違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第133話 白砂の迷宮第35層/大海の巣⑯

 

 

 

 時を止めた世界の中で、俺は無数の雨粒と、視界を埋め尽くすほどの黒光を見つめた。

 ぎゅるりと蠢く左目はその全てに濃淡を示し、俺が進むべき道を教えてくれる。

 

 ――隙間なんてねえけどな……!

 

 ()()のおかげで槍や狙撃――黒光は切り裂けるようになったが、あの黒剣だけは未知数だ。

 ぶち当てても耐えはするだろうが、あれを壊せるかといえば……正直分からない。

 だから、やるべきことは1つ。

 あの男を――持ち主の方をぶっ倒す!

 

「――行くぞ……!!」

 

 そうして、最後の突貫が始まった。

 

 振り下ろされる黒の奔流。

 流石に重たいのか、その振り下ろしは緩慢。

 その隙に、奴までの最後の数歩を駆け抜ける。

 

 下側から槍――切り裂く。

 背後からの狙撃――横に躱して無視。

 奔流の余波――滅茶苦茶痛い!

 

 だが身体の左側から出ている腐竜の()()()()部分は痛みが少ない。

 ので、それを盾にするように光の奥へと突っ込んでいく。

 怒涛の如き奔流は奴の身体を包み込んでいるが、今のこの短剣なら切り裂ける。

 

「――おお……!!」

 

 分厚いそれに短剣を突き立て、両手で柄を握り込む。

 どろどろに見えた光は凄まじい勢いで流れているらしく、とんでもなく重く、分厚い。

 

 だが腕に込める力に応じて、腐竜の()()が噴き上がる。

 これもなんだかよくわかんないんだが、奔流を押し返してくれている。

 使いすぎると後が怖いが……今は考えないことに決めた。

 

 正直、もう体力も気力も限界なんだ。

 ここで、押し切る――!!

 

「どけ……!!」

 

 咆哮を上げ、腕を振り抜いた。

 分厚い奔流を切り裂いて――その奥で笑う、ゼェルの下へと踏み込む。

 

「……ははっ、はははは……!!!」

 

 狂ったように笑うそいつはもう、俺のことなど見てはいなかった。

 おかしくなっちまったのか、はじめから狂っていたのか。

 どちらにせよ関係ない。

 

 俺と腐竜で、お前の全てをぶち壊す。

 まずは、あの剣をどうにかして止める。

 そのためには……腕。

 両腕を落とせば、剣なんて持てないだろ……!!

 

『――――』

 

 近いのは奴の左半身。

 ごお、と短剣に纏わりついた()()が伸びる。

 その長い刀身で、振り下ろさんと伸びていた奴の左腕を斬り落とすことに、成功した。

 

 ――斬った!

 

「ははは、は――っ!?」

 

 異変に気付いたゼェルの顔がこちらを見る。

 やっと俺に気づいたらしいが、これで終わりだ。

 このまま右へと駆け抜け、その首へ向かって短剣を振り放ち、首を断つ。

 それで終わり――。

 

「――――!!」

 

 そこに、奴は身体を捻り、残った右腕1本で黒剣を叩き込んできた。

 ずず、と凄まじい質量を持った剣が空を滑り、短剣の軌道に入り込んでくる。

 

「ぐ……っ!!」

 

 咄嗟に屈み込んで受け止め、上と下での鍔迫り合い状態となる。

 瞬間、両腕を雷撃みたいな衝撃と激痛が貫いた。

 

 ――重い……!!

 

 なんて重さだ。『踏み鳴らし』でも乗っかってんのかってくらい重い。

 流れる黒光が腕を焼き、その勢いは気を抜くと短剣を吹き飛ばしてしまうだろう。

 このまま潰れても、短剣を弾き飛ばされても負ける。

 

 ――耐えろ、耐えろよ、俺……!!

 

 踏ん張る両足が、穴に沈んでいく。

 掻きむしる様な痛みが腕と足を焼いて、倒れて死ぬという恐怖が全身を駆け巡る。

 

「……ああああっ!!」

 

 骨や関節が絶叫を上げ、身体が沈む。

 いくら探索で鍛えた身体でも、こんな重さは耐えられない。

 そんな芸当が可能なのは、人間を辞めた化け物だけだ。

 だが――。

 

「……消えろ……腐竜の器……!!」

「お前が、なあ……!!」

 

 叫びながら、全身に力を籠める。

 辛い苦しい疲れたもう嫌だ――そんな悲鳴を怒りで吹き飛ばす。

 

 ――ならねえよ、化け物なんて……!!

 

 染獣の目を埋め込まれて、こんな場所まで来る羽目になって。

 更には人間を辞めろだ……?

 んなこと、絶対に御免だ……!!

 

 ――なら、まだ左目(こいつ)に喰われた方が、マシだってんだ……!!

 

 俺は俺のまま、こいつをぶっ倒す。

 そのためにも、ここで潰れるわけには、いかないんだよ……!!

 

「――お、おお……!!」

 

 力を込めて、噴き上がる()()とともに前へと進む。

 流れる怒涛に逆らって、黒剣の柄側へと短剣をずるりと滑らせる。

 

「おおおお……!!」

 

 この振り下ろしを押し返す必要はない。

 根元にたどり着いて、右腕を斬り落とす――それで終いだ。

 届くまで、後3歩。

 

「――何故だ、何故、こうなった……!!」

 

 更に踏み込み、あと2歩。

 空間の割れる音に混じって、奴の喚きが聞こえてくる。

 あの奇妙な笑いは、もうやめたらしい。

 

「俺は、俺は……!!」

「……うるせぇよ、さっさと、死ね……!!」

 

 ここまで長かった。

 目を埋め込まれ、記憶の全てを失って。

 あのゴミ溜めみたいな監獄島で死にかけて、アンジェリカ嬢に拾われた。

 カトルに出会って、鉄塊と再会して、更に多くの人と関り、数多の主を倒して――ここまでやってきた。

 

 空っぽだった筈の俺は、色んなものを貰うことができた。

 この戦いでもそうだ。

 皆が死力を尽くしてくれ、背中を守ってくれているから、俺はこいつと戦うことができている。

 ……きっと、皆無事でいることだろう。

 後は、俺がこいつを倒して。

 あの浮いている『大海』を倒して終わりだ。

 

 ああ、そうだ。まだ『大海』が残ってんだよ。

 お前なんかに死力を尽くしている暇なんて、ないんだ。

 

 ……あと、1歩。

 

 震える身体を前に進めて。

 噴き上がる()()()()に言葉をかけた。

 

「……いくぞ、腐竜」

 

 この後にこいつに喰われることになっても……ああ、カトルにだけは謝らないといけないけれど、それでもいい。

 左目(こいつ)のせいで始まったこの日々だが、左目(こいつ)のおかげで生き残れたのだ。

 報酬に、好きな物をくれてやるよ。

 

 だから、行こうか。

 最後の1歩を踏み込んで――。

 

「――そうか。ここが、俺の果てか」

「これで、終わりだ――!!」

 

 俺は奴の残った右腕を切り裂いた。

 

 

***

 

 

 昔から、『果て』を見たいという欲求があった。

 

 何も知らない子どもの頃は、窓から見える屋敷の壁が世界の果てで。

 そこへ行こうと抜け出しては、家令たちに叱られたものだ。

 

 屋敷を出る様になってからはそれは城壁に変わり、都市、国境にと、その対象は広がっていった。

 多分、負けず嫌いだったのだと思う。

 広い世界に自分の知らない場所があって、そこに自分ではない誰かがたどり着いている――それが、堪らなく嫌だったのだ。

 

 そしてなにより、自分の知る世界の果て。そこまで踏み入れ、歩いてきた道を振り返るのが好きだった。

 

 そんな俺が、迷宮に潜るのは必然だったといえよう。

 幸い、才能には恵まれていた。

 自らの力を証明するために。そして、誰も見たことがないだろう迷宮の『果て』を見るために。

 俺は自らの意志で迷宮に踏み込み――。  

 

 飢えと渇きの果てで、死にかけていた。

 

『……あ……』

 

 迷宮に潜ってどれくらい経ったか。

 時間も平衡感覚すらも曖昧になった俺は、死闘の末に殺した染獣の血肉に埋もれて、緩慢な死を迎えつつあった。

 

 それでもと血をすすり、肉を喰らい、消化もできずその全てを穴という穴から排出して。

 狂おしい程の飢えと渇きの底に、ゆっくりと沈んでいる。

 もう満足に目も見えておらず、意識は消えかけては仄かに灯る蝋燭の様に揺らいでいた。

 

 果てを見たいと突き進んだ夢もここで潰える。

 鈍く弱いと置いてきたかつての同行者たちは、俺の無様をあざ笑うだろう。

 

 だが、後悔はない。

 自分にとっての果てはここだったに過ぎない。

 強いて悔やむのあれば、この主との戦い方を間違えたことくらい。

 足を砕かれなければ、俺はまだ進むことができていた。まあ、遅かれ早かれこうなっていたのだろうが。

 

 ともかく俺は負け、血肉の底に沈んだ。

 後はのんびりこの自我が消えるのを待ちながらこれまでの生を振り返るだけ――の筈だった。

 

 そんな時だ。

 あれに出会ったのは。

 

『……?』

 

 ふと視界を満たす何かに導かれ、俺は目覚めた。

 辺り一帯が眩しい程の光に満ちていたのだ。

 震える身体でなんとか顔を上げ、気付いた。

 

 埋もれていた筈の巨獣の死骸が消えていて、その代わり赤黒く光り舞う美しい欠片が辺りを漂っていた。

 差し込む光を受けて、それらは眩い程の煌めきを放っていた。

 

 長らく迷宮に潜っていたが、あんな現象は初めて見た。ひょっとして死の間際に現れる何かなのだろうか。

 その美しさに見とれていると、音が聞こえてきた。

 

『■■■■■■』

『……?』

 

 奇妙な拍子で鳴り響くその雑音(ノイズ)は、頭蓋の奥に直接叩きこまれるようだった。痛みとも違う、不思議な圧力に頭を抱える。

 あらゆる楽器や歌とも違う不思議な音色。その旋律に合わせて、周囲の赤黒い欠片は、宙を流れているようだった。

 

 そして、その流れの先。そこには真っ黒な輪郭の何かが、踊る様に腕を振るっていた。

 

『……?』

 

 はじめは目を疑った。ああ、遂に俺は狂って、幻覚を見たのだろうと。

 なにせそいつはまるで子供かという程に小さく、腕と思わしき輪郭が4つもあったのだ。

 どう見ても人間ではない。

 それが迷宮の奥で、息を呑むほど幻想的な光を操っていた。

 

『……美しい』

 

 呟いた声に、そいつは振り向いた――気がした。顔の向きすら分からなかったから。

 だが俺には気が付いたらしい。変化した身振りからそれだけは分かった。

 

 俺は、そいつは逃げると思った。

 血肉に汚れた俺は今にも死ぬ寸前。潰れる様に伏していたから、もしかしたら人間にすら見えなかったかもしれない。

 掠れた声は碌に響かず、届くことはないだろうと。

 

 だからそのままいなくなる……そう思ったのだけれど。

 そこから奇妙なことが起こった。

 

『■■■■■■』

 

 そいつの身体から強力な雑音(ノイズ)が鳴り響き、真横に巨大な『穴』が開いたのだ。

 空間を割るようにして現れたそれに腕の1つを伸ばすと、そいつは、そこから巨大な黒剣を取り出した。

 

『……?』

 

 ずら、と伸びた巨剣は柄から刀身までもが漆黒。その刀身には周囲を舞う欠片たちが集い、震える程の美しさを放つ。

 重い筈のそれを苦も無く引き抜くと、あろうことか俺に向かいながら剣を振り上げた。

 

『……そうか』

 

 ああ、やはり俺は血肉に塗れた、死にかけの染獣にでも見えたのだろう。

 どうせ餓死寸前の身。死ぬことは変わらない。

 せめてもう少し過去を想う時間が欲しかったけれど。

 ……それにしても、この子供の様な異形は一体……。

 

 そうして、俺は振り下ろされた剣に胸を貫かれ――()()()()()

 

『――――■■■■■■■■■■■■』

 

 頭を焼き溶かす、あり得ない程の情報。

 一瞬で許容量を超え、視界も自我もあっさりと消し飛んで。

 俺の意識は、見知らぬ場所へと吹き飛んでいった。

 

『――――!?!?』

 

 一瞬一瞬で切り替わっていく見知らぬ景色。

 気づけば誰かと食卓を囲み、いつの間にか旅の途中で、かと思えば海の底を漂って。

 誰かの営みの声が響き、消し飛び、耳元を通り過ぎてはすり潰されていく。

 

 ほんの一瞬のような、数百年のようなその旅の果て。

 俺は真っ黒な空間の中空を漂い、その奥に揺蕩う何かの一瞥を受け――気が付いた時には俺は元の場所で倒れ込んでいた。

 

『は、はは……そうか、そういうことなのか……』

 

 頭に雑音(ノイズ)が鳴り響く。

 先ほどまでと違って、俺にはそれが、意味を持つ言葉に聞こえた。

 

『……どおりで、何もないわけだ。誰の姿も、痕跡すらもない筈だ。……我らは、未だ籠の中の鳥だったのだ』

 

 ああ、凄い。

 この世の『果て』は、あんなにも遥か遠くにあるというのか!

 そして、我らの住む世界のなんと矮小な事か。屋敷? 国? 大陸? ……そんなもの、この広大な箱の中の砂粒でしかない!

 

 何が国か。何が戦争か!

 外には、あんなに魅力的な世界が広がっているというのに!

 ああ、そんな最果てにたどり着いて見える景色は、一体どんなものなのだろう。

 行ってみたい。見てみたいなあ……!!

 

『――■■■■■■』

『……そうか、行けばいいのですね』

 

 何かに手を引かれるように、俺は立ち上がる。

 身体は()()()。これなら再び進むことが出来そうだ。

 

 だが、問題があった。

 この矮小な命で、あの『果て』まで行くのは不可能だ。間違いなく途中で身体が朽ち果てる。

 どうすればあそこまで生きてたどり着けるのか。

 

『――■■■■■■』

 

 ……答えは、直ぐに返ってきた。

 

『ええ……ええ……より迷宮に馴染めば良いのですね。もっと深く、もっと、濃く……』

 

 俺のような人間が彼らに追いつくためには、もっと()()()必要があった。

 そのためには……染獣を――迷宮を、その身に取り込めばいいのだ。

 

 最初はとにかく喰らった。

 血肉にすれば、きっと意味はある筈だと。

 だが駄目だった。消化と吸収では進行が遅すぎる。

 もっと早く、もっと強力に染まるにはどうするか。

 

『ならば……俺自身が染獣になればいい。そういうことですね』

 

 それには身体の一部を取り換えるのが、最適だった。

 試してみたら上手くいった。

 素体の方が弱いと迷宮に負けてしまうようだが、俺ならば大丈夫だろう。

 何を埋め込むか、どれくらいの量なら大丈夫か。それも調べ終えた。

 後は相応しい部位を見つければいいだけ。果てまでたどり着くのに、最適なものを。

 

 ああ、待っていてください。

 俺は必ず迷宮に染まり、あなたの試練に打ち勝ってみせましょう。

 進んで、進んで――そして?

 その後は……一体どうすればいいのだったか?

 そもそも、なんで俺は果てを目指そうとしているのだったっけ?

 

『――■■■■■■』

 

 ……ああ、そうだ。

 呼ばれているのだ。

 あの御方の下へと行くために、俺は――。

 

 

「……ああああっ!!」

 

 ――突如聞こえてきた咆哮と、騒がしい風雨の音色。

 

「……ッ!!」

 

 ハッと開いた視界の先。豪雨の降りしきる岩の塔の上。

 そこで、俺へと迫る影が1つあった。

 奇妙な程に()()()()左目を持ち、何故か同じように光る短剣を携えた1人の探索者が、俺に向かって飛び込んできていた。

 

 そうだ、今は砂漠の塔での戦いの最中であった。

 

 ――()()、気をやっていた……!!

 

 最近、剣を使いすぎるとこうなる。この戦いでも随分と使ってしまった。

 間もなく、俺は二度と戻れなくなるだろう。

 その前に何とかして、あの目を奪わなければ。

 

 だが、いつの間にか左腕が消し飛んでいる。

 そもそも、奴らは俺のあらゆる策や攻撃から生き延び、俺へと迫っているのだ。

 槍も魔法も一切が避けられ切り裂かれ、今も凄まじい勢いでこちらへと突き進んでいる。

 今さらどうやってこいつらを殺せというのだろうか。

 

 ――左目(こいつら)に一体、何が起きた……!!

 

 ただの実験体の筈だった。

 素体は――誰だったか。もうあまり覚えていない。

 埋め込んだ染獣は、腐竜。本来深層の浅めの場所にいる筈の染獣が()()()()()()()()()という噂を聞きつけ、確保したものだった。

 

 特殊個体は迷宮の軛を外れて行動するものだが、それでも奇妙な個体だったのは覚えている。

 だから狩って、優秀な人間を見つけて、埋め込んだ。

 

 埋め込んだのは左目。

 竜は使える部位が多くあったが、奴の目は奇妙な程に輝き、力を放っていたからそれにした。

 

 優れた素体に、奇妙な染獣。その組み合わせがどんな結果を生むのか。

 ある意味、この男の行く末が俺の未来を示すのかもしれない――そう思い、動向は追い続けていた。

 

 ……だが、俺はどうやら間違えていたらしい。追っていたのは俺ではなく、奴らの方だった。

 素体も、腐竜も。記憶と身体を失いながら、それでもただひたすらに迷宮を突き進み、俺を追い続けていた。そして今、その牙は俺の喉元を食い破らんとしている。

 俺は、逃げるべきだったのだ。

 

「……!!」

 

 ――それでも!

 

 残った右腕に力を籠める。

 奴の身体を消し飛ばし、左目を引き抜き()()()()

 そうすれば俺は……!!

 

 ――目を寄越せ、その目を……!!

 

 死力を尽くした最後の一撃。

 ()()()()()()()()この黒光は、立ち塞がる敵全てを殺す――筈だというのに。

 

「おおおお……!!」

 

 そいつらは、構わず踏み込んでくる。

 恐怖なんてまるでなく、俺を殺すと、その()()が言っている。

 

 ――ああ、そうだ。その目だ。

 

 思い出した。

 何故こいつに腐竜を埋め込んだのか。

 どちらも、俺に殺される寸前に同じ目をしていたのだ。

 いつか必ず、お前を殺してみせる、と。

 

「――何故だ、何故、こうなった……!!」

 

 完璧だった筈なのだ!

 力を与えられ、それを使いこなし、果てへと至る――その筈だったのだ!

 それが、こんなところで。こんな奴らに……負けるというのか!

 

「俺は、俺は……!!」

「……うるせぇよ、さっさと、死ね……!!」

 

 最後の力を振り絞って放った一撃でも潰れることなく、奴らは俺へと到達してみせる。

 俺自身すら捨てた、文字通り死力を尽くした攻撃の全てを乗り越え切り裂いて。

 奴の短剣が、残った俺の右腕へと放たれた。

 黒く迸る奇妙な黒い刀身が、俺の腕をするりと断って、右腕が宙を舞う。

 もう、俺にできることはなくなった。後はその刃が首なり胴なりを断つのを待つばかりだ。

 

 ――ああ、終わりか。

 

 思考は一瞬。最後に見えた景色は、眩く輝く、黒い瞳であった。

 そのまま、俺の首を刈ろうと刃が煌めいて――。

 

 気づけば、あらゆる音が消失していた。

 

「……?」

 

 音もなく、見えるものもない。奇妙に時が静止した、その空間。

 黒い光も迫る左目もなく、俺は、ただ独り立ち尽くしている。 

 ここはどこだ? 奴らは何処へ行ったのだ?

 俺は、どうなったのだ?

 一体、何が……。

 

『――――』

 

 呆然とする意識の中、ふと、背後から音が聞こえた。

 ずるずると何かが引きずる様な音。

 重たく濡れた何かだ。血肉に汚れた男が、必死に這っているような――。

 

 ……ああ、そうか。

 

「――そうか。ここが、俺の果てか」

 

 きっと、ここはあの時の血肉の底なのだ。

 あれほど無我夢中で足掻いた果てで――あの場所に戻ってきたのだろう。

 はっ、全く滑稽だ。結局俺は何一つ進めなかったということではないか。

 

 ――もう、詮無いことか。俺は、今度こそ死んだのだ。

 

 しかしこの奇妙な空間はなんだろうか。これが、死ぬ前に見る景色とかいうやつなのか?

 

 まあなんでもいいだろう。末後の時間をくれるならありがたい。

 奇妙な人生だったが、だからこそ振り返るのは楽しみだ。

 さあ、振り返るとしよう。

 見える景色は一体どんな――。

 

「……え?」

『――■■■■■■』

 

 意気揚々と振り向いた先。

 そこには、あの小さく真っ黒な異形が()()()を広げ、俺へとその手を伸ばしていた。

 

 

***

 

 

 ――斬った!

 

 死闘の果て、俺は遂に奴の腕を両断した。

 血を吹きながら腕が弾け飛んでいき、奴の剣は、その制御を失くした。

 これで奴を守るものは何もない。

 

 左目がぎゅるりと蠢き、時が止まる。

 雨粒と黒剣が空中で静止し、その奥でがら空きの奴の身体が見える。

 

 その光景を見つめながら冷静に一呼吸――は、できないけれど。

 決して油断することなく奴の首までの道筋を決めて。

 時は再び動き出す。

 

 ――これで、止め!

 

 もう1歩を踏み出し。

 そのまま、奴の首を刈ろうと最後の1撃を放つ、その瞬間。

 

「……■■■■■■」

「……は?」

 

 意味の分からない雑音(ノイズ)が鳴り響いて。

 真横を落下していた剣から、極大光の爆発が巻き起こった。

 

「……っ!!?」

 

 身体が弾き飛ばされ、黒く染まった床の上を弾んで転がる。

 衝撃と激痛が全身を駆け巡る。

 

「ぐっ……あ゛……」

 

 爆発が()()側だったおかげかなんとか生きている。

 視界が霞んで、意識が遠くなる。

 それをなんとか掴み寄せて、顔をあげる。

 

 そこには、巨大な黒光の渦が生まれていた。

 

「……っ、あれは……」

 

 ゼェルが膝から崩れ落ち、その前に黒剣が突き立っている。

 刃が沈んだ場所がら黒光が続々と湧きあがり、止まる気配がない。

 爆発のおかげで極大光は放たれなかったが……光自体は止まらず垂れ流されている。

 

 そしてゼェルは渦巻く光の中心で顔を伏せたまま、言葉かもわからない音を発している。

 

「……まだなんかあんのかよ、しぶとすぎだろ……!!」

 

 ゼェルの両腕は断った。奴は剣に触れてもいない。

 だというのに光は止まっていない……持ち主から切り離しただけじゃ、駄目ってことかよ。

 

 しかし、もし()()がゼェルと最早関係がないなら、非常にマズい。

 あの黒い光がこのまま垂れ流され続けて、例えばもっと大規模の爆発が起こったりすれば、この塔がどうなるか分からない。

 

 ――万が一ぶっ壊れでもしたら、全員海に叩き落される……!!

 

 止めなければ。

 痛む身体をなんとか起き上がらせる。

 幸い、ゼェルに動く気配はない。もう1度近づいて、どうにかして剣を壊す。

 それしかなさそうだ――が。

 

 再び、黒い光の爆発がゼェルを中心に巻き起こった。

 

「ぐっ……!!」

 

 離れていたから吹き飛ぶことはなかった。

 だがこちらが動きを止めたその隙に、ゼェルの身体が再び動き出していた。

 

 がくりと首が動き、肩が前側へと狭まる。

 まるで剣を掴もうとする動きだが、奴の腕はもうない……筈だってのに。

 黒い光が蠢いて、ゼェルの()を形作りやがった。

 

「なっ……!! アリかそんなの……!!」

『――■■■■■■』

 

 また奇妙な雑音(ノイズ)が鳴り響き、黒い腕は剣を握りしめた。

 そのまま再び剣を引き抜き――振りかぶろうと立ち上がる。

 爆発どころではない。今度こそ俺を消し飛ばすつもりだ。しかも今回の規模なら、間違いなく塔ごと消し飛ぶだろう。

 

「それは駄目だろ……!」

 

 必死で走るが、身体は痛いし体力は限界。

 吹き飛ばされた距離を縮めきることは、できそうもない。

 

『――■■■■■■』

 

 ゼェルの周囲にはいくつも穴が開き、黒光が溢れ出している。

 それらが軽く振り上げられた黒剣に渦巻き、凄まじい力が濃縮されていく。

 濡れた布でも絞るかのように、空間が捻れて見える程の力の結集。

 俺や塔どころか、この階層全てを消し飛ばしてしまいそうなその剣が、今度こそ、振り下ろされる――。

 

 ――間に合わない……!!

 

 絶望が視界を埋め尽くすその刹那。

 自然と左目は時を止めていた。

 

 あらゆる音が消え去り、静止した雨粒と、それでも流動して見える黒い光が視界を満たす。

 何をしているんだ、腐竜。今更止めた所でなんになる。

 見ろよ、あの力。主とか魔法とか、そんなもん鼻で笑える力だぞ? あんなもん、どうしろってんだよ。

 もう俺らにできることなんて、何も……。

 

「……?」

 

 ふと、視界に奇妙な光が映った。

 ゼェルの周囲。無数の黒い穴の1つに、ちかちかと瞬く何かがあった。

 ……もしかして、あれを見せたかったのか? お前は。

 

 既視感のあるそれを良く見てみると……黒い穴の中に、あの光る文字が浮かんでいた。

 そこに書かれていたのは――。

 

『止めは任せた』

「……!!」

 

 その意味を理解した直後、時は再び動き出し。

 そのままゼェルの剣が振り下ろされる――ことはなく。

 代わりに、奴の胸から銀の刃が飛び出した。

 

『――――?』

 

 肉厚の、鈍く煌めくよくある両刃剣。

 それが奴の胸の中心部……恐らく核のある場所を、貫いていた。

 

『――お、がっ……?』

 

 ゼェルが動きを止め、うめき声をあげた。

 振り下ろさんとしていた腕も動きを止め、黒く染まりつつあった巨体は、剣を振り上げた奇妙な姿勢で静止した。

 ……一体、何が起きているのか。正直よくわからないが……。

 

 ――やるなら、今……!!

 

「――腐竜! 最後だ!」

 

 俺はすぐさま走り出し、左手に力を籠める。

 吹き上がった()()を纏わせて、何度目かのゼェルへの突貫を行い、短剣を振りかぶる。

 

「……あああああっ!!」

 

 咆哮とともに短剣を閃かせ、奴の黒く染まった両腕を断ち切った。

 黒い腕は霧散し、剣は支えを失い空を落ちていく。

 それと同時、ゼェルの背から腕が飛び出し、その首を拘束した。

 ぎちり、と音が聞こえそうな程きつく、首を締めあげている。

 

「――止めを……!!」

 

 酷く掠れた声とともに、もう片方の腕がこちらへと伸ばされた。

 その両腕は、驚くほどに真っ赤に、血に濡れていた。

 

「黒剣を、刺ぜ……!!」

「……っ!?」

 

 明らかに尋常ではない。

 何が起きているのか、正直訳が分からない。

 だが、直感があった。()()が、あの光る文字の送り主だと。

 ならば、信じる……!!

 

 俺はゼェルの身体を蹴って跳び上がると、空を舞っていた黒剣の柄をつかみ取って、その刃を奴へと向けた。

 

 ――重い……!!

 

 この世のものとは思えない質量の塊。

 それでも全力で握って振り下ろし――奴のがら空きの胴体へと、突き刺した。

 

『――――……』

 

 その瞬間、赤い腕が動いた。

 柄を俺から奪い取ると、あろうことか自ら深くに突き刺していく。

 

「……さがれぇ!」

「……ッ!!」

 

 聞こえた咆哮に飛び退いた直後。

 握る赤い手から瞬く光が放たれた。

 それに呼応するように、周囲に放たれていた黒光の全てが、一気に刃を通して、ゼェルへと流れ込み始めたのだ。

 

『――■■■■■■!? ■■■■■■!?』

 

 空間の割れる破砕音が次々と鳴り響く。

 質量なんてない筈なのに、怒涛が流れるかのような、振動と轟音が辺りを揺るがした。

 

「うおわ……っ!?」

 

 途端にゼェルの身体は暴れ、大音声のあの雑音(ノイズ)が何度も解き放たれる。

 痛みというよりは凶悪な圧力に俺もまた膝をつき、身動きが取れなくなる。

 それでも、赤い腕は決して手を放しはしなかった。

 

 絶対に逃さないという強い意志を持って、その身体を縫い留め、黒い光を注ぎ込み続ける。

 

『――■■■■■■!? ■■■■■■!?』

 

 大気が揺れ、奴が暴れて、赤い腕が押さえつける。

 その間も黒い光はなだれ込み続けて――そうして、少しの時間が経って。

 全ての黒光が、その身体に吸い込まれた。

 

『…………』

 

 周囲を覆っていた光は消え失せ、当然、穴も全てが砕け散った。

 その結果か、視界は明るくなり、黒光に消されていた雨の音が戻ってくる。

 黒剣も輝きを失い、何故か全身が漆黒に染まった『ゼェルだったもの』とともに岩の床へと倒れた。

 

 がらん、と金属と岩のぶつかる音が鳴り響く。

 それは、随分と久しぶりに聞いた音な気がした。

 

「終わった……のか?」

 

 そう呟く声に、応える者はなく。

 代わりにあの穴も黒光も消え失せて、なによりゼェルが動くこともなかった。

 

「終わった……やっと……」

 

 のんびりとやってきた実感と、とんでもない疲労に襲われながらも。

 

「……っ、おおおおお!!!!」

 

 俺は雨に打たれながら、歓喜の絶叫を上げるのだった。

 

 

 こうして長い長い戦いの末。

 俺は遂に、仇を――ゼェルを倒したのだった。

 

 

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