違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話 作:穴熊拾弐
「あなたたちには、歴代最短での深層到達をしてもらうわ。誰もやったことがない、ド派手な成果を上げるのよ」
10日ほど前。
ベル家の別邸にやってきていたアンジェリカ嬢は、いつもの蠱惑的な笑みを浮かべて俺たちにそう言った。
すっかり勉強場所と化していた地下のソファでふんぞり返って木の実ジュースを味わう彼女に、カトルが首を傾げる。
「そんなことしていいのかな? 私はいいけど……ゼナウはあまり目立っちゃダメでしょう?」
「あら、どうして? ……ああ、彼の身分偽装のこと? もう調査は終わったから平気よ」
準備期間の間に行われるという合格者たちの身元調査。
俺の過去の経歴に関してはアンジェリカ嬢にお任せ状態だったが、無事に終わったらしい。
おやっさんたちが上手いことやってくれたのだろう。ありがたい限りだ。
今度お礼にお土産を持って行こう。
「彼は正真正銘この国の探索者。安心してぶちかましてきなさい」
「……ならいいんだね! 遠慮なくやっちゃおう!」
「……」
カトルさんもすっかり乗り気だが、一応その経歴上、俺は元罠工房の職人だからな?
あまり派手にやっても不味いと思うが……まあいいか。
アンジェリカ嬢がなんとかするのだろう。俺の仕事じゃない。
「んで、ここの迷宮の踏破条件は?」
迷宮において、各階層の移動は天地を貫く柱を通って行う。
ただ、それは階層の『入口』と『出口』が同じ場所であることを意味している。
つまり『入口』――柱を出て直ぐに戻れば『出口』に到達することになる。流石に即座に戻ればバレるが、それも柱の近くで野営でもして時間を稼げば済むわけだ。
それじゃそいつが本当にその階を踏破したかわかんねえだろ?
当然協会側もバカじゃない。
だから『何をもってその階層を踏破したか』という基準が作られた。
これに関しては各探索協会毎に微妙に異なるらしいが、大体3つほど基準が存在する。
「大体は他と一緒よ。まず基本の2つ――最初の踏破と、指定染獣の討伐ね」
1つは世界共通。最初にその階層を踏破することだ。
実は、下の階層に繋がる出口は2つある。
昇降機の通る柱と、階層のどこかに開いた地下に繋がる大穴だ。
まだ到達者がいない階層の柱は閉じられており、最初に探索者がそこに到達することで上の階層への扉が開く。
つまり、『大穴から未知の階層に下りて、柱を見つけること』で昇降機が使えるようになるのだ。
その最初の開通を行った者は、文句なしの『踏破者』だろう。
ただこの基準だと最初の1組しか適用できない。故に他の条件が決められている。
もう1つの基準も多くの協会で実施されてるだろう――特定の染獣の討伐を行うこと。
例えばその階層に最も多い染獣を指定数狩って、その証明となる部位を剥ぎ取ってこい、とか。
後はその階層の主とでもいうべき凶悪な染獣を狩ってくる、など。
「染獣を狩るの? わざわざ?」
「そうだ。なにせ染獣は金になる。……要は、そいつが死なずに稼げるかってのを見極めるんだ」
「なるほどー」
「ワハルの第1層の討伐条件は
……確かに。カトルの魔法なら監獄島の6層も多分楽勝だろう。
あくまで目標は10層への到達。
しかもアンジェリカ嬢は『最短』をお望みだ。
「条件はそれだけ?」
「まだあるわ。他は国ごと、協会毎の独自の基準ね。よくあるのは各階層の奥地で指定の植物や鉱石を採取してくること」
「なるほどー。こっちのは奥まで行って戻って来られる実力を示すってことなんだね」
「そういうこと。ついでに稼ぎにもなる」
後は穴に特殊な刻印装置を設置して、そこに探索者証を通すことで踏破の証とする場所もあるらしい。
手間はかかるが確かに有効な手法だろう。
一番過酷なものは、最初の踏破者同様に穴から降りて下層の柱まで向かうというもの。
こちらの場合は昇降機の場所に刻印装置を設置すればいいので協会側としては楽。
ただ探索者側は実質2層分踏破しなければいけないので相当過酷な条件になる。
「ここワハルでは2つ――採取と穴までの踏破が採用されているわ」
アンジェリカ嬢が指を2本立てて言った。
その向こうで、彼女の猛禽類の様な目が俺を見つめる。
……怖えよ。
「染獣の討伐は当然として。……期待してるわよ、ゼナウ君」
「……わかったよ。期待しててくれ」
こりゃ、ただ1層を踏破しました、じゃ駄目そうだ。
仕方ない。精々頑張りますか。
***
俺たちは地下階層へと繋がるもう1つの出口である、大穴へとたどり着いた。
そこは巨大な地底湖と化しており、見渡す限り光る水に満ちている。
その中心を通り抜ける道に立ち、俺たちは目の前の光景を見つめていた。
「これが、穴?」
震えたカトルの言葉は、殆ど聞き取ることができなかった。
それほどの大きな水の轟音が鳴り響いていたからだ。
「みたいだな。……すげえなこれ……」
見つめる先に広がっているのは、地下階層へとつながる大穴だ。
地底湖の、その中心にそれはある。
直径は500mは優に超えているだろう。
端から水が流れ落ち、凄まじい轟音を響かせている。
穴の先は真っ黒になっており、先を見ることはできない。
「あれを降りるの? 着地で死んじゃいそうだけど……」
「ん? ああ、そこは大丈夫。ちゃんと落ちても平気だ」
「ええ……? どういうこと?」
「さあな。迷宮の不思議の1つだ」
勿論原理は不明。
ただ何の衝撃もなく、地下階層へは降りることができる。
念のため周囲の水場を確かめて何もいないことを確かめてから、背後のカトルに向き直る。
「2階層に出る染獣は殆ど同じ。ただ、中に大型の個体が混じり始めるから要注意だ」
「
「ああ。頼もしい限りだよ。……まずは、刻印からだな」
本来の目的地である、大穴の手前に設置された石の囲いへと入っていく。
そこには本来の踏破条件である刻印装置があるので、それぞれの探索者証を通して第1層踏破の証も記録した。
「これで条件は2つ。本当なら十分すぎるんだけど……」
「ああ。でも、これで帰るのはもったいないだろ?」
なにせまだ潜って2時間も経っていない。
俺の目は迷いなく染獣を探せるし、カトルの魔法は凄まじい速度で染獣を倒せる。
何なら剥ぎ取りに一番時間がかかってるくらいだ。
「……それもそうだね」
「だろ? 2層目の指定染獣は大型の
そう言って歩き出すが、カトルはついてこなかった。
見ると、彼女は足を震わせてこちらを縋るような目で見ていた。
「ちょっと待って、本当に降りるの……?」
「なんだ? 氷の姫様も高い所は苦手か? 直ぐに慣れるから安心しろよ」
「そうかもしれないけど……ちょっと!?」
震えるカトルを引っ張りながら穴へと通じる通路を歩いていく。
「35層まで行くんだろ? ならさっさと慣れないと困るぞー」
「もうそこまでは柱は通じてるんでしょ!? ならこれで降りる必要は……」
「ほら、行くぞ!」
「いや――っ!?」
うだうだ言うカトルを無視して、一緒に穴へと飛び降りた。
……とまあ威勢よく行ったはいいが、実は俺も大穴に落ちるのは初めてである。
――はっや! なんだこれ……!?
暗闇の中を凄まじい速度で落ちていく。
周囲には落下を続ける水がしぶきを上げている。
当然さっきまで見ていた光る水。
だがあまりにも広いせいかそれも届かず、塗りつぶされるほどの闇がその濃さを増していた。
てかいつまで落ちるんだこれ?
もう十数秒は落ち続けてるが……。
「あああああああっ!?」
おっ、光が見えてきた。
なんだありゃ。膜みてえな……。
闇の先に見えてきた光の膜みたいな奴に身体が激突した――途端に、全身が何かに包まれる。
……これ、水か……?
水の球体のような何かに包まれて、俺たちはゆっくりと落下していった。
しばらくの浮遊感の後に足が地面に触れ、俺たちはどこかへと降り立った。
「……何だったんだ?」
「ゼナウ見て!」
同じく背後に降り立っていたカトルが肩を叩いて声を上げた。
指し示す方へと向けば、そこには先ほどと同じような水の洞窟が広がっている。
そう、
ということは……。
「多分、ここが2層なのよね?」
「そういうことらしい。……こんな移動の仕方なんだな」
「水の珠? に包まれてたよね。なんて不思議な仕組み……」
ほう、と息を吐き出すカトルは頬がまた赤く染まり始めている。
彼女には大満足の体験となっているようだ。
……っと。
足元に這い寄ってきていた
蛇は音が小せえからわかりにくいんだよな。石弓も、こういうのにやられたからなあ……。
「いつの間に……」
「染獣には静かな奴もいる。気をつけろよ」
「うん。……なるほど。そういうのも対策が要るんだね……」
なんかぶつぶつと呟き始めたが、警戒して欲しいのだが……。
まあ良い。そういうのは俺の役割だ。
景色に変わりがないならやることは同じ。
2階層目の地図もあるから、染獣を探しながら穴まで進む。
最短を行ければ――穴まではそう遠くない。
「さ、行くぞ。今日は行けるところまで進む」
「うん!」
水の音が響く洞窟の中を進んでいくのであった。