違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第21話 初日の戦果②

 

 

 

 支部内に絶叫が響き渡ったその時。

 支部長であるディルムの執務室には甘い香りが漂っていた。

 

 決してディルムが香りに凝っているわけでも、極度の甘党というわけでもない。

 匂いの発生源は、彼の目の前にあるソファに腰かけている。

 

「……あら。帰ってきたかしら」

 

 そう告げたのは、この支部の重大な管理者の1人であるシュンメル家の才女・アンジェリカ。

 国外へ留学に出ていた筈の彼女は突如として舞い戻り、今回の民間からの探索者選抜に深く関わってきている。

 

 今も突然やってきて、今後の新人たちの育成方針と王命である染獣探しの対策について話を進めていた所だ。

 ちなみにその手には街で流行っているという木の実のジュースが。多少離れた位置からでも甘ったるい匂いが凄まじい。

 

「今のはルセラの声ですね。ですから、恐らくその通りかと」

 

 そう答えるディルムの声は僅かに震えている。

 それなりの年数支部長として迷宮と向き合ってきたが、こんな奇妙な事態は初めてだ。

 しばらく表舞台から退いていた大貴族が現れて目の前で寛いでいるし、普段から冷静な部下(ルセラ)――担当の探索者が血まみれで担ぎ込まれても落ち着いて対処ができる筈の彼女が絶叫している。

 

 ……一体、何が起きてるというのか。

 

 今すぐ駆けつけたかったが、目の前に雇い主がいて話が済んでいない以上動き出せずにいるディルムであった。

 そして彼女が何故だか、例の探索者たちが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが、嫌な予感を掻き立てて仕方がない。

 

「そう。あの様子だと上手くいったみたいですね。さ、行きましょう?」

「は? よろしいのですか?」

 

 ちらと、机に広げられた資料を見つめる。

 まだ話は残っているが……。

 

「だって、気にしていたでしょう。新人と氷姫を2人で潜らせるのか、不安だったのでしょう?」

「それは、そうですが……」

「ならあなた自身の目で確かめてください。果たして、結果がどうなったか」

 

 ああ、やはりそうだ。

 必死に記憶を掘り起こして、自分が迂闊なことを言っていないかを考える。

 ……大丈夫なはずだ。

 

 冷や汗をかきだしたディルムを見て、アンジェリカ嬢は「それに」と微笑む。

 

「先ほどの話なら大丈夫です。書類は目を通しておきました。教官役の選定は問題ないからすぐに動いてください。私の方も、彼らの教導役は連れてきます」

「……わかりました。直ぐに手配します」

 

 話は終わりと、彼女はお付きの執事に荷物を預け、立ち上がった。

 

「さあ、見に行きましょう。彼らが、どんな成果を持ってきたのか」

 

 そう言って微笑む彼女の顔は、まるで結果を知っているかのようだ。

 それを見て、ディルムはまさか、と嫌な想像が浮かんだ。

 

「……アンジェリカ様、まさか……」

 

 ディルムの言葉は届かず、そのまま彼女は出て行ってしまった。

 

 ……まさか、とんでもないことを彼らにやらせてはいませんよね?

 

 その問いかけは、結果が怖くてすることができなかった。

 慌てて後を追いかけていくのだった。

 

 そして数分後、今度はディルムの絶叫が響き渡るのだった。

 

 

***

 

 

「――というわけで、俺たちは5層を攻略して戻ってきたわけです」

 

 ルセラさんの絶叫から1時間以上後、無理やり連れていかれた会議室で俺とカトルは如何にして迷宮を5層まで攻略したかを説明させられた。

 

 同席しているのはルセラさんに支部長のディルム、どこかから慌てて連れてこられたこの間の青髪の騎士。そして後は何故かいるアンジェリカ嬢。

 彼女はニマニマと薄気味悪い笑みを浮かべており、騎士さん――ルトフと呼ばれていた彼は困った顔で苦笑い。後の2人はずっと青い顔をしている。

 

 特にディルムっていう支部長の方は5階層の話をしている間は何度か震えてたぞ。

 なんか悪いことしたみたいでこっちが気分悪くなるんだが……。

 

 最初は半信半疑だったようだが、途中でやってきた職員が素材の鑑定結果を伝えてくれてようやく俺たちの話が事実であることを認識してくれた。

 

「……つまり君たちは、その能力を駆使して5層まで踏破したと、そういうことだな」

「ええ。俺の目はあの生き物……染獣の痕跡を明確に見極められました。それで奴らがどこにいるかが分かります。それを追って、カトルの魔法で凍らせれば……」

 

 ぱっと手を開いてディルムを見る。

 

「まあその、一撃でしたね」

「……にわかには信じがたいことだが……彼女の魔法ならば、それくらいは容易いか」

「……?」

 

 いきなり皆に見つめられて首を傾げているカトル。

 ……全然強そうに見えないもんなあ、あいつ。

 信じられないのも無理はない。

 なんて思っていたら、今度は俺に目が向けられた。

 

「そして、君のその左目。……それほどまでに有用なのだな」

「自分でも驚きました。あそこまで鮮明に見えるとは……」

 

 わざとらしく驚いてみせると、ディルムは今の言葉を噛みしめるように何度か頷いている。そのまましばらく黙っていたかと思うと「……例えばの話だが」と、口を開いた。

 

「特定の染獣を探して、見つけることはできるのか?」

 

 ……来た。

 ()()()()の質問に、俺は首を傾げて応える。

 

「……どうでしょう。試したことがないのでわかりません。さっきはある足跡を追っただけですから。……ただ」

 

 たっぷり間を作ってから、ディルムの目を見返して、告げる。

 

「その染獣の足跡などの痕跡が分かれば、あるいは」

「――素晴らしい!」

 

 拍手をしながら、アンジェリカ嬢が立ち上がってそう叫んだ。

 皆の視線を一身に集め、それでも彼女は高らかに笑みを浮かべる。

 

「どうですか、ディルムさん、ルトフ。彼らの実力は本物でしょう? ルセラさん、素材に何か問題は――そう、例えば凍って壊死したようなものは見られましたか?」

「……い、いえ。報告ではそう言ったものはなく、殆どが最上品ばかりでした」

「つまり、カトルの能力は獲物の全てを無理やり凍らせたわけではなく、()()()必要な部分だけを凍らせた。そうですね?」

「……素材の状態だけを見れば、その通りかと」

 

 誘導するようなアンジェリカ嬢の問いに、ルセラさんは青い顔で頷く。

 その返答にディルムはますます元気をなくし、ルトフは溜息を吐いて首を横に振る。

 

「これで分かっていただけましたね? 彼女は力を制御できている。そして、ゼナウは彼女を導き、かつ彼自身も戦う力を持っている、と」

「……」

「……」

「なんでしたっけ? 『新人とあの氷姫を2人だけで潜らせるなんて正気の沙汰ではない』『長らく迷宮を離れていたんだから、わからない』……でしたっけ?」

「……それは……」

「わからなかったのはどちらかしら? ねえ、教えてくださる?」

 

 叩きつけるような彼女の言葉に場が静まり返った。

 明らかに語気の強いその言い方は、「お前らが邪魔をしなければ」という彼女の苛立ちが多分に含まれている。

 大貴族、しかも化け物みたいに強いお嬢様の威圧だ。俺でさえ震えた。

 その矛先らしい支部長(ディルム)は俯いたまま顔を上げる気配すらない。可哀そうに……。

 

「……わかったよ、アンジェリカ嬢。お手上げだ」

 

 これまで黙っていたルトフが口を開いた。

 両手を上げて、わざとらしくおどけてみせている。

 

「だからそれ以上ディルム殿を責めるのはやめてくれないか」

「あら? そんなつもりはないのだけれど。半分はあなたに言ってるのだし」

「……生憎、僕は君にそんなことは言っていないよ。さあ、頼むから座ってくれ。君はここで一番の強者なんだ。君が落ち着いてくれないと、できる話もできなくなる」

 

 ふん、と息を吐き出してアンジェリカが元の場所に腰かける。

 ようやく弛緩した空気の中、ルトフが立ち上がって皆の前に出る。

 

「さて、いきなり連れてこられて何かと思ったけど……事情は理解した。そしてアンジェリカ嬢の主張が正しかったことも。彼らには既に力も技術もあり、わざわざ低層を潜らせて時間を無駄にはしたくない。……そういうことでいいかな?」

「そういうことよ」

 

 本来探索者は1層毎に踏破して、徐々に潜れる階層を増やしていく。

 それが推奨されているし、わざわざ破ってまで深くに潜りたいなんて命知らずは早々いない。

 だからそんなことを許す規則は、この支部には――いや、この国にすら存在していないのだろう。

 

 それをアンジェリカ嬢は破ろうとしたのだ。

 俺らを最初から10層まで潜れるようにしろと言い、それに騎士団と協会が全力で反発した。貴族相手に言える最大限の罵倒を添えて。

 

 故にアンジェリカ嬢は俺らに『文句を言わせないド派手な実績』を作れと命じたのだろう。

 そして、ここまでのやり取りは全て()()()()

 彼女の狙い通りに進んだ会話は、望み通りの答えを引き出した。 

 

「……騎士団は認めよう。ディルム殿、協会は?」

「……認めよう。彼らは、既に10層に潜るに値する、と」

 

 そして今、言質を得たというわけである。

 ……ちょっと待て。10層? 俺、ここより狭い監獄島の6層までしか潜ってないよ?

 いくら仲間が増えたからって、いきなり10層は……もうちょっとゆっくり行かない? 7層とか……。

 

「ただし! 踏破済みと認めるのは9層まで。10層は、君たちに自力で突破してもらうぞ」

「勿論よ。いいわね? カトル、ゼナウ」

「……はい、勿論です」

 

 こうして、俺たちは彼女の望み通りに、10層に挑むことになったのである。

 ……準備、頑張ろう……え? 流石に明日からとかじゃないよね?

 後で全力でアンジェリカ嬢に詰め寄ろう。

 俺はそう、固く誓うのであった。

 

 

***

 

 

 その日の夜、金蹄騎士団が管轄する宮殿の一室にて。

 

「――ふざけるな!」

 

 部屋の中に騎士団長(サーディック)の咆哮が響き渡り、机の上にあったものが乱雑に吹き飛んでいく。

 その様子を見ながら、ルトフはひっそりとため息を吐きだす。

 

 ――やっぱりこうなるよなあ……。

 

 先ほど見てきた協会での一幕を伝えたらこれだ。

 目の前の男がどうせできないと高を括っていた、アンジェリカ嬢の無茶な行動――民間上がりとあの氷姫のコンビでの探索はそれはもう見事に成功した。

 

 あれほど早く5層の主を倒したのは彼らが初めてだろう。

 彼らはまさしく偉業を達成したのである。

 

 そしてそれを主導したのはシュンメル家。

 騎士団でも探索者協会でもない。何なら、騎士団に関しては邪魔をしようとした、とアンジェリカ嬢は国王に報告する可能性すらある。

 

 ……どうやら、散々罵倒したらしいからなあ。

 

 彼自身それをわかっているからこその、この荒れようなのだろう。

 忠義に厚く、仕事熱心な尊敬できるお方だが、頭が固いのが若干の問題である。

 

「最短で5層踏破だと!? そんなもの、あの氷姫の力のおかげではないか! あの女の関与などないに等しい!」

 

 それはその通りだろう。

 だが、そもそも彼女を引っ張り出したのはアンジェリカ嬢だ。

 昔から親交があったと聞く。彼女以外の誰にも成しえなかっただろう。

 

 そんなこと、口が裂けても言えないルトフなのだが。

 

「……とはいえ、達成したのは事実です。このままでは10層踏破もそう遠くはないでしょう」

「10層、10層か……」

 

 流石に明日「10層踏破しました!」なんてことはない……筈だ。

 いくら彼らが優秀でも、10層は探索者にとって――いや、()()()()()()大きな壁なのだ。

 あれを超えるには、才能だけではどうしようもない。

 

「……ふっ、ふふふ……」

 

 不意に、団長が笑い始めた。

 おかしくなったか?とは口に出さずに続きを待つ。

 

 彼は愛飲している葡萄酒を傾けてから、ゆっくりと首を横に振った。

 

「俺としたことが随分と熱くなってしまった。なあに。所詮は小娘の遊び。低層など好きに探索させればいいのだ。要は、例の染獣を手に入れたものが勝者だ。そうだな?」

「……そうですね。その通りです」

「ならばよい。国王様の願いを叶えるのは、我々騎士団だ。……そうだ、それがよい。今までは探索者に任せておったが、我ら騎士団も本腰を入れてやればよいのだ。……ルトフ」

 

 おい、なんでこっちを見るんだ。

 やめてくれ、頼むからその先を言わないでくれ。

 だがそんな願いは叶うわけもない。

 

「部下とともに迷宮に潜るのだ。お前なら、選ばれた騎士なら容易い筈だ。部下から好きに選んでよい。必ず目的を達成せよ」

「……承知いたしました」

 

 そう言って頷き、俯いたまま拳を握りしめる。

 やっぱり……。アンジェリカ嬢、あなたのせいでこっちまで巻き込まれたじゃないか……!!

 

 たっぷり呪詛を吐き出してから、笑みに戻して顔を上げると、サーディクの鋭い視線が貫いた。

 

「わかっておるな? あの女だけじゃない、万が一協会連中が例の染獣を手に入れてみろ。形勢は一気に向こうへと傾くぞ」

「……わかっております」

 

 その言葉には、流石に笑みが消える。

 ただ成果に焦っているだけかと思ったが、存外まともに考えていてくれたらしい。

 彼の言葉はもっともだ。

 我ら騎士団が第一王子派、そして協会が第三王子派ならば、アンジェリカ嬢は第二王子派()()()

 

 あの事件ですっかり牙を失くしたと思っていたのに、こうして戻ってきて活動を始め、目覚ましい成果を上げてしまった。

 お偉いさん方はさぞ焦っていることだろう。

 

 できればアンジェリカ嬢のことは応援してあげたかったが……ただ、こっちも仕事なんでね。

 

 迷宮なんて絶対に関わりたくなかったが、仕方ない。

 せめてこれを機に、他の部隊から優秀な部下をかき集めてやるさ。

 

 ……しかし、それほどまでに探し求める染獣とは一体何なのだろうか。

 そっちの方も、詳しく調べないといけないね。

 

 

***

 

 

「――なんて、サーディックは騒いでいるだろうね」

 

 一方、皆が去ったあとの探索支部会議室では、ディルム達支部の面々が集まっていた。

 

「ユハク、他の新人は?」

「迷宮の仕組みについての講義と、協会派(ウチ)の3人は教導役をつけての戦闘訓練を軽くやったよ。3人でまともな戦闘経験があるのはアイリス君だけ。もう少し時間かかるかな」

「え、そうなの!?」

 

 ウィックたち新人の教育担当である長身で細目の男――ユハクはそう告げた。

 それを聞いていたもう1人の教育担当であるアーヤが驚きの声を上げる。

 彼女は教導役の人材管理が主なので、後半の戦闘訓練は見ていなかった。

 

「でもそんな経歴なかったよね? 彼女、確か配達員でしょ?」

「超広域の、ね。獣や野盗との戦闘経験もあったみたいだよ」

「はー、あの子がねえ。むしろあのウィックって方がそれっぽいけど」

「彼は大型専門の漁師だね。槍……彼ら風に言えば『銛』の扱いはそれなりだったけど、戦闘経験とは呼べないね」

「へー、意外」

「……話を戻しても?」

 

 雑談を始めようとしたのを、ディルムが笑顔で断ち切る。

 全員が黙ったのを確かめてから、彼が口を開く。

 

「我々の対応は変わらない。新人の準備は引き続き2人に任せる。決して無理はさせず、浅層を踏破できるようにしてくれ。……民間からの引き上げは、今回だけじゃない。うまくいけば2回目や他の2都市でも実施される。悪しき前例を……」

 

 作らないように、という言葉は霧散していった。

 全員が同じことを思っただろう。

 

『もうできてるじゃん』と。

 

「……ま、まあ。ちゃんと生きているし、成果は出してる。良いことだよ……」

 

 震えた声でそう言うディルムを、全員が哀れんだ顔で見つめる。

 だって全員が、彼の絶叫を聞いているのだから。

 

「だが! このまま彼らに好き勝手させるわけにはいかない。あの染獣は我々の力で確保する。……ルセラ君」

「はい。既に手配は済ませました。深奥層探索中の特選級を2組、呼び寄せています」

「ありがとう」

「ええ? わざわざ2組も呼ぶんですか?」

「ああ。最深層でもない、見つからないだけの染獣を狩るなど、本来は我らの仕事ではない。騎士団の連中に任せておけばいいと思っていたが……第三王子からの指示が入った。例の染獣、我々協会で手に入れろと」

「!!」

 

 その一言で全員に緊張が走った。

 これは、ただの老人からの依頼ではなさそうだ、と。

 

「それに知ってるだろ? あの階層は一筋縄じゃいかない」

「……そうですね」

 

 深層の探索はただ強いだけでは難しい。

 潜るごとに色濃く特徴を変えるその階層を進むには、探索者たちの適性が不可欠になるのだ。

 ……そういう意味では、あの新人は最適なのだろう。

 あの令嬢が入れ込むのもよく分かると、そう思いながらディルムは告げた。

 

「我らも本腰を入れて参加する。……例の染獣は我々が獲るぞ」

「「「はっ」」」

 

 こうして、各勢力が迷宮の奥へと誘われていくのだった。

 

 

 

 

 

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