
足元を観察していたその間に、奴は剣を振りかぶって肩に乗せる。
あんなもん乗せたら肩が消失するだろ……!!
だが、奴はそんなことを構わずに、全身の勢いを乗せて剣を振り回す。
「――ォオ……!!」
そうして振られた一閃から――壁の如き黒光が放たれた。
「はぁ……!?」
迫る巨大な光の壁。その高さ、軽く4mはあるだろうか。
多分、いや間違いなく触れたら死ぬ。
斬れるとかではない。跡形もなく消し飛んで終わりだ。
跳んで避ける――無理!
剣で弾く――もっと無理!
――動け、左目……!!
全力を込めて左目を開くと、ようやくブレブレだった視界が元に戻る。
すぐさま光の濃淡を見極め、光の隙間を探し……見つけた!
――下側ぁ!!
そこが薄いのをなんとか見つけて、全力の魔力を短剣に込めて、飛び込んだ。
黒い穴に飛び込むのは恐ろしかったが……何ともない!
触れた手が掻きむしられた様に痛むのがぞっとするが、すぐに飛び起きて周囲を見る。
すると――周囲には黒い断裂の壁が生まれていた。
「……これは……」
思わず動きを止めて、そう呟いていた。
足元に周囲――その全てが『穴』に覆われた。
そしてこれまで通りなら、この穴の全てから……奴のあらゆる攻撃が飛び出してくる。
――囲まれた。完全に……!!
いくら良く見える目があっても、疑似的に時を止められても、全方位からの連撃は防ぎようがない。
狙撃に槍撃。その全てが今すぐ襲い来る恐怖に、足元から震えが駆け抜ける。
「……ッ!!」
このままじゃ、死ぬ。
そう思い咄嗟に剣を構えるが……奴の攻撃はやって来なかった。
「……?」
奇妙な静寂に包まれ、俺は訳も分からずゼェルへと視線を向けた。
その先で、奴は剣を掲げて恍惚とした表情を浮かべていた。
「……はは、はは……ええ、ええ! もう間もなくです! もうすぐ、あなた方の下に……!!」
「……ああ?」
まるで剣に意思でもあるかのように、なにやら話しかけている。
よく見れば、その視線はどうやら定まっていない。
更に剣を握る奴の腕を這うように、剣から放たれた光が蠢いている様にも見える。
……なんなんだ? 何が起きている?
よくわからない事態に動きを止めてしまったが、直後空間を割る破砕音が鳴り響く。
周囲の穴が急速に拡大を始めたのだ。
その音に互いにハッと我に返り、奴が弾かれたようにこちらを見つめた。
周囲の黒い光のせいか、その顔は青ざめているように見えた。
「……もう、時間がない」
「お前は……なんなんだよ……!?」
叫びに返る言葉はなく、奴が黒剣を正眼に構える。
瞬間、奴の全身から黒い光が吹き上がり――空間の砕ける破砕音が次々と鳴り響いた。
呼応する様に、周囲の
その位置は前に横に――背後。
今度こそ、逃げ場のない全方位からの攻勢が始まった。
「目を残して消えろ! 腐竜の器よ!」
「……っ!!」
前から放たれる砲撃を躱す。
その瞬間視界を振って、背後から狙い撃ってきた光線を転がって避ける。
回る視界の中で、地面が
――足元……!!
両腕で身体を跳ね上げ、飛び出てきた槍に短剣をぶつけた。
勢いで更に後ろに転がったところに、最後の狙撃がやって来る――ので、そのまま転がった。
「おお……っ!?」
やはり、嫌な予感が的中した。
この囲まれた状態で、
――時を止めても、意味が……!!
しかも、左目は不調。もし次にあの激痛がやってきて止まって、そこを狙い撃ちされたら……。
今度こそ、終わりかもしれない。
湧きあがる恐怖に身体は鈍り、狙撃の攻撃の回避が遅れ、脇腹の一部が抉れた。
「ぐっ……」
「ははっ、ははは……!!」
加えて、奴は動くことなく黒剣を掲げている。
何を、と思ったのも一瞬。
「――おわっ、終わりだ……これで……やっと……!!」
左目でなくても、そこには凄まじい黒い光が渦巻き始めているのが分かった。
震えるほどの力が、空間を削りながら収束している。
壁と穴で相手を捕えて、極大光ですり潰す。
どうやら、あれが奴の奥の手らしかった。
「嘘だろ……」
なんだあれ。なんなんだよあれ!?
さっきの壁なんて比較にならない。
あれを振り回された瞬間、俺は死ぬ。
「させるか……!!」
その前に仕留める。首か腕をぶった切れば止まる筈だ。
なりふり構わず飛び出すが、当然こちらを阻止する様に槍と狙撃の連撃が襲い来る。
勿論全方位。
完璧に避けることなんて不可能だ。
――それでも……!!
やらなきゃやられる。
覚悟を決めて奴までの残り数mを、一気に駆け抜ける。
足元から槍撃。壁からは熱線の狙撃。
避けて弾いて、走ろうとして槍に邪魔される。
後ろに飛べば、その背後に魔法が待機している。
咄嗟に視界を振って、時を止める。
毒撃ちを空打ちして、なんとか軌道から身体をずらす。
転がり起き上がって、再び駆け抜ける――先には、腕たちが光を携えて待ち構えている。
――全部、避けて突き進む……!!
もうなりふり構っていられない。
全力で左目に意識を集中。時を止め、奴へ至る道筋を探る――。
そう思考した、その刹那。
ぱん、と弾けるような音が頭蓋に響いた。
「――あっ」
直後。
遥か遠くから、恐ろしい速度で駆け抜けた痛みが、左目を貫いた。
「――――っ!?!?」
アンジェリカ嬢の斧でも叩き込まれたような衝撃だった。
頭蓋に激震が走り、一瞬視界が完全に消失した。
すぐさま戻るが、上下左右に凄まじい勢いで揺れ続けている。
「ぐっ……あ゛……っ」
右目は無事だが、そんな状況でまともに判断できるはずもない。
当然時は止まらないまま。襲い来る光も、槍も止まることはない。
「……っ!?」
震える恐怖に身を任せ、なんとか横へ転がり避ける。
だが左腕の一部が貫かれ、抉れて血を噴き出した。
もう治療する余裕はない。
というか、まともに思考する隙間すらなかった。
「はは、はははははは……!!」
咆哮のような奴の笑いが響く。
黒剣を覆う光は、数倍に膨れ上がっていた。
奴の顔は歪み、蕩け……なにより狂った様に笑っている。
ふと、
振り下ろすつもりだ。
「……ああ」
駄目だ、間に合わない。
身体が痛い、息が苦しい。
左目はイカれ、もうまともに前も視れない。
だってのに、あの黒い光だけはやけにはっきりと視界を埋め尽くしている。
見るだけで全身が震えるあの光。
あれがそのまま振り下ろされれば、俺は――死ぬ?
『――――痛い、痛い痛い痛い! 嫌だ、こんなの……』
……こんなところで、
『た――っ、逃げて!』
そんな……そんなこと……。
許していい筈がないだろう?
「――ッ」
恐怖とは違う震えが全身を駆け抜け、俺はもう感触すら朧気だった短剣を握りしめる。
血が駆け巡り、短剣を勢いよく振り上げて――。
「いい加減にしろ、この野郎……!」
俺は左のこめかみを殴りつけた。
短剣の柄が皮膚を突き破ったのか血が飛び出した。
とんでもなく痛いが……構わず叫び続ける。
「
――見ろ!
痛む左目をぎゅるりと動かし、剣を掲げるゼェルを見る。
あれが敵だ。あれが仇だ。
俺と、お前の!
「殺してぇんだろ! 憎いんだろ、あれが!」
もう目しか残ってないお前でも、あいつに殺される瞬間はちゃんと覚えていただろうが。
わざわざ俺に、お前の記憶を見せただろうが!
あれは、『代わりに殺してくれ』って、そういう意味じゃねえのかよ!
いつか見た、腐竜がゼェルに殺された瞬間の景色が視界に浮かび上がる。
続いて、もう何度も見た、俺の家族と俺自身が殺された景色も流れていく。
その全てを視て、覚えたのはお前だ。俺じゃない。
ただの眼球だけに成り果てても、生を諦めなかったこいつが目に焼き付けた光景だ。
――なあ! 俺は記憶を失ったってのに、左目だけになったお前は覚えてるってのはすげえな、おい!
だからこそ、腹が立つ。
今まさに俺が奴と殺し合うこの局面で、俺の邪魔ばかりするこいつが。
「俺とお前は、ここであいつを殺すんだ! そのためにも――」
掠れる視界で熱線を避け、飛び出てくる槍を弾き。
避けきれずに体の一部を削られながらも、喋り続ける。
かつて生を求めて迷宮を潜り、奥へ奥へと進み続けた、
「手を貸せ、腐竜!」
腹の底から、俺は叫ぶ。
身体を震わせ、左目に響かせるように、全力で吼える。
「奴を見ろ! 全部見通せ! そうすりゃ、俺があいつを殺してやる……!!」
今だけでいい。終わったら、全部喰らって蘇るなりすればいい。
だから、頼むから――。
「お前の、
『――――』
そう、叫んだ瞬間。
ずぐり、と重たい鼓動を左目が起こし。
俺の視界が、一変した。
「……?」
ぶわりと、黒い何かが視界を通り過ぎた。
途端に左目の視界が明瞭になり、顔の半分を奇妙な感覚が覆った。
まるで迷宮側に深く潜った時のあの感覚が、常時展開されているような……。
「なんだ……?」
思わず触れた左頬は、ざらりとした奇妙な感触。明らかに顔の輪郭を越えて揺らめいている。
あの黒い穴とも違う何か……これは、一体……。
「……ッ!」
咄嗟に飛んできた狙撃を避ける。
良く見える。
光の軌跡は、さっきまでより僅かに遅く見えた。
ついで、足元に光が瞬く。
そちらに短剣を振るうと、直後現れた槍を弾いた。
……予測したのか?
――よくわかんねえが……痛みは消えた。
もう、痛みも重さもなくなった。
顔は多分おかしなことになってるが、今はそれが分かるだけで良い。
それだけじゃない。
左手に違和感。咄嗟に見れば、俺の左掌から黒い
これは……。
直感に従い、左掌に短剣を
痛みはなく、震えるその刀身を引き抜くと、黒い炎のような揺らめきを纏っている。
まるで、奴の剣と同じように。
――使えってか?
喋りはしないが、これが腐竜の答えなのだろう。
いいね。最高だ。埋め込まれて初めて、お前に心から感謝するよ。
これで、準備はできた。
「……今度こそ……ぶっ殺す」
俺は全速力で、ゼェルへと走り出すのだった。